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村雨退二郎「地獄舟」


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美男子の相婿
地獄舟
 参政白井伊豆と用談をすまして、使番の堀田市左衛門が、御用部屋から出てきた時、ちょうどそこの廊下を、相婿の望月富之助が通りかかった。
 富之助は、おなじ水戸藩の家中、富田小平太の弟で、ふつうなら同格の二一二百石内外の家に、養子にでもやられるところを、美貌のおかげでまず児小姓《こごしょう》に召出され、去年十九歳で家禄千石の望月家の婿養子になり、市左衛門の妻の妹を妻にして、その家を相続した。現在の役目は小姓である。
 色白で中高な、ちょっと苦味ばしったこめ美貌の相婿と顔を合わせた瞬間、市左衛門の頭にあるかんがえが、電光のように閃《ひら》めいた。
 如才のない微笑を見せ、かるく会釈して通りすぎようとする富之助を、彼は呼びとめた。
「富之助殿」
「は?」
「ちょっとお手前に、たのんでおきたいことがありますから」
(向うまで)と目配《めくば》せして、じぶんが先に立った。
 別棟へ行く、渡廊下の口で、あたりに人影がないのを見て、市左衛門は立ちどまり、ふり返って富之助と向いあった。
「千石の顔」と蔭で言われている、富之助の美麗な容貌を、彼はじっと見つめながら、平常と変らないおだやかな、どちらかというと、人の好すぎるような明るい鄭重《ていちよう》な態度で話した。
「またちょっと、留守になりますので、あとをよろしくねがいます」
「江戸ですか」
「その方角です」
「もちろん御用ですね。それとも御自分の用事ですか」
「いや、公用ですが、参政から内々にということで、同僚には披露せず、表向は病欠ということにしておきます。それを含んでおいてください」
 役目が使番だから、江戸表への出張は始終のことだし、内容によって秘密の使ということも、稀にではあるがあることである。
「承知しました。で、お帰りは?」
「なるべく早く帰ってまいります」
「早くといって、何日の御予定です」
「さ……明々後日の夕刻には、帰着の予定ですが、先方の御都合で、一日位は延びるかもしれません」
「明朝御出立ですか」
「いや、そうゆっくりしてはおられません。今日これから退庁したら、早速出立いたします」
「それは大変ですね。しかし気候もよし、天気つづきだから、その点は楽な御旅行ができます」
「留守中、別に厄介なことも起るまいとはおもいますが、年寄もなし、妻一人では思案に余るようなことがあるかもしれません。その際は御相談に上るように申付けておきますから、なにぶんよろしく」
「承知しました。じゃ、道中気をつけておいでなさい」
 富之助と、そこで別れて、市左衛門が詰所にかえり、机の前に坐ったと思うと、もう八ッ(二時)の太鼓が鳴った。退庁の時刻である。
 同僚の中山新助が、わざとのような大欠伸《おおあくび》をして、こぶしで机を一つたたくと、突拍子もない声で言った。
「やれやれ、今日の役目もこれですんだと。おいッ、堀田ッ」
「なんだ」
「帰ろう」
「うむ、帰為とするか」
「いやに落ちついているじゃないか。北の台がおまちかねだぞ」
「ばかな」
 市左衛門は苦笑した。その苦笑はなにか暗い、陰気な感じだった。
 新助のそばで、机の上を片付けていた末席の伊原という若いのが、市左衛門にきこえないように、小声で言った。
「この四五日、堀田氏のようすが変だとは思われませんか」
「そうかな」
「なにか心配事があるらしいんです。人前ではつとめて快活を装っておられるけれど、時々ひとりでいたりすると、とても憂欝そうな顔をして、考えこんでしまわれるんです」
「あの男に、心配事なんかありやしないよ。あの男の北の台は、才色兼備、家中第一の美入で、淑徳の誉高いことは貴公も知っている通りだ」
「そうです。立派な婦人だときいております」
「みんな尊敬しているんだ、理想的な婦人としてさ。暮しむきは楽だ。家柄は光っている。なんしろ、親戚の筆頭が、佐倉十万石、幕閣第一老中の堀田相模守殿という大物だ。役目は楽だし、家にうるさい年寄はなし、夫婦共にからだは丈夫だし、あんな幸福な家庭というものは、そうざらにあるもんじゃない。心配事なぞある筈がないじゃないか」
「なにか勤めむきのことで  」
