パワパーク@Wiki 球団史(パリーグ各球団)


球団史(パリーグ各球団)

各球団の歴史をひもとく・・・球団に隠された意外な過去が!?

ロッテ




262季以降の出来事

第262回にかもめが復帰。


年号(季) 出来事

256 序盤・中盤は激しく日本ハムと首位争いをする。後半はロッテが日ハムを振り切りそのまま14ゲーム差をつけ独走で優勝。CSで日ハムを撃破し、日本シリーズに出場。苦しみながらも中日を4勝3敗で下し12季ぶり26回目の日本一に輝く。
255 西武・楽天と激しくCS争いをするも、4位に。トレード問題でいてまえさんが退団することに・・・。その問題によりチームが崩壊しかかったが、なんとか話し合いでそれは防ぐ。†不黒†さんが家の事情により退団。タイゲッツさんがドラフトで入団。ドリームさんが日ハムより移籍。
254 前半戦から好調を維持。首位の西武と一位を争ったが、惜しくも2位。果汁33%さんが引退。
253 23季ぶりに最下位に沈む・・・。
252 熾烈なCSを制し7季ぶりに日本シリーズに出場するも、3勝4敗で巨人に敗れる。Ganjuさんが久々にロッテに復帰。だれさきさんが受験のため引退。
251 2位となり、6季ぶりにAクラスに入る。
250 5季連続のBクラスと低迷が続く。すべさんが入団。いてまえさんが転生。huaさんが受験のため引退。
249 4季連続の4位。社長さんとホタルさんが転生。名リリーフエースであった松崎亜美ちゃんが惜しまれながら引退。
248 3季連続の4位。†不黒†さんが入団。大投手・綾崎ハヤテが引退。小杉さんが多忙のため引退。
247 2季連続の4位。ひぃ。さんと練習さんが入団。MLBさんが無言でチームを去った・・・。
246 7季ぶりにBクラスに沈む。大野豐選手が移籍。
245 3位からCSを勝ちあがり日本一に。
244 3季ぶりにリース優勝。果汁33%さんが入団。☆スティー☆ 選手が入団
243 4季連続のAクラス。スティー+選手が引退。ミヤさんが入団。
242 3連覇こそ逃すも3季連続で日本シリーズに出場。
241 2季連続のリーグ優勝。日本シリーズでは敗退。能美投手が引退。
240 22季ぶりのリーグ制覇、59季ぶりの日本一。かもめさんが入団。
236 後半巻き返して3位に滑り込む。CSは2次ステージで楽天に1勝3敗で敗れる。
233 前半戦から負けが続き4位になる。得点力の低下が著しい。
232 前半戦は優勝争いに加わるも、後半戦で力尽き4位。
231 最下位を脱出し、久しぶりのAクラスとなる2位。黄金期再来なるか?
218 リーグ優勝二連覇.黄金期真っ最中。コスギⅥが21勝huaⅣ+が237安打達成など記録が生まれた。またもやで敗れる。
217 ミスターロッテ、☆・いてまえ・☆ロッテに再入団。開幕から11連勝。約20季ぶりのリーグ優勝。しかしCSで敗れる。
216 シーズン3位でポストシーズン進出。久々のwiki評価S達成。


