[第6話「守るべきもの」Aパート]の変更点

    

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第6話「守るべきもの」Aパート」の最新版変更点

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-ガルナハン地方、東ユーラシア政府軍サムクァイエット基地。
-東ユーラシア共和国軍第一機動中隊、通称“マニングス隊”隊長、アデル=マニングスは元来しかめっ面の生真面目な軍人である。
+東ユーラシア共和国軍コーカサス州サムクァイエット基地。
+
+第一機動中隊、通称“マニングス隊”隊長、アデル=マニングスは元来しかめっ面の生真面目な軍人である。
 しかしその生来のしかめっ面は今現在、更にしかめられて極めつけな不機嫌さをアピールしていた。
 
 (……何という大失態だ。栄誉ある我が第一機動中隊が私を残してほぼ壊滅とは!)
 
 ――補給部隊に潜ませたマサムネ隊の全滅。
 それは自機を失い、基地で待機するしかなかったアデルにさらなる凶報としてもたらされた。
 アデルの所属する第一機動中隊は可変モビルスーツ、マサムネで構成している精鋭部隊だ。
 そのためガリウス司令の命令の元で行われた補給部隊を囮に使ったレジスタンス討伐作戦に、彼も部隊でも選りすぐりの精鋭を選んで送り込んだ。
 だがその結果は全て返り討ちという、信じがたいものであった。
 まさに部隊長としてあってはならない事態である。
 しかもそれがよりによって同一のモビルスーツによるものだと言う報告が、よりアデルの怒りを駆り立てた。
 レジスタンスによるハンドメイドのモビルスーツ、『ダストガンダム』。
 誘拐されたオーブの少女――ソラの引き取り交渉と見せかけた奇襲を未然に防ぎ、アデル率いるマサムネとピースアストレイ隊を壊滅に追いやった、上半身を褐色に染めたあのモビルスーツである。
 
 「それにしてもガンダム……しかも“塵”のガンダムだと!?人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
 
 情報部からもたらされたその名を聞いた瞬間、アデルの怒りは頂点に達する。
 塵(ダスト)にここまで叩きのめされるとは、彼にとってはまさに恥以外の何者でもなかった。
 
 (生産ラインにも乗らない、ハンドメイドのそこら辺の工場で適当に組み上げたようなモビルスーツに、私の部下達が敗北したというのか!?)
 
 あってはならない事。
 しかし「あってはならない」事は現実に起きてしまっていると、アデルは理解する。
 奴を倒さない限り、自分に進退は無いと。
 アデルは持ち得る権限を全て用いて、ダストを倒す術を考えなければならないのだ。
 しかしそんな猶予は彼には残されてない事を、この時のアデルは知る由も無かった。
 彼が自室で苦悩している同時刻、数機のモビルスーツに護衛された一機の大型ヘリコプターが、サムクァイエット基地に到着する。
 そこから降りてきたのは一人の男。
 それもオーブにある治安警察省、直々に派遣された男であった。
 
 
 
 手に持ったカードの向こうに妙な顔をした仮面の男性が一人。
 深刻そうに悩んだかと思えば、突然頭を抱えたり、そうかと思えば口をへの字にして唸ったり。
 延々となんだかよく分からない百面相をしている。
 ババ抜きなんかにこんなに悩める人が、本当にレジスタンスのリーダーなんだろうか?
 今でも信じられない。
 ソラはちょっと呆れながら、そんな事を考えていた。
 
 「ううむ……」
 
 リヴァイブの基地のロマの自室ではこの部屋の主、ロマ=ギリアムが目前の赤いソファに座る一人の少女、ソラを前に渋面で唸っていた。
 ソラのロマのババ抜きでの一騎打ち。
 しかも現在のところソラに連敗中。
 
 「ぬうう……しかし……いやいや、こっちか?だが意外にこっちかも……ムムムムッ……」
 
 未だ決めかねているのか彼は、カードの上で手を右へ左へ何度もふらふらと往復させている。
 マスク越しでも良く解る苦悩の表情。
 この戦い、負けるわけにはいかない。リヴァイブリーダーとして、一人の男として――、何て事を当のロマは考えていたが、ソラにはそんな事は分からない。
 