「なにもない筈だ。陽気のせいだよ。ことしは例年より、暑さが早くやってきたから、たぶんそのせいだろう」
 かるく振切って、新助は席を立った。市左衛門と新助は肩をならべて大手の門を出た。二人の下僕は、二間ほどおくれて、あとからついて来る。小さい時分から、藩校へ通うにも、道場に行くにも、二人はよくこんな風に肩をならべてあるいたものである。
 ふと新助は、肩衣《かたぎぬ》がふれるほどそばに寄ってきた。そして、低い声できいた。
「ひとりで、なにを苦しんでいるんだ」
すきを突かれたように、市左衛門はどきりとした表情で、友達のぎょろっとした、そのくせ妙に人なつこい目をふり向いた。
「なんだい問題は……公事か、私事か」
市左衛門は、ちょっとくちびるを噛んだ。
「いま、なんにも言いたくない」
「なぜ?」
「もう手おくれだ」
「たとえ手おくれでも苦しむことがあるなら、おれに相談したらどうだい」
「無意味だ、じぶんひとりで片《かた》をつける」
「片がつくのか」
「善いにせよ、悪いにせよ、とにかくきっぱりと片をつけて見せる」
新助は、五六歩のあいだ、だまっていた。
「まさか、おぬしの命にかかわるようなことではあるまいな」
「大丈夫だ」
「命にかかわることでなければ、片がつくのを待とう。なんだか知らないが」
大きな長屋門のある、ある重役の屋敷の角で、市左衛門は新助と別れた。
市左衛門はちょっと立止って、新助のうしろすがたを見おくり、
「あの男とは、もう二度と逢うことはないかもしれない」
と口の中でつぶやいた。
  悪い忠義者
 堀田市左衛門は、妻の久美に迎えられて玄関にあがると、
「火急の御用で、すぐに江戸表へ立つ」
 と告げた。それが夫の役目だから、久美は心得て、若党の重三郎と友介に、お供の用意を命じ、また引返してきて、召使の露に手つだわせ、平常から整頓してある旅装束《たびしようそく》一式を、夫の居間にはこぶなど、かいがいしく立働いた。市左衛門は、早速着換えにかかった。久美は、前にまわったり、うしろにまわったりして、夫の着付けを手つだうのだが、そのようすが、なんとなく浮々としていた。
 久美は、ひざをついて、袴《はかま》のむすび目を直し、ふとその手をとめて、夫の顔を見上げた。
「あのお帰りは?」
「帰り? きょうは十二日だったね」
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地獄舟
155
「四月の十二日でございます」
「早ければ、十五日の夕刻、おそくとも十六日の夕刻には帰宅できるだろう」
 久美は、ちょっとうしろを見た。露はもうそこにはいなかった。
「あなたが、旅にいらっしゃると、わたしほんとうに心細くなってしまいます。どうぞすこしでも早くおかえりになって」
結いたての片はずしに似た笄髷《こうがいまげ》をすこしかたむけて、久美は愛情をこめた目で、じっと夫の目を見つめた。武家の妻女のたしなみで、紅白粉《べにおしろい》などをつけないのに、どんなに化粧のうまい女でも及ばない美しさだ。
「できるだけ早く帰ろう。望月へそういって、佐代さんにでも話しにきてもらうといいね」
佐代は富之助の妻で、久美にとっては実の妹である。
「ええ、そういたします」
「富之助殿にもたのんでおいた」
 久美は、戸まどったように、視線を夫から外したが、すぐに立直った。
「望月へおいでになったのですか」
「いや、偶然お城で会ったので、妻がひとりで計らいかねるようなことでもあったら、相談に乗ってやってくれるように、とたのんでおいた。悪かったかな」
「そんなことはございませんけれど、四日や五日のお留守中に、そんなむつかしいことが起きるでしょうか」
「万一ということを考えただけだよ。それもお城で会わなかったら、たのむのではなかった」
 いつの間にか、市左衛門はあやまっているような形になった。こういうことは、よくあることである。
 身仕度ができると、妻の手から道中差をうけとり、柄袋をはずして、鞘《さや》をはらった。
 黄門光圀時代のお抱え鍛冶、大村加トの作で、新助にいわせると凶相があるそうだが、市左衛門はこの刀を手に入れてから八年になるけれど、一度も人を斬ったことはない。
 刀身のうらおもて、切尖から〓《はばき》の元まで、ひと通りしらべて、パチリともとに収めた。
 久美は、夫を表門まで見おくって行った。
「どうぞ、道中おまちがいのないように」
