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亀井勝一郎「古塔の天女」


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 この春東大寺の観音院を訪れたときは、もう日がとっぷり暮れていた。星ひとつない闇夜で
あった。老松の並木に沿うて参道を行くと、ふいに、まるで巨大な怪物のような南大門に出っく
わした。いかにも突然の感じで、昼間は幾たびも見なれて気にもとめないこの門の、異様な夜景
に驚いた。昼間よりはずっと大きくみえる。地にうずくまりながら、頭をもたげ、大きな口を開
いて咆号する化物じみたすがただ。仁王の顔面はみえないが、胴体はさながら節くれだった巨大
な古木であった。夜の寺は凄くまた底しれぬ深さを感じさせるものである。
 大仏殿はなおさらのことで、廻廊が長々とつづいて闇に消える辺りを見ていると、建物が地上
全体を蔽うているようだ。形の実にいいのに感心した。大和の古寺の中では新しい方だが、こう
して夜眺めるとなかなか風格が出来たといった印象を与えられる。人影もなく、あたりは森閑と
して物音ひとつ聞えない。廻廊に沿うて歩いてみた。あまりに静かだと、却って異様な音響が神
経に感ぜられてくるものだ。無音の凄さに堪えきれず、神経が空想するのかもしれない。夜空に
茫漠と輪郭をみせている大仏殿の屋根、黒々とつづく甍の波、豪壮な威容に接していると、地ひ
びきをたてて迫ってくるような一大音響を感じるのである。建築の音楽性は夜に純粋化されるの
だろうか。凝結した音楽は暗黒の裡に溶解するのかもしれない。不思議な感じであった。
 私は夜の古寺巡りをしたいと、以前から望んでいたが、果す機会は容易にない。その地に暫く
住むか、寺に泊るといいわけだが、私はいつも多忙な旅行者だ。兼好は徒然草に、「神仏にも人
のまうでぬ日、夜まゐりたるよし。」と言っている。夜における事物と人間に関する考察を兼好
はその前段で述べているが、考えてみると、我々は「夜」というものを忘れてから久しい。現代
の夜とは電燈やネオンサインに照らされた人工の夜だ。都会人ほど自然の夜からは遠ざかってい
         は              よろづ  きら
る。「夜に入て物の栄えなしといふ人、いと口をし。万のものの綺羅、かざり、色ふしも夜のみ
こそめでたけれ。」と、兼好の言うように、古の華麗極彩色の寺も、夜にこそその生命を発揮し
たのではなかろうか。古寺のさびを慕う心の中には、夜の感覚が入っているかもしれない。
 尤も夜中の寺など、薄気味わるいのは当然である。深入りすると好事家の悪趣味になるおそれ
があるが、たとえば大仏殿の中へ、ただひとり鑞燭一本もって入って、暗黒のうちにあの大仏を
見あげたら、わっとばかり身震いするかもしれない。三月堂の群像の前に、夜中にひとり立つこ
とは堪えられぬであろう。夢殿の後方につづく伝法院には、十数体の仏像が並んでいるが、白昼で
さえ一人でその前に立つのは旦ハ合わるいものだ。仏眼が一斉に凝視しているのだからやりきれない。
 僧侶はむろん慣れているわけだが、東大寺二月堂のお水取の記録などみると、深夜の行の無気
                        しようえのによにん
味さ、奇怪な幻想におちいることなどが推察される。青衣女人などもその一例であろう。お水取
には、初夜に東大寺上院修名過去帳を読みあげる儀式がある。聖武帝以来各代の、大仏建立に功
業あった人々の名が読まれるわけだが、当寺造営施主将軍頼朝右大将と唱えてから十八人目に、
ただ青衣女人とだけ淋しい節で呼ばれる一人の女性がまじっている。
「承元年中の頃、彼の帳をよむ僧集慶の前に、青き衣を着たる女人、傍に来りて、『など我をば
