ドイツ全般



何でドイツはイギリスと戦争したのですか?ソ連に専念したらモスクワに勝てたかも知れないのに。

ドイツが侵攻したポーランドと英国と仏国は防衛協定を結んでいました。
1939年9月1日ポーランド侵攻
     9月3日英仏対独参戦
ヒトラーはゲルマン=サクソン優越主義から独ソ戦時まで対英和約を模索しています。
(7:196-197)

第二次大戦中ドイツって資源あったんですか?

石炭(褐炭、無煙炭)、岩塩、カリは一杯。
鉄鉱石はある程度だが、質の良いのが多い。

石炭液化の技術があったから、人造石油で或る程度賄えた。
(21:眠い人 ◆ikaJHtf2)

第二次世界大戦期にドイツが日本から技術供与を受けて作ったものってあるんですか?

グラーフ・ツェッペリンは設計段階で、赤城の設計図の供与をドイツ側が要請してきて
日本が図面を送った。
(32:650)

第二次世界対戦でドイツはベアリング工場の破壊後、二週間で代用品を作り上げたため、継戦能力が落ちなかったとされています。

では、この代用品とはどのような物でしょう?
確か、A.シュペーアの「第三帝国の神殿にて」に出てきてたのですが、
生憎、その本をこの前誤ってゴミに出してしまいましたので、記憶だけで。

太い針金を数センチで切って細かく球状に加工したものだったような気が
します。
詳しくは中公文庫で最近再販されていますので、そちらをご参照ください。
(44:眠い人 ◆ikaJHtf2)

ドイツにも従軍慰安婦みたいな制度はあったのでしょうか?

占領地区での娼館はドイツ軍の出入りの民間業者によって運営されており、レジスタンスの
テロや情報漏洩を防ぐために実際は軍の管理下にあった。
実際は占領国の女性が多かったのはどこかの国と同じか。
また、ドイツ国内では駅や「兵士の家」にたむろする帰休兵の特配を目当てにした売春行為が横行した。
(48:144)

なぜイギリス占領を諦めたのでしょう?

ドイツは英国上陸作戦の前に、ノルウェーなど北欧の占領を企図しました。
そして、デンマークを席巻し、ノルウェーに手を掛けた訳ですが、此処で重巡洋艦
を始めとする戦闘艦艇、特に駆逐艦を相当数失いました。
このため、海峡を越えるための海上兵力が足りなくなり、結果的に英国上陸をその
兵力が揃うまで無期延期した訳です。
(66:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

35~45年の間は鉤十字が国旗ですか?

カギ十字が国籍マークだったことはありません。
(66:71)

第二次世界大戦でのドイツ降伏後のドイツと日本の外交関係について教えてください

敗戦後のドイツは連合軍の管理下に置かれており、宣戦布告などはしていません。
ベルリン崩壊に際し、大島大使を筆頭とする外交官は南ドイツに避難し
アメリカ軍に抑留され戦後に送還されています。
(70:360)

第二次大戦時、ドイツはなんでスイスを攻めなかったのでしょうか。

メリット少なし、デメリット多し>じゃあ利用しようって事じゃない?
地理的要衝ではない、資源がない、抵抗強そう。
(78:314)
国内の銀行にある、ユダヤ人の預金を差しだしてくれた国に対して、攻め込んでも利益がない。
協力してくれる国をわざわざ敵に回す必要は認められない。
(78:317)

ドイツ軍と聞くと逆卍と鉄十字が思い浮かぶのですが,この二つ,どう意味が違うのですか?

鉄十字=ドイツの国籍標識
鍵十字=ドイツ社会主義労働者党の標識.

逆まんじ(卍)のマークは「ハーケンクロイツ(鉤十字)」と呼び、
ナチス(国家社会主義労働党)のシンボルマーク。
源はサンスクリットの「スヴァステカ」という吉祥の印。

「鉄十字(アイゼンクロイツ)」とは「バルカンクロイツ」と並んで
使われるドイツの国家標識で、ドイツ国家のシンボル。
源はプロイセン王国の紋章で、さらに源を辿ると中世ドイツ騎士団の
掲げていた紋章。

卍はペンタグラム(☆)やヘクサグラム(イスラエルのダビデの星)と並ぶ人類最古のシンボルの一つで、
幸運や神秘的な力をあらわしている。
古くからヨーロッパの貴族や教会などが家紋などに用いていたが、ナチが使ったために邪悪な意味がついてしまった。
たとえばフィンランド空軍は青い鉤十字を国家記章としていたが、これは空軍の育ての親であるスウェーデンの
ローゼン家の幸運のシンボルを採用したものでナチとは無関係。
アメリカのある州兵師団もかつて地元先住民のシンボルであるオレンジに赤い鉤十字のマークを師団記章に用いていたが、
開戦直前に別なものに替えている。
(265:753-754)

なんでいきなりソ連にドイツは侵攻したんでしょうか?「イギリスとソ連に挟み撃ちになる→ドイツ兵力分散→まずい」と思うのですが…

 イギリスに侵攻するのは不可能になったが、かといってイギリスに即座に反撃をしてくるような
力があるわけでもなく(少なくともドイツはそう判断した)、それならば西への侵攻が行き詰まった
なら東へ…
 ということで次の標的はソビエトに定められた。

 まぁ、ヒトラーは実際にはイギリス本土へ上陸するつもりなど無くバトル・オブ・ブリテンは
講和条約を結ばせる為の圧力をかけるのが目的だった、とか、背後を攻撃されないように
ソビエトと不可侵条約を結びはしたがロシアの植民地化はヒトラーの、というかドイツの歴史的
目標だったので必ずソビエトには攻め込むつもりだった、とか色々あるけど、
端折って説明すると上のようになる。

 んで、なんで1941年にソビエトを攻撃したかというと、ドイツは石油資源のかなりの量を
ソビエトに頼っていたのだけど(あとはルーマニアから)、ソビエトはドイツへの石油供給を
渋り始め(ドイツが欧州を制覇する可能性が薄れてきたので、ドイツよりも連合国側に石油を
供給した方が得なのではと考え初めた)、このままだとドイツの必要石油量が確保できなく
なるかさもなければ石油価格の高騰で経済が破綻する可能性が出て来た為。
 それならば、まだ備蓄量が充分あるうちに・・・ということで1941年の開戦となった。
(121:557-559)
イヤ。スターリンは実際にドイツ政府内の極秘情報まで全部知ってて
バルバロッサの開戦日まで知っていたのに、「ここで対独戦争はした
くない」という自分勝手な思いだけで情報を全部無視してたことが
明らかになってる
(121:582)

独ソ戦はどうあがいてもドイツは勝てないと言う結論がでていますが,絶対勝てないという意見はドイツの首脳陣にはなかったのですか?