216季以前の出来事

  • 第73回からリーグ16連覇・日本シリーズ7連覇を成し遂げた かつての最強チーム。その間には他を寄せ付けない強さを誇る時期もあった。その後も常に上位争いに加わるチーム力を維持し続け、12季連続チーム総盗塁数200個超えや3季連続全員2桁盗塁など、輝かしい記録を残した。脚力 最重要視・小技も絡めた繋ぐ野球・中継ぎフル稼働がチームの特徴だった。
  • しかし、110回台中頃に勃発した内紛により転機が訪れる。一旦は収集したかに見えたものの、痼りを完全に取り除くことはできず、相次ぐ主力の移籍やチーム方針に背いた選手の入団により、チーム力が下降線を辿っていった。120回台半ばには遂にBクラスに転落し、その後 暫く低迷。第130回台後半に漸く復活に向けて歩み出したが、待ち受けていたのは茨の道だった。それでも、意識改革により着実に浮上。
  • 第146回には3位からクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズも制して56季ぶりとなる日本一の栄冠を摑み取り、第148回には28季ぶりの優勝も果たした。その後に訪れた危機を乗り越え、第153回に野手陣無失策、第154回にチーム無失策、第155回にチーム総盗塁数300個超えの快挙を達成。第156回には、10季ぶりとなる日本一奪回に成功。第160回には41季ぶり5度目となる全員2桁盗塁を成し遂げ、第167回にはチーム総盗塁数のあけペナ記録を樹立して19季ぶりとなる優勝を果たした。第165回を起点としたチーム総盗塁数200個以上の記録も12季連続となり、最長タイ記録に並んだ。第172回には、3季ぶり38回目の優勝・16季ぶり20回目の日本一の栄冠を手にした。クライマックスシリーズ制度導入以後、レギュラーシーズン首位 且つ日本シリーズ制覇はチーム史上初であった。第176回には、30季ぶりに3位から日本一へと駆け上がることに成功。また、引き分けが9試合を数え、中継ぎ重視のロッテの象徴となる新記録を樹立した。チーム総盗塁数200個以上の記録も12季連続となり、最長タイ記録に並んだ。第179回には、「三つ巴の2位争い」を制して2位を固めることに成功。ポストシーズンでは、充実した中継ぎ陣をフル回転させて、頂点まで上り詰めた。第181回には、チーム史上最長となる16連勝を記録。レギュラーシーズンの最終順位は3位だったが、ポストシーズンではチーム史上通算3度目となる3位からの逆転日本一を勝ち取った。第186回には、14季ぶり39回目のリーグ優勝を果たした。第182回から第194回にかけて13季連続チーム総盗塁数200個以上の新記録を樹立。第197回・第198回には、黄金期以来となる実に久々の連覇を成し遂げたが、いずれも日本シリーズ出場を逃した。
  • 第198回には長らくチームを支えていた製作者が2人退団。それに伴い協力者が多数退団し、チーム力は大幅に後退した。その後wikiのトップページの大改造など改革を進めるものの結果が出ず、苦しんでいたが第211回には3位と久々のポストシーズン出場を果たした。
最終更新日時: 2009年11月21日 16時32分14秒
編集者:かもめ 

