昔語り
「なぁ、なんで民航に行ったんだ?」
と、目の前の男が無邪気にそう尋ねる。
ここは、航空基地からそう遠くない街のスナックだ。目の前の自衛隊の制服を着た男は、かなり酔っ払ってるらしく、普通なら「奴ら」が話題しない事を俺に聞いてくる。
俺は民航のパイロットだ。かつて空自にいたことがある。だから、普通のパイロットにそんな事きかれても、俺も金だ女だ外国だ、とそれらしい台詞で逃げるところだ。本当の事なんてわざわざ明かす必要ないだろう。
けど、今俺の目の前に居る男はまさしく俺がかつて目指していた「戦闘機乗り」だった。それも一人前の腕を持ったファントム乗りだ。俺が望んで得られなかったポジションにこいつは居るのだ。
「さぁな、つまらん話さ。」
「栗と組んでたんだろ?」
「千歳でな。」
そう、遠い昔に栗原と組んでいたのはこの俺だった筈だ。
千歳で。
遠い街で、今では遠い昔だ。
「聞かせろよー。」
俺がはぐらかそうとするとムキになってくる。
「なんだ、妬いてんのかよ?」
「妬いてないやい。聞きたいだけだ。」
目の前の男は、俺よりも幾分か年下の筈だった。酔っ払ってジタバタしている姿はなんとなく放ってはおけなくて、この男と一緒に暮らしている栗原の気持ちがわからなくはないと思った。
戦闘機乗りなんてのは、所詮どうしようもなく子供で、オトナから見れば庇護の対象になるのだろう。
そして、少しくらいなら話してみてもいいか、と俺は昔話のために少し回想に耽ったのだった・・・。
と、目の前の男が無邪気にそう尋ねる。
ここは、航空基地からそう遠くない街のスナックだ。目の前の自衛隊の制服を着た男は、かなり酔っ払ってるらしく、普通なら「奴ら」が話題しない事を俺に聞いてくる。
俺は民航のパイロットだ。かつて空自にいたことがある。だから、普通のパイロットにそんな事きかれても、俺も金だ女だ外国だ、とそれらしい台詞で逃げるところだ。本当の事なんてわざわざ明かす必要ないだろう。
けど、今俺の目の前に居る男はまさしく俺がかつて目指していた「戦闘機乗り」だった。それも一人前の腕を持ったファントム乗りだ。俺が望んで得られなかったポジションにこいつは居るのだ。
「さぁな、つまらん話さ。」
「栗と組んでたんだろ?」
「千歳でな。」
そう、遠い昔に栗原と組んでいたのはこの俺だった筈だ。
千歳で。
遠い街で、今では遠い昔だ。
「聞かせろよー。」
俺がはぐらかそうとするとムキになってくる。
「なんだ、妬いてんのかよ?」
「妬いてないやい。聞きたいだけだ。」
目の前の男は、俺よりも幾分か年下の筈だった。酔っ払ってジタバタしている姿はなんとなく放ってはおけなくて、この男と一緒に暮らしている栗原の気持ちがわからなくはないと思った。
戦闘機乗りなんてのは、所詮どうしようもなく子供で、オトナから見れば庇護の対象になるのだろう。
そして、少しくらいなら話してみてもいいか、と俺は昔話のために少し回想に耽ったのだった・・・。
やれやれ、めんどくせー話ばかりだぜ。
そう思いながら、千歳飛行隊の隊舎の長い廊下を歩いていく。
もうすぐ課業時間も終わろうかって時になって、俺はようやく人事班から開放された。飛行隊の待機場所に戻ると、まだ何人か残っていて何やら不穏な話をしている。
そんな連中のひとりが、俺を見付けて声をかけてくる。
「あ、伊達さーんっ。姫をなんとかしてくださいよー。」
姫っていうのは連中が栗原につけたあだ名だ。あのみてくれと高慢なところがまさしくそれにふさわしい。だが、本人にそうと知れたら、全員どんな目に合わされるか知れたモンじゃなかった。あやうくタックネームになりかけて、けど姫野って名字の奴が既に使ってるってんでそれだけは免れた。
それでもいつそのあだ名がバレるかと、俺は気が気じゃなかった。
あいつはキレると殴る蹴るだけじゃすまない。言葉の暴力が一番心をエグるんだ。
今日の俺は午後のフライトをキャンセルしていて、ヒマになった栗原は他のパイロットと組んで訓練をしていた筈だ。
一番の新人のクセに、飛行理論にだけはやたら長けてる奴だから、ナビゲーターとしてパイロットに無茶苦茶な注文をつけてくる。俺が相棒だからその半分は相殺されてるようなものの、初めて組む奴で腕に自身のない奴は決まって終わってから俺に泣き言を言ってくる。
「勘弁してくれ、俺にゃ説得無理よ。」
だから俺は逃げの一手。
「地準からやりなおせって言われたんですよ?俺が後輩にですよっ??」
運悪く今日栗原と組んだのは、操縦の腕が一番よくない奴だ。頭はいいんでなんとか事故もなく飛ばしちゃいるが、戦闘行動での機敏な動きができない奴だ。どっちかってーと輸送機向きの。
けど、自尊心をズタズタにされた時に他人に自分の存在を他人に保証して貰いたいって思うのが大学出のパイロットの悪いところだ。自分の事は自分でカタつけやがれ。
ったく、俺が半日居なかったってだけでこれか?
