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森鴎外「我をして九州の富人たらしめば」

森鴎外「我をして九州の富人たらしめば」

 我をして九州の富人たらしめば、いかなることをか為すべき。こは屡々わが念頭に起りし問題なり。今年わが職事のために此福岡県に来り居ることゝなりしより、人々我に説くに九州の富人多くして、九州の富人の勢力に官吏の上に在ることを以てす。既にしてその境に入りその俗を察するに、事として物として聞く所の我を欺かざるを証せざるはなし。こゝに一例を挙げんか。嘗て直方より車を倩《やと》ひて福丸に至らんとせしに、町はづれに客待せる車夫十余人ありて、一人の応ずるものなく、或は既に人に約せりといひ、或は病と称して辞《いな》みたり。われは雨中短靴を穿きて田の間を歩むこと二里許なりき。後人に問ひて車夫の坑業家の価を数倍して乗るに狃《な》れて、官吏の程を計りて価を償ふを嫌ふを知りぬ。九州に来るもの、富の抑圧を覚ゆること概ね此類なり。
 われは此等の事に遭ふごとに、九州の富人の為す所の宜しきを得たりや否やを思ひ、これを思ふごとに我をして九州の富人たらしめばかくは為じものをといふ念を作すことを禁じ得ざりき。かくは為じ。さらば何如かすべきぞ。
 この問題は容易く解釈し得らるべきものにあらざること勿論なり。既に我をして富人たらしめばといへば、未だ富まざるもの、富を致す法は、幸に問題の外に出づ。然れども富を保ち富を殖やす法は尚この範囲の内にあり。是れ豈わが能く解釈する所ならんや。吾口若し強ひて理財を説かんと欲せば、そは飛禽の深淵を談じ游魚の大空を談ずるにも似たらんかし。
 わが言はんと欲する所は、彼の検束を教へ節倹を勧むる如き、耳に逆ふ事にはあらず。我は唯だこの問題の一面なる富に処する法に就きて言ふ所あらんとするのみ。こは我も人もこれを思ふことの心に快きものなれば、我これを説かば、人必ずやこれを聴きて耳を悦ばしむるなるべし。
 現に富は一大勢力なり。これを有するものは願ひて得られぬ物は殆ど無く、志して達せられざる事も亦殆ど無し。われは殆ど無しといひて、絶えて無しとはいはず。富人にして聞かば、或はその得べからざるものは何ぞ、その達すべからざるものは何ぞと疑ひて、わが一歩を進めてその得られぬもの達せられざるもの、我が安心立命の本たるを説くを聞くに及びては、我を世に謂ふ負惜となして嘲《あざ》み笑ふなるべし。殊に知らず、富は絶待能と立つるは、貧は絶待無能と立つると同じく、是れ汝の役する所の工人の浮む瀬なき苦艱の底に沈み、汝みづからの怖ろしき怨府となり畢る所以にして、彼社会問題の中心は工人衣食住の足不足に在りといはんよりは、寧ろ工人をしてこの安心立命の本を得せしむると否とに在ることを。然れどもこは我が今詳かに言はんと欲する所にあらず。強ひてこれを言はゞ、そは又我言説をして耳に逆ふものたらしむべきが故なり。
 わが説かんと欲する所は富に処する法にあり。富に処することの何如は、富める人の願と志とに従ひて相殊なり。姑く分ちて自利の願と利他の志との二つとなさんか。我が嘗て学ぶ所ろ、今由りて以て世に立つ所より見れば、後なる者尤も説をなし易きに似たり。労働に伴へる危険はあらゆる手段を用ゐてこれを防ぐを始として、小家屋小田圃を工人に貸して、これをして漸くその所有たらしめ、産なく産を知らざるものを化して、産あり産を知るものとならしむる等、是れ保護の事業なり。工人の病めるもの、傷きたるもの、老いたるものをして活計に窮せざらしむる、是れ保険の事業なり。これに害なくして渇を医すベき飲料を給し、これに価賎しくして身を養ふに足るベき食品を与ふる等、是れ狭義に謂ふ衛生の事業なり。凡そ此等の事はその成功に伴ふ快楽ありて、心高き人は能くこれを享くるならん。されどこは皆その利他なるが為めに、富人の身に緊切ならざるものにして、その聞きて耳に逆ふとせらるゝこと、或は彼の多少の窮屈を免れざる富を保ち富を殖す法より甚しからんか。
