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外村繁「日を愛しむ」


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  妻、素子が退院し、二ケ月振りでわが家へ帰つたのは、四月中旬のことである。曇つた日で、門前の吉野桜の花はすつかり散り落ち、枝には赤い|蕚《がく》が点点と残つてゐる。素子は桜の稍の方へ目を遣つてから、門を入つた。玄関では、満八十二になる、私の母が背を円くして、その妻を迎へた。私は運転手と自動車から荷物を運んだ。

 素子は|乳癌《にゆうがん》にかかつた。その上、発見が遅れたため、癌は|腋下《えきか》から頸部《けいぶ》にまで転移してゐ、二度の手術と、放射線の治療を受けた。しかし放射線の照射量が人体にかけ得る限度に達したので、一まつ退院が許されたまでである。素子の顔に格別喜色が浮かばないのも当然である。
 現在の医学では、癌に関する限り、全治といふことを考へてはならないのかも知れない。先年、私も上顎腫瘍にかかり、入院して、放射線の治療を受けた。以来、既に二年以上になる。しかし未だに病院通ひを止めることは許されない。妻もあの凄惨な癌病院から辛うじて逃げ帰つたが、|漸《やうや》く目前の危機を脱し得ただけである。あの恐しい奴は妻の体内で、暫く息を潜めてゐるに過ぎないのかも知れぬ。いつまた暴れ出さないとも限らない。
 しかし私はやはり嬉しかつた。今夜は妻が坐るべきところに、妻が坐つてゐるのである。老母もゐる。三人の子供も妻に呼ばれ、食卓についてゐる。私が差し出したコップに、妻はビールを注ぎ、更に自分のコップにも注がうとする。
「おや、ビールはいけないよ」
「ほんの、一杯だけ」
 気丈な妻も自分の退院をやはり祝はうとするのか。哀れである。
「ぢや、きつと一杯だけだよ」
 二人は乾杯する。乾いた喉に極めて快い。が、次ぎの瞬間、そんな行為がひどく馬鹿らしく思はれた。不意に、激しい|寂寥感《せきれうかん》が込み上げて来る。
 不思議である。この二月、妻の座に妻の姿のなくなつた最初の夜、私はやはり突然、相似た感情に襲はれ、子供達の去つた、食卓の上にうつ伏した。私は既に先妻を亡くした経験者である。が、その感情は時に起伏しながらも、いつか消えた。或は消えたのではなく、寂然と鎮《しづま》つてゐたのかも知れない。その感情が、酔ひに乗じて、意外な新鮮さで突発したのである。しかし、妻への愛が、と言つてよい、私を思ひ返させた。茶の間の、妻の姿のない構図の中で、それ以来、私は私の姿を崩すやうなことはなかつた。
 が、久しくその姿のなかつた妻の座に、妻の姿がある。妻は笑つてゐる。時時、口を動かしてゐる。その妻の姿には、絶えずあの私の感情が山霧のやうに|纏《まつ》はりながら流れて行く。突然、水を浴びせられたやうに、私は恐怖を感じる。その恐怖は、丁度、高所恐怖症の者が断崖に立たされた時のやうな恐怖に類してゐる。全身は戦慄し、冷汗が噴き出る。
 いつかはなくなるはずのものが、ないのである。その寂寥感は|酷《きび》しいが、恐怖はない。が、なくなるはずのものが、あるのである。私の恐怖はこの存在することの不安から発してゐるやうである。
 素子は二ヶ月の闘病生活にもかかはらず、その肉体は少しも衰へを見せてゐない。その体格は大きく、むしろ肥満してゐる。が、外見は健康さうな妻の肉体が、内部から崩壊して行く過程を想像する時、私は絶望的な恐怖を覚える。
 しかし酔ひは私の思考力を薄弱にする。更に感情の感度も鈍くする。私は側近く妻を坐らせて、盃を傾け続けてゐる。少くとも昨夜までの様子とは大分異つてゐる。私は快い酔ひに助けられて、他愛なく、次第に一応は幸福なやうに思はれて来る。また、そんなことを考へてみても、どうなるものでもない、と思はれて来る。
 暖い晩である。穏かな晩である。風もなく、戸外にも騒音は全くない。或は空にも星はないかも知れない。が、闇の中で、密かに花花の受精が行はれてゐるやうな晩である。
「とにかく、あの病院は精神衛生上よろしくないよ」
「さうね、恐しいところね」
「しかし、上顎の人が、あんなに多いとは知らなかつたね」
「それに、あれは、直ぐ転移するらしいの。よかつたわ、ねえ、お父さん」
「お互に、まつは目出たしだ。今夜は、酒が格別うまいよ」
 母は既に床に就き、子供達はテレビの前にゐるらしい。時時、一番年少である、女中の綾子の開け放しな笑声が聞こえて来る。
「昨夜までのやうに、ここで、一人で飲んでるのは、|侘《わぴ》しいもんだよ。もつとも、退屈すると、直ぐ山形へ飛んで行つたがね」
「飛んで行つたつて?」
「いや、酔つてくると、天神山や、太子堂などの、山形の景色が直ぐ浮かんで来るんだ。でも、やつぱり一人だもんな。つまらんよ。さうだ、この夏は、二人で山形へ行かうよ」
「二人で、行きませう」
 素子の故郷は山形の蔵王山中の一峰、龍山の山腹にあつて、壮大な眺望をほしいままにすることができる。しかし、いつか、どこかで、私は妻と同じやうな会話を交したやうに思ふ。が、私の酔つた頭はそんなことは一向に頓着しない。
「二人で行くんぢやない。職場の人達には迷惑のかけついでだ。この一夏を、山形で暮さうよ」
「そんなに長くですか」
「山形へ旅行したつて、つまらんよ。あの風と光の中で、生活しなくつちや、その|愉《たの》しさは判らんよ」
 私は妻の存在を確認するかのやうに、妻の膝の上に手をおいた。その時、不意にトタン|廂《びさし》の鳴る音が聞こえる。猫であらう。が、よほど大きい奴に相違ない。トタン廂を踏みしめる足音は重く、鈍く、やがて闇の中に消えて行つたことだらう。が、酔夢|朦朧《もうろう》とした私の頭の中には、足音はいつまでも鳴り響いてゐるかのやうである。
 素子は毎日病院へ通つてゐる。日曜日に、その傷口のガーゼの交換をするのは、私の役目である。
 素子の肩、首根のところに径、二・五センチ、深さ、一・五センチばかりの傷口が開いてゐる。手術の傷が癒着しないうちに、放射線をかけたためである。
 乳房を切除した左胸部には殆ど傷痕は残つてゐないが、放射線のため薄黒く焼かれてゐる。腋下から左腕にかけて、同じく放射線で焼け焦げた傷痕が、醜い凸凹を作つてゐる。いかにも惨禍の跡を見るやうで、極めて無惨である。しかしこのやうに過ぎ去つてしまへば、むしろ荒涼たる感じである。
