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怪談牡丹燈籠 第十八回

怪談牡丹燈籠第九編
第十八回
|賤婢得《せんぴえてやま》レ|病忽為《いをたちまちなす》二|鬼語《きごを》一
|凶漢失《きようかんしつして》レ|言被《ことをらる》レ|破《やぶ》二|険策《けんさくを》暗

 伴蔵は女房が死んで七日目に寺参りから帰ったその晩より、下女のおますがおかしな|譫言《うわごと》を云い、幽霊に頼まれて百両の金を貰い、これまでの身代に取りついたの、萩原新三郎様を殺したの、海音如来のお守りを盗み出し、根津の清水の花壇の中へ|埋《うず》めたなどとしゃべり立てるに、奉公人たちは何だか様子の分らぬことゆえ、ただばかな譫言をいうと思っておりましたが、伴蔵の腹の中では、女房のお峯がおれに取っつくことのできないところから、この女に取りついておれの悪事をしゃべらせて、お上の耳に聞えさせ、おれを召し捕り、お仕置にさせて怨みを晴らす了簡に違いなし。あの下女さえいなければかようなこともあるまいから、いっそ宿元へ下げてしまおうか、いやいや待てよ、宿へ下げ、あの通りにしゃべられてはたいへんだ。コリャうっかりしたことはできねえと思案にくれているところへ、先ほど幸手へ使いにやりました下男の|仲助《なかすけ》が、医者同道で帰って来て、
「旦那只今けえりやした。江戸からお出でなすったお上手なお医者様だそうだが、やっと願いやして御一緒に来てもらいやした。」
「これはこれは御苦労さま。てまえ方はこういう商売柄見世も散らかっておりますから、まずこちらへお通り下さいまし。」
 と奥の間へ案内をして上座に招じ、伴蔵は慇懃に両手をつかえ、
「初めましてお目通りをいたします。私は関口屋伴蔵と申します者、今日はさっそくのお入りでまことに御苦労様に存じまする。」
「ハイハイ初めまして、何か急病人の御様子、ハハアお熱で、変な譫言などを云うと。」
 と云いながらふと伴蔵を見て、
「オヤ、これはまことにしばらく、これはどうもまことにどうも、どうなすって伴蔵さん。まず一別以来相変わらず御機嫌よろしく、どうもマアはからざるところでお目にかかりました。これは君の御新宅かえ、おそれいったねえ。しかし君はかくあるべきことだろうと、君が萩原新三郎様のところにいる時分から、あの伴蔵さんお峯さんの夫婦は、どうも機転の利き方、才知の廻るところから、なかなかただの人ではない。今にあれはえらい人になると云っていたが、十指の指さすところ|鑑定《めがね》は違わず、じつに君は大した|表店《おもてだな》を張り、立派なことにおなりなすったなア。」
「イヤこれは山本志丈さん、まことに思いがけねえところでお目にかかりやした。」
「じつは私も人には云えねえが、江戸を喰い詰め、医者もしていられねえから、猫の額のような家だが売って、その金子を路用として日光辺の知るべをたよって行く途中、幸手の宿屋で相宿の|旅人《りよじん》が熱病で悩むとて療治を頼まれ、その脈を取れば運よく全快したが、じつは僕がなおしたんじゃアねえ、しとりでに治ったんだが、運にかなってたちまちにあれは名人だ、名医だとの評が立ち、あっちこっちから療治を頼まれ、じつはいい加減にやってはいるが、相応に薬礼をよこすから、足を留めていたもののじつはおらア医者はできねえのだ。もっとも傷寒論の一冊くらいは読んだことはあるが、いってい病人は嫌えだ、あの臭い寝床の側へ寄るのは厭だから、金さえあればツイ一杯飲む気になるようなものだから、江戸を喰い詰めて来たのだが、あの妻君はお達者かえ。イヤサお峯さんには久しく拝顔を得ないがお達者かえ。」
「アレハ。」
 と口ごもりしが、
