「暗い渦」(2009/01/17 (土) 18:24:25) の最新版変更点
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**暗い渦 ◆TPKO6O3QOM
(一)
風までも血に飢えるのか。森を吹き抜ける風は血臭に気が昂ったのか、その源泉である獣の躰や木々を弄んでは何処かへと去っていく。されど、風に踊らされた梢が奏でるさらさらという清音の合唱はとても穏やかであった。
シエラの目の前には、小さな骸が鎮座している。細身の曲剣に貫かれた身体からの出血はすでに止まり、生乾きの血痕が草叢を汚している。
シエラの美しい口吻が僅かに歪んだ。僅かではあるが、死臭が漂っている。
骸は、まだ小さい子供の獣人だった。その周囲は、まるで旋風が暴れたかのような散々たる様相を見せている。なぎ倒された木々は黙したまま、その怨みを訴えていた。
このような惨状を作り出す獣だ。この子供は抵抗すらできずに殺されてしまったのだろう。
そのときの恐怖は如何ばかりだったか。問おうにも、子供の虚ろな眼球が答えることはない。
血の状態から推定するに、殺害されてからそれほど時間は経っていないだろう。もっとも、この殺し合いが始まって然程時間が経過したわけではないが。
ということは、この子供を殺した獣はまだそう遠くには行っていない。そう予測を付ける。子供を狙い、殺す。そんな醜悪な獣が近くにいる――。
シエラは首を振った。薄紫の髪を掻きあげ、深くため息を吐く。
「怪力を持ち、……私と同様に、殺し合いに乗った獣が近くにいる。それに私は丸腰だ。警戒のため、意識するのは当然のことじゃないか。そう、警戒の、ためだ……」
誰へと告げるわけでもない独白。
骸の近くに突き刺さった刀身だけが薄い冷笑を浮かべながら、それを聞いていた。
(二)
深閑とした森の中に微かな振動と、金属をこすり合わせるような音が響いた。
あれからシエラは、子供の亡骸から逃げるように森を北方へと向かって歩いている。
段々と大きくなる振動と音に、シエラの記憶が蘇る。盾の守護獣が呟いた、「デンシャ」という名のゴーレム。あの凶悪極まりないトラップがまた作動したようだ。
程なくして、轟音と閃光が森を貫いた。デンシャはシエラの鼻先から数メートルの所を、颶風を身に纏いながら爆走し、夜闇に吸い込まれていった。
少し気を殺がれながら、シエラはデンシャが通り過ぎて行った場所まで耳をそばだてながら近づいた。だが、不安を煽るような金属音は何処にも聞こえない。どうやら、一度稼働すると、再び発動するまでに時間が必要なようだ。
デンシャが通って行った地面には鉄板と木板で構成された、路のようなものが敷かれている。デンシャはこの軌道上を突進する仕掛けらしい。
つまりはこの路に近寄らなければ、このトラップは回避できるというわけだ。仕掛けが分かってしまえば、罠など陰画のようなものだ。陽の下ではたちまちに効果を失う。
安堵の吐息と共にシエラは顔を上げた。
ふと、闇の奥、やや遠方でシエラと同じようにして路の傍に佇む影がある。遠目のため判別しづらいが、恐らくは二足歩行の獣人か。それもかなりの巨躯だ。
シエラの脳裏に、破壊された森の痕跡が浮かぶ。シエラは気配を殺すと、流れる水のように滑らかな動きでやや遠回りに影へと接近した。
影は路に沿って歩いている。それが判別できるぎりぎりの距離まで近づくと、シエラは木立の中に身を潜めた。途切れた森からこぼれる月明かりが辺りを仄かに照らし、影を剥ぐ。
それは爬虫類型の獣人であった。その巨躯は、その身から放たれる威圧感も伴って巌のような印象を受ける。獣人は大きなマントを纏い、肩には太い丸太を担いでいる。
