「暁を乱すもの」(2010/05/28 (金) 20:43:13) の最新版変更点
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*暁を乱すもの ◆TPKO6O3QOM
(一)
静まり返った森の中に獣の吐息が漏れた。
枝葉から毀れ落ちた月光が木立の下に蹲る二匹の銀獣をそっと包んでいる。
「……終わったようだね」
モロは顔をあげると、前足をひょいと上げた。
う~と、彼女の前足と地面に顔を挟まれていたムックルが不満げな声を漏らす。
それには目もくれず、モロは耳を動かして注意深く辺りの様子を探る。彼女の尾は警戒でピンと持ち上がっていた。
先ほどまで聞こえていた破壊音はすっかり収まっている。破壊が始まったのは、彼女らが移動を開始して少し経った頃であった。突如、彼女らの背後で聞こえたその爆音は、人間たちが用いる火薬のそれと真逆でありながらも同質の響きを奏でていた。
そして、その破壊音の正体も彼女は見ている。
モロが目にしたのは、空間に幾本もの巨大な氷柱を現出させながら舞う、一羽の猛禽であった。氷柱は崖を下る狸――のようなもの目掛けて執拗に打ち込まれ、岩肌に幾つもの穴を穿っていた。
狸もどきはその後どうなったのか。そこまではモロも見ていない。
爆音に対して、好奇心のままに泉の方へ戻ろうとするムックルを宥めながら――結局は実力行使となったのだが――足早にその場から離れたからだ。
そのムックルはというと、既に音に対する興味を失い、辺りを面白そうに嗅ぎまわっている。上機嫌に揺れる尻尾を見て、モロは首を傾げた。
まだほんの子供とはいえ、巣穴で守られている時期でもないだろう。それでいて、この警戒心のなさにモロは違和感を覚える。人間に育てられた影響かもしれないと彼女は胸中で呟いた。彼女の娘とは正反対だ。
モロたちの目の前には人間の住処がある。彼女の知る人間の住処よりも頑丈そうな印象を与える小屋は、当然ながら人気はない。
しかし、ここには血の臭いが残り、地面にも血痕が点々と続いている。この戯れに乗った愚か物がここに居たということだ。残骸がないところをみると、愚か物は獲物を仕留めきれなかったのだろう。
「ムックル、何処へ行く気だ?」
とたとたと、図体の割に軽い足取りでこの場を離れようとするムックルに鋭く告げる。
「ん~……おさんぽ~」
「…………。血の痕を追うんじゃないよ」
能天気に答えるムックルにモロは最低限の釘を刺すだけに止めた。もし、この後、モロに襲いかかってきたような軽挙を起こして死んだとしても、そこまでは彼女の関知するところではない。あれから何も学べないようならば、どの道長くは生きられまい。
ムックルを見送ると、モロはこれまでの情報の整理に集中するために小屋の影に巨体を寄せた。幾つか、これまでの認識を改めねばならない事柄がある。
ひとつはこの場所についてだ。モロはここが人間たちが大和と呼ぶ地の何処か、もしくは大陸の何処かと考えて――いた。無論、集められた獣たちも、そういった場所から連れて来られたのだと。
しかし、ムックルとモロでは「人間」についての情報に食い違いがあった。
彼の告げた人間たちの個体名の語感から、アシタカと同じく蝦夷と呼ばれる先住民であることは推測できる。しかし、アシタカもそうであるが、彼女の知る人間に尻尾や獣毛に覆われた耳などはない。
彼が奇妙な人間と称したハクオロなる人物の容姿の方が余程モロの知る人間に近い。
ムックルの住むヤマユラという里が蝦夷たちの土地ではなく、大陸の何処かであるとも考えられる。大陸のことなど、モロは知らない。
知らぬが故に、この考えを否定する材料もない。だが、人間には変わらない者たちの姿かたちがこうも異なるなどということがあるだろうか。
もうひとつは、彼女がこの地において決して強者には入らないということだ。
森の頂点に君臨しているのは山犬である。これは覆されることのない事実だ。ましてやモロ一族に刃向えるものなど人間たちを除いてはまずいない。