「八日跡の晩土手下で泥坊に切り殺されましたヨ。それからようやく引き取って弔いをだしました。」
「ヤレハヤこれはどうも、存外な、さぞお|愁傷《しゆうしよう》、お馴染だけになおさらお察し申します。あの方はまことにお貞節ないいお方であったが、これが仏家でいう因縁とでも申しますのか、さぞマア残念なことでありましたろう。それでは御病人はお家内ではないネ。」
「エエうちの女ですが、なんだか熱にうかされて妙なことを云って困ります。」
「それじゃアちょっと診て上げて、後でまたいろいろ昔の話をしながらゆるりと一杯やろうじゃアないか。知らない土地へ来て馴染の人に逢うと何だか懐しいものだ。病人は熱なら、造作もないからねえ。」
「文助や、先生は甘い物は召し上がらねえが、お茶と菓子と持って来ておけ。先生こっちへお出でなせえ。ここが女部屋で。」
「さようか、マア暑いから羽織を脱ごうヨ。」
「おますや、お医者様がいらっしゃったからよく診ていただきな。気をしっかりしていろ。変なことをいうな。」
「どういう御様子、どんなあんばいで。」
 と云いながら側へ近寄ると、病人は重い掻巻をはねのけて蒲団の上にちゃんと坐り、志丈の顔をジッと見つめている。
「お前どういうあんばいで、おおかた風邪がこうじて熱となったのだろう。寒気でもするかえ。」
「山本志丈さん、まことに久しくお目にかかりませんでした。」
「これは妙だ。僕の名を呼んだぜ。」
「こいつは妙な譫言ばっかり云っていますよ。」
「だって僕の名を知っているのは妙だ。フウン、どういう様子だえ。」
「わたしはね、この貝殻骨から乳のところまでズブズブと伴蔵さんに突かれた時の。」
「これこれ何をつまらねえことをいうんだ。」
「よろしいヨ。心配したもうな、それからどうしたえ。」
「あなたの御存じの通り、わたし共夫婦は萩原新三郎様の奉公人同様に追いつかわれ、はだしになって駆けずり廻っていましたが、萩原様が幽霊に取りつかれたものだから、幡随院の和尚から魔除けのお札を裏窓へ張りつけ、ておいて幽霊の這入れないようにしたところから、伴蔵さんか幽霊に百両の金を貰ってそのお札を剥がし。」
「何を云うんだなア。」
「よろしいよ、僕だから。これは妙だこれは妙だ。ヘイ、そこで。」
「その金から取りついて今はこれだけの身代となり、それのみならず、萩原さまのお首にかけてる金無垢の海音如来のお守りを盗み出し、根津の清水の花壇に埋め、あまつさえ萩原様を蹴殺して体よく後を取り繕ろい。」
「何をとんでもないことを云うのだ。」
「よろしいヨ、僕だから、妙だ妙だ。ヘイそれから。」
「そうしておまえ、そんなあぶく銭でこれまでになったのに、お前は女狂いを始め、わたしを邪魔にして殺すとはあんまりひどい。」
「どうもしようがないノ。何をいうのだ。」
「よろしいよ。妙だ。心配したもうな。これはさっそく宿へ下げたまえと云うと、宿でまたこんな譫言を云うと思し召そうが、下げればきっと云わない。この家にいるから云うのだ。僕も壮年の折、こういう病人を二度ほど先生の代脈で手がけたことがあるが、宿へ下げればきっと云わないから下げべし下げべし。」
 と云われて、伴蔵は小気味がわるいけれども、山本の勧めに任せてさっそくに宿を呼び寄せ引き渡し、表へ出るやいなや正気にかえった様子なれば、伴蔵も安心していると、今度は番頭の文助がウンと呻って夜着をかむり、寝たかと思うと起き上がり、幽霊に貰った百両の金でこれだけの身代になり上がり、と云い出したれば、また宿を呼んで下げてしまうと、今度は小僧が呻り出したれば、また宿へ下げてしまい、奉公人残らず宿へ帰し、後には伴蔵と志丈と二人ぎりになりました。
