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三遊亭円朝 怪談乳房榎 三十五


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三十五

「あれ雀がたいそう来ました、あゝ|腫物《できもの》を突っついてどうも痛んで、アレアヽ……」
「これ雀がどこへ参った、なに家の中へ雀がなんで参るものか、馬鹿を云ってはいかんよ、そんな譫語《うわごと》をいうのは熱が強いからのせいで、気を落ち着けて少し我慢をしているがいい。」
「いえいえ熱のせいではございません、ほんとうに雀がチュウチュウ申して|腫物《できもの》を嘴で突っつきます。」
「いやいや何かで突つかれるように思うが、それは今ふっきろうといたすので、それでうずくのだろう、雀などではない、馬鹿を云わずに、夜がもうじきに明けるから、それまで辛抱しな、コレそうセッセッと申したって癒りはいたさん、かえってハッハッと思うとよけいに痛みが増すものだ。」
 と浪江はおきせを後ろから確かり抱いて、看病をいたしておりますが、おきせは
「いえいえこう苦しみますのも、夫重信の百カ日もすまないうちに、あなたと夫婦になった罰でございましょう、とろとろといたすと夫の姿がどうも眼に着いておりまして。」
「いえそれは気のせいだ、たとえ師匠が人手にかかって非業な死をお遂げなすったとて、どうかいたしてその|敵《かたき》を捜し出だして、敵討ちをいたしたいと思う念は、これまで一日も忘れたことはない、おれだってそのくらいに思うものを、なんで先生がお恨みなさる筈がないわ、よいか、それだから夢にだって恨みをおっしゃるのでないそ、それは礼に、なに手前が病気見舞いにな……おいでなすったのじゃ。」
 などとごまかして力をつけますが、ますます痛み烈しいと見えまして、
「あゝいた……どうも苦しくって、あなたどうもこの腫れておるところが|痒《かゆ》くってなりません、ちょっと見て下さい。」
「よいよい見てやろう、どれどれ。」
 と浪江はおきせが痛がっております乳の下を見ますと、三寸ばかりこう座取って、|硝子《びいどろ》のように腫れ上っておりますから、
「あゝこれは痛そうだ、だがこれは痒い痒いとさっきから申すから、中がまるで腐っておるのだ、これはいっそ|膿《うみ》を出したら痛みが去るかも知れん。」
「私もそう存じます。」
「だが医者の参るまでもう少しの辛抱じゃから待つがよい、めったなことを|素人了簡《しろうとりようけん》でいたして、もしものことがあっては後で取り返しがつかんから。」
「いえお医者様のおいでまで待たれません、どうぞあなた|小刀《こがたな》かなんかで突っついて下さいまし。」
「どうも困るな、そんな荒療治はできん、我儘をいっては困るよ」
「いえこのとおりぶくぶくいっておりますのですから、切ればすぐに膿が出て痛みが去りましょう、あなた早く早く。」
 とせきたてます。
「よい、それではおれが切ってやろう、だが少しは痛かろう、我慢をいたせ。」
 と枕元にあります脇差をとりまして、|小柄《こづか》を抜き、左の手でおきせをしっかり押えまして、小柄の先をもってかの|腫物《できもの》を突こうといたしましたが、どういう手先の狂いであったか、左の乳へかけまして五、六寸も深く切り込みました。おきせは「あっ」といって反り返りましたが、不思議や、その疵口から血交りの膿が迸り、それと一緒に白緑色の異形な鳥が顕われましたから、浪江は現在女房の乳の下深く手が狂って突込んだのでびっくり致したところへ、またもや疵口から鳥が飛び出したので、はっと思い呆気にとられて、しばしの間呆然といたして見ておりますうちに、小さい鳥と思いましたのが、見る間にたちまち|鳶《とんび》ぐらいな鳥になりまして、浪江の頭上を目がけ嘴を尖らして突っつく有様に、浪江は「畜生畜生畜生」とありあわせました|棕櫚箒《しゆろほうき》をとって追い散らしましたが、くだんの鳥は風のごとくふわりふわりと手ごたえがいたしませんから、浪江は箒をもって縦横へ振り廻し、鳥を追い廻しますが、形は目に見えても手応えがないから、ただ畜生畜生と申して箒を振り廻しますばかりで、これをよそ目で見ましたら箒を持って独りで踊っておりますようで、さぞおかしいことでございましょう。浪江はあまり箒を振り廻しましたので、がっかりいたし、労れてそこへどっと倒れまして、
「誰かいないか、誰かいないか水を一杯くれ、あゝ苦しい誰か誰か。」
 と呶鳴りますので、勝手に寝ておりました看病人はじめ下女も眼を覚ましまして、そこへ駈けつけて見ますと、こはいかに、おきせは乳の下より膿が出て、うんと反り返りましで、虚空を掴んで歯をくいしばり、舌を噛んだと見えまして口から血を流して死んでおります。浪江は箒を持ったまま労れきって倒れておるというので、駈けつけました看病人と下女は驚いたの驚かないのといって、且那様に御新造がた……倒れてどうしたら好かろう、と、うろうろいたしておるという、ついにおきせは重信の祟りで落命いたしましたが、これより浪江がふらふらと逆上をいたして赤塚へ参り、おのれと死地に入るという、五歳の真字太郎が親の敵を討ちます一段は、今一回でいよいよ読切りと相成ります。

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