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江戸川乱歩「双生児」


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(ある死刑囚が教誨師にうちあけた話)


 先生、きょうこそはお話しすることに決心しました。わたしの死刑の日もだんだん近づいてきます。はやく心にあることをしゃぺってしまって、せめて死ぬまでの数日を安らかに送りたいと思います。どうか、御迷惑でしょうけれど、しばらくこの哀れな死刑囚のために、時間をおさきください。

 先生も御承知のように、わたしはひとりの男を殺して、その男の金庫から三万円(註、今の千万円に近い)の金を盗んだかどによって死刑の宣告を受けたのです。だれもそれ以上にわたしを疑うものはありません。わたしは死刑とぎまってしまった今さら、もう一つのもっと重大な犯罪について、わざわざ白状する必要は少しもないのです.たと診、れが、知られているものよりもいく層位重い大罪であったところで、極刑《ごくけい》を宣告せられているわたしに、それ以上の刑罰の方法があるわけもないのですから。

 いや、必要がないばかりではありません。たとい死んで行く身にも、できるだけ悪名を少なくしたいという虚栄心に似たものがあります。それに、こればかりは、どんなことがあっても、わたしの妻に知らせたくない理由があるのです。そのために、わたしはどれほどいらぬ苦労をしたことでしょう。そのことだけを隠しておいたとて、どうせ死刑はまぬがれぬとわかっていますのに、法廷のきびしいおしらべにも、わたしは口まで出かかったのをおさえつけるようにして、それだけは白状しませんでした。

 ところが、わたしは今、それを先生のお口から、わたしの妻にくわしくお伝えが願いたいと思っているのです。どんな悪人でも、死期が近づくと善人に帰るのかもしれません。そのもう一つの罪を白状しないで死んでしまっては、あまりにわたしの妻がかわいそうに思えるのです。それともう一つは、わたしは、わたしに殺された男の執念が恐ろしくてたまらないのです。いいえ、金を盗む時に殺した男ではありません。それはもう白状してしまったことですし、たいして気がかりになりませんが、わたしはそれよりも以前に、もうひとり殺人罪をおかしていたのです。そして、その男のことを考えると、たまらないのです。

 それはわたしの兄でした。兄といっても、普通の兄ではありません。わたしはふたごの一方として生まれましたので、わたしの殺した男というのは、名まえは兄ですが、わたしと同時に、母の胎内から生まれ出た、ふたごの片割れだったのです。

 彼は夜となく昼となくわたしを責めに来ます。夢の中では、彼はわたしの胸に千鈞《きん》の重さでのしかかって、わたしののどを絞めつけます。昼は昼で、箔、この壁に姿を現わして、なんともいえぬ目つきでわたしをにらんだり、あの窓から首を出していやらしい冷笑をあびせたりします。そして、もっといけないことは、ふたごの片割れであった彼が、顔から形から、わたしと寸分違わなかった点です。彼は、わたしがここへはいらぬ前から、そうです、わたしが彼を殺した翌日かり、もうわたしの前にその姿を現わしはじめました。考えてみれば、わたしが第二の殺人をおかしたのも、あんなにたくらんだその殺人罪が発覚したのも、すべて彼の執念のさせたわざかもしれません。

 わたしは彼を殺した翌日から鏡を恐れるようになりました。鏡ばかりではありません。ものの姿のうつるあらゆるものを恐れるようになりました。わたしは家の中の鏡そのほかガラス類を、いっさい取り去ってしまいま七た。しかし、そんなことが何の役にたちましょう。都会の町には軒なみにショー・ウインドーがあり、その奥には鏡が光っています。見まいとすればするほど、そこへわたしの目は引きつけられるのです。そして、それらのガラスや鏡の中には、わたしに殺された男がーそれは実は、わたし自身の影なのですが、ーわたしのほうをいやあな目つきでにらんでいるのです。

 ある時などは、 一軒の鏡屋の前で、わたしはあやうく卒倒しかけたことがあります。そこには、無数の同じ男が、わたしの殺した男が、千の目をわたしのほうへ集中していたのです。

