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ファントム無頼サイト(一部女性向)


   …ジャンル替:Idd.(三国志大戦)

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<88title/no.20>二律背反

汗ばんだ肌が乾いていく感触と、体の奥の鈍い痛みとが、彼をして
浅い眠りから醒めさせた。

思いがけず長い時間を浪費してしまった事に舌打ちをして、彼は身を起こした。
既に部屋に差し込む影は長くなっていて、夕刻近い事は時計を見ずとも明らかだった。
床に散らばる服の中から適当にシャツを引っ張り出し、肩に羽織ながら
隣でだらしない顔をして眠っている男の髪を引っ張った。

「神さん、神さん、もう起きないと」
「ん・・・・・?ああ・・・後、10分・・」
「10分じゃないよ、まったく。今日中に各務原に戻らないといけないんでしょ、
 いい加減に起きてください」
「お前、送ってくれよ・・・明日は非番だろ・・・・?頼むよ・・・栗ィ・・」
「俺はタクシーじゃないぞ、自力で帰れ。それともまた始末書を書くか?」

答えは無かった。
目を上げて神田の方を見れば、彼はまた深い眠りに落ちて行ったようだった。


無理もない、激しい訓練を終えてその足で各務原から百里まで飛んできて
そしてわずか数時間をこうしてともに過ごし、慌てて戻っていく。
そんな綱渡りのような日々を神田は過ごしているのだ。
少しでも体を休めたいのが本音だろう。

車で行けば、なんとか明日の訓練に差し支えない時刻には戻れるだろう、
それまであと二時間ほど、寝かせてやろう。

栗原は寝息を立てる神田の体に毛布をかけてやり、それから立ち上がった。
足音を立てないように神田の服を拾い、畳んでおこうと思ったからだ。
少しでも彼が長く眠っていられるように。

「傷んでるな、神さん、ちゃんとアイロンかけてるんだろか・・・」

形の崩れたカッターシャツの襟を見ながら、誰に言うとも無く呟く。
暫く考えて、自分の洋服ダンスの中から予備のカッターシャツを取り出し、それを
神田の枕元に置いた。サイズは微妙に違うが、多分彼の事だから気づかないだろう。
この次来る時までに洗濯をして、きれいにアイロンをかけておこう。
      • ああ、制服のスラックスも傷んでる、裾もほつれてる・・・
自分が傍にいたら、こんな制服を着せてはおかないのに・・・
そう考えると、胸が締め付けられるようだった。



そんな考えに没頭していたから、背後で何やら蠢く気配がするのに全く気づかなかった。
はっと思ったときには、神田の腕にしっかりと後ろから抱きしめられていた。

「・・・痛いよ、神さん」
「背中が寒くてさ、目が醒めちゃったよ。栗がどっか行っちゃったのかと思ってさ」
「神さんを置いて何処に行くっての。心配でしょ」
「・・・じゃあ、この間の話、前向きに検討してくれる?各務原転属の話」

その問いに答えを見つけられず俯く栗原の背中に、神田の熱い息が掛かった。

「ねえ、栗ィ、どうなのさ」
「悪いけど、今は答えられないよ。俺一人の問題じゃないし」
「だって、司令もお前の好きにしていいって、言ってんだろ?お前が一人で
 意地張ってるんじゃねえか。良いから来いよ、各務原に・・・」

抱きしめる腕が不満そうだった。

「あのねえ、そんなに簡単に異動できるわけ無いでしょ。俺がいなくなった後はどうすんのよ。
 優秀なナビはそう簡単には育成できないの。立つ鳥、後をにごさずってね」
「浮気しちまうぞ」
「ご自由に。もっとも、神さんみたいな野生児を調教できる人なんてそういないと思うけど」

首をひねって神田の方を見ると、口元に不満そうなしわを寄せたままじっとこちらを睨んでいた。

「あとどの位、待てばいい」
「さあ。2年か、3年か・・・」
「そんなに長い事、待たなくちゃならないのか。俺、気が狂いそうだよ」
「まだたった一ヶ月じゃないの。すぐ慣れるよ」
「慣れたくない。栗がいない状態になんか」

