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三遊亭円朝 怪談乳房榎 二十三


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二十三

「さア坊ちゃま爺が懐ろへ、え、なに、穢ねえって、なにまだ寒くねえから抱いて行くだよ、御新造案じねえがええ。」
 とは申しますが、これが|母子《おやこ》の別れかと思いますと、胸がいっぱいになります。
「これ正介、早く行ってくれ、なんぼ日が長くっても三里余もあるところだ、え、なんだか手放すのが可哀そう、ばかなことを、死に別れでもしやアしまいし、また泣くのか不吉だよ。」
「そんなにがみがみおっしゃったって、これが泣かずに。」
「えゝ手前までがそんなことを申すからいかん、困ったな女というものは、愚痴が先へたつから。」
「いえこの子が乳の多いところへ参りますのでございますから、けっして泣きますのなんのと申すことはございませんが、不断虫持ちでございますから。」
「いえ、それは案じないがよいよ、先方は田舎でこそあれ分限だ、医者様などは二、三人は屋敷うちへ抱えてある、手前方なんどはなかなか適いはせん、あんばいが悪ければすぐに手当てが届くそうだ、なア正介。」
「へえその通りでごぜえましょう。」
「案じることはないの。」
「へえ。」
 といくら歎いても無駄なことと思いますから、目の中へいっぱい涙を溜めまして、衣類の包んである包みを背負いまして、
「それでは行って参ります。」
「それでは頼むよ、道を気をつけて。」
「お前御|飯《ぜん》を喰べておいでならよい。」
「いや飯なんどは咽喉へ通らねえ。」
「なに咽喉へ通らない。」
「なにまだ喰いたくねえから出かけますべえ。」
「どうぞね、坊を。」
「そんなにしつこく云わんでもよい、正介承知しておる。」
 と別れを惜しみますのを、
「頼むよ正介。」
 と隔ての襖を立てきり、
「こっちへ来なよ、情がこわいの、どうも死に別れでもするようで、人が笑うからたいがいにしな。」
 と鬼のような浪江、おきせはワッと泣き伏しました。
 正介は真与太郎を抱きまして、柳島の土手を日蔭をよりましてぶらぶら、あれから吾妻橋《あづまばし》を渡りまして、雷門《かみなりもん》の前から田原町|門跡前《もんぜきまえ》、下谷通《したやどお》りへ出まして、上野山下《うえのやました》を突っきり、湯島切通しを上って本郷へ出て、菊坂を下りまして、小石川とだんだん参りますが、秋の末でもなかなか日がまだ永いから、道で休み休み|市谷通《いちがやどお》りから四谷へかかりました頃はもう日が暮れました。その頃は新宿がまだ繁昌な時分で、両側は|万燈《まんどう》のように明るく、ちりからかっぽで芸者を揚げて騒いでおりますが、こんなことは耳に入らぬ正介は真与太郎を抱きましてあちらこちらと道草を喰いまして、角筈村《つのはずむら》の十二|社《そう》へ来ました頃はようよう四つでございます。
 御案内の通り新宿の|追分《おいわけ》から左へ切れて右へ右へと参りますので、ここらは新宿の賑やかに引きかえまして、角筈はもう家も疎らで畑が多うございます。十二|社《そう》の入口は大樹の杉が何本となくありまして、遠くから滝の音が聞えます。この角筈村の十二社権現の滝と申しますのは、『江戸名所図会《えどめいしよずえ》』にも出ておりますから、委しく申し上げませんでもよろしゅうござりますが、これは|紀州藤代《きしゆうふじしろ》に鈴木九郎と申した人がござりましたが、このお人が浪人をいたして関東へ下り、只今の中野に住居いたしましたが、あの熊野権現はわが|産神《うぶすなかみ》でござりますから信仰いたしまして、宅の辺りへ祠《ほこら》をしつらえまして|勧請《かんじよう》したので、とれは応永の頃のことで・熊野十二社権現を祀りましたゆえ、後に十二社を十二|社《そう》十二社と誤って申しましたのが、ただいまでは本当の名のようになりまして、誰でも十二|社《そう》の滝へ行こうなどとおっしゃいます。十二|社《しや》の滝へ行こうとおっしゃると、やアおかしい、十二|社《そう》のことをこいつア十二|社《しゃ》だって云やアがる、なんかとよく争いがございますが、こんな|訛《なま》り|方言《ほうげん》が後々へ伝えまして、本名のようになりました|例《ため》しはままございますそうで、滝壷は只今では崩れまして二段に落ちておりますが、その以前は三丈も高いところから落ちましたそうで、先年|東京府《とうけいふ》からお役人が御出張になりまして測量なさいましたそうですが、只今では滝の幅も狭く高さもいたって低くなりましたとやらで、上水の流れでございますから、人が懸かるの浴びるのというわけには相成りませんとやらに聞きました。もっともこのほかに滝が二筋もありまして、ここへは誰でも懸かられますから、夏の頃はずいぶん|群集《ぐんじゆ》いたしますそうで、頃しも宝暦の三年九月二十日の事で、二十日の月は木の間へ冴え渡りまして、滝の音は|木霊《こだま》に響き、|梟《ふくろう》の啼きます声はギャアギャアギャアとなんとなく物凄い。正介は真与太郎を抱きまして、大滝のこなたへ参りましたが、下を見ますと、なるほど浪江の申したとおり、ドウドウと落ちます滝の音、岩に砕けてパッと散りますのは白く見えて、木の間を洩れし月に映じましてきらきらと、さながら|硝子《びいどろ》を石か何かへぶっつけますようで、正介はしばし真与太郎を抱きまして、ただぼんやりと滝壷を眺めておりました。

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