子供殺しの下手人に条件が当て嵌まる。
「――何用だ。女」
その後の行動を決めかねていたシエラに獣人の問いが掛かる。獣人は歩みを止め、シエラの潜む木蔭をまっすぐに見ている。
シエラは思わず声を漏らしそうになった。完全に気配を絶っていたというのに、この獣人は正確な位置まで見抜いている。
とはいえ、たとえ位置を知られたからといって、相手に姿を現すのは愚行でしかない。息を殺したまま、相手の動きを待つ。
やがて、獣人はくっくっくと小さく笑みを漏らした。
「あくまで姿は見せない、か。まあ、賢明な判断だ。だが、声も聞かせてもらえないというのは、少しばかり居心地が悪いな。こちらには幾つか訊ねたいことがあるのだが……さて、どうしたものか」
と、獣人は独りごちるや否や、担いでいた丸太を明後日の方向へ投げ飛ばした。唸りを上げて丸太は一直線に森の中へと消えていく。離れた処で、木々の悲鳴が聞こえた。
獣人はシエラの方へと向き直ると、大きく両腕を広げた。デイバッグは獣人から少し離れた地面に放られている。
「見ての通りの無手だ。仮にオレがそっちに突進したとして、対処する時間は充分にあろう。これで、答える気になってくれれば有難いのだがな」
獣人は腕を組み、シエラの答えを待つ。シエラは深呼吸をひとつし――応じることにした。
「……いいだろう。私もそちらに二三、問い質したきことがある」
応じはするが、身は隠したままだ。だが、獣人は満足げに口端を吊り上げた。
「まず、私からだ。どうして私のことが分かった? また、なぜ女と?」
シエラの一つ目の問いに、獣人は苦笑を洩らした。
「自覚してないのか? 無音の歩法からして相当な手練と見受けるが、それではいかんな。何があったかは知らないが、呼吸が乱れていたぞ。居ることさえ分かれば、あとは辿るだけだ。その先で雌の臭いが混じっていた。……合点がいったか?」
ならば、次はオレの番だ。と、獣人が告げる。
「お前も、この殺し合いに乗っているな?」
「……ああ、乗っている」
獣人の問いは非常にシンプルなものであったが、なぜか即答できなかった。
決心の中に生まれつつある澱みから目を逸らすように、シエラは二つ目の問いを口にした。
「ここより南で獣人の子供が殺されていたが、お前の仕業か?」
「赤い衣装を身につけた魔物のことか? ならばそうだが」
予想通りの答えに、シエラは喉が詰まるような不快感を覚えた。感情のうねりに獣人も気づいたのだろう、鼻面に皺を寄せた。
「ふん。まさかとは思うが、呼吸の乱れはそのことが原因ではないだろうな? 殺し合いに乗ったのだ。子供とは言え、いずれは殺すことになる相手だろう。そんな覚悟も無く、他者の命を奪おうなどと思っていたわけでは――」
「ない。そんなことは、承知の上だ」
だが、言葉とは裏腹に獣人の言葉が頭に響いた。果たして、あのときの自分はそんな感情に翻弄されていたのか。否と自答するも、自分でも分かるほどに弱々しかった。
子供の死体を目にし、揺らいでしまった己の姿にただ自嘲する他ない。
「ならば、よいがな。しかし、子供とはいえ……あれは中々見どころのある魔物だった。殺すのが惜しいほどにな」
続けられた獣人の言葉を聞き流そうとしたが、引っかかりを感じてそれを取りやめる。反芻し、疑問をそのまま口に出す。
「よい。とは、どういうことだ?」
すると、獣人は待ち構えていたように目を細めた。だが、獣人は問いには答えず、ただ、オレの番だな。とだけ言った。
「とはいえ、質問ではなく提案だ。……女よ、オレと手を組まぬか?」
それは予想していない言葉だった。ただ、獣人が武器を捨ててまでシエラと接触を図ろうとした理由として頷けるものだ。
