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三遊亭円朝 怪談乳房榎 二十二


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二十二

「滝壷へ坊ちゃまをほうりこめって、そりゃア駄目だ。」
「なぜいけぬ。」
「それだって、いくら深え滝壷だって、水だから坊ちゃまを打ち込めば死骸が浮くだア、そうなったひにゃア大事だ、すぐにおれが業だということが知れて、おれお仕置になるだア、おゝ怖え、こりゃア浪江様やめなせえ。」
「いやいやそんな心配はいたさいでよい、何丈という上から落ちる幅の四問もある滝だ、ことに滝壷の下は皆巌だから、あすこへ打ち込めば死骸が底まで行かぬうちに、微塵に砕けて散乱して、どんどん水に流れてしまうのは請合だ、それを首尾よく手前がやっでくれれば金を二十両つかわす、まだそのほかに手前が得分になるのが、真与太郎の衣類また月々幾らずつか渡さねばならぬ|里扶持《さとぶち》、これも先へ遣るところがないゆえ、手前が途中で、懐ろへ入れて知らん顔でおれば、それはおれが承知だからよい、うまく彼を殺して、すまして宅へ帰って口を拭いておればよいのだよ、うまくやってくれ。」
「へえ。」
「へえではいけん、生ま返事をいたすのは不承知か、不承知ならよろしい、大事を明かさせて、それで厭だと申せば是非に及ばぬ、手前を切り殺して、おれも後で割腹いたして相果てる、覚悟いたせ。」
 とまた刀を引き寄せますから、
「まアお待ちなせえ、えゝ気の短けえお人だ、まだ厭だとわしい言い切りゃアしねえだア。」
「それでは承知してくれるつもりか。」
「仕方がねえなア……やりますよ、やっつけべえ。」
「承知してくれれば|重畳《ちようじよう》だ、さアそれでよいから一杯やって飯を喰え。」
 などと申しますが、正介は清けないことだと思いますからどうして酒どころではない、ここの勘定も程よくすませまして、浪江は正介と連れ立ちまして宅へ帰りました。
「今帰ったよ。」
 おきせは真与太郎が乳が足りないので泣いていけませんから、寝かしつけております。
「え、また泣くのか、いかねえの、そうピイピイ泣かしてはのぼせるよ……あれ静かにさせないかな、極りだよ、なに乳がないから、それだから里にやるがよい、なア正介、手前が頼まれた口とかはあれは至極よいな。」
「まアお帰りあそばしませ、ようよう寝ました、もう本当におやかましゅういらっしゃいましょう、これと申すも私が乳が上りましたので、もう少ないものですからむずかりまして。」
「どうも子供は乳が無いといかんもので、これまでちっとも泣かなかったものがにわかにピイピイ、それだから里にやるのが一番だよ、のう正介。」
「へえ。」
「へえではない、手前がとうから頼まれておるところなどは好いではないか。」
「えゝようごぜえます。」
「田舎はどこだな。」
「へえ、ここだよ。」
「何を申す、これたしか鳩ケ谷とか申したな、おきせよく聞いて見るがよい、正介が頼まれたところというのは、鳩ケ谷という田舎でここから三里、なに三里半もある、ううむ大尽だそうだ。」
「はア馬の二百石もある、田地の二十疋もある。」
「なんじゃ田地が二百石、馬が二十疋、それはなかなかの|分限《ぶげん》だな、その嫁というのは手前が妹の姪で、え、それはちょうどよいな。」
「坊ちゃまを田舎へやってご覧じろ、そりゃアくりくりと肥って乳が漏るほど沢山あるからええよ。」
「名は、えゝ喜左衛門とか云ったな、おきせ、正介が口入れだから案じることはない、真与太郎が手前の乳を探って出ぬから、怪訝な顔をして泣き出すのは、じつに見ておってもいじらしいよ、あれがためだから早いがよい、今日正介に頼んで連れて行って貰うがいい。」
 と少しは話のございましたことですが、こう急なこととも思いませんから、呆気にとられましたが、根が素直のおきせゆえ、
「それでは正介お前が先を請け合うのかえ。」
「へえわしい請け合うよ、先は田地の二百石もあって馬が二十疋もあるたいそうな分限だよ。」
「お前の親類だとお云いだから、坊をやっても安心だ。」
 と浪江が傍でせき立てますから、これも義理ずくとせっかく泣きやんで寝ております真与太郎を起こしまして、着物などを着せ替えまして、箪笥から出しました着物、これは不断着、これはよそ行きと重ねて風呂敷へ包み|綴褓《おしめ》までを一つにいたしたが、傍で見ております正介は、心のうちで情けないことだと涙を呑み込んおります。おきせは真与太郎を抱き上げまして、まずしばらく逢えぬから、これが当分乳の呑ませ納めだと、出ないわが乳をふくませます。おきせはこれがまったくわか子の顔の見納めと後に思い当たりましょうが、神ならぬ身だから存じませんで、
「正介や、お前に頼んでおくがね、この子は虫を起こして時々引きつけることがあるから、その時には救命丸を一粒か二粒呑ますとじきに開きがつくからと、先のお|母《つか》さんへそう申しておくれ。」
「えゝようごぜえます、案じねえがええよ。」
「なにけっして案じはしない、ただあんまり早急だから、なんだか手のうちの物をとられるようで。」
「もっともだよ、手のうちの物を奪られるのだからね。」
「あの途中で泣いたら頼むよ。」
「ようごぜえます、この頃はわしに馴染んでござるから、もし泣いたら|爺《じい》が|落雁《らくがん》を|噛《か》んで上げやす、それでじきに泣きやむだア。」

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