 ヒトラーはそうは思っていなかったから。

 ドイツ軍首脳陣は開戦するにはまだ早い、もっと戦力を
整えてから……と考えていたが、権力者がやるといった以上
やらないと言う選択肢はない。

 ただドイツ軍首脳部も戦争を楽観視していた傾向があり、
「勝てないかもしれんが和平には持ちこめるだろう」的な
認識の甘さがあった。

 結局電撃戦による初戦の大勝利で
「なんだやれば出来るじゃん」ということになり、後は惰性で
物事が進んだ。
(183:572)
ポーランド、フランスそしてバルカン諸国これだけ電撃戦が成功して
慢心しない人は皆無かと
33個師団では足りないとして、同盟諸国の増援を頼ったがこれが又なぁ
同盟国の兵力計算の算定にも甘さが有る(これは側近参謀の責任)
(183:573)

ドイツの大きな敗因は二正面作戦を強いられたことだと思いますが、対西側または対ソ連のどちらか一方に戦線を絞れていたら、第二次大戦の帰趨はどうなっていたでしょうか?

ニ正面が敗因と言われますが、どちらか一方向でも負けたと思います。
西方で考えるとドイツ海軍は空母一隻も保有してません。建設中では
ありましたが完成してません。空母の制空権なくして大西洋の制海権は
有り得ません。潜水艦は作りましたが、これは空母よりコストが安く
貧乏性ゆえに悪い方向にコストパフォーマンスを考えた結果でしょう。
では対ソ侵攻一本槍ではと考えますと、当時のドイツの人口は7~八千万
です。一千万の兵力の動員は無理です。片やソビエト連邦は約二億プラス
で、開戦後まもなく総力戦体制に入ってます。ドイツの総力戦体制は43年
からで、41年から敗戦まで予備の補充兵力不足に悩まされ、西方の戦線
がなくても予備兵力の不足で自然崩壊したでしょう。
最終結論でいいますとドイツの人口が三億で、工業水準と大量生産体制
が米国並みだったら勝ってたかも知れません。
(144:一等自営業 ◆JYO8gZHKO.)

第二次世界大戦でドイツの燃料事情を支えた合成石油には採算面で問題があったと聞きますが、この合成石油からは天然石油と同様の石油製品が得られたのでしょうか?

また、採算面での問題とは具体的にはどのようなものがあったのでしょうか?

低温乾留法は、工業化が最も容易ですが、石油収得率は石油の10~15%にしか過ぎません。

合成法のうちフィッシャー法は、ガスに加熱水蒸気を混合して水性ガスとしてこれをコバルトかニッケルの触媒で
石油化するものですが、こちらは、直接液化法よりもコストが高く、得た石油は直接液化油に比べると質が低いです。
また、触媒にはコバルトを用いるのが良いのですが、コバルトの産出はコンゴとかカナダだった筈なので、触媒の量
もドイツ国内での利用には限りがあります。
イービング法はガスを冷却してベンゾール油に吸収したものを更に熱してガソリンを得るものですが、これもベンゾール
が大量に必要です。

直接液化法(高圧水素添加法)は、ドイツで最も普及しており、戦前の時点で80万トンの生産となっています。
原料石炭は褐炭の様に揮発分が多いものが良く、出来た製品は87オクタン程度のガソリンにはなったかと記憶しております。
但し、工場設備に莫大な費用を要する事(つまり、コストが掛かる)と、非常に高い技術が必要という欠点があります。

コストについては、日本の例ですが、年産10万トンの揮発油製造工場を建設するのに、水素添加法だと6,000万円
(1940年の時点)掛ります(因みに、ガス合成法で4,000万円)。
重油なら油価が1トン50円、ガソリン200円、航空ガソリン500円、機械油1,400円です。
1トンの人造石油を造るのに、市場石炭5~6トンが必要で、市場石炭の価格を10円として、原料費が50~60円となり、
建設費償却を加えると水素添加法なら1トン当り60円、ガス合成法なら40円が加わり、これに労務費、修繕費を加える
と、トン当り200円の原価が必要になるという計算が出ています。

ドイツは、1935年末現在、水素添加法5工場、フィッシャー法4工場で合計生産高90万トン。
彼の国のガソリン生産高は170万トンなので、そのうちの3分の2弱が合成石油になっています。
1937年の計画では、水素添加法190万トン、フィッシャー法70万トンで、もし戦争が無ければ、1940年に653万トンを自給
出来る予定でした。

以上は、「戦時日本重工業」からの抜粋です。
(479:921:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

モーデルは降伏後赤軍に引き渡されることを恐れて自殺したそうですが、グデーリアンやマンシュタイン、パパゼップはなんで戦後ソ連に引き渡されなかったんでしょうか?

グデーリアンやマンシュタインは西側にも優秀なプロの軍人として評価され、敬意を持たれていたので引き渡そうという動きがなかった。
(マンシュタインなどは戦時中に「タイム」だったか「ライフ」だったかの表紙になってるくらい)
それとニュールンベルク裁判の時点ですでに東西冷戦が始まりつつあったので、積極的にソ連に協力しようという意思が西側にはなかった。
そういうことで東部戦線に従軍し西側に降伏した将官で、ソ連に引き渡された者はほとんどいない。
ただし米軍に降伏したがユーゴに引き渡され、その後ソ連で獄死したフォン・クライストのような例もある。
ディートリヒについては、マルメディ事件など西側の軍隊に対して行われた戦争犯罪の裁判を優先させた為。
(360:542)

第二次大戦中、ドイツはフランス占領してたわけですが言葉の問題はどうしてたのでしょうか?

仏勤務のドイツ軍に仏語の教育でもしてたのでしょうか?それとも現地通訳をつけて仕事してた?
その当時を描いた本を読んでみますと、占領時点ではフランス語の簡単な会話帳を配っていたりしています。
尤も、そうしていたのは初期だけで、後にはドイツ語が幅をきかせる様になっていますし、アルザス・ロートリンゲン
出身者や、対独協力者の通訳を使ったりしています。
(528:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

WW2中にドイツ国防軍で何度かクーデター(ヒトラーらナチ幹部の排除)が企てられていましたが、彼らはナチを排除してからどうするつもりだったのでしょうか?


一番手っ取り早い本なら、学研の『ヒトラーが勝利した世界』が結構お勧め。
基本的には講和、ソ連相手に戦うと言う感じだったか、と。
(545:眠い人 ◆gQikaJHtf2)
1944年7月20日に暗殺未遂事件を起こしたベックやシュタウフェンベルクらのグループは、米英とは講和するがソ連とは戦争を続行するつもりだった。
その他のヒトラー暗殺計画とその顛末については、「ヒトラー暗殺(ロジャー・ムーアハウス著)」が邦訳された本としては一番新しい。
(545:515)

バルジ作戦がドイツ軍の大勝利に終わった場合、ドイツは米英軍に講和を持ちかけるつもりだったんですか?