ここまでロッテ

西武

西武のこれまでの歩み

優勝回数18回と12球団中最も優勝数が少ない球団、いや最も優勝に恵まれなかった球団といえるのが西武である。
上昇期
創世記から低迷していた西武だが120期に入ってhayaが入団以降は、wikiにも活気が戻り130期以降はAクラスの常連チームとなるなど上昇気流に乗り、133期にはリーグ3位ながらも久々の日本一となる。しかしそれ以降は140期台に加入したwiki使いMidの力もあり毎期CSに出場するところまではいくが、CSにはめっぽう弱い体質が出てしまい、日本シリーズに出ることすらなくなってしまう。
苦悩期
134期以降はオリックス時代、第150期以降はソフトバンク時代が160期半ばまで続き、その政権下のもとで西武は屈する他なく、またプレーオフでもCSにめっぽう弱い体質もあり毎期プレーオフで涙を飲むことになる。その30期ほどの間、毎シーズンいいところまでは行くが、優勝争いまでは行かず、また日本シリーズに出ることもないまま時だけが流れるのであった。
天国から地獄へ
しかしながら165期以降はパリーグ戦国時代に突入し、西武が優勝争いに食い込むシーズンも増え、166期・170期にリーグ優勝・CS制覇を果たす、実に西武が第100期以降で初めてリーグ優勝した瞬間であった。だが、2期とも日本シリーズで敗退という屈辱を味わうことに。プレーオフで弱い体質は未だ健在していたのである。そのチャンスを生かせなかったのが運の切れ目だったのか、それ以降パリーグは楽天時代に突入し、西武が優勝争いに食い込むことは無くなる。加えてあいつぐベテランの引退により打撃不振、投手陣崩壊という最悪な事態に。チームはそのまま衰退し、180期以降はAクラスにすら絡めないまま、12期連続Bクラスという長い暗黒期に入ってしまう。さらに190期には111敗という歴史的敗北を喫することになる。
黄金期
長らく暗黒期が続いていた西武だが、190期に入りFAによりあけペナ史上最強クラスのスラッガー・最強アスリートが加わりそのシーズン2位という久しぶりの好成績を果たす。そして「第100期台中に西武に初の完全制覇を」を合言葉にチームが一丸となり194期からV3を達成、惜しくも日本一にはなれなかったが、198期には2位ながらも久々の日本一達成、翌199期には遂にリーグ制覇&日本一の完全制覇を成し遂げ、日本一を連覇する。まさにあけペナ第100期台の最後ぎりぎりに西武の完全優勝が成し遂げられたのである。(それまでの西武といえば、第100期台での日本一1回・リーグ優勝2回しかなかったのだが、第100期台終盤の怒涛の快進撃により日本一3回・リーグ優勝6回とそれなりのチーム水準まで押し上がったのである。)
第2次暗黒期
190期時代後半に訪れた黄金期も長くは続かず、200期に入ると若手の育成が進まずwiki評価の悪化もあり、チームは一気に崩壊する。更に悪循環は重なり、長年活躍していた主砲、エースが次々と引退し、それ以降12期連続Bクラスという超暗黒期に突入する。
第2次黄金期到来!?
Aクラス入りさえ難しい状況の中、210期に入りwiki再建計画を立て、ベテラン選手を強制退団させることで戦力が大幅にダウンしながらも、見事にwiki再建に成功。同時にFAによる強力な戦力が加わり、213期には前シーズン最下位から一気に優勝するという快挙を達成。215期・216期には連続99勝という圧倒的な力を見せつけ、第195期以来となるリーグ連覇を達成。215期はCS敗退、216期はCSを勝ち抜くも日本シリーズで敗退と、200期以降初の日本一は成らなかった。そして現在まさに西武史上始まって以来の黄金期を迎えていようとしていた。しかしその黄金期も長くは続かず、217期それまで西武を支えていたベテランが引退、主砲が移籍で抜けた苦しいシーズンとなりまさかのBクラス転落。翌218期は勝率5割切りながらもCS進出、久しぶりに勝ち上がって日本シリーズへと駒を進めるが日本シリーズで敗退する。さらに219期~224期と6期連続でCSに出場するが全てCSで敗退、短期決戦の弱さを露呈してしまう。その後チームは衰退し、すっかり下位に低迷する。
再起と再暗黒へ‥
長らく下位を彷徨っていた西武だったが、第232期に奇跡の逆転優勝を遂げる。投手力を総動員しての、誰も予想し得なかったまさかのリーグ制覇だった。翌年も優勝争いに絡む健闘を見せる。
しかしそれ以降チーム状況は悪化。名無し化が相次ぎ、有人選手がどんどん減少。それとともにチームも弱体化し、万年最下位チームとなる。追い討ちをかけるようにwiki評価がDランクまで落ち込み、チームはダントツ最下位に沈むようになる。
西武復興へ
その西武を復興しようと他チームから新たな戦力が加入、244期はwikiはSランクにもどり新規入団者も加わり新たな西武の門出を迎えるのだった。
格差
248期は4番の引退、エースのラストイヤーとチームを牽引してくれた選手が減っていってしまう。西武復興への道のりは遠く長いのか・・・
249期も最下位。若い選手が多く、実力が発揮しきれていない状態。しばらく続くか・・・
250期は4位。しかし3位との差が大きかった。だが一気に有人選手が増え、黄金期への足掛かりとなっただろう。
251期は5位。除々に戦力が上がってきているのでAクラス進出も近い。
252期は1位。ついにシーズン首位に立った。しかしCS敗退。だが常勝西武の復活を予期させるシーズンだった。
光から闇へ
一時は脱却したと思われた暗黒期。しかし259期時点で5位と、一時の栄光はかすんでしまっている。
名無しの多さが原因なのは明白だ。
しかし260期には3位と巻き返し、CSへ進出。第1ステージで敗れるものの、底力の片鱗をのぞかせたシーズンだった。