 「ほらほら、早く決めて下さいな」
 
 ソラの隣に座る女性が面白そうにロマを急かす。
 センセイだ。
 
 「こういうのは慎重さが大事なんだよ。さてどれにすべきか……」
 
 レジスタンスを率いるリーダーとは程遠い、まるで子供の様な姿がそこにあった。
 ふとソラは中尉に言われた事を思い出す。
 
 (リーダーとカードゲームをやる時、子供を相手にするようにしなさい。そうすればきっと勝てます)
 
 試しに三枚あるカードの内のジョーカーをほんの少し、取りやすいようにずらしてみる。
 
 その時ロマはまるで宝物でも見つけたように「……これだっ!」と勢い良くカードを引いた。
 ……ジョーカーだった。
 
 「うわあああああ!またかあ!!」
 
 よほどショックだったのかロマはその場で盛大にひっくり返ってしまう。
 たまらずセンセイが笑いだす。
 
 「これじゃまたリーダーの負けみたいですね」
 「いやあ、まだまだ!逆転はこれからだよ!」
 
 気合のままにロマは再びソラに向かいなおし、手元に残った数枚のカードを手にする。
 口の端が少し引きつってはいたが。
 今度はソラがカードを取る番だった。
 
 「さあこい、ソラ君!」
 「は、はあ……」
 
 そしてソラは少し慎重気味に、ロマが見せるカードの一枚を取った――。
 
 「ごめんなさいね。つまらない事につき合わせちゃって」
 「いいえ、そんな事無いです。私も楽しかったですから」
 「そういってもらえると助かるわ」
 
 ロマの自室でしばし楽しい時間を過ごした後、ソラはセンセイと再び医務室に戻っていた。
 先日、食堂でリヴァイブのメンバー達に夕食を振舞って以来、ソラは基地内をある程度自由に歩き回る事が出来る様になっている。
 もちろんこれはロマとセンセイの計らいでもあったが、同時にリヴァイブの多くのメンバーもまたそれを歓迎していた。
 もっともソラが自由に出入り出来るのは自室以外には食堂と医務室、シャワールームとトイレに限られている。
 しかしセンセイやコニール、ロマの付き添いがあれば別の所にも行けた。
 無論、格納庫や司令室などは、特別の許可が無い限り立ち入り厳禁である。
 今、彼女がこうしてロマの自室に来ているのも、センセイがそばにいるからであった。
 理由は大した話ではない。
 医務室で定期健診を受けていた時、通りかかったロマに「退屈だろうからカードでもしないかい?」と誘われたのだ。
 どうしようか、と少しためらったソラだったが、センセイは「いいじゃない。少しは息抜きになるわよ。何だったら私も付き合うわ」と勧めてくれたのだ。
 そこでソラはセンセイの付き添いのもとロマとカードゲームに興じていたわけだ。
 もっとも戦歴はソラの圧勝だったが。
 
 「……でもいいんでしょうか?」
 
 薄暗い廊下の中、隣を歩くセンセイにソラはふと尋ねてみた。
 
 「何が?」
 「私、こんなに基地の中を自由に出歩いていいのかなあって、ちょっと思ったものですから……」
 「あら?閉じ込められるのがお好みなの?」
 「いえ、そういうわけじゃないです。ただ……」
 「?」
 
 向こうからメンバーの男が一人が歩いてくる。
 ソラにはいまいち覚えの無い顔だ。
 しかし彼はソラとセンセイに軽く挨拶をすると、そのまま通り過ぎていった。
 オーブに戻るためには軟禁されたまま、その時が来るのを待つ――それがリヴァイブからソラに提示された条件だったはず。
 それが次第に済し崩しになっている。
 そして同時に何気なく自分がこの基地に溶け込みつつある事をソラは実感していた。
 去って行く男の背をチラリと横目で見送ると、ソラはポツリとこぼす。
 
 「私、少し怖くて……」
 「怖い?」
 「はい……、怖いんです。だんだんここの雰囲気慣れて行くのが……」
 「どういう事?」
 「初めてここに来た時はすごく嫌だったんです。だってここは戦場でしょう?人が傷ついたり死んだりするのが当たり前で……」
 
 そうね、とセンセイは相槌をうつ。
 
 「そんな所から早く離れたかった。一刻も早くオーブに帰りたいって思ってました。でも……」
 「でも?」
 「最近、あまりそう思わなくなって来たんです。時々私の部屋の前を通る人からよく火薬の匂いが漂ってきましたけど、前は凄く嫌だったのに最近そういうのも気にならないんです。もしかして知らないうちに私も次第に戦場に馴染んでいるじゃないかって……。その内、人が死んだり傷ついても何とも思わなくなるんじゃないかって……。だから怖いんです」
 「なるほどね」
 
