「キミの居る場所」(2012/10/15 (月) 20:59:12) の最新版変更点
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***キミの居る場所
「何でお前、こんな所に居るんだ?」
と、寝室に足を踏み入れた瞬間に、伊達は驚いてそう言った。
そこは空港に程近い成田市内のマンションの一室で、フライト前にゆっくり出来るようにと、生活に余裕が出てきた頃に購入した物件だ。
だからそこに予想外の人物が寝そべって本なんて読んでいたとしたら、驚くのも無理はない。カーテンは開けられたままだったが、夕刻を過ぎた部屋はもうとっくに薄暗くて、ベッドサイドの明かりだけが、その人物の手元と俯いた横顔を照らしているだけだったが、伊達にはその相手が誰かがすぐにわかった。
「何だ、帰ってきたのか。・・・じゃあ、出て行こうかな。」
物憂げな顔を上げたその相手は、その視線上に伊達の顔を捉えるなり、そう答える。
「いいさ、ゆっくりしてろよ。いつから居たんだ?お前。」
そして、伊達からそう尋ねられて、その相手・・・ベッドの上の栗原は読んでいた本を面倒臭そうに枕の側へと投げ出して、そしてようやく体を起こした。
「昨日の夕方からだよ。アパートの断水が復旧しなくってさ。風呂にも入れないし、どこに行こうかと思ってたら、貰ったキーホルダーにここの鍵がついてたから。」
と、そう言われて、伊達は先日栗原に贈ったキーホルダーの事を思い出した。
その時は神田も一緒で、栗原と三人で飲んでいた時の事だ。
栗原が財布を出そうとして、その瞬間に金属音が響いてそのポケットから鍵が数個床に散らばった。
「あー、これバカになってるよ。」
と、そう言ってその時使っていたキーホルダーを栗原がポケットから取り出すと、確かにその鍵の止め具の部分がグラグラになっている。
またそこに鍵を戻しても、どうせすぐに外れてしまうだろうからと、伊達はその時たまたま持っていたこのセカンドハウス専用のキーホルダーを栗原に渡したのだった。
その時、この部屋の鍵は、マンションを購入した時に付いていた鍵が二つとも付けられたままだったが、伊達はその一つをわざとそこに残しておいた。
普段の彼なら、そんなあからさまに誘いをかけるような真似はしないのだが、酔った勢いもあったのだろう。
だから実際にこうして栗原が誘い込まれてしまった事に、伊達は多少戸惑っていた。
「月に何日かしか使ってないって言ってたからさ。居ないんだったら使わせて貰おうと思って。」
言いながら、栗原は寝乱れていた服をきっちりと直してベッドから降りた。
それから、伊達の脇をすっと通り抜けてリビングへと立ち去っていく。
追いかけるようにして、その腕を掴んで、伊達は栗原を引き止めた。
「まぁ、待てよ。別に俺が居るからって捕って食ったりしねぇからさ。」
「ふぅん・・・。」
その言葉に、栗原は怪訝そな表情を見せる。
それ程警戒するのなら、どうしてそもそもここで寝てたりしてたんだ?と問いたくなったが、伊達はその言葉を飲み込むと、栗原の腕を放してそれから軽く背を押すようにしてリビングのソファの方へと押しやった。
それから自分はキッチンの方へ行き、適当に物色しながら栗原に声をかける。
「何か飲むか?」
と、それに対してリビングから栗原の声が返ってくる。
「じゃあ、適当に。」
どうでもいいような面倒臭そうな口調だった。伊達と二人で居る時の栗原は万事がそんな調子だ。どこか物憂げで投げやりな、神田と居る時の態度とはまったく正反対の。
それがかつての栗原と一緒だということを伊達は知っていたし、おそらく自分くらいにしかそんな様子を見せないと思っていたから、伊達はそれを厭わなかった。
「神田はどうした?」
二つのグラスを手に、伊達はリビングに向かい、そしてソファの栗原の隣に腰を下ろしながらそう尋ねる。
「ん、休みで帰省してる。」
「へぇ・・・。」
伊達はそれ以上は突っ込まずにグラスを栗原に差し出した。
それから、
「部屋、片付けてくれたのか?」
と何気ない会話を始めた。
「うん。何となく落ち着かなかったし。寝室のシーツとかも替えておいたよ。ワイシャツも脱ぎ散らかしてあったから、適当に洗ってプレスしておいた。」
そこで言葉を区切って、それから栗原は確かめるように、
「別に良いよね?」
と伊達の方を見る。
「あぁ、すまんな。」
と伊達はそれだけを答える。
「それから、昨夜その辺にあった酒、適当に開けて飲んじゃったけど、別に良いよね?」
と栗原はそう続けた。
その態度には珍しく、少し媚びるような所があって、伊達は嫌な予感がしてリビングの隅の飾り棚の方を振り返った。
「あー、お前、俺のコレクションに手ぇ付けやがったな!?」
わざと、という訳でもないのだろうが、わざわざ高い銘柄ばかり封が切られている。
多少の脱力感を隠せない、呆れ顔で振り返った伊達に、
「ごめん。でも、いいじゃん。また買ってくれば。」
と、試すような表情で栗原はそう答える。
「お前なぁ・・・、俺の苦労を返せ・・・。」
