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西尾正「骸骨」


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西尾正「骸骨」


   稲づまやかほのところが薄の穂
                骸骨絵賛に、芭蕉

 …… 溜まっていた仕事をすませると、私はほっとした思いで散歩に出ることにした。私は晴ればれとした気持で材木座から長谷の海岸を往復した後、街の本屋へ出る つもりで再び軟い砂丘を登った。長い松の並木路をぶらぶらと歩いて行くと、先方から、多分入れ違いに海岸へ出る人なのであろう、痩せて背のひょろひょろし た粗衣無帽の男が、遠目でもそれと知られる青白い額に垂れ下がる頭髪を神経質に掻《か》き上げながら、風に吹かれる枯木のようにふらふらと私の方に近付い て来る姿が眼に入った。
 そういう一見病的の男が海岸地を所在無気に逍遙《しょうよう》している図は少しも珍しいことではなく、多分結核患者であ ろうと気にもとめずにすれ違おうとした時、「Nさんではありませんか?」と突然呼びかけられたのである。私は一瞬はっとしてその声の主をよくよく見れば、 その男こそこれから述べるちょっとばかり風変わりな主人公、この世を生きるに適せざる弱者――暫時《ざんじ》的に惨《みじ》めな転落を見せた『吉田《よし だ》』と呼ぶ男だったのである。
 ――私が初めて吉田と知り合いになったのは、今から五、六年前、私がK大学の学生であった頃学業を怠《おこ た》ってある新劇団の俳優を勤めていた時で、彼はその劇団の文芸部員であった。吉田は当時ようやく頭角を現わし始めた優秀な劇場人《セアター・マン》で、 彼の創る戯曲も二、三の職業劇団によって上演せられ、のみならず語学的才能の非常に豊富なところから、逞《たくま》しい精力を駆使して各国の名戯曲を翻訳 しては我が国の知識階級に紹介していた。
 ……知り合いになったとはいっても由来劇団の機構は文芸部と演技部の人達をそれほど親密に接近させる機 会を与えないのが普通で、吉田も私もつぎの如《ごと》きキッカケがなかったならば、路傍で出会っても単に頭を下げ合う程度の仲で永久に別れてしまったであ ろう。それは私達の劇団がU・A老の『金玉均《きんぎょくきん》』を上演することになったからで、私がその金に幾分か似ているところから主役を命ぜられ、 化粧法《メーク・アップ》研究の必要上知人から金玉均の肖像蒐集をくわだてたが思わしく集まらず業を煮やしていた時に、吉田が自身所蔵の明瞭な写真二葉を 貸し与えてくれたから二人の関係がかなり親密となっていったのである。
 写真を借りに訪ねた時吉田夫人と一子|貞雄《さだお》とも近づきになっ た。夫人は痩《や》せた吉田とは正反対のむしろ背の低いが小肥《こぶと》りの断髪婦人で、当時小学生であった貞雄はどっちかといえば父親似の、繊弱《せん じゃく》な骨組の秀才少年らしい顔つきをしていた。なんでも人の噂によれば、二人の結婚は激しい恋愛の後の相惚れ結びで、家庭愛にも恵まれ文運もとみに上 がり、Nelmezzodelcammindinostravita『人生の道なかばにありて』名声を獲得した吉田の得意は、当時オ坊チャンの世間知らず で、慾得なしの私にすら想像できるくらいであった。
 今でも思い起こすことができる――ある時は見るからに高価な蛇の鱗を思わせる真大島の対を、 ままある時は豪華な書物を装丁にでも用いたくなるような渋味の紬《つむぎ》にセルの袴をはき、錚々《そうそう》たる先輩連中を向こうに廻わし、青白い頬を 紅らめ、潤いの瞳をきらきらと輝かし、口角泡を飛ばして劇団合評会に臨んでいた意気|衝天《しようてん》の彼を! が、不運なことに、それから半年もたた ぬうちに私達の専属していた劇団が統率者K氏の病没が契機となって分裂瓦解してしまった。
 私自身はその解散と時を同じうして無統制《アナキステ イツク》な長年の不摂生から健康を害し、三月ほどの病床生活を送ったのをキッカケに俳優生活を清算してしまい、吉田と出会う機会を失ったが、吉田もさらに 不運なことに、夫人を腸チフスで失い意気|沮喪《そそう》のまま一切の劇団関係から身を引いてしまったという報知を新聞雑誌の消息欄で知ることができた。 吉田は唯一の宝であった愛妻を失って極度の|沈潜《スランプ》に陥ってしまったに相違ないのだ。
 それから二年の後、私はそれでも落第せず無事に 学校を卒業し居を鎌倉に定めて妻帯し、ある特許を受けた商品の製造を業とする父の助手をするようになりますます以前の仲間《グループ》からは疎遠となり、 その間、絶えず新聞雑誌に注目して吉田のnomdeplume《ノム・ド・プリウム》を発見することにつとめていたが、どうしたことか、丸二年間も彼は何 等《なんら》社会的な仕事をしなかったらしい。居は転々と定まらぬと見え、送る手紙は皆住所不明で戻って来た。もうそれなり永久に会えないものと思ってい たところ――外やみじめな『街の商人』にまで落魄《らくはく》し果てた吉田とN劇場工事場前の仄暗《ほのぐら》い中で、まことに劇的な意外さをもって出会 うことができたのである。