 ソラは思う。
 確かにリヴァイブの面々は荒っぽいが、その性根は優しいし親切だ。
 ロマやセンセイ、大尉達やコニール、シゲト、AIレイ。……シンは正直まだ分からない。
 しかし彼らはあの血臭い戦場に生きる人々であり、身内や仲間には優しくとも、敵対者には一切容赦しない戦士なのだ。
 もしかしてそういう世界に知らず知らず染まっているような、戦場にいることが当然になっているような――、微かだがそんな不安がソラの中にできつつあった。
 それが今のソラはとても怖かった。
 だがセンセイは微笑みながら、彼女を励ます。
 
 「大丈夫よ、ソラさん。貴方は何も変わっていないわ。貴方は貴方のまま。だから自信を持ちなさい。貴方はそのままでいればいいんだから」
 
 その言葉を聞いてソラは顔を上げてセンセイの方を見る。
 
 「それ、前にも同じ事を言われました」
 「あら、誰に?」
 「……シンさんです。前にあの人が私にこういったんです『ソラ、あんたはそのままで居てくれ』って……」
 「そうなんだ……」
 
 それを聞いたセンセイは「なるほど、そういう事なのね」と内心頷いていた。
 人が傷つく、人が死ぬ、人を殺す。
 いつの間にかそれらに鈍感になっている自分達。
 センセイは改めてそれに気づかされていた。
 人が人として当たり前に持っている感覚を、ソラはこの基地にもたらしてくれたのだ、と。
 それは決してリヴァイブのやっている事とは相容れないだろうけど、とても大事なもの、失ってはならないものだ。
 
 ――ソラ、あんたはそのままで居てくれ。そのままで……。
 
 シンがソラの中に見たもの。
 それは自分達が当の昔に失った輝きなのだろう。
 ふとそんな事をセンセイは思わずにはいられなかった。
 
 
 
 ダストは盛大に壊れていた。
 先日のソラ出迎えと見せかけた奇襲攻撃、共和国軍補給部隊襲撃、そしてアスフダリ村での治安警察と連戦に継ぐ連戦は、予想以上に機体に大きな負荷をかけていた様だった。
 調べてみれば脚部アクチュエーターはほぼ全損、右腕関節も壊滅状態と、とにかくありとあらゆるところが満遍なく壊れている。
 それでも僅か数日でダストがまともに動くまで回復したのは、この基地格納庫で獅子奮迅の奮闘をしたメインメカニック、サイ=アーガイル整備班長の功績と言えるだろう。
 
 「……死ねる」
 
 そう言って、崩れ落ちるように倒れたサイを誰も責められない。
 手伝った大尉以下三名及びシゲト、最大犯罪者として認定されたシンも皆、疲れ切っていた。
 
 「こ……これでどうだ?動くか?」
 「右腕部はこれで良いはずですよ。というか、動いて下さい……」
 「誰のせいだ誰の。もうちょい機体を大事にしやがれ」
 「俺、寝て良い……?もうそろそろ限界なんだけど……」
 
 寝ぼけまなこを擦りながら、シンは計器類をチェックする。
 こちらも疲れ切っている。
 
 「……エネルギーバイパス接続。脚部及び右腕部エネルギー伝達確認。あと、俺は何を確認すりゃ良いんだ……?」
 《後は可動確認だな。少し立たせて、右腕を振ってみろ》
 「……了解」
 
 最早コメントする気力も無い。
 レイに言われた通りダストを立たせて、右腕を振ってみる。
 モビルスーツデッキ内は狭いので慎重に操作しなければならない。
 壊したらまた修理しなければならないのだ。
 シンは眠気を必死に耐え動作確認をする。
 願いが天に届いたのか、ダストはシンの思う通りに動いてくれた。
 ほんの少し癖があるが、その程度はなんとでもなる。
 
 《ふむ、中々良好だ。許容範囲だろう。皆、良く頑張ったな》
 
 モビルスーツの内部システムじゃなければ殴り倒したくなる位、偉そうなレイの言い回し。
 だがもはやそんな気力が男達に残っているわけもなかった。
 レイの終了の合図を聞いて一同はその場にへたり込む。
 
