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佐藤春夫訳「徒然草」百三十二

 鳥羽のつくり道というのは・鳥羽殿が応徳三年に建てられて以来にできたのではない。昔からの名前である。元良親王が元日の奉賀の声がすこぶるすぐれていたので式場の大極《だいごく》殿から鳥羽のつくり道まで聞えたということが、式部卿重明親王の記録にあるということである。

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