 片肌を脱いだシャツの下から、右の乳房が覗いてゐることもある。危く焼け残つた一軒家のやうに、激しい孤立感を呼びおこす。しかし、女性の乳房が美しいのは、左右に描かれた均斉美にあるのだらう。或は先入観からであるかも知れないが、仮にまん中にあるとしても、一個だけの豊満な隆起は奇怪ではないか。まして左を欠いた、右だけの白い隆起は、却つて全体をアンバランスにし、片輪ものを感じさせる。私は妻の乳房から急いで目を|逸《そら》すより他はない。
 私は指先をオキシフルで拭ひ、ピンセットを取つて、妻の傷口からガーゼを取り出す。赤い傷口が口を開く。ガーゼには|淋巴液《りんぱえき》の粘液が附着してゐることもある。素子は眉を|顰《ひそ》めて言ふ。
「また、こんなべろべろ、いやになつてしまふな」
 私は傷口の周囲にマーキュロを塗る。傷には|疼痛《とうつう》はない。しかし、不器用な私はマーキュロを妻の肌に垂らし、下着を汚すこともある。髪の毛の上に絆創膏を貼つて、妻の顔をしかめさすこともある。日曜のことであるから娘もゐる。若い綾子も私より器用であらう。が、妻のために、娘達の前に、その醜い肌を|曝《さら》させたくない。また娘達のためにも、その目に同性の無惨な姿を見せたくない。この役目を果せるのは、私一人であらう。私には妻の無惨な姿も、少しも醜いとは見えないのであるから。
 最後に、私はピンセットでリバノールガーゼを|撮《つま》み出す。しかし老眼の私には、その一枚を挾むのがかなり困難なのである。私は漸く三枚のリバノールガーゼを詰める。さうしてその上に白いガーゼを当て、絆創膏で押へる。それから私はベンジンを含ませた脱脂綿で、妻の胸や肩をこする。放射線で焦げた汚れは、それくらゐのことで容易に取れるものではない。が、絆創膏の後の|痒《かゆ》みなどもあつて、妻は快いらしい。私も|僅《わつ》かに黒くなつた脱脂綿を見て、妻の肌も少しは白くなつたかと、悪い気持はしない。
「今日は、これで終りだ」
 素子は気分の好い時には、
「サンキュー」などと言つて、片肌を|袖《そで》に入れようとする。しかし素子の左手は三分の一直角以上には挙げることはできない。私は後に廻つて、妻の左手に袖を通してやらなければならなかつた。
「山崎さん、やつぱり亡くなりました」
 ある日、病院から帰つて来た素子がさう言つたゆ妻の病床は、書斎の、私の机の横に敷いてある。しかしその上に坐つた妻の顔には、それほど動揺した表情はない。
「山崎さんつて、後から同室だつた方だね」
「さうよ。手術して、開腹なさつたけれど、手のつけやうがなかつたので、そのまま|塞《ふさ》いでしまつたのですつて。それから直ぐでしたわ。退院なさつたの」
「さうか。そんなことだつたね」
「今日、息子さんが、病院へ挨拶に来てなさつたわ」
「さうか」
 今日は素晴らしい好天気である。青い空は深深と霞み、その薄絹のべールの中には、金色の春光が満ち浴れてゐる感じである。小庭の木木の葉にも、柔かい陽光が降り注ぎ、その緑蔭の中には葉洩れの光線を受けた、一枚の硬質の葉の反射光が、むしろ白色に近い光を放つてゐる。赤い、小さな竹トンボのやうな実をつけた|楓《かへで》の若枝が|微《かす》かに揺れてゐるので、微風のあることが判る。
 庭の椿は花期が長く、その下枝にはまだかなり多くの花をつけてゐる。紅色の大輪の花であるが、あまりにも豊かな光を浴びて、却つてその色彩を放散させてしまつた感じである。地上には既に禍色に変色した花が落ちてゐる。その中に、まだ痛ましいほど鮮かな色をした落花も交つてゐる。一輪は|俯伏《うつぶ》し、二輪は黄色の|雄蘂《をしべ》を上に向けてゐる。花公方《はなくばう》ももう盛りを過ぎ、木の下に紫紅色の小さな花を散りこぼしてゐる。
 静かである。珍しくラジオも停止してゐる。まるで総べてが弛緩してしまつたやうな静けさである。また、あまりにも適当な温度のため、感覚が鈍化するのか、ともすると自分の存在さへ見失ひさうになる。
それを防ぐためには、全く意味のない声でもよい、一声叫び上げなければならないやうな衝動にかられるほど、静かである。
 素子は私の傍の床の上に横になつて、雑誌を読んでゐる。勝気な素子は入院中の仕事の遅れを取り返すため、退院後は無理をするのではないか、と私は心配してゐたが、その恐れはないやうである。自分の経験からも、放射線の反応は極めて強い。外見は元気さうでも、そのスタミナはかなり衰へてゐるのではないか。読書にしても、まとまつたものを読まうとする気力はない。
 老母は隣りの部屋で居眠りでもしてゐるのであらうか。母は永年、頑固に郷里の家を守つてゐたが、去年、神経痛を病み、漸く上京した。しかし仏壇のある郷里の家のことが、寸時も母の頭から離れないらしい。毎日、母は散歩に出て、密かに足を訓練してゐる様子である。
 縁側の籠の中で、|十姉妹《じふしまつ》が高く|囀《ゆヘヒへづ》り出した。雄が雌を求める時の鳴き方である。雄は白いおきやがり小法師のやうに羽毛を逆立てて、雌に迫つてゐるのだらう。雌は軽く雄を避けた様子であるが、再び雄は囀り出し、荒荒しい羽音が聞こえた。
 いつか素子は眠つた様子である。雑誌は開かれたまま彼女の手から離れてゐる。素子は軽い寝息を立てて、眠つてゐる。
 口腔外科の診察室は三階にあるので、絶えず清清しい風が吹き入つてゐて、微熱のある頬に快い。窓近く、プラタナスの若葉がそよぎ、柳の枝が揺れてゐる。空は極めて青く、|鴎《かもめ》が一羽、|緩《ゆる》く羽を動かして、飛んで行く。
 道路と、|濠《ほり》を隔て、国電のホームが見えてゐる。ホームの上には、大勢の乗降者がそれぞれの姿勢を取つてゐる。先刻、私もその一人であつた。さうして誰かがこの診察台の上からその私を見てゐたのであらう。少し妙な気になる。
 駅向かうの家並の一部も見える。どの家の裏窓にも|夥《おびただ》しい洗濯物が干してある。青い空の故か、私は「今日は青空」といふ、小学校時代の唱歌を思ひ出した。さうして五月の太陽を浴びながら、洗濯をする極めて健康な女の姿を想像する。
「熱は、まだ取れませんか」
 治療を終つた時、柳田医師が言ふ。
「はあ」
「では、念のため、内科の方へ行つてみますか」
 先日、私は冗談ごとのやうに、妻の|枕許《まくらもと》の体温計を使つてみた。意外にも、三十七度四分あつた。翌日も熱は変らない。その翌日の午前中は三十六度八分、午後は三十七度五分である。私は担任医である柳田医師にその由を告げておいたのである。
 私は口腔外科へは三年近く通つてゐる。小使さんまで懇意である。が、初めての内科は要領の悪い私には苦手である。漸く私は名を呼ばれて、診察室へ入る。口腔外科から内科へ私の診察を依頼する形式で、その依頼状には私の前病歴が記されてあつたらしく、内科の医師の態度がひどく慎重であることが、一見してよく判る。医師は前の病状、殊に放射線をかけた状況を|委《くは》しく聞き取る。それから現在の病状を聞き、それをカルテに書き入れてから、医師は言つた。