過去帳にはよみおとしたるぞ』と云ひて、掻き消すやうにうせにき。青き衣を着たりしかば、
青衣の女人と名づけて今によみ侍る。」
 二月堂縁起に載る伝説だが、女が何ものであるかはわからない。ただ現在も「青衣女人」とだ
け呼ばれている。尼僧でなく在俗の女性で、承元の頃に亡霊となってあらわれたが、それは偶ー
この時代にあらわれたわけで、それより以前の古人であったことはたしかである。元来、夜の寺
と女人の組み合せはわが国の妖怪譚の主要な要素となっていて、云うまでもなく仏法の常に悩ま
される執念の端的なあらわれである。そして幽霊の凄さとともに、妙になまめかしい余情もあっ
て、人は恐怖しながら好奇心をもつ。女人の亡霊は、古寺の厳粛さの裡に漂う一種の誘惑者であ
ることもある。
*
 十年も前の秋のことだが、私は月夜の西の京を歩きながら、薬師寺東塔を仰いだことがあっ
た。雲ひとつない満月の夜であった。星空に向って、月光をあびながら立つ三重の塔は、昼みる
よりもはるかに華麗だ。とくに甍の美しさは無類である。夜の古寺の気味わるさは既に述べたと
おりだが、これとはまた別の、この世のものとは思われぬ凄さがあって、私は息をひそめながら
立ちつくしたものである。
塔の先端には九輪があり、その最先端の水煙には周知のごとく六人の天女が、模様化されてい
る。下方の二天女は、片膝をついたまま向いあって笛を吹き、その上方には、互に対をなして四
                                      へんぽん
人の天女がさかさまに舞い降りる姿をとっている。透きとおるように繊細な胴体と、翩翻する衣
が、そのまま水煙のうちに溶けあって、優美な装飾と化しているのである。昼でも肉眼では見わ
けがたいが、この天女の奏楽と舞の姿を月光の塔上に思うことは、私にとって様々の空想を湧か
せる楽しみであった。
 古寺や仏画、仏具、経文のどこかには必ず天女がいる。それとは気づかぬところに隠れている
こともある。姿も挙措も様々で、装飾のようなすがたをとりながら、しかもどこかに奔放さがあ
り、煽情的でさえある。厳しい勤行のうちに、隠れた美的悦楽を古人はここに味ったのかもしれ
ない。一方に青衣女人のような伝説があり、また数多くの女の亡霊を登場させながら、他方に天
女を構想したその間に、古代からの深いたくらみがあるように思われてならなかった。日本の古
典風物において、天女ほどユニークなすがたはない。東洋芸術全体から云っても、これは頗る特
徴的な存在である。数々の怨みを含んだ妙になまめかしい女人を寺にまつわらせたことと併せ
て、私は長いあいだ興味を持っていた。深夜の古寺と古塔の天女の神秘にそそのかされて、私が
嘗て或る人に送った書簡をここに掲げておこう。
  書簡
 東洋の天女(或は天人)には何故翼がないのか。これは私が久しい問いだいている疑問であり
ます。西洋の天使達を見ると、みな堂々たる翼をもっていて、基督やマリアの周囲を飛びまわっ
ていますが、如来菩薩の周辺に遊行する天女には翼がない。たとえば法隆寺金堂天蓋の天人、薬
師寺東塔水煙の天女、或は様々の来迎図や山越弥陀図等の仏画をみるたびに、私はいつもこの疑
問をいだくのであります。翼の代りに何をもって飛ぶかと云えば、云うまでもなく雲と衣です。
東洋の幽霊には足がない。白衣のままフワフワ飛ぶことも併せ考えてよいでしょう。西洋人が翼
を夢みたところに、我々の祖先は雲を描き衣を添えたわけですが、東洋人のこうした宗教的空想
力について私は屡ー空想してまいりました。
 まず雲とは何か。東洋の信仰に、何故雲というものが大きな要素として入ってきたか。経文を
読むと必ず雲の美しさが述べてあるし、仏画の群像には、雲はつきもののようです。東洋の宗教