しかし、先刻の猛禽は違う。やり合えば、十中八九モロの負けだ。空という無限の退路を持っている上に、攻撃のために地上へと舞い降りる必要もない。上空からただ氷柱を打ち込んでいけば事足りる。それに対し、モロには逃げるより他に対抗手段はない。
まるで空を舞う人間だと、モロは鼻面に皺を寄せる。石火矢を持った人間が翼まで備えたとしたら、山犬には滅びの道しか残らないだろう。
いわば相性の問題だが、それを言い訳にしたところで何かが変わるわけでもない。そして、かような技を持つ個体が猛禽一羽だということはないだろう。
また、このことはひとつ目の疑問にも繋がる。無から氷柱を生み出すような鳥獣を、単に大陸という未知の枠に括ってよいものか。
まるで彼女の見知る憂世とは全く別の――。
そこまで考えて、モロは大きく欠伸をした。まだ情報が足りなすぎる。ムックルが持っていた情報で役に立つものは少ない。
母親が蜂蜜好きだとか、母親の姉が「かわいそう」な身体をしているとか、そういった家族に対するものが殆どだった。
別の獣に会う必要がある。ムックルの散歩に付き合うかと、モロは身を起こした。
(二)
「音が止んだ……?」
「そのようだ」
ツネ次郎の顔に馬の鼻息が掛かる。不快感で更に酷くなった頭痛と腹痛に顔を歪ませるものの、ツネ次郎は何も言わなかった。彼は今、目の前に仁王立ちする白馬に参加者紹介名簿を広げている。話によれば、風雲再起というらしい白馬に自分は助けられたらしい。つまり命の借りが出来たわけだが、ツネ次郎の表情に感謝の色は薄い。
何しろ、失神状態から半ば強制的に起こされては外に連れ出され、脅迫気味に協力を促されたのだ。感動など疾うに吹き飛んでいる。貧血で毛並みの乱れた顔は幽鬼のような不安定さを残していた。
「ふむ。これで最後か……もう良い。閉じろ」
不遜な口調で告げる風雲再起に舌打ちをしそうになりながらも、ツネ次郎はその言葉に従った。それは単に、風雲再起がまん丸たちの捜索を了承してくれたからだ。事のついでといった素振りであるが、それでも彼の協力は非常に心強い。
この馬のプロフィールをツネ次郎は脳裏に浮かべる。
東方不敗の異名を持つ、世界最高峰の拳法家マスターアジアの、そしてその弟子ドモン・カッシュの愛馬にして、幾つものの修羅場を潜り抜けて来た歴戦の戦馬。荒事は手慣れたものだろう。
「目ぼしいのは居たかい?」
「多少ではあるがな。最優先の捜索対象はアマテラスだ。気になるのは、ザフィーラ、ユーノ、アルフの時空管理局とやらに関する面々。他に役に立ちそうなのは、オーボウ、オカリナ、シエラにコロマル……ワシ達に手を貸しそうなのはこれぐらいか」
お前の仲間を含め、これだけでは予測がつかぬものも多いなと、風雲再起は続けた。
名を呼ばれた獣たちの顔を確認していく。ビデオゲームの世界から飛び出してきたような経歴の持ち主たちに眩暈を覚えそうになる。認めたくないが、風雲再起の「異世界」という推理は的を射ているようだ。
モビルファイターなる代物のことも、風雲再起の言葉だけなら妄言と片付けられたのだが。
ふとツネ次郎は嘆息する。
風雲再起の挙げた獣たちの他は野良犬のボスだったり、海賊だったりと手を組むには物足りないか、リスクの方が高そうな連中ばかりだ。勿論、これだけで判断はできないが、参考にできるものがこれしかない以上確実な対象に絞るのが英断だろう。
風雲再起の尾がぴしりと音を鳴らす。
「で、まだ動けぬのか?」
「もうちょっと寝ていられていたら、もっと回復したんじゃないかとオレ思うんだ」
皮肉を返すが、風雲再起は耳をぴろぴろと動かしただけだ。通じていないらしい。軟弱者めとでも思っているのだろう。
(腹に穴が開いててそう簡単に動けるかよ、6508倍バカ)
碧双珠という碧い玉で痛みは薄められているものの、まだ腹部の傷が塞がった程度だ。皮の突っ張る感触に怖気が走る。