 ……その夜は多分生暖かい五月の初旬――季節など本編の筋《フアプラ》には関係がないからどうでもよいが、私がH座で 映画を見ての帰途、有楽町駅に向かって歩いて行くと、「もしもし……もしもし……」と呼びかける細い声にはっとして振り返ると、型の崩れたソフトを眼深に 冠り誇張していえば臍《へそ》の位置がうかがえるまでに厚味のない胸をはだけた相手の男は、頭上の街燈を避けるように俯《うつむ》いたまま、燕《つばめ》 のように素早い足取りでツツツーと灯影の暗い路地裏へ、呆気《あつけ》にとられた私を巧みに誘い込んでしまった。その奇態な男こそ吉田彼自身であったの だ。
 呼びとめた鴨《かも》が私であると知った彼の驚きは、久し振りで意外な姿を見た私の驚きよりも数倍の力をもって彼の胸を脅やかしたに相違な い。彼はじっと私の顔を見つめていたが、やがて、「あッはあ……Nさん!」と、溜息《ためいき》とも叫びともつかぬ不明瞭な音を発するとそのままくるりと 背中を向け、素早く私の前から消え去ろうとした。が、いかに変転はしても忍術使いにだけはなれなかったと見え、まごまごしているところを、「吉田さん、 待ってください!」と決定的な叫びで呼びとめてしまった。相手の職業などどうでもいい、久し振りで会った懐しさを押えることができなかったのだ。
 …… その夜付近のバア・アオオニで麦酒《ビール》を傾けつつ会わずにいた二年間の消息を聞くことができたが、それらはことごとく私を驚かせた。吉田は死ぬほど までに愛していた夫人を失うと予期の如く仕事も何もできなくなり、貞雄を長崎市銅座町の故郷の母のもとに預けたという。それまではいいが、直後、どうした ことか無軌道荒淫の生活が始められた。従って健康が損われ慢性下痢、赤面恐怖、不眠などの症状が頭をもたげ……かくて肉体が衰え神経が脆弱《ぜいじやく》 になればなるほど肉体欲情だけが病的なほど鋭敏となり、精力と欲望との不均衝から満すべきものは満されずついに救い難いOnanist《オナニスト》に転 落したという。ロンブローゾによれば天才にはOnanist《オナニスト》が多いとのことで、吉田が天才であるかないかはしばらくおき、女性から受ける愉 悦を実際以上に買いかぶらねばやまぬ宿命を持った吉田が、現実の女性に幻滅を覚えてOnanist《オナニスト》に逃避したという過程もわからないことは ない。
 が、この悪癖も奇妙なことから治癒をみた――つまり、吉田は彼がいかに妄想を逞しくしても達し得ないほどの魅力を持つ『F子』と呼ぶ女性 と相識《あいし》るようになり、偶然写真技術に堪能であった彼が、女と女の旦那(註・F子は芸者上がりの妾《めかけ》であった)が企てていた密画製造団の 現像部の仕事をするようになってから、ケロリ病苦を忘れて元の健康を取り戻すことができたというのである。吉田は恥じらいながらも耽溺《たんでき》してい たF子の肉体がいかに素晴らしいものであるか、そしてまた密画写真の現像がいかに戦慄的《スリリング》な仕事であるかを礼讃《らいさん》した。……結核患 者の微量|喀血《かっけつ》にも似たほのかな赤洋燈《ランプ》の前で、クリーム色の乾板《プレート》の予期せざる方角から――ある時は真ん中ある時は四隅 から見知らぬ女の肉体のさまざまな部分がもやもやと現われてくる陰性の歓喜!……
「J・T氏の『友田と松永の話』という小説に」と吉田は説明し た。「――あらゆる奔放な官能享楽の生活を送ることによってそれ以前十一貫しかなかった体重を十八貫以上にふやすことに成功した男の奇怪な話があります が、以毒制毒《いどくせいどく》とでもいうのでしょうか、F子と仕事から得られる有頂天《エクスタシー》は一切の強迫観念的なるものを追い払い、私の健康 を次第に正常《ノーマル》な状態に導いていったからふしぎではありませんか! 私はF子によって初めて『女』の何たるかを知ることができたのです。Sとい う女の旦那が脳溢血でたおれてしまってから、ふたりは公然の夫婦関係を結び今日に至りました。これがそのF子です。どうぞ御覧ください……」
 吉 田はこういい終わって一葉のカビネ型の裸体写真を差し出した。受け取って眺めると、照明の配置よろしきを得たためかObscenePicture《オブ シーン・ピクチュア》にはとれている[#ママ。「なれている」か。]、流石《さすが》の私も一驚を喫するほど素晴らしい魅力を放つシロモノで、その写真ほ ど女体の美醜を――と敢えていう――写実的に写し出した逸品を見たことはなかった。