そもそも、それが目的の作戦とされてます。
ソ連のバグラチオン作戦がポーランドあたりで停止。
これをドイツ側は補給線が延びきったことと、ドイツ側が後退させた戦力によって防衛線を
構成出来たことが原因と解釈している。
まあ確かにドイツ側に占領地域では、遅いペースとは言えドイツ製の狭軌(と言っても欧州
標準)の線路に鉄路を敷きなおしされたりで、ソ連が失地回復する時も同じ苦労を味わう訳
だから、ドイツ本国に近づけば近づくほど、鉄道による物資輸送は厳しくなる。

一方、ワルシャワの親英勢力をドイツに掃討させようと言う思惑もあったよう。

で、ドイツはそのタイミングで米英に打撃を与えた状態で講和して、対ソ戦に専念
しようと考えたようです。

考えて見るとドイツは自分達もモスクワ目前で敗北しており、何時も何時もソ連の
予備戦力を見誤る悪癖があったので、それこそソ連がドイツ本国に辿り着いても相応
の戦力をぶつけて損害を強いれば戦局は逆転出来ると言う幻想があったよう。

もう一つ、西側の大航空消耗戦が無くなり、空襲で使い物にならなくなった燃料の生産
設備を再建出来た状態でソ連と戦えれば、と思いたくなるのも判るけどね。

喧嘩の止め時は負けてる側には決められないのよ。だから、一回大勝ちしたかったんでしょうね。
(553:681)

「ドイツの技術力は世界一ィイイイイ!」というのは本当なの?

むしろドイツは「石炭から石油へ」という工業エネルギーの転換が上手くいかなかった
(というか、自国の領域内に油田が乏しいので移行できないし転換したら不利になる)
ので、個々の技術では確かに優れていたかもしれないが、全体としての工業生産技術はむしろ低い。

「天災発明家はいるけど天才工場経営者はいない」と言われた国で、「生産力」という点では
かなり遅れていた。
個人や小規模の工場レベルで一点ものや少数生産の逸品を作ることには優れても、大規模な
工場で流れ作業で一定の品質を持ったものを大量生産する、という点では激しく他の欧米列強に
劣っていた。
よく言われるようにドイツは「職人の国」であって、「工場労働者の国」ではなかったのだ。
(555:421)

ドイツも産業育成を怠ってたわけじゃないんだけどなにぶん条件が悪かったんだとおもう
WW1による荒廃に加え敗戦による政治的混乱と賠償金、
それに世界大恐慌とブロック経済が追い討ちをかけるという状況だったわけ。
今の世界と同じで多額の設備投資をして生産設備を拡充できる時期じゃないと思う。
(アメリカの余剰生産力も大恐慌の原因になった投機ブームによる過剰投資の側面がある)
そういう困難な時期だからこそナチが政権をとって戦争への道を歩んだんだ
(555:モッティ ◆uSDglizB3o)

参考までに主要国GDP
ttp://www.eurus.dti.ne.jp/~freedom3/ww2-gdp-sai-axx.htm
ドイツより人口の少ないイギリスの方がGDPは大きいが、これはインドなど植民地を持っていて搾取してたからだろう。
そう考えると規格大量生産が始まっていたアメリカは別格として、イギリス、ドイツ、フランス、ソ連の工業力というのは
同レベルだろうと思う。
軍事技術について言えば、それぞれ進んでいた分野もあれば遅れていた分野もあるというだけで。
(555:482)

ドイツに限ればミシェル・フーコーの研究を読むといいという話。
かいつまむと、下記の通り。

  • 18世紀までドイツは貧しく、遅れた国だったため、フリードリヒ大王らが
 理知的に国家を管理することで効率化を図った(日本でいう「富国強兵論」の基)
  • プロイセンによって官僚教育が浸透し、政府の科学発展振興が大々的に行われた
  • 今のアメリカにある軍産学共同体の原型が19世紀に出来上がった。
(558:537)

どうしてドイツ国民はヒトラーの独裁を許可したのでしょう?

別にベルサイユ条約で国家が疲弊したから短絡的に独裁政権が完成したのでは無いし、
国民が彼を独裁者にした訳でもない。

ヒットラーがNSDAP内部での派閥抗争に勝つ。
ミュンヘン一揆や釈放後の合法的な政治活動と宣伝工作、時にテロ活動を交えながら
政党として人気を獲得して内閣を作る。
と言うような出来事を経て、その上で国会議事堂火災を共産党の所業として、テロを
押さえ込む名目で彼の独裁体制を制定した。

スターリンなどにも言えることだが、それまでの政治体制化で足場を固め、政権の頂点
に立って何者の妨害も許さぬ状況を作ってから自身を独裁者に位置づけた。
(341:592)

アウトバーン建設の目的は、天候に左右されず高速に物資を輸送する為と滑走路としても使用する為ではなかった?

アウトバーン建設の目的はフォルクスワーゲン開発とセットで
  • 景気対策。年金基金の運用等で公共事業を行う。
  • 将来的なモータリゼーション誘発
を狙っている。

ちなみにフォルクスワーゲンについては平均的な労働者にも購入可能なよう
に始めから90マルクで販売可能な自動車を開発させておいて、9マルク×
11回のローンで販売することで自動車普及率を上げることが目的。
先に販売価格を設定しており、技術的にはどうと言うことの無い製品だが、
利益を軍用車調達に使う意図もあり、国防も意識した政策だった。


そもそもアウトバーンは日本語に翻訳すればそのまんま「自動車専用道路」と言う意味合いになります。
大戦中に爆撃を避けるため、道路脇の森やトンネルに飛行機を隠し、そのまま道路を滑走路として使用
したと言うだけで、始めから飛行場とする意図があった訳ではありません。

ヒットラーによるアウトバーンの建設着手は1933年。(計画はワイマール政権期から)
ところが再軍備宣言に続く空軍再編制は1935年2月に発令されています。
再建を目的とする活動自体はその前からありますが、それを進めていた人々が国策の
道路事業に対して発言権を有していたと言う証拠はありません。
(341:671,697)

日中戦争時日本軍は人民軍が使用するドイツの兵器に苦しんだわけですが、ドイツは何故中国に兵器を渡しているのですか?