俺がここから居なくなったらどうするんだ。
「お前、自分の腕に100%自身持てるようになってから相談に来い!」
と俺はそのバカを追っ払った。
「そういや、何処行ってたんスか?」
と、また別の奴が俺のところに来て色々詮索してきた。半日飛行隊を留守にするなんてめったにない事で、当然何かあったんじゃないかと思うほうが普通といえば普通だけども。
「姫君が寂しがってましたよー。」
と、つまらねぇ事をぬかす奴も居る。
あれが寂しがるタマかよ。大方さっきのフライトについてこの俺に一言もの申したいことでもあんだろ。
「人事班だよ、呼び出されてな」
「あれっ、じゃあまさか…」
「いや、まだ決まったワケじゃねぇから、黙っててくれよ。」
なかなかするどい奴が居る。いや、そいつも俺と同じ考えで人事に呼び出された口なんだろうか。
民間への転換希望調査の・・・。
そう、人事とはその話だ。希望調査がまわってきたから、軽い気持でマルをつけた。ま まだ数年は猶予があるかと思っていたら、結構急ぐ話だったらしい。
俺がそんな気分になったのは、相棒からの一言が効いていた。
「伊達は、機械に選ばれてないんだ」
ある時栗原はそんな事を言った。それはわからんでもない。操縦にゃ自信はある。けど、俺は本能で飛んでるわけじゃない。離陸から着陸まで、それこそ旋回からの建て直しのタイミングまで頭の中で計算しながら操っている。
確に、操縦捍を握れば自然に飛び方を理解するパイロットってのも居るんだろうけども。
俺は戦闘機が必要とする操縦者じゃないのかもしれん。
一度YS-11を動かした時にそれを痛感した。YSは素直な機体だ。俺の意思一つで動く。どんな事態でも機械の性能より先に自分の腕を頼ることができる。
その時から何となく感じてた。俺にゃそっちのが向いてるのかもなって。
それに、じゃじゃ馬馴らしにゃ正直疲れて来たって所だ。
じゃじゃ馬も2匹になると手が負えねぇ。
ファントムだけでも手一杯だってーのに 。
そう思いながら、千歳飛行隊の隊舎の長い廊下を歩いていく。
もうすぐ課業時間も終わろうかって時になって、俺はようやく人事班から開放された。飛行隊の待機場所に戻ると、まだ何人か残っていて何やら不穏な話をしている。
そんな連中のひとりが、俺を見付けて声をかけてくる。
「あ、伊達さーんっ。姫をなんとかしてくださいよー。」
姫っていうのは連中が栗原につけたあだ名だ。あのみてくれと高慢なところがまさしくそれにふさわしい。だが、本人にそうと知れたら、全員どんな目に合わされるか知れたモンじゃなかった。あやうくタックネームになりかけて、けど姫野って名字の奴が既に使ってるってんでそれだけは免れた。
それでもいつそのあだ名がバレるかと、俺は気が気じゃなかった。
あいつはキレると殴る蹴るだけじゃすまない。言葉の暴力が一番心をエグるんだ。
今日の俺は午後のフライトをキャンセルしていて、ヒマになった栗原は他のパイロットと組んで訓練をしていた筈だ。
一番の新人のクセに、飛行理論にだけはやたら長けてる奴だから、ナビゲーターとしてパイロットに無茶苦茶な注文をつけてくる。俺が相棒だからその半分は相殺されてるようなものの、初めて組む奴で腕に自身のない奴は決まって終わってから俺に泣き言を言ってくる。
「勘弁してくれ、俺にゃ説得無理よ。」
だから俺は逃げの一手。
「地準からやりなおせって言われたんですよ?俺が後輩にですよっ??」
運悪く今日栗原と組んだのは、操縦の腕が一番よくない奴だ。頭はいいんでなんとか事故もなく飛ばしちゃいるが、戦闘行動での機敏な動きができない奴だ。どっちかってーと輸送機向きの。
けど、自尊心をズタズタにされた時に他人に自分の存在を他人に保証して貰いたいって思うのが大学出のパイロットの悪いところだ。自分の事は自分でカタつけやがれ。
ったく、俺が半日居なかったってだけでこれか?