 「「「やっと終わった……」」」
 
 もはや誰も喜ぶ気力すら残っていないようで、シゲトなどは早々にシートに倒れこんで寝てしまった。
 大尉達は眠気を飛ばすように煙草に火を付け、じゃあな、と挨拶して宿舎へ戻っていった。
 流石の三人もこれ以上は何もする気が起きないらしい。
 シンは彼らを見送るとダストを駐機させ、そのままシートを倒し寝そべる。
 もう眠気に勝てそうもない。
 遠くに聞こえるレイの声を無視して、シンはそのまま目を閉じた。
 
 
 
 司令官室の中でアデルは直立不動のまま動けなかった。
 その男は獣臭すら漂う鋭い目つきで、アデルを射抜いていた。
 アデルの心臓の鼓動が早まる。
 まさかこの男が居るとは思っていなかったのだ。
 
 「紹介しよう。治安警察本省から来られたドーベルマン保安部長だよ」
 
 ガリウス司令は前に立つ治安警察の制服を着た男をおっかなびっくり紹介する。
 その名を聞いたアデルは戦慄を覚える。
 
 『猟犬』ドーベルマン。
 
 統一地球圏連合治安警察省長官ゲルハルト=ライヒの子飼いの男でオセアニア紛争での活躍で一躍、統一連合内でその名をはせた男である。
 モビルスーツパイロットとしての腕前も相当なものらしく、治安警察だけでなく軍内部でも有名であった
 ただ、その名声は必ずしも良い物ばかりでは無い。
 辛辣で酷薄、おおよそ人間味の無い鬼の様な男。
 信憑性のあるものから眉唾物の噂まで彼を評する言葉として必ず紛れ込んでいた。
 ……つまり、そういう人間に間違い無い、ということだ。
 ガリウス司令は基地内外からも“小悪党”と揶揄される男で、実質基地司令としては限りなく無能に近い。
 コネで基地司令になれただけで本人は無能そのもの、ともっぱらの噂だ。
 幸い有能な幕僚が運営しているので、この基地の機能に大きな破綻は起きてない。
 早い話が“ハンコを押すだけのお飾り”なのである。
 だが、如何に無能であろうと基地司令である以上、人事権はこの男が有する。
 それ故にアデルは確信していた。
 自分の進言通りに兵員を動かしてくれると。
 だがそんな希望は冷酷な現実の前に粉々に打ち砕かれた。
 ガリウス司令は続ける。
 
 「君も今後はこのドーベルマン保安部長の指揮下に入ってもらう」
 
 それはこの基地が治安警察の指揮下に入った事を意味していた。
 
 (まさか……。よりにもよって“あの”ドーベルマンがここに来ているとは……)
 
 衝撃を受けたアデルは無言のまま立ち尽くす。
 一方のドーベルマンはアデルに挨拶もせず、単刀直入に告げる。
 
 「報告は読ませて貰った、アデル=マニングス大尉」
 「はっ」
 
 直立不動のままアデルは応えた。
 だが次の瞬間ドーベルマンは、恐ろしいほどの冷酷さでアデルに言い放つ。
 
 「無能だな、貴様」
 
 まるで刃物のように、触れるものを切り裂くような冷たさが漂う。
 
 「し、しかし……」
 「みすみす部下を死なせておいて、自分は惰眠を貪っていたのだろう?それを無能と言わずしてなんだ?」
 
 冷水の方がまだ暖かい。
 アデルは何も言い返せない。
 確かに軍人として、上司として褒められた事では無い。
 上からの命令の結果とはいえアデルには痛い所なのだ。しかし、引くわけにはいかない。
 最早、退路は絶たれたのだ。この場から少しでも前に進まなければアデル=マニングスの明日はない。
 何とか自分を奮い立たせ、氷河の様な空気の中で言葉を絞り出す。
 
 「確かに自分の判断ミスで部下を失ったのは事実であります。ですが自分はその部下の仇を討つ為に、あのガンダムもどきを倒したいのです!」
 
 ドーベルマンはじろりと、アデルを見る。
 まるで獲物を前にした鷹の眼……いや猟犬と言った方が正しいだろうか。
 あまりの威圧感に眼光で人を殺す、という言葉はあながち誇張ではないな、とアデルは感じた。
 
 「ほう?部下の尻は自分で拭うか。まだ気骨はありそうだな」
 「あ、ありがとうございます……」
 「それで、どうする?一人で行って嬲り殺されるか?」
 「いえ、それで……基地司令殿に御助力願いたく……」
 