「殺し合いに乗ったということは、お前にもそれ相応の目的、もしくは願いがあるのだろう? だが、一人ではそれもままなるまい」
「キサマと一緒にするな」
「そうか? お前からは僅かだが血の匂いがするぞ。一戦交え、怪我でもしたのではないか?」
「………………」
シエラは身体にある新しい傷の一つを手で覆った。盾の守護獣との戦闘で生まれた傷は血が止まったばかりだ。
「沈黙は肯定と見るぞ。そのような体たらくで、オレを含む何十もの魔物を全部倒すつもりか? オレが言っているのは一時的な協力関係だ。とりあえず、話だけでも聞く気があるなら、姿を見せてもらいたい。応じる気がないのならば、悪いが死んでもらう」
獣人の物言いにシエラは哂笑を浮かべた。
「……質の低い脅しだな」
だが、お互いに殺し合いに乗った者同士、技の限りつくし命を刈り採ろうとするのが本分だ。今は理由あって、言葉を交わしているに過ぎない。それが元に戻るだけ。考えてみれば、脅しでも何でもない。
ただ、仮に戦闘になったとして、武器のないシエラでは勝ち目はないだろう。残るは、撤退だが、それも悪手か。獣人は対処する時間は十分にあると言ったが、おそらくは嘘だ。
先ほど丸太を投げ飛ばした膂力を鑑みて、投擲された石塊でも必殺の威力があるだろう。そして、外しはしまい。
また、治療の手段もないまま、目の前にいる獣人や盾の守護獣のような実力を持つ獣と何回も戦いを重ねれば結果は見えてくる。力尽きてしまえば、弟を守ることは叶わない。
ラルクに、二度も死を味あわせるわけにはいかないのだ。
シエラは目を閉じ、そして決める。
「詳しく話を聞こうか」
シエラは獣人の前に姿を晒した。
(三)
クロコダインと名乗った獣人は語る。
「契約はオレとお前、そしてお前の弟、その3人が最後に残るまでの協力だ。その後は互いに殺し合い、生き残った者が帰還の権利を得る。お前たち姉弟が連携し、オレの相手をしてくれても構わん」
奇しくもその内容は、弟のラルクが火竜ティアマットとドラグーンの契約を結んだ条件と酷似していた。
(因果だな……ラルク)
この大地の何処かにいるであろう弟にそう語りかける。姉弟を取り巻く契約の螺旋を感じ、シエラは小さく嗤った。
クロコダインはシエラとラルクの二人を相手にする気でいるようだが、それはシエラ自身にとっては好ましくない状況だ。出来ることならば、ラルクとはまみえることなく奈落へと堕ちていたい。
説明を終えたクロコダインをシエラは見上げた。
「……ひとつ、誓って欲しいことがある」
「なんだ?」
「契約を決して違えないこと」
シエラにはティアマットの姦計にかかり、異形へと姿を変えたラルクの姿が見えている。姉の自分が同じ轍を踏むわけにはいかない。
「そんなことか――」
木に背中を預けていたクロコダインはシエラの言葉を一笑に付そうとしたようが、シエラの真剣な眼差しに気付いたのだろう、すぐに笑みをかき消した。
シエラの瞳を爬虫の双眸が真っ直ぐに射抜く。クロコダインは厳かな動作で右腕を掲げると、それをシエラの眼前に差し出した。
「誓おう。戦士の誇りに懸けて」
シエラもクロコダインに倣い、右腕を差し出す。
「誓う。ドラグーンだった私の誇りに懸けて」
シエラとクロコダインの視線が交錯する。
「クロコダイン。貴方との契約を受け入れよう」
シエラは告げた。クロコダインとの契約は、ラルクと――そしてヴァディスとの決別でもあった。後戻りをしないための楔が軋みを立てて打ち込まれる。
返答を聞いて、クロコダインは存外に穏やかな表情を浮かべた。クロコダインはデイバッグから細みの曲刀を取り出すと、それをシエラの方へと投げ渡した。視線で問いかけると、クロコダインははにかむ様に頬を掻いた。