 しかし、そんな幻に悩まされながらも、わたしは決してへこたれませんでした。この明晰《めいせき》な頭で考えに考え抜いてやったことが、どうして発覚するものかという、うぬぼれすぎた自信が、わたしを大胆にしました。そして、罪に罪を重ねて行くために、一秒間も気を許すことのできないせわしさが、ほかのことを考える余地をあたえませんでした。が、いちどこうした罪人となっては、もうだめです。彼の幽霊は、この何の心をまぎらすものもない、単調な牢獄生活をもっけの幸いにして、わたしの心を占領してしまいました。ことに、死刑とぎまってからは、なおさらそれがひどいのです。

 ここには鏡というものがありませんけれど、洗面や入浴のおり、その水面に、彼はわたし自身の影となって現われました。食事の時のみそしるにさえ、彼はそのやつれた顔を浮かべます。そのほか食器の面だとか、室内の光った金具の表面だとか、いやしくもものの影のうつるところにはきっと、あるいは大きく、あるいは小さく、その姿を現わします。あの、窓から差し込むわずかの日光によって、照らし出されたわたし自身の影にさえ、わたしはおびやかされました。そして、おしまいには、なんということでしょう、わたしはわたし自身の肉体を見ることを恐れるようになったのです。死んだ男と寸分違わない、一筋のしわのよりかたまで同じな、このわたしの肉体が恐ろしくなりはじめたのです。

 この苦しみを続けるほどなら、いっそ死んでしまったほうがましです。死刑なんて、ちっともこわくはありません。わたしはむしろ死刑の日の一日も早いことを望んでいるくらいです。しかし、このままだまって死ぬのは不安です。死ぬ前に彼の許しを得ておかねばなりません。というよりは、彼の幻を恐れなければならぬような、わたしの心の不安をのぞきたいと思うのです。……その方法はただ一つです。わたしの罪状を、わたしの妻に告白することです。同時に、世間の人たちにも、それを知ってもらうことです。

 先生、どうかこれから申し上げますわたしのざんげ話をお聞き取りの上、裁判官のかたがたにお伝えください。そして、あつかましいお願いですが、それをわたしの妻にも話してやると、約束してくださるわけにはゆきませんでしょうか。ああ、ありがとう、ようこそ御承諾くださいました。では、わたしのそのもう一つの罪状を、これからお話しすることにします。

 わたしは先にも申し上げましたとおり、世にも珍しいふたごの一方として生まれました。わたしたちは、わたしの股《もも》にある一つのほくろを除いてはーそれを、わたしたちの両親は兄弟を見わける唯一の目印にしていましたーまるで同じ鋳型で作られでもしたように、頭の先から足の先まで、一分一厘違ったところがありませんでした。おそらく頭の髪の毛を数えてみたら、何万何千何百何十本と、一本の違いもなかったかもしれません。

 そんなにもよく似たふたごに生まれたことが、わたしが大罪を犯す根本動機でした。

 ある時わたしは、そのわたしの兄であるところの、ふたごの片割れを殺してしまおうと決心したのです。といって、兄に対してそれほど恨みがあったわけでは決してありません。もっとも、兄が家督相続者として莫大《ばくだい》な財産を受けついだのに反して、わたしの分けまえがそれと比較にならぬはどわずかであったことや、かつてわたしの恋人だった女が、ただ、兄のほうが財産や地位においてまさっていたばかりに、親にしいられて兄の妻となったことなどについて、わたしはたいへんうらめしく思っていましたけれど、それらは、兄の罪というよりは、兄にそうした地位をあたえた親たちの罪でした。恨むならむしろ、なくなった親たちを恨むべきでした。それに、兄の妻が以前わたしの恋人であったことなども、兄は少しも知らない様子でした。