「では、お腹を診せて下さい」
 口腔外科の診察では帯を解くことはない。極めて初心な羞恥が湧く。私は少年の頃から、極端に言へば、自分の肌を空気に触れさすことを好まない。ましてまん中に各人その形を異にする|臍《へそ》がついてゐる。自分の腹部を人の目に|曝《さら》すのはあまり見よいものではない。少年の頃、郷里の医院の、黒いリノリュームを張つた診察台の上で、柿の花のやうな臍のある、白い腹を|剥《む》きだしにされて、ころころと恥しがつてゐた自分を思ひ出す。が、この年をした自分が、そんなことを言へば、むしろ|不様《ぶざま》である。診察台の上に、私は仰臥する。
「膝を立てて下さい。おや、大分、|慄《ふる》へますね。酒ですか。煙草ですか。それとも両方ですか」
「酒です」
「毎晩ですか。どれほど上がるんです」
「ビール一本と、酒を四合ばかりです」
「随分、飲むんですね」
 奇妙なことに、羞恥が薄らぐとともに、慄へも少くなつた。医師は意外に強く腹部を押へる。
「痛くありませんか」
「はあ、痛くはありません」
 更に私の体を少し横に向けさせ、医師は脇腹近くを強く触診する。しかし今日の医学は聴診器はあまり重視しないのか、胸部の診察はなく、処置室で採血され、体重、血圧を計られる。最後に、胸部のレントゲン写真を撮られ、病院の玄関を出たのは、一時を過ぎてゐた。
 外には、初夏の陽光が|眩《まぶ》しく照り輝いてゐる。芝生の庭には、赤や、紫や、白や、|斑《ふ》入りのつつじが、同じ色彩を重ね、燃えてゐるやうに咲いてゐた。
 次ぎの日、私が内科病棟の玄関に入つた時、その目前に香川完子が立つてゐる。完子は素子の山形高女での先輩で、戦前、素子は完子の家に寄宿してゐた。見ると、完子の首筋にも白いガーゼが貼つてある。
「これは、一体、どうなさつたんです」
「私も、何だか怪しいんですの。ですから、私はここへ入院して、検査してもらつてるんです」
「入院ですか。それは大へんだ」
「あなたは内科へもいらつしやるんですの」
「それが、この間から、微熱がとれないものですから。何しろ前科があるもんですから、お医者さんの方が大へんなんです」
「全く散散ですわね」
 完子は素子の病状などを聞き、二人は別れた。その日も、私は診察後、耳と腕から血を採られ、検尿のため、私の名前が貼つてあるガラス器に尿をとつた。
 私が病院から帰ると、素子は既に蒲団の上に坐つてゐて、私の顔を見るなり言ふ。
「お父さん、怖かつた」
「どうした」
「また、何やら、できたらしい。傷口の中の粘膜、採られちやつた」
「さうか。しかしくよくよ思つたつて始まらないよ」
「でも、怖いわ」
「それより、病院で完子さんに出会つたよ」
 私は完子との一部始終を話した。
「ほんとに、どうかしてゐるわ。私達の周囲つて、癌ばかりぢやないの」
 素子の細胞検査の結果はマイナスであつた。
 本家を継いでゐる、私の兄は名古屋に住んでゐる。故伯父の法要を営むから、出来れば母にも参詣してほしいと言つて来る。私達夫婦は行けない。が、東京にゐる弟が参詣するといふ。故伯父は母の実兄に当る。更に母のよい気保養にもなると思ひ、弟に同行してもらふことにする。母は内心では郷里の家へも帰るつもりらしい。が、あの広い家、高い縁側、重い|釣瓶《つるべ》のついた井戸などを思ふと、私は同意し難い。
 ある日、打合はせに来た弟に、母が大きな風呂敷包みを渡してゐる。私は思はず|見咎《みとが》めた。
「その風呂敷包みどうなさるんです」
「これかいな、これは古いもんやがな」
「古いものなら、綾ちやんに始末してもらひます」
「ほんなもん、手がつけれんほどひどいもんやでな、私がぼつぼつとな」
「すると、やつぱり江州へお帰りになるおつもりなんですか」
 母の肩はひどく曲つてゐる。そんな姿勢の母は顔を上げて、暫く無言のまま目を|瞬《またた》いてゐる。が、急にひどく不満気に言ふ。
「ほやけど、去年の約束とは、大分違ふもんやでな。去年は寒い間だけ、といふことやつた」
「約束とおつしやるけれど、去年は素子がこんな病気になるとは、夢にも思ひませんでしたからね」
「ほれに、夏のもんも取つて来たいしな」
「そのお気持はよく判りますよ。しかし|若《も》しものことがあれば、今の家の状態では、どうしやうもありませんからね」
「ほんなもん、大丈夫やわいな」
「そりや、大丈夫でせう。だから若しも、と言つてゐるんですよ」
 今日はかなり蒸し暑い。外には鈍い陽光がさしてゐる。空には雲が多いやうで、陽は急に|翳《かげ》つたりしてゐる。ガラス戸越しに、私は、松葉ぼたんの赤い花に目を遣つてゐる。先日、私が買つて来て、日あたりの良い場所を選んで、植ゑたものである。昨日、初めて花が開いた。一日草で、今日は三輪咲いてゐる。可憐である。
「物は相談やがな、兄さんが帰つてもよいと言ひやしたら、よろしいおすやろか」
「兄さんが責任を持つて下さる以上、私は何も申しませんよ。しかしそれはおばあさんと兄さんとの間だけのことですよ」
「ほらほうどすわいな。ひとつ兄さんに頼んでみよ」
 その夜、素子は憤りを含んだ口調で言ふ。
「私達が、今どんな状態にあるか、全く理解して下さらないんですもの」
「一から十まで、あんたの言ふ通りだよ。しかし今のおばあちやんには、何を言つても通じないんだよ。つまり帰りたい一心、なんだよ」
「そんな無茶な話つてありませんよ。なんぼおばあちやんでも、気まま過ぎますよ」
「しかしあの家にはおばあちやんの八十二年の生活があるんだよ。しかもあの家以外にはないんだからね。無理ないかも知れないがね」
「だつて、うちの玄関でも、|逼《は》つてでないと上れないのですもの。万一のことがあつたら、どうするんです。殊に今は農繁期ですよ。おすまさんだつて、来てもらへやしません」
「全く、同感。しかしね、殊によると、おばあちやんは、あの『お壇さん』のある江州の家こそ、自分の死場所と、きつと思ひ定めてゐるのぢやないか」
「仏壇なんか、下らん、だから、宗教なんか、いやだわ」
「おいおい、女史よ、少し話が飛んだんぢやないかな」
 翌日、私は母を東京駅まで見送つた。丁度、安保条約反対のストの当日である。しかし東京駅へ私達が着いたのは、ストの解けた直後であつた。間もなく列車も動き出す。しかもストのため、|却《かへ》つて列車はひどく空いてゐる。母と弟は窓辺の席に向かひ合つて坐ることができた。