俺がここから居なくなったらどうするんだ。
「お前、自分の腕に100%自身持てるようになってから相談に来い!」
と俺はそのバカを追っ払った。
「そういや、何処行ってたんスか?」
と、また別の奴が俺のところに来て色々詮索してきた。半日飛行隊を留守にするなんてめったにない事で、当然何かあったんじゃないかと思うほうが普通といえば普通だけども。
「姫君が寂しがってましたよー。」
と、つまらねぇ事をぬかす奴も居る。
あれが寂しがるタマかよ。大方さっきのフライトについてこの俺に一言もの申したいことでもあんだろ。
「人事班だよ、呼び出されてな」
「あれっ、じゃあまさか…」
「いや、まだ決まったワケじゃねぇから、黙っててくれよ。」
なかなかするどい奴が居る。いや、そいつも俺と同じ考えで人事に呼び出された口なんだろうか。
民間への転換希望調査の・・・。
そう、人事とはその話だ。希望調査がまわってきたから、軽い気持でマルをつけた。ま まだ数年は猶予があるかと思っていたら、結構急ぐ話だったらしい。
俺がそんな気分になったのは、相棒からの一言が効いていた。
「伊達は、機械に選ばれてないんだ」
ある時栗原はそんな事を言った。それはわからんでもない。操縦にゃ自信はある。けど、俺は本能で飛んでるわけじゃない。離陸から着陸まで、それこそ旋回からの建て直しのタイミングまで頭の中で計算しながら操っている。
確に、操縦捍を握れば自然に飛び方を理解するパイロットってのも居るんだろうけども。
俺は戦闘機が必要とする操縦者じゃないのかもしれん。
一度YS-11を動かした時にそれを痛感した。YSは素直な機体だ。俺の意思一つで動く。どんな事態でも機械の性能より先に自分の腕を頼ることができる。
その時から何となく感じてた。俺にゃそっちのが向いてるのかもなって。
それに、じゃじゃ馬馴らしにゃ正直疲れて来たって所だ。
じゃじゃ馬も2匹になると手が負えねぇ。
ファントムだけでも手一杯だってーのに 。
そこまで要所要所はしょりながら語って聞かせてから、改めて目の前の男を見るとすでにそいつは意識の半分を落としかけていた。ほっとけばこのまま寝てしまいそうだった。
人がめずらしく真面目に話してるってのにこの男は・・・。
こんな奴が戦闘機乗りなのかと思うと少々不安になる。
「起きろよ、お前、俺一人に話しさせやがって。」
小突いて起こそうとしても既に遅くて、そいつは更に机に突っ伏して寝る姿勢に入っていて起きようともしない。。
本当にどうしようもない男だ。
戦闘機が、ファントムが選んだのがこんな男だってのか?
それはどうにも腑に落ちなかった。
人間としちゃ俺のほうがまだ数倍マトモだ。
いや、そんなことより、
栗原が相棒として選んだ男がこんな奴だってのが一番むかつく所だ。
千歳以来だった栗原に会った時に感じた「自然な表情」を、引き出したのがこいつだと思うとジェラシーさえ覚える。
完全に寝入ったそいつを尻目に俺は店のママに言って電話を借りた。
栗原に電話して迎えに来させないと、俺も動きがとれない。
夜中の2時だ、出てくれるかどうか・・・。
3度目の呼び出し音で栗原が電話口に出る。
けれど、
「なんだ、伊達か・・・。」
電話に出た栗原は開口一番そう言った。声が眠そうだ。寝てたのか?