 ですから、もし、わたしが順調に暮らしてさえいれば、なにごともなかったのでしょうが、悪いことには、わたしという男は生まれつき悪人にできていたのか、世間なみの世渡りというものがひどくへたでした。それに、もっといけないのは、わたしが人生の目標を持たなかったことです。なんでもその日その日をおもしろおかしく暮らしさえすればいいのだ。生きているやら死んでいるやらわかりもしない明日《あす》のことなど、考えたってしようがないというような、一種のならずものになってしまっていたのです。というのが、今いう財産も恋も得られなかったことから、自暴自棄《じぼうじき》になっていたのですね。で、分けまえとしてもらった金も、またたく間になくなってしまいました。

 そういうわけで、わたしは兄のところへ無心に行くよりしかたがないのでした。そして、兄にはずいぶん迷惑をかけたものです。しかし、それがたびかさなって来ますと、兄もわたしの際限のない無心に閉口して、だんだんわたしの頼みを聞き入れないようになりました。しまいには、どんなにわたしが頼んでも、おまえの身持ちがなおるまでは、もう断じて補助しないといって、門前払いを食わせさえしました。

 ある日のこと、わたしはまたもや無心をことわられて、兄の家から帰る道で、ふとある恐ろしいことを考えついたのです。

 その考えが初めに浮かんだ時、わたしは思わず身ぶるいしました。そして、その恐ろしい妄想《もうモう》をふるい落としてしまおうと努力しました。ところが、だんだん考えているうちに、それがかならずしも妄想でないことに気づいたのです。もし非常な決心と綿密な注意とをもって、それを実行しさえすれば、少しの危険もなく、財産と恋とを得ることができるのではないか、と思うようになりました。わたしは数日の間、ただそのことばかりを考えていました。そして、あらゆる場合を考慮した結果、とうとうその恐ろしいたくらみを実行しようと決心したのです。

 それは決して、兄を恨んだがためで拡ありませんでした。悪人に生まれついたわたしは、どんな犠牲を払っても、ただもう自分の快楽を得たかったのです。しかし、悪人でありながら非常な臆病者のわたしは、そこに少しの危険でも予想されたなら、決してそんな決心をしなかったのでしょうが、わたしの考えた計画には、まったく危険がなかったのです。とまあ、信じていたのです。

 そこで、いよいよわたしは実行にとりかかりました。まず予備行為として、わたしは目だたない程度でしげしげと、兄の家に出入りしました。そして、兄と兄嫁との日常行為を詳細に研究しました。どんな些細《ささい》なことでも見のがさないで、たとえば、兄は手ぬぐいを絞る時、右にねじるか左にねじるかというようなことまで、もれなく調べました。

 一カ月以上もかかってその研究が完全に終わった時、わたしは少しも疑われないように口実をもうけて、朝鮮へ出かせぎに行くことを兄に告げました。ーお断りしておきますが、わたしは当時まで、ずっと独身を続けていたのです。で、そうしたもくろみが、ちっとも不自然ではなかったのですi兄はわたしのまじめな思い立ちをたいへん喜んで、邪推をすれば、あるいはやっかい払いを喜んだのかもしれませんが、ともかく、少しまとまった餞別《せんべつ》をくれたりしました。

 ある日──それはすべての点から、わたしの計画にもっともつこうのよい日でした──わたしは兄夫婦に見送られて東京駅から下り列車に乗り込みました。そして汽車が山北駅に着くと、下関まで乗り続けるはずのわたしは、人目につかぬように下車して、待ち合わせた上、上り列車の三等室へまぎれ込んで東京に引っ返したのです。

 山北駅で汽車を待っ間に、わたしはそこの便所の中で、わたしの股《もも》にある、わたしと兄とを区別する唯一の目印であったところのほくろを、ナイフの先でえぐり取ってしまいました。こうしておけば、兄とわたしとはまったく同じ人間なのです。兄がちょうどわたしのほくろのある箇所へ傷をするということは、ありえないことでもないのですからね。