 抒情的な浮世絵模様(註・広重『東海道五十三次』の模写であ るらしい)の長屏風を背景に右手に一輪の薔薇《ばら》を持ち左手を腰におき正面を向いて立っている得体の知れぬ女の逞しさは、成程《なるほど》病的なるも の神経質的なるものの一切を脚下に見下ろす悠々たる肉体美であった。一見『シレエヌのヴェニコス像』張りの肉体とボッティチェリの描いた『聖母像』式の顔 を持っている女なのだ。……といえばいかにも嘘《うそ》らしくなるが、読者は対象があくまでも一日本婦人であり髪を高島田に結い薔薇を持つなど俗悪な姿態 《ポーズ》を構えていることを考えて、さらに日本人特有の肉体的欠点を加えていただきたい。それがかえって、単純に造型的な作り物としか感じられぬ外国婦 人の鈍感な美に陥ることから逃れ、芸術品になり切ることから救われ《、、、》、ObscenePicture《オブシーン・ピクチユア》独特の持ち味を発 揮しているのだけれど。……
 だが何故に女団長である彼女自身までが、己れの肉体を好事家の眼前にさらさねばならないのであろうか? ――この間 に対して吉田は、F子こそ世にも救い難い露出症患者であると答えた。いずれにしても繊弱な吉田が更生するほどの女であることは確かで、私も思わず、「素晴 らしい女ですね!」と感嘆の音を発したくらいである。
 ……さて、話題をもどして、右の如き経緯《いきさつ》の後に三年振りで意外にも冒頭に述べた如《ごと》く鎌倉の並木道で吉田の心佗《うらぶ》れた姿に出会ったのである。
  二人はその後の無音を謝し、幾分か気不味《きまず》い思いで海岸を歩きながらたがいの生活を問うた。吉田は二年の問に秘密の職業にも倦《うと》んじ果て、 現在では昨年の春から鎌倉へ移り長谷のH饅頭店の裏手の二軒家を借り受け、友人の関係しているある化粧品会社の広告部の仕事をしつつ、『いい戯曲』を書く ために待機生活を送っているとのことであった。貞雄については……故郷の中学二年生に無事成長した旨を述べたが、肝腎《かんじん》のF子に関しては一言も 触れないので、不遠慮な私は、「例の女とはもうお別れになったのですか?」と訊《き》くと、彼は急にドギマギして髪を掻《か》き上げながら、「え? …… ええ! 別れ……ました」と答え、話題をただちに他へ転じてしまった。余程《よほど》このことを訊かれたことが不快だったらしい。近い内に再会することを 約してその日は別れたが、その翌々日散歩の途中吉田の借家に寄ることによって、私は奇態な彼の生活振りを知ることができた。
 吉田自身、「ちょっ と変わった家ですよ」といっていたが行ってみると成程《なるほど》一風変わっている。H饅頭店の角の路地を数間行くと右に粗末な木戸が見え、その木戸を開 けると七、八坪の雑草の生え茂った空地があり、その一番奥手に吉田の借家はあった。トタン屋根の八畳一間で、家というものから一切の無駄を省くとこうなる のではないかと思うくらい簡素をきわめたもので、無論玄関はなく南に展《ひら》いた縁側の両端に便所と台所が付いている。
 私が立ち寄ったのは既 に昼近い頃であったが、彼はまだ寝ていたらしくガタガタの雨戸が仕切られ、便所脇の竹林の根で一匹の真っ黒い小犬が暢気《のんき》そうに日向《ひなた》 ぼっこをしていた。私が声をかけると、「は……はい……」と応ずる寝惚け声が聞こえ、両目を真っ赤に充血させそのくせ顔色は青い吉田が現われ、雨戸を慌 《あわ》てて繰り始めた。請じられるまでに上がってみると――赤茶気た座敷の東北に破れた障子に仕切られた窓があり、上塗りも壁紙もない壁が泥臭い陰気な 臭いを放ち、部屋の片偶に脚の曲がった茶餉台《ちやぶだい》兼用の真っ黒な小机が据えられ、その上に薬罐《やかん》と湯呑《ゆの》みと大きなインキ壺《つ ぼ》がのっていて、まだなんとなく火の欲しい季節なので、吉田は眼を真っ赤に充血させ、家中を煙だらけにして火を起こしたが、その火鉢には灰が溢れ出るほ ど原稿紙の燃えかすや煙草の吹殻《すいがら》で一杯であった。
 吉田はその家で時計も新聞もなく、標札する貼らぬ世捨人のような孤独な自炊生活を送っていたのだ。商家区域ですら夏以外の鎌倉は物淋しいから、少しでも奥まると全くなんの音も聞こえてこない。
  私は余りの静かさに、「淋しくはございませんか?」と訊くと、吉田は青筋のふくらんだ握り拳《こぶし》の中へ力弱い咳《せき》を落としながら、「…… エー、高木《たかぎ》という絵の勉強をしている人が時折訪ねてきますが、その人より他にくる者は一人もありません。もう半年以上もいるのですが……ずいぶ んのんきな話で、まだ戸籍《こせき》調べにもきませんよ。ふだんは私とそこに寝ている知らないうちにまぎれこんできた野良犬だけです。……」と答えて、顎 《あご》で黒犬を差した。雑種ではあるがどこかにかすかなテリヤ種の血統を引いているらしい犬は、眠た気な眼をしばたたいて主人と客とを代わるがわる眺め やったがまた物倦気《ものうげ》に眼を閉じて顎を地面につけてしまった。
 雑談数刻……別れ際に私は冗談のように――「人殺しをしてお宅の押入れの中へかくしておいたら一週間ぐらいはわからないでしょうね?」というと、吉田も徴笑して、「……ハハ、そうですね、ここなら少しくらい声をだしてもあたりには聞こえませんからね。……」と答えた。