「伴蔵さん、こんど呻ればおいらの番だが、妙だったね。ダガ伴蔵さん、打ち明けて話をしてくんなせえ。萩原さんが幽霊に魅入られ、骨と一緒に死んでいたとの評判もあり、また首にかけた大事の守りがすりかわっていたというが、その鑑定はどうも分らなかった。もっとも白翁堂という人相見の|老爺《おやじ》が少しは|気《け》どって新幡随院の和尚に話すと、|和尚はとうより覚っていて、盗んだやつが土中へ埋め隠してあると云ったそうだが、今日初めてこの病人の話によれば、僕の鑑定ではたしかにお前と見てとったが、もうこうなったらば隠さずに云っておしまい、そうすれば僕もお前と一つになって事をはかろうじゃないか。善悪ともに相談をしようから打ち明けたまえ。それから君はおかみさんが邪魔になるものだから殺しておいて、泥坊が切り殺したというのだろう。そうでしょう、そうでしょう。」
 といわれて伴蔵もはや隠しおおせることにもいかず、
「じつは幽霊に頼まれたというのも、萩原様のああいう怪しい姿で死んだというのも、いろいろ訳があって皆なわっちがこしらえたこと、というのはわっちが萩原の|肋《あばら》を蹴って殺しておいて、こっそりと新幡随院の墓場へ忍び、新塚を掘り起し、|髑髏《しやりこつ》を取り出し、持ち帰って萩原の床の中へ並べておき、怪しい死ざまに見せかけて白翁堂の|老爺《おやじ》をばいっぺい嵌め込み、また海音如来のお守もまんまと首尾好く盗み出し、根津の清水の花壇の中へ埋めておき、それからおれがいろいろと|法螺《ほら》を吹いて近所の者を怖がらせ、皆なあちこちへ引っ越したをよいしおにして、おれもまたお峯を連れ、百両の金を掴んでこの土地へ引っ込んで今の身の上、ところがおれが脇の女にかかり合ったところから、嚊アが|恰気《りんき》を起こし、以前の悪事をガアガアと呶鳴りたてられ仕方なく、うまく|賺《すか》して土手下へ連れ出して、おれが手にかけ殺しておいて、追剥ぎに殺されたと空涙で人を欺かし、弔いをもすましてしまったわけなんだ。」
「よく云った。まことに感服、たいがいの者ならそう打ち明けては云えぬものだに、おれが殺したと速やかに云うなどは、これは悪党ア丶悪党、お前にそう打ち明けられてみれば、私はおしゃべりな人間だが、こればっかりは口外はしないヨ。そのかわり少し好みがあるがどうか|叶《かな》えておくれ、というと何か君の身代でもあてにするようだが、そんなわけではない。」
「ア丶ア丶それはいいとも、どんなことでも聞きやしょうから、どうか|口外《こうげい》はしてくださるな。」
 と云いながら懐中より二十五両包みを取り出し、志丈の前に差し置いて、
「|少《すけ》ねえが切餅をたった一つ取っておいてくんねえ。」
「これは、云わない賃かえ。薬礼ではないね。よろしい、心得た。なんだかこう金が入ると浮気になったようだから、|一杯《いつぺい》飲みながら、ゆるりと昔語りがしてえのだが、ここのうちア陰気だからこれから、どっかへ行って一杯やろうじゃアねえか。」
「そいつはよかろう。そんならおいらの馴染の笹屋へ行きやしょう。」
 と打ち連れ立って家を立ち出で、笹屋へ上り込み、差し向いにて酒をくみ交し、
「男ばかりじゃアうまくねえから、女を呼びにやろう。」
 とお国を呼び寄せる。
「オヤ旦那、御無沙汰を、よくいらっしゃって。伺いますればお|内儀《かみ》さんは不慮のことがございましたと、さだめて御愁傷なことで、わたしも旦那にちょいとお目にかかりたいと思っておりましたは、うちの人の疵もようやく治り、近々のうち越後へ向けていまひとたび行きたいと云っておりますから、行ったひにはあなたにはお目にかかることもできないと思っているところへお使いで、あんまり嬉しいから飛んで来たんですよ。」
「お国、お連れの方になぜ御挨拶をしないのだ。」
