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怪談牡丹燈籠 第七回


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第七回
相川|忍《しのんで》レ|恥説《はじをとく》二|病因一《びレういんを》
孝助|決《けっして》レ|意肯婚儀《いをがえんずこニぎを》一

 飯島家にては忠義の孝助が、お国と源次郎のわるだくみの一部始終を立ち聞きいたしまして、孝助は自分の部屋へ帰り、もうこれまでと思い詰め、姦穴姦婦を殺すより外にてだてはないと忠心一途に思い込み、それに就いてはたといおれは死んでもこのお邸を出まい。殿様に御別条のないようにしようと、これから加減がわるいとてひきこもっており、翌朝になりますと殿様はお帰りになり、時分でありますから、お国は殿様の側で出来立てのお供えみたように、団扇であおぎながら、
「殿様御機嫌ようしゅう。わたしはもう殿様にお暑さのおあたりでもなければよいと、毎口、心配ばかりしております。」
「留守へ誰も参りはいたさなかったか。」
「あの相川さまがちょっとお目通りがいたしたいとおっしゃって、お待ち申しております。」
「ホー相川新五兵衛が、また医者でも頼みに参ったのかもしれん。いつもながらそそっかしい爺さんだコ。まアこちらへ通せ。」
 と云っていると、相川は、
「ハイ御免下さい。」
 と遠慮もなく案内も請わず、ズカズカ奥へ通り、
「殿様お帰りあそばせ。御機嫌さま。まことに存外の御無沙汰をいたしました。いつも相変らず御番疲れもなく、|日日《にちにち》御苦労さまに存じます。厳しい残暑でございます。」
「まことに熱いことで。おとくさまの御病気はいかがでござるナ。」
「娘の病気もいろいろと心配もいたしましたが、何分にもはかばかしく参りませんで、それについてまことにどうもアヽ暑い、お国さま、せんだってはまことに御馳走様に相成りましてありがとう。まだお礼もろくろく申し上げませんで、へー、アヽ暑い、まことに暑い、どうも暑い。」
「マー少し落着けば風がはいって随分涼しくなります。」
「折入って殿様にお願いのことがございましてまかりいでました。どうかお聞きずみを願います。」
「ハテナ、どういうことで。」
「お国様やなにかには少々お話しができかねますから、どうか御|近習《きんじゆ》の方々を皆遠ざけごいただきとう存じます。」
「さようか、よろしい。皆あちらへ参り、こちらへ参らんようにするがよろしい。してどういうことで。」
「さて殿様、今日わざわざ出ましたは、折入って殿様にお願い申したいは、娘の病気のことについて出ましたが、御存じの通りあれの病気も永いことで、私もいろいろと心配いたしましたけれども、病いの様子がはっきりと解りませんでしたが、ようようナ、昨晩当人が、私の病いは実はこれこれのわけだと申しましたから、なぜ早くいわん。けしからんやつだ。不孝ものであると叱言は申しましたが、あれは七歳の時母に別れ、今年十八まで男の手で丹精して育てましたにより、あの通りのうぶなやつで、何もかも知らんやつですから、そこが親馬鹿の譬えの通りですが、殿様わけをお話し申してもお笑い下さるな、お|蔑《さげす》み下さるな。」
「どういう御病気で。」
「てまえ一人の娘でございますから、早くナ、婿でも貰い、楽隠居がしたいと思い、日頃信心気のない私なれども、娘の病気を治そうと思い、夏とはいいながらこの老人が水をあびて神仏へ祈るくらいなわけで、ところが昨夜娘の云うには、わたくしの病気は実はこれこれといいましたが、そのことはお|乳母《んば》にも云われないくらいなわけですが、そこが親馬鹿の譬えの通り、お蔑み下さるナ。」
「どういう御病気ですナ。」「私もだんだんと心配をいたしてどうか治してやりたいと心得、いろいろ医者にもかけましたが、知れないわけで、こればかりは神にも仏にもしようがないので、なぜ早くいわんと申しました。」
「どういうわけで。」
「まことに申しにくいわけでお笑いなさるナ。」
「何だかさっぱりとわけが解りませんネ。」
「実は殿様が日頃お|誉《ほ》めなさるこちらの孝助殿、あれは忠義の者で、以前はしかるべき侍の|胤《たね》でござろう。今は落ちぶれて草履取をしていても、志は親孝行のものだ。可愛いやつだと殿様がお|誉《ほ》めなされ、あれには兄弟も身寄りもない者だから、ゆくゆくはおれが里方になって他へ養子にやり、相応な侍にしてやろうとおっしゃいますから、私も折折はうちの家来善蔵などに、飯島様の孝助殿を見習えと叱りつけますものだから、台所のおさんまでが孝助さんは男振りもよし、人柄もよい、優しいと誉め、お|乳母《んば》までがかれこれと誉めはやすものだから、娘も、殿様お笑い下さるな。私は汗の出るほど恥入ります。実はとくより娘があの孝助