  散歩をすればおのずと知人の家の方角へ足を向いてしまう狭い鎌倉のことであるから、この訪問以来二人はたがいに訪ねては話し合うようにさえなった。やがて は吉田の稀《まれ》な知人である青年画家高木にも紹介され(註・彼は長谷通りの煙草屋の二階に間借りをしていた)、吉田と高木と私の三人の生活がその後ひ と月ひた月と続けられていった。私達は相互に仇名を持つようになり、(註・吉田はときたまいかなる体の調子からか、二日間ばかり食事もとらずに、眠り続け ることがあった。これを高木は『吉田さんの無着陸飛行』と呼んだ。また高木は間食を一切せず、毎食正確に四杯食い、喫茶店へ行っても珈琲《コーヒー》は飲 まず必ずミルクをとり、早寝早起きの几帳面《きちようめん》に、吉田はあきれて高木を『質実剛健士《・・・・・》』とからかった。最後に私は、非常に散歩 好きのところから『散歩魔』と呼ばれた)……かくて無着陸飛行の名手と質実剛健士と散歩魔は、膝を合わせると主として絵画、演劇、一般芸術に関してさかん な議論を闘わせるようになったのである。


 その夜は五月の清風明月の素敵な夜であった。吉田が次のような『怪談』を語ったのは……。
  吉田と私は海を望める私宅の階上の露台で、はからずも夕刻から十二時近くまでvis-a-vis《ヴイ・ザ・ヴイ》の時間を過した。というのもその夜が余 りに快適だったからで……月の懸《かか》っている気帯は清澄なのだが、地上海面に近い辺には春夜独特の薄靄《うすもや》が一面に降りて遠い地平線を被い尽 しその境目が皆目わからず、あたかも一枚の広大な薄布を渚から天に向けて直角に張り立てた如く海全体には立体感がなかった。そしてその薄い布――靄とも霞 《かすみ》ともつかぬ気流を通して、沖の燈台の灯や漁火《いさりび》や左右の岬の人家の灯が眠《ねむ》た気《げ》に光っている。海は湖水同然に鎮まり返 り、皎々《こうこう》たる月光を受けて黄金の衣の如くきらきらと輝き渡っている……気がついたら既に十二時だったのだ。
「物騒《ぶつそう》だから五十銭タクシーでも呼びましょうか?」というと、意外や吉田は享楽的な眼差で海を覗《のぞ》きながら――「今夜は寒くもないし月もいいから海岸伝いに歩いてかえります」と平然と答えた。
  臆病者の私が、「およしなさいよ、吉田さん、夏とちがって今頃はキミがわるいですよ」というと、彼は私の小心が滑稽《こつけい》なのかニヤニヤ笑って、 「……多分私は幻想《フアンタジー》を欠いているのか、どういうものだか平気な性《たち》で――ですけど、今夜のような月のいい風のない夜だと気味のわる くなることがあります」と前置きし、咳くような小声で続けた。
「――私、海岸をあるく時には、乾いた砂地は下駄の歯がめりこんで歩きにくいので、 いつも波打ち際の湿った砂をふんで帰ってゆく習慣があります。恐ろしいというのはその時の話で……月を背にサクサクと歩いてゆくとどういうものか独りでに 足が左へ左へとむいて――海水の方へ進んでいってしまうのです。人は誰でも絶対に長さの等しい両脚をもっているものではなく、私の脚は左が幾分短いので しょうか、それと渚がゆるく海に傾斜しているので……どうしても歩いてゆくうちに、水にはいりそうになって困るのです。ハッと気づいて慌てて陸の方へ方向 転換をするが、家へ帰るまでには二、三度そういう目に会う。つまり海にひきずりこまれそうな気持になるのですよ。そして陸にむいてゆく時にはなんとなく重 苦しく意志に反した行動に感ぜられ、海に引きいれられそうになる時には反対に滑《スムウス》らな足の運び汐感じるというのは、ちょっと気味がわるくはない でしょうか?
 ……夭折《ようせつ》した詩人|鍵井暴次郎《かぎいぼうじろう》の短編に――月夜の渚を歩く自身の影に『生物の気配』を感じ醜悪な 現実に生ぎる第一の実体である自分に嫌悪を覚え、昼間は宛然鴉牙吸飲者《えんぜんオピアム・イーター》の倦怠な時間を過し、夜ともなれば渚を往還して第二 の自身である『影』――それは最早《もはや》単なる影ではなく人格をそなえ始めた第二の実体(見えるものへの領域に入り込んだ物体で)――その別個の自身 に詩的陶酔を覚え、総《すべ》ての現実感覚を超越して月光に憑《つ》かれたまま、ハイネの詩『ドッペルゲンゲル』を礼讃《らいさん》しつつ『月夜に昇天し た男』の奇態な話がありますが、私の場合はそのような詩的|厭世《えんせい》哲学に根拠をおいているのでもなく、またローレライの唄声に誘われるわけでも ありません。いわば気紛れな感覚……肌合《はだあい》というやつで、こんないい月夜にボチャボチャ水の中へはいりこんでいったらどんな気持がするだろう、 さそやウットリしたいい気持だろうなあ……といった、溺死《できし》の苦痛をすら快適に感じられるマゾッホ的な至極享楽的な気持なのですよ。
 無 論私には理性がありただちにそういう陶酔を嗤《わら》うのですが、先達《せんだつ》て――故郷の貞雄のことを考えながら歩いていたら思わず両足をジャブ ジャブ踝《くるぶし》まで濡らしてしまった時には、なんですかゾウッとしましたよ。その場合何か環境の変化で自暴自棄になっているとした
ら一体どういうことになるか? 私は奇妙な劇的自殺《ドラマチツク・シユイサイド》を決行してしまうことになるのですよ……」