「契約成立の標だ。とっておけ。オレには向かん武具だ」
草蔓が巻かれた柄を握り、引き抜く。長剣ではあるが、見た目ほど重くはない。月光を浴び刀身は破邪のような光を放っていた。今の自分とは対極にある剣だと苦笑する。
「……頂戴しよう」
納刀し、左手に持ち替える。手にかかる刃の重みをシエラは無視した。
(四)
シエラとクロコダインはトラップの路沿いを進んでいた。クロコダインの推理ではトラップなどではなく、魔力を用いて動く馬車のようなものらしいが。
ただ、クロコダインの推理が正しければ、路を辿って行くだけで他の参加者の元へと導いてくれるはずだ。
クロコダインは投げ飛ばしたものとは別の丸太を担いでいる。デイバッグの中に何本も予備があるようだ。
「……ところで、本当にハドラー殿やバーン様の名を聞いたことがないのか?」
「ない。貴方だってヴァディス様や他の三竜のことを知らなかっただろう? ええと、貴方が所属していたのは六大……なんだったかな」
「………………。いや、もういい。忘れろ」
半眼で天を仰ぐクロコダインの頭越しに見える山際は白染み始めていたが、シエラはまだ色濃い影の中にある。
【C-2/線路沿い/1日目/黎明】
【チーム:契約者】
基本思考:ラルクを除く全参加者の殺害
1:C-2駅を目指す
2:そこに参加者がいれば殺害する
【備考】
※契約内容
・クロコダイン、シエラ、ラルクが最後の3人となるまで、クロコダインとシエラの協力関係は継続される。
・それが満たされれば、契約は破棄され、互いの命を取り合って最後の一人を決める。
※互いが別世界の住人であることに気付いていません。
【シエラ@聖剣伝説Legend of Mana】
【状態】:疲労(小)全身に治りかけの細かい裂傷
【装備】:電光丸(倍率×1000)@大神
【所持品】:支給品一式(不明支給品0~2。本人、クロコダインともに確認済み)
【思考】
基本:ラルクを最後まで生き残らせる
1:クロコダインと協力して他の参加者を殺す
2:ラルクには出来れば会いたくない
【備考】
※参戦時期はドラグーン編のシナリオ終了後です。
※電車を知りません。キュウビの用意したトラップだと思っています。
※イギーの情報を得ました。
【クロコダイン@ダイの大冒険】
[状態]:健康
[装備]:丸太、王者のマント@ドラゴンクエストⅤ、クロコダインの鎧
[道具]:支給品一式×2(不明支給品×1。本人、シエラともに確認済み)、丸太数本、
[思考]
基本:全参加者の殺害
1:もっとまともな武器が欲しい
2:許されるなら戦いを楽しみたい
3:シエラとラルクの実力が楽しみ
最終:キュウビの儀式を終わらせ、任務に戻る
[備考]
※クロコダインの参戦時期はハドラーの命を受けてダイを殺しに向かうところからです。
※参加者は全員獣型の魔物だと思っています。
※キュウビを、バーンとは別の勢力の大魔王だと考えています。
※身体能力の制限に気づきました。
※不明支給品は、クロコダインには薬に見えるようです。他の参加者には別の物に見えるかもしれません。
※電車を魔力で動く馬車のようなものだと考えています。
※丸太が一本、何処かに投げ飛ばされました。巻き添えが出た可能性があります。
*時系列順で読む
Back:[[アライグマくんの受難]] Next:[[陸の上のタコ]]
*投下順で読む
Back:[[アライグマくんの受難]] Next:[[陸の上のタコ]]
|013:[[終端の宴と異世界の騎士]]|シエラ|046:[[獣の卍]]|
|026:[[Train Train Runnin']]|クロコダイン|046:[[獣の卍]]|