口を尖らせて、そっぽを向いてしまった。

こういう時の神田は、まるで駄々っ子のようだ。
欲しいおもちゃが手に入らなくて、床に転がって大泣きするこども。

「その話は、もうやめよう。」
「やめない。栗が来てくれるっていうまで、やめない」

すっかり拗ねてしまった。
栗原は、小さくため息をついて、神田の頬に手をやった。

「・・・神さん?」

返事は無い。

「とにかく、そろそろ戻る準備をしないと。俺が送っていくよ。途中で飯を食ってこう」
「栗」
「何?」
「俺の事、嫌いになったのか」

      • ああ、まるで子供だ。
そんな風に、感じている事を素直に表に出せたら、どんなに楽だろう。

「神さん以外、この世で好きな人はいないよ」
「なら、どうして」

黙っている栗原に苛立ったのか、神田はその両肩に腕をかけて押し倒した。
荒々しく動く神田に目を閉じて体を任せながら、栗原は心の中で泣いていた。



「栗」

ふと肩越しに声をかけられた。
うつらうつらしていた栗原は、ようやく瞼を開いた。

「何ですか、神さん」
「帰る」
「帰るって」

重い体を起こして時計を見ると、そろそろ各務原に戻るには
ぎりぎりの時間が迫っている。
栗原は慌てて身繕いをしようとしたが、神田はそれを手で制した。

「寝てろ」
「いや、もう大丈夫だよ。今支度するから」
「夜行で帰るから、お前は寝ろ」

上着に手を通しながら、神田はそう言った。
広い背中だな、と、そう思った。

シャツの襟がはみ出しているのを後ろから整えてやって、それから
栗原は小さな声で聞いた。

「だって、駅までどうやって行くの?歩いていったら30分はかかるよ」
「別にいいさ。頭を冷やしていくには丁度良い」

皮肉のつもりなのか、首をねじってこちらを見つめていた。
怒りと、その向うに哀しみが透けて見えるような、眼差しだった。

「怒っているの?」
「別に」
「神さん、何も俺は各務原に絶対行かない、って言ってるわけじゃないんだよ。
 こちらの引継ぎが終わりさえすれば、すぐにだって行くさ。」
「その話はもうしたくないんだろ?栗が嫌なら、それはそれでいい。
 俺の勝手なわがままで栗を振り回すのは百里の連中にも良くないからな」
「嫌だなんて言ってないだろう。お前、勝手に思い込んで暴走すんじゃねえよ」
「そうは思えねえ」

答えを待たずに神田は立ち上がり、玄関で靴を履いた。
慌てて後を追った栗原の胸を押しやって、神田は叱られた子供のように
拗ねた口調で言った。

「栗、俺たち、もう駄目なのか?」
「どうしてそう話が飛ぶんだよ!なんでも自分の思い通りにならないからって拗ねるな!」
「俺がどんなにお前を愛してるか、分かんないのかよ。一日会えないだけで
 どんだけ辛いか・・・そんな事考えた事もないだろう、お前」
「神さん・・・・」
「お前は一度だって各務原に来た事も無いし、そのつもりもないんだろ?
 俺の一人芝居じゃないか、馬鹿馬鹿しい。」

珍しく早口でそう怒りをぶちまける神田に、栗原は言葉を失って立ち尽くした。

「ちょっと考えさせてくれ。俺たちの今後を」
「待って、待ってよ神さん!俺は何もそんなつもりじゃ」
「もう此処には来ない。だから、安心しろ」

神田は栗原の涙交じりの声を聞かないよう、慌てて玄関ドアを開けた。
後ろを振り向くのが怖かった。
栗原が、その秀麗な顔に涙を一杯に浮かべているさまを想像するだけで心が張り裂けそうだった。

