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怪談牡丹燈籠 第十七回


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怪談牡丹燈籠第八編
第十七回|溺妖婦《おぼれてようふに》一|伴蔵殺二其妻《ともぞうころすそのつまを》一
 伴蔵は悪事の露見を恐れ、女房お峯と栗橋へ引っ越し、幽霊からもらった百両あればまずしめたと、懇意の馬方久蔵を頼み、この頃は諸式が安いから二十両で立派な家を買い取り、五十両を|資本《もとで》に卸し|荒物店《あらものみせ》を開きまして、関口屋伴蔵と呼び、初めのほどは夫婦とも一生懸命働いて、安く仕込んで安く売りましたから、たちまち世間の評判をとり、関口屋の|代物《しろもの》は価が安くて品がいいと、方々から押しかけて買いに来るほどゆえ、大いに繁昌を極めました。凡夫盛んに神崇りなし、人盛んなる時は天に勝つ、人定まって天人に勝つとは古人の金言うべなるかな。もとよう|水泡銭《あぶくぜに》のことなれば身につく道理のあるべきわけはなく、翌年の四月頃から伴蔵は以前のことも打ち忘れ、少し贅沢がしたくなり、|絽《ろ》の小紋の羽織が着たいとか、帯は献上博多をしめたいとか、雪駄がはいてみたいとか云い出して、ある日同宿の笹屋という料理屋へ上り込み、一杯やっている側に酌取り女に出た別嬪は、年は二十七くらいだが、どうしても二十三、四くらいとしか見彡ないというすこぶる|尤物《しろもの》を見るより、伴蔵は心を動かし、二階を下りてこの|家《や》の亭主にその女の身の上を聞けば、去る頃夫婦の|旅人《りよじん》がこの家へ泊まりしが、亭主は元は侍で、いかなることか足の傷の痛み烈しく立つことならず、一日一日との長逗留、ついに旅用をも使いはたし、そういつまでも宿屋の飯を喰ってもいられぬことなりとて、夫婦には土手下へ世帯を持たせ、女房はこちらへ手伝い働き女としておいて、僅かな給金で亭主を貢いでいるとの話を聞いで、伴蔵は金さえあればどうにもなると、その日はいくらか金を与え、綺麗に家に帰りしが、これよりセッセッと足近く笹屋に通い、金びら切って口説きつけ、ついにかの女とあやしい仲になりました。
 いったいこの女は飯島平左衛門の妾お国にて、宮野辺源次郎と不義を働き、あまつさえ飯島を手にかけ、金銀衣類を奪い取り、江戸を立ち退き、越後の村上へ逃げ出しましたが、親元絶家してよるべなきまま、だんだんと奥州路を経めぐって|下海道《しもかいどう》へ出て参り、この栗橋にて患いつき、宿屋の亭主の情けを受けて今の始末、もとより悪性のお国ゆえ、たちまち思うよう、この人は|一代身上《いちだいしんしよう》俄か分限に相違なし。この人の云うことを聞いたなら悪いこともあるまいと得心したるゆえ、伴蔵は四十を越してこのような若い綺麗な別嬪にもたつかれたことなれば、|有頂天涯《うちようてんがい》に飛び上がり、これより毎日ここにばかり通い来て寝泊りをいたしておりますと、伴蔵の女房お峯は込み上がる|悋気《りんき》の角も奉公人の手前に免じ我慢はしていましたが、ある日のこと馬をひいて店さきを通る馬子を見つけ、
「オヤ久蔵さん、素通りかえ、あんまりひどいネ。」
「ヤアお|内儀《かみ》さま、大きに無沙汰をいたしやした。ちょっくり来るのだアけど、今ア|荷《にい》積んで|幸手《さつて》まで急いで行くだから、寄っているわけにはいきましねえが.こないだは小遣を下さってありがとうごぜえます。」
「マアいいじゃアないか。お前はうちの親類じゃないか。ちょっとお寄りヨ。一杯上げたいから。」
「そうですかえ。それじゃア御免なせい。」
 と馬を見世の片端に|結《いわ》いつけ、裏口から奥へ通り、
「おらアこっちの旦那の身寄だというので、皆なに大きに可愛がられらア、この家の|身上《しんしよう》は去年から金持になったから、おらも鼻が高い。」
 と話の中にお峯はいくらか紙に包み、
「なんぞ上げたいが、あんまり少しばかりだが小遣にでもしておいておくれよ。」