 是に於いてや、剰す所は唯だ自利の一面あるのみとなりぬ。自利の一面とは富人の自ら奉ずる所のものをいふ。こは特り富人のために最もその身に緊切なるものたるのみならず、亦富の影象中先富まざる人の空想に入るものたり。されば我が自ら問ひて、我をして九州の富人たらしめば、いかなる事をか為すべきと云ひしとき、富に処する法の此一面のいち早く我解釈を得たるも、固より怪むに足らざるなるべし。今我が説かんと欲する所のものは即ち是なり。
 我をして九州の富人たらしめば、大いなる第宅を起し、広やかなる苑囿を拓かんも可なり。山水を翫ぶに宜しき処に二三の別業を営まんも亦可なり。家を東京に買ひおき、季を限りて往いて住まば愈々可ならん。
 我をして九州の富人たらしめば、よき衣をや着ん、肥えたる馬にや跨らん、隆き車にや乗りてまし。我をして九州の富人たらしめば、ハワナの姻を喫まんか、ボルドオの酒を酌まんか、会席料理、西洋料理、支那料理に老いたる庖丁おの/\一人を養ひて、交る/\その伎倆を試みんか。我をして九州の富人たらしめば、縦令肉屏の不徳義と香唾壷《かうだこ》の不人情とを嫌はんも、猶食間台盤を執るものあり、後宮音律を解するものあるをば辞せざらんも知るべからず。我をして九州の富人たらしめば、深院に簾幕を垂れて名香を聞くベきか、さらずば筥崎の松の木間に茗
を開きて、豊太閤の全盛に倣ふべきか。
 彼も好し此も好し。然れども官能の受用の慣れてはその功を奏せず、数々してはその身を傷るを奈何せん。そが上に歳月は遷り易く、人生は老い易し。我口腹いつまでか酒肉に堪へて、我耳目いつまでか声色に娯まむ。已むことなくば、猶自由藝術と学問とあり。その受用は老少を問はず。啻に老少を問はざるのみならず、老いては愈々蔗境に入るべし。嗚呼、我をして九州の富人たらしめば、寧ろ彼を捨て、此を取らんかな。
 抑々藝術と学問とは、両つながらわが嗜《たし》む所にして、此間に択まんこといと難し。若し藝術に従はゞ、われは其れ国内に競争者なき蔵画家となりて、或は土佐、狩野、雲谷、四条、南北宗の逸品を集め、或は人を海外に遣り、倫敦、巴里、ミユンヘンの画廊《ガレリイ》に就いて謄本《コピイ》を作らしめ、或は又新画派の起るを候《うかゞ》ひて、価を倍してこれを買ひ、奨励して発展せしめんか。若し学問に従はゞ、われは其れ一大編輯局を私設して、広く奇書を蒐め、多く名士を聰し、その規摸の大は古の西山公を凌ぎ、その成功の観るべきものあることは今の官立史舘を圧倒せんか。若し又九州といふ思想に重きを置きて、更にこれが範囲を劃せんには、藝術には主として南北宗の源委を顧慮し、学問には主として九州の歴史地志を追尋すべし。
 然りと雖も熊魚《ゆうぎよ》兼ね得んことは、富人尚或は能くし難からむ。我にして二者その一を取らんには、必ずや学問の方ならん。学者文人に交はるは、鑑賞家といふものに交らんより心安く、書估とものいふは、骨董商と語らんより忍び易かりぬべきこと、その理由の一なり。此は貧しく賎しきもの、高しとして敬する所にして、彼はその奢れりとして悪む所なること、その理由の二なり。而してわれは今の社会問題の漸く将に起らんとする気運を察して、特に後なる理由の軽んずベからざるものあるを思ふなり。