「大丈夫だ。今夜は、堅倉泊りになるとおもう」
 何気ない調子でそう言った。
 久美は重三郎と友介を連れた夫のうしろすがたが、四辻を左に曲って見えなくなるまで、門の外に立って見おくっていた。
「お天気でよろしゅうございますね」
 と露がいう。露は望月から嫁に来る時、久美についてきた召使で、久美の一番のお気に入りである。
 久美が、門内にはいると、奉公人たちはそれぞれの持場へ散った。露だけが、女主人のあとにしたがって奥へ行った。
 久美はじぶんの鏡の前に坐った。
「露や」
「はい」
「旦那さまのお部屋を片付けて、きれいに掃除をしておいて頂戴」
「はい」
鏡の中の、じぶんの影に、久美はにっこりとほほえみかけてみた。
「露や」
「はい」
「おや、まだそこにいたの」
「旦那さまがお立ちになったことを、あの方におしらせしなくてもよろしゅうございますか」
久美は、召使の顔をわざとにらんで、ふふとわらった。
「いいのよ。もうこぞんじなんだから」
「まあ、そうでございますか。ずいぶんお手まわしのいいことで」
「そうじゃないの。旦那さまが、お城でお会いになって、ごじぶんでおっしゃったのよ」
「おやおや」
三十女の人のわるい苦笑いをして、
「旦那さまは、ほんとうにお人柄でいらっしゃいます」
「それにひきかえ、わたしはなんという悪い女だろうねえ」
「まあ、そんなつもりで申しあげたのではございません」
「いいえ、わたしは悪い女だ。わたしは、じぶんが悪い女だということは、よく知っています。でも、わたしにはどうすることもできなかったんだもの」
「お察し申しあげます」
「他人事のようないい方だねえ」
「ほかに申しあげようもございませんもの」
「お前には、罪はないかしら」
「わたしはただ、お主のあなたさまに、忠義をつくしているだけでございます」
「それでは、もしものことがあった時には、わたしといっしょに死んでくれますね」
「その覚悟がなかったら、どうしてこんなあぶない橋渡しなぞいたしましょう」
久美は(よくわかった)とうなずいて見せた。
「では、お部屋の掃除をいたしましよう」
「そうしておくれよ。そして、いつものように、裏門の戸があくようにしておいて」
「それにぬかりはございません」
と男のように、ポンと胸をたたいて見せた。
  しのび逢う夜
 暮六ツと同時に、表も裏も門をしめる。それから後は、表門の潜りから出入りするが、それも主人が不在だから、四ッ(十時)前にしめてしまった。
 十二日の月の下に、ひっそりとして、ところどころに枝ぶりのいい松の大木なぞが、にょきにょきと立っている屋敷町。もう人通りも絶えてしまった。
 寝しずまった屋敷町を、四ツの拍子木がまわって行って、小半時もすぎたころ、一人の男が足早に、堀田市左衛門の裏手へやってきた。ほのかな月の光りでは、何色ともわからないが、濃い染色の頭巾で顔をつつみ、着流しで素足に雪駄《せつた》ばき、細身の大小をおとし差しにしている。
 男は、勝手知ったようすで、堀田屋敷の裏門から、かんぬきの外してある戸を押して、するりと内へすべりこみ、そっともとのようにしておいて、足音を立てないように注意しながら、屋敷の一角に別構えになっている一棟の方へはいって行った。
 この建物は、隠居所である。先年まで市左衛門の老母が住んでいたが、その人が亡くなった後は、たまに遠方からの客を泊めたり、市左衛門が極秘の復命書の作製に使ったりするくらいで、めったに使わない建物である。
 男は雨戸を外から、指さきでかるくたたく。そして、ちょっとまっていると、雨戸が一枚、かすかな音を立ててあいた。
 明りが直接、外に洩れないようにしてあるが、女が二人いる。一人は立っている。一人はひざをついている。
「さ、どうぞ」
 とうながしたのは、ひざをついている女、召使の露である。立っているのは、もちろん久美である。
 男は、なんのおそれげもなく、すぐに雪駄をぬいでそこから上った。久美が手をとって、部屋のうちにみちびいた。
「夏の夜は、みじかいということを、こぞんじないのかしら」

 怨《うら》みがおの久美。
「早速のお叱りとはおそれいった。これで抜け出して来るには、ひと通りならぬ苦心をしているのに、人の気もしらないで勝手なことを仰せあそばすよ」
 部屋には六曲の殿廊が立てまわしてあって、その中には、もうちゃんと床がとってある・そしてなまめかしい織徹燉、懸盤、灘盆耽水指に湯呑なども、すっかりととのっている。
