|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|

佐藤春夫訳「徒然草」二百十一


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 一切の事物は信頼するに足りないものである。愚人はあまり深く物事を当にするものだから、怨んだり腹を立てたりすることが生ずる。権勢も信頼できない。強者は減びやすい。財産の豊富も信頼できない。時のまに無くなってしまう。才能があっても信頼できない。孔子でさえも不遇であったではないか。徳望があるからといって信頼はできない。顔回でさえも不幸であった。君主が寵遇も信頼はできない。たちまちに誅せられることがある。従者をつれているからと信頼することもできない。主人を捨てて遁げ出すことがある。人の厚意も信頼できない。きっと気が変る、約束も信頼できない。相手に信を守るのはすくない。相手ばかりか、わが身をも信頼しないでいれば、好い時は喜び、悪い時も怨まない。身の左右が広かったらなにも障らない。前後が遠かったならば行きづまることもない。しかし前後左右の狭い時には押しつぶされる。心を用いる範囲が狭小で峻厳な場合は物に逆らい争うて破滅するような結果になる。寛大で柔和ならば一毛も損ぜられることはない。人は天地間の霊である。天地は局限するところの無いものである。それ故天地の霊たる人の性《さが》は、どうして天地と相違うてよかろうそ。.天地の心を心として寛大に局限しない場合には、喜怒の感情はこれに接触せず、事物のために心をわずらわされることもなくてすむはずである。
メニュー

更新履歴
取得中です。