「ほんまに、極楽やがな」などと、母は言つてゐる。やがて列車は発車する、母は窓から|頻《しき》りに手を振つてゐる。この物情騒然たる中を、母はたうとう汽車に乗つて行つてしまつたか、と、何だか馬鹿にされたやうでもある。が、母が、ひどく哀れなやうにも思はれる。
 それから暫くの後、私はベッドの上に、胸を開いて、仰臥してゐる、胸骨の骨髄|穿刺《せんし》を受けるためである。
「何でもありませんが、機械が一寸いやな感じですから」
 さう言つて、私は目隠しをされる。が、ベッドの上の私は神妙である。先の入院の経験もあり、私は自分を放棄することには慣れてゐる。例へば、痛いか、どうかと臆測はしない。痛い時には、痛がればよい
と思つてゐる。
 痲酔の注射が打たれる。ひどく痛い。が、直ぐ痲酔がきいて来る。次ぎに、針が刺されたらしい、痲酔のため痛感はないが、強い圧迫感を感じる。
「少し痛いですが、痛いと思つた時は、もう終りですから」
 この医師はひどく親切である。瞬間、思はず体が反りかへるやうな激痛を覚える。骨の中には痲酔はきかないものらしい。が、針は直ぐ引き抜かれたやうである。医者の言葉通り、痛みは一瞬のことであつた。私は目隠しを解かれ、看護婦に言はれるままに、暫くベッドの上で休んでゐた。
 名古屋から帰つて来た弟が、報告に来る。法要には江州から僧が招かれ、母は水を得た魚のやうであつた、といふ。
 この頃、素子は横になると、首が痛み、長くは寝てゐられない。夜もよく眠られないらしく、朝、私が目を覚ますと、風呂敷で|遮光《しやくわう》した電燈の下で、素子は新聞を読んでゐたりする。
「どうしたんだらうね」
「放射線で、首の神経が痛められたのですつて。でも、先生に言つても、あまり相手にされないの」
「さうか。すると、あまり心配しなくてもよいらしいね」
「昨日なんか、もつと左の手を動かさないと、『先になつて、困ることになりますよ』つて、叱られちやつた」
 私は急に、少くとも目前が明るくなつたやうに思ふ。思はず顔に喜色が浮かぶ。が、素子はまるで触れてはならないものに、触れようとするかのやうに、奇妙な表情を作つて言ふ。
「だつて、私にも、先があるのか知ら」
「どうやら、あるらしいぢやないか。先になつて困るといけないから、これからは、上衣を着る時のお手伝ひは、御免|蒙《かうむ》ることにしようぜ」
 そんなある日、名古屋の兄から来信があり、母が兄の家の廊下で転び、左の腕を骨折したので、近くの病院に入院させた、といふ。私は唖然として、直ぐには言葉にならない。素子は手紙を読み出したかと思ふと、いきなり言ふ。
「だから、言はないことちやない。でも、お兄さんには悪いけど、まだ名古屋でよかつた。これが若し江州だつたら、どうすればよいの」
「全くだ。文字通り、万事休したところだつたね」
 母は何とかして兄を口説き落し、江州へ帰るつもりだつたやうに思はれる。無理に喜びを押し殺さうと努めながらも、子供のやうに上機嫌だつた母の顔が目に浮かぶ。目的を達しようとした寸前に、事は破れ去つたのである。母の悔しさは、私にも解る。
「カソリック系の病院らしいが、おばあちやん、どんな顔してゐるかな」
「それに、完全看護のやうでせう。何も彼も黒衣の天使さんよ。一寸、驚きでせうね。おばあちやん、少しかはいさうになつて来たわ」
「おばあさんには、生れて初めての入院なんだよ。しかしこればつかりは、『やつばり長生きはせんならんもんや』とも、言つてられないしね」
 私は兄夫妻へ礼状、母には見舞状を書く。レントゲン写真の結果、私の胸部は健康であつた。血液検査の結果も異状なかつた。殊に私の肝臓は飲酒家とは思へないほど、丈夫であるといふ。思はず微笑を禁じ得ない。先日の骨髄穿刺の結果、私の骨髄の中の血液もきれいであるといふ。依然として微熱は取れないが、一まつその旨の報告書が|認《したた》められる。私はそれを口腔外科の柳田医師に渡した。
「何、大したことはありませんよ」と、柳田医師は|磊落《らいらく》に笑つた。
 素子の頸部の痛みは、暑さとともに、日毎に激しくなつて行つた。この頃では、痲痺薬がなくては、殆ど横になつてゐることができない。夜は痲痺薬を用ひ、辛うじて二、三時間の睡眠を貪るらしい。朝、私が目を覚ますと、素子は蒲団の上に坐り、両手を机の上に置き、その上に顔を伏せてゐる。
 頸部の疼痛が、本病には直接の関係も、影響もないことは、素子にも判つてゐる。が、不断の肉体的苦痛は、あらゆる分別に絶するのであらう。疼痛と、睡眠不足と、暑熱とで、再度の手術にも弱音を吐かなかつた素子も遂に悲鳴を上げる。
「こんな状態のうちに、再発したら、どうしよう。悔しいな」
「仮定は止さうや。再発するかも知れない。しないかも知れない。それこそ、お|釈迦《しやか》さまでも御存知あるまいからね」
 毎日、|酷《きび》しい暑さが続いてゐる。今日も空は紺青に晴れ、強烈な太陽が照りつけてゐる。机に向かつてゐる私の手にも汗が|滲《にじ》み、ともすると原稿用紙の字を汚す。汗を拭つてゐては煩に堪へないので、私は原稿用紙の上に|反故《ほこ》を敷いておく。蝉が鳴いてゐる。
 素子は蒲団の上に坐り、机に|凭《よ》りかかつて、スポーツ誌を読んでゐる。その左手は丸太棒のやうに|脹《は》れ上つてしまつた。皮膚の抵抗力も弱つてゐるのか、その左手には、手の甲の上にまで|汗疹《あせも》が出来てゐる。軒端に吊した籠の中で、先刻からきりぎりすが鳴き|頻《しき》つてゐる。私の脳裏には夏草の|長《た》けた、妻の郷里の風景が頻りに想ひ描かれる。が、今年の夏も、妻の郷里を訪れるのは断念しなければなるまい。
 素子は、雑誌を離し、右手を蒲団に突いて、倒れるやうに横になる。が、忽ち激痛に襲はれるらしく、直ぐ起き上つてしまふ。初めから駄目と判つてゐることである。それでも無性に横になりたいのだらう。
 痲痺薬の袋の服用時は「疼痛時」となつてゐる。しかしその乱用は勿論、厳禁されてゐる。素子も強く自戒してゐる。が、これ以上、私は見るに堪へない。
「母さん、もうそろそろ疼痛…時にしないかね」
 見ると、素子の顔に一筋の涙が伝ひ落ちてゐる。素子は沈痛な口調で言ふ。
「どうしても、横になれないな。私つて、それほど、悪いことを、した覚えもないのに、どうして、こんなひどい目に、|遇《あ》はんならんのだらう」
「ねえ、母さんよ、悪いことをした覚えのない人は、皆幸福だときまつてゐたら、問題はないんだよね。しかし人間の運命は、さう簡単ではないらしい。むしろ複雑怪奇、人間の手には負へないもののやうだね」
「ほんとに、人間つて弱いもんですね。不断、私はあんまり丈夫だつたもんだから、偉さうなこと言つてたけれど、若しもお父さんがゐてくれなかつたら、私、どうなつてゐたでせうね」
