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怪談牡丹燈籠 第八回


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第八回
老翁|相《そうして》レ|色判二生死《いろをはんずぜいしを》蝉
高僧|与《あたえて》γ|符隔二陰陽一《ふをへだついんようを》

 萩原の家で女の声がするから、伴蔵が覗いてびっくりし、ぞっと足元から総毛立ちまして、物をも云わず勇斎のところへ駆け込もうとしましたが、怖いからまず自分の家へ帰り、小さくなって寝てしまい、夜の明けるのを待ちかねて白翁堂のうちへやって参り、
「先生々々。」
「誰だノウ。」
「伴蔵でごぜえやす。」
「なんだノウ。」
「先生ちょっとここをあけて下さい.、」
「たいそう早く起きたノウ。おめえには珍しい早起きだ。待て待て今あけてやる。」
 と|掛金《かぎがね》を外し、あけてやる。
「たいそう真暗ですネー。」
「まだ夜が明けきらねえからだ。それにおれは行燈を消して寝るからナ。」
「先生静かにおしなせえ。」
「てめえが慌てているのだ。なんだ、何しに来た。」
「先生、萩原様はたいへんですヨ。」
「どうかしたか。」
「どうかしたの何のという騒ぎじゃございやせん.、わっちも先生もこうやって萩原様の地面うちに孫店を借りて、お互いに住まっており、そのうちでもわっちはなお萩原様の家来同様に畑を|鋤《うな》ったり庭を掃いたり、使い|早間《はやま》もして、かかあはすすぎ洗濯をしているから、店賃も取らずにたまには小遣を貰ったり、着物の古いのを貰ったりする恩のあるその大切な萩原様がたいへんなわけだ。毎晩女が泊りに来ます。」
「若くって独り者でいるから、随分女も泊りに来るだろう。しかしその女は人の悪いような者ではないか。」
「なに、そんなわけではありません。わっちが今日用があって|他《ほか》へ行って、|夜中《やちゆう》に|帰《けえ》って来ると、萩原様の家で女の
声がするからちょっと覗ぎ室した。」
「悪いことをするナ。」
「するとネ、蚊帳がこう釣ってあって、その中に萩原様と綺麗な女がいて、その女が見捨てて下さるなというと、生涯見捨てはしない。たとい親に勘当されても引き取って女房にするから決して心配するナと萩原様がいうと、女がわたくしは親に殺されてもお前さんの側は放れませんと、互いに話しをしていると。」
「いつまでもそんなところを見ているなヨ。」
「ところがネー、その女がただの女じゃアないのだ。」
「悪党か。」
「なに、そんなわけじゃアない。骨と皮ばかりの痩せた女で、髪は島田に結って鬢の毛か顔に下り、真青な顔で、裾がなくって腰から上ばかりで骨と皮ばかりの手で萩原様の首ったまへかじりつくと、萩原様は嬉しそうな顔をしていると、その側に丸髷の女がいて、こいつも痩せて骨と皮ばかりで、ズッと立ち上ってこっちへ来ると、やっぱり裾が見えないで、腰から上ばかり、まるで絵にかいた幽霊の通り、それをわっちが見たから怖くて歯の根も合わず、家へ逃げ|帰《けえ》って今まで黙っていたんだが、どう云うわけで萩原様があんな幽霊に見込まれたんだか、サッパリわけが判りやせん。」
「伴蔵ほんとうか。」
「ほんとうか嘘かと云ってばかばかしい。何で嘘を云いますものか。嘘だと思うならお前さん今夜行って御覧なせ
え。」
「おらアいやだ。ハテナ昔から幽霊と逢引きするなぞということはないことだが、もっとも支那の小説にそういうことがあるけれども、そんなことはあるべきものではない。伴蔵嘘ではないか。」