は雲に乗っている。そんな感じを与えられることもあります。私は念のために西洋の宗教画集を
ひらいてみましたが、雲は殆んど関心の対象になっておらず、描かれているときは、自然の遠景
にすぎませんでした。その代り翼の天使達が、自在に飛びまわっています。主イエスも、マリア
も、雲に乗っていません。すべて地上の人です。私は仏教と基督教の相違と云ったことについ
て、ものものしく論ずることを好みません。学問的研究にかけてはいささか怠け者です。ただ空
想しながら、雲と衣と翼のあいだに漂う女身について一つの美学を構想するのであります。
 私はすべての求道精神にある厳粛さを尊びますが、またそれから解き放たれたときの放恣なる
愉楽を欲するものであります。云わば神仏に対して異教的である時間を、やや不謹慎な休息とも
云える美のひとときをゆるして頂きたい。ふしぎにも深夜の古寺がそのような情念を抱かせるの
です。
*
 私はいま机の上に、東洋の地図をひろげながら、古代印度や古代シナの伝道者達の歩いた道を
偲んでいます。東洋の聖者達は大漂泊者であった。まずこの感にうたれます。彼らの行手に、或
は周囲にそびゆるものは、ヒマラヤ山系であり、天山北路、天山南路、チベットの高原、大雪嶺
山脈など、言語に絶した大山岳地帯です。北方にゴビの沙漠があります。揚子江や黄河のごとき
大河が流れています。ヒマラヤ山麓をつたわり、また大雪嶺山脈を超えてシナ大陸へ旅した彼ら
伝道者達は、何を見、何を感じたでしょうか。威圧するような大山岳の神秘と、屹立する大断崖
の恐怖、漠々たるゴビの沙漠の絶望、そして想像を絶した深い夜が来る。ここに至って人間とは
何ものであったでしょうか。「無」という思想が、このような漂泊でのみ真に生きていたように
思われてなりません。
 伝道者達は、これら山岳の頂上に行きかう雲を眺め、或は断崖の細道を辿りながら、脚下の深
い谷から湧きあがる雲に身をつつまれたこともあったでしょう。雲に乗るーそれは超越的なも
のへの憧れであったのみならず、切実な実感であったにちがいない。自己と雲を区別出来ぬまで
に茫漠たる大自然裡に没入した旅人を思い出すのです。雲に誘われ、雲に送られつつ、彼らの伝
道はつづけられたでありましょう。
 私はまた、新約聖書時代のパレスチナの地図をひろげます。東洋の峻烈な大自然をみてきたも
のにとっては、ここは小さな温暖の地のごとく感ぜられます。大山岳はむろんありません。丘陵
                          いちじく
と云っていい山々、そのなだらかな斜面には葡萄畑が実り、無花果の花が咲いています。狭く細
長い平原を、ガリラヤの湖から死海まで、ヨルダン川がゆるやかに流れています。地中海はすぐ
間近です。いくつかの島づたいに、やがて異教の放恣な神々が遊ぶギリシャと伊太利へ辿り着く
ことができます。かような自然の中では、人間はおそらく自然と戦いながらも愉快に和解し、
「自我」を全的に容認しえたと想像されないでしょうか。
 東洋の伝道者に山岳性があるとすれば、基督教の使徒達には海洋性がある。むろん大まかな言
                                      かもめ
い方ですが、この海洋性が翼と関係あるように思えてならないのです。海原を飛びかう鴎を想像
して下さい。あの細くすらりとして、稍ー鋭い感じをもつ翼、天使の翼はまさにそれです。鴎の
翼によく似ています。当初はおそらく希臘人の発明であり、そこには知性の憧れがあったと云っ
てもいいでしょうか。古典的希臘精神と基督教との間にある深淵をつなぐものは、この翼だった
かもしれません。地中海はたしかに巧妙な社交家でした。
        かいめい
 大山岳の雲中に晦冥する東洋の伝道者と、海辺の明るい光りの下に鴎を眺める西洋の伝道者
