「桜花思惟」(2012/10/15 (月) 20:31:34) の最新版変更点
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***桜花思惟
「神さん、起きて。」
神田の髪と顔にかかった桜の花びらをそっと払いのけて、俺は軽くその頬を叩いた。
閉じられていた瞼がわずかに動いて、そしてゆっくりと開けられる。
「もうみんな帰ったよ?」
「ん・・・?あれ?」
昼過ぎから始まった花見の宴は終盤を迎えていて、もう残っているのは片付けに駆りだされている隊員だけだ。神田があまりにも気持ち良さそうに俺の膝の上で寝ていたので、日暮れまでこのままにしておいてやろうかとも思ったが、とうとうブルシートの片付けがはじまって、それは出来なくなった。
神田はまだ酔いから醒めてはいないみたいで、なかなか起き上がろうとはしなかった。
「今日は酔いつぶれる程は飲まない、とか言ってたクセにさ。ほら、シート片付けるんだから、膝からのきなさいって。」
「んー、もうちょっとここがいいな。」
「バカ、片付けの邪魔になるだろ。それに暗くなる前に帰ろうぜ。」
そう言ってやると、仕方なさそうに神田は起き上がって、そして腕を上げて大きくのびをした。
「なんか、名残惜しいな。」
そして、満開に咲き誇る桜並木を見てそう呟く。
「そうだな・・・、もうすぐ全部散ってしまうんだもんな。」
と俺もそう言って、その淡いピンクの幾重にも重なった様を目に焼き付けた。
桜の花は・・・、刹那の美しさだ。咲き誇り、そしてその花の盛りに潔く散っていく。
もう少し、咲いていられたらいいのに。
何ゆえに散り急ぐか・・・。
咲いた花なら散るのが宿命・・・と、
かつて散り急いだ先人達も、自分達を桜に例えた。
けれど、今だってそうなのだろう。
帽子にだって、肩の階級賞にだって桜があしらわれている。胸のウィングマークでさえも桜がデザインされているのだ。
自分達は、散るのが宿命の桜だと、そう暗に命じられているかの様に。
「あんまり見てると、魅入られるぞ?」
そうやってずっと桜の見つめていた俺を、神田の声が現実に引き戻した。
「あぁ、帰ろうぜ。」
と、俺は立ち上がろうとして足に力が入らない事に気づいた。バランスを崩して倒れそうになる俺を、その瞬間に神田の腕が支えてくれる。
「大丈夫か?」
「足、しびれて感覚がねぇよ。神さんのせいだぞ。」
「んじゃ、しばらく俺に捕まってろよ。」
そう言われて、身体を支えてもらいながら、神田と二人、寄り添うように立っていて。
ふと見上げた空、
一瞬吹き荒れた風の、最後を追うように2枚の花びらが舞っていた。
互いに戯れるように追うように追われるように、ヒラヒラとどこまでも共に居て。
まるで俺と神田のようだなと、そんな意味のない想像をする。
ヒラヒラ、ヒラヒラと、俺達はどこまで飛んでいけるのだろう。
神田もその情景に気づいただろうか、とその様子を探ると、その視線はまったく違う方向を向いていた。
「なぁ、栗。」
「ん?」
「アレ、持って帰ってもかまわねぇよな?」
神田がそう言って指差したのは、宴会用の資材の脇にポツンと置き忘れられているビールケースだった。
「帰ったらさ、近所の公園行って夜桜見物しようぜ。」
とニヤニヤしながら神田が言う。どうやら桜を見て物憂げな感傷に浸っていたのは俺だけのようだった。
神田はいつでもちゃんと現実を見ている。
そう、別に散り急ぐ必要もない、散らなきゃいけないわけでもない。神田が居れば・・・、神田と居れば、そんな事は関係ない。となんとなくそう思えてきて。
「ケースごとはダメだよ、神さん。そんなに飲めないだろ?」
と神田に合わせてそんな事を言ってみる。
神田は少し不服そうだけれど、ケースを担いで帰ることの非現実性に気づいたらしい。そして、人に見つからないうちにはやくその獲物を確保してしまいたいのか、ソワソワしはじめていた。
「もう大丈夫、立ってられるよ。」
ようやく足の感覚がもとに戻ってきて、俺は神田の身体から離れた。歩くにはまだ不十分だが、立っている分には問題なさそうだ。
すると神田は喜々としてビールケースに近づいていって、持って来ていたリュックにそのうちの何本かを詰め始めた。
いつもなら窘めないといけないそんな行為も、神田の頭上でフワリと揺れる桜がキレイでなんとなく許せる気分になる。
桜はキレイだ。散っていく美しさもあるけれど、咲き誇っている姿のほうが何倍も美しい。
俺達もまた、桜に例えられるのだとすれば。
ならば・・・咲き続けよう。神田と二人、この世界で・・・。
「よぅし、収穫、収穫。さ、帰ろうぜ。」
そう嬉しそうに言いながら戻ってきた神田と、俺は並んで桜並木を歩き始めた。
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