**暗い渦 ◆TPKO6O3QOM
(一)
風までも血に飢えるのか。森を吹き抜ける風は血臭に気が昂ったのか、その源泉である獣の躰や木々を弄んでは何処かへと去っていく。されど、風に踊らされた梢が奏でるさらさらという清音の合唱はとても穏やかであった。
シエラの目の前には、小さな骸が鎮座している。細身の曲剣に貫かれた身体からの出血はすでに止まり、生乾きの血痕が草叢を汚している。
シエラの美しい口吻が僅かに歪んだ。僅かではあるが、死臭が漂っている。
骸は、まだ小さい子供の獣人だった。その周囲は、まるで旋風が暴れたかのような散々たる様相を見せている。なぎ倒された木々は黙したまま、その怨みを訴えていた。
このような惨状を作り出す獣だ。この子供は抵抗すらできずに殺されてしまったのだろう。
そのときの恐怖は如何ばかりだったか。問おうにも、子供の虚ろな眼球が答えることはない。
血の状態から推定するに、殺害されてからそれほど時間は経っていないだろう。もっとも、この殺し合いが始まって然程時間が経過したわけではないが。
ということは、この子供を殺した獣はまだそう遠くには行っていない。そう予測を付ける。子供を狙い、殺す。そんな醜悪な獣が近くにいる――。
シエラは首を振った。薄紫の髪を掻きあげ、深くため息を吐く。
「怪力を持ち、……私と同様に、殺し合いに乗った獣が近くにいる。それに私は丸腰だ。警戒のため、意識するのは当然のことじゃないか。そう、警戒の、ためだ……」
誰へと告げるわけでもない独白。
骸の近くに突き刺さった刀身だけが薄い冷笑を浮かべながら、それを聞いていた。
(二)
深閑とした森の中に微かな振動と、金属をこすり合わせるような音が響いた。
あれからシエラは、子供の亡骸から逃げるように森を北方へと向かって歩いている。
段々と大きくなる振動と音に、シエラの記憶が蘇る。盾の守護獣が呟いた、「デンシャ」という名のゴーレム。あの凶悪極まりないトラップがまた作動したようだ。
程なくして、轟音と閃光が森を貫いた。デンシャはシエラの鼻先から数メートルの所を、颶風を身に纏いながら爆走し、夜闇に吸い込まれていった。
少し気を殺がれながら、シエラはデンシャが通り過ぎて行った場所まで耳をそばだてながら近づいた。だが、不安を煽るような金属音は何処にも聞こえない。どうやら、一度稼働すると、再び発動するまでに時間が必要なようだ。
デンシャが通って行った地面には鉄板と木板で構成された、路のようなものが敷かれている。デンシャはこの軌道上を突進する仕掛けらしい。
つまりはこの路に近寄らなければ、このトラップは回避できるというわけだ。仕掛けが分かってしまえば、罠など陰画のようなものだ。陽の下ではたちまちに効果を失う。
安堵の吐息と共にシエラは顔を上げた。
ふと、闇の奥、やや遠方でシエラと同じようにして路の傍に佇む影がある。遠目のため判別しづらいが、恐らくは二足歩行の獣人か。それもかなりの巨躯だ。
シエラの脳裏に、破壊された森の痕跡が浮かぶ。シエラは気配を殺すと、流れる水のように滑らかな動きでやや遠回りに影へと接近した。
影は路に沿って歩いている。それが判別できるぎりぎりの距離まで近づくと、シエラは木立の中に身を潜めた。途切れた森からこぼれる月明かりが辺りを仄かに照らし、影を剥ぐ。
それは爬虫類型の獣人であった。その巨躯は、その身から放たれる威圧感も伴って巌のような印象を受ける。獣人は大きなマントを纏い、肩には太い丸太を担いでいる。
子供殺しの下手人に条件が当て嵌まる。
「――何用だ。女」
その後の行動を決めかねていたシエラに獣人の問いが掛かる。獣人は歩みを止め、シエラの潜む木蔭をまっすぐに見ている。