中国は武器と引き換えに、ドイツに希少金属を供給していました。

「1920年代後半から蒋介石はドイツから武器装備を調達したが、
1933年、ヒトラーが政権を握ると、中独武器貿易は急増した。
前述した上海の日中攻防に、ドイツは74名の軍事顧問を派遣し、中国軍をドイツ製武器で武装させ、
ドイツ式の防衛陣地を築かせて、日本と戦った。
ドイツの軍事援助の見返りに、中国は自国のタングステンなど希少金属を提供したというのだ。

日中両国の逸史

タングステンの硬度は非常に高く、武器製造に欠かせない。
ドイツにタングステンは産しないが、中国は現在でも世界産出量の9割を誇る。
北村氏が強調する。

「国民党政府が提供したタングステンがドイツの軍需産業を支えたのであり、
これにより生み出された軍事力がヨーロッパでのドイツの勢力拡大を可能にした」

ヒトラーは1936年に中国に1億マルクの借款を与えた。
中国は同借款を活用し、5年間、毎年2,000万マルク相当の武器を購入。
一方で、10年間にわたって毎年1,000万マルク相当分の鉱物資源をナチス・ドイツに提供すると合意した。」

(584:霞ヶ浦の住人 ◆iQXTBGahk.)

戦後のドイツでは、ヒトラーやナチだけでなく、戦争犯罪を犯していないドイツ軍人にも、風当たりが強かったんですか?

例えばロンメル将軍やルーデルも、口に出すのはタブーだったんですか?
ルーデルは「ソビエト人民最大の敵」とか言われてたのでちょっと微妙。
そもそも一般人にはあまり知名度がなかった。
軍のアドバイザーとしては普通に活動している。

ロンメルは「ヒトラー暗殺未遂事件」に関わってたとして自殺を強要された、という
ことで一転して「ヒトラーとナチに抵抗した人」扱いで、西ドイツの軍艦に名前が
付いたりしている。

基本的には、「ナチス党の幹部党員」「親衛隊(武装親衛隊含む)の将兵」だった人
以外はそんなに「タブー」扱いはされていない。
公然と賞賛するのは遠慮されたけど。
逆に、ナチスに抵抗したりヒトラーの命令に従わなかったり反抗したりした人は
「ドイツ人にだってナチスに反対していた人はいた。みんながナチに加担した訳ではない」
というドイツ人の自己正当化意識から積極的に語られたりもしている。
(584:771)

敗色濃厚だった第二次大戦末のドイツでは、第一大戦末のようなドイツ革命はどうして起きなかったんでしょうか?

第三帝国の政治的/思想的統制が,かつてのドイツ帝国などとは比べ物にならないほど強力だったため。
ゲシュタポやSSといった連中の監視や統制が強くて,再びドイツ革命のような状況を作るだけの受け皿が作れない。

共産主義者たちは,ナチの政権奪取後の国家議事堂放火事件で,主立った連中が弾圧され,大戦中は完全に地下活動に埋没し,大きな勢力になれなかった。
表立って反戦的活動を行おうとしたものは,大学生中心の抵抗運動である白薔薇グループのように,表面化した時点で潰される。
国防軍内部から発した抵抗運動(いわゆる「黒いオーケストラ」)は,1944年7月20日の暗殺およびクーデタ計画にまでたどり着くが,
政府に近い分,参加メンバーが実行まで疑われないように保身するのが大変。
文化人/知識人も参加していたとは言え,大衆とは分離した閉鎖性のある「陰謀」に留まらざるを得なかった。
そして,7月20日の事件以降は,反ナチ,反ヒトラー勢力に対する監視と弾圧は一層強化されたし,前線部隊に政治将校が派遣される始末にまで及んでしまった。

結局,厭戦ムードを利して,反ヒトラー/反ナチの大規模な政治運動にまとめあげられるような状況ではなかったということ。
(592:370)

ドイツって最盛期は欧州のほぼ全土を手中に収めてたんでしょ?なんで最後はそんなに悲惨だったの?

1942年秋には、東部戦線はカフカスに攻め込んでいて、北アフリカはエルアラメイン前面にまで英軍を押し込んでいた。
このころが、ナチ・ドイツが最大版図となった時期だ。
ところが、どこもかしこも戦況はこう着状態に陥る。
どの戦線でも戦線を突破するには「最後の一大隊(ラスト・バタリオン)が足りない」と囁かれるようになる。
現実には、人も足りなきゃ、兵器も足りず、補給もおっつかない状況を極めてしまう。
そして、そこからどこもかしこも負け続けになっていく(部分部分で反攻に成功はするが)。
で、43年から44年に、全戦線で一気に押し返され、1945年にはドイツ本土が戦場と化す。
ヒトラーは演説で「最後の大隊(ラスト・バタリオン)が現れ、敵を殲滅するであろう」と述べるが、
ついぞラスト・バタリオンは現れず、ガソリンをかけられて死体を焼かれるハメになっちまったというわけ。

このラスト・バタリオンという言葉が、ナチ残党伝説で象徴的に使われるようになったのは、また別のお話。
(595:28)

ホーホー卿のことを教えてくれませんか。

本名は「ウィリアム・ジョイス」1906年4月24日にニューヨークで生まれたアイルランド系。
若くして'British Fascisti Ltd'に加盟し、
その後オズワルド・モズレー卿の「英国ファシスト党」に参加。
より過激な思想を掲げてモズレーと袂を分かち、1939年8月26日にベルリンへ脱出。
ドイツの対英宣伝放送に従事。このときついたあだ名『ホーホー卿』は、彼が若いときに喧嘩で
鼻を潰しており、声が鼻にかかった気取った話し振りだったためついたもの。

終戦直前にハンブルグへ移動し、フレンスブルクの近くで逮捕される。
かれはドイツ国籍を取得していたが、イギリス旅券を保持していたため宣伝放送が
反逆であるとみなされ死刑が宣告される。
1946年1月3日にロンドンのWandsworth刑務所で死刑が執行された。
(31:名無し軍曹)

騎士十字賞の有る無しって何か意味があるんですか?

騎士十字章がどれほど価値があるかといいますと、
大戦中の全ドイツ軍人がおよそ1500万人といわれていてそのなかで
騎士十字章を授与されたのは約7500人に過ぎません。
また故・佐貫亦男先生は騎士十字章を「ドイツ人の定価札」と形容しておいででした。
泥酔して暴れても、騎士十字章を見せれば憲兵は手を出せなかったそうです。
それほど彼らは制服や勲章にこだわったようです。
(33:名無し軍曹)

第二次大戦中ドイツはリヒテンシュタインを占領したのでしょうか?

特に占領された事実はありません。

リヒテンシュタインは第一次大戦ではオーストリア・ハンガリー二重帝国の一部
とみなされたため、敗戦国となりました。
その轍を踏まないためにも20年代にスイスとの関税同盟を締結します。
いわばスイスの属国的立場になっていますので、スイスとの関係悪化を恐れた
ドイツはこの国を占領しなかったと思われます。

あ、ちなみにこの国の国歌のメロディーは"God Save The Queen"だったりします。
Hitlerは嫌がったでしょうが。
(33:眠い人 ◆ikaJHtf2)

日本と同じ資源無し国のドイツですが、二次大戦中の石油燃料の輸入先・輸入量はどんなものだったのでしょうか?

