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橘外男「マトモッソ渓谷」


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橘外男



最近容易ならざる一つの報道が南米各地を中心として、驚くべき加速度をもって全世界文明諸国の学者間に瀰漫《びまん》しつつある。
すなわち今より四月以前の一九三八年の八月以来|智利《チリー》の首府サンチアゴ、亜爾然丁《アルゼンチン》の首府ブエノスアイレス、伯剌西爾《ブラジル》の首府リオ・デ・ジャネイロ各都市の生物学者人類学者連を湧立たせいたるところで寄ると触ると各知識階級話題の中心となっている驚くべき一つの情報は、信頼し得べき亜爾然丁の青年二名の目撃により、既存人類以外の半獣半人とも目すべき未だかつて世界学界に記録せられたることもなき奇怪兇暴なる生物の一群が、現在パラグアイ共和国とボリビア共和国の国境係争地点となハ.ているグランチャコ地方の一部、人跡未踏のコロルタン丘陵灌木地帯において発見せられし事を報道! 異常なる評判《センセーシヨン》を捲き起こしつつある。しかもこの報道は海を越えてすでに米国新聞界を賑わせて軍拡建艦熱や州知事選挙に沸騰していた全米の人士を驚倒せしめ、さらに飛んで英京|倫敦《ロンドン》に打電せられて物に動ぜぬ英国人士《ジヨンブル》の魂を震駭《しんがい》せしめた。はたしてそういう奇怪な人が現実に棲息しているものかどうかという議論なぞはおいて、私は近着南米各地の新聞《ニユース》を基として、ここにしばらく読者諸君とともに、この驚くべき世紀の報道の検討をさせていただこうと考える。ただ恨むらくは報道が未だ全貌を語らるるの域に至らず、わずかに生存せる二名の青年の目撃談に止まることであるが。

 まず第一にこの奇怪なる獣人の発見せられたという地域の概念を諸君とともに知っておく必要がある。グランチャコといったならば読者諸君も御承知のとおり一九三二年以来パラグアイ共和国とボリビア共和国との間の激烈なる係争国境となって、彼我おのおの一二十万の敵味方が入り乱れ文化の光のまったく閉している酷熱の沙漠と沼沢灌木帯と草原の交錯するところ、両国国力の限りをつくして鎬《しのぎ》を削ったことによって世界にその名を轟《とどろ》かせた紛糾地帯であったが、一口に国境地帯といってもこれは満州国と蘇聯《それん》国境のごとき一衣帯水的な概念をもってはとうてい律し得ぬところ、チャコはその広袤《こうぼう》正に二六万平方キロメートル、わが国の本州全土に四国四県の全面積を加えたものよりもさらに大いなるものがある。しかもこの尨大《ぼうだい》なる地域に住む者は、わずかにグラアニー族|印甸人《インディアン》とキチュア族印甸人あわせて五万内外の原住民族がきわめて蒙昧する原始生活を送っているにすぎず、人口密度よりすればまるで真空にも均《ひと》しき稀薄さであった。しかもその五万の原住民族もほとんどその大半は、パラグアイ大河とその支流ピルコマーヨ河流域に狩猟を営んでいるにすぎぬというにいたっては、奥地沙漠草原地帯がいかに寂々寥々《せきせきりようりよう》として太古ながらの人跡未踏のままに、無限の拡がりと大いさをもって横たわっているかが想像できよう。両国三十万の大軍が鎬を削ったといっても、それはわずかにピルコマーヨ河に沿うボリビアとの国境道路ウスラ街道に沿う原野の一部に砲声と硝煙が立ち罩《こ》めしのみ。