と。
幽遠な瞑想と清澄な知性と。
*
 経文に接するたびに、私はその形容の大げさなのにあきれてしまいます。実に野放図で、際限
のない空想力です。花も鳥も樹も宝玉も、容赦なく、無量の数をもって押し寄せてくるのです
が、たとえばキリストの比喩するところは、これに比べるとはるかに人間的で合理的です。野に
咲く一輪の白百合の花、或は葡萄畑のささやかな収穫、また一粒の麦にすぎません。彼は十字架
を背負わされ、群集の面前で罵られ鞭うたれ、悲痛な面持ちで死に就きました。ところがこうし
た受難は、仏典にはみられぬのです。釈尊の周囲には金剛力士、つまり仁王という恐るべき腕力
                     どうじやく
家が護衛しています。ローマの兵士もこれには瞠若たらざるをえないでしょう。たとい人間の迫
害があっても、この点でそれほど大げさでないことを私は興味ふかく思うのです。
 その代り自然が迫害したことはたしかです。ヒマラヤ山系や大雪嶺山脈の辺りを漂泊した伝道
者達は、或るときは断崖の崩壊に遭い、洪水に溺れ、猛虎の餌食となり、おそらく人知れず倒れ
て行ったものが実に多かったのではないでしょうか。渓谷の巌上に散乱する白骨の上には、一羽
の鷲が飛ぶのみです。崖の洞の中に、空しく餓死するものもあったでしょう。復活を祈る何びと
も傍には居りません。
 仏教にもし十字架があるとすれば、自然そのものではなかったかと私は思うのです。磨崖に刻
まれた菩薩像をみるたびに思うのですが、この磨崖そのものが十字架なのではないかと。磨崖は
同時に煩悩を象徴してもよいわけです。煩悩即菩提という言葉がありますが、自然としての人間
悲劇そのものの裡に釘づけられたまま成仏を念じたように考えられるのです。「即」とは痛さに
ちがいない、肉的な苦痛であった、そうお考えにはなりませんか。
*
 天女はかかる受難の上に登場します。大山岳の雲中に瞑目する夜の幻影でもあったでしょう
か。衣で飛びながら、様々の楽を奏し、来迎を告ぐるとともに昇天をたすけるのですが、天女は
一体女身そのものなのでしょうか。印度の古伝説では、はじめ水の妖精であったと言います。仏
教の流布につれて、次第に空中へ舞い上ったそうです。女性的ではあるが、性を強調した跡はす
こしもありません。男のようでもあり、女のようでもあり、それでいて女性的なのです。この秘
密ば何か。
 維摩経観衆生品には、御承知のように天女が出て舎利弗と問答しますが、天女は天女という
「女」に執する舎利弗を、いきなり女身に転じてからこう言って居ります。「舎利弗よ、汝若し
能く此の女身を転ぜば、即ち一切の女人も亦当に能く転ずべし。舎利弗は女に非ざれども而も女
身を現ずるが如く、一切女人も亦是の如し。女身を現ずといへども女に非ざる也。是の故に仏
は、一切の諸法は男に非ず女に非ずと説き給ふ。」ー私はこの教義を宗教的に解説しようとい
うのではありません。私のここに屡ー味ってきたものは東洋的な美の原理でありました。
 たしかに法には性別がない筈です。真理が性によって異る筈はないからです。美もまた然りと
云えましょう。男身にして女身を現じ、女身にして男身を現ずる場とは即ち作品であります。現
実のいかなる女よりも美しい女を創造するためには、性別は何らの条件とならぬのは当然です。
美の創造とは、男にも非ず女にも非ざるものの仕業だと思います。私は中性という言葉によって
限定したくない。むしろこれをこそ仏性と名つくべきではないでしょうか。
 希臘彫刻のアポロはたしかに男身ですが、そこには女性の柔軟な筋肉がいのちとして宿ってお
り、ヴィナスは女身ですが、男性のひきしまった筋肉を内包しております。人間の性的な贅肉を