 男は、華美な拵《こしら》えの大小をとって、久美の手にわたし、手ばやく頭巾を脱いだ。
 妹婿の、望月富之助である。
座について、
「たてつめてあるので蒸し暑い」
 と富之助がいう。久美は、すぐに露をふりかえって、
「庭の方はいけないから、こちらを明けて、風がはいるようにして頂戴」
「かしこまりました。それでは富之助さまどうぞごゆっくり」
「ごゆっくり、どうしろというのだ」
「奥さまに、いじめておもらいあそばせというんです」
「ハハ、こいつ」
 露は、次の間のふすまや、、勝手の方の雨戸を明けておいて、母屋にかえって行った。
広い屋敷の片隅に、独立した一角を占めていて、すこしぐらい声を立てても、母屋にいる奉公人たちの眠りを破るおそれはない。男女の密会に、こんな都合のいい場所はなかった。
「きょうお城で、とつぜん留守中のことをたのまれた時には、ドキッとした。こいつは感づかれたかな、とおもったが、顔色を見ているうちに、そうじゃないことがわかって、やっと胸をなでおろした」
「あなたは、案外臆病なのね」
杯を返しながら、久美はわらった。
「たしかに臆病だ。せめて義姉さん毋半分くらいでも度胸があるといいんだが」
「だって、どうするの。こんなになってしまった以上、度胸をきめるより、しようがないじゃありませんか。それとも、怖くなったから、わたしから逃げ出そうというの」
「逃げるくらいなら、はじめからこんなあぶない橋を渡りゃあしない」
「わたし、こないだ妹に会ったの」
「ああ、どこかお詣りのかえりに寄ったといっていた。四五日前だろう」
「そう、なんだかひどくふさいでいるようだったから、どうしたのってきいてみたけれど、なんにも言わないの。あなた、妹に感付かれたんじゃない」
「佐代に? そんな筈はない。佐代はあの通りの女だ。絶対に信用しているから」
「そうね。あなたが妹を、よく可愛がってくださるから、妹もあなたを信じていられるわけね」
「皮肉? それは」
「いいえ、どうしまして」
 富之助は、杯を伏せた。
「夏の夜はみじかい、か……」
「そうですよ」
 久美は屏風の蔭に行き、長襦袢《ながじゆばん》ひとつになってかえってきた。
「今夜は久しぶりで、たんといじめてあげるから」
 そうたわむれながら、久美は床に身をよこたえた。富之助は莨《たばこ》を一服吸ってから身仕度をして、女の横にひざをついた。
 その時、影のように、音もなくその部屋にはいってきた者があった。富之助ははッとしてふり向いた。向くと同時に叫んだ。
「あッ市左殿!」
 市左衛門は、大村加トの大刀をふりかぶった。口をむすび、富之助を睨みつけて、つかつかと進み寄る。
 はじかれたように飛起きて、縁側の方へ駈け出そうとする富之助の背後から、走り寄った市左衛門は、大きく一振り、
「不義者ッ」
 見事な袈裟《けさ》がけ。よろよろと二三歩よろめいて、障子につかまったが、もう立直る力がなく、血飛沫《ちしぶき》に染まった障子の前に、うつ伏せに倒れてしまった。
 市左衛門は、相手が絶息したのを見とどけてから、久美の方へ向直った。久美は床の上に坐って、近づいて来る夫の目の中を、まばたきもせずに見つめていた。
 血刀を提げたまま、市左衛門は、久美の前に立ちどまった。久美の顔から、すっかり血の気がひいている。唇は紙のように白く、口辺の筋肉が、小さくけいれんしていた。だが、久美は必死になって、夫の目の中を見つめていた。
美貌なればこそ
 この事件が、水戸城下に知れわたったのは、夜が明けてからのことである。
藩庁から検使の役人が出張するし、堀田、望月双方の親類縁者、知音《ちいん》も駈けつけるし、両方の組頭もやって来る。それに野次馬まで加わって、堀田屋敷の附近は、沸きかえるようなさわぎになった。
 中山新助は、袴塚に用事があって、朝早く家を出たため、おひる前にかえってきて、はじめて望月富之助が、市左衛門の屋敷で、不義の成敗をうけたという話をきいた。
 四五日来、市左衛門の様子が変だった理由は、それで釈然と氷解したが、しかし、同時に新助に、あいた口がふさがらない思いをさせたのは、富之助の不義の相手が、貞淑の誉高い市左衛門の妻女であったということである。
 新助は、とにかく市左衛門に会って、慰めてやらなければならないと思い、昼飯も食わずに家を飛びだした。