 アデルは要するに補充を頼みに来たのである。
 万が一それが認められなければ、アデルはガリウスに自分の人脈で何らかの取引を持ちかけようと考えていた。
 東ユーラシア共和国政府の上層部には自分の身内が居る、と。
 だが今、目の前に居る男にその様なものは通用しない。
 
 「これだけ部下を無駄死にさせておいて、まだ足らんか?よくよく無能だな、貴様は」
 
 最高責任者であるはずのガリウスは先程から一言も喋らない。
 表向き上の立場にあるとはいえ、この男が怖いのだろう。
 ドーベルマンが居なければ、ガリウスは二つ返事で部下を貸したろうが、残念ながらこの場の決定権を握っているのはドーベルマンなのだ。
 アデルが無言のまま立ち尽くす。
 すると何を考えたのか、ドーベルマンはひとつの提案をしてきた。
 
 「だが……条件によっては部下を出すように、俺からガリウス司令官殿に進言しても良い」
 「そ、それでは!」
 
 アデルは心の中で胸を撫で下ろす。
 もっともそれは一瞬だけだった。
 ドーベルマンの言い放った言葉にアデルの全身の血は凍りつく。
 
 「貴様は死ね」
 
 ドーベルマンがごとりとテーブルに置いたもの――それは銃。
 
 「ご、ご冗談を……」
 
 アデルは抗弁するが、その場の雰囲気が、眼光がそれが本気だと雄弁に語っている。
 
 ――自決しろと。
 
 ごくりと、アデルは唾を飲む。戦場でも、これ程恐怖した事は無い。
 
 「どうした?遠慮はいらんぞ。……なに、貴様の様に無能な奴に付き従う兵が哀れだと思っての事だ。お前が決断すれば希望通り、兵は動かしてやる。そのガンダムモドキとやらも倒してやる。それなら文句はなかろう?」
 
 冗談めかしてドーベルマンは言うが、その眼はまったく笑っていない。
 無茶苦茶だ。
 指揮官は、部下に対して『死ね』という権利がある。
 『我々は国の消耗品だ』、そういって憚らない軍人はエリートとして認められている。
 しかし、これはどうなのだ、認められる事なのか?
 アデルはそう叫び、助けを求めたかった。
 しかし異議を唱える事のできる人物は、そばで震えているだけだ。
 その場の雰囲気に押されアデルは銃を取る。
 冷ややかで、酷薄な視線。
 それが牽引材となって、アデルは右腕の銃を動かす。
 震える指で安全装置を外し、だんだんと上に持って行く――行かされる。
 何とか切り抜けようと必死で考えを巡らせる。
 しかし結論は同じだ。
 ガリウス司令は何も言わない。
 それどころか雰囲気に飲まれ卒倒しそうになっている。
 最早退路は無かった。
 全てを捨てて、逃げれば或いは助かるかもしれない。
 しかし逃げてどうなる?
 部下を死なせて、己は逃げ延びて、その後は――?
 不意にアデルの中で死んでいった新米少尉の事が思い浮かぶ。
 部下の死は上官の責任でもあるだろう。
 ならば――。
 急にアデルの中から生への渇望が萎えていく。
 代わりに湧き上がってきたのは、ある種の諦め。
 
 (ここが俺の終着点か……。これ以上生き恥を晒すよりは……)
 
 ――アデルは引き金を引いた。
 
 カチリ。
 
 部屋内に響き渡る小さな金属音。
 発砲は、しなかった。
 この銃には元々弾丸は込められていなかったのだ。
 アデルがその事に気が付いたのは、引き金を引いてじっくり十秒も過ぎてからだった。
 
 「……ふむ、『死んだ』な。今までの貴様は」
 
 ドーベルマンはゆらりと立つ。
 アデルにはそれが死神が近づいてくるようにも見えた。
 
 「今の貴様なら、部下を連れて行く位の価値はあるだろう。そうでしょう、ガリウス司令?」
 「そ、そうとも!ドーベルマン君は君に戦場の厳しさを伝えたくてだね……!!」
 
 追従するようにガリウスは調子の良い言葉をまくし立てる。
 だがその声はアデルの耳には殆ど届いていなかった。
 
 「その代わり、次は無い。良く覚えておく事だ」
 
 そう言って、ドーベルマンは司令室から出て行った。
 アデルは暫く動けなかった。
 冷汗が止まらなかったが、拭う気も起きなかった。
 
 
 
 ――シン、シン……
 
 遠くで、自分を呼ぶ声がする。
 か細く、消え入りそうな声。だけど、何処か懐かしい声。
 何時だったろう、その声を最後に聞いたのは。
 
 “あんた、馬鹿じゃない?”
 
