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近藤 進茂(日特エンジニアリング株式会社代表取締役社長)
生年月日:昭和18年8月24日生まれ
血液型:B型
出身地:福岡
両親の職業:(父)生後半年で亡くなる (母)卵問屋、教育熱心
座右の銘:「知行合一」
尊敬する人:武田信玄(『人は城、人は石垣、人は濠』に共感)
趣味:ゴルフ
※2008年2月インタビュー

学生時代について

 安保闘争(一九五九~六〇年)で学生運動が盛んだったこともあり、まともに勉強できる環境ではなかったですね。政治家志望であったこともあり、二年ほど某政治家の秘書を経験させていただきました。

アルバイトやサークル活動について

 ラクビーのサークルに入りましたが、経済的な事情もあり半年余りでやめました。生活費や学費を補うためのアルバイトは、船荷の積降しや倉庫の荷造梱包など、主に肉体労働を行っていましたね。

学生時代にやっておけば良かったこと

  やはり、歴史・語学等々、勉強の不足ですね。 資格試験の勉強に熱心な同級生もおりましたが、資格を取得した段階で安心し、そこで終っていました。資格取得の目的や行使かたなど、社会の仕組みや厳しさを知ることが大切ですね。サークル活動を通じては、もっと人脈を広めたかった。そこで築いた学校・学年の枠を超えたネットワークというのは、利害関係のない繋がりです。友人一人ひとりの得意分野が図書館の目録のようなものです。なにか新たな事を為す際に、情勢判断や環境状況など、適切なアドバイスを損得なしでいただける関係ですね。

卒業後から現在までの経緯

 まず、金銭自動登録機(レジスター)製造の会社に入社しました。三年間教育を受けた後に、横浜で営業職に就き、セールスで最高成績を成し遂げました。 二十七歳で神戸支部の所長に就き、松山支部の所長を経て、東京に戻ってまいりました。特に皆さんには、若いうちは、とにかく野生的な闘争本能を持つことが大事だと思っていただきたいですね。なんにでもチャレンジすることです。その後、別の企業にスカウトされ、その会社に入社する直前にアルバイト感覚で働いていた会社が、この日特エンジニアリング株式会社だったのです。三十二歳でしたね。 高度経済成長という時節柄もあり、将来成長し技術力のある製造業の面白みを改めて知り、スカウトを断り、日特エンジニアリング株式会社に居ついたのです。この会社でも、セールスで最高成績を記録し、気がつけば営業部長となり、当社の海外進出の指揮をとり、海外展開へと歩みだしました。現在、当社の製品は国内外でトップシェアを誇り、自動車・情報通信・家電製品など皆さんの生活に必要なあらゆる場面で、当社の技術が活かされております。こうした結果として、現職に至っております。

現在の仕事内容

 経営全般は当然ですが、営業活動・工場巡回・海外折衝・交流会参加・等々です。交流会では、様々な業界の方々とお会いするほか、既に退職した学生時代の友人たちと本音で語り合うこともあります。損得勘定のない友からのアドバイスは、自己反省の材料になりますね。社会貢献・自然と共生・顧客第一主義といったことを、再認識する良い機会です。

学生へのメッセージ

 人間は、一人で生きているのではなく、自然の摂理や共同社会の中で活かされていることを自覚することが大事ですね。 そして自分の存在感を見出し、社会貢献のできる起業家精神を持った人間になって欲しいね。会社とは劇場の舞台のようなもので、その舞台で演じるには実力を付けることが必要ですから、その第一歩としては、基本的な挨拶、コミュニケーションができることが重要でしょう。くれぐれも専門バカにはならないように。

人生とは

 楽しく生きること、夢を追いかけることですかね。若いうちは解からないことが多いですし、間違って当然ですから、何でも試せばいいのですよ。試していく過程で自然・道理で判断し、ものごとの加減・程度をわきまえることです。利害だけでなく、世の為・人の為になる選択を身に付けられるよう期待しています。