「これはあなた御免あそばせ。」
 と云いながら志丈の顔を見て、
「オヤオヤ山本志丈さん。」
「まことにしばらく。これは妙、どうも不思議、お国さんがここにおいでとは計らざることで、これは妙、内々御様子を聞けば、思うお方と一緒なら|深山《みやま》の奥までというよう
な意気ごと筋で、まことに不思議、これは|稀代《ぎたい》だ。妙々々。」
 と云われてお国はギックリ驚いたは、志丈はお国の身の上をばくわしく知った者ゆえ、もし伴蔵にしゃべられてはならぬと思い、
「志丈さんちょいと御免あそぼせ。」
 と次の間へ立ち、
「旦那ちょいといらっしゃい。」
「アイよ。志丈さん、ちょっと待っておくれよ。」
「ア丶よろしい。ゆっくり話をして来たまえ。僕はさようなことには馴れているから苦しくない。お構いなく、ゆっくりと話をしていらっしゃい.)」
「旦那どういうわけであの志丈さんを連れて来たの。」
「あれはうちに病人があったから呼んだのよ。」
「旦那あの医者のいうことをなんでもほんとうにしちゃアいけませんヨ。あんな嘘つきのやつはありません。あいつのいうことをほんとうにするととんでもない間違いができますよ。人の|合中《あいなか》を突つくひどいやつですから、今夜はあの医者をどっかへやって、あなた一人ここに泊っていてくださいな。そうすればうちの人を寝かしておいて、あなたのところへ来て、いろいろお話もしたいことがありますから、よろしゅうございますか。」
「よしよし、それじゃアうちの方をいいあんべいにしてきっと来ねえよ。」
「きっと来ますから待っておいでょ。」
 とお国は伴蔵に別れ帰り行く。
「ヤア志丈さん、まことにお待ちどお。」
「まことにどうも、アハヽあの女はもう四十に近いだろうが若いねえ。君もなかなかお|腕前《うでめえ》だね。おおかた君はあの婦人を喰っているのだろうが、これからはもう君と善悪を一つにしようと約束をした以上は、君のためにならねえことは僕は云うよ。いったい君はあの女の身の上を知って世話をするのか、知らないのか。」
「おらア知らねえが、おめえさんは心安いのか。」
「あの婦人には男がついている。宮野辺源次郎といって旗本の次男だが、そいつが悪人で、萩原新三郎さんを恋い慕った娘の親御飯島平左衛門という旗本の奥様付きで来た女中で、奥様が亡くなったところから手がついて妾となったが今のお国で、源次郎と不義を働ぎ、恩ある主人の飯島を切り殺し、有金二百六十両に、大小を|三腰《みこし》とか印籠をいくつとかを盗み取り逐電した人殺しの泥坊だ。すると後から忠義の家来藤助とか孝助とかいう男が、主人の仇を討ちたいと追いかけて出たそうだ。私の思うのは、あれは君に惚れたのではなく、源次郎が可愛いからおめえのいうことを聞いたなら、亭主のためになるだろうと心得、身を任せ、|相対間男《あいたいまおとこ》ではないかと僕は鑑定するが、いま聞けば急に越後へ立つといい、僕をまいて君一人寝ているところへ源次郎が踏み込んでゆすりかけ、二百両くらいの手切れは取る目算に違えねえが、君は承知かえ。だから君は今夜ここに泊っていてはいけねえから、僕と一緒にどっかへ女郎買いに行ってしまい、あいつら二人にすまたを喰わせるとはど
うだえ。」
「ム丶なるほど、そうか。それじゃアそうしよう。」
 と連れ立ってここを立ち出で、鶴屋という女郎屋へ上り込む。後へお国と源次郎が笹屋へ来て様子を聞けば、さっき帰ったということに二人はしおれて立ち帰り、
「お国、もうこうなれば仕方がないから、明日はおれが関口屋へ掛合いに行き、もし向うで|白《しら》をきったその時は。」
「わたしが行ってしゃべりつけ、口を明かさずたんまりとゆすってやろう。」