超克した後の、これが神の肉体なのです。或は人間の肉体の故郷なのです。男身はこれによって
益ー男身の理想をあらわし、女身はこれによって一層妖艶の美を発揮するようであります。たと
えば舞姫の裸形美は、ただ抱擁への受動的な誘惑を示すのみでは不充分で、そこには必ず、強烈
な反応を示すに足る男性的筋肉の内在がうかがわれなければならぬのであります。それが性的魅
力の本質であります。そしてかような肉体は、造形美術家としての彼女の創造に俟つ以外にな
い。  現実の性別とは一つの虚妄ではありませんか。「踊り子が踊る女であるというのは間違
いであって、踊り子は女でなく、又踊るものでもない。」(マラルメ)私はこの言葉をヴァレリイの
「ドガ論」の中で読んだのですが、大へん興味ふかく思いました。ヴァレリイはこの真実さを実
         くらげ
証するものとして、水母の話をもち出しています。水母はその幾つも重なった裾に急激な波をう
たせ、それを何回となく、異様なみだらな執拗さを以て上下するのをくりかえしつつ、遂にはエ
ロスの夢と変ずると。人間のいかなる踊り子も、拒絶を容れない性の挑みや、逸楽への模擬的な
誘いを、水母のようには表現出来ないだろうと云うのが彼の観察ですが、東洋の天女とはかくの
ごときものだと私は言いたいのです。男にも非ず女にも非ざる一切諸法の中に漂う水母であります。
*
 天女の衣をみるたびに、私にはそれが肉体の一部と感ぜられます。一体に仏像の衣は仏体の曲
線と巧みに融合して、衣の線は仏体の線の延長のごとくみえる。仏体に実にぴたりと密着して、
しかも幾重もの衣の袖や裾は、炎のように流動しています。とくに天女にあっては、これが最も
自在奔放を極め、そのまま飛翔を意味しているとともに、また空中に模様化されていることは仏
画で御存知のとおりでしょう。天女にとって、衣はいのちそのものであり、貞操を意味していた
ことは羽衣伝説からもうかがわれます。衣は、云わば絶えず翩翻する肉体の抒情詩なのです。
 女人の衣は、肉体の移り香とともに魅惑的なものですが、東洋の伝道者達はここに浄化を念じ
つつ、またここに陶酔したのではないかと思われます。女身も仮相、男身も仮相、天女とは仮相
において実相の美を語らんとする柔軟体というべきものかもしれません。そこに宗教的浄化の観
念のあるのは事実ですが、あのほっそりとしてくねくねした肉体、優婉な腕と腰、透明な姿体を
みていると、妙になまめかしい。音楽を伴う飛翔は一層この感じを深めるでありましょうが、こ
れはいかなる種類の誘惑でしょうか。
 私は求道者の内面を想像します。「たとい博大な恩寵のもとに在る場合ですら、我々がふと洩
らす自然性のあの告白、一度も浄化されたことのないような、自然のままの魂に曳きずられて再
び墜ちこんで行くあの不謹慎な裸体状態」というものがあります。求道者は驚いて浄化を祈り、
しかも離れることの出来ない誘惑をそこに感じたとしたならば、宗教はここにいかなる「慈悲」
を示すべきでしょうか。天女とはおそらく、求道のストイシズムと、異端のエピキューリズムと
のあいだに架橋させた性の夢ではなかったかと思うのです。
*
 東洋の彫刻や絵画の裸形の稀なのは何故であるか。むろん西洋でも基督教芸術にそれは少く、
裸形のほとんどが希臘ルネッサンスの系統をひくことは申すまでもありません。裸形の稀なこと
をもって、東洋人の宗教心がより深いと断ずることは出来ず、情慾の淡さを物語るものでもない
ことはむろんです。東洋人は、裸形美を追求する代りに、衣にあらゆる技巧をつくしたように思
われます。衣をとおして、或は衣のあわいに、裸形の陰翳を貪ったかにみえるのです。それは裸
形そのものよりも更に強烈な肉感を誘うもののごとくであります。仏教にとっては云うまでもな