「これアどうも|毎度《めえど》戴いてばかりいてすまねえヨ。いつでも|厄介《やつけえ》になりつづけだが、せっかくのおぼしめしだから頂戴いたしておきますべい。オヤさわってみたところじゃアえらく金があるようだから|単物《ひとえもの》でも買うべいか。大きいありがとうござります。」
「なんだヨ、そんなにお礼を云われてはかえって迷惑するよ。ちょいとお前に聞きたいのだが、うちの旦那は、四月頃から笹屋へよくお泊りなすって、お前も一緒に行って遊ぶそうだが、お前はなぜわたしに話をおしでない。」
「おれしんねえヨ。」
「おとぼけでないヨ。ちゃんと種が上がっているヨ。」
「種が上がるか下がるか、おらアしんねえものを。」
「アレサ笹屋の女のことサ、夕べうちの旦那が残らず白状してしまったヨ。わたしはお婆さんになって|嫉妬《やきもち》をやくわけでけないが、旦那のためを思うからいうので、あの通り
ないきな人だから、すっかりと打ち明けて、わたしに話して、夕べは笑ってしまったのだが、お前があんまり白ばっくれて、素通りをするから呼んだのサ、云ったっていいじゃアないかえ。」
「旦那どんが云ったけえ、アレマアわれさえ云わなければ知れる気遣えはねえ。われが|心配《しんぺい》だというもんだから、お前さまの|前《めえ》へ隠していたんだ。夫婦の|情合《じようあい》だから、云ったらおめえもあんまり心持もよくあんめえと思っただが、そうけえ、旦那どんが云ったけえ、おれ困ったなア。」
「旦那はわたしに云ってしまったヨ。お前と時々一緒にいくんだろう。」
「あのあまっちょは屋敷者だとヨ。亭主は源次郎さんとかいって、足へ疵ができて、立つことができねえで、土手下へ世帯を持っていて、女房は笹屋へ働き女をしていて、亭主をすごしているのを、旦那が聞いて気の毒に思い、可哀想にと思って、一番始め金え三分くれて、二度目の時二両、後から三両それから五両、一ぺんに二十両やったこともあった。ありゃお国さんとか云って二十七だとか云うが、おめえさんなんぞよりよっぽど綺ナニお前さまとは|違《ちげ》え、屋敷もんだから|不意気《ぶいき》だが、なかなかいい女だヨ。」
「何かえ、あれは旦那が遊びはじめたのはいつだっけねえ。夕べ聞いたがちょいと忘れてしまった。お前知っているかえ。」
「四月の二日からかねえ。」
「呆れるヨ。ほんとうにまア四月から今までわたしに打ち明けて話しもしないで、呆れかえった人だ。どんなにわたしが鎌をかけてうちの人に聞いてもなんだのかだのと白ばっくれていて、ありがたいわ。それですっかり分った。」
「それじゃア旦那は云わねえのかえ。」
「あたりまえサ。旦那がわたしに改たまってそんなばかなことをいうやつがあるものかネ。」
「アレヘエ、それじゃアおらが困るべいじゃアねえか。旦那どんがおれは|己《われ》に喋るなよと云うたに、困ったなア。」
「ナニお前の|名前《なめえ》は出さないから心配おしでないよ。」
「それじゃアわしの名前を出しちゃアいかねえヨ。大きにありがとうござりました。」
 と久蔵は立ち帰る。お峯は込み上がる|悋気《りんき》を押え、夜なべをして伴蔵の帰りを待っていますと、
「文助や、あけてくれ。」
「お帰りあそぼせ。」
「見世の者も早く寝てしまいな。奥ももう寝たかえ。」
 といいながら奥へ通る。
「お峯、まだ寝ずか。もう夜なべはよしねえ。身体の毒だ。たいがいにしておきな。今夜は一杯飲んで、そうして寝よう。何か肴は有り合いでいいや.、」
「何もないわ。」
「かくやでもこしらえて来てくんな。」
「およしヨ。お酒をうちで飲んだってうまくもない。肴はなし、酌をする者はわたしのようなお婆さんだから、どうせ気に入る気遣いはない。それよりは笹屋へ行ってお上がりヨ。」
「そりゃア笹屋は料理屋だからなんでもあるが、寝酒に飲むんだからちょいと海苔でも焼いて持って来ねえな。」
「肴はそれでもいいとしたところがお酌が気に入らないだろうから、笹屋へ行ってお国さんにお酌をしておもらい
ヨ。」
「きざなことを云うな。お国がどうしたんだ。」
「おまえはなぜそう隠すんだえ。隠さなくってもいいじゃアないかえ。わたしが|十九《つづ》や|二十《はたち》のことならばお前の隠すも無理ではないが、こうやってお互いにとる年だから、隠し立てをされてはわたしがまことに心持がわるいから、お云いな。」
「なにをよう。」