殿を見染め、恋煩いをしております。まことに面目ない。それをサ、婆アにもいわないで、ようやく昨夜になって申しましたから、なぜ早く云わん。一合取っても武士の娘ということが|浄瑠璃《じようるり》本にもあるではないか。侍の娘が男を見染めて恋煩いをするなどとは不孝者め、たとい一人の娘でも手打ちにするところだが、しかし紺看板に真鍮巻の木刀をさした見る影もない者に惚れたというのは、孝助殿の男振りの好いのに惚れたか。または姿の好いのに惚れ込んだかと難じてやりました。そうすると娠がおとうさま、実は孝助殿の男振りにも姿にも惚れたのではございません。ほかに唯一つの見どころがありますからとこういいますから、どこに見どころがあると聞きますと、あのお忠義が見どころでございます。|主《しゆう》へ忠義のお方は、親にも孝行でございましょうネー。といいましたから、それは親に孝なるものは主へ忠義、主へ忠なるものは親へは必ず孝なるものだと云いますと、娘が私の家はお高は僅か百俵二人扶持ですから、ほかから御養子をしておとっさまが御隠居をなさいましても、もしその御養子が心の良くない人でも未たその時は、こちらの高が少ないから、わたくしの肩身が狭く、ついにはそれがためにわたくしまでが、ともにおとっさまを不孝にするようになってはすみません。わたくしも只今まで御恩を受けましたによりどうか不孝をしたくない。つきましてはたとい草履取でも家来でも志の正しい人を養子にして、夫婦もろとも親に孝行を尽くしたいと思いまして、孝助殿を見染め、寝ても覚めても諦められず、ついに病いとなりましてまことにあいすみません。と涙を流して申しますから、私も至極もっとものようにも聞えますから、とにかくお願いに出て、殿様がら孝助殿を申し受けて来ようといって参りましたが、どちかあの孝助殿をてまえの養子に下さるように願います。」
「それはマアありがたいこゑ、差し上げたいネ。」
「ナニ下さる。ア丶ありがたかった。」
「だが、一応当人へ申し聞けましょう。ざぞ喜ぶことで、孝助が得心の上でしかと御返事を申し上げましょう。」
「孝助殿はよろしい。あなたさえうんとおっしゃって下さればそれでよろしい。」
「わたしが養子に参るのではありませんから、そうはいかない。」
「孝助殿はいやと云う気遣いは決してありません。ただ殿様から孝助行ってやれとお声がかりを願います。あれは忠義ものだから、殿様のお言葉は背きません.、わたしも当年五十五歳で、娘は十八になりましたから早く養子をして身体を固めてやりたい。殿様どうか願います.、」
「よろしい。差し上げましょう。御|胡乱《うろん》にお思召すならば|金打《きんちよう》でもいたそうかネ。」
「そのお言葉ばかりで沢山、ありがとうございます。さっそく娘に申し聞けましたら、さぞ喜ぶことでしょう。これがネ殿様が孝助に一応申し聞けて返事をするなどとおっしゃると、また娘が心配して、たとい殿様が下さる気でも孝助殿がどうだかなどと申しましょうが、そうはっきり事がきまれば、娘は嬉しがって飯の五、六杯ぐらいも食べられ、一足とびに病気も全快いたしましょう。善は急げの譬えで、明日御番帰りに|結納《ゆいのう》の取りかわせをいたしとう存じますから、どうか孝助殿をお供に連れてお出で下さい。娘にもちょっと逢わせたい。」
「マー一|献《こん》差し上げるから。」
 と云っても、相川は大喜びで、汗をダクダク流し、
「早く娘にこのことを聞かせとうございますから、今日はお|暇《いとま》を申しましょう。」
 と云いながら、帰ろうとして、
「アイタ柱に頭をぶっつけた。」
「そそっかしいから誰か見てあげな.、」
 飯島平左衛門も心嬉しく、鼻高々と、
「孝助を呼べ。」
「孝助は不快で引いております。」
「不快でもよろしい。ちょっと呼んで参れ。」
「お竹どんお竹どん。孝助をちょっと呼んでおくれ。殿様が御用がありますと。」
「孝助どん孝助どん、殿様が召しますヨ。」
「ヘイヘイ只今上ります。」
 と云ったが、額の疵があるから出られません。けれども忠義の人ゆえ、殿様の御用と聞いて額の疵も打ち忘れて出て参りました。
「孝助ここへ来いここへ来い。皆あちらへ参れ。誰も来ることはならんぞ。」
「だいぶお暑うございます。殿様は毎日の御番疲れもありはいたすまいかと心配をいたしております。」