く煩悩の種です。大煩悩です。恐れ、戦き、見まいと念じながら、しかも見たいという誘惑をど
うすることも出来なくなったとき、久米の仙人は墜落しました。見たのです。東洋の修道士達は、
おそらく幾度もかような経験をもったでありましょう。
 いかにせばこれから脱却し、浄身たりうるだろうか、様々の苦心が払われました。信仰者の煩
悩に対する敏感さは無信仰者のそれよりも激しいようであります。厳粛が情慾を唆るのです。精
神の抑圧が肉体の反逆を促すのです。それを抑えるのが信仰にちがいないのですが、かかる宗教的
敏感さは、抑えると同じ程度に犯すにも役立つでありましょう。デカメロンをごらんなさい。坊
主の破戒は、あらゆる性的犯罪の中で最も悪魔的であります。
 釈尊は或るときは「断」を説き、或るときは「即」を説いてこの危機を戒めましたが、大乗の
至極は、云うまでもなく、「即」の痛さに釘づけられたまま菩提の人たるところにあるでありま
しょう。女体を、身に近く漂う香気と化すのです。それは絶対に裸形であってはならないが、但
しーこの但しが即ち衣なのです。裸体の一部として、その象徴として、柔軟の極致を行かせよ
うというわけです。地上に置いては危険です。いつ墜落を誘うかわからぬ。水の妖精は、その不
謹慎な姿態を戒められ、昇天を迫られます。即ち衣をもって飛ぶのですが、それもただ飛ぶので
はなく、舞いながら飛ぶのです。飛ぶことは舞うことであり、舞うことは香気の揺曳であった。
人間の煩悩にほとほと手をやいた仏教が、窮して通じた唯一の美的快楽ではなかったでしょう
か。女の怨霊、かの青衣女人のごときも、天女に昇天せしめられる可能性であったと云えますま
いか。
 はじめて天女を創造した人間の、繊細鋭敏な感覚を私は想像しないわけにゆきません。おそら
く彼は、本質的には異教徒であり、信仰とは、彼にとってふいに閃く雷撃のような畏怖だったか
もしれません。私は法隆寺金堂の天平聖観音の作者を思い出します。人体とほぼ同じ高さのこの
木像は、私のみた仏体の中でも最も妖艶なものでありました。これは未だ昇天を知らぬ天女とい
うべきです。胴体から腰をかすかにくねらせたこのなまめかしい女身像に、作者は何を念じたの
でしょうか。信仰が彼を導いたに相違ないのですが、また信仰を忘れて、あの「不謹慎な裸体状
態」に惑溺し陶酔した刹那が必ずあったと推察されるのであります。
「右手に聖典をとり、左手に酒盃を持ち、正と邪との間に戦慄せよ。そのごとく我らは全く信仰
の徒ともまた全く不信仰の徒ともならずして蒼穹の下に坐すべきなり。」iこのルバイヤット
の一句がこの像に余韻しているのではないかと、嘗て私はかいたことがありますが、たしかに、
天女もまた戦慄の所産にちがいなかったと申せましょう。
*
 基督教の天使は、衣において仏教の天女のように奔放でなく、つつましく、見るからに清浄の
感を与えます。翼がある以上、飛ぶという観念は衣を無用とするわけですが、それを度外視して
も、天使は実に浄身そのものです。ところで、希臘の異教美を愛する人々にとって、天使のこの
                                  さんぎよう
姿態は甚だ不満であったらしい。たとえば偉大な異教徒であり希臘芸術の鑽仰者だったゲーテ
は、基督教を異教的に眺め、これをエピキュールの園にひきおろそうという誘惑を禁じえなかっ
たようであります。幼いキリストを抱いた聖母は、彼にとっては「子供を抱いた処女」でありま
した。
 ファウスト第二部では、メフィストフェレスが天使に情慾を起すところがあります。「少し色
気のある目で見ないかい。それにもっと肌の見えるような風が出来そうなものだ……おや、あっ
       うま
ちへ向いたな。旨そうなうしろつきをしていやがるなあ。」  この不作法な冒漬的な言辞は、