 とその晩は寝てしまいました。翌朝になり、伴蔵は志丈を連れて我が家へ帰り、いろいろゆうべののろけなど云っている店先へ、
「お頼ん申す、お頼ん申す。」
「|商人《あきんど》の店先へお頼ん申すというのはおかしいが、誰だろ
う。」
「おおかたゆうべ話した源次郎が来たのかもしれねえ。」
「そんならお前そっちへ隠れていてくれ。」
「いよいよむずかしくなったら飛び出そうか。」
「いいから引っ込んでいなよ。」
「ヘイヘイ、少々|宅《うち》にとりこみがありまして店をしめておりますが、なにか御用ならば店をあけてから願いとうございます。」
「イヤ買いものではござらん。御亭主に少々御面談いたしたく参ったのだ。ちょっとあけてください。」
「さようでございますか。まずおあがり。」
「早朝よりまかりいでまして御迷惑、あなたが御主人か。」
「ヘイ、関口屋伴蔵はわたしでございます。ここは店先、どうぞ奥へお通りくださいまし。し
「しからば御免をこうむる。」
 と|蝋色鞘茶柄《ろいろざやちやつか》の|大刀《かたな》を右の手に下げたままに、亭主に構わずズッと通り上座に坐す。
「どなた様でござりますか。」
「これは始めてお目にかかりました。手前は土手下に世帯を持っている宮野辺源次郎と申す粗忽の浪人、|家内国《かないくに》こと、笹屋方にて働き女をし、僅かな給金にてようようその日を送りおるところ、旦那よりふかく御贔負をいただくよし、毎度国よりうけたまわりおりますれど、何分|足痛《そくつう》にて歩行もなりかねますれば、存じながら御無沙汰、重々御無礼をいたした。」
「これはお初にお目通りをいたしました。伴蔵と申す不調法者幾久しく御懇意を願います。お前様のあんばいの悪いということは聞いていましたが、よくマア御全快、わっちもお国さんを贔負にするというものの、贔負の引き倒」で何の役にも立ちません。旦那の御新造がねえ、どうも恐れ入った。もっていねえ、馬子やわっちのような者の機嫌気棲を取りなさるかと思えばお気の毒だ。それがために失礼もたびたびいたしやした。」
「どういたしまして、伴蔵さんにチト折り入って願いたいことがありますが、私共夫婦はもはや旅費も使いなくし、ことには病中の入りめ薬礼や何やかやでまったく財布の底をはたき、ようやく全快しましたれば、越後路へ出立したくもいかにも旅費が乏しく、どうしたらよかろうと思案の側から、女房が関口屋の旦那は御親切のお方ゆえ、泣きついてお話をしたらお貢ぎ下さることもあろうとの勧めに任せまいりましたが、どうか路銀を少々拝借ができますればありがとう存じます。」
「これはどうも、そうあなたのように手を下げて頼まれては面目がありませんが」
 と中はいくらかしら紙に包んで源次郎の前にさしおき、
「ほんの|草鞋銭《わらじせん》でございますが、お受取り下せえ。」
 と云われて源次郎は取り上げて見れば金千疋。
「これは二両二分、イヤサ御主人、二両二分で越後まで足弱を連れて行かれると思いなさるか。御親切ついでにもそっとお恵みが願いたい。」
「千疋では少ないとおっしゃるなら、いくら上げたらよいのでございます。」
「どうか百金お恵みを願いたい。」
「一本え、冗談云っちゃアいけねえ、薪かなんぞじゃアあるめえし。一本の二本のと転がっちゃアいねえヨ。旦那え、こういうこたアいってえこっちで上げる心持|次第《しでい》のもので、いくらかくらと限られるものじゃアねえと思いやす。百両くれろと云われちゃア上げられねえ。また道中もしようできりのないもの。千両も持って出てたりずにうちへ取りによこす者もあり、四百の銭で伊勢参宮をする者もあり、二分の金を持って|金毘羅参《こんびらまい》りをしたという話もあるから、旅はどうともしようによるものだから、そんなことを云ったってできはしません。まことに|商人《あきんど》なぞは遊んだ金は無いもので、|表店《おもてだな》を立派に張っていても内々は一両の銭に困ることもあるものだ。百両くれろと云っても、そんなにわっちはおめえさんにお恵みをする縁がねえ。」