ドイツの戦前における石油の輸入先は、ソ連、ルーマニアが大多数を占めています。
大戦勃発後はルーマニアからしか輸入していません。
輸入量までの資料は残念ながら見つかりませんでしたが。
あとは、自国内で石炭を乾溜した人造石油を製作しています。
(34:眠い人 ◆ikaJHtf2)

第二次世界大戦に負けたときのドイツの国債がGDPの6倍と書いてありました。

ドイツは周辺国からの収奪や強制労働ができたのに、なんでこんなに戦費がかかったんですか?
ヒトラーが政権についてからは軍需主導による内需拡大政策により景気は著しく回復していったが
それは同時に原材料や食料品の輸入量の急増させることとなった。
しかし世界的に不況が続く中でドイツの輸出は伸び悩んでおり
ヒトラーはこれらの自給率を高めるための投資をするという形で解決しようとした。
急増する軍事費に加えて支出は膨大な額となり
シャハト経済大臣が対立して辞任したり、すでに開戦前からドイツ経済は先行きが怪しかった。

そして戦時下における占領地からの収奪もそんなに過大評価できるものではない。
確かにドイツは「占領費」名目で占領地から収奪していたが
これは最も比重の高い時期(1944年度)でも歳入全体30%もなく
反面支出はほとんどの時期で歳入の倍以上もあるという完全な赤字財政だった。

占領地から取り立てる額を増やせば
それだけ抵抗運動を自ら増やす結果に繋がるため
占領地行政上、収奪可能なギリギリのバランスは保つ必要があり
幾らでも好きなだけ奪っていけるというものではない。
(597:412)

戦後勝ち組?に帰り咲いた旧ドイツ将校・将官がいたら教えて下さい。

ロンメルの参謀将校だったシュパイデルは、戦後NATO地上軍のナンバー2まで出世したそうですが
やはりヨハネス・シュタインホフ大佐でしょうね。
剣付柏葉騎士鉄十字章受賞者で、撃墜機数178機のスーパーエース。
終戦直前の事故で瀕死の大火傷を負ったけれど、戦後の西ドイツ空軍にみごと復帰。
NATO空軍参謀長、空軍総監中将にまで上り詰めて1974年に退役。
(327:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

ドイツは敗北がほぼ決定的になった時、少しでもマシな占領統治をしてくれる可能性がある英米を受け入れる為に西部戦線はほぼ放棄し、逆に東部戦線に戦力を集中して少しでもソ連を食い止めるような戦い方をしようという案はなかったんでしょうか?

いろんな人がそれを言ってるよ。
つうか「バルジの戦い」の異名で知られるアルデンヌ攻勢の目的の一つがそれ。
西部戦線を安定させて東部に目を向けること。

ドイツ軍作戦名「ラインの守り」が示すように、バルジ作戦は
じつは英米軍を誘い込んで、ソ連軍が進出しないうちに
英米軍に占領してもらうことにあった。
(603:501,504)

対ソ電撃戦は偶然の結果なの?

ドイツが最初から意図していたものではなかった?
まず前提としてドイツは長期戦を戦えるような体制になっていなかった。

電撃戦は偶然というより、すでにポーランド戦の時点で短期決戦で終わらせることは予定されていた。
まずヒトラーはソ連との交渉によって挟撃により短期間で決着がつくという見込みで
英仏の参戦はないという賭けから戦争に踏み切ったもので
開戦後に東プロイセンの第三軍主力が単独でナレフ川をこえ、
ワルシャワ後方まで迅速に進出するという強行案が強く命じられていた。
軍の計画はソ連の侵攻が土壇場まで知らされなかったことと、
英仏の行動に即応できるよう急激に奥地に進出することを控えるべきという判断が強い。

ドイツが短期決戦しか戦えなかった軍事面での根拠だが
ラインハルト・ゲーレン回顧録によれば
ドイツが本格的な戦争を戦えるだけの準備が全くできていなかったことが指摘されている。
1940年6月の段階で重火器弾薬は事実上使い果たし、十分な弾薬があったのは軽野戦砲だけだったとのこと。
ゲーレンによれば戦争勃発当初の英仏の軍事行動次第では短期間でドイツが敗北していたという。

経済的な面では、慢性的な財政赤字だったドイツが
長期戦を担えるような経済力の裏づけをもつことは不可能で、
占領地からの収奪によって戦費を賄う計画が主張されることになるが、
戦争の長期化と総力戦化でそれも焼け石に水でしかなかった。

また独ソ戦については「2週間で大勢が決する」という判断の元に行なわれたもので
長期戦になることは最初から前提にされていない。
もともと工業力の差から開戦が1年~2年遅れればソ連との戦力差が絶望的になるという判断から
イギリスとの戦争中にも関わらずソ連侵攻が計画されたんで、短期決着が不可欠だった。

ドクトリンについてはWW1のような消耗戦を避けるため
先制奇襲によって敵が体制を整えるまでに勝負を決めるというのが骨子であって
そのための機甲戦理論で、それが長期戦を戦えないというドイツ軍需経済の脆弱さを補うための方法論。
(603:520)

ドイツは日本にソ連侵攻させ、ソ連に二正面戦線を作らせようとしたわけですが、日本の機甲部隊のヘボさをドイツは把握していたんでしょうかね?

1.ノモンハン当時のソ連は赤軍大粛清の後で練度が低下しており、BTシリーズの乗員も砲を巧く操作できないなど
  問題があり、強力な砲を装備しているのに、なかなか命中しない。と言う状況でした。
2.ドイツから見れば、ソ連の極東配備戦力が余剰分としてドイツにぶつけられるのが問題なのであって、極東で戦闘
  さえ始めてもらえば、日本が勝つかどうかは関係ありません。
  ソ連がウクライナを無くして北満を手にしようが、それは知ったことでは無いでしょう。
3.昭和20年になってソ連が侵攻を開始した際、やはり北満や朝鮮半島では、M4A2やT34ですら運用に苦労したようで、
  結局、BT系以外は道路事情の悪さに泣かされて遅滞気味でした。
4.ドイツはスパイ情報やソ連武官の態度(4号戦車の工場を見学させたら、もっと強力な戦車を開発していないはずは
  なく、隠していると疑ったそう)等から、ソ連が強力な戦車を開発中、もしくは配備中と知っていたのだが、完全に
  軽視していた。
  当時、(特にガソリン車は)航空爆撃に弱く、また重火砲の水平射撃などでも対処出来たので、戦車の性能差だけで
  機甲戦の勝敗は決まらないと言う意識があった。

ソ連について、航空攻撃も直撃以外はへっちゃら、重火砲の無い地域に突然現れるような機動性を持つような戦車を集団
運用する国とは見てないんですね。
(608:819)

ドイツのフランス進攻が遅れたのは準備不足だったから?

