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怪談牡丹燈籠 第十二回


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第十二回
|忘《わすれ》レ|恩白中窃二尊像一
眩《ておんをはくちルゆうにぬすむそんぞうをまよう》〆|利夜半除二霊符《てりにやはんにのぞくれいふを》繭

 伴蔵の家では、幽霊と伴蔵と物語をしているうち、女房おみねは戸棚に隠れ、暑さをこらえて|襤褸《ぼろ》を被り、ビッショリ汗をかき、虫の息をころしているうちに、お米は飯島の娘お露の手を引いて、姿は朦朧として掻き消すごとく見えなくなりましたから、伴蔵は戸棚の戸をドンドン叩ぎ、
「おみね、モウ出なヨ。」
「まだいやアしないかえ。」
「|帰《けえ》ってしまった。出ねえ出ねえ。」
「どうしたえ。」
「どうにもこうにもおれが一生懸命に掛け合ったから、呑んだ酒も醒めてしまった。おらアぜんてい酒せえ呑めば、|侍《さむらい》でもなんでもおっかなくねえように気が強くなるのだが、幽霊が側へ来たかと思うと、頭から水を打っかけられるようになって、すっかり酔いも醒め、口もぎけなくなっ
た。」
「わたしが戸棚で聞いておれば、何だかお前が幽霊と話しをしている声が幽かに聞こえて、ほんとうに怖かったヨ。」
「おれが幽霊に百両の金を持って来ておくんなせえ。わっちども夫婦は萩原様のお蔭でどうやらこうやら暮しをつけております者ですから、萩原様にもしものことがありましては私共夫婦が暮し方に困りますから、百両のお金を下さったなら、きっとお札を剥がしましょうというと、幽霊は明日の晩お金を持って来ますからお札を剥がしてくれろ。それにまた萩原様の首に掛けていらっしゃる海音如来のお守があっては入ることができないから、どうか工夫をしてそのお守を盗み、外へ取り捨てくださいと云ったわ。金無垢で|丈《たけ》が四寸二分の如来様だそうだ。おれもこのあいだ御開帳の時ちょっと見たが、あの時坊さんが何か云ってたヨ。そも何とかいったっけ。あれに違えねえ。何でもたいへんな|作物《さくもの》だそうだ。それを盗むんだが、どうだえ。」
「どうもうまいねえ。運が向いて来たんだヨ。その如来様はどっかへ売れるだろうねえ。」
「どうして江戸ではむずかしいから、どこか知らない田舎へ持って行って売るのだなア。たとい潰しにしてもたいしたものだ。百両や二百両は堅いものだ。」
「そうかえ、まア二百両あれば、お前とわたしと二人くらいは一生楽に暮すことができるヨ。それだからねえ、お前一生懸命でおやリヨ。」
「やるともさ、ダガしかし、首にかけているのだから容易に放すまい。どうしたらよかろうナ。」
「萩原様はこの頃お|湯《ゆう》にも入らず、蚊帳を吊りきりでお経を読んでばかりいらっしゃるものだから、汗臭いから行水をおつかいなさいと云って勧めてつかわせて、わたしが萩原様の身体を洗っているうちにお前がそっとお盗みナ。」
「なるほどうめえや、ダガなかなか外へは出まいヨ。」
「そんなら座敷の三畳の畳を上げて。あすこでつかわせよう。」
 と夫婦いろいろ相談をし、翌日湯を沸かし、伴蔵は萩原のうちへ出かけて参り、
「旦那え、今日は湯を沸かしましたから行水をおつかいなせえ。旦那をお初につかわせようと思って、」
「イヤイヤ行水はいけないヨ。少し訳があって行水はつかえない。」
「旦那、この暑いのに行水もつかわないで毒ですヨ。お|寝衣《ねめし》も汗でビッショリになっておりますから、お天気ですからようございますが、降りでもすると仕方がありません。身体のお毒になりますからおつかいなさいヨ。」
「行水は日暮がた表でつかうもので、私は少し訳があって表へ出ることのできない身分だからいけないヨ。」
「それじゃア、あすこの三畳の畳を上げておつけえなせえ。」
「いけないよ。裸になることだから、裸になることはできないヨ。」
「隣りの占いの白翁堂先生がよくいいますぜ。何でも汚くしておくから病気が起ったり、幽霊や魔物など、か|入《へい》るのだ、清らかにしてさえおけば幽霊なぞははいられねえ。じじむさくしておくとうちから病いが出る。また汚くしておくと幽霊がへいって来ますヨ。」
「汚なくしておくと幽霊が入って来るか。」
「来るどころじゃアありません。二人で手を引いて来ます。」
「それでは困る。うちで行水をつかうから三畳の暑を上げてくんな。」
 というから、伴蔵夫婦はしめたと思い、「それ盥を持って来て、手桶ヘホレ湯を入れて来い」
 などと手早く支度をした。
 萩原は着物を脱ぎ捨て、首にかけているお守を取りはずして伴蔵に渡し、
「これはもったいないお守だから、神棚へ上けておいてくんな。」
「ヘイヘイ、おみね、旦那の身体を洗って上げな。よく丁寧にイイカ。」
「旦那様、こちらの方をお向きなすっチャアいけませんヨ。もっと襟を下の方へ延ばして、もっとズウッとこごんでいらっしゃい。」