「お国さんのことをサ、いい女だとね。年は二十七だそうだが、ちょっと見ると二十二、三にしか見えないくらいないい|娘《こ》で、わたしもほれぼれするくらいだから、ありゃア惚れてもいいヨ。」
「なんだかさっぱり分らねえ。今日昼間馬方の久蔵が来やアしなかったか。」
「イイェ来やアしないヨ。」
「おれもこの節はよんどころない用で時々うちをあけるものだから、お前がそう疑ぐるのももっともだが、そんなことを云わないでもいいじゃアねえか。」
「そりゃア男の働きだから何をしたっていいが、お前のためだから云うのだヨ。なんの女の亭主は|双刀《りやんこ》さんで、その亭主のためにああやっているんだそうだから、亭主に知れると大変だから、わたしも案じられらアね。お前は四月の二日からあの女にかかり合っていながら、これっばかりもわたしに云わないのはひどいよ。そ云っておしまいなねえ。」
「そう知っていちゃアほんとうに困るなア。あれはおれがわるかった。|面目《あんぼく》ねえ。堪忍してくれ。おれだってお前に何かついでがあったら云おうと思っていたが、改まってさてこういう色ができたとも云いにくいものだから、ツイ黙っていた。おれも随分道楽をした人間だから、そうだまされて金をとられるような|心配《しんぺい》はねえ。大丈夫だ。」
「そうサ、初めての時三分やって、その次に二両、それから三両と五両二度にやって、二十両一ぺんにやったことがあったねえ。」
「いろんなことを知っていやアがる。昼間久蔵が来たんだろう。」
「来やしないよ。それじゃアお前こうおしな。向うの女も亭主があるのにお前にくっつくくらいだから、惚れているに違いないが、亭主があっちゃアけんのんだから、貰いきって妾にしてお前の側へおおきヨ。そうしてわたしは別になって、わたしは関口屋の出店でございますといって、別に家業をやってみたいから、お前はお国さんと二人で一緒になってお稼ぎヨ。」
「きざなことを云わねえがいい。別れるも何もねえじゃアねえか。あの女だって|双刀《りやんこ》の妾、|主《ぬし》があるものだから、そういつまでもかかり合っている気はねえのだが、ありゃア酔った紛れにツイ摘み食いをしたので、おれが悪かったから、堪忍してくれろ。もう二度とあすこへ行きさえしなければいいだろう。」
「行っておやりヨ。あの女は亭主があってそんなことをするくらいだから、お前に惚れているんだからお出でヨ。」
「そんなきざなことばかり云ってしようがねえナ。」
「いいからわたしゃア別になりましょうヨ。」
 とくどくど云われて伴蔵はグッと癪にさわり、
「ナッテーナッテー、これ|四間《しナん》間口の|表店《おもてだな》を張っている荒物屋の旦那だア、一人二人の色があったってナンデー、男の働きであたりめえだ。若えもんじゃあるめえし、|嫉妬《やきもち》を焼くなえ。」
「それはまことにすみません。悪いことを申しました。四間間口の表店を張った旦那様だから、妾狂いをするのは、あたりまえだと、たいそうもないことをお云いでないヨ。今では旦那だといって威張っているが、去年迄はお前はなんだい。萩原様の奉公人同様に追い使われ、小さな孫店を借りていて、萩原様から時々小遣をいただいたり、単物の古いのをいただいたりしてどうやらこうやらやっていたんじゃアないか。今こうなっかからといってそれを忘れてすむかえ。」
「そんな大きな声で云わなくってもいいじゃアねえか。店の者に聞えるといけねえやナ。」
「云ったっていいヨ。四間間口の表店を張っている荒物屋の旦那だから、妾狂いがあたりまえだなんぞと云って、せんのことを忘れたかい。」
「やかましいやイ。出て行ぎゃアがれ。」
「ハイ、出て行きますとも、出て行きますからお金を百両わたしにおくれ。これだけの|身代《しんだい》になったのは誰のお蔭だ。お互いにここまでやったのじゃアないか。」
「恵比須講の商いみたように大したことをいうな。しずかにしろ。」