何もドイツのフランス進攻は、英仏軍に対抗可能な戦備を整えるために開戦翌年以降
までずれ込んだわけではないですよ。

まず、最初にヒトラーが西方での攻勢を早期に行なう意向を軍に示したのは、
39年9月27日というポーランド戦も完全には終結していない時期であり、
それに基いて10月10日には陸軍総司令部に対し、英仏に戦争準備の時間を与えないよう、
出来る限り早期に積極的に攻勢にでるという指導方針が出されています。

10月16日には、攻勢開始時期を11月12日から数週間の間に実施するという予定に決まりますが、
11月に入ると天候不良が続いて攻勢開始時期は翌年1月17日に延期され、
そしてそれも例年にない異常気象によって、やむなく春以降へと延期されています。
つまりヒトラーとしては西方に対しもっと早く攻勢に出たかったものの、
天候の問題で延期せざるをえなかったというのが事実です。
(622:922)

ナチスドイツが再軍備を宣言した時に経済制裁みたいのってされなかったの?

国家的な経済制裁はありません。
例えば、外国銀行からの起債引き受けが民間レベルでしにくくなった程度です。

英国は、そのドイツをどうやってあやしていくかを模索し、英独海軍協定を締結しています。
フランスは、ドイツの再軍備に反対しますが、国内の軍人からドイツの動員力を過大に見積もった報告書を
出され、行動を思いとどまっています。

その頃、ドイツの継戦能力は6週間しか無かったのですが。
(317:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツがソ連に勝つ可能性はどれほどのものだったんでしょうか?

ほとんどゼロ。
ドイツは石油供給のかなりの量をソビエトに依存していて、それが
絶たれそうになった(ドイツが欧州を制覇する可能性がなくなって
来たので、ソビエトは石油を英米相手に売る方へシフトしようと
考え出した)のでソビエトを攻撃したというのがあの時期の独ソ戦
開戦の原因の一つ。

石油供給に不安のある側が戦争しかけて勝ったためしはない。

少なくとも秋までにモスクワを落とせなかった時点でドイツが勝つ可能性は
万に一つもない。

アメリカはドイツの石油消費量と自給(ルーマニアなんかの輸入含め)量をかなり
正確に知っていて、そこから「ドイツが勝てるわけねぇ」と判断していたらしい。
ただアメリカの予想シムレーションだとモスクワとレニングラードは放棄されるか
陥落することになっていた。
(298:946-949)

ドイツは地対空ミサイルの研究はしていたんですか?

してました。「ライントホター」
http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha650.html
(297:918)

ワイマール共和国時代のドイツはチリや中華民国などに将校団を派遣していましたが

友好国の関係強化の他に、「将校温存」という側面もあったという説は妥当ですか?
或程度は当たってます。
1924年に実施した兵棋演習では、動員時兵力280万、63個師団編成を目標としていました。
これは、1927年6月に現実的な目標、即ち、常備軍7個師団、動員時21個師団が可能なよう、装備
及び人的資源の確保を考えています。

ただ、どちらかと言えば、動員時に於ける軍需産業の製造能力の維持という側面が大きいですが。
(288:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツの原爆開発はどの程度まで進んでいたのですか?

ウラン濃縮はまともに研究されしていない。
研究されていた原子炉も、後の調査でその設計に本質的に欠陥があるとされた。

まあドイツのハイゼンベルクはちゃちゃっと頭の中で計算して、原爆開発は技術的な問題よりも
場所の確保ができないから無理だとあきらめている

軍隊をもう一個できるほどの国家予算を費やして反応塔を何千基も並べればサルでもできるが、
そこに爆弾を一発でも落とされれば、ご破算になってしまう
つまり、連合軍の爆撃効果を逆に飛躍的に高めてしまう結果にしかならないのよw

ドイツにそんな場所なんて無い、
だったらそのお金で戦車や戦闘機を作ったほうがマシだと
(685:617-619)

WW2で敗戦国となったドイツからは航空機の技術は一切合財無くなってしまったのでしょうか?

同じ敗戦国である日本は練習機とはいえ航空機を自主開発したわけですが
ドイツも日本と同じように、戦後の一時期航空機の開発を禁じられていました。

この間、ドルニエはスペインに子会社を設立し、スペイン空軍向けの汎用機Do-25を開発します。
メッサーシュミット、ハインケルは、ミニカー製造で糊口を凌ぎ、クルト・タンクはアルゼンチン、エジプト、
インドを流れ、それぞれの国でジェット戦闘機を開発しています。
ユンカースは、東側に工場があった為に、生産設備接収となりました。
なお、ソ連ではアラド、ユンカースなどの機体を模倣しています。

また、エンジンの分野では、BMWの技術者達が、フランスのSNECMAのために、ATAR101を開発し、
ユンカースの技術者は、エジプトに流れて、クルト・タンクが設計した戦闘機用のエンジンを開発してい
ました。

詳しいことはこの辺りに書いてありますのでご参考までに。
http://www16.atpages.jp/fsx375/web/2ch_log/1057833219.html
(118:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツが施行した各種法及び政策上における「ユダヤ人」の定義を教えて下さい

ニュールンベルク法 ユダヤ人規定
1、祖父母にさかのぼり、四人の祖父母のうち三人がユダヤ教徒の場合→ユダヤ人(ユーデ)
2、祖父母のいずれか二人がユダヤ教徒で本人も同様の場合→ユダヤ人(ユーデ)
 ※信仰していないと一親等ユダヤ系混血児(ユーディッシュ)とされる。
3、祖父母の一人がユダヤ教徒で、本人が違う場合→二親等ユダヤ系混血児とされる。
4、信仰はないが祖父母にユダヤの血が入っている者→ユダヤ系混血(ハルプユーデン)
 ※平時においては国民とするが非常時にはユダヤ人とする
(252:603)

ユダヤ人没収資産(現金、金塊、美術品等)をスイス銀行を利用して戦費にあてなければ、ドイツは3ヶ月もたなかったと言われてましたが本当でしょうか?

