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「IF YOU WISH」(2012/10/15 (月) 20:33:25) の最新版変更点
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***IF YOU WISH
「失礼します。VIPの年次飛行に関する合議を頂きに参りました。」
と、飛行隊長の部屋に入ってきたのは、普段飛行隊では見かけない司令部の人間だった。手にはA4の用紙数枚が閉じられたバインダーを持っている。
その一枚目の紙には信じられないくらいの四角形が書かれていて、一番下から順に10個程のハンコが連なっていた。
飛行隊長の所にたどり着いたのがようやく昼過ぎだったから、彼はまだまだこれから半日かけてハンコを貰いに回る旅が続くに違いなかった。
こんな時、飛行隊長である神田2佐はいつも思うのだ。大変だな、と。
そしてなるべく穏便にハンコだけ押して、次の場所へコマを進めてやりたいと思っている。
だから、いつもならどんなスタンプラリーが来ても快くハンコだけ押して、内容に対しては突っ込みをいれたりはしないようにしているのだ。
だが、今回は少し違った。
VIPの搭乗予定のリストを見て判を押そうとする手が止まった。
「・・・15だって?」
よくよく見れば、T-4という文字が並ぶリストに一箇所だけ、F-15DJが混じっているのだ。
通常VIPの年次飛行と言えば、技量維持、つまり、なんとかウィングマークを外さないでいるためだけのものだ。関東近辺に勤務する、もう高齢の1佐~空将が対象になっていて、普段は操縦桿を握るような仕事についていない連中だ。だから戦闘機乗りだった人間の年次飛行とは言え、ホンモノの戦闘機に乗せるわけにはいかない。練習機で十分の筈だった。それもかなりの技量を持った編隊長クラスが後席でサポートに付く。
それがわかっているから、通常VIPと言えどもイーグルに乗りたいなどという無茶な事は言ってこない。けれど、そこに横槍を入れてくる我侭人間が毎年一人か二人は必ずいるのだった。
もちろん、通常であればこのリストに載る前に事情を説明して納得していただいている筈なのだが・・・。
「はい、どうしても、おっしゃいまして。」
「どこの人間だよ。そんな無茶言いやがるのは。」
と、改めて神田がリストを眺めてみると、どこかで見た名前が目に飛び込んで来る。
『第○航空団司令 空将補 栗原 宏美』
と。
「あんにゃろぅ・・・。」
と言うなり、神田は椅子の背もたれに掛けてあった上着をはおりながら立ち上がった。
「ハンコは保留だっ。電話するから後で来いっ。」
「はっ? は・・・はい。」
と、かわいそうなその司令部の人間を残して、勢いよく飛行隊を後にしたのだった。
「てっめぇ、ふざけやがって。」
とここは司令部庁舎、赤絨毯のしかれた基地司令の執務室だ。
アポをとらずに乗り込んだ割には、副官室でとくに咎められもせずに神田は司令に会うことができた。
神田が司令に会うのは久しぶりだ。
「まぁまぁ、そんな顔してっとシワが増えるよ、神さん。どったの?機嫌悪いね。」
と、そんな神田の態度をしれっと受け流す司令は、年を重ねてか幾分柔和になったと言われる顔を神田のほうに向けている。
「怒らせてるのはお前だろうがっ。何がしれっと15だ、俺が気づかなきゃ誰が止めるってんだ。司令だからってやっていい事と悪い事があるぞ。お前はっ。」
神田が基地司令の栗原に対して強気な態度でいられるのは、かつて彼らが「神栗コンビ」と呼ばれたその相棒だからだ。強気どころか、かなり横柄な態度だ。さすがに人前ではしおらしくしているものの、二人きりになればかつてと同じ調子で会話が交わされる。
栗原のほうもそれを気にするなんてことはもちろんなくて、かつての頃のように神田に対しては微妙に丁寧な言葉遣いだ。もちろん、時にかなり辛辣な事もあるが。
「えー、だって乗ってみたかったんだも~ん。」
しかし、栗原の言動は最近ではいつも神田を驚かせる事ばかりで、そんなお気楽な栗原の言葉に神田はその赤絨毯の上にへなへなと崩れ落ちたのだった。
「・・・だも~ん・・・って、あのなぁ・・・。」
「座るんなら、そんな床の上じゃなくってさ、ソファに座んなよ。今お茶でもいれさせるからさ。」
とそう言って、栗原はデスクの上の電話の受話器を手にとる。二言三言、何かを告げて電話を切って、そしてソファの方に向かう。
それに促されるように神田もソファへと移動した。
黒の革張りのなかなか豪華なソファだ。座り心地も悪くはない。
「で、ホントのところはどうなんだ?」
と、神田のほうから話を切り出す。栗原に分別がある事くらいはわかっている。滅多な事でくだらない我侭は言わない筈だ。
「・・・ホントの所ねぇ。・・・神さん、なかなかこっちに来てくれないだろ?だからこうやれば自分から来てくれるかと思ってさ。」
