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南幸夫「くらがり坂の怪」

 K村の――勿論、村だから村端れで、町はずれとは云えないだろうけれども、どうも、町はずれといいたい所、――村の真中にあたって日本中に名を知れた霊場があるが、その門前を右へ曲って、街道筋の両側はおお方は商家で、銭湯もあればその隣りが小間物屋で申訳らしく化粧品が|塵≪ちり≫まみれになっていようという陳列箱が店先に|晒≪さら≫されているし、その向いが内科外科小児科何でも出来ないものはないという便利な名医の家であると、その隣りには黒々と光りかえって焼芋の|竃≪かまど≫がのさばりかえっている上に、こいつばかりは流石に自慢に価しようという草鞋が束でぶらさがっている。魚屋もあれば呉服物をならべた荒物屋もある。といった風に軒を並べているのである。道が曲って駄菓子屋があって、少し行って醤油屋があって、やがて片側は麦畑、片側は小学校で門の柳が、村はずれらしくというか、町はずれらしくというかいささか風情ありげに枝を垂らしているところまで、とにかく商家といわなくてはならぬものが並んでいるのであるから、こう、ちょっと、何となく町といいたい有様である。だから、そのK村の町はずれなのだが、今いった通り小学校から先は両側とも畑で、そう、見渡す限り田というものが一枚もなく、麦畑か桑畑で、そこからは全くの村、田舎となり切って、やがて隣村へ足が届こうという、その境目がくらがり坂と名づけられる。
 くらがり坂というから、坂道になっているに相違ないが、驚くにもあたらない。ほんの申訳ほどのだらだら坂である。然し、左へ雑木林が続いて、右にも小山がある。本来この二つの山は一つに続いていたものであったに相違なく、それが切り開かれてそこに道が通じて、ふたつの山になったものであるらしい。あらわに見える石の層がそんな風に見える。なあんだ、それじゃ右も左も山なんて云ったって、山というほどのものもあるまい。手が届くだろうとたかをくくるだろうが、なるほど右の方は小山だ。極めて低い小さなものだが、左の方はずっと高い。道を歩いていたのでは、繁った雑木の枝にさえぎられてその頂きはとても見えない。ざわざわと葉擦れの音が頭の上からかぶさって来て、そこで、くらがり坂に凄味が出る。
 夜は、名の通り、真|黒≪くら≫がりである。月の出に、ほんの暫らくその坂道にあかりがさす。さしたからといって安心は出来まい。ぼこぼこに乾いた土が月の光をうけると燐光色にゆらゆらと燃えるのだ。あけがた月が西に傾いて遠い遠い野末の一列に松並木がある向うの海へ、瘠せ衰えて白々と生気なく放心したような顔をして沈んでゆく時に、またその坂道に、かすかに流し目を送るほどに光がさす。その間の時刻には金輪際、光というものにはよほど大胆な旅人か村人が手にもって来る提灯の外にはその坂道が照らされることはないのだ。
 くらがり坂というからには、名にそむかず真暗――どうだ凄かろう。何か出なくてはおさまりのつかない場所なのさ。
 果して出るんだ。
 くらがり坂に人魂が出る。
 青白い、それで少しばかり赤みをおびた、――それを見たという人の話では、火とは云いにくい変な、ぼうっとしたあかるみの塊りが宙にういて、ゆらゆらと飛ぶのだそうだ。頭があって、まるい、ぼっと締りのない変なもので、尾が生えている。お玉杓子のようなものだと昔からいうが、まったくそのようなものだ。そいつが、くらがり坂の山と木とに囲まれ|蔽≪おお≫われた真の闇の中へ、ぼうっと飛んで出たと、その見たという人が村中へ吹聴した。
 村中、勿論、その評判でもち切りのところへ、また他の誰かがその人魂を見たという。人々は恐れた。
 お寺の和尚は、勿論人魂というものはあるものだというから、なお更、評判が大きく、恐怖も大きくなる。が和尚はその代りに人魂除のまじないを教えた。
「魂はみつ、主は何とかいうのだな――」
「お主まだ憶えぬのか」
「とかく、ものおじのせぬ者は憶えがおそいて。お主はもう憶えたか、憶えたら云うて見い」
「大口きいて何のざまじゃ、憶えたいなら教えてくれというがよい。よく聞けよ。魂はみつ主は誰とも知らねども、結びとどめつ下がいのつま、とこうじゃ」
 一|頻≪しき≫りに和尚が教えた人魂除けの願の暗誦が大流行。そんなものが流行するにつけ、人魂は一つ出たものが二つになり、三つになり、まるで人魂の市でも立ったほどの大評判。
 然し、ただひとりその人魂説に反対を唱える人がいた。例の内科外科何でも来いの名医先生である。