1932年のライヒ財政は、租税収入が87%を占めていました。
33年にHitlerが政権を握ると、この租税収入の比率は低下し、36年には50%を割り込むことになります。
その代わりに増えたのが、公債収入と手形金融で、手形金融が36年度に支出の38%、公債収入は同年度に支出の13%を
賄っていました。
この間のライヒ財政収入は一貫して赤字財政です(33年は3%、38年度に6%~計算方法によっては14%)。
公債収入に関しては、公債の利率を4.5%に抑え、会社の配当を6%に設定してそれを超える場合は、強制的に割引銀行に
公債基金として預託し、銀行その他金融機関に公債の引き受けを強制しています。

それ以外に、ライヒ鉄道の優先株売却(33~34年)、公債償還基金の取り崩し、失業保険制度を元にした、ライヒ職業紹介
失業保険庁と、ライヒ社会保険機関からの財政援助が、国家財政とは別に行なわれています。

後、1938年度以降、ドイツ国籍のユダヤ人に対する特別財産税、これは1938年度に4億9851万マルク、39年度は5億3313万
マルクが徴収されています。
このほか、オーストリア併合に伴い、国防などの行政経費相当分が州となったオーストリアからライヒ政府に1億8741万マルク、
社会保険料としては、5608万マルクが納入されています。
更に、1939年1月からは、ライヒ税法による所得税の適用が行なわれていますが、これは旧オーストリア国民にとってみれば、
配偶者と子供二人を持つ労働者は20%の増税となっています。
それと、チェコスロヴァキア併合で、中央銀行の7786万マルクの準備金が没収され、ライヒ政府の会計に組み込まれています。

一方、1933~37年度の国防支出は323億マルク、これは政府支出925億マルクの35%です。
この支出には、メフォ手形と呼ばれる政府特殊手形が206億マルク、雇用創出手形2億マルクが入っており、国防費に投入された
租税収入は、償還費用を除けば、190億マルクになります(租税収入509億マルクの37.3%)。
ユダヤ人からの特別財産税なんてへの突っ張りにもなりません。

こういった種々の手形や公債での国防費管理は限界に達し、1938年末には国庫の資金は20億マルクの不足に陥り、10月のズデー
テンラント侵攻の費用にも事欠く有様だったりしていました。
(154:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

WW2の独は米英のレーダーをもう少しコピー出来なかったのか

航空機搭載型では末期に実用化されたドイツ初のcm波レーダー「ベルリン」は撃墜した
モスキートのレーダをそっくりコピーしたものです
(62:904)

ドイツでも政府が企業を接収する事はあったのでしょうか?

企業を国家が接収するのはドイツでも行われていました。

ドイツでは、R企業(Rustungsbetriebe)と言って、「戦時におけるその活動を国防軍によって規制され、平時
に於いて既にそれに備える企業」、主に戦闘用兵器生産企業が指定されていますし、国防経済に関与する
場合は、k企業(Kriegswichtige Betriebe)やl企業(Lebenswichtige Betriebe)に指定され、いずれも、国防軍
経済監督部やライヒ経済省地方支所などの指定、監督の下に設けられています。

更に、国防軍にはそれぞれの軍に、「専用企業」というものがあり、空軍の場合は、Junkers、Aradoなどの航空機
製造企業4社、ドイツ航空銀行、航空施設有限会社など合計20社に上っています。
また、陸軍は、有限会社鉱業資源再利用協会という特殊会社の元に、陸軍専用工業企業(HIB)がその資産管理の
元で操業していました。
これは、1944年11月には111企業に上っていました。
(171:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

WW1でドイツ軍に所属し、勲章等を受けた経験があるユダヤ人でも強制収容所に収監されたんでしょうか?

絶滅収容所ができる前の話だが、
白ルテニア地方(ベラルーシ)の司政官だったヴィルヘルム・クーべが、処刑のため移送されてきた
ユダヤ人の中から第一次大戦の叙勲者をピックアップしてヒムラーに助命を願い出たという話がある。
ちなみにこのクーべという男、ナチ初期からの党員で強硬な反ユダヤ主義者だったのだが党中央と
ケンカして独ソ戦後に占領地域の司政官に左遷された。
そこで迫害されるユダヤ人の姿を見て彼らの庇護者に変貌、時には本人が直接現場にかけつけるなど
してユダヤ人狩りへの妨害を続けてSSと対立した。
ナチはこの反逆者に手を焼いたが、解任される前に皮肉なことに彼はパルチザンメンバーの使用人が
ベッドに仕掛けた爆弾によって暗殺されている。
(236:815)

ナチスドイツにおいては、一般の警察官や消防員も組織上はSSの一員ということになるんでしょうか?

 ナチス政権下のドイツでは警察組織は親衛隊の管轄下にあった。
 いわゆる「町のお巡りさん」から刑事警察、公安警察、それぞれ
管理担当の部門がSS内にある。

 消防隊も組織序列上は親衛隊とは別だがやはり実際の管轄的には
親衛隊の管轄下にあった。
(173:798)
ナチスってのは行政で警察国家を作って大きくなって来たのさ。
組織が肥大化するに従って官僚化して、SS国家長官の下に都市防衛警察・組織警察・保安警察・SD(情報機関)があり、
保安警察の下にゲシュタポ・刑事警察が入っている。
SSは政治警察で発足してナチス幹部の身辺警護で始まってる。これも組織が肥大化して準軍事組織が武装SSと呼ばれ、
陸軍に対抗できる(クーデター防止)軍隊編成になって
戦争にも積極的に参加して、陸軍の一部と行って良いほどに同化していくんだ。
(173:一等自営業 ◆JYO8gZHKO.)

ワイマール時代のドイツでは、再軍備の為の隠し予算があったと聞きましたが、どういったものだったのでしょうか?

全体的に軍事費の規模が縮小傾向にありましたが、必要なものを賄わないといけないので、偽装した支出が行われています。
種類的には以下のものです。
 1. 予算には合法的に計上されていながら、ノレ基準(Versailles条約に基づいて国際軍事監視委員会が規定した軍備制限)
   を越える軍備活動に対する支出
 2. 予算に正規に計上されていない軍備のための支出
 3. 軍備制限規定に違反し、かつ予算上の措置も執られていない軍備活動に対する支出

1920年代初頭の場合は、国防省に対する民間からの献金を財源に基金を設立、また、合法的に取得した予算費目から一部を
そう言った基金に組み入れて運用すると言うケースがありました。
1925年以降、陸軍では、正規の歳出額の1割をそうした非合法支出に充てていましたし、1923年のルール闘争に際して、政府が
国防軍に提供した、総額1億金マルクの資金から、ルール基金という基金を設け、これと民間からの寄付をを財源に企業に非合法
の出資とか融資を行い、補助金を交付しています。

例えば、これらの資金を以て、旧軍需産業で解体・撤去された軍需生産用の設備を買い取り、ロッテルダム、ストックホルムで保管
した後、新規に軍需生産に従事する企業にこれらの設備を提供し、資金を得ています。
これが、総額7,450万マルクに上りました。