無理に動いて傷口が開こうものなら、多分そのショックで死ぬ。
毒づこうと口を開こうとしたとき、風雲再起の耳が北方にぴくんと向いたのが目に入った。その瞳には凍てつくような驕気が灯る。
「ど、どうしたんだよ?」
「静かにせい。戯けが」
うろたえるツネ次郎にそう言うが早いか、風雲再起は北に向き直った。その逞しい四肢に踏みしめられた地面から水が滲み出す。枝葉の擦れる音がツネ次郎の耳にも届いた。何かが接近している。
蹄を響かせて、純白の馬影が森に躍った。風雲再起の美しい両前足が闇の中へと蹴り込まれる。
そして――。
「ごっはぁ~――ンぶェ!?」
無邪気な声は苦鳴へと変わり、飛び出してきた何かが宙に舞う。見事に中空で二回転した後、鈍重な響きと共に地面へとそれは落下した。
それは何処か見覚えのある白虎であった。
起き上がろうとした虎の顎を、風雲再起の蹄が跳ね上げる。虎の身体が地面を再度離れた。更に風雲再起は身を翻すと、無防備に晒された腹部に後ろ脚を叩き込む。
重苦しい音が森の中に響く。
肉片の混じった反吐を撒き散らしながら、虎は駅舎に叩きつけられた。その衝撃で駅舎の窓ガラスが割れ、騒がしい不協和音が奏でられる。地面に蹲る白虎を、煌めくガラスの薄絹が覆った。
ふと、ツネ次郎の身体に言い知れぬ悪寒が走る。全身の毛を逆立たせる恐ろしいものが――来る。
ツネ次郎は風雲再起に警告しようと口を開いた――。
が、間に合わない。
白虎の頭部を踏み砕かんと伸びあがろうとした風雲再起を白い何かが突き飛ばした。
何メートルか弾き飛ばされるも、風雲再起はどうにか無事に体勢を正した。土埃が夜気に舞う。しかし、その脇腹には赤い筋が滲み出てきている。
「……ツネ次郎、これがモロだな?」
風雲再起は獰猛に歯を剥いた。蹄が興奮を散らすかのように地面を何度も抉る。
白虎と風雲再起の間に着地した白影は、あのモロという犬神であった。そして、先ほどの白虎に記憶が繋がる。あれはモロと大立ち回りを繰り広げた――。
(殺した……わけじゃなかったのか!)
風雲再起には、モロという狼がこの殺し合いに乗っていると伝えてしまっている。
風雲再起はモロとやり合う気だ。彼はツネ次郎に明言していた。
邪魔するものには容赦はしないと。殺し合いに乗ったものは殺す――と。
「不意打ちとはいえ、ワシに一撃を与えよるとは見上げたものよ! 惜しむらくは汚れた魂か。それがワシと同じ毛皮を纏うておるなど笑止千万! その躰、一片たりと残さず朱に染めてくれようぞ!」
風雲再起は甲高く嘶き、隆々たる筋肉がぞわりと蠢く。今にも弾けそうな気配にツネ次郎の髭が震えた。知らぬ間に、ツネ次郎は自身の身体を抱きしめていた。
されど、風雲再起へのモロの返答は大欠伸であった。
「……よく廻る舌だねえ」
モロは小さく鼻を鳴らした。張り詰めていた空気に緩みが生じる。
「何があったかは多少見当がつくが、これ以上は少しばかり大人気がないだろう。あんな図体をしているが、あの猫はまだ子供なのさ。これぐらいで勘弁してやれないものかね?」
モロの背後では猫と称された白虎がのろのろと身を起こし、存外に素早い動作でモロの影に隠れた。今一隠れきれていないが、気付いた様子はない。そこから恐る恐る様子を窺っている。それをモロが吼え付け、白虎が小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。
風雲再起はというと、いなされて困惑したように首を小さく振っていた。ぶるると荒い息を吐く。
「モロよ、己の非礼には触れぬつもりか?」
「掠り傷を根に持つなぞ、器の小さい雄だこと」
「………………」
モロの言葉に風雲再起は二の句が継げないようだ。
この機を逃すまいとツネ次郎は慌てて言葉を紡いだ。
「も、モロ……さん。あんた、この殺し合いには乗っているのかい?」
モロの耳がぴくりと動き、その深い色の瞳がツネ次郎に向けられる。
「乗っているように見えるかい? 小僧」