 そう、その子は屈託無く笑って俺に言った。
 男勝りで、その癖変な所だけ女の子してて。
 元気で、朗らかで、嘘が付けなくて。いつの間にか、自分の側に居た女の子。
 
 ――ルナマリア。
 
 ようやくその名前に行き当たる。
 最初は男友達の様な関係だった。アカデミーでもムードメーカーで、何時の間にか人々の中心に居る。
 そういう女の子。
 面倒見が良くて、一人で居る事の多かった俺や、レイの側に来ては皆の側へ連れて行ってくれた。
 戦いになんか、行く奴じゃなかった。あいつには、何時も笑っていて欲しかったのに。
 あいつの妹は、俺が殺した。そう思っていた。
 だから、俺はあいつに何かしてやりたいと思った。
 同情でも、憐憫でも無い。今思えば俺は彼女の為に何かをする事で、俺自身の心の逃げ場を作っていたのかもしれない。
 人殺し。そう罵って欲しかった。
 俺という人間が、何一つ守る事も出来ず、何もかも壊すしか能の無い人間なのだと、決めつけて欲しかった。
 でも、あいつはこう言ったんだ。
 
 (あんた、馬鹿じゃない!?あたしはあんたが不器用なりに、一生懸命に何とかしようしてたのを知ってる!……あんたは何時もそうだったから!だから、だからお願い。もう、あたしに誰も恨ませないで……あたしは、誰も恨みたくない!!)
 
 人を恨む事しか出来ない人間が居るのなら、人を決して恨みたくない人間だって居るのかもしれない。
 ルナがそういう人間だったから、俺は救われたんだと思う。
 あいつの側に、居る事が出来たから。
 それなのに俺は、俺は結局……。
 
 
 
 ――気が付けば、もう夜だった。
 バチバチと、溶接される音が聞こえる。
 格納庫の中ではどうやらサイがまだ作業をしているらしい。
 どうやダストのコックピットの中ですっかり寝入ってしまったらしい。
 
 《起きたか。良く寝ていたな》
 
 レイの電子音声が、シンを完全に覚醒させる。
 
 「今、何時だ……?」
 《11時まで後3分だ。もう夜中だな》
 
 空気が冷え込んでいる。
 ガルナハンの夜は寒いのだ。
 寒気を感じ――シンは毛布を掛けられていた事に気が付く。
 
 「サイ。もう作業を始めてるのか?」
 
 シンはコックピットから出ながら、サイに声をかける。
 サイは作業を中断してシンの方に振り向いた。
 
 「ん、シン、もういいのかい?」
 「ああ、大分寝かせて貰った。毛布、サンキューな」
 「毛布?……ああ、それはソラさんが持ってきてくれたやつだよ。後で礼を言っておけよ。それが無かったら風邪引いてたかもしれないんだからな」
 「ソラが、これを……?」
 
 戦場で今にも泣きそうな目で見つめていた彼女の姿が思い浮かぶ。
 すっかり嫌われていたかとシンは思っていた。
 
 「でも……どうして……」
 《俺が言って、持ってこさせた》
 
 こんな外道なAIも無い。
 
 「お前な……」
 
 シンは文句を言おうとして――止めた。
 別に文句まで言う問題でも無い。
 それより、サイの作業が気になった。作業は全て終わったはずだからだ。
 
 「何やってるんだ?サイ」
 
 シンの質問に、サイの額に青筋が走る。
 
 「……お前が言ったんだろ、スレイヤーウィップを改造してくれって」
 「?……あ、ああ」
 (そういや、そんな事も言ったか)
 
 声には出さなかった。
 だが言わずとも、サイには十分伝わったようだ。
 額の青筋が心なしか大きくなっているように見える。
 
 「……すまん。すっかり忘れてた」
 
 珍しく素直に詫びるシンにサイは毒気を抜かれる。
 
 「お前らしい、といえばそうだが」
 《気にするな、サイ。俺は気にしない》
 
 何時の間にこいつは混ぜっ返す事まで覚えたんだろう。
 そう思いつつも結局、シンはサイの作業を手伝う事にした。
 
 ――今寝たら、流石に殴られそうだったから。

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