残余わが国全面土を一呑みするごとき大沼沢大灌木地帯にいたって、千古神秘の帷《とばり》深く白雲は悠々と去来して、草に明けて草に没する道なき曠野の上に影を這《は》わせ、禿鷹《コンドル》はアンデスの連峰より蒼穹《そうきゆう》を掠《かす》め来って弧を描く。蔦葛《つたかずら》生い茂り荊棘《けいきよく》行く手を閉す怪沼には、瘴気《しようき》陰々と立ち罩めて、時に獲物を水中に絡んで骨を折る水蛇の音が森の静寂を破るのみ。しかも処々の岩山には砂金採取業者のなれの果てと覚しき人馬の白骨や、獰猛《どうもう》なる亜米利加豹《ジヤツカル》や山猫《ビユーマ》、響尾蛇《がらがらへび》等に襲われし野猪《やちよ》、野牛等の白骨の雨露に叩かれて淋しく立ち枯れしを見る。したがってこの茫々莫々たる無人の地帯、命知らずの砂金採取業者の外には訪う人のあるべきはずもなく、まして地名のあるべきはずもなければ、いわんや地図においてをや。



しかも南緯十八度四分より六分にわたり西経六十度一分より三分ぐらいにわたる通称コロルタン丘陵灌木地域においては、草原にこもる大地の呼吸《いぶき》は湿熱正に百九十度と想像せられ、もはやとうてい人類に堪え得られる暑熱ではないのであった。もうこのくらいの暑熱になれば汗腺はとうてい皮膚の外に水分の一滴をすらも流すものではなく、もはや渇きもなければ食欲もなく、ただ呼吸が切迫し眩暈《めまい》を催し、覚ゆるものは皮膚全面にはげしき疼痛《とうつう》感と倦怠《けんたい》感とのみ、したがって人間としては頭脳の働きが鈍って思考力判断力の明晰を欠き、いささかの疲労でもこれに加われば容易に妄想に陥り我と自ら一種の幻覚や錯覚を醸し出すに至るべきは想像にかたくない。これがグランチャコ地方の全貌であり、マトモッソ河の東、酷熱コロルタン地域とは、まさに実にかくのごとき形容に絶する焦熱地獄の丘陵地帯であった。
しかも見よ! 今この焦熱地獄の中を人馬もろとも蹣跚《まんさん》として蹌踉《そうろう》として、灼熱せる頭上の直射に悩みつつ、影を長う曳いて喘《あえ》ぎながら馬をやる若人の一隊がある。これがすなわち砂金成金を夢みて不敵なる運命の開拓を求めて、グランチャコの大自然に挑戦し、しかも不覚にも今この人獣ともに恐るるコロルタンの丘陵草原地帯へ踏み入って来た亜繭然丁青年鉱山技師の一行であった。
最も先頭なるをアグエロ・トルバート枝師という、二九歳。次なるをデーラ・ペーナ技師という、二七歳。最も若きをナペル・ヴィラノヴァ青年と呼ぶ、これは未だブエノスアイレス大学の工科学生の身の上であった。
彼等が今一刻も早くこの灼熱地帯を逃れんとして唯一の目的とするどころは、これより西方約六十三|哩《マイル》西経六十二度三分くらいあたりの地点において必ずや発見し得るであろうピルコマーヨの支流マトモッソ河の流域であった(vもはや前進また前進そこに辿《たど》り着く以外に彼等の救わるる道はない。しかも幾十幾百の丘陵を越え来った彼等の前に、なお幾十幾百かの丘陵は彼等の行手を擁して峙《そばだ》つことであろう。それを越えずば彼等はマトモッソ流域に辿り着くことのできぬ運命にあった。影を長う曳いて人馬と払)に黙々として道なき熱草の中に道を求め、丘陵を上り丘陵を降り馬の手綱をとって行く。天も地も人馬もともにただ荒涼たる喘ぎの世界であった。



