輸血拒否が引き起こす問題(エホ)

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新興宗教団体「心の道場」は、その教義に臓器移植・輸血拒否をもつ。

2005年、ある心の道場信奉者が、掲示板上において一般参加者に対して実質的な輸血拒否への誘導を行い、心の道場メンバーもそれを黙認した。今後もこのような主張をする危険があるため、輸血拒否をすると実際どのような展開となるのか、参考資料を提示しておきたい。


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輸血拒否を教義に持つ団体では「エホバの証人」が有名である。


実際に未成年者をふくむ犠牲者が出ているだけでなく、その信者が心の道場信奉者といくつもの共通点(主婦中心、マジメ、なにげなく始めるところなど)をもつと思われるため、参考にしてみた。以下で引用する「説得」の大泉氏は子供の頃エホバさんちに通わされてたとかで、エホバさんちの信者の純粋さやよさもよく知っている。
信者は決して喜んで子供を見殺しにするわけではなく、輸血を拒否する時には非常に悩んでいる。


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◆心の道場信奉者とエホバの証人信者との共通点(大泉実成「説得」現代書館 より引用)


<ある宗教に関心をもつ。次々と教義を理解していく。矛盾はないか、しっくりこないところはないか。理論的にどんどん詰めていくと、ある究極的な一点で、人は先に勧めなくなる。その先に進むためには、もはや跳ぶしかないのだ。宗教が『賭け』であると最初に論じたのは、一体どこの誰だったろう。宮は跳んだ。
「一歩足を進めるとね、エホバが豊かに報いてくださる、ということが、本当によくわかるんですよ」>


<「すごい騒ぎ。でも、いいわ、宣伝になって」
「ほっほっほっほ」
「でもさあ、あれ、違うんだってね」
「&&&&」
「大君が、死にたくないって言ったっていうでしょう。あれ違うんだって」
何が違うのか。執拗な叔母の言葉に私は聞き耳を立てた。
「輸血しないで死ぬのがイヤだったんじゃなくて、輸血して復活できなくなっちゃうのがイヤだったんだって。死にたくない、っていうのはそういう意味だったんだって」
「あたしもおかしいと思ってたんだけど。ちゃんと真理が入ってるんなら、死にたくないなんて言うわけないもの。そうかー」>


<例えば、証人たちの講演や本には、実に硬直したバサバサしたところがある。『&&すべきです。&&べきです。&&であるべきです』と異様に続くべきべきした文章なのだ。こういう文に付き合い続けると、ストレスがたまって耐えられなくなると思うのだが、彼女たちは実に生き生きとしている。集会では背中を丸めて一心にメモをとり、実に周到な予習をしてくる。しかも彼女たちは、何年も何年も倦むことなくそれを続けているのである。このパワーは、ただごとではない。>


<この町の人達も、私達が帰ってしまえば、音信を聞くことはできなくなってしまいます。(略)
ですから、私達もせいいっぱい、エホバに用いられる器として、この地域で、エホバのみ名と王国とを知らせてゆきたいと思いました。>


<神があるということは知ってましたのよ。ただ、こういう神さまだということは知らなくてね、聖書学んで、理論的によくわかったのね>


<私にはその『むなしさ』とやらがどうしてもピンとこなかった。まるで命の塊のような子供を2人も授かり、むなしい母親なんているものだろうか。私は思わず、
「どうしてでしょうね?」と尋ねた。すると彼女も、
「どうしてでしょうねえ」と答えた。>


<「今日は奉仕どうでした」
「楽しかった」
「雑誌取ってくれるって言ったのにい、やっぱり止めた、とか言われた時『ズルッ』とか言っちゃってえ」
「キャハハハ、やあーだーしまいー(姉妹)」
私は奇妙な幸福感を味わいながら、ぼんやりと姉妹達の声を聞いていた。>

<「そうですね、じゃ、様々な問題って何なんでしょうね」
「うんと、戦争とか餓えとか、病気とか犯罪です」
「こういったのは、人間が解決できる問題でしょうか」
「うん?」
「さとし君が戦争よなくなれ、って言ったら、戦争をなくすことができますか」
「できません」
「できませんね。だから神の王国を通して、解決するしかないわけですね。さとし君はこんな問題のない神の王国に住みたいと思いますか?」
「思います」>


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◆医療側からの意見 (掲示板での誘導を知った医療従事者から)