 と吉田は語を結んだ。
  話も嫌《いや》だがそれ以上に私は吉田自身に鬼気を感じた。五尺八寸の身長ある私がさらに見上げるほどあるから優に六尺以上はあろう。そして目方が十三貫 足らずだというから、どれほど彼が痩《スキンニー》せっぽちであるか想像できると思う。宛然骸骨《えんぜんがいこつ》の吉田が夜半の渚をふらりふらり歩い て行く姿を見たら、相当気の強い男でも避けて通るであろう。正直にいって、右の話を聞いた時も話としては面白いが朝になれば白々しく感じるほど現実感に乏 しく、神経質な人間にありがちの事大主義の一片だと嗤《わら》おうとしたが、さらに交際を続けてゆくうちに吉田はしばしば唐突に凶暴なことをいい出した り、生活にも何やら秘密気なところがあるのを知るようになると、私には段々吉田という男が――薄気味悪く覚えてきた。というのは、吉田のあの風変わりな家 を訪問する者が決して私と高木の二人だけではないということがわかったからである。
 ある梅雨《つゆ》の晴れ間の日、私が例によって長谷通りで散 歩魔振りを発揮していると、ある薬局の前に自動車が止まって客席からわずかに顔を半面を覗《のぞ》かせ、「……吉田さんですよ、そこのお饅頭やさんの裏の ――間違えないでね……大急ぎですよ」と内部の店員に呼びかけている女の片影《へんえい》を発見した。
「吉田さん……」という呼名がふと耳に引っ 掛かったのだ。立ち止まって顔を確かめようとすると、車は素早く彼女が洋装の|踊り子《ダンサー》風の女であることを認めさせただけで駅方面へ風のように 疾走して行ってしまった。私は呆気《あっけ》にとられながらも、彼女こそ三年前見せられた写真の素敵な婀娜女《あだヤんな》F子ではないかと直感した。
  吉田の生活に女が介在しているらしいことを嗅ぎ出したのは私ばかりではなく、それから数日の後私を訪ねて来た高木の話に、二、三日前彼が吉田を訪問する と、彼がまだ空地に足を踏み入れるか入れないかに障子のガラスから、獲物を狙う猫のようなこわい眼でじっと戸外をうかがっていた吉田が間髪《かんはつ》を いれずに跳び出て来て、「エーけさはちょっと客があるんですがねえ……失、失礼させていただきます!」と怒鳴るようにいって、ポカンとしている高木を外へ 追い出してしまった。その時障子を通して客の後ろ姿がかすかに見えたが、洋装断髪の三十歳前後の妖艶《ようえん》な女で矢張り|踊り子《ダンサー》らし かったという。そういう場面を他人に見られることが吉田には極度に恥ずかしいのであろう。高木が女の訪問者に出っくわしたのはそれまでにも数回あり、女が 泊まって行く夜もあるらしいという。
 とまれ――雲切れもない涙ぐんだ空から千篇一律な雨がシトシトと落ちる重苦しい梅雨時になると、吉田は次第 に衰弱してゆくようであった。またしても神経病か胸の病いでも出たのであろうか? (註・女が薬局で注文した品は何かの催眠剤なのであろう、彼が激しい不 眠に襲われていたから)窓開けて人現われず梅雨《つゆ》の家――昼間はボロ船の底のようにジトついた部屋で寝床に潜り込んだまま仕事もせず、夜となりザザ ザン、ザンザン……と単律的《モノトナス》な海の泣き声が聞こえ始めるとわずかに起き出《い》でて、薄暗い電燈の下で物倦気《ものうげ》な瞳を空に向けた まま小机に肱を突いて煙草ばかりをふかしていた。
 手首にはますます静脈が浮き出し、眼は不気味な凶暴性をもって凹《へこ》み、唇《くちびる》は 黝《くろず》んで、真っ青な額から宛然三角定規の鷲鼻にかけて絶えずヌラヌラと生汗をたらしていた。かの『青い花』は一体どこへいってしまったのだろう?  ……こういうNil-Admirari《ニル・アドミラリ》の彼が酷暑を前に突如、「東京へ行く、秋になったらまた帰って来る」といい出したのであるか ら、私は彼の健康が非道《ひど》く気になった。もっともいたくとも夏季になると非常識に暴騰《ぼうとう》する家賃の支払い能力は彼にはなかったのだが ――。梅雨が明けると、鎌倉は長い冬眠から覚めた獣の如く縦横無尽に、年一回の夏はうわついたジャズ的な豪華を発揮し始めるのである。……
 夏の鎌倉について何も事新しく語るには当たるまい、先刻御承知のことと思うから、私はただちに最後の高潮場面《クライマックス》の前奏曲ともいうべき何かしら不気味な暗示を思わせる残忍な一事件を綴《つづ》らねばならぬ。
 吉田が再び帰鎌《きけん》して、例の饅頭店裏の奥まった一軒家に住むようになってから私が第一回の訪問をした時に、気味の悪いことをやってのけてしまったのだ。
  日中は暑いがさすがに日足も短く黄昏《たそがれ》は冷々とした風の吹く九月の六日――私が久し振りで吉田の御機嫌うかがいに床屋帰りの散歩かたがた立ち 寄った時のことだ。いつもなら格子を開ければ尻尾だけでは足りなくて体中を振りながら一散に飛んで来る例の野良犬がなぜか姿を見せない……といって別に気 にもかけず空地に足を踏み入れると、吉田が庭に下りて縁側の左手に備えてある手洗い鉢の前に立ち、私に背を向けてしきりに手を洗っている姿が眼に映った。 足音を聞き突如振り向いて鋭く一|眄《へい》した彼の眼の凄さったらなかった。それは彼の生活に何か異常が突発したことを語っている。私がさらに一、二歩 前進すると吉田は両手をぶらんと垂らし私に対面の姿勢をとって彳立《てきりつ》した。