 不義の成敗といえば、武家では姦通した男女を殺すことである。富之助が殺されたのなら、もちろん、前後して、市左衛門の妻女も殺されたものだと、新助はひとりぎめにきめていた。
 ところが、堀田屋敷へ行って、顔見知りの役人に、
「市左衛門はどこにいる。会いたいんだが」
 というと、
「妻女を連れて駈落《かけおち》したから、どこにいるかわかりません」
 との返事である。
「駈落? ……妻女を成敗せずにか」
目をまるくしている新助に、中年《ちゆうねん》の役人は苦々しげな笑い顔をして見せた。
「未練な人でございます。武士の風上におけぬ奴だと、みなさんそういっておられます。他藩にきこえたら、水戸の名折れでございますよ。あなた様も、そう思われるでしょう」
「うむ、そうだな」
 あいまいに答えて、その男のそばをはなれた。
友達に会っても、みんな同じ意見だった。
 市左衛門が妻の久美を殺さないで、連れて逃げたことは「武士道の上で絶対に許されないことだ」と言った。そして、新助が意外に思ったことは、人々の久美に対する憎しみが市左衛門に対するそれよりも、はるかに深刻で激烈だったことである。
 久美を罵倒する言葉の中には、「淫乱」とか「淫奔」とかいった、嘗ての日の久美が、冗談にもいわれたことのない言葉がまじった。
「家中の若侍には、あの女のおなさけを蒙った奴が、まだ七八人もあるという噂だ」
 明らかに作り話だと思われるが、久美を淫奔な女に仕立てあげるために、そんなことまでいう者があった。
 翌日、城中の詰所に出てみると、そこでも堀田夫婦の話でもちきりだった。
「堀田氏の件は、結局どうなるでしょう」
 見習の伊原が、机に片肘をおき、上体だけこっちへ向けて、新助にきいた。
「どうなるもこうなるもない。本人の考えでしたことだ。すてておく外ないだろう」
「ところが、堀田氏の処置が、士道に反しているというので、御夫婦を捕えてきて、水戸でハリツケか獄門にしろという意見が、ひじょうに強くなっているようです」
「ハリツケか獄門?」
「はあ」
「なんだって、そんなに堀田夫婦を憎まなければならないんだ。士道だって? とんでもない話だ。貞操の問題は、公家、武家、百姓、町人、すべての人間に共通した問題だ。武士だけの問題じゃない」
「はあ」
「本夫に、姦夫姦婦を成敗する権莉があるなら、殺さずに助けてやる権莉もある筈だ。憎ければ殺す、憎くなければ助ける。望月富之助を殺そうと、妻君を殺すまいと、それは堀田の考えにあることだ。結局、堀田が妻君を殺さなかった、煎じつめれば、妻君が生きているということが、みなの気にいらないらしいんだが、人の妻君が姦通したことを、なんだってそんなにさわいだり、憎んだりしなければならないんだ。おかしいじゃないか」
「それはそうです、たしかにみんな変になっています」
 伊原もやっと同感した。
 しかし、そういう片隅の声は、家中の輿論を動かすのに、なんの効果もなかった。
 みんな、なにかに取憑《つ》かれた形で、堀田夫婦を処分する方向へ、話がどんどん具体化して行った。
 城内の評定部屋では、中食のあとで月番の参政白井伊豆を筆頭に、頭株の重役連が集合して緊急評定をはじめた。
 参政は、事件の概要を説明して、
「市左衛門は、堀田老中殿の一族だから、下総《しもうさ》の佐倉城へ駈けこむものと考えられる。そこで、昨日午前中にとりあえず、青柳村の熊吉と申す目明しに命じて、市左衛門ならびに妻久美を追跡せしめ、所在発見しだい、当方なりあるいは江戸お屋敷なり、手近な方へ連絡するようにいたしておきました。彼らの所在が判明すれば、直ちに捕手を差向けて取押え、藩の例規にしたがって処断いたす所存であるが、各ー方はいかにお考えであるか、忌憚ないところを伺いたいと思います」
 物頭《ものがしら》の門奈左五郎は、へいぜいから温厚の君子といわれている人物だが、参政のこの対策には、まっさきに反対した。
「市左衛門このたびの不始末、まことに士道にたがい、未練とも卑怯とも申しようもないことではございますが、しかしひるがえって思案いたしますと、彼の親類に当る堀田相模守殿は、こぞんじの通り、当今、天下執政の地位にある人でございます。その人の領内へ案内もなく捕手などを差向け、もし相模守殿の感情でも害するようなことになると、いかに御当家に御三家の御威光があるといたしましても、将来かならず何かの形で、仕返しをうけないとは申せませぬ。殊に君公は、久しく御健康すぐれず、江戸お屋敷で御療養をつづけておられる。かかる際に、市左衛門の駈落と申すような、些細なことにこだわり、相模守殿を敵にまわすようなことになっては、君公に対しても申しわけのないことではあるまいかと愚考いたします」
