|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|

佐藤春夫訳「徒然草」百六十六

 人間がおのおの経営努力している仕事を見ると、暖かな春の日に、雪仏を造ってこれに金銀珠玉の装飾を施して、これを本尊に、お堂や塔などを建立しているようなものである。どうしてその伽藍《がらん》の落成を待って本尊を安置し奉ることができようか。人のは命があるように見えているが、下のほうから絶えず消えつつある雪のようなものであるのに、計画し期待することが多すぎる。

メニュー

更新履歴
取得中です。