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三遊亭円朝 怪談乳房榎 十三


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十三

 傍で浪江が酒を勧めますから、正介はだんだん酔いが廻って、少し|呂律《ろれつ》があやしくたり、変に調子を張ってまいりまして、
「まア浪江様安心なせえ、あし今のことなら引き受けるよ、だがわしも練馬の赤塚の生れだが、親類身寄りは皆な死に絶えてしまって、今じゃア木から落ちた犬、なに犬じゃアなかった猿だが、その仏様の今年の秋は年回にちょうど当たるだから、どうか旦那寺へ付け届けえして法事をしようと思ったところだ、ありがたえ、お前様がくれたこの金で法事して村の人をよんで御馳走をしてもまだ余るから、残りでまた|単物《ひとえもの》ぐらいは着られますよ、ありがたえ、わしまだうちの先生様が秋元様の御藩中で二百四十石とって|真与島伊惣次《まよじまいそうじ》といったときから奉公して今年でちょうど九年勤めるだ、先生は風流が好きでお屋敷を出てから柳島へ引っ込み、画え書いてござるが、あれでもまだお年は三十七だよ、あのんええ人はねえまことに優しげな先生で、われは身寄りも|何《なん》にもねえが、縁あっておれがようなもんでも主入家来になったのは深え縁だ、おれがところに長く九年もおったから生涯うちへ飼い殺しにしてやるって、てめえが煩ったらおれが看病して死水は取ってやると、なんと浪江様、ありがてえではねえか、それに眼のよるところへは玉で、あの御新造様がええお人だ、年は先生から見るとよっぽどお若えが気いつくの何のって、あんたも弟子になったが、毎度先生が、浪江さんぐらい気のつく弟子はねえ、あれは弟子に取り当てたって、あんたを褒めています、だが浪江様、本当に伯父甥となれば、あんたに悪いことがあれば、わし叱言をいうだが、その時腹ア立てっこなしだよ。」
「それは大丈夫じゃ、なんで腹を立つものかよ、それではいよいよ頼みを聞いてくれるか。」
 と浪江は、前にありました|猪口《ちよく》を盃洗でゆすぎまして、
「さアこれが改めて伯父甥の。固めだ。」
 と正介へ差しますから、
「ありがたえだ、頂くべい、おっと、またこぼれるようについではいけねえ。」
 と正介は快く飲み干しますから、浪江は得たりと思いまして、
「イヤさっそくの承知でかたじけない、こう親類になれば、何もかも互いにものを隠しだてをいたしてはいけんから、正介どんわしは腹蔵なく何もかも云うよ。」
「ああそれがいい、云わっしゃい、何でも云わっしゃい、おれ聞くよ。」
「だがこんなことを申すのは|面目《めんぼく》ないの……」
「なに面目ねえって何がさ。」
「いや何でもないが……面目ない、じつはな、先生のお留守のうちにな、面目ないが柳島のお宅の御新造に手前くっついたで。」
「え、うちの御新造にくっついたって、何がくっついただ。」
「分らんやつじゃ、じつは面目ないが、先生の目を忍んで御新造おきせ殿に密通いたしたよ。」
「エ、密通とはどうしただ。」
「これは分らんやつじゃ……|間男《まおとこ》をいたしたのじゃ。」
「ええうちの御新造とあんたと間男をしたとえ、浪江様笑わしちゃアいけねえ、嘘をあんた云ってはいけねえ、あの御新造があんたにくっつくなんてそんなことはしねえ、そりゃアわしが九年も勤めたから、御新造の気質もよく知っていらア、おめえ様のような|南瓜《かぼちや》に、なにあの、おめえ様のような色の黒い人は嫌いだよ、そんなことを云っておれにたまげさせようって、それはおれ知っているから駄目だよ。」
「いやそれは手前がいうとおり、御新造が手前に惚れたのではない。」
「そうだろうよ、おめえ様のような青っ髭は嫌いだ、なにこっちのこった。」
「いや先方ではなかなか承知する気色はなかったが、手前どういう悪縁かぞっこん惚れたゆえ、命にかけて迫ってついに口説き落したのじゃ。」
「え、それじゃア、おめえ様本当にくっついたか……たまげたな、まアえれえことをした。」
 と正介も驚きました。根が正直な正介でございますから、膝を進めまして、
「まア浪江様、おめえ様えれえことをやっつけたな、間男をするなんて、わしたまげたよ、だがしてしまったら、もう取り返しができねえだ、ここが伯父甥の仲だからいうが、悪いことは云わねえ、けっして後ねだりなどしねえで、たった一度でよせよ。」
「それは手前が云わないでも、悪いこととは存じておるが、命にかけてもと思ったおきせどの、たった一度では心がすまぬゆえ、また参っては口説き、泊っては迫ったので、一度が二度三度と相成り、だんだん枕を交すほど深く相成るのがこの道で、この節では御新造もこんなものでも可愛いと申されて……ついては南蔵院の天井の画を書いてしまえば帰宅さるる先生、その先生が帰っては、互いに楽しむこともできないと、おきせどのも心配しておるのだが、正介頼みというはここだ。」
「どこだな。」
「いやさ頼みというはほかではないが、先生を今日連れ出して、この浪江が人知れず殺すから、なんとその手引きをしてはくれまいか。」
 と聞きました正介、いや驚くまいことか、酒の|酔《え》いも醒めまして、ブルブル震え出しました。いよいよ正介を無理|往生《おうじよう》に語らいまして、重信を落合の螢狩りに連れ出すという、ちょっと一息つきまして申し上げます。

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