|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|

佐藤春夫訳「徒然草」二百三十四


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 人がものを問うた時、知らないわけでもあるまい。ありのままに答えるのも気がきかないとでも思うのか、曖昧な返事をするのはよくないことである。知っていることでも、もっと確実にしたいと思って問うのであろうし、また、本当に知らない人だって無いはずもなかろう。それ故、人の質問に対しては明白に答えるのが穏当であろう。人がまだ聞きつけないことを自分が知っているからというので、先方から問い合せがあった時などに、自分のひとり合点でただあの人のこともあきれかえったものですねというようなことだけを返事してやると、事件そのものを判然と知らないほうでは、どんなことがあったのだろうかとさらにおしかえして問いに行かなければならないのなどはまことに厭な次第である。世間周知のことだって、つい聞き洩す場合だってあるのだから、腑に落ちない節のないように知らせてやるのが、なんで悪いはずがあろうか。こんなやり方は、世事に馴れない人のよくやることである。(1) 「欄き洩すこと」一本には「聞き洩すあたり」とあり、前者を場合と訳し、後者ならば境遇などとするが適当らしい。
メニュー

更新履歴
取得中です。