「なんだじゃねぇよ。お前の相棒を預かってんだ。早く引き取りに来い。」
「えーっ、今何時よ?いいよ、その店に放っておいてて。朝に迎えに行くからさ。」
相変わらずの冷たい物言いだ。そう思うとなんとなく懐かしくなった。存外愛されてねぇなと、隣の男を見て思う。
久しぶりに会ってみたい、とそう思った。
「・・・わかった、俺が送って行ってやるから鍵あけて待ってろ。」
栗原に会うついでにこの男をを送り届けてやるのは悪くないことだと思った。久しぶりに話がしたい。
けど、電話の向こうで栗原は
「来なくていい・・・。」
と、相変わらず可愛くない反応を示して、そして電話はそのままツーツーと詰めたい電子音を俺の耳に届けていた。
信じられん・・・。切るか?普通。
けどまぁ、そこが栗原らしいっちゃらしい所で。そんな所が好きだから俺は離れられないんだろう。
遠く離れた場所で、違う喧騒の中で、違うエンジンの音を聞いていても。
こいつらが空に居るのなら、俺も空に居たいと思う。一度でも空に抱かれた人間が思うところは一つだろう。
さっきまで俺が居た席のほうを振り返ると、気持ちよさそうに机に突っ伏して寝てる男がいた。
しょうがない、朝まで付き合うか。
朝になったら栗原が迎えに来るだろう。それまで待つのも悪くないとさえ思いはじめた。
「悪いな、もう一杯くれるか?」
店で寝てる男の件の詫びを言って、俺は店のママにもう一杯同じ水割りを頼む。
いつだって、頭の中だけならあの頃に戻ることができるだろう、俺は。
少し濃い目のそれを俺はゆっくりと口に含む。思い出を肴に、俺は朝までその店で飲み続けた。
人がめずらしく真面目に話してるってのにこの男は・・・。
こんな奴が戦闘機乗りなのかと思うと少々不安になる。
「起きろよ、お前、俺一人に話しさせやがって。」
小突いて起こそうとしても既に遅くて、そいつは更に机に突っ伏して寝る姿勢に入っていて起きようともしない。。
本当にどうしようもない男だ。
戦闘機が、ファントムが選んだのがこんな男だってのか?
それはどうにも腑に落ちなかった。
人間としちゃ俺のほうがまだ数倍マトモだ。
いや、そんなことより、
栗原が相棒として選んだ男がこんな奴だってのが一番むかつく所だ。
千歳以来だった栗原に会った時に感じた「自然な表情」を、引き出したのがこいつだと思うとジェラシーさえ覚える。
完全に寝入ったそいつを尻目に俺は店のママに言って電話を借りた。
栗原に電話して迎えに来させないと、俺も動きがとれない。
夜中の2時だ、出てくれるかどうか・・・。
3度目の呼び出し音で栗原が電話口に出る。
けれど、
「なんだ、伊達か・・・。」
電話に出た栗原は開口一番そう言った。声が眠そうだ。寝てたのか?
「なんだじゃねぇよ。お前の相棒を預かってんだ。早く引き取りに来い。」
「えーっ、今何時よ?いいよ、その店に放っておいてて。朝に迎えに行くからさ。」
相変わらずの冷たい物言いだ。そう思うとなんとなく懐かしくなった。存外愛されてねぇなと、隣の男を見て思う。
久しぶりに会ってみたい、とそう思った。
「・・・わかった、俺が送って行ってやるから鍵あけて待ってろ。」
栗原に会うついでにこの男をを送り届けてやるのは悪くないことだと思った。久しぶりに話がしたい。
けど、電話の向こうで栗原は
「来なくていい・・・。」
と、相変わらず可愛くない反応を示して、そして電話はそのままツーツーと詰めたい電子音を俺の耳に届けていた。
信じられん・・・。切るか?普通。
けどまぁ、そこが栗原らしいっちゃらしい所で。そんな所が好きだから俺は離れられないんだろう。
遠く離れた場所で、違う喧騒の中で、違うエンジンの音を聞いていても。
こいつらが空に居るのなら、俺も空に居たいと思う。一度でも空に抱かれた人間が思うところは一つだろう。
さっきまで俺が居た席のほうを振り返ると、気持ちよさそうに机に突っ伏して寝てる男がいた。
しょうがない、朝まで付き合うか。
朝になったら栗原が迎えに来るだろう。それまで待つのも悪くないとさえ思いはじめた。
「悪いな、もう一杯くれるか?」
店で寝てる男の件の詫びを言って、俺は店のママにもう一杯同じ水割りを頼む。
いつだって、頭の中だけならあの頃に戻ることができるだろう、俺は。
少し濃い目のそれを俺はゆっくりと口に含む。思い出を肴に、俺は朝までその店で飲み続けた。