・医療従事者は人の命を救うことが使命であると考えている。
・輸血すれば助かることが明白である場合、みすみす患者を見殺しにせざるを得ないのは、医療従事者にとって激しい苦痛である。
・輸血拒否の患者に対しても、診療そのものを拒否することは倫理的に強い抵抗がある。
・患者本人や親権者の意志に逆らって輸血をすれば、医療従事者が犯罪者となる。(実際の判例あり)
・緊急時、本人の意志を確認する手段も時間もない場合がある。
・切迫した状況にある他の患者の迷惑になる。
・緊急でなくとも、「手術いっちょう! 輸血なしでね〜」という場合の対応は決まっていないため現場が混乱する。治療可能範囲も狭くなる。


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◆医療現場の混乱(大泉実成「説得」現代書館 より引用)


<子供は苦痛の表情を浮かべていた。
「どう、いたい」
「はい、だいじょうぶです」
「しんぼう、できるよね」
子供は小さくうなずいた。大丈夫だ、金子はそう感じた。意識はクリアーだし、不安になったり精神的な錯乱に陥ったりもしていない。これなら、大丈夫だ。
関からこれまでの経過をざっと聞くと、子供のバイタル・チェックをした。血圧は100あった。しかし、トータルの出血量を約500ccとすれば、もう輸血は開始してもいいはずだ。金子は両親の説得を試みた。(略)
「&&&&輸血は&&&&して欲しくないんですけど」
予期していた答だった。だが金子は希望をもった。父親は、これまで見てきたエホバの証人のように、断固たる口調で拒否しているわけではなかった。(略)
手術するために止血帯やバンドを外せば、あっという間に血がドッと出る。どうしても輸血が必要なのだ。金子は麻酔科医としての意見を、たたみかけるように述べていった。>


<昇(大の父)はますみ(大の母)を慰めながら、角田に、医師から強く輸血を求められているのだが、と話した。
角田は、エホバの証人として自分は輸血をする気はないし、あなたにも勧めることはできないと言った。
「荒木さん、あなたの意志にお任せします。自分でお決めになって下さい。それが信仰というものなんです。そうやって強くなっていくんです」
角田の口調は毅然としたものだったが、昇にはかすかないたわりが感じられた。>


<枕元で安藤が名前を呼ぶと、大はしぶしぶと目を開けた。しかし、しばらくすると、すうーっと寝入るように目を閉じてしまう。顔からは苦痛の表情が薄れていた。大がセンターに運び込まれて、すでに1時間が経とうとしていた。>


<父親は、弱々しい声で、はい、はい、と返事をすると、「相談してきます」と言う。夫婦でボックスに入っていき、しばらくして出てくると、仲間のいる入口あたりで話をする。それからやって来て、「やはり輸血をすることはできません」と言う。(略)
昇はエホバの証人たちと、大を転院させる相談をしていたのだった。(略)手術さえすればなんとかなるのではないか、と思っていた。
兄弟達は手分けをして受け入れ要請の電話をかけ始めた。>


<どの病院も輸血なしで手術するという点でまず渋った。だが、もうひとつ大きな理由があった。
(略)そうした病院はターミナル・ホスピタル(終着病院)と呼ばれ、そこから他の病院へ患者を転送するということは、救急医療の常識では考えられないことだった。聖マリアンナ医大は、そのターミナル・ホスピタルの一つだったのである。>


<(病院理事長)「別にあなたの信仰が悪いと言ってるわけじゃない。今の大ちゃんの状態と現代の医学から考えたら輸血は絶対に必要なんです」
「&&&&しかし、輸血は&&」
「いくらあんたが断ると言ってもね、これは子供なんだ。成人が自分の意志で言ってるわけじゃない。親の意志でもって&&。だから、許して下さい。僕らに任してください&&」
受話器からは昇の荒い呼吸が聞こえた。やがて声は、
「すいません。あと3分待って下さい」と答えた。>


<激昂した警官は医師達につかみかかった。
「だいたいおまえらもなんで輸血しないんだ」
芦川は胸倉をつかまれ、ぐいぐいと押された。
「このまま子供が死んだら、おまえらも告訴するぞ」
確かに、そうかもしれない。逆上した警官の叫び声を聞いて、金子はそう思った。輸血をすれば助かるはずの子供に、輸血をしていないのだ。もしこの子が死ねば、訴えられても当然だ。>


<「やらせてくださあい」
金子の悲痛な声が、受話器から聞こえていた。
「輸血を許可して下さい。ケンカしてもやりますから」
「君&&落ち着きなさい。いいかい、とにかく説得して、了解をとらなければだめだよ。法律で決められてるんだから」と前田は答えた。>