見える。と口に出そうになるが、そう言うのならば乗っていないということなのだろう。
首を横に振る。それを見てモロは目を細めた。
「好い出会いとは言えないが、丁度いい。わたしもお前たちに幾つか訊ねたいことがある。例えば……何故わたしの名を知っているのか。などね」
ユーモアを含んだモロの眼差しはツネ次郎から風雲再起へと移る。
「若造。この狐の小僧よりも役に立つという自負はあるかい?」
「ワシを二度ならず、三度も虚仮にするか! ……貴様の疑問に全て答えてやろうではないか!」
「その意気だ、若造。狐の小僧、おまえはこの子の袋を開けてあげておくれ」
モロが白虎の尻を口吻で押すのを見ながら、ツネ次郎は首をひねる。
「……あんたが開けてやればいいだろう?」
風雲再起をびくびくと見ながらやってくる白虎を眼の端に捉えながら疑問を口にする。
「無理を言うんでないよ。どうして山犬が人間の道具を扱える?」
「いや、開けてただろ。あんた」
「さて、なんのことだか」
何故だかモロは明後日の方向に顔を逸らした。
更に言葉を重ねる前に、白虎がちょこんとツネ次郎の横に座った。そして顔を近づけ、
「おばーちゃん、これ食べていい?」
「な――!?」
至極無邪気な問いにモロの冷静な声が答える。
「………………。駄目」
「ちょっと待て何だ今の間はぁ!?」
突っ込むが、モロの返答は口端を吊り上げただけだ。う~と不服そうに白虎が呻く。
どさりと音を立て、白虎の首にぶら下がっていたデイバッグが地面に落ちる。
「ムックルのー」
ムックルというのがこの白虎の名前らしい。
頭痛を覚えながら、ツネ次郎はデイバッグに手をつけた。何故かデイバッグはびしょ濡れで、ぬめりとしたものが付着し――ぼろぼろだ。
チャックを開け、ツネ次郎は中身を取り出して行く。品々にムックルが上機嫌な鳴き声を上げる。それを無視し、ツネ次郎は耳だけは風雲再起たちの方へと向け、その会話に神経を集中した。
二匹は簡単に自己紹介をした後、互いの情報を開示に移ったようだ。モビルファイターという風雲再起の口から出た単語にモロは興味を示した。モロがどういった反応をするのか内心楽しみにしながら聞き入ろうとする――も、ぽんぽんと頭を叩かれ中断を余儀なくされる。
「これーこれー」
軽く舌打ちして視線を向ければ、ムックルがデイバッグから取り出された物品のひとつを前足で叩いている。二本の犬歯を模した鋼の塊だ。付属の説明書によると獣の口に嵌めて使う武具らしい。
「付けて欲しいのか?」
ムックルは何度も頷くと、大口を開けた。尻尾が上機嫌に地面を叩いている。
「……そのままバクンとやる気じゃないだろうな?」
「………………」
目を逸らすムックルを半眼で見やりながら、ツネ次郎は鉄製の牙を嵌めてやる。
きゃっほぅと鳴きながら、ムックルは何度も口を閉じたり開けたりを執拗に繰り返していた。噛み合わすたびに鳴る金属音が面白いのかもしれない。
一先ず出てきたものを見る。基本的な支給品の他は、ユニ・チャームの「銀のスプーン(お魚とささみミックスかつおぶし入り)」缶10個とマハラギストーンという石ころ3つだ。ムックルの体躯に対し食料が絶対的に足りないのは、まあそういう意図なのだろう。
「ムックル、これ貰っていいかい?」
石を摘まんで訊く。
「ん。あげる」
上の空な返事が返ってくる。ムックルは新しい玩具で木を削る作業に夢中のようだ。
ツネ次郎は3つとも懐に納め、取り出した支給品を仕舞いながら風雲再起たちの会話に耳を澄ます。
「――持つ猛禽?」
「そう。そいつが先刻の音の正体さ」
「ふん。つまり、そやつから貴様らは逃げ惑うてきたわけか!」
風雲再起の嘲弄が響く。モロが溜息を吐いた。
「……まあ、そうだね。わたしたちはどう足掻いても空は飛べないんだ。どうしようもないだろう。出来ないことを認めず駄々を捏ねるのは人間だけだ」
「空を飛べずとも対抗する手段は幾らでもあるわ。ワシならば、その珍妙なる狸とやらも救うことが出来たぞ」
(狸――!?)