「そんなことはない。実によく我慢するものね」
 私は危く涙を|怺《こら》へて、立ち上り、コップに水を汲んで来る。
「さあ、疼痛時、疼痛…時」
 今の素子にとつては、この痲痺薬は唯一の貴重晶のやうである。いかにも嬉しさうに薬を取り出し、素子は口に水を含んで、薬を飲んだ。
 遠く雷鳴がしてゐる。
「せめて、夕立でも来てくれないかな。少しは楽になるでせうに」
「いや、怪しいね。しかし名古屋は格別に暑いらしいが、おばあさん、どうしてなさるかな」
「ギプスはもう取れたのでせうか」
「それがまだらしいんだよ。高齢だから、骨も弱つてゐるだらうしね」・
「御不自由でせうね。おばあさんも、大へんだわ」
 私は机に向き直る。素子は用心深く横になる。私は気が気でなく、横目使ひにそれを見てゐる。薬が効いて来たのか、素子の起き上る気配はない、私は初めてほつとして、ペンを取り直す。素子の軽い|鼾《いびき》が聞こえて来たのは、それから間もないことである。
 入浴後、私は糊のきいた|浴衣《ゆかた》を着て、庭に面して腰を下してゐた。入浴前に水を打つておいたので、狭い庭ではあるが、幾分、涼しさうである。去年の夏は、一鉢の夕顔を買つて来て、その花の咲くのを随分と楽しんだが、今年はそれどころではなかつた。
 庭には、私の娘が種を|播《ま》いた|黄蜀葵《わうしよくき》が、かなり大きくなつてゐる。が、まだ|蕾《つほみ》は小さい。紅蜀葵は真夏の花であらうが、黄蜀葵は初秋の方がふさはしいかも知れない。不意に、けたたましく|蜩《ひぐらし》が鳴く。門前の桜の木に留つてゐるらしい。それを機に、私は立ち上り、浴衣を脱いで、例の前割れシャツと、ステテコ姿になる。左手の不自由な妻の背中を流すためである。
 浴室の戸を開く。西の空がまつ赤に夕焼けてゐる。その深紅の空には、金色の|火箭《くわせん》が幾条も噴き上げてゐる。私が体を屈めると、妻の裸身は金と赤との光炎に|被《おほ》はれてゐるやうで、思はず私は息を詰める。
「すみません」
 素子の体は今のところでは少しも衰へを見せてゐない。
「このデブガン|奴《め》が」
 私は左手を妻の右肩に当て、その背中を|擦《こす》る。黒い垢が、|縒《よ》れて出る。窓は開いてゐるが、浴室の温気のため、私の肌に汗がにじむ。
「ああ、よい気持。オーチャン、サンキュー」
「オーチャン」とは、私の子供達の幼い時の「お父ちやん」の愛称である。今も甘える時などに用ひられてゐる。妻もよほど気分が好いのであらう。
 蜩が頻りに鳴いてゐる。西の空は刻刻その光彩を変じてゐる。今は金色の光芒も消え、隣家の屋根の上に僅かに赤色を残して、樺色と水色の空が|融《と》け合つてゐる。極めて|静謐《せいひつ》な感じである。
 |颱風《たいふう》の余波を受け、暗雲が垂れ籠めてゐる。かなり強い風が木木の枝を振り乱し、時時、激しい雨が降つた。しかし暑気は幾分|和《やはら》いだやうである。
「恐しいもので、|汗疹《あせも》が少し引いたやうですわ」と、素子は言つてゐたが、痲痺薬を飲んだのか、今は床の上に横になつて、眠つてゐるやうである。
 物の飛び落ちる、高い音が聞こえる。思はず妻の方を見る。が、素子は微かな寝息を立てて眠つてゐる。さう言へば、素子は外部の音は比較的気にしないが、家の中の音には、玄関の扉の開く音にも、ひどく敏感なやうである。
 白い花房をつけた|百日紅《さるすべり》の枝が、風の中で立ち騒いでゐる。いかにもしどろもどろと言つた感じである。地上にも多くの花を散らせてゐる。また雨が|繁吹《しぶ》きを上げて降つて来る。木の葉に溜まつた水滴を、風が忽ち吹き飛ばす。水滴はピカッと光つては、直ぐ消える。が、雨はまた止んだ。
 素子が|緩《ゆつく》り起き上つた。ひどく|怪訝《けげん》さうにその身辺を見廻してゐる。
「今日は、かなりよく眠れたね」
「さう、そんなに眠つたのか知ら」
「かれこれ五時になるだらう」
「さう。すると、随分、眠れたわけね。嬉し。さう言へば、起きた時、体の調子がいつもと少し違つてゐたわ」
 その翌日から、また暑い日が続いた。しかし、既に立秋は過ぎた。気の故かも知れないが、どことなく秋の気配の流れるのを感じた。門前の桜の落葉もめつきりその数を増した。庭にはいかにも秋の花らし
い、黄蜀葵の淡黄色の花が咲き続いてゐる。|秋海棠《しうかいだう》も桜貝のやうな薄紅色の蕾を|脹《ふく》らませた。
 あの颱風の日以来、日毎に、素子の頸部の痛みは、不思議なやうに薄らいで行くやうである。昼の間は痲痺薬を用ひない。それでも横になつてゐられるやうになる。そのまま、浅いながら眠りに落ちてしまふこともある。夜の睡眠時間も長くなつたらしい。肩の傷はまだ癒着しないが、その傷口はずつと浅くなつた。
 ある残暑の|酷《きび》しい日、久振りに勤めに出た素子は、四時頃、早退きして帰宅した。
「お父さん」
 書斎に入るなり、素子はさう言つて、私の横に坐つた。
「花井さん、お亡くなりになつた、さうよ」
「病院で、最初に、同室だつた方だね」
「さう、十二年前の乳癌が再発して、|肋膜《ろくまく》に水が溜つてゐたのでした」
「病院でも思つたことだが、十二年前のものを、再発と言へるか、どうか」
「それは、どうか知りませんけれど」
「アメリカからの注射とかを、打つてられたのだつたね。血色もよくなり、元気になられたやうだつたがね」
「ひどく病気馴れた方で、退院なさる時、私がお祝を言ふと、『どうですか。でも、これで二年ほども持つてくれたら、また新しい薬もできるかも知れませんからね』つて、言つてられたものでしたが」
 素子は先に亡くなつた山崎さんの揚合より、強い感慨を懐いたやうである。この頃、素子はもう夜も痲痺薬は用ひてゐない。それまでは、彼女の神経は、頸部の疼痛にその総べてを奪はれてゐたに相違ない。その痛みが消えたのである。彼女の歓喜は言葉に絶するものがあらう。その喜びの間隙から、不意に、素子は深淵を覗き見た思ひがしたのではないか。
 花井さんの夫君は大学教授である関係から、素子はその職揚で花井さんの死を聞いたのであらう。が、私も始終同じ恐怖に|脅《おびやか》されてゐる。強ひて、私は花井さんの夫君のことには触れなかつた。
 幾分、日も短くなつた。漸《やうや》く一日の仕事を終り、私は茶の間に入る。北の窓から、清涼な風が微かに流れ入るのを、肌に感じた。
 
 
 内科の診察や、検査が終ると、処方箋を薬局の窓に出してから、私は口腔外科へ行く。薬を貰ふのにひどく時間を要するからである。