 東京駅に着いたのはちょうど夜明けごろでした。これも、その時間になるように、あらかじめ計画しておいたことなのです。わたしは出発の前にこしらえておいた、そのころ兄が毎日着ていたふだん着の大島と同じ着物を着て、──もちろん下着も帯もゲタもいっさい兄のと同じものを用意してあったのです──時間を見はからって兄の家へ行きました。そして、だれにも見つからないように注意しながら、裏の板塀《いたべい》を乗り越して、兄の家の広い庭園に忍び込みました。まだ早朝の薄暗い時分でしたので、わたしは家人に発見される心配もなく、庭の一隅《ぐう》にあった一つの古井戸のそばまで行くことができました。

 この古井戸こそ、わたしが犯罪を決心するにいたった一つの重大な要素だったのです。それはずっと以前から、もう水がかれてしまって廃物になっていたもので、兄は、庭の中にこんな陥穽《かんせい》があるのは危険だからといって、近いうちに埋めてしまうことにしていました。井戸のそばには小山のように、埋めるための土まで用意され、ただもう庭師の手すきの時に、いつでも仕事にとりかかれぼぼいいようになっていました。そして、わたしは二、三日前、その庭師のところへ行って、ぜひ、きょうーわたしの忍び込んだ日ーの朝から仕事をはじめてくれ、と命じておいたのです。

 わたしは身をかがめて灌木《かんぼく》の繁みに隠れました。そして、じっと待っていました。毎朝洗面のあとで、深呼吸をしながら庭園をぶらつく習慣の兄が、近づいて来るのを今か今かと待っていました。わりたしはもう夢中でした。ちょうど瘧《おこり》にでもかかったように、からだが小刻みにたえず震えていました。わぎの下から冷たいものがタラタラと腕を伝って落ちるのがわかりました。その耐えがたい時間が、どれほど長く感じられたことでしょう。わたしの感じでは三時間も待ったと思うころ、ようやく遠くのほうからゲタの音が響いて来ました。わたしはその音の主が目の前に現われるまでに、いくど逃げ出そうと思ったかしれません。でも、わずかに残っていた理性が、やっとわたしを踏みとどまらせました。

 やがて、待ちかねた犠牲者が、わたしの隠れていた繁みのすぐ前までやって来ました。わたしは、やにわに飛び出して、用意の細引きをうしろから、兄のーそのわたしと少しも違わないふたごの片割れの  首にまきつけると、死にもの狂いで絞めつけました。兄は絞めつけられながらも、敵の正体を見ぎわめようと、首をうしろにねじ向けそうにしました。わたしは渾身の力でそれをさまたげましたけれど、瀕死《ひんし》の彼の首は非常に強いゼンマイじかけでもあるかのように、じりしりとわたしのほうへねじ向いて来るのでした。そして、ついに、そのまっかにふくれ上がった首がーそれはわたし自身のものとちっとも違わないのですー半分ほどわたしのほうを向くと、白目になった目のすみで、わたしの顔を発見して、一せつなギョッとしたような表情を浮かべました。──わたしはその時の彼の顔は、死んでも忘れられないでしょう──が、じきに彼はもがくことをやめて、ぐったりとなってしまいました。わたしは強直して無神経のようになったわたしの両手を、絞殺した時の状態から元にもどすのに、かなり骨折らねばなりませんでした。

 それから、わたしはガクガクする足を踏みしめながら、そこに横たわった兄の死体を、そばの井戸までころがして行き、その底へ押しおとしました。そして、その辺に落ちていた板切れを拾って、そばにつんであった土を、兄の死体が隠れるまで、ザラザラと井戸の中へかき落としました。

 それは、もし傍観者があったなら、さぞかし奇妙な、白昼悪夢を見るような光景だったに相違ありません。ひとりの男が、同じ服装をした、同じからだつきの、顔までまったく同じようなもうひとりの男を、はじめから終りまでちっともものをいわないで、絞め殺してしまったのですもの。