「だから、嘘なら行って御覧なせえ。」
「もう夜も明けたから幽霊ならいる気遣いはない。」
「そんなら先生、幽霊と一緒に寝れば萩原様は死にましょう。」
「それは必ず死ぬ。人は生きているうちは陽気盛んにして正しく清く、死ねば陰気盛んにして|邪《よこしま》に穢れるものだ。それゆえ幽霊と共に|偕老同穴《かいろうどうけつ》の契りを結べば、たとい百歳の長寿を保つ命もそのために精血を減らし、必ず死ぬるものだ。」
「先生、人の死ぬ前には死相が出ると聞いていますが、お前さんちょっと行って萩原様を見たら知れましょう。」
「てめえも萩原は恩人だろう。おれも新三郎の親萩原新左衛門殿の代から懇意にし、親御の死ぬ時に新三郎殿のことをも頼まれたから心配しなければならない。このことは決して世間の人に云うなヨ。」
「エヽエヽ|嚊《かか》アにも云わないくらいなわけですから、なんで世間へ云いましょう。」
「きっというなヨ。黙っておれ。」
 そのうちに夜もすっかり明け放たれましたから、親切な白翁堂は|藜《あかざ》の杖をついて伴蔵と一緒にポクポク出かけて萩原のうちへ参り、
「萩原氏萩原氏。」
「どたた様でございます。」
「隣りの白翁堂です。」
「お早いこと、年寄は早起きだ。」
 なぞと云いながら、戸を引きあけ、
「お早ういらっしゃいました。何か御用ですか。」
「あなたの人相を見ようと思って来ました。」
「朝っぱらから何でございます。一つ地面うちにおりますからいつでも見られましょうに。」
「そうでない。お日さまのお上りになろうとするところで見るのがよいので、あなたとは親御の時分から別懇にしたことだから。」
 と懐より天眼鏡を取り出して、萩原をみて、
新「なんですネー。」
「萩原氏、あなたは二十日を待たずして必ず死ぬ相がありますヨ。」
「ヘー私が死にますか。」
「必ず死ぬ。なかなか不思議なこともあるもので、どうも仕方がない。」
「へーそれは困ったことで、それだが先生、人の死ぬ時はその前に死相の出るということはかねてうけたまわっており、ことにあなたは人相見の名人と聞いておりますし、また昔から陰徳を施して寿命を全くした話も聞いておりますが、先生どうか死なない工夫はありますまいか。」
「その工夫は別にないが、毎晩あなたのところへ来る女を遠ざけるよりほかに仕方がありません。」
「イイエ、女なんぞは来やアしません。」
「そりゃアーいけない。昨夜覗いて見たものがあるのだが、あれはいったい何者です。」
「あなた、あれは御心配をなさいまする者ではございません。」
「これほど心配になる者はありません。」
「ナニあれは牛込の飯島という旗本の娘で、訳あってこの節は谷中の三崎村へ、|米《よね》と云う女中と二人で暮しておるも、みんな私ゆえに苦労するので、死んだと思っていたのにこの間はからず出逢い、その後はたびたび逢引きするので、私はあれをゆくゆくは女房に貰うつもりでございます。」
「とんでもないことをいう。毎晩来る女は幽霊だがお前知らないのだ。死んだと思ったならなおさら幽霊に違いない。そのマア女が糸のように痩せた骨と皮ばかりの手で、お前さんの首ったまへかじりつくそうだ。そうしてお前さんはその三崎村にいる女の家へ行ったことがあるか。」
 と云われて行ったことはない。逢引きしたのは今晩で七日目ですがというものの、白翁堂の話に萩原も少し気味が悪くなったゆえ、|顔色《がんしよく》を変え、
「先生、そんならこれから三崎へ行って調べて来ましょう。」