行けども行けども同じような小丘陵を越え灌木地域を越え、草も木払ただ燃え立つような草原地帯を横切り、同じような単調な行程を明けても暮れてもすでに十何日も過して来た後の、ある日のことであった。そして暦の上ですでに何日かの日が経って今日が何日に当るかをもしらぬある朝のことであった。相変らず馬払)人もただ降るような白光の中に喘ぎながら旅を続けていた時、ふと前方遠く二、三のケプナチョの疎林を透して、妙に薄黒いしかもどうも今まで眺めてきた丘陵とも趣きを異にした一つの丘陵を見出したのであった。一番最初にそれを発見したのはデーラ・ぺーナ技師であった。ぺーナ、何をそんなに見ているのだ、マトモッソ渓谷でも顔を見せて来たと言うのか、とハンカチを絞りながら後からトルバート技師が馬を近づけて来たのにも気がつかぬげに、ペーナ技師は瞬きもせずに双眼鏡を覗き込んでいるのであった。もちろん三人の馬を進めているマトモッソ渓谷は、よし方角に狂いはなくても、今のこの行程を馬背一日平均八哩ずつとしまだこの単調な旅を六日間ばかり続けた後でなければとうてい顔を現わしそうにもない計算であったから、もちろん今頃マトモッソ河なぞの見えようはずもないことであったが、しかも瞬きもせずに双眼鏡を覗き込んでいるぺーナ技師の表情は異様に緊張して、その髭蓬々《ひげぼうぼう》の面にはマトモッソ渓谷でも見つけ出したのでなければ、とうてい浮び上りそうにも思われぬ限りない喜悦の笑みを輝かせている。「ぺーナ、幻覚なら早く諦めるがいいそ! 幻覚で楽しんだらまた後で失望が思いやられるそしと馬を側へ寄せて来て肩を叩いた.、トルバート技師の声でぺーナ技師は初めて我に返ったように双眼鏡を外した。
「トルバート」とその声は盛り上るような歓喜に顫《ふる》えを帯びていた。「見つかったぞ見つかったぞ! 人家が見つかったぞ。見てくれ見てくれあの丘陵の麓を! 俺の幻覚でないか!」
「何? 人家が見つかった! この無人の境に」とトルバート技師もヴィラノヴァ青年も思わず馬上に息を呑んだ。「コロルタン地域に人家が見つかった?」と双眼鏡の度を合せるのももどかしく、トルバートの覗き込んでいる双眼鏡にもヴィラノヴァの取り出した双眼鏡の凸凹鏡《レンズ》の先にもありありと映って来たものは、なるほどぺーナの錯覚でもなければ幻覚でもないはるかに例の黒ずんだ丘陵の麓に、それは確かに人の住んでいる洞穴に違いはない.、丘陵の麓を刳《えぐ》って確かに石を積み重ねて拵《こしら》えたらしいアーチ型の入口が見える。そこに炊爨《すいさん》の煙こそ上っていぬが、しかもこの入口に向って確かにこれも人の拵えたらしい道が、右方はるかの彼方の灌木と灌木との間を縫ってうねうねと草原隠れに続いている。
「おう! ぺーナ確かに人家だ! 間違いなく人の棲家だ!」
「しめた! トルバート確かに俺の幻覚ではなかろうな!」
「救われた! ヴィラノヴァ!」とトルバート技師とペーナ技師とヴィラノヴァ青年とは馬の鼻面を寄せ合ってたがいに抱き合わんばっかりに雀躍《こおどり》した。一番年少の純真な学生のヴィラノヴァ青年の如きは「万歳! 万歳!」を絶叫して馬上に躍り上ってそれでまだ足らず、冠っていた帽子を天高く抛《ほう》り上げて落ちて来た帽子を、馬の後脚で踏みにじらせながら、子供のような喜びを洩らしていた。限りない安堵と感謝とを、面《おもて》に漲《みなぎ》らせながらたがいに帽子を取って無言で十字を切った一瞬の後、三人の駒はもう疾風のようにそのはるかな洞窟をめがけて砂塵を蹴立てていた。灌木を飛び越え草原を躍り越え枯木を踏みしだき草を捩《ね》じて!