 日頃肉体が疲労している時は前髪が額に下がって仕方がない といっていたが、その日の疲労は極度であるのか、毛髪が束の如く虫気の強い眼まで垂れ下がり、体全体を絶えずビクビクと震わせていた。「どうしたんで す?」と声をかけようとするなり先に、私は彼の寒竹のような両手が真っ赤な鮮血に塗《まみ》れているさまを認めて、折角《せつかく》の声も咽喉《のど》で つかえてしまった。そして彼の爪ののびた足下には――例の黒犬の頭蓋を割られた惨殺死体が、四肢を硬直させ半開の眼には苦悶《くもん》の痕跡を残し、顎を 血溜りの地にすりつけて横たわっていた。吉田が殺《や》ったのだ! 私はそれでも彼の異様な興奮した模様からもっと大事件を予想したのであったから、犬で あったことに安堵《あんど》を覚えた。
「一体どうしたというんです?」と私はできるだけ平静な調子で問いかけると、吉田は、
「……私が、 私が殺《や》ったんです……どうしたわけかこいつが急に吠えかかって噛《か》みついてきたので、落ちていた石で頭を叩きわってしまったんです……無論、無 論殺す意思など毛頭なかったんです……こいつの自信ありげな顔つきが無性に癪《しやく》にさわって……一時の逆上でカッとしてしまって……ああ、僕、僕 は……!」と喘《あえ》ぎ喘ぎ答えると、胸が悔恨の苦汗《くじゆう》に責められるものか、骨のような長身をふるわせつつ私の眼前を檻の中の獣の様に苛々 《いらいら》しく歩き廻った。
 一時の発作で罪なき犬を殺害した罪は大きいが、相手は主なき野良犬であくまでも犬にすぎない。吉田にかほどまで苦悶《くもん》の必要があろうか! いわんや、相手が先に噛みついてきたのであるから、外部にも内部にも弁解と慰安の余地はあるはずだ。
  ここで最も問題となるのはかように繊弱《せんじやく》に歪《ゆが》められた彼の病的神経である。大いにいたわらねばならぬ。私はこう思うと、死体の始末な ど到底彼にはできそうにもないので、私自身取り掛かろうとすると、吉田はさらに激しい狂乱を見せ、「失、失礼ですが、Nさん、どうか帰ってください! 私 が……私がやりますよ! 余計なことはしないでください!」とあせりたって、私の肩と首筋を痛いほど掴み無理矢理に格子の外へ追い出してしまった。その手 のぶるぶるふるえる強烈な感覚は、さっき当てられたばかりの床屋の電気按摩《あんま》器を思わせたくらいである。
 私は読者の退屈もかえりみず、吉田がどういう人間であるのか大体の輪郭を掴んでもらうために、長々と陳腐《ヴイエ》な言葉《イユ》を並べ立てた。筆を最後の破局《カタストロフイ》に転じよう。
  吉田が犬を殺した日から三日飛んで四日目の九月十日、俗にいう二百二十日――この日の午前中は至極|長閑《のどか》な秋日和《あきびより》で空には拳ほど の雲もなく、この分なら今日の厄日も無事に過せると思っていた総ての予想を裏切り、昼下がりからいやあに生温《なまぬる》い烈風が吹き始めると、夕刻に なって、暗澹《あんたん》たる黒雲が簇々《ぞくぞく》と重なり合い、陽の落ちると共に小石のような雹《ひよう》を混えた大粒の雨がパラパラと屋根を鳴らし 始めた。人々が来たぞと思った瞬間には世にも物凄い大暴雨と変じた。最初のうち遠くの空で鳴っていた雷が次第に近付く気配が感ぜられ、やがてぴかりぴかり とあまり気味のよくない稲妻が閃《ひらめ》き始めると、とうとう本物の大雷雨となってしまった。
 私は雷を愛さない性分なので夕飯後の散歩魔振り を発揮できないまま、階上の書斎で読みかけのショーペンハウエル『人生達観』を読み出したが、戸外は……ブリキ罐《かん》に砂利を入れ振り廻わして発する 音を何万倍かに拡大したような囂々《ごうごう》たる騒擾《そうじよう》世界で、何分私の家は前方に遮《さえ》ぎる物のない砂丘にあり、直接南方から荒海を 渡って吹きつける疾風に家の棟がぐらぐら揺れ出し、かてて加えてピカッピカッゴロゴロズシンズシンとくるのでどうにも達観できず、「なんて礼儀をしらぬ天 気だ!」と愚痴をこぼしながら、階下の茶の間に避難して妻相手に雑談を始めた。
 柱時計が九時を報じて間もなく……何者かが玄関の雨戸を力|委 《まか》せに叩きながら声を嗄《か》らして、「今晩はア……Nさん、Nさん……今晩はア!!」と呼ぶ声が、嵐の音を通してかすかに聞こえた。私と妻はハッ として聞耳を立てた。怒声《どせい》は続く――どうも家らしい。