 と襟を洗うふりをして伴蔵の方を見せないようにしている暇に、伴蔵はかの胴巻をこき、ズルズルと出して見れば、黒塗つや消しの御厨子で、扉を開くと、中はがたつくから黒い絹でくるんであり、中には|丈《たけ》四寸二分、金無垢の海音如来、そっと懐へ抜ぎ取り、代り物がなければいかぬと思い、かねて用心に持って来た同じような重さの瓦の不動様を中へ押し込み、元のままにして神棚へ上げおき、
「おみねや長いノウ。あんまり長く洗っているとおのぼせなさるから、いいかげんにしなヨ。」
新「もう上がろう。」
 と身体を拭き、浴衣を着、アヽいい心持になった。と着た浴衣は|経帷子《きようかたびら》、つかった行水は|湯灌《ゆかん》となることとは、神
ならぬ身の萩原新三郎は、まことに心持よく表をしめさせ、宵の内から蚊帳を吊り、その中で雨宝陀羅尼経をしきりに読んでおります。こちらは伴蔵夫婦は、持ちつけない品を持ったものだからほくほく喜び、うちへ帰り、
「お前立派な物だねえ。なかなか高そうな物だヨ。」
「何おらっちにゃ何だか訳が分らねえが、幽霊はこいつがあると|入《へい》られねえというほどな魔除けのお守だ。」
「ほんとうに運が向いて来たのだねえ。」
「だがノウ、こいつがあると、幽霊が今夜百両の金を持って来ても、おれのところへ|入《へい》ることができめえが、これにゃア困った。」
「それじゃアお前出かけて行って、途中でお口にかかっておいでナ。」
「ばかア云え、そんなことができるものか。」
「どっかへ預けたらよかろう。」
「預けなんぞして、伴蔵の持物には不似合だ。どういうわけでこんな物を持っていると聞かれたひにゃア盗んだことが露顕して、こっちがお仕置になってしまわア。また質に置くこともできず、と云ってうちへ置いて、幽霊が札が剥がれたから萩原様の窓からへいって、萩原様を喰い殺すか取り殺した跡を改めたひにゃア、お守が身体にないものだから、誰か盗んだに違えねえと詮議になると、疑ぐりのかかるは白翁堂かおれだ。白翁堂は年寄のことで正直者だから、こっちはのっけに疑ぐられ、家捜しでもされてこれが出てはたいへんだからどうしよう。これを羊羹箱かなにかへ入れて畑へ埋めておき、上へ印の竹を立てておけば、家捜しをされてもでいじょうぶだ。そこでいったん身を隠して、半年か一年もたって、ほとぼりの冷めた時分けえって来て掘り出せば、大丈夫知れる気づかいねえ。」
「うまいことねえ。そんなら穴を深く掘って埋めておしまいヨ。」
 とすぐに伴蔵は羊羹箱の古いのにかの像を入れ、畑へ持ち出し、土中へ深く埋めて、その上へ目印の竹を立ておき立ち帰り、サアこれから百両の金の来るのを待つばかり、前祝いに一杯やろうと夫婦差向いで互いに打ち解け酌み交し、もう今に八ツになる頃がからというので、女房は戸棚へ入り、伴蔵一人酒をのんで待っているうちに、八ツの鐘が忍ケ岡に響いて聞えますと、ひときわ世間がしんと致し、水の流れも止り、草木も眠るというくらいで、壁にすだく|蟋蟀《こおろげ》の声もかすかに哀れを催し、物凄く、清水の元からいつもの通り駒下駄の音高くカランコロンカランコロンと聞えましたから、伴蔵は来たなと思うと身の毛もぞっとちぢまるほど怖ろしく、かたまって、様子をうかがっていると、生垣の元に見えたかと思うと.いつの間にやら縁側のところへ来て、
「伴蔵さん伴蔵さん。」
 と云われると、伴蔵は口がきけない。ようようのことで、
「ヘイヘイ。」
 と云うと、
「毎晩上りまして御迷惑のことを願い、まことに恐れ入りまするが、まだ今晩も萩原様の裏窓のお札が剥がれておりませんから、どうかお剥がしなすって下さいまし。お嬢様が萩原様に逢いたいと私をお責めあそぼし、おむずかってまことに困りきりまするから、どうぞあなた様、二人の者をふびんとお思召し、お札を剥がして下さいまし。」
「剥がします。ヘイ剥がしますが、百両の金を持て来て下すったか。」
「百目の金子たしかに持参いたしましたが、海音如来のお守をお取捨てになりましたろうか。」
「ヘイ、あれは脇へ隠しました。」
「さようなれば、百目の金子お受取り下さいませ。」
 とズッと差し出すを、伴蔵はよもや金ではあるまいと、手に取り上げて見れば、ズンとした小判の目方、持ったこともない百両の金を見るより、伴蔵は怖いことも忘れてしまい、慄えながら庭へ下り立ち、
「御一緒にお出でなせえ。」
 と二間梯子を持ち出し、萩原の裏窓の|蔀《したみ》へ立てかげ、慄える足をふみしめながらようよう登り、手を差し伸し、お札を剥がそうとしても、慄えるものだから思うように剥がれませんから、力を入れて無理に剥がそうと思い、グッと手を引っ張る拍子に、梯子がガクリと揺れるに驚き、足をふみ外し、逆とんぼうを打って畑の中へころげ落ち、起き上る力もなく、お札を片手に掴んだまま声をふるわし、ただ南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と云っていると、幽零は嬉しそうに二人顔を見合せ、
「嬢様、今晩は萩原様にお目にかかって、十分にお怨みをおっしゃいませ。サアいらつしゃい。」
 と手を引き伴蔵の方を見ると、伴蔵はお札を擢んで倒れておりますものだから、袖で顔を隠しながら、裏窓からズッとうちへ入りました。
怪談牡丹燈籠第五編終

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