もちろん人がこの辺《あた》りに住んでいるものとすればそれは確かに剽悍《ひようかん》グラアニーかキチュア族に違いない! しかし今の場合剽悍野蛮が何ものぞ! グラアニーであれ、キチュア族であれ、これが躍り上らずにいられることであろうか!
長い旅路、ただ南十字星《サザンクロス》のみを唯一の指針として、野に寝草を褥《しとね》として数十日、酷熱は全身の隅々までも灼き爛《ただ》らせて、現在ではすでに人間の惰性と、生への盲目的な本能一つで曠野に喘いでいるようなものであった。
これが狂喜せずにいられようか! 三人とも落涙せんばかりの歓喜を面に躍らせつつ必死に馬を駈けらせた。はたして人の足跡の踏み固めたらしい道へ出で来た。
しかもこれもただ草を扱《こ》いで踏み固められた一条の怪しげな小径というなかれ。道なき曠野に彷徨《さまよ》うこと数十日、手足は疵《きず》つき、衣は破れ、困苦|疲憊《ひはい》の限りを舐《な》めつくした身には、今眼前に現われて来た一条の人の足跡道にさえも、どんなに馬上ながらに脱帽して雀躍したいほどの懐しさ嬉しさが込み上げて来たことであろうか!
やがて三人の馬は、ようやくその洞窟の門あたりへ辿り着くことができた。ビッショリと汗をかいた駒をその場に乗り放して、いきなり無我夢中で「|お願いだ《ボルデナス》! |助けてくれ《オハラ》! |助けてくれ《オハラ》!」と歓声をあげて、薄暗いその洞窟の中へ飛び込んで行ったのであった。




が、今にもその洞窟の中から獣皮の腰衣をつけた剽悍なグラアニー|印甸人《インディアン》かキチュア印甸人が弓矢を携えて躍り出して来るかと思いの外、これはまたいかな事! 洞窟内は寂然として無人の洞穴の如く、死の静寂のうちにひやりと肌寒い空気ばかりが頬を撫でて来るのであった。しかも蝙蝠《こうもり》ばかりの羽搏《はばた》いているこの洞窟の内部の広々として奥深いことは! 苔蒸して絶えず地下水のじめじめと滲み出している足もとは、ともすれば身を滑らせんばかりつるつるとして手懸りがなく一歩一歩なだらかな下り勾配《こうばい》になっているらしいのであった。暗の天井は高く数十|呎《フイート》の広やかさを持ち、坦々たる足もとはどこまでもどこまでも地底に届くかと思われるばかり、ただ無限の傾斜をもって地下深くへと下っているのであった。これには勢いよく飛び込んだ三人も呆気にとられてしまったが、この冷え冷えとした地底への道は酷熱に喘ぎ切っていた身体には譬《たと》えん方ない爽涼《そうりよう》感を蘇えらせ、たえず天井からポトリポトリと滴り落ちる水滴は、味わいこの世のものならぬ冷たさと甘さとを渇き切った喉に伝えてきた。しかもいかに小首を捻《ひね》ってみても、これだけの地下道が天然自然に穿《うが》たれたものとはとうてい考えられぬことであった。何十年を経ているか何百年経ったものかは見当もつかなかったが、よほどの強力な人工と巧みな工夫をもって刳《く》り抜かれたものであろうことは、鉱山技師である一同には容易に判断のついたことであった。しかもどこから光が取り入れられてあるのかは分らなかったが、採光排水さえも考慮に入れられて、これだけの地底でありながら漆黒の暗の中に足もとや道の両側の岩壁だけは朦朧《もうろう》と浮び上っているのであった。「ヴィラノヴァ! 拳銃《ピストル》を出しておいたか?」と一番年長のトルバート技師が声を潜めてこの時注意した。「ぺーナも拳銃を外しておいたほうがいいそ」。