ツネ次郎の動悸が耳朶を打つまでに激しくなる。
「な、なあ! 狸って何だ!?」
渇いた舌を必死で濡らしながらツネ次郎は叫んだ。ずきりと腹の傷が痛むが気にしている場合ではない。
ツネ次郎の割り込みに少し不快そうな息遣いで風雲再起が答えた。
「先まで響いていた音があったろう。あれは氷柱を操る猛禽が狸を襲うておった音だとよ」
「ち、珍妙ってのは?」
少しずつ血の気が下がってきたのが分かる。
今度はモロが答えた。
「人間みたいな二足歩行だったからさ。お前みたいにね。さして珍しいものじゃないのかもしれないねえ」
タヌ太郎だっ。と胸中でツネ次郎は叫んだ。二足歩行の狸などタヌ太郎を除いていないはずだ。
「それで! それで、その狸はどうなったんだ?」
「さてね。見届けはしなかった。……小僧の知り合いか?」
「あ、ああ。多分、それタヌ太郎だ。どの辺だい?」
「……びぃの七だったかね。あの辺は」
地図を引っ張り出し、B-7に印をつける。そして、腹の傷を庇いながらゆっくりとツネ次郎は立ち上がった。
「ツネ次郎、そこへ向かう気か? 気持ちは分からぬでもないが、お前の友が生きておる可能性は低いぞ」
風雲再起が多少優しげな口調で告げる。そんなことは言われずとも分かっている。しかし――。
「ゼロじゃない……だろ? なら行く価値はあるよ」
「腹の傷で動けぬのではなかったか?」
風雲再起が蹄を鳴らす。鈍痛に歪みそうになる顔をどうにか制し、ツネ次郎は笑みを浮かべた。
「あいつが助けを求めてるかもしれないのに気にしてられるわけないじゃんか。それに、遅かれ早かれその猛禽はオレたちの邪魔になる。お灸を据えに行こうぜ。あんたが怖いんじゃなけりゃさ」
「……ふん。ワシの周りには口達者が集うらしいな」
ぶるると風雲再起が鼻を鳴らした。
「されど、サッカー場はよいのか? まん丸はそこへ向かいそうなのだろう?」
「確実な方を取るよ。それに――」
半ば願うような口調でツネ次郎は続けた。
「それにまん丸はオレよりも日頃の行いがいいからさ。誰か信頼できる奴と出会えているよ」
願望にも満たない、ただの楽観視だ。まん丸もまた、今この時ピンチに陥っているかもしれない。だが、風雲再起は追及しなかった。
「ならば、そのサッカー場にはわたしたちが向かおう。ここより南西の方角だったね」
モロはいつの間にかツネ次郎の傍まで移動していた。
「それにお前たちが手を組みたがっていた連中に出会えたらその旨を伝えておこう。詳細名簿とやら、見せておくれ」
風雲再起のデイバッグから名簿を取り出し、まん丸と風雲再起が挙げた参加者の写真を見せてやる。更にケットシー他、危険と判断できる経歴の持ち主の写真も見せながら訊く。
「なあ、あんたたちも一緒に来てくれないか?」
モロの尻尾が二三度揺れた。
モロ自身は応えず、ムックルの方へと首を巡らす。
「ムックル。こやつらと一緒に行くのはどうだね?」
ムックルは背中を地面に擦り付ける一人遊びに興じていた。その体制のまま、しばし思案し、ツネ次郎、風雲再起と目を移す。
「あのウォプタルもどき、嫌い」