 参政は、苦い顔できいていたが、門奈の意見がすむと、
「些細なことだと、お手前は申されるが、手前はさようには考えませぬ。これは家中一統の士気と風紀に、重大な関係のあることである。千丈の堤も、蟻の一穴からのたとえもある通り、市左衛門のごとき不覚悟の者、また久美のごとき不貞の淫婦を、そのまま見のがしてしまうと、かならずや第二、第三、第四と、続々たわけ者が出てまいるに相違ありませぬ。いや杷憂ではない、必ず出る。ここでは是が非でも、断乎たる処置をいたして、かかるたわけ者の再発を食止めねばなりませぬ。案内もなく佐倉領に踏みこんで悪ければ、案内をいたせばよろしい。なにも面倒なことはありませぬ」
「案内したのでは、いよいよ市左衛門夫妻を捕えることはできますまい。相模守殿は、市左衛門の同族、しかも極く親しい仲と承っております。義理としても情誼としても、それではといってかんたんに引渡す筈がない。案内すればかえって反対に警護を厳重にさせるだけのことでございましょう」
 急所を突かれて、参政はちょっと鼻白んだが、他の重役から、
「案内するかせぬかは、臨機応変ということにいたし、とにかく追手を一刻も早く差向けられてはいかがでございますか」
 と応援が出てきた。参政は、その他の重役にも、=賛否をたずねた。重役たちは、門奈の心配にも、理由があることはみとめたが、結局は参政白井の、強硬論に同意してしまった。彼らはやはり、家中の雰囲気からのがれることができなかったのである。
「それでは、左五郎殿の外は、全部手前の意見に御同意なされた。早速、追手を出立させることにいたします。他日この取りはからいについて、君公からお咎めを蒙るというようなことがあれば、その際は決して各ー方に御迷惑はかけませぬ。手前一人にて全責任を負う覚悟であるから、さように御承知ねがいたい」
 こうして、市左衛門夫婦逮捕の評定は決した。
 先手同心の雨宮三之助が、白井伊豆のところへ呼ばれ、
「急ぎ部下の同心を引率して、堀田市左衛門同妻久美のあとを追跡し、見あたりしだい取押えて、水戸へ連れ帰るように」
 という命令をうけた。なお、先発の目明し熊吉とも連絡をとって、互に便宜をはかること、できるだけ佐倉藩との摩擦を避け、後日に問題を残さないようにせよとの注意が附加えられた。
 雨宮は、一刻《ひととき》経《た》たぬうちに、部下の同心十六人を引率して、下総佐倉へ向って水戸を立った。同時に、新助の同僚が一人、江戸の小石川の藩邸へ派遣された。市左衛門が江戸の堀田邸へ逃げ
こむ可能性もあるので、その方の手配を依頼するためである。
「とうとうきまってしまいましたな」
 退庁する新助のあとから、伊原が追駈けてきてささやいた。
「一緒にかえろう」
 暗い表情で、伊原をふりかえって、返事のかわりにそういった。
 新助の屋敷は、伊原の屋敷への通り道にあるので、新助は伊原をじぶんの家にさそった。お茶をのみながら、新助はこの若い同僚に、堀田事件に対する世間の反響につき、じぶんの考えを打明けた。
「貴公に話したように、堀田夫婦をハリッケにしろだの、獄門にしろだのとさわいでいる連中の気持を、よく考えてみるとだな。みんなほんとうは市左衛門よりも、妻君の方を憎んでいるんだよ。市左衛門はただ、妻君を殺すべき立場にありながら、殺さなかったから憎まれているだけで、妻君を殺してしまいたいのは世間の人間さ。世間が殺そうとしているんだ。おれには、その理由がわかったよ」
「でも二日前までは、世間の褒めものだったじゃありませんか」
「そこだよ。天女だの女神だのといって、崇拝の的だった。それが今では、まったく反対だ。ありとあらゆる罵詈雑言が、彼女に向って投げつけられている。その上、取押えて極刑にすることになってしまった。いったいこの気ちがいじみたさわぎは、どこからきたと思う。みんな、じぶんでは気がつかないでさわいでいるが、要するに嫉妬さ」
「嫉妬?」
「美人が、貞操を守って、静かに暮している時には、それは神々しいまでに、美しく人の目に映る。そのあいだは尊敬こそすれ、嫉妬なぞする人間はない。これは美しいものを、壊さないように、そっとしておきたいという気持だな。ところがだ、その美人が神の座から、人間の座におりてきて、今度のように人間のするあやまちを犯す。すると世間は、裏切られた怒りと、嫉妬とで、気ちがいのような復讐を企てるんだ」