そして三人は拳銃を握りしめながら一瞬無言で顔見合せて、足もとおぼつかない道を夢見る心地で更に奥へ奥へと岩壁伝いに辿って行ったのであった.、さっきからおよそ何百|呎《ブイート》ばかりも下って来たことであろうか、ようやく地下道の底に達したとみえて勾配はこの辺で止まった。そして平坦な道はいっそう広やかな幅を取ってさらに奥へ奥へと限りもなく続いているのであったが、さてここで当石《はた》と当惑したことには、このあたりからこの平坦な大道に接続していくぶん狭い小径がほとんど数限りもなく右に左に屈折して、まるで迷宮にでも足踏み入れたかのごとき状態であった。もはや何と考えてみてもこれは単なる洞窟ではなかった。何人が何の目的で切り拓いたものか分らなかったが宛《えん》として地底における一大城廓であった。しかも、相変わらずこの暗の城廓は無人の静寂裡に鳴りを潜めてさながら冥府《よみ》のごとき寂莫さ。うっかり足をその細径に踏み入れたが最後出ロも戻り道も分らなくさせてしまうであろうという恐れと懸念とが、一同をしばしそこに釘付けにさせていたが、その途端であった。ふと右手傍らを振り返った一同は思わず、呀《あ》っ! と声を呑んだ。天然岩を刳って拵えた巨大ないくつかの柱の蔭には無数の細長い岩壁の室が隣接しているとみえて、今暗に段々慣れて来た一行の眼に留ったのは、背後の大きな柱の横手にその小室の一段高い壁を刳って設けたらしい台座の上に、まるで生けるがごとくに安置されてある五つ六つの美女の立像であった。立像と言わんよりはむしろ生ける美女の立ち姿といったほうがいいくらいのものであった。頬に垂れた金髪の乱れ、あるいは微笑んであるいは瞑日してあるいは含羞《はじらい》を含んであるいはけだかく美しく曳いた裳裾《もすそ》! 長く垂れた伸びやかな手! もしその手や顔の色やふくよかな胸のあたりの白蝋のような青白ささえ、これが人間の肉色をしていたならば、今にもそのまま裳裾をとって台座を飛降りて来るかとばかり疑われそうな一群の等身大の美女の立像であった。一同が唖然としてその像を見上げて言葉もなく茫然自失しながら佇《たたず》んでいた瞬間ふと、この美女像の奥さらにいっそう暗い岩壁の彼方から異臭鼻を擘《つんざ》かんばかりの血腥《ちなまぐさ》いかおりを立てて、これも岩を刳った祭壇らしいものに向って誰か真っ黒な衣を纏《まと》うた者が、じっと背後《うしろ》を見せて端坐しているのを見出したのであった。思わず総毛立って一同がギョッ! とした刹那、端坐している僧体《そうてい》の人間のほうでもうしろに近づいていた人間の気配を感じたのであろう。静かに頭《こうべ》を廻してこちらを返り見た。朦朧たる薄暗の中で全身真っ黒な衣を纏うて、透し見る一同に手足までは眼も届かなか(、たが、その一行のほうに振り向いたものすごい相貌は! 爛々《らんらん》として暗に輝いた眼は横に切れて山咼くピンと張った耳の! しかも口は大きく裂けて牙を剥き出して、寸分たがわぬ南米狼《ハイエナ》の顔であった。南米狼が間違って人の衣をつけて端坐しているよりは評しようもない顔であった。しかもこの瞬間振り向いたその獣のほうでも、見慣れぬ人間の不意の侵入に憤怒《ふんぬ》したものであろう! 暗にも、著しい全身の毛が逆立って牙を剥いて「ガグロ! ガグロ!」と奇怪な咆哮《ほうこう》を立てながら、いきなり坐っていた台座を蹴って躍り上った。躍り上ったその瞬間に見たものは!