シエラは思わず声を漏らしそうになった。完全に気配を絶っていたというのに、この獣人は正確な位置まで見抜いている。
とはいえ、たとえ位置を知られたからといって、相手に姿を現すのは愚行でしかない。息を殺したまま、相手の動きを待つ。
やがて、獣人はくっくっくと小さく笑みを漏らした。
「あくまで姿は見せない、か。まあ、賢明な判断だ。だが、声も聞かせてもらえないというのは、少しばかり居心地が悪いな。こちらには幾つか訊ねたいことがあるのだが……さて、どうしたものか」
と、獣人は独りごちるや否や、担いでいた丸太を明後日の方向へ投げ飛ばした。唸りを上げて丸太は一直線に森の中へと消えていく。離れた処で、木々の悲鳴が聞こえた。
獣人はシエラの方へと向き直ると、大きく両腕を広げた。デイバッグは獣人から少し離れた地面に放られている。
「見ての通りの無手だ。仮にオレがそっちに突進したとして、対処する時間は充分にあろう。これで、答える気になってくれれば有難いのだがな」
獣人は腕を組み、シエラの答えを待つ。シエラは深呼吸をひとつし――応じることにした。
「……いいだろう。私もそちらに二三、問い質したきことがある」
応じはするが、身は隠したままだ。だが、獣人は満足げに口端を吊り上げた。
「まず、私からだ。どうして私のことが分かった? また、なぜ女と?」
シエラの一つ目の問いに、獣人は苦笑を洩らした。
「自覚してないのか? 無音の歩法からして相当な手練と見受けるが、それではいかんな。何があったかは知らないが、呼吸が乱れていたぞ。居ることさえ分かれば、あとは辿るだけだ。その先で雌の臭いが混じっていた。……合点がいったか?」
ならば、次はオレの番だ。と、獣人が告げる。
「お前も、この殺し合いに乗っているな?」
「……ああ、乗っている」
獣人の問いは非常にシンプルなものであったが、なぜか即答できなかった。
決心の中に生まれつつある澱みから目を逸らすように、シエラは二つ目の問いを口にした。
「ここより南で獣人の子供が殺されていたが、お前の仕業か?」
「赤い衣装を身につけた魔物のことか? ならばそうだが」
予想通りの答えに、シエラは喉が詰まるような不快感を覚えた。感情のうねりに獣人も気づいたのだろう、鼻面に皺を寄せた。
「ふん。まさかとは思うが、呼吸の乱れはそのことが原因ではないだろうな? 殺し合いに乗ったのだ。子供とは言え、いずれは殺すことになる相手だろう。そんな覚悟も無く、他者の命を奪おうなどと思っていたわけでは――」
「ない。そんなことは、承知の上だ」
だが、言葉とは裏腹に獣人の言葉が頭に響いた。果たして、あのときの自分はそんな感情に翻弄されていたのか。否と自答するも、自分でも分かるほどに弱々しかった。
子供の死体を目にし、揺らいでしまった己の姿にただ自嘲する他ない。
「ならば、よいがな。しかし、子供とはいえ……あれは中々見どころのある魔物だった。殺すのが惜しいほどにな」
続けられた獣人の言葉を聞き流そうとしたが、引っかかりを感じてそれを取りやめる。反芻し、疑問をそのまま口に出す。
「よい。とは、どういうことだ?」
すると、獣人は待ち構えていたように目を細めた。だが、獣人は問いには答えず、ただ、オレの番だな。とだけ言った。
「とはいえ、質問ではなく提案だ。……女よ、オレと手を組まぬか?」
それは予想していない言葉だった。ただ、獣人が武器を捨ててまでシエラと接触を図ろうとした理由として頷けるものだ。
「殺し合いに乗ったということは、お前にもそれ相応の目的、もしくは願いがあるのだろう? だが、一人ではそれもままなるまい」
「キサマと一緒にするな」