アパートの階段を下りていく足音がする。
聞きなれた音が途絶え、その瞬間に栗原は足から崩れ落ちた。

頬を涙が伝っている。あまりの衝撃に対し、人間は何も反応できなくなるのだと痴呆の様に考えた。

「神さん、神田、神田・・・・」

狂ったようにドアを叩きながら、栗原は神田の名を呼び続けた。
失った物のあまりの大きさを今身をもって思い知らされた。



各務原に行かなかったのは、栗原としては遠慮をしているつもりだった。
ただでさえ百里基地内では興味本位の噂が飛び交っているのを知らない彼ではない。
神田はあのとおり能天気だから、平気で人前で栗原を抱きしめたり「愛してる」と口走ったり
していたが、その影響についてまでは考えていなかった事だろう。
百里基地、302飛行隊680号機のパイロットとナビゲータの不思議な関係は
興味本位であれなんであれ、決して神田に好条件にはならないだろう。

だから、神田が変な思いをする事無く訓練に専念できるよう、各務原には近づかなかった。

今回の出張は、神田の将来を考えればこの上ないチャンスである。
何としても機種転換をパスして、パイロットとして更なる高みに上って欲しい。
だから発令を受けて落ち込む神田に対して励まし、ぜひ機種転換を受けてくれるよう
説得したのはほかならぬ栗原だった。

「でもよお、栗と別れ別れになっちまうんだぜ、たまんねえよ」

そう愚図っていた神田だが、栗原の熱心な説得と、生来の飛行機好きの血が
奏を効したのか、実際に各務原基地に赴いてF15のコックピットに収まったとたん、
それまでの乱調が嘘のように自由自在に空を飛び回った。

百里にもそんな神田の様子は伝わってきていて、彼がリーダーを勤めている飛行隊の
技量が、めきめきと上がっている事からも、神田の好調は疑いのない事実だった。
水を得た魚、との表現がぴったりだった。

そんなニュースを聞くたび、嬉しい反面、寂しさを覚えた。
自分が居なくても自由自在に空を飛べる神田に、もう自分は必要ないのではないか。
このまま、自分という存在は只の欲望の捌け口になってしまうのではないか。

一つの機体に命を預け、二人で空を駆け巡っていた頃は、そうではなかった。
自分のナビゲートと神田の技量がうまく一つに溶け合い、100の力を200にも300にも
引き出す事が出来ていた。あの、身も心も一つになったような恍惚感を、栗原は今も
決して忘れては居ない。

司令からは、自分さえ良ければ、いつでも神田と同じ機種転換の過程に転籍させてやると
言われている。しかし、自分の助けなしに飛び回る神田を別の機体から眺める事など、
辛くてどうにも受け入れかねるのだった。

ナビゲーターの育成は単なる口実でしかなかった。今では水沢2尉も優秀なナビとして
安心してその飛行を見ていられるし、彼なら立派に教官としての任務を努められると思っている。
分かっている、頭では分かっているのだ、自分のしている事が如何に馬鹿げたことなのか・・・。

しかし人間は感情を捨て去る事は出来ない。

一人で空を舞う神田、自分を必要としない神田に嫉妬し、困らせようとしている。
そんな醜い感情を覆い隠すべく、益体もない理屈を並べている。
神田は本能的にそんな栗原の複雑な感情を読み取ったのだろう。


『・・・・お子様なのは、俺の方だ・・・』

涙も枯れ果て、ドアに身を凭せ掛けたまま、栗原は呟いた。


それからどうしたのか、まったく記憶がないまま、栗原は部屋に差し込む日光に
目を覚ました。体中が重く、気分も悪い。
ようやく身を起こして洗面所に向かい、顔を洗う。白い顔が尚一層に蒼白み、瞼は重く腫れている。
サングラスはこういうときに便利だと、自嘲するように言った。


今日は非番だが、家に一人で居るのも耐えられない。どこかに出かけようかと思いを巡らせていた時
そういえば西川2尉の所の子供が、数日前から風邪気味で寝込んでいることを思い出した。