「裏切られた怒りですね、それはわかるような気がしますが、嫉妬というのは」
「男どもの心の中には、望月に身を任せるような女だったら、おれも手を出してみるんだったと残念がる気持がないとはいえないよ」
「はあ、現に口に出してそう言った人があります」
「そいつは正直な奴だ。たいていの奴は、聖人君子のような顔をして、そんなことはおくびにも出さぬ。とにかく美人の不幸だよ。堀田の妻女が、もし人三化七のお多福だったら、たとえ堀田が連れて逃げても、だれも殺せとは言わぬだろう。殺された望月も、連れて逃げた堀田も、あの女のどこがよくてと、世間はただ笑ってすますだろうよ」
     二百人の捕手
 墨田川の対岸、本所の相生町の舟宿で、市左衛門夫婦と、二人の若党とは、日が暮れるのをまっていた。
 夫婦は、二階の四畳半に、若党は階下の梯子段の下にいる。
 市左衛門は、腕組みをして、壁にもたれ、なにか考えごとをしている。久美は、さっきから時々、溜息をついたり目がしらを襦袢の袖口でおさえたりしていた。
「死にたい」
 と久美がつぶやく。
「もう、それはよせというのに」
「あなたは、なぜわたしを成敗なさらないのです」
「何度おなじことをきくんだ」
「わたしは、あなたがわたしの罪をゆるしてくださっても、とてもこれからさき、あなたのおそばにいて、生きて行く勇気がございません。苦しみ通しに、苦しまなければならないことがわかっていますから」
「おれは、なんにも言わないって誓っているじゃないか」
「おっしゃらなくてもです」
「五百石の知行もすて、地位もすて名誉もすて、その上追手のかかるのも承知の上で、脱藩の罪まで犯して、お前と二人で生きて行こうとするおれの気持がわからないのか」
市左衛門は、ほとんど亠暴願しているようであった。
「いっそわたしは、あなたに憎んでいただきたいのです」
「もう、よそう」
「あなたは意気地なしだ。どうしてあたしを斬っておしまいにならないの」
「お前は、おれに死ねというのか」
「わたしは死にたいのです」
「お前が死ぬ時は、おれが死ぬ時だ、いいかい、お前が自害でもしたら、おれは半日も生きていないからな」
 久美は、目を伏せて、また溜息をついた。
「ねえ久美、あのことは、悪い夢だったとわすれてしまおうじゃないか。そして夫婦になったはじめのころのような、楽しい暮しをまた二人で築いて行こうじゃないか。ね、おまえがその気になってくれさえすれば、きっとうまく行くと思うんだよ。相州殿は親切な、もののわかった人だから、きっとおれのために道をひらいてくれるにちがいない。おれはみんなわすれてしまう。お前もきれいさっぱりとわすれてくれ。たのむよ」
 そんなに言っても、久美は反応を示さなかった。ようやくうす暗くなってきた部屋の中に、彼女は石のような沈黙を守りつづけた。
 舟の用意ができたことを、宿の女将《おかみ》がしらせにきた。
 両国橋の続もとまで行って、主従四人は屋形船に乗りこんだ。大川を横切って、神田川にはいる時、岸に纜っていた舟の船頭が、こちらの船頭に行先をたずねた。「牛込辺まで」と答えると、向うの船頭のうしろにしゃがんでいた男が、すっと立上った。
「世話になったな、これはほんの気持だが」
 と小粒をひとつ握らせておいて、身がるく階へ飛上り、津岸づたいに市左衛門の舟を賤けはじめた。目明しの熊吉である。
 熊吉は、筋違《すじかい》橋で藩邸から警戒に出ている同心に出会ったので、小石川の藩邸への報告を依頼しておいて、じぶんはなお陸上から舟を張けて行った。
 市左衛門の方では、そんなこととは知らずおなじ筋違橋のそばで、若党の重二郎に堀田邸への先触をいいつけて、陸に上げ、主従三人になってふたたび舟をやった。
 同心の注進をうけた小石川の水戸藩邸(現在の後楽園界隈)ではただちに大車輪の活動を開始した。予定通り先手物頭の神田四郎左衛門と安積覚兵衛が大将となり、組下の全員に即時集合を命じた。これに目付横山甚左衛門、河方善兵衛、歩士目付下役、普請方小人などが加わり、総勢二百余人の人数がそろうと、早速表河岸に出て、川づたいに牛込の方角に向った。
 それからなお、予備隊として百人ほどの人数を、切手門に集結する一方、舟二艘に同心を乗組ませて、市左衛門の屋形船を追尾させ、さらに舟二艘を上手へ先まわりさせて、下り舟を止めた。これは他の舟で逃走するのをふせぐためである。
