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三遊亭円朝 怪談乳房榎 一


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 さて、今回より引き続きまして御機嫌を伺います怪談|乳房榎《ちぶさえのき》と申しますお話は、『江戸名所図会』にも出ておりますが、|高田砂利場村《たかだじやりばむら》の、|大鏡山南蔵院《だいきようざんなんぞういん》という真言宗のお寺の天井へ、|雌竜雄竜《めりゆうおりゆう》を墨絵で描きました|菱川重信《ひしかわしげのぶ》という人のお話で、この重信は雄竜だけをかの天井へ描きまして、非業な最期を遂げてついに望みを果たしませんから、死にましてから幽霊が、描きかけました雌竜をまた描いたと申すことで、すえには|赤塚村《あかつかむら》の乳房榎の前で、五つになります重信の|遺子真与太郎《わすれがたみまよたろう》が、父の|敵《かたき》を討ちますという凄いお話でございますが、何家業でも、人に名人だ上手だと云われますほどな人はそのいたしますことにも魂、精神が入ると申すことで、とりわけまして絵師などは、描いた物に魂が入ったということは、まま聞きますところで、|古法眼元信《こほうげんもとのぶ》の描きました馬は、夜な夜な脱け出しまして萩を喰べたの、誰が精神を籠めて描いた竜は、水を飲みに出かけたなどと、古来から云い伝えますが、そのうちでも円山派という一派を広めました|円山応挙《まるやまおうきょ》などという人は、名人でございますが、この応挙先生が、ふだん飲みにおいでなさる京都のある所に料理屋がございましたが、この|家《うち》は老人夫婦に娘が一人あるという、ごく真面目に、うまい物ばかりを喰わせる、随分|流行《はやり》見世でござりましたが、ものには盛衰があるもので、近ごろはさっぱりと客がない。応挙先生は|大人《だいじん》でございますから、はやりはやらないなどには頓着なさいませんで、
「今日は、何かうまい物があるかの、一杯つけてくれろ。」
 なんかとおいでになります。|寂《さび》れましたもんですから、家の普請や|繕《つくろ》いもろくろくにいたしませんから、|根太《ねだ》が腐って、家へ|総体曲《そうたいまが》りが出て、襖や障子の|開閉《あけたで》が思うようでない。畳はというと、|一昨年《おととし》の七月裏返したっきりで、まっ黒になって、ところどころへ未練に|薬袋紙《やくたいし》なんぞを、桜の花の形に切って張りつけて、破れをごまかしてある。先生は娘に酌をさせて、御酒を召し上っておいでで、下から上って参りました|主《あるじ》は手をつきまして、
「先生様、毎度御|贔屓《ひいき》においで下さいましてありがとうございます、こんなむさい所へ。」
「いよ……誰かと思えばうちの御亭主か、今の造り身はいつも手際じゃ、ひとつ呑まんか。」
 などとものに頓着なさらぬ応挙先生、|主《あるじ》の老人は盃を受けまして、見世のさびれましたことを話しまして、
「どうか先生様、元のように繁昌いたしまする御工夫はございませぬか。」
 と水っ鼻と涙をまぜまして申しますと、
「それは気の毒じゃ……が案じぬがよいそ、おれが今度来る時に、元のとおり見世が繁昌するように、何か|認《したた》めて持って来てつかわすそ。」
「それはまアありがとうございます。」
「今度参るときにきっともって来るぞ。」
 とその日はお帰りになったが、四、五日おきまして、先生は風呂敷へ包んだ物を御持参でおいでになった。
「さア約束じゃから認めて持って来た、さだめし表装いたすのも迷惑であろうと思うて、床へ懸けるばかりにして持って来たそよ。」
 とすぐにその掛け物を床へ懸けさせまして、その日も相変らず御酒を飲んでお帰りになった。後で|主人《あるじ》夫婦は喜びまして、どんなものを描いて下すったかと、くだんの軸の画を見ますと、幅の広い絹地へ、|二十歳《はたち》か十九ばかりな美人が病みあげくと見えましで、髪が乱れてこう……顔へかかって立て膝をして、右の手で脱けた髪の毛を掴みまして、左の手でこう……その毛を黒わず絞っておりますと、その手へ血が滴っておりまして、傍にぼんやりした薄っ暗い|角《かく》行燈《あんどう》があるという、この傍に坐っておるのが美しいからいかにも凄い、とんと四谷怪談のお岩が|髪梳場《かみすきば》の形で、よくはできておりますが、潰れかかって今日は見世をしまおうか、明日は戸を締めようかと思っておりますところへ、忌わしい画でございますから、|主人《あるじ》の爺さんは、ええ縁起が悪い、こんな物を、と眼を剥き出して、いや怒るまいことかたいそう怒りました。

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