 え、そうです、こうしてわたしは兄殺しの大罪を犯したのです。あなたはさぞ、わたしが何の反省もなく、たったひとりの兄弟を殺してしまったことを驚いていらっしゃるでしょう。こもっともです。ですが、わた七にいわせれば、兄弟だったからこそ、かえっ、て殺す気になったのです。あなたはご経験がおありですかどうですか、人聞には肉親|憎悪《ぞうお》の感情というものがあります。この感情については小説本なぞにもよく書いてありますから、わたしひとりが感じていることではないようですが、他人に対するどんな憎悪よりも、もっともっとたまらない種類のものです。それが、わたしのような顔形のまったく違わぬふたごの場合には、もう極度にたまらないのです。

 ほかに何の理由がなくても、ただ同じ顔をした肉親であるということだけで、じゅうぶん殺してしまいたくなるほどなんです。この弱虫のわたしが、存外平気で兄を殺しえたのは、一つはそういう憎悪《ぞうお》の感情があったからだと思います。

 さて、 わたしは死骸にじゅうぶん土をかけてしまってからも、じっとその場にしゃがんでいました。そうして三十分も待っていますと、女中が庭師を案内して来ました。わたしは兄としての初舞台を、多少ビクビクしながらふり向きました。そしてなるべく自然らしく、

「おお、 親方か、早いね。今ちょっとこうして、きみたちのおてつだいをしかけていたところさ。ハハハ。きょう一日でだいじょうぶ埋まるだろうね。じゃあ、どうかよろしく頼みますよ」

 といって、ゆっくり立ち上がると、兄の歩調で部屋へ歩いて行きました。

 それからは万事順調に進みました。その日一日、わたしは兄の書斎にとじこもって、兄の日記帳と出納簿《すいとうぼ》とを熱心に研究したものです。ーわたしが朝鮮行きを発表する以前に、あらゆること生調べたうち、この二つだけが残されていたのです。夜は妻と  きのうまでは兄の妻であり、今やわたしの妻である女と、少しもさとられる心配もなく、ふだんの兄と同じ態度で、おもしろく談笑しました。そして、その夜ふけに、わたしは大胆にも妻の寝室へさえはいって行ったのです。しかし、それには少し危険を感じました。閨房《けいぼう》における兄の習慣だけは、わたしもまるで知らなかったのです。が、わたしには一つの確信がありました。それは、たとい彼女がことの真相をさとったとしても、まさか昔め恋人であるわたしを、罪人にはしないだろうといううぬぼれでした。で、わたしはなにげなく、妻の寝室のふすまをあけることができました。そして、なんという幸運でしょう。妻はわたしを少しも悟らなかったのです。こうしてわたしは姦通罪《かんつうざい》さえも犯してしまいました.

 それから一年の間というものは、世にも幸福な生活が続きました。使うにあまる金、昔恋した女、さすが貪婪《どんらん》なわたしの欲望も、その一年間は少しも不足を告げなかったのです。ーもっともー その間にも、先刻も申し上げました兄の亡霊にだけは、たえず悩まされていましたけれども、一年という月日は、ものごとにあきっぽいわたしには最大限でした。そのころから、わたしは妻にあきはじめたのです。さあ、昔の癖が出て、遊びがはじまりました。こうでもない、ああでもないと、あらゆる浪費の方法を考えては、金を湯水と使うのですからたまりません、どんな財産だってまたたくひまです。借金の高はみるみるかさんでいぎました。そして、どうにも費用の出どころがなくなった時、ああ、わたしは第二の罪を犯しはじめたのです。

 第二の罪というのは、あの第一の罪から当然生じて来るような性質のものでした。わたしは兄を殺すことを決心した時、すでにこういうことを考えていたのです。それは、もし、わたし自身が完全に兄になりおおせることができたならば、昔のわたしがどんな大罪悪を犯したとて、今はすでに兄であるところのわたし自身には、なんの影響もありえないという考えでした。いいかえれば、朝鮮へ出発して以来ようとして消息のない、弟としてのわたしが、内地へ帰って来て、人殺しをしようが、強盗を働こうが、それはすべて弟としてのわたしの罪であって、もしとらえられさえしなければ、兄であるわたしには、少しの危険もないということなのです。

