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三遊亭円朝 怪談乳房榎 二十

二十

「そりゃア御承知でしょう、御承知でいらっしゃいましょうが、そんな御苦労あそばさなくってもよいので、竹六けっしてお悪いことはお勧め申しません、三十でもお越しあそばしたらまだしも、お二十四ぐらいで後家をおたてなさるのは無駄だ、無駄と申してはすみませんが、かえってよろしくない、私は一本槍にお後へお入れあそばして、お家のおためというのは浪江様だね、あのお方ぐらい万事にお気のつく御発明なお方はないね、それに坊ちゃまを第一お可愛がんなさるから、これが何よりで、だがお弟子だからどうも。」
「ほんとうに浪江様なら…:それでもまさかあのお人を……」
「へ、なに浪江様をえ、あなた……まさかあのお人……へえなに、少しは思召しが、いえなに、私がお勧め申すくらいですから、まずこう見渡したところでは、あのお方様ならお互いにお心もお知り合いなすっていらっしゃるから、出ず入らずで、それに元が谷出羽守様の御家来で百五十石も取ったお方で。」
 としきりに浪江のことを褒めそやしまして勧めます。如才ない悪党の浪江でございますから、おきせともかねて話ができておることで、互いに相談ずくでは他人の口も面倒ゆえ、竹六から勧めさせて、人が寄ってたかって入夫にさせるようにしかけますのだから、おきせも、ともかくも正介に相談してお返事をしましょう、と十のものなら、八九分まで承知しそうなあんばいですから、竹六は糸織の羽織と十両しめたと思い、喜びましてその日は帰りました。おきせはこの事を正介に相談しますと、かねて落合で自分の主人まで手伝って殺したことのある正介でございますから、それは悪いとは云えない、
「それは至極よい、旦那様もそうなすったら、草葉の蔭でさぞお喜びでござりましょう。」
 と生ま返事をいたしますから、ほかに親類縁者のないことで、たちまちこれに話が纏まりまして重信が四十九日がすみますと、じきに人減らしだというので、永くおった下女のお花を|暇《いとま》をやりまして、竹六が|仲人《なこうど》なり、橋渡しなりで、婚礼などという儀式をしませんで、いわゆるずるずるべったりに、とうとう浪江が乗り込みまして、おきせの後添いになり、撞木橋の家から荷物を柳島へ運びなどいたして、重信が貯えておりました、結構な道具から田地までを、手も濡らさずに我物にいたしたとはなかなかな悪者で、おきせもまた、現在夫を殺した敵とは知らずに、入夫にいたしましたのも、これがいわゆる因果同士で、ただ心持の好くないのは正介でございまして、おきせと浪江が睦しいのを見ますたびに、心のうちで念仏を唱えて、ポロリポロリ涙をこぼしておりますが、最初悪事に荷担をいたしたから、暇をくれと云っても、そんならやろうとは云うまい、といって向うからは世間へ行って喋りでもいたされては身の上ですから、なお暇にはしない、一生飼殺しにされるかと思うと、針の|莚《むしろ》に坐します心地で、面白くなくその年も暮れまして、宝暦の三年となりました。
 何事もない。ちょうど七月の初めから、おきせが酸い物が欲しいと云いまして懐妊の様子だ。九月頃には乳が上ってしまいましたから、まだ二歳の真与太郎が母の乳が出ませんから、むずかりまして夜などもろくろく寝ませんで、ピイピイ泣き続けでござりますから、浪江はうるさくってたまりません。
 ある日のことで、浪江は正介を連れまして、亀井戸の|巴屋《ともえや》という料理茶屋へ参りました。不断ちょくちょく参ります|家《うち》ですから、奥の離れがよいよ、あすごへ御案内を申しな、などと取扱いがよろしい。浪江は誂え物をいたし、|猪口《ちよく》を取り上げまして正介に差し、
「正介まだなかなか残暑が強いの。」
「へえまだ暑うごぜえます。」
「暑い時は酒を飲むとなお暑くなるだろうなどと下戸の人は云うがの、それはそうよ、酒を飲むと腹内へ燃える物が入るのだから、あったかくなる道理で、ずいぶん熱しるが、しかし好い心持に酔っておるうちは、ただ暑さを忘れるのは不思議だ、さア今日は一つ飲むがよい、なにそんなに堅苦しくかしこまっておるには及ばん、よいから膝を崩せ、なに暑い、暑ければ後ろの唐紙を取って、さア|胡坐《あぐへ》をかけ胡坐をかけ、だが正介。」
「へえ。」
「一年経つのは早いものだな、去年の六月六日の夜、それ落合の田島橋で、師匠の重信をきさまが助太刀で、なに大きな声だ、なによい、誰もまいりはせん、首尾よく殺して、只今ではこうして真与島の跡を継いでおるが、手前も知っておるとおり、とうとうわが胤を宿しておきせが摸妊いたした、それにつけて手前に折入って頼みがある。」
「えゝ、あんだ。」


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