勤務を代わってやろう、そう考えて西川の所に電話をかけると、案の定子供の熱が下がらず
これから病院にいく、とのことだった。勤務を代わってやると申し出ると、西川が電話の向うで
飛び上がらんばかりに喜んでいる様子が伝わってきた。

「俺が勤務を代わってやるから、早くお子さんを病院に連れてってやりな。後は任せておいてくれ」
「すみません、栗原さん。恩にきります」

恩に着るのはこっちだよ、西川。

栗原はそう言って電話を切った。

食事をとる気にもならず、ぞんざいに髪を整えて着替えを出そうとしたとき、昨晩
自分のものと取り替えた神田のカッターシャツが着替えかごに突っ込まれているのを見つけた。
とたんに抑えていた感情がどっと噴出し、栗原はそのシャツに顔を埋めて号泣した。
微かに残る神田の匂いが、その主の遠さを辛く思い起こさせた。



慌しい日常は、心を麻痺させる事を、初めて知った。

アラート、ブリーフィング、スクランブル、そして発進。
体に叩き込まれた行動は、冷静な判断すら必要としない。
ただ反射的に行動を開始するだけだ。


「神田、機首が低すぎる。もっと上げろ」

キャノピーを通じて見える地平線が不快なほど斜めになっているのに眉をひそめ、
手元のクリップボードに目を移して、そう呟いた。

言ってからはっと気が付いた。
しかし前席の新人は操縦する事に手一杯で、名前を呼び違えられた事など
まったく気づかないようだった。

「は、はい、すみません!」
「俺の命は、お前さんの腕一本に掛かってるんだぜ。もうちっとくつろがせてくれ」

言わずもがなのことを言ってしまった、と、反省する。


元々一人で生きてきた、という自負があった。
誰にも頼らず、寄りかからず、そう、生きてきた。
神田に会うまでは。

それまで出来ていた事が、これからだって出来ないはずはない。
慣れればすぐにこんな気持ち、打ち消す事が出来る。
こんな切ない気持ちなんて・・・。



「よし、左旋回、そしてアプローチだ。しっかりやれよ」
「了解!」

新人の操る680号機は、神田が操るときと同じ機体であるとは信じられないほどに
ぎくしゃくと滑走路に降りた。体に掛かるGに懐かしさと違和感、そして今日も無事、
地上に降りられた事を感じた。


機体がハンガーの前に運ばれ、整備員たちが駆け寄ってくる。

「おつかれさん。暫く休憩して、1400からまた訓練だ。お前さん、旋回の時
 パワーにびびってるだろう。そんな事じゃ、いつになってもファイターパイロットには
 なれないぜ。後ろに乗ってておっかなくってしょうがねえや」
「は・・・はい、がんばります!」

げっそりとやつれた表情の新人につい、辛辣な口を利いてしまう。
プライベートな事が原因で八つ当たりされる新人こそ、いい面の皮だなと栗原は苦笑した。


訓練を終えてロッカールームに行く途中で、西川に会った。
西川が急いで駆け寄ってきて、栗原の手をとった。

「栗原さん、先日は本当に助かりました、おかげで娘もすっかり元気になりました。
 本当にお礼の言いようもありません」
「こっちこそ、退屈していた所だったから何でもないよ、もう娘さんは大丈夫なのかい?」
「ええ、もう元気一杯ですよ。そうだ、栗原さん、この間私と休みを代わってくれたでしょう。
 実は明日、私は非番なんですが、今度は栗原さんが休まれたらどうですか?」



こうして、思いがけず一日ぽっかりと、休みになった。

予定していた休日ではないから何も計画はなく、溜まっていた用事や
掃除などを済ませると、昼過ぎにはすっかり暇になってしまった。

几帳面に畳まれた洗濯物の一番上には、神田のカッターシャツが置いてある。
ほつれていた箇所を繕い、きれいにアイロンをかけてある。

あれから、神田からの連絡は、一切無い。
各務原での活動は、それとなく聞いてはいたが、日々弛みなく訓練を重ねているらしい。
今となってはこのシャツだけが、神田と自分をつなぐ細い糸なのだと、ぼんやり考えた。