 ところが、わたしが第一の罪を犯してしばらくしてから、わたしは一つの驚くべき発見をしました。そして、その発見によって、いよいよ第二の犯罪の可能性がハッキリして来たのです。

 ある日、わたしは注意深く兄の筆蹟をまねながら、兄の日記帳へ、兄としてのわたしの、その日の日記をつけていました。これは兄となったわたしの当然しなければならぬ、めんどうな日課の一つでした。日記をつけてしまうと、その当座いつもしたように、自分のつけたところと、真実の兄のつけたところとを、あちらこちら見くらべていました。すると、ふとある驚くぺぎものが目にはいったのです。というのは、そこには、真実の兄のつけた部分のあるページのすみに、一つの指紋がハッキリと現われていたのです。わたしはとんでもない手抜かりをしていたことに気づいて、思わずギクリとしました。わたしと兄との唯一の相違点が股《もも》のほくろだけだと信じていたのは、たいへんな思い違いだったのです。指紋というものは、ひとりひとり皆違うものだ、どんなふたごだって、決して指紋だけは同じでないということを、わたしはいつか聞いていたのです。で、その日記帳の兄のに相違ない指紋を発見すると、これは指紋からばけの皮が現われやしないかという心配のために、青くなってしまいました。

 わたしはソッと拡大鏡を買って来て、日記帳の指紋と、わたし自身の指紋を別の紙に押したのとを、綿密に比較研究しました。その指紋と、わたしのある指の指紋とは、ちょっと見ると違わないほどよく似ていました。が、筋を一本一本たどってくらべてみますと、確かに違っているのです。奇妙なことには、全体としての感じはほとんど同じなのに、さて部分部分になると、まるで違っているのです。わたしは念のために、それとなく、妻や女中たちの指紋をとってみましたが、それらはくらべるまでもなく、少しも似ていませんでした。そこで、これは兄の指紋だと考えるほかはありません。それがわたしの指紋と似ていたのも無理ではありません。わたしどもは似すぎたふたごだったのですもの。たといわずかでも違っていたのは、さすがに指紋です。

 わたしはこんなものがほかにたくさん残っていては大変だと思いましたので、できるだけ手をつくして捜しました。たくさんの蔵書を一冊一冊ページをくって調べたり、押入れや戸棚《とだな》のすみのほこりの中を調ぺたり、あらゆる指紋の残っていそうな場所を捜したのですが、日記のページのほかには一つも発見されませんでした。わたしは少し安堵《あんど》して、この日記のページさえ灰にしてしまったら、もう心配することはないと、それをちぎって火バチの中へ投げ入れようとしました。と、その時です。インスピレーションのようにーといっても、神様のインスピレーションではなくて、たぶん悪魔のそれだったのでしょうi一つの妙案が浮かびました。

 もしこの指紋を型にとっておいて、いつか第二の罪を犯すような場合が生じた時、犯罪の場所に、その型で指紋をつけておけば、どういうことになるだろう。悪魔はわたしの耳もとで、そうささやいたのです。

 たとえば、極端な場合を例にとるならば、わたし自身がひとりの人を殺すとします。わたしはその場合、まず朝鮮へ行った弟としてのわたしが油内地へ舞いもどって来たと想像して、心持ちから身なりから、落魄《らくはく》した弟らしくよそおいます。一方ではわたしは、兄としての現場不在証明《アリバイ》をこしらえておきます。そして、殺人を犯します。現場に少しも証拠を残さぬように注意するのはもちろんです。これだけで、あるいはじゅうぶんかもしれません。けれど、もし何かの調子で、兄としてのわたしに疑いがかかった時は危険です。たといアリバイの用意があったとしても、どうしてそれが暴露しないと保証できましょう。

 ところで、その場合、もし現場に、この真実の兄の指紋が残っていたとしたらどうでしょう。たれひとり、以前弟であった時代のわたしの指紋を、記憶しているものはないはずですから、その指紋がだれのものやら、わかりそうな道理がありません。たといわたしの犯行の現場を目撃した人があっても、ただこの指紋の相違が、わたしを無罪にしてくれるのです。警察はすでに死んだ人の指紋を持った男を、そして、兄としてのわたしのほかには、もうこの世にいるはずのない弟としてのわたしを、永久に捜さねばなりますまい。