 と、家を立ち出で、三崎へ参りて、女暮しでこういう者はないかと、だんだん尋ねましたが、いっこうに知れませんから、尋ねあぐんで帰りに、新幡随院を通り抜けようとすると、御堂の後に|新墓《あらばか》がありまして、それに大きな角塔婆があって、その前に牡丹の花の綺麗な|燈籠《とうろ》が雨ざらしになってありまして、この燈籠は毎晩お米が|点《つ》けて来た燈籠に違いないから、新三郎はいよいよおかしくなり、お寺の台所へ廻り、
「少々伺いとう存じます。あすこの御堂の後に新しい牡丹の花の燈籠を|手向《たむ》けてあるのは、あれはどちらのお墓でありますか。」
「あれは牛込の旗本飯島平左衛門様の娘で、さきだって亡くなりまして、ぜんたい法住寺へ葬むるはずのところ、当院は|末寺《まつし》じゃからこちらへ葬ったので。」
「あの側に並べてある墓は。」
「あれはその娘のお付きの女中でこれも引き続き看病疲れで死去いたしたから、一緒に葬られたので。」
「そうですか。それではまったく幽霊で。」
「なにを。」
「なんでもよろしゅうございます。さようなら。」
 といいながらびっくりして|家《うち》に|馳《か》け戻り、この趣を白翁堂に話すと、
「それはマア妙なわけで、驚いたことだ。なんたる因果なことか。惚れられるものにことをかいて幽霊に惚れられるとは。」
「どうもなさけないわけでございます。今晩もまた参りましょうか。」
「それは分らねえな。約束でもしたかえ。」
「へー、あしたの晩きっと来る、と約束をしましたから、今晩どうか先生泊って下さい。」
「まっぴら御免だ。」
「占いでどうか来ないようになりますまいか。」
「占いでは幽霊の処置はできないが、あの新幡随院の和尚はなかなかに偉い人で、念仏修行の行者で私も懇章だから手紙を付けるゆえ、和尚のところへ行って頼んでごらん。」
 と手紙を書いて萩原に渡す。萩原はその手紙を持ってやって参り、
「どうぞこの書面を良石和尚様へ上げて下さえまし。」
 と差し出すと、良石和尚は白翁堂では別ならぬ間柄ゆえ、手紙を見てすぐに萩原を居間へ通せば、和尚は木綿の座蒲団に白衣を着て、その上に茶色の|法衣《ころも》を着て、当年五十一歳の名僧、|寂寞《じやくまく》としてちゃんと坐り、なかなかに道徳いや
高く、念仏三昧という有様で、新三郎はひとりでに頭が下る。
「ハイ、お前が萩原新三郎さんか。」
「ヘー|粗忽《そこつ》の浪士萩原新三郎と申します。白翁堂の書面の通り、何の因果か死霊に悩まされ|難渋《なんじゆう》をいたしますが、貴僧の御法をもって死霊の退散するようにお願い申します。」
「こちらへ来なさい。お前に死相が出たという書面だが、見てやるからこちらへ来なさい。なるほど死なア近々に死ぬ。」
「どうかして死なないように願います。」
「お前さんの因縁は|深《ふか》しいわけのある因縁じゃが、それを云うてもほんとうにはすまいが、なにしろくやしくて|祟《たた》る幽霊ではなく、ただ恋しい恋しいと思う幽霊で、三|世《ぜ》も四|世《ぜ》も前から、ある女がお前を思うて生きかわり死にかわり、形はいろいろにかえて付き纏うているゆえ、逃れ難い悪因縁があり、どうしても逃れられないが、死霊|除《よ》けの為に|海音如来《かいおんによらい》と云う大事の守りを貸してやる。そのうちにせっかく|施餓鬼《せがぎ》をしてやろうが、その御守は|金無垢《きんむく》じゃにょって人に見せると盗まれるヨ。|丈《たけ》は四寸二分で目方もよほどあるから、欲の深いやつは潰しにしてもよほどの値打だから盗むかも知れない。厨子ごと貸すにより、胴巻に入れておくか、身体に背負うておきな。それからまたここにある|雨宝陀羅尼経《うほうだらにきょう》というお経をやるから|読誦《どくじゆ》しなさい。