神田は一度言い出したことは決してやめない性格だから、このまま自分たちの関係も
途絶えてしまうかもしれない。
そうさせたのは自分の詰らぬプライドである事が、栗原の心を鋭く痛めつけた。


「基地付けで送れば、届くかな」

送る気などさらさらないのに、そう、口に出してみた。



ため息をついてシャツを洗濯物の上に置き、買い物に行って来ようと
立ち上がりかけたときの事だった。

これまでに味わった事のない、不気味な胸騒ぎが栗原を襲った。
そのどす黒い不安感に彼は思わず膝を付いた。
なんだろう、この焦燥感は?

"クリ!"

誰かが耳の奥底で呼んだ。

「か・・・神さん?」

居てもたっても居られないような、急いで行かなくてはいけない、という
感情だけがぐるぐると脳裏を巡る。
あまりに激しい感情の動きに、眩暈さえ覚えた。

!!!

部屋の電話のベルが鳴った。
ほぼそれと同時に栗原の腕が受話器を取り、耳に当てた。
くぐもった、震えた水沢の声が幻のように響く。

「栗原ですが」
「栗原さん!大変です!神田さんが、神田さんが事故で・・・」

後は聞かなかった。
受話器を叩きつけるように戻すと、上着を掴んでそのまま基地目指して
猛スピードで車を走らせた。通り過ぎる対向車が光の筋にしか見えない。

基地のゲートは既に事情を知ってか、開いていた。
車から降りてオペレーション・ルームへ向かうと、向うから太田司令が蒼ざめた顔で走ってきた。
その強張った表情からは、この事故がただならぬ事態である事が容易に想像できる。

栗原は息を吸い、軽く止めて目を閉じた。
動揺してはいけない。こんな時こそ、誰よりも冷静で居なくてはいけない。
感情を静止しろ。

それから司令の顔をじっと見つめてたずねた。

「遅くなりました、で、司令、事故の状況は」


事故の状況は、深刻だった。

その日、他の2機と共に練習飛行にでた神田は、高度五千メートル付近で
予想外の激しい乱気流に巻き込まれ、他機と接触、機体を破損、急降下、そして行方が分からなくなったのだという。
通信機器の一部を破損したらしく、全く無線が通じない。
否、本人の安否すら不明だという。

一緒に飛んでいた2機も中破、大破の状態で、かろうじて基地に戻って来た様な状態であり
とても神田機の行方を追うことは出来なかったという。

「事故が起きた空域は」
「離陸時の燃料は」
「レーダーチャートは」

てきぱきと指示を下し、情報を集積していく栗原の姿にひそひそと囁く隊員も居る。

「すごいね、自分の元パートナーが生死不明だってのに、顔色一つ変えないぜ」
「やっぱり冷血コンピューターといわれた人は違うね」

そんな陰口を耳の片隅に捕らえながら、栗原は神田機の行方を推測し続けた。
しかし、行く先も、飛んでいった方向すらわからない状況では、幾ら栗原でも
その行方を突き止めることは不可能に近い。

そんな重苦しい雰囲気の中、栗原は顔を上げた。
部屋中の視線が彼に集まった。

「俺がファントムで出ます」



どっと部屋がざわめく。

「栗、神田の居場所が分かったのか?」
「自信はありませんが」


飛行服に着替えるべくオペレーション・ルームを出た栗原の後を司令が追った。

「栗、無茶はやめろ、今他の基地の連中にも頼んで捜索してもらってる。」
「そうしているうちに落ちてしまっては意味がありませんからね」
「そりゃ、計算では燃料はせいぜい持って後30分、いや、もっと少ないかもしれない。
 しかし戦闘機には脱出装置があるんだから、何もお前が行く事はないだろう」
「ボンクラ亭主は、女房が直接迎えに行かないと帰ってこないんですよ」