その手、その足! 驚くべし。手は人間の手をし足は人間の足をして、胴体は人でありながら顔はまったくの獣であった。もはやそれから後がどうなったかを弁《わきま》えなかった。「獣人だ! 獣人だ! トルバート助けてくれ! ぺーナ助けてくれ」と真っ先切って進んでいたヴィラノヴァ青年の悲しげな断末魔の絶叫のみがただ暗の岩壁内に谺《こだま》している中《うち》に、ぺーナ技師とトルバート技師とが夢中で発射したピストルのみが続け様に火を吐いた。その洞窟内でも一時に崩れ落ちんばかりのものすごい乱射の中に、獣人の咆哮と叫喚《きようかん》との入り乱れた中を、一番にトルバート技師次にぺーナ技師と必死になって倒けつ転《まろ》びつ、ただ手当り任せに背後をめがけて拳銃を乱射しつつ、死物狂いになって今降った長い勾配を逃げ戻って来たのであった。
そして一時に昏倒させるような酷熱と眼も眩《くら》まんばかりの光の待ち設けている洞窟の外へ転がり出すや否や、なおも凄まじい咆哮と叫声の渦巻き返している真暗な洞穴めがけてあらん限りの銃弾を打ち込みつつ、外に青草を食んでいた馬背に飛び乗ってあらん限りの拍車をくれたということのみを意識していたばかりなのであった。ついに無念にもヴィラノヴァ青年の遺骸すらもこの魔の洞窟内に放棄して来るのやむなきに至った、



以上私は最近着南米各地の新聞を基としてこの前代未聞の出来事の極めて粗描な輪廓《アウトライン》だけを読者諸君にお伝えした。もはやこれ以上の蛇足を細々と書き立てる必要もないであろう。この一行がさらにその後道なき曠野に彷徨すること四十余日食は尽きて木の実に餓《うえ》を凌《しの》ぎ瘠せ衰えて見るかげもなく憔悴《しようすい》し、ようやくにしてキチュア族|印甸人《インディアン》にめぐり合って助けられるところとなった。そして伯剌西爾《ブラジル》の辺境マトゲロックに出てヴィラベリアよりさらにアントニオに出で、マディラ河を下って漸《ようや》くマナオス港に出で休養幾週日かの後、伯刺西爾政府の好意によって折りよくマナオス滞在中の独逸《ドイツ》ルフト・ハンザの旅客機で一路懐しの故国へ帰還して、やがてこの報道が南米の一角より全世界に向って世紀最大の驚異を伝えはじめたということを添えたならば、それで充分であろう。前にも私の危懼《きく》したごとく読者諸君の中には以上の出来事の真実性を疑われる人々も数多いであろうと思われる。素直に受け容れるべく、いかにも前代未だかつて聞いたこともない出来事だからである。しかし今一度くり返して申し上げるが、これらの発見者である青年たちはなんら山師的な人格上の割引をもって受け取らねばならぬような人たちではない。いずれも純真なしかも年は若くてもいずれも科学に立脚した鉱山学を修めている青年技師たちぞろいなのである。そこに私はこれらの報道を一応はまともにそして素直に信じて受け取るべき何か真実なもののあることを感ぜずにはいられないのである。しかも況《いわ》んやこれを立証すべく、現在亜爾然丁《アルゼンチン》及びパラグアイ国の人心を沸しているものは、この青年技師たちの見た例の一群の美女の像であった。当時この一行の眼にこれは美女像というよりもまさに一群の生きたる美女の立ち姿であると映ったと私は先ほども書いた覚えがある。生きた美女と映ったも道理《ことわり》、その後調査の結果、その一個向って最も左端にあった美女こそはその容貌着衣身の丈すべての点よりして、今より七年以前に、ボリビアの首府ラパスに駐剳《ちゆうさつ》中の夫の許へ急ぐべく従者を連れてピルコマーヨ渓谷沿いにウスラ街道を馬車旅行中行方不明を伝えられた、当時のパラグアイ総領事ヴィラロ・ジュアナス氏夫人マリイアという無双の美女に一分一厘の狂いもなく吻合《ふんこう》することが判明したのであった。