 試みにこれを豊前と筑前とに視よ。昔神武天皇の菟狭川上《うさのかはかみ》にやどり給ひ、景行天皇の長峡県《ながをのあがた》にいませしより以降《このかた》、神さびたる宇佐の宮居、猛く雄々しき水城の址、太宰府廃置の顛末等、国史上大関係ある遺蹟故事の後人の考究を待つものあり。加旃《しかのみなら》ず平家はこゝに滅び、足利氏はこゝに興り、菊池と大内と、大内と大友と乃至毛利と大友と、大友と竜造寺と、並びに皆鋒をこゝに交へ、豊臣の大兵一たび境に臨みてより、黒田森小早川の時代及細川黒田の時代を経て、小笠原の播磨より小倉仲津に遷りての後に至るまで、滄桑の変、黍離の歎、これを探討する興味果して何如ぞや。而るに坊間の書肆に就いて、典籍のその梗概を徴すべきものを求めば、門司港志、豊前名所案内記、神代帝都考、福博だより等の二三巻あるのみ。著者の功は固より没すべからずと雖も、この種の
々たる小冊子、争でか能く我心を饜《あ》かしめん。
 蓋し九州の篤学の士に乏しからざる、始より述作記載なきにはあらず。豊前には豊前志あり。筑前には貝原氏以後二三の地誌あり。然れども此等考拠の資となりぬベきものは、大抵僅かに伝写に依りて存じ、これを獲ること既に容易からず。縦し又これを獲たりとせんも、その誤謬少からざるを奈何せん。九州の富人多きこと此の如し。いかなれば責てこれを校讐排印せしむる労を取らざる。いかなれば又これを追加せしめ、これに本づきて新に編纂せしむる願を発さゞる。
 今の九州の富人は畢寛何をか為す。われ汽車に乗れば、その上等室の
塞《てんそく》するを見る。而して其間して涼を食るものあり。是れ何故に人の上等室に乗るかを知らざるなり。われ嘗て葉巻烟草の管《パイプ》を小倉の市に索む。而るに洋品を売るもの檐を連ねて、一箇の孔大いなる管を蓄へず。是れ烟草の精粗を辨ずるものなきなり。一士官頃日われに語りて云く。疇昔の夜職務の故を以て一小村に宿る。その家旅店にして酒家を兼ぬ。隣房に客ありて村膠を酌み、脾に五円紙幣を投じて去ると。是れその行ふ所、彼の人力車夫を驕らしむるものと同じく、いたづらに賎物の為めに死財を散ずるものなり。是に由りて観れば、烟酒車服の美悪すら、今の九州の富人の得てずる所にあらず。何ぞ況や藝術学問をや。
 人の富みて実に為す所と、我の富まば応に為すべき所と、その相懸隔すること此の如し。こは職《もと》として趣味の有無と高下とに由り、未だ遽に相強ふべからざるものあり。然らば趣味は授くべきものなるか。答へていはく。何ぞ嘗て授くべからざらん。趣味は長ぜしむべきものなるか。答へていはく。何ぞ嘗て長ぜしむベからざらん。顧ふにこれを授けこれを長ぜしむる任は、主に読者多き新聞紙に在るにはあらざるか。新聞紙の宜しく采録すべき所のもの、堂独り党争貨殖の論と奸婬偸盗の談とのみならんや。
 夫れ藝術学問の物たる、その嗜好の上より言へば、皆嗜好者の自利の所為に属す。然れども自利の最も高きものは利他と契合すること、譬へば環の端なきが如し。藝術の守護と学問の助長とは、近くは同世の士民を利し、遠くは方来の裔孫を益す。富人の当に為すべき所のもの、何物かこれに若くべき。スタインが昨年の著なる社会問題に云へることあり。汝一事を行はゞ、必ずその事の啻に汝の生活を肯定するのみならず、亦他人の生活を肯定し、就中《なかんづく》後昆の生活を保護し増盛することを期せよと。富に処する法も、亦実にこの数語に尽きたり。設《も》し或は人ありて、わが言《こと》到底人の耳に逆ふことを免れずといはゞ、敢て謝す敢て謝す。
  明治三十二年九月十六日稿。



 


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