 私は土間に下り、「どなたですか!?」と怒鳴り返した。すると相手は、「高木で す、高木ですよ、ちょっとあけてくれませんか?」と答えた。私は何事があってこんな暴風雨の夜にやって来たのかと急いで戸を開けると、猪口《ちよこ》に なった傘を持てあましながら高木がずぶ濡れの尻端折りで突っ立っていた。ただちに座敷に招じ入れ、「一体どうしたんです!」と突っ込むと、妻の出した着換 えの浴衣《ゆかた》をまだる気に羽織りつつ――「実はNさんのお宅へ吉田さんが来ていはしまいかと思って……つい先刻まで僕の部屋にいたのですが、急にい なくなってしまったのです」と答えた。その様子が非常に不安気なので私も心配となり、
「一度も今日は吉田さんとあっていませんがね、あの人について何かあったのですか?」
と問いかけると、高木は熱い茶で舌を焼きながらこんなことをいった。
「実は吉田さんの子供貞雄さんが、盲腸炎で死んだのだそうです。一時間ばかり前このふる中を吉田さんが紙のような顔をして何者かに追われるように、『こわい――こわい!』
と 喘ぎながら僕の部屋へ逃げ込んできたのです。あの人は体中をぶるぶる震わせて、『こんな嵐で私の家は気味が悪くて、とても一人でいられないから今夜泊めて くれ』というんですよ。そして右手に握っていた電報を差しだしながら、『高木さん、子供が……子供がね……死んでしまったんですよ』といい終わるとさめざ めと涙を流して泣き始めたのです。
いそいで開いてみると――サダ オ モウチョウデシス スグ カエレ――とある。
 何分四十近い人に涙 を流されたので、どうして慰《なぐさ》めていいか見当がつぎません。茶でものめば落ち着くだろうと台所にたつと、それまですすりないていた吉田さんはピタ リと黙り、今度はいっそう気味の悪いことに、まるで馬鹿か気狂いのようなポカンとした顔つきになって、口の中で何やらぶつぶつわけのわからない独り言をつ ぶやいていましたが……再び部屋へ帰ってみるといつのまにかあの人の姿が見えないのです。土間にははいてきた下駄がないので、吉田さん、傘もささずにこの ふきぶりの中へとびだしたに相違ないのですよ。Nさんにあいたいともらしていたから、間違いがあっては大変といそいでとんできたのですが……やはりきてい ませんかねえ……」
 と高木は暗然たる表情を見せた。
 一体どこへ行ったのだろう、吉田は? 私にも全然心当たりはない。もし以上の話が 事実だとするととんでもない事件が起こってしまったのだ。いや、高木が嘘をつくわけがない。もし芝居をうつとすればあの底知れぬ吉田自身だ。が、子供が死 んでそんな余裕があるであろうか? 高木は吉田が、「何者かに追われるように逃げ込んで来た」といったが、吉田は一体何を恐れていたのであろう? が、私 の怪奇を嗜《たしな》まぬ性分はあくまでも平凡な解釈を下そうとし、吉田は私以上の雷嫌いで雷鳴を聞くと下痢をするくらいだから、もうしばらく待てばこう しているうちにも、人懐かしがる彼の姿を見ることができるであろうと結論した。
 だが高木は私の解釈には不服らしくじっと黙って何事かを考えていたが、突然キラリと瞳を光らせると、
「―― ね、Nさん、吉田さんは海へはいりこんでしまったのではないでしょうか? ホラ、いつかNさんがいってたでしょう。吉田さんが海の中ヘザブザブ歩み入って そのまま帰ってこなくなるという話を!……ね、ちょっと、海をのぞいてみませんか?」――ととんでもないことをいいだしたのである。
 私が高木の 野放図もない空想を嗤《わら》った。吉田がいくら物好きだといって、かく暴風雷雨の夜に仄《ほの》かに快適な肌合とやらを感じて海水に歩み入るわけがな い。それまでの緊急な場合が高木の一言によって、ほっと救われたような安易な気分にさえなったのである。だが私もそうはいいながら、ふッと不安の気に押さ れて、立ち上がって階上に至るや、不承不承、海に面した露台の雨戸を一尺ばかり開け放った。
 サアッ!……と烈風が吹き込むと水を浴びるよう、大 粒の雨の塊《かたまり》が踊り込んで来た。慌ててガラス戸で侵入を防ぎ、戸の隙間から首を揃えて渚をうかがうと……空は文目も分かたぬ暗黒で一物も目に入 れることはできなかったが、断続的に雷鳴に先行する物凄まじき稲妻の閃光は、スピード・モンタージュ的に荒狂う海面と拉《ひし》がれた草木雑草を映し出し た。そして、それはまたなんという神様の思し召しだ!――私の家の真ん前の渚に真っ白い浴衣をまとい背の高い無帽の男が立っていて、徐々に徐々に暴海に歩 み入ろうとしている姿がまざまざと眼に入ったではないか?
「あッ、吉田さんだ!」――私と高木が思わずこう叫んだのは正確に同時であった! 私は 素早く雨外套《レイン・コート》と雨帽子《レイン・ハット》を付けると、高木をうながして戸外へ跳び出た。が、私達が岩を転がすほどの雨風に妨げられつつ 砂丘の突端に達した時には、吉田は最早腰の辺まで水に浸り、つぎの閃光を待つ頃には次第に深間にはまって行く『嵐の夜の昇天』振りを目撃するのみでどうす ることもできなかった。
 諸君、試みに想像し給え――『真っ黒なあたかも墨汁を流したような雲々の間を縫い、眩いばかりに閃きわたる稲妻の燦然 《さんぜん》たる光の氾濫』を! あの時は山のような激浪と闘い、鎮まれば牛のようにのろのろと海に呑まれて行く吉田の形容できぬむしろ超自然の発狂振り を!
