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三遊亭円朝 怪談乳房榎 二十八


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二十八

 はからずも正介は小石川原町の万屋新兵衛に逢いましたから、
「去年じゅうはいろいろ主人重信が御厄介になりありがとうござりました。」
 と礼を述べますと、新兵衛も
「まことにあの節は毎日失礼ばかり云いましたが、さて先生もとんだ御災難でああいう訳になり、その後うけたまわればお弟子の浪江さまとやら、あの先生が落合でああいうことのあった昼おいでなすった方で、色の浅黒い苦味ばしった、あのお方が後へおなおりなすったって、御新造がお美しいから浪江さまはお幸せだ……そうしてお前どこへおいでで。」
「へえわしい今云った通り、十二|社《そう》へ滝を浴びに。」
「滝を浴びには少し変だが、私も滝に縁のある高尾山へ参詣に、これか、なにわしのうちのやつで、ゆうべお前のお連れのお子へ乳を上げた、お秀といいます、どうぞお心安くへい、なに私も|昨夜《ゆうべ》無理をすれば帰られますか、やっぱり子供があるのでここへ遅く泊ったので。」
「はアお|内儀《かみ》さんでございますか、いやお前さまのお蔭で坊ちゃまが泣き止んだだ。」
「なにかえ、それではそのお子は。」
「へいこのお子は、御主人のお子で。」
「重信先生の、なるほどどこか争われないもので似ておいでなさるよ……このお子さんとたった二人はおかしいね、御新造や何かはお先かえ。」
「いいやたった二人で。」
 とあらわには云えぬことでございますからもじもじいたし、
「新兵衛様、こうして坊さまをお連れ申してお家を出たのは、いろいろこみいった訳のあることで、いずれ後で分りますが、今は云われねえ大事な一件で、お前様ここでわしに逢ったことは人に云わねえようにして下さい。」
 と真実|面《おもて》に現われまして頼む様子に、新兵衛も承知しまして、
「それでは何か訳のあることゆえ、お前に逢ったことは他人に云ってくれるな、好いよお案じでない、けっして他言をせぬから。」
「あんたが他言して下さると一件が出るよ。」
「なに一件とは。」
「怖え顔をして。」
「なんだか変だね……」
 と新兵衛は変な正介が素振りでございますから、これには何か訳のあることと思いまして、
「けっして人に出逢ったことは云わぬから安心しなさい、お秀お別れにもう一杯このお子へ上げて、それでお別れをしよう。」
「さアこっちへおいでなさい。」
 と真与太郎にお秀は乳を呑ましてくれます。そのうちに新兵衛も正介も勘定をすませまして、それではくれぐれもわしに逢ったことはいわねえで。と互いにここで別れましたのはその|翌朝《よくあさ》のことで、これから正介は真与太郎をおぶいまして、わが生れ故郷だからと、練馬在の赤塚というところへ参りましたが、ここには一人の姪がござりまして、亭主はやはり百姓で|文吉《ぶんきち》と申してごく堅い人でございますから、まずここを頼りわが身の上を話しまして、ともかくも主人の|遺子《わすれがたみ》を養育しなければならん、とこの赤塚に落着きましたが、相変らず乳に困りますから、姪が抱きましては隣村辺りを貰って歩きますことで、正介はもしや浪江がおれを探してはいぬかと思いますから、一月二月ばかりは外へとては少しも出ませんでうちにばかり引っこんでおります。
 悪才にたけております磯貝浪江でございますから、さては正介めは真与太郎をつれて駈落ちをいたしたな、なんでもあいつは真与太郎に成人させて、おれを|敵《かたき》だと云って討たせるつもりであろうと、すぐにも気がつきそうなものでござりますが、それは世に亡き重信が導きますところか天命とでも申しましょうか、浪江は正介がまったく二十両金をつかわしたところから、後難を恐れこの上またも難題を云われては困ると、あいつ滝壷へ真与太郎をぶち込んだままどこへか逃げてしまったのだろう、師匠を殺す時にも手伝わした正介、あんな馬鹿正直なやつだからよいけれど、あれでもおれが悪事を知っておるかと思うと、どうも寝覚めが悪かったが、先から身を引いたのは願ってもないことだ、あいつが訴人でもすれば罪は逃れぬ同罪だから訴える気遣いはない、なにしろ正介が、急にうちにいなくなったのはもっけの幸いだと、浪江はかえって喜びまして、おきせには正介が善くないやつだと、いろいろな作り事をいいまして、なにもかも罪をおわせ、これで枕が高く寝られると、いなくなりましたのを苦にいたさないのが、後で考えますとまったく浪江が大悪無道を天の許さぬところでござりましょうか、これから貧苦のうちに真与太郎を育てまして、ついに親の敵を討たせますという、赤塚村|乳房榎《ちぶさえのき》の由来のお話になりますが、ちょっと一息つきまして。

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