最終更新者:ツキノワ
最終更新日時: 2009年11月01日 14時12分15秒
通算訪問者   -
今日の訪問者  -
昨日の訪問者  -

過去の詳しい球史については↓へ
~122,130期 131~140期
141~150期 153~156期
153~156期 190~199期
204~213期 214~229期
230~244期

ここまで西武

日本ハム
                                                                                                                                                                                          
     




日本ハムの球史

日ハムはチーム再建計画中。新人優遇&再建PRによりwiki編集者の確保に奮闘している。古豪ファイターズが栄冠を取り戻せる日は来るのか?

長期低迷期
第100期台の日本ハムは万年Bクラスのチームであり、第100期台に3期連続最下位を6回経験するなど明らかに弱小球団に甘んじていた。
CS導入の第122期以降、約半世紀の日本ハムの優勝回数は、リーグ優勝2回、日本一は0回とパリーグ一のお粗末なチームであった。
覚醒期
第180期に入ると紅蓮やサザビーなどのwiki復興により、180期に3位ながらも念願の日本一達成、第183期・184期にリーグ連覇も達成、それ以降も常にAクラスに入るなど常勝チームとしての礎を築く。
192期以降は3期連続最下位とどん底に沈むが、193期加入の夢庵がwikiを再復興に取り掛かり、チームは再び上昇気流に乗り始める。
黄金期
200期に入ると夢庵のwiki復興が実を結び、リーグ5連覇日本一3回とまさに絶頂期迎える。また208期からもまたしてもリーグ5連覇を達成し、200期~212期の間にリーグ制覇10回、日本一5回とまさに破竹の勢いで優勝を重ねる常勝チームとして成長する。
超暗黒期
しかし第210期以降、夢庵が引退、213期にチームの要・桜美町若者が西武に移籍すると、名無し化が続出、あれよあれよと言う間にゴーストチーム化してしまう。そこからチームは3期連続最下位、3期連続でシーズン100敗を喫するするなど、パリーグのお荷物球団として君臨するなど超暗黒期に突入する。
奇跡の歓喜
そこに猪狩攻や最強アスリートが当時絶頂の常勝時代を築いていた西武から最下位日本ハムに2人の野手が217期にFA加入。日本ハムに一筋の光がさした。その効果はすぐさま現れ、そのシーズンいきなり勝ち越し、さらに3位にも入りCS進出を決めた。さらにCSもあれよあれよと言う間に勝ち上がり、日本シリーズまでも辛勝ながらも制覇、ついに15回目の日本一を決めるのであった。まさに奇跡の歓喜に包まれた217期であった。
再び低迷期
しかしその勢いも長続きすることなく再び元の日本ハムに逆戻り。全体的な戦力は上昇しつつもどうしてもAクラスには入れず、名無しや1年目選手が常時在籍していることもありあり再び永き間4位、5位を彷徨うのであった。
脱低迷期
しかし第225期以降は勝率も5割ラインまで持ち直し、どうにか3位以内にも入りプレーオフに進出できるようになる。225期、226期、227期、いづれも第2ステージで破れてしまうが、それはチームに希望をもたらす久しぶりのプレーオフ進出であった。
黄金期到来
そして229期以降、チーム状況は一変する。チームの精神的柱・最強アスリートを失うも、ソフトバンクの求心力であったMARUが移籍加入、これでチームは一気に息を吹き返す。その年、いきなり勝率6割で久しぶりの2位につけると、プレーオフでも勝ち残り12期ぶりの日本シリーズへ、日本シリーズでも巨人を撃破し、217期以来の日本一を経験することになる。その翌年は212期以来、18期ぶりとなるリーグ優勝を果たす。翌230期はあけペナ完全制覇、翌231期はシーズン新記録となるチーム防御率1.77という圧倒的な成績でリーグ連覇を果たす。
三強時代突入
過去3期で2度のリーグ優勝を果たすなど、良い状態で望んだ233期。リーグ1位の得点率で2期ぶりのリーグ優勝を果たし、3期ぶりの日本一に輝いた。翌234期もリーグ1位の得点率に加え、チーム打率が3割を超えるなど圧倒的な攻撃力でリーグ連覇。失策数12は両リーグ通じて最小で、守備力の高さもうかがえた。235期は投打の噛み合いが良くなく3位で終え、CSも敗退した。232期から西武、オリックスと日本ハムを含めた3チームで熾烈な優勝争いが行われているが、今後もこの3チームの時代が続くと思われる。
再生期
名無しになった星空散歩Ⅳ選手がチームから消え、絶対的な4番打者不在で開幕した236期。リーグ優勝していたシーズンと比べると、得点率が2~3点も下がるなど打線が全く機能せず、最下位となってしまった。しばらくは投手陣に負担の掛かるシーズンが続くと思われるが、将来の主軸候補の新人が多いだけに今は我慢の時だ。