「そうか? お前からは僅かだが血の匂いがするぞ。一戦交え、怪我でもしたのではないか?」
「………………」
シエラは身体にある新しい傷の一つを手で覆った。盾の守護獣との戦闘で生まれた傷は血が止まったばかりだ。
「沈黙は肯定と見るぞ。そのような体たらくで、オレを含む何十もの魔物を全部倒すつもりか? オレが言っているのは一時的な協力関係だ。とりあえず、話だけでも聞く気があるなら、姿を見せてもらいたい。応じる気がないのならば、悪いが死んでもらう」
獣人の物言いにシエラは哂笑を浮かべた。
「……質の低い脅しだな」
だが、お互いに殺し合いに乗った者同士、技の限りつくし命を刈り採ろうとするのが本分だ。今は理由あって、言葉を交わしているに過ぎない。それが元に戻るだけ。考えてみれば、脅しでも何でもない。
ただ、仮に戦闘になったとして、武器のないシエラでは勝ち目はないだろう。残るは、撤退だが、それも悪手か。獣人は対処する時間は十分にあると言ったが、おそらくは嘘だ。
先ほど丸太を投げ飛ばした膂力を鑑みて、投擲された石塊でも必殺の威力があるだろう。そして、外しはしまい。
また、治療の手段もないまま、目の前にいる獣人や盾の守護獣のような実力を持つ獣と何回も戦いを重ねれば結果は見えてくる。力尽きてしまえば、弟を守ることは叶わない。
ラルクに、二度も死を味あわせるわけにはいかないのだ。
シエラは目を閉じ、そして決める。
「詳しく話を聞こうか」
シエラは獣人の前に姿を晒した。
(三)
クロコダインと名乗った獣人は語る。
「契約はオレとお前、そしてお前の弟、その3人が最後に残るまでの協力だ。その後は互いに殺し合い、生き残った者が帰還の権利を得る。お前たち姉弟が連携し、オレの相手をしてくれても構わん」
奇しくもその内容は、弟のラルクが火竜ティアマットとドラグーンの契約を結んだ条件と酷似していた。
(因果だな……ラルク)
この大地の何処かにいるであろう弟にそう語りかける。姉弟を取り巻く契約の螺旋を感じ、シエラは小さく嗤った。
クロコダインはシエラとラルクの二人を相手にする気でいるようだが、それはシエラ自身にとっては好ましくない状況だ。出来ることならば、ラルクとはまみえることなく奈落へと堕ちていたい。
説明を終えたクロコダインをシエラは見上げた。
「……ひとつ、誓って欲しいことがある」
「なんだ?」
「契約を決して違えないこと」
シエラにはティアマットの姦計にかかり、異形へと姿を変えたラルクの姿が見えている。姉の自分が同じ轍を踏むわけにはいかない。
「そんなことか――」
木に背中を預けていたクロコダインはシエラの言葉を一笑に付そうとしたようが、シエラの真剣な眼差しに気付いたのだろう、すぐに笑みをかき消した。
シエラの瞳を爬虫の双眸が真っ直ぐに射抜く。クロコダインは厳かな動作で右腕を掲げると、それをシエラの眼前に差し出した。
「誓おう。戦士の誇りに懸けて」
シエラもクロコダインに倣い、右腕を差し出す。
「誓う。ドラグーンだった私の誇りに懸けて」
シエラとクロコダインの視線が交錯する。
「クロコダイン。貴方との契約を受け入れよう」
シエラは告げた。クロコダインとの契約は、ラルクと――そしてヴァディスとの決別でもあった。後戻りをしないための楔が軋みを立てて打ち込まれる。
返答を聞いて、クロコダインは存外に穏やかな表情を浮かべた。クロコダインはデイバッグから細みの曲刀を取り出すと、それをシエラの方へと投げ渡した。視線で問いかけると、クロコダインははにかむ様に頬を掻いた。
「契約成立の標だ。とっておけ。オレには向かん武具だ」
草蔓が巻かれた柄を握り、引き抜く。長剣ではあるが、見た目ほど重くはない。月光を浴び刀身は破邪のような光を放っていた。今の自分とは対極にある剣だと苦笑する。