 二人の目撃者――散歩魔と質実剛健士とは救助の不可能と恐怖を覚える暇もなく、彼無着陸飛行士の体から発する不気味な妖光と、大自然の無意 識に芸術的効果を挙げた舞台装置に圧倒されて身動きすらできず……西東に相闘う稲妻の下で、濡れ鼠のままあたかも男女の抱擁の如く確乎《しつか》と抱き締 め合い、首だけの海の光景に向けて突っ立っていた。
 左方飯島岬と右方稲村ヶ崎の各突端を結ぶ無限広袤《むげんこうぼう》たる水平線は、吉田の死 霊を焦燥をもって待ち佗びつつある如く懸鰈手招きの調子で荒れ狂い、ビリッビリッズシンズシンと閃光が赤味を帯びると雷鳴はますます数を増し、それ自身衝 突し合う海面が白昼の如く映しだされ、あれほど雷をおそれていた『骸骨《がいこつ》』は雷に守られる大自然の精霊の如く悠々と波に揉まれたまま……かくて 最後に、高浪の天辺に手足をのばして気を失った吉田の体が瞬間的に見えたが、たちどころに底知れぬ暗黒の海に姿を没してしまった。
 神秘を否定し異様《ウトレ》を嗤《わら》う私の常識主義は敗北したのである。……
 翌朝はケロリとした秋晴れで、昨夜の嵐をどこで過したものか――無数の赤蜻蛉《あかとんぼ》がすいすいと青空を網目模様に飛び交っていた。
  だがこの日もさらに私達を驚かす事実――主を失った吉田の借家の押入の中からある物体の腐敗臭がE饅頭店主人によって嗅ぎだされ、内部に若い女の死体と一 匹の黒犬の死体が発見せられたのである。参考人として死体検分に立ち合わされた私と高木は、かつてバア・アオオニで見た裸体写真の露出症患者F子に相違な いこと、および最近吉田の家をしばしぼ訪問していた|踊り子《ダンサー》風の女であることを証言した。二人は結局同一人物だったのだ。死体と共に一|梃 《ちよう》の血塗られた短刀が隠されてあった。そして狂人[#ママ。「犯人」か]は吉田に相違なく、それは兇器と断定され、腐爛状態のうちにも明らかに犯 行時を思わせる刺創《しそう》が頸部に残っていた。吉田はF子の死体にある種の動物的遊戯を企てたのであろう。『牝』は最後の姿を全裸にさらし、年と共に 脂《あぶら》の増した四肢を淫《みだ》らがましく開いていたが、その卑猥《ひわい》感はちょっと素敵だった。
 私も吉田の『病的』に感化されたのかも知れない。その圧迫感が私に死体の描写を強制するのだが、卑猥にわたることでもあるし、潔癖な紳士淑女的読者の怒りを買うことをおそれ遠慮する――といっても実は、私自身も付け焼き刃で、それから五日間ぼかり飯がまずくて弱った。
 ところで――一体何故?……そしてまた何日?……吉田はF子を殺害したのであろう? 脚の折れた真っ黒な茶餉台の上に文鎮代わりのインキ壺に押えられた、吉田が失踪間際に綴ったのであろう真っ白な私宛の遺書が発見された。
 余白にはインキの色あせた字で、
『ただ人は情あれ夢の夢の夢、きのうはきょうのいにしえきょうはあすのむかし……一匹の猿、墓の上に踊る……日ねもす夕ぐれまでわれは見守りつ雨の窓がらすのうえ打ちたたくそのうれたさ……』
 と連絡なき詩句が落書きしてあり、本文には次の字句がこれは新鮮に走り書きで記され、それによって彼の発狂死の原因も推察することができたのである。つぎに再録して本篇を結ぼう。


  Nさん――貴方《あなた》はいずれ私が忌《い》むべき殺人者であることを知って驚くことと思う。私は一人の、(いや『一匹の』といった方が適切かもしれな い)……女とさらに一匹の犬を殺して押入の中へ隠しておいたが、その女こそかつて話したことのある、異性に女の愉悦を身をもって教えるために生まれてきた あのF子だったのだ。
 何故私があの牝を殺したか?――この間に答えるものこそ常日頃恐れていたサディズムの実践に他ならない。いや厳密にいえ ば、この殺人の動因になったものこそ一匹の犬だ……私は愛していた犬を一時の逆上発作で頭蓋を叩き割ってしまった。が、もともと善人であるのか私の悔恨は 文字通り断腸の思いであった。神に懺悔《ざんげ》をしたいほど苦しんだ。私の目からはどれほどの涙が流れたことであろう……私はそれから二時間ほど後訪れ てぎたF子を全くささいなことから――というのは私の犬に対する悔恨を嘲笑したからだ。私は逆上をけすためにさらに大きな逆上を欲して彼女を殺してしまっ た。
 私には在来の殺人者の毒食ワバ皿マデという気持が理解できるような気がする……良心の呵責《かしゃく》に堪《た》えられず、その苦悩をけすためにさらに大きな過失を犯そうとする気持を!
F子はさほどの声もたてずに地獄におちた。悦楽にもろいものは死にももろい。F子をやってしまってから私は自殺を決意した。が、貞雄のことが気になってどうしても死ねなかった。
 今こうして貞雄の死報に接し、かるがると死んでゆくことができる。
 あの日貴方はF子を殺した直後にこられた。洗い落とす血を犬の血と思ったかもしれぬが……もし貴方があのままいつまでも帰らなかったら、F子への悔恨の苦しみをけすために貴方まで血祭にあげたかもしれない。貴方は帰ってくれてよかった、あの時、本当に!

今夜はひどい嵐だ。風音や雷鳴に混じってF子の嘲笑やら歔欷《きよき》やら嬌泣《きようきゆう》が響いてきて恐ろしい。私はどこかへ逃げだそう、どこか誰もいないところへ! これ以上もうこの恥多い姿をさらさないですむ、くらい……くらい……なんにも見えない世界へ……!


西尾正(1907-1949)(青空文庫作者カード宮澤氏による目録
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