「そちは加減がわるいと云って引き籠っておるそうだが、どうじゃナ。手前に少し話したいことがあって呼んだのだ。ほかのことでもないが、水道端の相川におとくという今年十八になる娘があるナ。器量も人並にすぐれことに孝行者で、あれが手前の忠義の志に感服したと見えて、手前を思い詰め煩っているくらいなわけで、ぜひ手前を養子にしたいとの頼みだから行ってやれ。」
 と孝助の顔を見ると、額に疵があるから、
「孝助どういたした。額の疵は。」
「ヘイヘイ。」
「喧嘩でもしたか。不埓なやつだ。出世前の大事の身体、ことに|面体《めんてい》に疵を受けているではないか。私の遺恨で身体に疵をつけるなどとは不忠者め。これが|一人《ひとり》前の侍なれは再び門をまたいで邸へ帰ることはできぬぞ。」
「喧嘩をいたしたのではありません。お使先きで宮野辺様の長家下を通りますと、屋根から瓦か落ちて額にあたり、かように怪我をいたしました。悪い瓦でございます。お目ざわりになってまことに恐れいります。」
「屋根瓦の傷ではないようだ。マアどうでもいいが、しかし必ず喧嘩などをして疵を受けてはならんぞ。手前はまっすぐな気象だが、向うが曲って来ればまっすぐに行くことはできまい。それだからそこをよけて通るようにすると広いところへ出られるものだ。何でも堪忍をしなければいけんぞ。堪忍の忍の字は|刃《やいば》の下に心と書く。一つ動けばむねを斬るごとくなんでも我慢が肝心だぞヨ。奉公するからは主君へ上げおいた身体、主人へ上げると心得て忠義を尽すのだ。決して軽はずみのことをするナ。曲ったやつには逆らうなヨ。」
 という意見が一々胸にこたえて、孝助はただヘイヘイありがとうございますと、泣く泣く、
「殿様来月四日に中川へ釣にいらっしゃるとうけたまわりましたが、この間お嬢様がお亡くなりあそばして間もないことでございますから、どうか釣をお止め下さいますように、もしもお怪我があってはいけませんから。」
「釣が悪いければ止めようヨ。決して心配するな。今云った通り相川へ行ってやれヨ。」
「どちらへかお使いに参りますのですか。」
「お使いじゃアない。相川の娘が手前を見染めたから養子に行ってやれ。」
「へーなるほど、相川様へどなたが御養子になりますのです。」
「ナアニ手前が行くのだ。」
「私はいやでございます。」
「べらぼうなやつだ。手前の身の出世になることだ。これほど結構なことはあるまい。」
「私はいつまでも殿様の側に生涯へばりついております。ふつつかながら|片時《へんじ》も殿様のお側を放さずお置き下さい。」
「そんなことを云っては困るよ。おれがもう|請《う》けをした。|金打《きんちよう》をしたからしかたがない。」
「金打をなすってもいけません。」
「それじゃアおれが相川にすまんから、腹を切らんければならん。」
「腹を切っても構いません。」
「主人の言葉を背くならば永の|暇《いとま》を出すそ。」
「お暇になっては何にもならん。そういうわけでございますならば、ちょっと一言ぐらいこういうわけだと私にお話し下さってもよろしいのに。」
「それはおれが悪かった。この通り板の間へ手をついて謝るから行ってやれ。」
「そうおっしゃるなら仕方がありませんから取極めだけをしておいて、身体は十年が間参りますまい。」
「そんなことができるものか。あす結納を取りかわすつもりだ。向うでも来月初旬に婚礼をいたすつもりだ。」
 とのことを聞いて、孝助の考えまするに、おれが養子に行けば、お国と源次郎と両人で殿様を殺すに違いないから、今夜にも両人を槍で突き殺し、その場でおれも腹掻切って死なんが、さすればこれが御主人様の顔の見納めと思えば顔色《がんしよく》も青くなり、主人の顔を見て涙を流せば、
「解らんやつだな。相川へ参るのはそんなにいやか。相川はつい鼻の先の水道端だから毎日でも|往来《ゆきき》のできる所、何も気遣うことはない。手前は気強いようでもよく泣くナー。
男たるべきものがそんな意気地がない魂ではいかんぞ。」
「殿様私は御当家様へ三月五日に御奉公に参りましたが、ほかに兄弟も親もないやつだとおっしゃって目をかけて下さる、その御恩のほどは私は死んでも忘れはいたしませんが、殿様は御酒を召し上ると正体なく|御寝《げし》なる。また召し上らなければ|御寝《げし》なられませんゆえ、少し上って下さい。あまりよく|御寝《げし》なると、どんな英雄でも、随分悪者のためにいかなる目にあうかも知れません。殿様決して御油断はなりません。私はそれが心配でなりません。それから藤田様から参りましたお薬は、どうか一口置きに召し上って下さい。」
「なんだナ、遠国へでも行くようなことをいって、そんなことは云わんでもいいわ。」

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