「……頂戴しよう」
納刀し、左手に持ち替える。手にかかる刃の重みをシエラは無視した。
(四)
シエラとクロコダインはトラップの路沿いを進んでいた。クロコダインの推理ではトラップなどではなく、魔力を用いて動く馬車のようなものらしいが。
ただ、クロコダインの推理が正しければ、路を辿って行くだけで他の参加者の元へと導いてくれるはずだ。
クロコダインは投げ飛ばしたものとは別の丸太を担いでいる。デイバッグの中に何本も予備があるようだ。
「……ところで、本当にハドラー殿やバーン様の名を聞いたことがないのか?」
「ない。貴方だってヴァディス様や他の三竜のことを知らなかっただろう? ええと、貴方が所属していたのは六大……なんだったかな」
「………………。いや、もういい。忘れろ」
半眼で天を仰ぐクロコダインの頭越しに見える山際は白染み始めていたが、シエラはまだ色濃い影の中にある。
【C-2/線路沿い/1日目/黎明】
【チーム:契約者】
基本思考:ラルクを除く全参加者の殺害
1:C-2駅を目指す
2:そこに参加者がいれば殺害する
【備考】
※契約内容
・クロコダイン、シエラ、ラルクが最後の3人となるまで、クロコダインとシエラの協力関係は継続される。
・それが満たされれば、契約は破棄され、互いの命を取り合って最後の一人を決める。
※互いが別世界の住人であることに気付いていません。
【シエラ@聖剣伝説Legend of Mana】
【状態】:疲労(小)全身に治りかけの細かい裂傷
【装備】:電光丸(倍率×1000)@大神
【所持品】:支給品一式(不明支給品0~2。本人、クロコダインともに確認済み)
【思考】
基本:ラルクを最後まで生き残らせる
1:クロコダインと協力して他の参加者を殺す
2:ラルクには出来れば会いたくない
【備考】
※参戦時期はドラグーン編のシナリオ終了後です。
※電車を知りません。キュウビの用意したトラップだと思っています。
※イギーの情報を得ました。
【クロコダイン@ダイの大冒険】
[状態]:健康
[装備]:丸太、王者のマント@ドラゴンクエストⅤ、クロコダインの鎧
[道具]:支給品一式×2(不明支給品×1。本人、シエラともに確認済み)、丸太数本、
[思考]
基本:全参加者の殺害
1:もっとまともな武器が欲しい
2:許されるなら戦いを楽しみたい
3:シエラとラルクの実力が楽しみ
最終:キュウビの儀式を終わらせ、任務に戻る
[備考]
※クロコダインの参戦時期はハドラーの命を受けてダイを殺しに向かうところからです。
※参加者は全員獣型の魔物だと思っています。
※キュウビを、バーンとは別の勢力の大魔王だと考えています。
※身体能力の制限に気づきました。
※不明支給品は、クロコダインには薬に見えるようです。他の参加者には別の物に見えるかもしれません。
※電車を魔力で動く馬車のようなものだと考えています。
※丸太が一本、何処かに投げ飛ばされました。巻き添えが出た可能性があります。
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*投下順で読む
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|013:[[終端の宴と異世界の騎士]]|シエラ|046:[[獣の卍(前篇)]]|
|026:[[Train Train Runnin']]|クロコダイン|046:[[獣の卍(前篇)]]|
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