「云ったっていいよ。ほんとうにこれまで互いに|跣足《ばだし》になって一生懸命に働いて、萩原様のところにいる時も、わたしは煮たき掃除や針仕事をし、お前は使いはやまをして駈けずりまわり、どうやらこうやらやっていたが、うまい酒も飲めないというから、わたしが内職をして、たまには買って飲ませたりなんどして、八年このかたお前のためにはたいそう苦労をしているンだア、それをなんだえ、荒物屋の旦那だとえ。ごたいそうらしい。わたしゃア今こうなったっても、昔のことを忘れないために、今でもこうやって木綿物を着て夜なべをしているくらいなんだ。それにまだ|一昨年《おとどし》の暮だっけ、お前が|鮭《しやけ》のせんばいでお酒が飲みてえ
ものだというから、」
「静かにしろ。|外聞《げえぶん》がわりいや。奉公人に聞えてもいけね
え。」
「いいよ、わたしゃアいうよ。云いますよ。、それから貧乏|世帯《せたい》を張っていたことだから、わたしも一生懸命に三晩寝ないで夜なべをして、お酒を三合買って、|鮭《しやけ》のせんばいで飲ませてやった時お前は嬉しがって、その時何と云ったい。持つべきものは女房だと云って喜んだことを忘れたかい。」
「大きな声をするナ。それだからおれはもうあすこへ行かないというに。」
「大きな声をしたっていいよ。お前はお国さんのところへお出よ。行ってもいいよ。お前の方であんまり大きなことを云うじゃアないか。」
 となおなお大きな声を出すから、伴蔵は、
「オヤこのあま。」
 と聚いながら拳を上げて頭を打つ。打たれてお峯はたけり立ち、泣き声を振り立て、
「何をぶちゃアがるんだ。サア百両の金をおくれ。わたしゃア出て参りましょう。お前はこの栗橋から出た人だから身寄もあるだろうが、わたしは江戸生れで、こんなところへ引っ張られて来て、身寄たよりがないと思っていい気になって、わたしが年をとったもんだから女狂いなんぞはじめ、今になって見放されては喰い方に困るから、これだけ金をおくれ。出て行きますから。」
「出て行くなら出て行くがいいが、何もきさまに百両の金をやるという因縁がねいやア。」
「たいそうなことをおいいでないヨ。わたしが考えついたことで、幽霊から百両の金を貰ったのじゃないか。」
「コラコラ静かにしねえ。」
「云ったっていいよ。それからその金で取りついてこうなったのじゃアないか。そればかりじゃアねえ。萩原様を殺して海音如来のお像を盗み取って、清水の花壇の中へ埋めておいたじゃアないか。」
「静かにしねえ、ほんとうに気違えだなア、人の耳へでも入ったらどうする。」
「わたしゃア縛られて首を切られてもいいよ。そうするとお前もそのままじゃアおかないよ。百両おくれ。わたしゃア別になりましょう。」
「しようがねえな。おれが悪かった。堪忍してくれ。そんならこれまでおめえと一緒になってはいたが、おれに愛想が尽きたならこの家はすっかりとおめえにやってしまわア、と云うと、なにかおれがあの女でも一緒に連れてどこかへ逃げでもすると思うだろうが、だんだん様子を聞けば、あの女は何か筋の悪い女だそうだから、もういいかげんに切り上げるつもり、それともここの家を二百両にでも三百両にでもたたき売ってしまって、おめえを一緒に連れて越後の新潟あたりへ身を隠し、もう一ト花咲かせ、でっかくやりてえと思うんだが、おめえもう一度はだしになって苦労をしてくれる気はねえか。」
「わたしだって無理に別れたいというわけでもなんでもありませんが、今になってお前がわたしを邪慳にするものだから、そうは云ったものの、八年このかた連れ添っていたものだから、お前が見捨てないということなら、どこまでも一緒に行こうじゃアないか。」
「そんなら何も腹を立てることはねえのだ。これから仲直りに一杯飲んで、二人で一緒に寝よう。」
 と云いながら、お峯の手首を取って引き寄せる。
「およしヨ。いやだよウ。」
 川柳に「女房の|角《つの》をちんこでたたき折り」でたちまち仲も直りました。それから翌日に伴蔵がお峯に好きな着物を買ってやるからというので、|幸手《さつて》へ参り、呉服屋で反物を買い、ここの料理屋でも一杯やって二人連れ立ち、もう帰ろうと|幸手《さつて》を出て土手へさしかかると、伴蔵が土手の下へ降りにかかるから、
「旦那、どこへゆくの。」
「じつは江戸へ仕入に行った時に、あの海音如来の金無垢のお守りを持って来て、ここへ埋めておいたのだから、掘り出そうと思って来たんだ。」
「アラまア、お前はそれまで隠してわたしに云わないのだヨ。そんなら早く人の目つまにかからないうちに掘っておしまいヨ。」