 今日も残暑はかなり酷しく、太陽の直射を受けて歩くと軽く汗ばむ。私はいつものやうに、口腔外科診療室の椅子に腰をかける。この診療室は南面してゐ、総べてガラス窓になつてゐるので、いつも涼風が吹き入つてゐる。しかし庭のプラタナスには鮮かな黄葉も幾枚か見える。一声、法師彈が鳴いてゐる。しかし網竿を持つた子供の姿はもう見えない。
 私の治療は主として、歯茎と、放射線をかけた跡にできてゐる|竅穴《けうけつ》の洗滌である。時には顎下や、首筋の淋巴腺も検べられることがある。
 歯鏡を持つた柳田医師が、小さく「え、え」と言つたやうに思つた。が、柳田医師は雑談を交へながら、いつものやうに治療を進めて行く。
「残暑がなかなかきついですね。私は太つてるもんだから、暑いのは、どうも苦手でしてね」
「しかしここはいいですね。夏は涼しく、冬は暖い」
「全くですよ。|下手《へた》な避暑地より涼しいですからね」
 が、脱脂綿の丸めたのを|屑入《くつい》れに投げ捨てると、柳田医師はさりげなく言ふ。
「では、写真を一枚、撮つて来て下さい。そこのレントゲン室で結構ですから」
 私は歯科のレントゲン室で、口中の写真を撮つてもらひ、診療室へ立ち寄ると、柳田先生は言つた。
「では、明後日、金曜日に来て下さい」
 私は帰宅し、私より早く病院から帰つてゐた素子に言つた。
「また少し怪しいらしい。レントゲンを撮られちやつた」
「さう? でも、お父さんはきつと大丈夫ですわ」
 「まあ、腹の底では、さう心配してないんだが」
「さうさう、おばあさんが退院なさつたんですつて。丁度、二ケ月以上になりましたわね」
 机上には、私達宛の兄からの手紙が置いてあつた。
 金曜日はまつ直ぐに口腔外科へ行く。が、柳田医師はレントゲン写真の結果については、何も語らない。私も医師の語らうとしないことを、強ひて聞き出さうとはしないことにしてゐる。が、いつものやうな治療を終つた時、柳田医師はいかにも自然な口調で言ふ。
「ああ、丁度、放射線の木村君が来ました。|一寸《ちよつと》、診せて下さい」
 木村医師は診療室に入ると、一直線に私の診療台へ来たやうである。がそんなことも同じく問題ではない。木村医師は先年、放射線をかけた際に私がかぶつた、石膏のマスクを作つた医師である。
 木村医師は私の口中に歯鏡をあてながら、柳田医師と頻りにドイツ語を交へた会話をしてゐる。直ぐ二人の医師の意見は一致したやうである。私は命じられたやうに四階の検査室へ行く。私の左右の上顎の細胞が採られ、長方形のガラス片を合はせて、プレパラートが作られる。先年も、この検査を受けた翌日、私は入院を言ひ渡されたのである。
 私はお茶ノ水駅のホームに立つてゐる。|濠《ほり》の堤の|夾竹桃《けふちくたう》の赤い花が風に揺れてゐる。真正面に病院の三階の診療室の窓も見えてゐる。濠の水はいつものやうに汚れ、濁つてゐる。|聖橋《ひじりばし》が半円形の|橋桁《はしげた》の影を映してゐるので、逆にその水面には明るい半円を描いてゐる。一艘の伝馬船が極めて緩く動いてゐる。流木や、|塵芥《ちんかい》を拾つてゐるらしい。
 死のことを思ふと恐しい。しかし物質的なものへの愛着のためではない。名誉欲のためでもない。また自分の分限もわきまへたつもりでゐるから、自分の仕事への未練でもない。所詮は、親しい人との永別が名残り惜しいのである。しかし心身の苦しみがどんなものかは知らないが、死ねば皆無に帰すだらう。後に残つた者の悲しみがどんなものか、亡くなつた妻に先立たれて、私は知り過ぎるほど知つてゐる。不意に、自分ながら極めて奇怪な感情が湧いて来る。
「どちらが先に駆けつくか」
「なんとおつしやる|兎《うさき》さん」
 空耳に、妻のやうな声を聞いたと思ふ。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿もん奴が」
 私はあわてて自分の心を叱りつける。白昼、私がそんな悪ふざけに耽《ふけ》るのも、或はそれほど死を恐れてゐるのかも知れないが、そのいつれにしても、極めて愚劣なことであるには相違ない。
 月曜日に、私は口腔外科へ行つた。細胞の検査の結果は異状なかつた由で、いつものやうに治療を受ける。治療後、柳田医師が言つた。
「今日は、放射線科へ行かれますか」
「はい。まゐりませう」
「では、これを持つて行つて下さい」
 私の最近の状態を記した紙片を渡される。
 放射線科の診察室は二階にある。薄暗い廊下の椅子には、数人の患者が順番を待つてゐる。以前には、先輩や、入院当時の同輩もゐたが、今は見知らぬ顔ばかりである。あの人達はどうなつたか。私は看護婦に紙片を渡し、椅子に坐る。
 隣りに坐つてゐる二人の話を聞いてゐると、どうやら乳癌と|上顎癌《じやうがくがん》とであるらしい。
「そんなところにも癌ができるのかね。何か別のもんぢやないのかね」
「いや、癌だな」
「さうかね。全く、いやつけな病気だね」
「乳癌は一番直り易いといふちやないか。わしは風呂屋で、うちへも取つた人が来るが、ひどく達者なやうだぜ」
 初めて放射線をかける人らしく、他科から附添つて来た医師から、入院を進められてゐる。
「一時は、声も今より出なくなるでせう。皮膚も焼け、食欲も減退するかも知れません。一時は、かなり苦しくなるものと思つてもらはなくつちやなりません」
 やがて私は名を呼ばれ、診察室に入る。先刻の婦人が肌脱ぎになつてゐる。直視する勇気はない。私は直ぐ目を伏せる。
 私は三雲教授の前の椅子にかける。教授は私の口中に歯鏡をあて、懐中電燈で照らしながら、何かドイッ語を交へて言ふ。助手がそれをカルテに記入する。
「はい、きれいです」
 三雲教授はさう言つてから、私の顎下の首筋を強く押へる。教授は一寸改つた風に手を離しハまたドイツ語で言ふ。その後に立つてゐた木村医師がやはりドイツ語で答へる。
「いつそ取つてしまつたつて、いいぢやないか」
「以前から、×××(ドイツ語)はないやうですが」
「ぢや、暫く様子を見ることにしませう」
 教授はその先がコの字型になつてゐる測定器で、私の首筋の痼《しこり》の大きさを測り、カルテに記入させた。
「では、また|序《ついで》のよい時に来て下さい」
 病院から帰つて来た素子は、いきなり言つた。
「どうでした」
「検査の結果はマイナスだつたよ。ゲシュールも、今日はなくなつてゐたらしいな」
「さう、よかつた。あなたは大丈夫だとは思つてゐましたけれど」
「でもね、首筋の痼をね、取つてしまはうかつて、三雲教授に言はれたよ」
「すると、あなたでもまだ無罪放免つてわけにはいかんのね」
「さうらしいね、でも、口腔外科では心配ないと言はれてはゐるのだがね。さうさう、おばあちやんがね、早く東京へ帰りたいのだつて」