「先生、ゆうべも八右衛門が人魂を見たそうな」
「くらがり坂でか、何処から出て来たというたかい」
「さあ」
「あすこには人魂なんぞ出る筈はないそ。あすこで誰か人の死んだことがあったか。人魂というものは世の中にあるかもしれん。が、人間の死骸からあれは出るものじゃでな。人の死んだことのない処には人魂は出ぬものじゃ」
「なるほど、然し、ずっと前に誰か死んだことがないとも限らんでな」
「そうか、わしもこの土地で生れてから五十年にもなる。お前も六十年もここに住んでいるが、あすこで死人があったことは聞いたか。この五六十年の間にはなかったが、百年も二百年も前に死んだかもしれんが、そんな古い死骸からは人魂は出ぬものじゃ、出ぬというわけを説明してもよいが、むつかしい学問からわり出したことじゃで、お前にはとても分らん……あすこには人魂の出る筈はないのじゃ、安心したらええぞ」
 医者先生のあっぱれな弁舌でむつかしい学問云々まで引き出したから、聞く方ではひとたまりもなく敗北した。が、次の日、件の老人は、村一番の学者であるS家の隠居の説をもって逆襲して来た。
「S家の隠居にきいて見たらな、人魂は死人から出るに限らんそうな、生きてる人からも出るというてるが、何でも、そいつは鼻の穴から出入するものじゃて、何やら古い本を出して見せてくれたが」
「阿呆いわんことじゃ、くらがり坂に誰が住んでいる。生きた人間から出るにしても、人の居らんとこに出る筈があるか、ものの道理に合わんでないか」
 さて、この新説が難かしい学問に裏書きされて村中へぱっと拡がると、忽ち、人魂の評判が下火になる。急に出ないことになるのも義理が悪いのか、次ぎ次ぎに、人魂が出ないことになってしまった。学問の力はおそろしいものだった。
 が、くらがり坂の権威は、次の新しい噂さでまた盛りかえすことになった。
 夜々、くらがり坂に、人の泣き声が聞こえるというのだ。
 女に近い甲高い声で、ある時は|咽≪むせ≫び泣き、ある時は絹を裂くように叫ぶのだ。その声は左手の高い山から、繁った木の間からいきなり路上の人の耳へ電光のように閃入するかと思うと、風雨にさらされた断層の人を呪うようにかぶさったのを伝い降りて人の耳にしのび込んで来る。あの声はたしかにこの世に深い怨みを残したものに相違ない。それを聞くと人は自分の胸から一つかみの肉をもぎ取られるように感じ、心臓もその働きを止める。というような噂さである。くらがり坂の権威は旧に倍して、牢固として抜く可からざるものがある。が、例の名医先生、またもむつかしい学問を盾にとって、この新説を鼻の先で嘲笑って、くらがり坂の権威をないがしろにするようなことをした。
 田舎の医者、たいがい黒い紋附に油で光らせた髪を横に撫つけて、どじょう髯を生したという形だが、あの髯あの口からは到底いきな声なんぞ決して出やしない。せいぜいで下手な謡曲より外にはそれに似つかわしいものはあるまい。この名医先生も多分にもれず、謡曲がお道楽である。
 ある夜、一村越した先きの、そこは人口も稠密して町となったところの、医者仲間の下手なのが集って素謡会があって、この先生、夜更をひとりぶらぶらと帰って来た。
(あいつのあそこのところはちょっとよかったよ、自慢するだけのものが確かにある)
 そんな風に仲間の謡を、誰ひとり通る人もないのを幸に、人前では意地からもしないことを、その時は正直に感心しながらやって来た。
(ちょっとこういう具合だったな……思わざるに独子を、人商人にさらわれて、行方を聞けば逢坂の、関の東の国遠き……)
 とやってみたが、我ながら拙かったので、聞く人もないのに恥じて口をつぐんだ。と、その時、何か人声とも思われぬ叫び声が耳にはいったような気がした。その声が耳にはいったので謡をやめたのか、そのあたりのことは頗る微妙である。が、その謡がうまくいったとしたらその声が耳に入らなかったのだけは確かだと云えるだろう。
 ところは丁度、知らぬ間に、くらがり坂へかかっている。で、何かの声、かねて噂さの人の泣声がするというところだ。ここで大声あげて謡なんぞやっては、あいつ恐ろしさにあんなことをしたと人が云わないとも限らない。むつかしい学問を盾にとった手前、それはいかにも恥かしい。ここはひとつ、勇敢に心をおちつけ、耳をすまして行かねばならぬところだ。こう先生、下腹へ力をいれたのだった。
 が、その人の泣声らしいものはそれきり聞こえない。
 坂は峠を越して下りになる。すたすたと行くと、道は真暗だ。山も木も岩も死んだように眠っている。道は真暗だ。山の、木の、岩の、それらの寝息が音もない春の糠雨のように降って来るのだ。