「これは掘り出して、明日|古河《こぶ》の旦那に売るんだ。なんだか雨がポツポツ降って来たようだな。向うの渡し口のところからなんだか人が二人ぼかりだんだんこっちの方へ来るようなあんべいだから、見ていてくんねえ。」
「誰も来やアしないよ。どこヘサ。」
「向うの方へ気をつけろ。」
 という。向うは往来が|三叉《みつまた》になっておりまして、|側《かた》へは新利根大利根の流れにて、折しも空はどんぼりと雨模様、かすかに見ゆる田舎の盆燈籠の火もはや消えなんとし、|往来《ゆきき》も途絶えて物凄く、お峯は何心なく向うの方へ目をつけている油断を窺い、伴蔵は腰にさしたる|胴鉄《どうかね》造りの脇差を音のせぬよう引っこ抜き、物をもいわず後ろから一生懸命力を入れて、お峯の肩先目がけて切り込めば、キャッとお峯は倒れながら伴蔵の裾にしがみつき、
「それじゃアお前はわたしを殺して、お国を女房に持つ気だね。」
「知れたことよ。惚れた女を女房に持つのだ。観念しろ。」
 と云いさま刀を逆手に持ち直し、貝殻骨のあたりから乳の下へかけ、したたかに突込んだれば、お峯は七転八倒の苦しみをなし、おのれそのままにしておこうかと、またも裾へしがみつく。伴蔵はのしかかって止めを刺したから、お峯は息が絶えましたが、どうしてもしがみついた手を放しませんから、脇差にて一本一本指を切り落し、ようやく刀を拭い、鞘に納め、後をも見ず飛ぶがごとくに我が家に立ち帰り、慌しく拳をあげて門の戸を打ち叩き、
「文助、ちょっとここをあけてくれ.、」
「旦那でございますか。ヘイお帰りあそばせ。」
 と表の戸を開く。伴蔵ズッとうちに入り、
「文助や、たいへんだ。今土手で五人の追剥ぎが出ておれの胸ぐらを掴まえたのを、払ってようやく逃げて来たが、お峯は土手下へ降りたから、悪くすると怪我をしたかも知れない。どうも案じられる。どうか皆な一緒に行って見てくれ。」
 というので、奉公人一同大いに驚き、手に手に半捧心張棒なぞ携え、伴蔵を先きに立て土手下へ来て見れば、蕪残やお峯は目もあてられぬように切り殺されていたから、伴蔵は|空涙《そらかみだ》を流しながら、
「ア丶可哀想なことをした。いま一ト足早かったなら、こんな非業な死はとらせまいものを。」
 とうそをつかい、人を|走《は》せてその筋へ届け、お検死もすんで家に引き取り、何こともなく村方へ野辺送りをしてしまいましたが、伴蔵が殺したと気がつくものはありません。
 だんだん日数もたって七目目のことゆえ、伴蔵は寺参りをして帰って来ると、召使いのおますという三十一歳になる女中がにわかにがたがたと慄えはじめて、ウソと|呻《うな》って倒れ、何か譫言を云って困うと番頭が云うから、伴蔵が女の寝ているところへ来て、
「おめえどんなあんべいだ」
「伴蔵さん、貝殻骨から乳の下へかけてズブズブと突き通されたときの痛かったこと。」
「旦那さま、変なことを云いやす。」
「おます、気をたしかにしろ。風邪でもひいて熱でも出たのだろうから、蒲団をたんとかけて寝かしてしまえ。」
 と|夜着《よぎ》をかけると、おますは重い夜着や掻巻を一度にはねのけて、蒲団の上にチョンと坐り、ジイッと伴蔵の顔を睨むから、
「へんなあんべいですな。」
「おます、しっかりしろ。狐にでも|憑《つ》かれたのじゃアないか。」
「伴蔵さん、こんな苦しいことはありません。貝殻骨のところから乳のところまで脇差の先が出るほどまで、ズブズブと突かれたときの苦しさは、なんともかとも云いようがありません。」
 と云われて、伴蔵も薄気味悪くなり、
「何を云うのだ、気でも違いはしないか。」
「お互いにこうして八年このかた貧乏世帯を張り、やっとの思いで今はこれまでになったのを、お前はわたしを殺してお国を女房にしようとは、マアあんまりひどいじゃアないか。」
「これは変なあんべいだ。」
 と云うものの、腹のうちで大いに驚き、早く療治をして直したいと思うところへ、この節|幸手《さつて》に江戸から来ている名人の医者があるというから、それを呼ぼうと、人を|走《は》せて呼びにやりました。
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