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四つの袖 (part3)

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中之巻

どうつがふしてなりと、そのうちにきつと会つて、とペンではしり書きの一通、それが縁切り 話の三日目に磯上さんから来たばかり、次の日にはかの支配人さん、いくらか包んだものをうや うやしく持参したるを、お貞さんケンもホロヽに突返して、かねづくのお話ならけふまでわたし が磯上さんゆゑに使つたお財(たから)を書出(かきだし)にして上げますから、この年末(くれ)に金利を附けてお払ひにおい でなさい、手切れ足切れを取るやうな仲ならば、立派に旦那にあがめて置いて、あなたのご主人 の身代の半分ぐらゐ、とうに玉なしにして上げて居ます、わたし等風情(ふぜい)にうつちやるお金がある なら、国へ持つて帰つて挽割(ひきわり)でもお買ひなさるがおためでせう、と心にも無い毒口、律義真つ法の大萩さん、目を白つ黒して居たとの事。

やがて秋も暮れて、菊もすがれの十一月のすゑごろ、恋し口惜(くや)しに身も痩(や)せたお貞さん、たつ た一本の手紙ぎり音沙汰なき男の心を恨むそばから出る未練、しぐれて寒きひるすぎを、火鉢の 前のコツブ酒、思出したやうに三味線取つて、磯上さんがだいすきであツた上方唄(かみがたうた)の『四(よ)つの 袖(そで)』、爪弾の弾く合の手も理に落ちて、唄はとき/゛\口のうち、『いつそ逢はねばかうした事も、 ほんにあるまいよしなやつらや』、お貞さん鼻を詰まらせてホロ/\と熱い涙。

処へいきなりはひつて来たは磯上さん、オイといつたばかり立つて居る、

あなたとひとこと、じつと見たお貞さん、三味線を置くなり飛付くやうにして、磯上さんの手 をつかんで、自分の居た坐蒲団の上に引据ゑ、

「あなた。」

ト又もたつたひとこと、叔母さんは出ていいやら悪いやら。

お貞さんの怨み、磯上さんのいひわけ、どうのかうのはいふに及ばず、つまり磯上さんのいふ 処は、親や親類が自分に隠して分家の相談、嫁にといふ其の相手はかねて懇意の一家中(けなか)の娘、お 前との縁を切つてから結納、婚礼の済むまではと此の身はまるで石岡のうちに座敷牢同様の閉籠め、さればたよりも自由にならず、八丁堀の岩佐のうちから、おふくろと大萩たちに連れられて 石岡へ帰る時、岩佐のうちの女中にそつと投込ませたがいつぞやの一通、実(じつ)も不実も今更いはれ る仲でなし、何事もおふくろに免じ我慢してくれ、と女房よりもへだてぬ現在の情人(いろ)の前に頭を 下げての打明け話。

「いづれそんな事だらうとは思つて居ましたけれど。」

弱いは女心、済みませんとお貞さん今度は袖に詫涙、

「それにしても、けふはどうして。」「又おふくろと支配人に引張られて、岩佐のうちまで出て来 たのだが、それは、東京へうちを持たせるといふわけで。」

トいふ顔を見て、

「ぢやアご婚礼はもう済んだのですね。」

ト念を押せば、磯上さん黙つて了って何もいはず。

「どうも仕方がありません、今時の世の中だから、若いあなたの料簡次第にすればなる事だとば かり思つて居たのが、わたしの大きなまちがひでした、そんな堅いおうちの若旦那に、芸妓風情(げいしやふぜい) のわたしが。」

ト蒼白い顔の口をキツと結んで、片手に火鉢のふちをつかむ。

折から門(かど)に格子の音して、案内を乞ふは磯上さんのおふくろさんの声、お貞さんは気が附かね ど、磯上さん忽ちハツとして、立上るなり何の思案も無く、勝手の隣の湯殿へと身を隠すっ

はきものは直ぐ叔母さんがしまつたを承知のお貞さん、磯上さんの帽子外套を手早く奥の戸棚 へ押込み、さて立ちいでゝ挨拶すれば、おつかさんはいつもながら懇勲に、先頃の事、その後の 事、何やかやいつてののち、重雄がこちらへ参りは致しませぬか、との尋ね、いつそあからさま にとも思ひはしたれど、互の身のあとの面倒、それもうるさしとお定まりの間に合せ、お話のあ ツてののちは、おいではもとより、お手紙さへ、としら/゛\しく。

「随分キビ/\と思切りのいい仁(かた)でゐらツしやいます。」

トちと壁訴訟やらあてこすり、

「もしなんでございますなら、お上り下さいまして。」

トきもを据ゑての言分に、さらば家(や)さがしともいはれず、

「いつも/\悪い耳ばかりお聞かせ申して済みません、今日は嫁のさとの親達も、岩佐の宅へ見 えますものでございますから、あれが落着いてをつてくれませんと。」

ト眼をうるませ、

「飛んだ失礼を申しました、お詫にはいづれ又あらためて。」

トしほ/\として出て行く人のうしろかげ、お貞さん障子をハタと締めて火鉢のそば、死人のやうになツて居るところへ、色あをざめた磯上さん、足音も無く来て立つたまゝ。

見れぱ着物の裾のあたりからしづく、素足は赤くなツて居る。

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