 母は最近、兄の家から、亡くなつた姉の長男、つまり母の孫のところへ移つた。その|甥《をひ》からの来信を私は素子に渡した。
「へえ、珍しいこともあるもんね」
 この一夏を鳴きあかしたきりぎりすは、先日、死んだ。今、庭には蟋蟀《こほろぎ》が盛んに鳴いてゐる。短い撥音を単調に繰り返してゐるのもゐる。語尾を高く張り上げて、旋律の美しいのもゐる。
 先年、素子の郷里の天神山の|草叢《くさむら》で、私は鈴虫の鳴くのを見てゐたことがある。私の足音に声をとめた鈴虫は長い|髭《ひげ》を緩く動かしてゐたが、やがて夕風に誘はれるやうに、|翅《はね》を|慄《ふる》はせて、鳴き始めた。よほど激しく翅を打交はすからであらうか、翅の輪郭は目に霞み、却つて静止してゐるかに見えた。
「|流石《さすが》のおばあさんも、よほどお|懲《こ》りになつたのでせうね」
「田舎の家こそ死に場所と、気持は張り切つてゐても、人間といふものは肉体的苦痛には至つて弱いものだからね」
「全くさうね。でも、これで安心しました。やはり敬三さんに迎へに行つていただくより、他にありませんわね」
「弟のところへは、兄からも手紙を出してくれられたやうだが、私も頼みに行つてくるよ」
 庭には、既に夕闇が漂つてゐる。虫はいよいよ盛んに鳴いてゐる。いろいろの音色が重り合つてなかなか賑やかである。
 母は弟に伴はれて、帰京した。私は東京駅に出迎へた。母の左手は殆ど使用に堪へない。足つきも至つて|覚束《おほつか》なく、私に抱へられて、|漸《やうや》く、ホームの階段を降りた。初老の痩せた男に辛うじて抱へられた老婆の姿は、見るからに哀れを催させたのであらうか。
「いや、御苦労さんでした」と、改札員が声をかけた。
 漸くわが家に帰り、居間に通つた母は崩れ落ちるやうに坐つて、言つた。
「ああ、やれやれ、もうこれでどこへも動かいでもよい。みんなのお蔭さんでな」
 母はかなり疲れたらしく、その翌日も床の中で休んでゐたが、翌翌日からは寝たり、起きたりの日が続き、数日後、床を上げさせた。しかし母はもう散歩に出るやうなこともなく、テレビを見たり、時には、陽溜りで座蒲団を敷いて横になり、そのまま眠つてしまふこともあつた。が、食欲はしつかりしてゐ、何かと註文を出しては、素子達を笑はせてゐた。
 私は三雲教授の前に腰かけてゐる。教授は口中の診察を終り、測定器で私の首の痼を測る。例によつてドイツ語の入る会話を交してから教授は私に言つた。
「心配いらないやうです。殊に、この頃、この辺の皮膚がつやつやして来ましたね。いや、結構でせう。では、次ぎは、来年になつてからでいいでせう」
 帰路を急ぐ私の足が自然にいそいそとなつて来るのを、私はどうしやうもなかつた。
 朝食の時、母は茶碗を手に取り、|箸《はし》を運ばうとして、また茶碗を食卓に返した。
「今日は、御飯を、おいときますわ」
 さう言つて、母は立ち上る。
「気分がお悪いですか」
 私も素子も立ち上る。母はよろけるやうに居間の方へ行かうとする。女中の綾子が急いで床をとる。母はその上にくの字型に倒れる。直ぐ母が言ふ。
「胸がむかつきさうやがな」
 私は急いで洗面器を持つて来る。母はその中にかなり大量の血を吐いた。
 北海道から帰つてゐた長男を医者の許へ走らせる。杉本医師を伴つて、長男は帰つて来る。杉本医師は母を診察してから、別室で洗面器の血を視ながら言ふ。
「|喀血《かくけつ》か、吐血か、どちらですか。喀血なら肺、吐血なら胃、|潰瘍《くわいやう》か、癌でせうね。しかし心臓は割にしつかりしてゐますよ」
「さうですか」
「とにかく今日は安静にしておいてV経過によつて、明日でもレントゲンを撮つてみませう。でも、多分喀血でせう。血がかなり赤いですからね」
 さう言ひ残して、杉本医師は帰つて行つた。杉本医師を送りに出た私も、素子も、長男も暫く物を言はなかつた。
 しかし母は続いての喀血はなく、比較的安らかな表情で寝てゐる。
「もうどうもしてもらはいでも、よろしいほんな。何一つ、思ひ残すことはあらあへんでな」
「それは一寸、気がお早いやうですね。とにかく静かあに、休んでて下さいね」
「はいはい」
 母はその後も喀血はなく、翌日、胸部のレントゲン写真を撮ることになる。が、私も素子も病院へ行く日である。後を長男に任せて、家を出る。
 病院から急いで帰つて来て、私は母の枕許に坐つた。母は割合元気さうである。
「今日は、まるで北海道行みたいなつもりで、行つて来ましたわ。兄ちやんや、綾ちやんまで、親切にしてくれやはるので、有難いことどす」
 翌日、私は杉本医院へ行く。杉本医師は机の上に母のレントゲン写真を立て、電光で照明しながら言ふ。
「肺はきれいですね。しかしその後、血が出ないのですから、胃でもありませんよ。老人性欝血でせう」
 杉本医師はレントゲン写真の黒くなつた部分を指し示しながら言ふ。
「かう、血管が膨脹してゐます。しかしそれほど心配することもないでせう。息苦しがられるやうなことがあつたら知らせて下さい。食物などもぼつぼつ不断にかへしてよいでせう」
 私は杉本医院の扉を開いた。空はまつ青に晴れ渡り、秋の妙に明るい光線が道に、屋根に、木木の葉の上に降り注いでゐる。どこからともなく|木犀《もくせい》の香りが漂つて来る。空気が湿つてゐないためか、|一入《ひとしほ》香りは高く、快く鼻の粘膜を刺戟する。私はいつも母が口にするやうに、二日喜び、一日喜びLと、|呟《つぶや》きながら、帰つて行つた。
 母はその後も不思議なほど順調に回復して行つた。食欲も旧に復し、
「さすがに、固い御飯をよばれると、しつかりしますわいな」などと言つてゐる。顔色も帰京した当時よりずつと好くなり、唇なども鮮かに紅い。
 素子の傷口はまだ完全には癒着しないが、非常に浅くなつた。素子も血色は好くなり、むしろ少し太つたやうで、外見上だけから言へば、健康者と殆ど違はない。病院へ行かない日は、私の手当てを受けて、
勤務にも出てゐる。
 私も気力はかなり充実してゐるつもりでゐる。仕事にも自分なりに打込むことができる。殊に仕事を終つた後の晩酌は、一入楽しい。
 近年、事の多かつたわが家にも、一応は平安な日日が過ぎ去つて行くやうである。
 昨夜のことである。
 素子が素早く銚子を取つて、コップに酒を注いだ。
「いけないよ。まだ傷口が塞がつてゐないんだから」
「いいの。いいのよ」
 既に快い酔ひを発してゐた私には、記憶はないが、素子は私を責め続けてゐる。私は頻りに弁解してゐたらしいが、素子は全然聞き入れない。また、素子がコップに酒を注ぐ。
「いけない。ほんとに、そんな無茶をしちや、駄目ぢやないか」
