|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|

佐藤春夫訳「徒然草」八十五


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 人間の心というものは素直なものではないから偽がないとは言えない。けれども自然と正直な人だって無いと断言できようか。自分は素直ではなくて人の賢を見て羨むのが世間の常態である。それを最も愚な人が賢い人を見たりすればこれを悪《にく》むものである。大きな利益を得ようと思って小さな利益を受けないとか虚飾をして名声を博しようとするのだとか謗《そし》る。自分の心と賢者の行為とが違っているのでこんな非難をする者の正体は察せられる。これらの人は愚中の愚で、とうていつける薬もない。彼らはいつわりにもせよ小利を解することもできまい。うそにも愚者の真似はしてならない。狂人の真似をして大通りを走ったら、つまりは狂人である。悪人の真似だといって人を殺したら、悪人である。千里の駿馬に見ならうのは千里の駿馬の仲聞である。大聖舜を学ぶ者は舜の一類である。上べだけにしろ賢者を手本にするのを賢者といっていいのである。
メニュー

更新履歴
取得中です。