また、1927年に発覚した、海軍の「ローマン事件」では、海軍軍令部海上輸送部の部長だったローマンと言う人物の汚職事件ですが、
これは、海軍の秘密軍備資金を運用するために、映画会社の株式を取得し、その映画会社は、国防相、蔵相、海軍軍令部長の債務
保証の下に、資金借入を行い、映画の輸入割当についても政府から特別な便宜を図るなどした見返りに、彼の個人秘書に対し、映画
会社は彼女に多額の給与と住宅の贈与を行い、映画会社からローマンに対するキックバックは、1000万マルクに上ったと言うもので、
こうした資金運用が、陸海軍の裏基金を支えていました。

流石に、こうした偽装工作は政府の危機を招くことになったので、政府、議会、軍部と折衝の結果、1928年以降は以下のように秘密資金
の設定が行われるようになります。

1. 秘密再軍備のための資金は、合法的な会計上、陸海軍予算案の諸科目に偽装して計上されます。
  また、一部は国防予算以外の政府支出で、「扶助」「一般財政管理」の予算案にも偽装した名目で国防軍支出が計上され、
  予算成立後、それを組み替えて本来の支出目的に支出されました。
2. 合法的な会計は、陸海軍とも<白>会計と呼ばれ、陸軍の非合法会計は<青>会計、海軍のそれは、<赤>会計と
  呼ばれていましたが、1928年以後は陸軍の非合法会計をX会計、海軍の非合法会計をB会計と言うようになりました。
  なお、陸軍の非合法会計は、「軍備基金」とか「修繕基金」とする場合もあります。
3. 政府支出のうち、「戦後処理負担」の「武装解除・撤退」の支出の一部は、「製造施設基金」として軍需産業に補助金として
  交付されたり、X会計に繰り入れられたりしています。
4. 航空戦力に関する支出は、X会計、B会計のそれぞれで支出されたほか、政府支出の「運輸省」支出からも民間航空に
  対する補助金を実際の必要以上に多額に計上するやり方で行われました。
5. 陸軍では、陸軍兵器局が支出の担当となり、予算の集約、現金収支統制と支出統制は、1920年代半ばは参謀本部、
  その後は国防局が当たっています。
  その支出を管理する特別の国庫勘定としては、B勘定が設定され、全ての資金収支を統一的に管理することになって
  いました。

この支出の内訳ですが、陸軍はたいていの場合、総動員時に急増する軍備に備えて予め建設しておく製造設備資金に多く
充てられています。
1928年度のX会計予算は、総額6,910万マルクで、これは正規国防支出項目の実に43.2%に相当しています。
このうち、4,610万マルクはノレ基準に対する違法支出であり、更にその中の2,370万マルクは別の支出項目からの繰り入れ
支出でした。
施設建設支出の例を挙げると、既存製造設備を偽装して、歩兵・砲兵用兵器製造の為の機械設備の整備として、ポルテ、
ボルジッヒ、リグノーゼに資金を提供しますが、ポルテ以外は非合法企業でした。
火薬の製造能力向上のため、ヴォルフ、リグノーゼ、クリュンメル、ブラウエに対する事業所新設費用を提供しますが、この
4社とも非合法企業であり、事業は表向き、各社の自主的なものとされていました。
また、ドイツ硝子白熱光製作所(アゥワー)に対しては、ガスマスク製造施設の拡大が図られますが、名目上、これは、「市民
のガス防護の準備」、ティール・ゼーバッハ兄弟社は合法企業として信管製造を行っていましたが、計画による施設拡大と
製造能力向上は、動員時の必要を満たすためであったために、この事業は「時計製造施設の拡張」として実行されました。
最後に、毒ガス戦闘用資材の調達は、中間製品は通常取引でしたが、最終生産はソ連領内で行っていました。

ちなみに、国防軍支出に対する非合法支出(対歳出比)は以下の通りです。
                1925 1926 1927 1928 1929 1930 1931 1932
陸軍非合法支出額     40   35   50  75.2  59.4 64.9   ?  66.6 (単位100万マルク)
国防費の支出割合     9.1   7.7 10.0  13.8  12.1  13.1     14.6
海軍非合法支出額                  6.9  7.7  12.3
対支出比                        3.3  4.0  6.8

ちなみに、大蔵省内部では、「海軍は何時も嘘をつく。陸軍は本当のことを言うが、ただ、それは極稀だ」と言われていました。
(217:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツのレーダー技術は英米より立ち遅れていたの?

ドイツは別に立ち遅れてないよ。
ウルツブルグでぐぐってみるとよい。

ただ、イギリスが死に物狂いで電子戦に血道を上げてたのから比べると
優先順位としては相対的に低かった、ってことはあるかも。
(702:424)

第一次世界大戦から日独伊三国同盟までのドイツ人の対日感情はどうだったんですか?

第一次大戦では完全に敵国で青島や南洋諸島を日本に奪われてるし、大戦間期にドイツは中華民国に軍事顧問や兵器を送って日本との戦いを支援している。
大戦間期にドイツで出版されたSFや仮想戦記を論じた『理想郷としての第三帝国』によれば、ヒトラーが政権を取る直前まで日本を敵とした小説が多く書かれてる。
中には日本と中国が連合してヨーロッパを蹂躙しようとしたけど天才的科学者が発明した超兵器とか細菌兵器で皆殺し、なんてトンデモない内容のもある。
そんな感じで日本に対しては警戒感のほうが強かった。
(724:32)

スエズ運河をドイツが抑えることができていたら、海上封鎖突破船や遣独潜水艦はスムーズに行っていましたか?

距離の問題じゃなく、ジブラルタルやマルタが維持されてる限り無理。
そもそもブレストを出港直後に撃沈される潜水艦だったいたし、
英本土が最大の問題。
(俺初質スレ50501:841)
アドリア海経由で、ヴェニスやトリエステ等の北イタリア港湾からすぐ
オーストリアに連絡できるから、わざわざジブラルタルやらマルタやらを 
経由する必要はないだろ。

スエズを確保できれば枢軸側の通交メリットよりは、インド方面からの
物資・人員が喜望峰経由にならざるを得ないというイギリスの受ける
ダメージが遙かにでかいだろうけど。
(俺初質スレ50501:842)

ベルリンの戦いでは、ドイツ側はもっと他の地域から戦力を抽出できなかったんですか?

春のめざめ作戦をやらなければ、第6SS戦車軍が使えた。
(俺初質スレ50505:856)
近郊にいる有力部隊としてはシュタイナーの第3SS装甲軍団、ヴェンクの第12軍、マントイフェルの第3装甲軍あたりがいるが
どれも実戦力はお寒い限りで、ヴェンクはベーリッツ奪回したところで反撃に遭い後退 
シュタイナーやマントイフェルは明確にベルリン救援命令を拒否してるような状態なので
現実的に投入可能な兵力は史実だと存在しない。
ルールのG軍集団やクアラントの北方軍集団は包囲されてどうにもならんしね
(俺初質スレ50505:857)





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