 わたしはこのすばらしい考えに有頂天になりました。ちょうどスティヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』という、あの夢幻的な小説を、現実に実行できるのです。悪人のわたしは、このからくりを考え出した時ほど幸福を感じたことは、一生を通じておそらくいちどもなかったでしょう。

 しかし、それを考えたころは、わたしはまだ幸福な生活にひたって、悪事をたくらもうなどと考えていませんでした。それを実地にためしてみたのは、わたしが遊びはじめて借金に苦しみだしたからです。

 ある時、この方法で、少しまとまった金を友だちの家から盗み出しました。例の指紋のにせ判を作ることは、少し製版のほうの経験があったわたしには、たいして骨も折れませんでした。で、それ以来、遊ぴの金に困るごどに、この手をもちいました。そして、いちども少しの疑いさえかけられなかったのです.ある場合は、被害者のほうであきらめて警察へ届けなかったり、たとい警察ざたになっても、指紋の発見まで行かぬうちにうやむやに葬られてしまったり、張り合いのないほど楽々とどろぼうが成功するのでした。そして、調子に乗ったわたしは、最後には、とうとう殺人罪まで犯してしまったのです。

 このわたしの最後の犯罪については、記録もあることでしょうから、ごく簡単に申し上げますが、わたしが例によって重なる借金のために、少しまとまった金の必要に迫られていた時、ひとりの知り合いが三万円(今なら千万円)という大金をーそれはなんでも政治上の秘密な運動費かなんかでしたi一晩自宅の金庫にしまっておかねばならぬということを、その金庫の前で、本人の口から聞いたのです。借金こそすれ、わたしはそのほうの信用はじゅうぶんありましたからね。その座には、その家の細君と、わたしのほかに二、三の客がおりました。

 わたしはじゅうぶん、あらゆる事情を調べた上、その夜、弟の変装で、その友人の家へ忍び込みました。一方、兄としてのわたしのアリバイをこしらえておいたのはもちろんです。わたしは金庫のある部屋まで、なんなく忍んで行くことができました。そして、手袋をはめた手で金庫のとびらをあけー長年の友人のことでもあり、金庫の合いことばを知るのは、しごく容易でしたー現全の束を取りだしました。

 すると、その時、今まで消してあった部屋の電灯が、突然パッとつきました。驚いてふり向いたわたしは、そこに金庫の持ち主が、わたしのほうをにらんで、突っ立っているのを発見したのです。……もうこれまでと思ったわたしは、やにわにふところのナイフを抜くと、ぶっつかるように、その友人の胸を目がけて突進しました。……一瞬間のできごとです。もう彼は、わたしの前に死骸となっていました。わたしはじっと耳をすましました。さいわい、だれも起きては来ませんでした.いや、たぶん知っていても、恐ろしさにすくんでいたのかもしれません.わたしは手早く例のにせ判を、その辺に流れている血につけると、そばの壁にベッタリと押しつけておいて、そのほかに何の証拠も残っていないのを見定め、足跡をつけぬように注意しながら、大急ぎで逃げ出しました。

 翌日刑事の訪問を受けました。でも、じゅうぶん自信のあったわたしは、少しも驚きませんでした。刑事はいかにも申しわけないというように、丁寧なことばで、殺された友人の金庫に大金のあることを知っていたと思われる人々を、ひとりひとり訪問したこと、現場に一つの指紋が残っていて、調べてみても前科者の指紋の中にはそれと一致するのがないこと、で、御迷惑でしょうけれど、わたしにも、故人のお友だちとして、金庫に大金のあるのを知っていらつしゃったひとりとして、ひとつ指紋をとらせてほしいことなどを述べるのでした。わたしは腹の中であざ笑いながら、いかにも友人の死をいたむような調子で何かと質問しながら、指紋を取らせました。