「いいの。構つてくれなくつてもいいの」
 素子はコップの酒を|呷《あふ》り、盛んに私を攻撃する。勝手な仮定を設け、独断的に極めつけるのである。もつとも肝腎の内容は記憶にないが、その感じだけが強く頭に残つてゐる。しかも素子は私の揚げ足を取つたりして、|執拗《しつえう》に|絡《から》んで来る。私は次第に不愉快になつて来る。が、その不快さは、むしろ肉体的な苦痛から来てゐるらしい。丁度、その頃の私の頭の中では、酔ひと眠りが快い戯れに耽つてゐる最中なのである。つまり私はひどく眠いのである。が、素子はいつかな私を離さうとしない。
「もうそんな馬鹿なことを言つてないで、早く寝ようよ」
「寝よう。だけど、馬鹿なことつて、馬鹿なことつて、何だい」
 酔つた頭にも、私がひどく自暴自棄的な感情に襲はれたことは覚えてゐるが、この時であつたかも知れない。しかし快い眠りを逃がさないために、私は始終酒を飲み続けてゐたので、その後は全く記憶を残してゐない。
 今朝、私は目を覚した。少し睡眠が足りなかつたやうである。確かな記憶はないが、私の頭の中には、あまり愉快でない沈澱物が残ってゐるやうである。
 素子も同じ思ひのやうである。素子は床の上に起き上ると、沈痛な表情で言つた。
「昨夜『早う癌で死んでしまへ』つて、おつしやつたのよ。あなたにそんなこと言はせるなんて、私つて、よつぼどいけない女ですのね」
 今、私はいつものやうに机に向かつてゐる。先日、素子が張り替へた、まつ白い内障子に、ガラス戸越しに柔かい陽ざしがあたつてゐる。その明るい障子の上には、黒い枝影が映つてゐる。
 庭には、いつか虫の音は絶えた。先日、私はそれと気がつき、軽い感懐を催してゐた時、不意に、また弱弱しい虫の音が聞こえて来たものである。が、今日はいつまで耳を|敲《そばだ》ててゐても、遂に、その声は聞こえて来ない。今は|山茶花《さざんくわ》の花盛りである。その花の色が、内障子に嵌《は》まつてゐる|磨《すり》ガラスの花模様の透しを通して、赤く映つてゐる。八つ手もその先きに|蕾《つぼみ》の丸い総をつけた花柄を伸した。いかにも冬の花らしい、小さな純白の花を開くのも、間もないことであらう。
 しかし昨夜のことが、私の頭から寸時も離れない。昨夜、素子はどうやら平塚礼子のことで、私を責めたやうである。平塚礼子は素子の旧い友人で、今度、私の娘の縁談を知らせてくれた人である。その礼子を私が軽蔑してゐると、昨夜も素子は私を難じ続けたやうに思はれる。
 さう言へば、以前、礼子が初めて素子の病気を見舞つた時、素子は貰ひ合はせた品物を|土産《みやげ》に持たせて帰したことがあつた。いかにも手当り次第といつた感じで、私は素子に注意を与へたことがある。が、生憎《あいにく》、それがかなり珍重な品であつたので、素子は私がそれを惜しんだものと解し、酔つた素子に、私が礼子を軽蔑してゐるといふ口実を与へたのではないか。
 しかしそんなことは凡そ無意味である。問題は、何が、素子に、あんなに酒を求めさせたか。さうしてあのやうな乱暴な振舞に陥らせたか、にある。ふと、そこに思ひ至つて、私は|慄然《りつぜん》となる。
 人間は誰でも|彼奴《あいつ》に見られてゐるのに違ひない。ただ多くの人はそれを意識しないだけである。素子ももとより自ら求めて意識してゐるわけではなからう。意識しないわけにはいかないのである。しかしあんな奴の視線を常住坐臥に意識してゐなければならないとすれば、たまつたものではない。
 しかし僅かな酔ひが却つてその恐怖を甚しくする揚合のあることは、私も経験してゐる。素子は彼奴の目を意識しないためには、あんなに頑是《ぐわんぜ》なく、より深い酔ひを求めなければならなかつたのではないか。
 更に、彼奴がこんなに恐しいのは、人を愛するからである。その恐怖から脱するためには、素子は私を憎むより他はなからう。その挙句、激しい酔ひに助けられ、素子は悪魔を呼ぶことに成功した、と考へら
れなくもなからう。
 しかし私も酔つてゐる。快い酔ひが、彼奴に見られてゐる恐怖など、すつかり忘れさせてゐる。が、同時に、素子は片時も彼奴の恐怖を忘れることはできないのである、といふ分別も失はれてゐる。
 私の側に坐つて、先刻から執拗に責め立ててゐるのは、素子ではない。最早、悪魔にその身を売つた女であるに違ひない。こんな女のために、私が彼奴を恐れる必要は少しもない。まして娘の縁談に関してもゐる。悪魔はどんな屬手を伸さぬとも限らない。
 深く酔つた私の頭にも、突然、あの捨鉢のやうな激情が湧いた、その記憶は残つてゐる。決して酒の上の暴言と言ひ逃れることはできない。こんな悪魔に|憑《つ》かれたやうな女を振り切るためには、私もやはり悪魔を呼ぶより他はなかつたのである。
 陽は大分西に廻つたやうである。きららな光線が斜に差し入り、原稿用紙の上に磨ガラスの花模様を映してゐる。外には微風もないらしく、障子の枝影も動かない。先刻まで、綾子が庭を掃いてゐたやうであるが、今はその落葉の音も止んだ。
 静かである。時間が進行を停止したのではないかと思はれるほど、静かである、とも言へなくもない。が、逆に、あまり静かであると、却《かへ》つて時間が極めて静かに過ぎ去つて行くのが判るやうでもある。
 素子は今のところでは何の異状もなく、先づは平穏な日日を送つてゐる。が、そんな安らかな一夜の微酔が、却つて不意に、あの恐怖を呼び覚したのではなからうか。私もあの時は、毒をもつて毒を制するつもりであつたのであらう。すると、あの恐怖は潜在意識となつて、いつも私の頭の中にも潜んでゐるもののやうである。
 しかし今日は至つて穏かな日である。障子には明るく、晩秋の陽があたつてゐる。気温も暖く、微風さへもない。そんな静けさの中を、極めて緩い速度で時が経つて行くのは、障子に映つてゐる枝影が徐徐にところを移すので判る。しかし私自身も静けさの中に摂取されたやうで、私の心も静かである。まるで私は時の車に乗せられたやうで、むしろこの一刻、一刻が頻りに愛しまれてならない。
 太陽が向かひの家の屋根に隠れ初めたやうである。障子の陽ざしが下段の方から消えて行く。私は障子の陽ざしをぢつと見つめてゐる。かうして陽ざしをぢつと見つめてゐると、太陽の沈むのは存外早いやうである。やがて、最後の|仄《ほの》かな微光がすうつと消えた。たの急に障子の白さが浮き出したやうである。しかし私は何かの余韻を愉しむかのやうにそのままぢつと動かなかつた。
                    (昭和三十六年一月)
 
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