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三遊亭円朝 怪談乳房榎 三十四


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三十四

 さて、毎度連中が怪談々々と申しますお話をよく申し上げますが、昔と違いまして、只今は小学校へお通いなさいますお六つかお七つぐらいのお子様方でさえ、怪談だの幽霊だのということはない、|落語家《はなしか》は嘘ばっかりつくとおっしゃるそうでございますが、けっして幽霊がないという限ったわけもないとやら、これらはすべて理外の理とか申して学問上の議論で押しつけるばかりにもゆかぬ。これはよけいなことで、さっそく本文にかかりまするが、おきせはかの竹六が赤塚から貰って参りました乳を痛み所へつけましたので、|鰯《いわし》の頭も信心柄とやらで、あゝありがたいと思ったから神経が納まったと見えまして、すやすやと眠りますので、浪江をはじめ夜伽をいたします者も喜びまして、皆枕に着きましたが、夜明け方からまた痛み出して来たと見えまして、おきせはうんうんと申して傍らに寝ておりました浪江を揺り起こしまして、
「あなた、ちょっとお起きあそばして下さい、もしあなた、お眼を覚まして下さい、まことに痛んでなりませんからよ……あなた。」
 と云います声も息苦しく揺り起こしますから、
「あいよ今起きるよ、うるさい、おれだといって少しは眠らなければ体がつづかないよ。」
「それでもたいそう痛んでまいりますから、心細くってなりません、どうぞ眼を覚まして下さいまし。」
「そう揺ぶってはいけんよ、今起きるよと云ったら、静かにせんか。」
 と仕方がないから床の上へ起き返りました。
「また痛んで参ったのか。」
「はいまことに宵の口は、あの乳をつけたせいでしたか痛みが薄らぎまして、労れておりますからうとうとといたしましたが、もう|怖《こわ》い恐ろしい夢を見ましてからまたたいそう痛んで、あなたどうぞその手拭を取って下さいまし」
「手拭……おゝこれか、これは少し濡れておるよ。」
「いえ、それは私の汗で、これ御覧じませ、こんなにびっしょり汗をかきまして……。」
「おゝこれは恐ろしい汗だ、お久を呼んで|単物《ひとえもの》を着替えるがよい、お久お久。」
 と下女を呼びますから、おきせは、
「あなた、お待ちなさい、幸い誰も傍におりませんから、只今見ました夢を。」
「何だえ、今見た夢を、いけんよ、そんな夢なんぞを気にしては、かえって病に障るからけっして気にかけぬがよい。」
「いえいえ気にかけずにはおられません、只今ばかりではございません、毎晩痛みが烈しくなって熱が出て参りますと、枕元へ先の夫重信が。」
「しいッ、これさ静かに云いな。」
 と浪江は辺りへ心を配りますことで、
「重信先生がどういたした。」
「もうそれは恐ろしい顔をして、私を恨めしそうに睨めまして。」
「いけんよ、それはお前が始終|先《せん》の御亭主のことを思って心に忘れぬから夢に見るのだ、もはや只今となり何と申したとて帰らぬ旅へ赴かれた先生とって返しができないから諦めるがよい。」
「いえそれは諦めておりますが、あなた、私がこんなに苦しみますのも、今考えて見ますと、五年前に夫が留守中にあなたが私へ|何《な》んなさいました時、ああいう訳になり、間もなく落合とやらで非業な死を遂げ、まだ百カ日もすみませんうちにあなたと夫婦になりましたのは一生の過り、せめて一周忌でもたちましてからにいたせばよかったと思います、私がこんな業病を煩いますのも、みな夫重信の崇りではございませんかと、夢を見ますにつけてどうもそう思われてなりません。」
「また始まったよ、つまらんことは云いっこなしさ、なにも先生を私と二人ででも邪魔になるから殺して、そうして夫婦になったという訳じゃアなし、ちゃんと竹六に、それは内緒はともかくも表向きちゃんと、真面目で師匠の跡へ直ったのだから、先生が喜ぶとも恨む気遣いなしだ。」
「それでもあなた、只今なんぞは夫重信が血だらけになりまして、」
「え、血……どうも女というものは愚痴で困るよ、それは人手にかかって切られて死んだから、血だらけにもなろうじゃアないか。」
「まアあなたお聞きなさいまし、そうして青い顔をいたして、眼の中が血走って、もうもうなんとも申されない顔をいたして、私の|髻《たぶさ》をとって引き倒しまして、この犬畜生め、よくもおれを落合の堤で殺したな、|汝《おのれ》にも思い入れ苦痛をさせねばならん、といっては|打擲《ちようちやく》をいたしますが、その恐ろしさ、いつでも夢が覚めますと汗をびっしょりかきまして、それにこの|腫物《できもの》の中にこう何かおりますようで、私の思いますには雀でもおってお腹の臓腑を嘴で突っつきますようで、その痛いことはなんとも申されません、あゝ痛い、これはあなた、痛んで参りました、あれあれたいそう雀が来まして。」
「なに雀がどこへ参った。」

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