買い直した所で、金額はそれ程の事もないのだが、揃えるには世界各国を回らないと出来ないのだ。普通に仕事で回っていたら一年近くはかかる計算になる。その苦労を水の泡にしてくれた人間に、それでも怒る気にはなれなくて、伊達は諦め半分でそう告げる。
それに対して栗原は、すっと伊達に顔寄せて、下から覗き込むようにしながら、
「じゃあ、身体で返そうか?」
とそう問いかけてくるのだった。
もちろん、「イエス」という返答はないだろう、とそう考えながら。
「馬鹿、んな顔して言うな。・・・遠慮しとく。後が怖そうだからな。」
案の定、伊達はそう言って栗原の顔を押し返した。
それからしばらく世間話が続いていて、それは段々と神田についての栗原の愚痴に変わっていく。
そのほとんどが、他愛のない些細な事で、なら別れりゃいいだろうに、とそう軽く言いたいのを伊達は笑って堪えていた。
そしてそろそろ明日に備えて寝ようか、という時間になって、伊達は不意に思いついた。
栗原を本気で奪ってみようとしたらどうなるのだろう、と。
「なぁ、さっきの酒の話だけどさ。」
そう切り出すと、
「ん?」
と栗原が怪訝そうな表情になる。
「やっぱ、払ってくれよ。キスだけでいいからさ。」
と、そう言って伊達は栗原の細い顎を捉えると、ゆっくりと顔を近づけていく。
別に抗う気もないのか、栗原はされるがままになっていた。
軽いキスだと思ったのだろう。
けれど、伊達は唇を重ねると、それをきつく吸い上げた。
それに驚いて身を引こうとする栗原に、伊達はその頭を抱えながらそのまま歯列を割って舌を絡ませていく。
強引ではあったけれども、甘い口付けだった。
深い口付けに、長い時間をかけられて、狂う程に甘く溶かされていく。
いつしか、無意識にそれに応えるように自ら舌を絡ませてきた栗原に、伊達は一度だけそれに深く吸い付いて、それから突然にその身体ごと唇を引き離した。
不意に甘い夢から醒まされて、もどかしげな濡れたような栗原の瞳が伊達を見つめている。
それに、そのまま誘い込まれそうになって、伊達は自分の衝動をなんとかそこで押さえ込んだ。もとはと言えば軽い気持ちからした行為だったのにと。
「馬鹿、そんな目で見るな。本気になっちまうだろうが。」
そんな伊達の言葉に、
「本気だったクセに。」
と、呼吸を落ち着けて、いくぶんいつもの調子を取り戻したのか、栗原がそう言い返す。
「ガキに本気になるかよ。」
伊達もそうは言ってみたものの、あの時、唇を離していなければどうなっていたか自分でもわからなかった。
「そろそろ寝るか?」
そう言ってベッドを指し示す伊達に、
「要らない。ここで寝る。」
と栗原はその申し出を断固として拒否していた。
「だから、何もしねぇって言ってるだろ?」
「それが信用できないから、嫌だって言ってるんじゃん。」
「しょうがねぇな、じゃあ俺がこっちで寝るからベッドで寝てこいよ。」
「そんなの熟睡できないだろ。伊達、明日フライトなんだろ?」
「心配してくれるんなら、あっちで寝ようぜ。俺が嫌なら隅っこに寄ってりゃいいさ。俺だってフライト前に余計な体力使うような真似しねぇしさ。」
そんな押し問答が続くのも馬鹿らしくなって、栗原は結局伊達に従って寝室で眠る事になった。
けれども伊達が言った通りに、ベッドのかなり端に寄って伊達に背を向ける。
少しでも寝返りをうつ方向を間違えれば、すぐにでも落ちそうな状態だ。
「お前、そんな端にいたらベッドから落ちるぞ?」
「いいよ、ここで。俺、寝相いいもん。」
余程警戒されているようで、伊達はさっきの行為が失敗だったと一人苦笑した。
不思議なもので、そうやって横に並んで寝てみると、伊達は栗原で性的な欲求を満たそうとは思わなくなっていた。
瞳を閉じた時に、妙にあどけない表情や、丸まって寝ようとするその仕草が何かを連想させるからだ。
それが何であったかに気付いて、伊達はもぞもぞとベッドの中を動いて、栗原の居る場所に近づく。
有無を言わせず、その身体を腕に抱くと、
「離せよっ。暑苦しいんだから。」
僅かに瞼をあげて、視線だけ伊達の方に向けると、栗原はそう抗議した。
それでも、伊達の様子にイヤらしい所がない所為だろう。それ以上何もする気はないんだろうと考えて、栗原はそれ以上の抵抗はしない。
事実、その時の伊達にもそんなつもりが毛頭あるわけでもなく、
「いいから、こうさせてろよ。最近じゃここは三星の居場所でな。」
と言いながら、栗原の頭を持ち上げて、自分の腕をその下に滑り込ませた。そしてそれから、
「可愛い娘の代わりだ。何もしねぇから安心しろよ。」
とそう続けて、それきり栗原の返事も聞かずに目を閉じてしまうのだった。
「俺を何だと思ってるんだよ・・・。」
と、そんな伊達に栗原はそう言いかけたが、伊達が静かに寝息を立てるのを聞くと、少しだけ伊達の身体の方へと自分の身体を寄せてから、そしてそのまま瞳を閉じた。
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