栗原はそういって艶やかに微笑んで見せた。


着替えて格納庫に行くと、既に今井曹長が待ち構えていた。

「準備は出来とる」
「すみません」
「栗、無茶するなよ。必ず帰って来い」

栗原は無言で頭を下げた。


既に日差しは傾き、山の稜線を鮮やかに染めていた。
ああ言って出て来たものの、全く神田の居場所に当てはない。
もし神田の死亡が確認されたなら、彼が消息を絶ったという空域に行き、
其処で燃料が尽きるまで飛ぶつもりだった。

神田が死んだとしたら・・・・。
彼なしの人生を、栗原はもう既に考える事ができなくなっていた。

彼の居ない時を生きるつもりはなかった。


そう思ったから、ナビは誰も連れてこなかった。
一人680号機を駆りながら、栗原は静かに涙した。

"680、応答せよ、こちらコントロール"
「680、現在静岡市上空3500メートル。何か情報は」
"何もない、ヘリも出しているが破片も見つかっていない。墜落の情報もない"
「了解、捜索を続行する」


栗原の計算では、もう神田の乗っていたF15の燃料はとうに尽きているはずだった。
どこか深い山の中に墜落したのか、脱出できたのか・・・・。

"クリ!"

ぼんやりと考えを巡らせていた時、頭の中にまたあの声がした。
栗原ははっとスティックをひねり、本能的に海の方へ機体を向けた。
声の大きくなる方向へ、機体を少しずつ向けながら、栗原は必死に声に呼びかけていた。


"クリ!クリ!何処だ・・・"

「神さん?神さんなの?」

無線からの声ではない。
微かに心に響くような、淡い囁きのような音だった。

「神さん、何処に居るの?無事なの?」

"クリ・・・・"

声が途絶えた。


引き寄せられるように海面に目が行った。
そこには巨大な油膜と、ばらばらのジュラルミンの破片。

「神田さあーーーーーん!!!」



目を開けて一番最初に目に入ったのは、白い天井と吊るされた点滴のボトルだった。

俺はどうやら助かったらしい。天国にしては此処は味気なさ過ぎる。


痛む首を巡らせて足の方を見ると、目にオレンジ色が飛び込んできた。
誰かが自分の寝ているベッドに突っ伏している。
誰だろうと目を瞬くが、頭がぼんやりとして考えがまとまらない。

「気が付いたかい?」

枕の方から声がした。
目を上に上げると、白衣姿の医者がじっと俺を見下ろしていた。

「君が助かったのは奇跡だよ。物凄い速さで海面に叩きつけられて、機体は
 粉砕状態になっていたんだ。それなのに君ときたら、肋骨を三本と足首の骨折、
 それに打撲傷だけなんだから」

返事をしようとしたら、手で制された。

「一ヶ月もすれば元の様に動けるようになる。気長に養生したまえ」


医者が消え、その後に司令が現れた。
相変わらず丸顔でやんの。

「神田、わしが分かるか」

わかってらあ、百里の腹ボテタヌキだろうが。

「全く、お前が見つかったのは奇跡に近い事なんだぞ。まさか、あれ程海上まで
 飛んでっているとは思わなかったんだ」

しらねえよ、そんな事。俺は機体を何とか海に持ってく事で精一杯だったんだからな。

「お前が墜落しているのを栗が見つけてな。すぐ救助隊を出す事が出来て、事なきを得たんだ。
 栗に感謝しろよ」

そういって司令は、俺の足元の方に視線をうつした。
そのときやっと俺は気が付いた。
足元に突っ伏していたのは、飛行服姿の栗だった。

「お前が救助されて此処に搬送されて手当てを受けている間、あいつは半狂乱だったよ。
 "神田が死んだら、俺も後を追う"って言い続けてな。お前が命に別状はないって聞いて
 ようやく落ち着いたんだが、相当気が張ってたらしくてそのまま眠っちまった」