通算訪問者   -
今日の訪問者  -
昨日の訪問者  -

最終編集者:AVクイーン
最終更新日: 2009年07月03日 12時04分58秒

ここまで日本ハム

オリックス
オリックス・バファローズ(Orix Buffaloes)は、劇空間パワパークスタジアムあけぼんペナントにおけるパシフィック・リーグの球団のひとつ。大阪ドームを本拠地としている。

ドラフト、テスト入団、移籍を考えている人たちへ

パリーグ他球団のwiki意欲が高いこともあり、現在オリックスもwikiに力をいれています
そのため、ドラフト(テスト)入団者でwiki参加意欲の無い方へは厳しい対処になるかと思います。
出来ればwiki意欲の無い方の移籍も控えて頂きたいですが、
それでも移籍してきた場合はその選手に限りにしてもらい、オリックスへの転生は拒否させて頂きたいと思います。

長きに渡る黄金時代

リーグ優勝・日本一ともにパ・リーグ最多回数を誇る名門(優勝が最も多いのは巨人)。30・40年代に第1次黄金期を築き、あけペナ史1世紀の中で最も輝いた時期だった。
その後70・80年代は貧打線に喘ぐ暗黒時代に。しかし90年代になるとようやくAクラスに食い込めるようになり、100年代では6度の優勝を飾り第2期黄金時代を築いた。
110年代は優勝から遠ざかっていたが、120年代に入るとリーグ屈指の攻撃型チームとなり121~123年にかけ3連覇。さらに他チームの戦力低下や、ベテランユーザーの定着率の高さが追い風となり132年から145年にかけリーグ14連覇(あけペナの最長記録はロッテの16連覇)し第3黄金期を築いた。この長い時代で通算記録等で当時の個人・チームの様々な記録を打ち立てた。142年に50度目のリーグ優勝を達成。101年から150年までの50シーズンの内、実に27回のリーグ優勝、Aクラスも45回(Bクラスが4位の5回)を数え、この間の勝率は.639とチーム史上最高の時代を築き続けた。

長く続いた絶頂期の要因

当時のオリックスの特徴として、人の入れ替わりの少ないチームであったことで、ベテランユーザーも多かった。また各々の好みのタイプもはっきりしており、方針ははっきり無くても役割が絶妙に分担されていて崩壊する危険性が少なく、加えて海外ユーザーが投打の柱となってチームを引っ張っていた。編集者が少人数体制だったことでwikiの評価ランクは高くはなかったものの、他のチームに比べて評価の波が安定していたことが戦力維持につながっていた。しかしこのwikiの評価ランク常に平均値だったことが、その後の長い低迷期の原因となってしまう。

wiki編集が常に小規模でパのお荷物チームに

長く続いた黄金期が幕を降ろすと、他チームが次々にwikiを建て直しリーグレベルは急上昇。常勝オリックスの名は消滅。151年から200年までの通算成績はほぼ5割の勝敗で、優勝は6度。3・4位が合わせて27回と不安定な状態が続いた。
またこういった危機に陥ってもwikiはずっと少人数体制のままで、他チームに対抗できる戦力を整えることが出来なかった。
179年に83シーズンぶり最下位、そして187年の優勝を最後にチームはついに迷走することに。