ゲーテ自身のものであります。人間の心には、必ずかような悪魔が一匹ずつ住んでいる。信仰に
とって美的鑑賞とは何を意味するでしょうか。美がもし異教性を必至とするものならば、芸術と
は一つの「犯罪」ではありますまいか。
 ゲ…テは、しかし死という厳粛な事実の迫るのを知っています。 一切の無常なるものは、ただ
影像たるにすぎずと観念しています。永遠に女性なるものという「法」の中ヘファウストが飛翔
して行くとき、天使は合唱をもって迎えます。そこには嘗て彼が犯した一少女もいます。その
「犯罪」ゆえに彼は多くの美を享楽し、美を創造しえたわけですが、「死」はいかなる異端をも
遂に改宗せしむるのでしょうか。では美の創造者とは何ものでしょう。第二部の筆を擱いたとき
の老ゲ;テの心は、まことに複雑であったと推察されます。自分は悲劇に対して、いささか妥協
的であったと告白したそうですが、敬虔な微笑の陰には、メフィスト的な哄笑があったかもしれ
ませぬ。死に臨んで、彼は誰よりも悪魔との別離を惜しんだかもしれないのです。
*
 極楽とは何でしょう。私は阿弥陀経を読んで、そこに描かれた極彩色の途方もない幻の美に驚
嘆しました。この幻影を素直に信じるとはどういうことでしょうか。天女は音楽を奏しつつ、飛
行し舞踊します・孔雀、白鵠、鸚欝諸ーの華麗な鳥が遊んでいます・金銀、瑠璃民礁礫・真珠
等をちりばめた絢爛たる楼閣があります。池には大蓮華の花が咲き、青色青光、黄色黄光、赤色赤
光、白色白光、微妙の香り潔しとある。息もつかせぬ華麗さです。弥陀の誓願が凝って極楽と
なったのでしょうが、この誓願は、衆生においては願生彼国だと聞いております。極楽とは誓願
と願生の相寄る刹那かもしれませぬ。天女は、たしかにこの刹那への誘惑者であり、仏陀の慈悲
的な愛嬌とも考えられるのです。ひらひらと、細く柔軟な衣をひるがえしながら招くのです。だ
がすべての美と同じように、それは人間的な完全抱擁の慾望に対しては、巧みに身をそらしま
す。どうもこれは陽気な亡霊と申してもよいようです。
 仏画や仏具の中で、天女は屡ー模様化されました。空中に模様化することによって、人間は辛
うじて完全抱擁の慾望を達しえたと云うべきでしょうか。固定とは正反対の概念です。模様ほど
動きを内包するものはありません。それは無限の溶解を約束しています。あらゆる模様を見るた
びに、私はこれが人間の創造しうる純粋というものではなかろうかと思うのです。
 ファウスト第二部の最後の場面は、一幅の宗教画ですが、諸ーの天人天使達の配置はたしかに
模様のようであります。経文のあの絢爛たる対句法もまた、言葉の模様と感ぜられます。古代希
臘人ならば、それは幾何学だと云いたいところでしょう。純粋の極致とはたしかに模様で、水母
もまた然りです。そして無限の溶解をほのめかすほどにも煽情的なことがあるでしょうか。
 水の妖精を空の妖精に転ずることは、結局において同じことだったかもしれませぬ。謡曲の
「羽衣」や古風土記の羽衣伝説をみると、天女はその故郷である水辺に舞いおりて水浴します。
漁夫の白竜は見ました。松の枝にかけた羽衣を奪って容易に返そうとしません。古風土記では、
天女は漁夫に身を委ねたとも伝えていますが、謡曲では一切を舞と化しました。同じことです。
                                  かすみ
入生は夢であり、「思い出」は飛翔します。「かすかになりて、天つみそらの、霞にまぎれて失せ
にけり」と云ったわけですが、天女はまた、望郷の念に堪、えざるもののごとく、わざと羽衣を忘
れるようなところがあるようにも思われます。
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