「とりあえず、お前も大丈夫そうだし、わしは一旦基地に戻る。今後の事はまた後でな。」

司令は室内に居た看護婦に会釈をして、部屋を出て行った。
看護婦も俺の点滴を確認してから、

「用があったら、ナース・コールを鳴らしてくださいね」

と言って出て行ってしまった。
部屋には俺と、栗が残された。



乱気流に巻き込まれて、他の機と接触した瞬間、もう駄目だと思った。
俺だって長年飛行機に乗っているから、どの位機体が損傷すればヤバイか位、分かってる。
そのときの損傷は、正直飛んでるのが不思議な位酷かった。

通信装置もイカレて、その他の計器も目茶苦茶になってしまって、もうどうしようもなかった。
何処かに下ろさなくちゃならないけど、此処が何処かも分からない。
とにかく海を目指そうと思って、必死に勘でスティックを動かしていた。

海の上に出て、脱出しようとしたら動かねえんだ、脱出装置が。
まったくしょうがねえよな。笑っちまったよ。

その時、俺は必死で栗の名前を呼んでいた。
助けてくれ、栗ならいつもこういう時、俺を助けてくれたじゃないかって。

だんだん高度も下がってきて、エンジンもやばくなってきた時、俺はずっと
栗のことを考えていた。あいつ、俺が先に死んだらどうするだろうって。

あんな別れ方をして、栗の記憶の中の俺って、最低じゃんか。
馬鹿だな、俺。



「・・・・神さん?」

うつ伏していた栗が身を起こした。いつも身だしなみにはうるさい栗が、髪はぼさぼさ、
目は泣き腫らしたみたいに真っ赤になっていて、見られたモンじゃなかった。
栗は俺が眼だけで笑って見せると、まるで子供のように微笑んで、俺の首根っこにしがみついてきた。
あいつ、時々こういう可愛い事するんだよな。

「いててて」
「あ、ごめん、ごめんね神さん、痛かった?」
「いてえに決まってんだろう。骨折れてんだぞ」

その途端、栗が酷く不安げな顔になったので俺は慌てて

「い、いや、たいした事はない」

と言いなおす羽目になった。

「本当?」
「本当。」
「痛くないの?」
「まあな」
「試していい?」

ニコリと微笑んで身を引いた栗に、引っ込みの付かない俺はうなずいて見せた。
ところが次の瞬間、俺の唇に栗のそれが重なった。


「・・・・神さんが呼ぶ声が聞こえたんだ」

俺の手をさすりながら、栗がぽつりと言った。

「神さんが呼んでいたから、見つけられたんだよ。」
「マジで?俺はしらねえぞ」

嘘。思いっきり、呼んでた。

「だって、そうでもしなけりゃあんな海域、見つけられっこないじゃないか。
 神さんが俺を呼んでくれたから見つけられたんだよ」
「じゃあそういう事にしておけよ。何かいいじゃん、強い絆、って感じで」

栗は俺の答えに満足したようだった。

「でも、よく分かったよ。俺は神さんが居ないと駄目だって事が」
「あははは俺もだー。何たって墜落しましたから」
「神さん、退院したら、俺も転属するよ。傍に俺が居ないと駄目だ、神さんは」
「いや、栗よぉ、お前の言うとおり、きちんと引継ぎしないとあかんよ。
 俺待ってるからさ、何年でも。どうせなら周囲に祝福されたいじゃんか」
「何を」
「う、うー・・・俺たちの関係をさ」

返事代わりに痛むわき腹を叩かれた。



それから二ヵ月後。

その日も新人の訓練に明け暮れていた栗原二尉の目の前に、突如F15が三機、
轟音を率いて着陸してきました。驚きと若干の嫌な予感に呆然とする二尉の前に
気まずそうに神田二尉が降りてきました。


「あははは・・・・栗、間違えてこっちに降りてきちゃった・・・」


めでたく、「不適格」の烙印を押された神田二尉、今日も仲良く栗原二尉と一緒に
空を飛んでいるそうです。

2004.12.22 OnyX




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