「刑事先生、一生かかったって、知れっこない指紋の持ち主を、今ごろはさぞ捜しまわっていることだろう」

 思わぬ大金のはいったわたしは、そのことについては、それ以上考えようともしないで、早速車を命じて、いつもの遊び場所へ出かけたことです。

 それから二、三日して、わたしはふたたび同じ刑事の訪問を受けました。1その刑事が警視庁の名うての名探偵だったことは、あとになって知ったのですーわたしはなにげなく応接間へはいって行ぎました。が、そこに立っていた刑事の目に微笑の影を認めた時、ある叫びに近いようなうなり声が、わたしののどをついてほどばしりました。刑事は非常に落ちついた様子で、テーブルの上に一枚の紙片を置きました。逆上していたわたしは、その時よくわかりませんでしたが、あとになって考えてみれば、それはわたしの拘引状だったのです。わたしがその紙片のほうをちょっと見ている間に、刑事はすばやくわたしに近寄ると、わたしの両手になわをかけてしまいました。見れば、入口の外には、ひとりの岩丈な巡査が控えているのです。わたしはもう、どうしょうもありませんでした。

 そうして、わたしはとうとう収監されたわけですが、収監されながらも、おろかなわたしは、まだまだ安心していました。どうしたって、わたしが殺したという証拠の上がりそうな道理がないと確信していました。が、どうでしょう。わたしは予審判事の前に引き出されて、わたしの罪状を告げりられた時、あまりのことにアッとあいた口がふさがりませんでした。犯人のわたし自身が、へんてこな笑い方で思わず笑ったほども、それはこっけいなまちがいでした。

 それは、わたしの非常な手抜かりには相違なかったのです。が、そんな手抜かりをさせたのはだれでしょう。それこそ、わたしは、あの兄の恐ろしいのろいだと思うのです。きやつは最初の瞬聞から、それを知っていたのです。一つのほんのちょっとした誤解にはじまって、殺人罪の発覚というせんりつすべき結果をひき起こすまで、きやつはだまっていたのです。

 それにしても、実にばかばかしいほどあっけない手抜かりでした。わたしが兄の指紋だと信じきっていたのは、実はわたし自身の指紋だったのです。ただ、それがあの日記帖のページに押されてあったのは、まともな指紋でなくて、いちど墨のついた指を何かでふいて、そのあとで押されたものだったのです。つまり、指紋の隆起と隆起との問に残っていた墨の跡だったのです。写真でいあんば、ネガチヴのほうがうつっていたのです。

 わたしはあまりにおろかな自分のまちがいを、どうにも真実と思うことができませんでした。しかし、よく聞いてみますと、わたしのまちがいも決して無理ではなかったのです。しらべの時に、予審四判事が問わず語りにこんなことを話されましたっけ。

 なんでも大正二年のことだそうですが、福岡で、当時収容中の浮虜《ふりよ》のドイツ将校の夫人が、残殺されたことがあって、その犯人と目ざす男を逮捕したところ、現場の指紋と犯人の指紋とが似てはいるのですけれど、どうしても同一と思われないので、警察でもずいぶんてこずったあげく、ある医学博士の研究を請《こ》うて、やっと同一の指紋だとわかったことがあるそうです。それがわたしの場合と同じで、現場の指紋のほうがネガチヴだったのです。その博士はさんざん研究の結果、二つの指紋の拡大写真をとって、試みに一方の指紋の黒線を白くし、白線を黒くしてみたところが、もう一つの指紋とピッタリ一致したといいます。

 これですっかりお話ししたいだけのことは、お話ししてしまいました。おもしろくもないことに、たいへん時間をお取らせして済みませんでした。どうか、先ほどのお約束どおり、これを裁判官のかたがたとわたしの妻とにお伝え願います。わたしはお約束を履行していただけるものと安[心して、死刑台にのぼります。では、くれぐれも哀れな死刑囚の死にぎわのお頼みをお聞き届けくださいますように。                  (『新青年』大正十三年十月号)
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