「おじさん」
 そら出た! 瞬間に先生まったく魂げた。真暗な中から不意に、子供の声で泣きじやくったように、隠にこもっておじさんとやられたのだから、胸板をそっくり引ぱらされたほどに驚くのは当然である。心臓もとまるであろうに、膝もけくりとなるのも無理はない。
 その声が後から来るとか、横から来るとかしたならばそら出た! というので、夢中で先生も逃げたに相違ない。が、おじさんとその声が前から来たから、先生叩きのめされたようになりながら、思わず二三歩たじたじと後ずさったのだ。そこで、ぎょっとした彼の暗さに慣れた目に、六つか七つ位の、形容も出来ないほど汚い着物を着た男の子が映ったのだ。化物かとも思ったが、化物とはうけとれないまでに汚い着物を着ているのだ。狸でも子供に化けたのなら笠を冠って一升徳利を提げているから、その汚さでは化物の格にはあわない。で、勇気を出して、怖々とすかして見て、
「何じゃ、お前か今のは」やっと口をきいてみた。
「うん」すなおに答えて首肯いてまでいるから化物でもあるまい。
「お前、こんなとこで何してる」
「父さんと母さんとが喧嘩してる――」
「お前、どこの子じゃ、お前の家は何処じゃい」
「この上――」子供は指さした。それは、くらがり坂の上におおいかぶさって、繁った木にかくされた、人の恐怖がそこから生れて来る左手の高い山ではないか。
「この上――? あすこに家がある?」こいつ怪しい。或は化物かもしれない。あの山に家がある筈はないのだが、この汚い子供がどうして化物と見られるか。
「父さんが母さんをなぐってるのや、酒のんでる。おじさん行ってよ」
「よし!」先生大勇猛心を、暫時沈思黙考の上で出してからそう云った。子供は喜ばしげに先に立った。それに従ってゆくと、思いがけないところを小径が通じている。先生は登っていった。女の泣き声がする。咽で泣くかと思うと、ピーと身を切られるようにも泣く。
 三十間ばかりも登ってゆくと、下の坂道とは違っていくらか明くもあり、男と女とのもつれ合うのが見えた。
「こら!」いきなり先生は叫んだ。
 男もやはりぼろを着ているのだ。女はそれほど汚いとも見えなかった。家があるといったが、何の家なものか、やっとぼろ切れのつぎの合せたので風か露かをしのいだだけの小屋がけがあるばかりだった。こいつらは乞食か――。そう思えば女をなぐる男を止めてやりたくても手がつけられない。
「何じゃい」男はなるほど酒に酔っている。
「夜よなか夫婦喧嘩する奴があるか」乞食と見てとった先生の鼻息は荒い。ちょっと男のひるんだところを、女は顔をあげた。そうしてすばやく身をかわした。
「まあ先生、聞いて下され」
 こんな奴らに先生といわれる馴染でもないがと思ったのを、
「いったい何で夫婦喧嘩じゃい」と口に出して、我ながら物好きだと先生は苦笑した。
「この人はな極道な男で、毎晩毎晩わたしをなぐりますのじゃ。わしをなぐって酒の肴にしてますのじゃ。今夜も酒買うて帰らなんだというので、わしを踏んだり叩いたり責めさいなむのじゃー」
「酒は呑んどるじゃないか」
「今日も貰いに出た帰りに酒買うて来なんだとぬかしてわしをなぐるのですわい。なあ先生、乞食するのも商売じゃで、汚い着物も着ますがのう、なんであの汚いなりで人様の店へものを買いに行けますか。わしも女だで、ちっとはなりふりのことも思いますわ。あんななりで物を買いに行って売ってくれますか。それをこの人は何と云うても承知せぬのじゃ……。酒買うて来たら買うて来たで酔いくさって、人をなぐっては肴にしよる、それも昨日今日のことではないのじゃ、この極道め! 旦那様よう云うて聞かしてやって下され」
 名医先生はおやおやと思った。女乞食のいうことに感じさせるものはあったが、おやおやの方が先に立った。云って聞かすのも乞食の喧嘩であって見れば、物好きなと軽蔑が先に立つ。
「子供が可哀そうじゃないか。仲よく寝ろ寝ろ」
 で、先生は女の言い分に賛成して山を下っていった。
 世の中の妖怪沙汰はおお方こんなものだ。もとを探ぐってみれば乞食の喧嘩ではないか。道道先生は凱旋将軍のごとく態度悠々と心快闊で微笑をうかべていたのであった。
 然し、さきの夜のくらがり坂の人魂は、この女乞食の体内から、自由にあこがれる魂があの広い麦畑の上に迷い出たものでなかったと、どうして云い得ようか。
                          (「探偵文藝」一九二六年八月号)

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