くすっと笑ってそう栗原は言った。それはほとんどいたずらっ子の表情だ。
「栗、お前なぁ・・・。こんな手の込んだ事を仕組まなくても一言いえば来てやってもいいんだから・・・。」
「あはは。でもいいんだ、俺知ってるから。神さんがこっちに来ない理由。」
「あ?」
とそこに
「失礼します。お茶をお持ちしました。」
と、お茶セットが乗せられたお盆を持った若い女性隊員が入ってきた。
「どうぞ。」
と言って、ソファの横で体を低くしてお盆から二人の前にお茶を置いてくれる。よく見れば、すらっとしていて色白で、髪は後ろにぴったりと編みこまれていて化粧っけもないにも関わらず、かなりの美人だった。
「下がっていいよ。飛行隊長と話があるから、しばらくアポを先送りにしてくれるか?」
と栗原が言うのに、
「了解しました。」
と一礼して部屋を出て行く。
その姿を神田がじっと見つめているのを栗原は見過ごさない。
「どうだ?今度の娘はなかなかいいだろ?神さん好みじゃない?」
「うーん・・・。いいっ!久々のヒットだ。今年の新隊員はかわいい娘が多いっ!」
「前の司令の時は、神さんが頻繁に司令部に通ってたって聞いて、なんとなくわかったんだよ。」
「あ?何が?」
「その当時の副官室の女の子が、そう言えばかわいかったかなってな。こないだまで居たのは正直イマイチだったからと思って。」
「あ・・・そゆ事いいますか、司令・・・。」
「なんで、神さんが来る気になるように、基地内で一番かわいい娘を登用してみた。で、だな、神田2佐。」
「・・・な、なんでしょう。」
「あの娘、紹介したげるから、15に乗せてよ、神さん。」
「あのなぁ・・・栗・・・。そりゃ、ダメだ・・・。未練だが・・・。」
「それは・・・残念。」
神田の答えを予測していたのか栗原はそう答えて軽く笑う。もともとが冗談だったのだ。最初から本気でF-15Jで年次飛行をしようなんて考えているわけではない。
「栗、お前、15に機種転換してないんだろ?」
「そうそう、だから乗ってみたかったって言ったじゃん。」
戦闘機パイロットしての腕を見込まれて最新鋭機に移った神田が順当にここまで戦闘機パイロットとしてやってきたのに比べたら栗原は波乱万丈だ。結局そのコンピューターとまで言われた能力をかわれて、神田と入れ替わりのように飛行開発実験団に移って、F4-EJの改修、F4-EJ改の開発と運用に関わった。その後はF4の部隊と司令部勤務をいったりきたりしながらキャリアと昇任だけは順当に重ねて、ここにこうして基地司令として存在しているのだ。
「まぁ、って事でじゃあ、はいコレ。」
と言って、栗原は机の上においていた数枚のA4の紙を神田に渡す。
「年次飛行の文章の差し替え。神さんのところにまわってる文書、こっちに入れ替えてハンコ押しといてよ。」
とそう言われて渡された文章を神田はパラパラとめくってみる。
差し替えと言ったように、そこには栗原がF-15で年次飛行をするという記載はなかった。
だが、
「あれ?栗、お前年次飛行どうすんの?」
と神田が訊いたようにそこから栗原の名前そのものが削除されていた。
「あー、いいのいいの。俺、他所でやってくるから。」
「他所?」
「そうそう~。神さんに振られたから、沖縄にでも行ってやってくるよ。バカンスがてら。」
「ずりぃ・・・栗・・・。」
「もちろん、F4-EJ 改で。」
「・・・ずるすきる・・・。俺もそれがいい・・・。」
「ざんね~ん。俺の特権だもんね。」
当然のようにそんな特権を振りかざす栗原をほんの少し羨ましく思いながら、それでも神田はそれ程悪い気はしなかった。頼めば連れていってくれるだろう、とそんな気がするからだ。栗原の特権におぶさる事ができるのは神田だけの特権だった。
「一緒に行くか?」
と栗原がそう聞いてくる。それに対して、
「あぁ、そんときは忘れずに誘ってくれよ。」
と答えて、そしてまた一緒に空を飛びたいと願うのだった。
何年たっても二人のスタンスは変わらない。栗原が15に乗りたいというのなら、乗せてやってもいいとさえ思うのだ。もちろん正規にはさせられないが。
DJなら二人で乗れるよな、とそんな事を神田は考えながら・・・。
「んじゃ、邪魔したな、司令。また来る。」
と、神田は席を立った。
「それ、俺に会いに来るんじゃないんだろ?」
「えーっと・・・。いや、栗に会いにだぜ?」
「ふーん。」
「何だよ?何か言いたそうだな、栗。」
「19歳なんだ、手ぇ出すんじゃないよ?神さん。」
と、神田の先手を打って栗原はそう釘をさした。
「お前・・・ほんっと、俺の事信用してないのね・・・。」
と肩を落とす神田に栗原は、
「うん、そう。神さんの中で信じられるのは操縦の腕くらいだったもんね。」
と悪戯っぽく笑って言うのだった・・・。
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