「ワシはウォプタルなどという奇天烈な名ではないぃ! 風雲再起という名、憶えておくがいい!」
風雲再起の嘶きにムックルは慌てて飛び上がるとモロの影に隠れた。
「フウウンサイキ、嫌い!」
そして律儀に言い直してくる。風雲再起も満足したらしい。突っ込みたくなるが頭痛が酷くなりそうなので我慢する。
「だ、そうだ。残念だよ」
モロが笑う。ツネ次郎は一つ溜息を吐くと、ムックルのデイバッグから腕時計を取り出した。それをモロの右前足に巻いてやる。ムックル用の特注らしく、モロの足には少し大きい。
「短い方の針が12と6の上に来たら放送がある。最初の放送まではしばらくあるけど、注意しておくのに越したことはないよ。禁止区域の発表もあるわけだしさ」
まだ時刻は4時を回ったばかりだ。白じみ始めた空が夜明けを告げている。
「それと、あんたの支給品返しておくかい?」
時計の臭いを嗅いでいたモロはそのまま首を振る。
「どうせわたしには使えぬ代物さ。小僧が使うといい」
そうかと言い、モロの後ろのムックルを呼ぶ。
とことことやってきたムックルの首に、チャックを開けたままのデイバッグを掛けてやる。
「この中に缶詰が入ってる。おまえが前足を叩きつけりゃ中身が出てくるから、腹が空いたらやりな」
「カンヅメ~? ごはん?」
「そう。ごはん」
「おぉ~」
さっそく取り出そうとするムックルをモロが鼻で押して制止する。
「もう行くよ。世話になったね。縁があったら、また会おう」
モロが南へ向かって森の中に消えていく。ムックルも尻尾を揺らしながら後を追っていこうとするが、ふとこちらを振り向いた。
「ツネジロー、また会う!」
告げると、今度こそ後を追って森の中へと入って行った。
「ワシらも出発するぞ。乗れ、ツネ次郎」
ツネ次郎が背に跨ると、風雲再起は蹄の音も高らかに駆け出した。
夜明けの森に白影が奔る。
【D-6/北部/一日目/早朝】
【風雲再起@機動武闘伝Gガンダム】
【状態】:疲労(小)、腹部に掠り傷、B-7向かって疾走中
【装備】:無し
【道具】:なし
【思考】
基本:キュウビを倒し、主人の元へ帰る
1:B-7へと向かう
2:アマテラスをはじめ、キュウビを知る者と手を組めそうな者と接触、情報を得る
3:邪魔な者は殺す
4:脱出が不可能なら優勝も考える
5:強い者と戦いたい
※会場と参加者が異世界の住人であることを確信しました。
※手を組めると詳細名簿から判断できたのはアマテラス、ザフィーラ、ユーノ、アルフ、オーボウ、オカリナ、シエラ、コロマルです。
※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。
【ツネ次郎@忍ペンまん丸】
【状態】:頭痛、腹部に切創(碧双珠で回復中。大分回復済)、突き指、腰に軽い打撲、不安、風雲再起の背の上
【装備】:印堂帯、碧双珠@十二国記
【道具】:支給品一式、石火矢(弾丸と火薬の予備×10)@もののけ姫 、マハラギストーン×3@真・女神転生if、風雲再起の支給品一式(不明支給品1~3、確認済)、参加者詳細名簿
【思考】
基本:まん丸たちと合流してここから脱出する。
0:無事でいろよ、タヌ太郎!