<怒号が続いていた。
もうだめかもしれない、安藤はそう思い始めていた。尿が出なくなってから、どのくらい経っただろうか。30&40分?血圧は50台になり、顔は蒼白からむしろ土気色に変わりつつある。正常では15近くあるヘモグロビン量も、すでに4を切っていた。それは、もう生きている人間のものではなかった。そして、先程から続く昏睡状態。>


<安藤は大を見続けていた。当直医として、大についている義務があった。しかし、ずっとついているわけにもいかなかった。(略)
平常勤務をこなしながらも、安藤は極力大の傍らにつこうとした。大は静かに死に向かっていた。>


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◆信者の心境 (大泉実成「説得」現代書館 より引用)


<生きたいだろう、っていう問いかけは、意識失って、そう&&&&2時間くらいした時かな、最後の確認をするので、医者が大に言って、それに答えたことなんです。私も、親ですから、耳元で、だいーーーっ、って叫んだんです。で、その時に、必死になって口元を見たんですね。そうしたら口元が、かすかに動いた。それが、生きたい、と言ったように、私には見えたんです。でも、後で聞いたら、誰も確認できなかったみたいなんですね。でも、私にはそう見えたので、新聞記者に伝えたんです。>

<一般の人なら、悲しみに打ちひしがれると思うんですが、私達は息子が復活することを信じてるんで、事故のあと、四人で、がんばってきたんです。(略)
「ちゃんと信仰してないと、大ちゃんに会えないよ、お互い、がんばろう」
そう言って、やってきたんです。>

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<5人の医師に会った。たどってきた生のコンテクストも、医師になった動機も、宗教観も、生命観も、事件の時とった行動もてんでんばらばらだった5人の医師が、皆一様に、今後は輸血を強行するつもりでいる。
彼らの見たフォルムが、シーンが、そして彼らの血肉となった内的な経験が、様々な個性をもつ医師たちに、そう決意させたのである。
医師達は、輸血を強行することを決意しながらも、悩み、とどまっている。それは、患者の思想、信仰の中に土足で踏み込んでいくことに対する怖れであり、法がそれをどう見るかということに対する懸念である。
問題は、実は何一つ解決されていない。(略)
大は、時が熟す前に、まるでかたいまま台風に会った果物のように、もぎ取られて死んでいった。>

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<彼の轢いた子供は、病院に運び込まれた時は、全治2ヶ月、という診断だった。(略)
だが、病院に運び込まれて4時間22分後に、その子供は死んだ。(略)
葬儀の帰り、王国会館の周りをふらふら歩いている彼を、TVカメラはとらえていた。彼はうわごとのように、「俺は、俺はなにも・・・」と繰り返していた。>

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その後、「大ちゃん事件」があった聖マリアンナ医科大学病院(キリスト教系で本来宗教的信条は重視している)では、再び同様のケースがあれば輸血することを決定。が、相変わらず違法行為には違いない。

未だ数多くの子供がこういった危機に晒され、しょっちゅう変わるような教団の方針のために無用に悩む人々がいる。



以上、輸血拒否という教義が、信者、その家族、医療従事者、また事故などの場合は加害者にとっても、いかに激しい苦痛をもたらすものであるかは明らかであると思う。


合理的宗教である「スピリチュアリズム」の看板を掲げ、いわば主要な「参考図書」に当たる「シルバーバーチ霊訓」シリーズのうち何冊もの版権をもち、自ら「本物のスピリチュアリスト」と豪語する「心の道場」が、輸血拒否などという非合理的な、かつ宗教のもつ悪弊の象徴の如き主張をするのは一体どういうことなのか。
スピリチュアリズムは、ほぼその勃興期から、くだらない教義のために人々が不幸になることを批判してきたのではなかったか。何故そのような主張に拘泥するのか、真意を問いたい。


また、こういう主張をした心の道場信奉者は、輸血拒否をしなければならないような事態に陥るのは「カルマ」のせいであるとか、「その場になってみなければわからない」「取り越し苦労はよくない」などと言って議論を打ち切った。

しかし「輸血拒否をする」ということはすなわち「献血も骨髄提供も拒否する」ということである。

「その場になってみなければ実際に自分の子供に輸血をしてもらうかどうかはわからない」のであれば、自らは血液を提供しないが、他人の血液は貰うかもしれないという、非常に虫のいい話である。

心の道場とはこうした主張をする団体である。十分注意していただきたい。


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