さらにもう一つその右隣りの美女は、それよりさらに遡《さかの》ぼること四年以前伯剌西爾《ブラジル》台地パラグアイ渓谷よりコルンバ方面に向って父とともに狩猟旅行中、有毒アマゾン蠍《さそり》に刺傷せられ、従者等が手当のためわずか六、七十ヤードを離れた父の許へ引き返したるその瞬間のうちに忽焉《こつえん》として行方不明となり、爾来《じらい》今日に至るまで杳《よう》として消息を絶っている英国の有名なる富豪クラーマン・リンドナー氏の令嬢モーリー当時二四歳の美女と、着衣容貌その他がまったく吻合していることが判明したのであった。ためにこれらの美女群は、いずれもこの附近を通行中この奇怪なる獣人の襲うところとなって、人外魔境の地下道に拉致《らち》せられ獣人等の辱しめを受けた後、死体は独特の不思議なるなんらかの方法によって今なお生けるがごとき容姿を保っているのか、さもなければ地層の関係上自然風化作用によって一種の木乃伊《ミイラ》になっているものであろうと各方面学者の一致した結論が下されたのであった。その結果ブエノスアイレス警視庁当局は智利《チリ》、ボリビア、パラグアイ、伯剌西爾各隣接諸国の警察機関と聯絡を取って、急遽ここ十数年以来のこの地方における白人美女行方不明者の再調査に取りかかりだしたということが報じられている。すなわち以上のような思いもかけぬ副産物的な傍系よりの立証事件によって、いよいよトルバート技師等一行の報道の真実性は今やもはやなんらの疑いをも入れる余地ない確実なものと認定されるに至っていたが、ここにさらにこの報道の確実性を立証するものとして最近評判になっているのは、亜米利加《アメリカ》合衆国における有名なる人類学の権威ジョンス・ホプキンス大学教授チャールス・ハイマン博士が次のごとき意見を発表して、獣人の現存可能説を百パーセント有力に裏書したことであった。すなわちハイマン教授の所説に従えば、今より四百年以前、十五世紀の末葉に藪珊恥の征服者フランシス・ピサロによって滅亡させられた獸露インカ帝国の残存者が、クスコからワイナピチユに脱《のか》れさらにその幾人か幾十人かが、マトモッソ東渓谷にまで逃げのびて、ここにこの地下城を建設したが、この秘境以外とまったく隔絶した生活を営むうち、生理上の欲求により附近に住む獰猛《どうもう》なる南米狼《ハイエナ》との人獣媾合により生じたものが、この不思議なる獣人であろうという解釈なのであった。
すなわちその立論の根拠としては、第一、古代インカ帝国人は地下道地下城の掘鑿《くつさく》に最も特殊なる技能を持てること、第二、初めてその獣人の一人がトルバート技師の一行を見た時に「ガグロ!」と叫んだと言われているが、古代インカ帝国の言語中にも明らかにガグロという言葉があり、最高度の恐怖、憤怒の場合に発せられた言葉であったという、千鈞《せんきん》の重みのある獣人現存説肯定の意見であった。
いずれにせよこの世界にかくのごとき奇怪なる半人半獣の生物が棲息しているということは、今やまったく揣摩《しま》を越え憶測を越えて儼然《げんぜん》たる一つの既成事実なることを否み得ないものと私も思考する。しかし残念ながらこれ以上書くべきなんらの材料をも持たぬから、私はこの辺でまずこの獣人報道検討の筆を擱《お》くこととするが、聞くならくはブエノスアイレス大学人類学教授連によって最近大規模のマトモッソ武装探検旅行の計画が発表せられ、同時に伯剌西爾《ブラジル》リオ・デ・ジャネイロ大学にも、また秘露《ペルー》サン・マルコ大学にも近く同様の企画が発表せられ、各方面の権威ある学者の一隊が続々として同地に派遣せられるやに聞き及んでいる。ねがわくばこれらの優秀なる学者の手によって、この世紀の一大驚異が一日も早く現代科学のメスの下に余すところなく闡明《せんめい》せられんことを、私は読者諸君とともに衷心より切望してやまざるものである。

 

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