最悪時代とwiki活動に着手

187年の翌年早々借金生活でシーズンを終えると、以後優勝争いに絡むことすら出来なくなるチーム史上最悪の時代に。
211年から221年にかけて11年連続Bクラスとかつてないほどの低迷期に突入してしまった。
それでも210年代になり、チームはようやくwikiへ真剣に取り組むようになり、222年に58年ぶり・評価開始以降2度目の評価Sランク獲得。これを機にチームは復興し、227年~230年まで4連覇を飾った。連覇後もwikiの取り組みが活発な状態が続き、以前のような戦力が急落することが無くなった。

安定したwikiと230年代の世代交代成功で240年代~250年代初頭にかけて久々に長いオリックス時代

その後は優勝メンバーが抜けて過渡期に突入するが、238年から3回続けてwiki評価Sランク、230年代に入団した若手が240年代になると芽が出たことで、第5期黄金時代が到来。
243年に野手の平均年齢が26歳台ありながら12チーム最高の攻撃力を誇る打線が生まれると、同年リーグ制覇。245年・246年には連覇を果たす。
246年は投手陣の成長と、このオフから野手陣の他チームへの相次ぐ移籍により、以後投手主体の守りのチームに。248年から連覇がスタートし、251年までV4を達成した。この第5期黄金期は243年~251年の9年のうち7度優勝と、久々に長いオリックスの時代が続いた。

過渡期に訪れたまさかの登録バグ

252年に第5期黄金時代に終わりを告げると、253年に投手王国が崩壊、255年から一気に若返りが進み、同年には35年ぶり最下位とチームは下位に低迷する時代に突入した。
さらに追い討ちをかけるように、256年のシーズン中からの新選手登録不可のバグにより、新入団選手がいない状態が261年シーズン中まで続き、リーグ登録者はバグ発生前から半減してしまうことに。オリックスももちろん影響を受け、260年には有人選手が6人にまで落ち込んだ。
この間、唯一多数の有人選手を抱えたソフトバンクが黄金時代を築いたが、オリックスも少ない人数ながら残った主力の奮闘により、261年からは3年連続2位となんとか踏みとどまった。

バグ解消後の急速な復興を遂げて、270年代には黄金時代へ

261年オフに登録不可バグが解消されると、空き枠も減ってしっかりwikiでSランクを取り続けたことで、260年代後半にチームは復旧。
リーグ10連覇を果たしていたソフトバンクを269年に打ち破ると、覇権はオリックスへ。269年から273年までV5を達成し、第6期黄金時代に突入した。

攻撃はビッグボール・守りはグランドボールチーム

チーム史を紐解くと、オリックスはスラッガータイプを並べた打線傾向にある。走力や守備に特化した選手は一部で、連打や長打で点を重ねていくスタイル。
また打順は長期間固定し、動かすことが少ない。バントはあまり使わず、第3期黄金期では盗塁を控えていた等、どっしり腰を据えた野球といえる。
投手は守備軽視の背景とは裏腹に、打ち取るタイプの投手が非常に多い。これは制球を重視し、三振を奪えるような高い速球・緩急は二の次とする投手が多いからだと思われる。
かつては抑えに悩まされたチームで、200期の宇佐美登場までは長く活躍した守護神が不在だった。
リーグで最も優勝回数・通算勝率の高いチームなので、通算勝利ランキングにはオリックス勢が多数いる。


もっと細かいチームの球史はシーズン回顧録を参照。
上記の球史の元ページはオリックス チームの球史です。

ここまでオリックス