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怪談牡丹燈籠 第十四回

怪談牡丹燈籠第七編
第十四回|帳中径異果如何《ちようちゆうのかいいはたしていかん》

 伴蔵は畑へ転がりましたが、両人の姿が見えなくなりましたから、慄えながらようよう起き上り、泥だらけのまま|家《うち》へ駆け戻り、
「お峯や、出なヨ。」
「あいヨ、どうしたえ。マァわたしは暑かったこと、|膏汗《あぶらあせ》
がビッショリ流れるほど出たか、我慢をしていたヨ。」
「てめえは暑い汗をかいたろうが、おらア冷てい汗をかいた。幽霊が裏窓から入って行ったから、萩原様はとり殺されてしまうだろうか。」
「わたしの考えじゃア殺すめえと思うヨ。あれはくやしくって出る幽霊ではなく、恋しい恋しいと思っていたのに、お札があって入れなかったのだから、これが生きている人間ならば、お前さんはあんまりな人だとか何とか云って|口《く》舌《ぜつ》でも云うところだから殺す気遣いはあるまいヨ。どんなことをしているか、お前見ておいでヨ。」
「ばかをいうな。」
「表から廻ってそっと見ておいでヨウヨウ。」
 といわれるから、伴蔵は抜き足して萩原の裏手へ廻り、しばらくして立ち帰り、
「たいそう長かったネ。どうしたえ。」
「お峯、なるほどてめえの云う通り、何だかゴチャゴチャ話し声がするようだから覗いて見ると、蚊帳が吊ってあって、何だか分らないから裏手の方へ廻るうちに、話し声がパッタリと止んだようだから、おおかた仲直りがあって幽霊と寝たのかも知れねえ。」
「いやだヨ。つまらないことをお云いでない。」
 と云ううちに、夜もしらしらと明け放れましたから、
「お峯、夜が明けたから萩原様のところへ一緒に行って見よう。」
「いやだヨ、わたしゃ夜が明けても怖くっていやだヨ.」
 というのを、
「マア行きねえヨ。」
 と打ち連れだち、
「お峯や、戸をあけねえ。」
「いやだヨ。なんだか怖いもの。」
「そんなことを云ったって、てめえが毎朝戸をあけるじゃアねえか。ちょっとあけねえな。」
「戸の聞から手を入れてグッと押すと、心張棒が落ちるから、お前おあけヨ。」
「てめえそんなことを言ったって、毎朝来て御膳をたいたりするじゃアねえか。それじゃアてめえ手を入れて心張りだけはすすがいい。」
「わたしゃいやだよ。」
「それじゃアいいや。」
 と云いながら心張りを外し、戸を引きあけながら、
「御免ねえ、旦那え旦那え夜が明けやしたヨ。明るくなりやしたヨ。旦那え、お峯や、音も沙汰もねえぜ。」
「それだからいやだよ。」
「てめえ先へ|入《へい》れ。てめえはここのうちの勝手をよく知っているじゃアねえか。」
「怖い時は勝手も何もないヨ。」
「旦那え旦那え、御免なせえ、夜が明けたのになに怖いことがあるものか、日の恐れがあるものを、なんで幽霊がいるものか。だがお峯、世の中に何が怖いってこのくれい怖いもなアねえなア。」
「アヽ、いやだ。」
 伴蔵はつぶやきながら|中仕切《なかじきり》の障子をあけると、真暗で、
「旦那え旦那え、よくねていらっしゃる。まだ|正体《しようてえ》なくよくねていらっしゃるから大丈夫だ。」
「そうかえ、旦那、夜が明けましたから焚きつけましょう。」
「御免なせえ、わっちが戸をあけやすヨ。旦那え旦那え。」
 と云いながら床のうちを差し覗き、伴蔵はキャッと声を上げ、
「お峯や、おらアもうこのくれえな怖いもなア見たことはねえ。」
 とお峯はきくよリアッと声をあげる。
「オ丶てめえの声でなお怖くなった。」
「どうなっているのだヨ。」
「どうなったのこうなったのと、実に何ともかともいいようのねえ|怖《こえ》えことだが、これをてめえとおれと見たばかりじゃアかかり合いにでもなっちゃア|大変《てえへん》だから、白翁堂の爺さんを連れて来て|立合《たちえい》をさせよう。」
 と白翁堂の|家《うち》へまいり、
「先生々々伴蔵でごぜえやす。ちょ、っとおあけなすって。」
「そんなに叩かなくってもいい、寝ちゃアいねえんだ。とうに眼が覚めている。そんなに叩くと戸がこわれらア。どれどれ待っていろ。アァ痛売ゝゝゝ戸をあけたのにおれの頭をなぐるやつがあるものが。」
「急いだものだから、ツイ、御免なせえ。先生、ちょっと萩原様のところへ行ってくがせえ。どうかしましたヨ。|大変《ていへん》ですヨ。」
「どうしたんだ。」
「どうにもこうにも、わっちが今お峯と二人でいって見て驚いたんだからおめえさんちょっと立ち合って下さい。」
 と聞くより勇斎も驚いて、|藜《あかざ》の杖をつき、ポクポクと出かけて参り、
「伴蔵おめえ先へ入んナヨ。」
「わっちは怖いからいやだ。」
「ジャアお峯、おめえ先へ入れ。」
「いやだヨ。わたしだって怖いやねえ。」
「ジャアいい。」
 と云いながら中へ入ったけれども、真暗でわけが分らない。
「お峯、ちょっと小窓の障子をあけろ、萩原氏、どうかなすったか、お加減でも悪いかえ。」
 といいながら、床のうちを差し覗き、白翁堂はワナワナと慄えながら思わず後へ下りました。


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