 こうして水上の前後、陸の右手と、三方から包囲されてしまったこともしらずに、主従三人を乗せた舟は、流れに逆らって、悠々と漕ぎ登って行く。
 長い水戸の藩邸前も、無事に通過し、舟は神田川から外堀にはいり、やがて軽子《かるこ》坂下の目的地|揚場《あげば》に到着した。
 堀田邸から迎えの人数をよこしてもらうようにたのんであるが、その連中が来るにはすこし間があるので、しばらく舟の中で待つことにした。
 空には、まだ青白い残光が、わずかにただよっていて、それが水面に映じ、生物でも踊っているように、目まぐるしく動いている。
 船頭に灯《ひ》を点《とも》すようにいうと蝋燭が切れたというから、残った若党の友介を買いにやった。
 あとには、市左衛門と久美、それに老船頭と、三人だけが残った。
藩邸前を、無事に通過した安心で、市左衛門は緊張を解き、屋形の中に長々と身をよこたえ頬杖をついて、片手の扇子で拍子《ひようし》をとりながら、小声で謡曲の『藤戸』を口ずさんでいた。
 久美は、その足の方に、ひざを崩して挾箱にもたれ、あいかわらずひとりでものを考えている。来し方か、行末か、死んだ愛人のことか、生きている夫のことか。
 市左衛門の声がやんだ。
「友介はおそいな」
 久美は、すこしからだをうこかしただけでなんにも言わなかった。
 その時、無紋の弓張提灯を先に立てて、十人ばかりの人が、舟のそばへ足早にやってきた。
 舟と河岸との間には、二間ほどの間隔がある。
 提灯をさしつけて、一人の立派な体格の侍が、船頭に命じた。
「その舟を、岸へ着けろッ」
「何事でございますか」
「御用筋だ」
 客の身に、危険が迫っていることを直感した船頭は、棹をとると逆に河岸を突いた。熟練した腕だが、狼狽しているので、思った通りに舟が動かない。舳《へさき》がはなれたかわりに艫《とも》の方がグルリ
とまわって河岸にくっついてしまった。
「それッ」
 というと、同心たちは心得て舟に飛移る。提灯をもった先手物頭の神田四郎左衛門も、舟にはいった。
 あわてて起上り、大小を腰に差したばかりの市左衛門は、飛びこんできた同心のため、たちまち左右の腕を扼されて、舟の外へひきずり出されてしまった。妻の久美も、左右の手首をつかまれ、襟がみまで取られて、乱暴なあつかいで、陸へ押し上げられた。
 同心たちは、夫婦を取り巻いて、市左衛門から大小と鼻紙入とを取上げた。
神田は同僚の安積と相談して、じぶんが市左衛門を受けもち、安積には久美を受けもってもらい、藩邸まで堂々と行列を立てて護送することにした。
提灯から提灯に火がうつされ、夕闇にかくされていた藩の捕方の全容が、はじめて明るみに出てきた。
 行列の先頭は、三葉葵《みつばあおい》の御紋付の高張提灯である。市左衛門には繩を掛けず、同心二人が左右からその袖を、しっかりつかんでいる。前後を突欅《つくまう》、刺叉《さすまた》、袖がらみの三つ道具や、鳶口、六尺棒などをたずさえた同心、小者など約百人が四列縦隊で警護し、神田はじぶん提灯で馬にまたがって、罪人のすぐうしろに附添っていた。
 久美を護送する安積の行列も、大体それと同様で、久美は見もしらない荒くれ男に左右の袂をとられていた。市左衛門も久美も、髪をみだし、衣紋《えもん》をみだし、その上に足袋はだしのみじめなすがたで曳かれて行った。
 夫婦は、もう観念をきめていたので、神田や安積と顔をあわせても、先方のいうことをきくだけで、じぶんの方からは、一口も口をきかなかった。
 凱旋部隊のように、行列は意気揚々として、小石川切手御門から藩邸に入り、夫婦を中ノロ前の御用部屋に別々に監禁した。
 梅雨《つゆ》があがるまで、夫婦はここに置かれたが、その間一度も顔をあわせることを許されず、昼も夜も、同心八人、下役三人、徒士目付一人、つこう十二人ずつの張番に監視されて日をおくった。
 後、水戸に移されて、夏から冬まである物頭の屋敷に檻置された末、十二月九日の早朝に斬首された。そして夫婦の首は、獄門台にのせて、三日間公衆の目にさらされたが、久美は死んでもその容貌の美しさをうしなわなかった。
 新助はその時から、ものを言わぬ大酒のみになった。
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