この経は宝を雨ふらすというお経で、これを読誦すれば宝が雨のように降るので、欲張ったようだが決してそうじゃない。これを信心すれば海の音という如来さまが降って来るというのじゃ。この経は|妙月長者《みょうげつちようじや》という人が、貧乏人に金を施して悪い病の流行る時に救ってやりたいと思ったが、宝がないから、仏の力をもって金を貸してくれろと云ったところが、釈迦がそれはまことに心がけの尊いことじゃと云って貸したのが、すなわちこのお経じゃ。またお札をやるから方々へ貼っておいて、幽霊の入り所のないようにして、そしてこのお経を読みなさい。」
 と親切の言葉に萩原はありがたく礼を述べて立ち帰り、白翁堂にそのことを話し、それから白翁堂も手伝ってそのお札を家の四方八方へ貼り、萩原は蚊帳を釣ってその中へ入り、かの|陀羅尼経《だらにきよう》を読もうとしたがなかなか読めない。
おうぼばぎやばていばざらだら   さぎやらにりぐしややκたぎやたやた
曩謨婆〓〓帝〓〓駄羅。娑〓〓捏具灑耶、恒佗〓多野。怛
にやたおんそろべい  ばんだらばち   ぼうぎやれいあやれいあ しやは れい
〓也佗〓素噌閉。跋捺〓〓底。〓〓〓阿左〓阿左跛〓。なんだか外国人の|譫語《うわごと》のようでわけがわからない。そのうち上野の夜の八ツの鐘がボーンと忍ヶ岡の池に響き、向ケ岡
の清水の流れる音がそよそよと聞こえ、山に当る秋風の音ばかりで、陰々|寂寞《せきばく》、世間がしんとすると、いつもに変わらず|根津《ねつ》の清水の|下《もと》から駒下駄の音高くカランコロンカランコロンとするから、新三郎は心のうちで、ソラ来たと小さくかたまり、額からあごへかけて|膏汗《あぶらあせ》を流し、一生懸命一心不乱に|雨宝陀羅尼経《うほうだらにきよう》を|読誦《どくじゆ》していると、駒下駄の音が生垣の元でぱったり止みましたから、新三郎は止せばいいに念仏を唱えながら蚊帳を出て、そっと戸の節穴から覗いて見ると、いつもの通り牡丹花の燈籠を下げて米が先へ立ち、後には髪を文金の高髷に結い上げ、秋草色染の振袖に燃えるような緋縮緬の長襦袢、その綺麗なこと云うばかりもなく、綺麗ほどなお怖く、これが幽霊かと思えば、萩原はこの世からなる焼熱地獄に墜ちたる苦しみです。萩原の家は四方八方にお札が貼ってあるので、二人の幽霊が臆して後へ下がり、
「嬢様とても入れません。萩原様はお心変わりがあそばしまして、昨晩のお言葉と違い、あなたを入れないように戸締りがつきましたから、とても入ることはできませんから、お諦めあそばしませ。心の変わった男はとても入れる気遣いはありません。心の腐った男はお諦めあそばせ。」
 と慰むれば、
「あれほどまでにお約束をしたのに、今夜に限り戸締りをするとは、男の心と秋の空、かわりはてたる萩原様のお心が情けない。米や、どうぞ萩原様に逢わせておくれ。逢せてくれなければわたくしは帰らないよ。」
 と振袖を顔にあてて、さめざめと泣く様子は、美しくもありまた物凄くもあるから、新三郎は何も云わす、ただ、
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。」
「お嬢様、あなたがこれほどまでに慕うのに、萩原様にゃアあんまりなお方ではございませんか。もしや裏口から入れないものでもありますまい。いらっしゃい。」
 と手を取って裏口へ廻ったがやはり入られません。

怪談牡丹燈籠第三編終

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