「余韻」(2005/11/21 (月) 21:39:23) の最新版変更点
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<88title/no.037>余韻
元旦の灯を空で眺める事もなく、湿気て重い綿布団の中で、惰眠を貪りながら過ごすのは、いつ振りだろうか?
大晦日から元日にかけての、年越しを休日として迎える事は、この仕事についてからは、極稀な事だったから。独身貴族を返上するまで、それは避けられない事のように思われていたのだけれど。
幾つかの偶然と、偽善と呼ぶには流石に哀れな好意によって、この新しい年は狭くも過ごしなれた自室で、迎える事となったのだ。
そうは言えどこの数時間後には、新年初のシフトが回ってくる訳で、決してのんびり正月休を味わう閑など無い訳だが。
この部屋を我が物顔出で入りする、ゴリラも画やと揶揄される天然野生児には、何の関係もないらしい。ここぞとばかり、大晦日から乗り込んできて、やれ蕎麦を食うだの、紅白を観るだの、騒ぎ立て。人の部屋で好き勝手わがままを、押し通し。
行く年来る年が終わるや否や、意味ありげな笑顔を満面に浮かべて、にじり寄って来たのが、確か今から遡る事10時間前。
お互いの内で、好きだとか嫌いだとか、そんな次元でものを語る時期は、とうの昔に過ぎてはいたけれど。
鼻先に唇をつける近さで、前置きもなくいきなり『姫始め』などとのたまう様は、相手がまっとうな女性なら蹴りの一つも入れられようと言うものだ。
もっとも俺は女性のカテゴリには微塵も引っ掛らないし、夜通し飲み明かしていたのでは、まっとうの枠にも収まりそうもない。
ヤツが何かにつけ馬鹿を言い出すのにも、大概慣れて来ているから、常識的な突込みを入れる無意味さも身に染みていた。
だからその時も、「そう言えば年越しの休みが決まった時に、無闇に締まらない顔で喜んでいた」事を薄く思い出しながら、突き出された上唇に噛み付いてやった。
重い身体を反転させて、比較的温かな日差しが、安物の薄いカーテンから漏れるのを眺めながら、遠く笛の根がお囃子を奏でるのに耳を澄ます。
目が醒めた時に、『もう少し、ゆっくり寝てな』とだけ枕元に囁いて、部屋を飛び出していった男の行き先をぼんやり思い描いた。
僅かな熱さえ残さない、冷えた布団の隙間に手を添えながら。
楠菊太郎
<88title/no.037>余韻
元旦の灯を空で眺める事もなく、湿気て重い綿布団の中で、惰眠を貪りながら過ごすのは、いつ振りだろうか?
大晦日から元日にかけての、年越しを休日として迎える事は、この仕事についてからは、極稀な事だったから。独身貴族を返上するまで、それは避けられない事のように思われていたのだけれど。
幾つかの偶然と、偽善と呼ぶには流石に哀れな好意によって、この新しい年は狭くも過ごしなれた自室で、迎える事となったのだ。
そうは言えどこの数時間後には、新年初のシフトが回ってくる訳で、決してのんびり正月休を味わう閑など無い訳だが。
この部屋を我が物顔出で入りする、ゴリラも画やと揶揄される天然野生児には、何の関係もないらしい。ここぞとばかり、大晦日から乗り込んできて、やれ蕎麦を食うだの、紅白を観るだの、騒ぎ立て。人の部屋で好き勝手わがままを、押し通し。
行く年来る年が終わるや否や、意味ありげな笑顔を満面に浮かべて、にじり寄って来たのが、確か今から遡る事10時間前。
お互いの内で、好きだとか嫌いだとか、そんな次元でものを語る時期は、とうの昔に過ぎてはいたけれど。
鼻先に唇をつける近さで、前置きもなくいきなり『姫始め』などとのたまう様は、相手がまっとうな女性なら蹴りの一つも入れられようと言うものだ。
もっとも俺は女性のカテゴリには微塵も引っ掛らないし、夜通し飲み明かしていたのでは、まっとうの枠にも収まりそうもない。
ヤツが何かにつけ馬鹿を言い出すのにも、大概慣れて来ているから、常識的な突込みを入れる無意味さも身に染みていた。
だからその時も、「そう言えば年越しの休みが決まった時に、無闇に締まらない顔で喜んでいた」事を薄く思い出しながら、突き出された上唇に噛み付いてやった。
重い身体を反転させて、比較的温かな日差しが、安物の薄いカーテンから漏れるのを眺めながら、遠く笛の根がお囃子を奏でるのに耳を澄ます。
目が醒めた時に、『もう少し、ゆっくり寝てな』とだけ枕元に囁いて、部屋を飛び出していった男の行き先をぼんやり思い描いた。
僅かな熱さえ残さない、冷えた布団の隙間に手を添えながら。
2003.02.04 楠菊太郎
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