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三遊亭円朝 怪談乳房榎 八

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amizako

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 浪江はわざと落ち着きまして、
「これ静かになさい、なるほど、藪から棒にかようなことを申しては、さだめしお驚きでござろうが、ここのところをよくお聞き分け下さい、じつは最前持病の癪だと申したのはみな作病で、もとより道ならぬ不義とは万々承知の上のこと、かくまで男子が思い詰めたこと、これおきせどの、どうかかなえて、これ、うんとおっしゃってもよいではござらぬか。」
「お黙んなさい、あなたも元は谷出羽守様の御家来、侍の禄を食んだお身の上ではございませんか、ことに夫重信は御昨今でもあなたのためには仮にも師匠。」
「それは知れておる。」
「その妻に恋慕なさるとは、まアあなたは見下げはてたお人だ、そんなお方を弟子にしたのは夫のあやまり、あゝ浪江様は親切なお方と心を許しましたは私の見違え、もうもうあなたの顔を見るのも厭でございます、さアすぐにお帰んなさい、どうぞ帰って下さい、これ花や。」
「また声をおたてなさる、静かになさい。」
「いえ静かにはいたしておられません。」
「静かにできんなら致し方もござらんが、それは師匠の御新造に不義をしてはすまんことも存じておるが、それそこがこの身の因果で、恥を捨てて願うのだから。」
「いえいやでございます、花や。」
「また大きな声をなさるよ。」
「いえ大きな声をいたさずにはおられません。」
「さようならこれほどに事をわけて申しても聞き入れられんか。」
「聞かれますか、あなたよく物を積ってごろうじませ、もう私は。」
 と立とうといたしますから、浪江はその袂をしっかり捉えまして、
「それではなんでもお厭だとおっしゃるか。」
「知れたことでございます。」
 と袂を振り払います。
「そんならよろしゅうござる、叶えんければ手前も存じ寄りがござる。」
 とおどして思いを遂げようと思いますから、持って参った脇差を捻くります。
「あたた脇差を持って私を斬る気でございますか。」
「え、なに、それは知れたこと、いやだと云って恥をかかされては、このままにうっちゃってはおかん、お前を刺し殺しでともどもこの場を去らず切腹いたして相果てる、それでもうんとおっしゃらぬか。」
 とわざと鯉口をくつろげて膝を進ませて申しますと、こちらも体を突きつけまして、
「さアお斬りなさい、たとえ私の身があなたのお手にかかり殺ざれましても、操は破られません。」
「それではよいか、殺すと命がござらぬぞ、よいか。」
「さアお斬んなさい。」
「よろしゅうござるか、只今まっ二つに。」
「さア早く殺して下さい」
「よろしいか。」
 と刀を抜きかけても、悪びれませんから困った。
「だがな、私あなたを殺すのはどうも惜しいよ、どうも可愛いから殺すのはやめにいたすが、これさ、まアよくお聞きなさい、そんなつまらぬことをいたすよりか、なんと……それよりは一度お叶え下さい、師匠は留守なり、たとえなんしたとて、あなたの口から何もおっしゃるわけはなし、また手前とても師の妻をなんしたなどと、仮にもいう気遣いはござらん……黙っておっては分ちん、え……それともどうありてもお叶え下さらんければよろしい、切腹、切腹をいたし相果てます……から座敷をお貸し下さい、切腹いたす。」
「はい、どうとも勝手になさい、切腹でもなんでもなさいまし、だがここで切られては迷惑しますから.押上の土手へお出でなすってお死になさい。」
「それじゃアあなたは身どもに切られて死んでも、操は破れないとおっしゃるな。」
「あなたそれは知れたことでございます。」
「そういうことならもうよろしい、そう強情をおっしゃるならこういたす。」
 と傍にすやすや寝ております真与太郎の胸のあたりへ手をかけまして、すらりと抜いた刀を差しつけましたからおきせは驚きまして、
「あゝお待ちなさい、あなた、なんで、この子をどうなさるので。」
「どういたすものか、あなたは殺さぬが、この可愛い子を刺し殺して、後で切腹いたす所存でござるが、これも手前相果てた後、頼みを叶えぬばかりに、たった一人の可愛い子を殺さした、と後で思い出すようにこの子を殺すのだ。」
 とぴかぴか光る白刃を胸のところへさしつけますから、
「まアお待ちなさい。」
「しからばお叶え下さるか。」
「まアあなたなに頑是ない子を。」
「可哀そうだと思し召すなら、いうことをお聞き下さるか。」
 なんと大胆にも、浪江は今可愛らしい正月生れの真与太郎へ|刃《やいば》をさしつけて、さア願いを叶えんければこの子を刺し殺して、後にて切腹して相果てる、と云われた時は、さすがのおきせも当惑するばかりでござりました。
 皆さんに御相談でござりますが、可愛い我が子を刺し殺そうとされました心持はどんなでござりましょうか、女というものは男と違いまして、気の優しいもので、こういう時にはいうことを聞きましょうか、それとも聞きませんものでしょうか、いよいよというおきせの返事は明日申し上げましょう。

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