「国が別段御贔負になっているから、とやかく面倒云わず、餞別として百金貰おうじゃアねえか。何も云あずにサ。」
「お前さんはおつうおかしなことを云わっしゃる。何かお国さんとわっちとくっついてでもいるというのか。」
「オヽサ、間男の|廉《かど》で手切れの百両を取りに来たんだ。」
「ム丶わっちが不義をしたがどうした。」
「黙れ、ヤイ不義をしたとはなんだ。。捨ておきがたいやつだ。」
 と云いながら大刀を側へ引き寄せ、親指にて鯉口をプツリと切り、
「この間から何かと|胡乱《うさん》のこともあったれど.こらえこらえてこれまで穏便沙汰にいたしおき、昨晩それとなく国を責めたところ、国の申すには、じつはすまないことだが、貧に迫ってやむを得ずあの人に身を任せたと申したから、その場において手打ちにしようとは思ったれども、こういう身の上だから勘弁いたし、事穏かに話をしたに、手前の口から不義したと口外されては捨ておきがてえ。表向きにいたさん。」
 とたけり立って呶鳴ると、
「静かにおしなせえ。隣りはないが名主のない村じゃアないヨ。おめえさんがそう猛り立って鯉口を切り、わっちの|鬢《びん》たを打切る権幕を恐れて、ハイさようならとお金を出すような人間と思うのは間違えだ。わっちなんぞは首が三ツあっても足りねえ身体だ。十一の時から狂い出して、脱け|参《めい》りから江戸へ流れ、悪いという悪いことは、二、三の水|出《だ》し、やらずの|最中《もなか》、|野田長半《のでんちようはん》の鼻っ張り、ヤアの賭場まで|逐《お》って来たのだ。今はひびあかぎれを白足袋で隠し、なまぞらをつかっているものの、悪いことはおめえより上だヨ。それにまた間男間男というが、あの女は飯島平左衛門様の妾で、それとおめえがくっついて殿様を殺し、大小や有金を引っ|攫《さら》い高飛びをしたのだから、いわばお前も盗みもの、それにお国もおれなんぞに惚れたはれたというのじゃなく、おめえが可愛いばっかりで、病気の薬代にでもするつもりでこっちに持ちかけたのを幸いに、おれもそうとは知りながら、ツイ男の意地きたな、手を出したのはこっちの|過《あやま》りだから、何も云わずに千疋を出し、べつだん|餞別《はなむけ》にしようと思い、これこの通り二十五両をやろうと思っているところ、一本よこせと云われちゃア、どうせ細った首だから、素っ首が飛んでも一文もやれねえ、それにお前よく聞きねえ。江戸近かのこんな所にまごまごしていると危ねえぜ。孝助とかが主人の仇だといっておめえを狙っているから、おめえの首が先へ飛ぶよ。冗談じゃアねえ。」
 と云われて、源次郎はとむねを突いて大いに驚き、
「さような御苦労人とも知らず、ただの堅気の且那と心得、おどして金をとろうとしたはまことに恐縮の至り、しからばあいすみませんが、これを拝借願います、」
「早く行きなせえ。けんのんだよ。」
「さようならお暇申します。」
「後をしめて行ってくんな。」
 志丈は戸棚より|潜《もぐ》り出し、
「うまかったなア。感服だ。じつに感服。君の二、三の水|出《だ》し、やらずの|最中《もなか》とは感服。ア丶どうもそこが悪党、アア悪党。」
 これより伴蔵は志丈と二人連れ立って江戸へ参り、根津の清水の花壇より海音如来の像を掘り出すところから、悪事露顕の|一埓《いちらつ》はこの次までお預りにいたしましょう。

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