1:B-7へと向かう
2:E-4のサッカー場に向かう
3:まん丸たちを捜す。
【備考】
※参加者の選定には何らかの法則があるのではと推測しています。
※会場と参加者が異世界の住人である可能性を認識しました。
※ペット・ショップに襲われたアライグマをタヌ太郎だと思っています。
※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。
※D-6の駅舎の窓ガラスが割れ、地面に散らばっています
【D-6/南西/1日目/早朝】
【モロ@もののけ姫】
【状態】:鼻面と下顎に打撲(小)、左前足に咬傷(行動に支障はありません)、E-4のサッカー場へと移動中
【装備】:腕時計
【道具】:なし
【思考】
基本:積極的に襲うつもりは無いが、襲ってきた相手には容赦しない。
1:E-4のサッカー場に向かってまん丸がいるか確認する
2:山犬(アマテラス)を探してキュウビについての情報を得る。
3:風雲再起の挙げた獣たちに彼らのことを伝える。
4:機会があればムックルに狩りを教える。
【備考】
※モロの参戦時期はアシタカがシシ神の池でモロを見つける前です。
※キュウビをシシ神と同等の力を持った大陸の神だと考えています。
※会場と参加者が異世界の住人である可能性を理解しました。
※名簿は見ていません。
※地図は暗記しました。しかし、抜けている所もあるかもしれません。
※ムックルの特性と弱点に気付きました。
※ケットシー他、危険な経歴を持つ獣の顔を憶えました。誰を危険としたかはお任せします。
【ムックル@うたわれるもの】
【状態】:腹部にダメージ(中)、精神的疲労(小)、小腹が空いた、E-4のサッカー場へ移動中
【装備】:鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5
【道具】:デイバッグ、支給品一式(時計除く)、ユニ・チャーム「銀のスプーン(お魚とささみミックスかつおぶし入り)」缶×10
【思考】
基本:おかーさん(アルルゥ)のところへ帰りたい。
1:モロに付いて行く。
2:どんなことをしてでも絶対帰る。
【備考】
※ムックルの参戦時期はアニメ第5話で、食料庫に盗み食いに入る直前です。
※ツネ次郎に懐きました。缶詰をツネ次郎がくれたものだと勘違いしたため。
※風雲再起に苦手意識を持っています。
【マハラギストーン@真・女神転生if】
マハラギの力が宿った石。使用すると広範囲に中規模の火炎を起こす。
【鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5】
鋼で作られた犬歯を模した牙。
*時系列順で読む
Back:[[孤鬼]] Next:[[参上!太陽の使者!その名は…]]
*投下順で読む
Back:[[Night Bird Flying]] Next:[[流れ行くものたち]]
|001:[[されど山犬は仔猫と躍る]]|モロ| |
|001:[[されど山犬は仔猫と躍る]]|ムックル| |
|022:[[未来へのシナリオは]]|風雲再起| |
|022:[[未来へのシナリオは]]|ツネ次郎||
*暁を乱すもの ◆TPKO6O3QOM
(一)
静まり返った森の中に獣の吐息が漏れた。
枝葉から毀れ落ちた月光が木立の下に蹲る二匹の銀獣をそっと包んでいる。
「……終わったようだね」
モロは顔をあげると、前足をひょいと上げた。
う~と、彼女の前足と地面に顔を挟まれていたムックルが不満げな声を漏らす。
それには目もくれず、モロは耳を動かして注意深く辺りの様子を探る。彼女の尾は警戒でピンと持ち上がっていた。
先ほどまで聞こえていた破壊音はすっかり収まっている。破壊が始まったのは、彼女らが移動を開始して少し経った頃であった。突如、彼女らの背後で聞こえたその爆音は、人間たちが用いる火薬のそれと真逆でありながらも同質の響きを奏でていた。
そして、その破壊音の正体も彼女は見ている。
モロが目にしたのは、空間に幾本もの巨大な氷柱を現出させながら舞う、一羽の猛禽であった。氷柱は崖を下る狸――のようなもの目掛けて執拗に打ち込まれ、岩肌に幾つもの穴を穿っていた。
狸もどきはその後どうなったのか。そこまではモロも見ていない。
爆音に対して、好奇心のままに泉の方へ戻ろうとするムックルを宥めながら――結局は実力行使となったのだが――足早にその場から離れたからだ。
そのムックルはというと、既に音に対する興味を失い、辺りを面白そうに嗅ぎまわっている。上機嫌に揺れる尻尾を見て、モロは首を傾げた。
まだほんの子供とはいえ、巣穴で守られている時期でもないだろう。それでいて、この警戒心のなさにモロは違和感を覚える。人間に育てられた影響かもしれないと彼女は胸中で呟いた。彼女の娘とは正反対だ。
モロたちの目の前には人間の住処がある。彼女の知る人間の住処よりも頑丈そうな印象を与える小屋は、当然ながら人気はない。
しかし、ここには血の臭いが残り、地面にも血痕が点々と続いている。この戯れに乗った愚か物がここに居たということだ。残骸がないところをみると、愚か物は獲物を仕留めきれなかったのだろう。
「ムックル、何処へ行く気だ?」
とたとたと、図体の割に軽い足取りでこの場を離れようとするムックルに鋭く告げる。
「ん~……おさんぽ~」
「…………。血の痕を追うんじゃないよ」
能天気に答えるムックルにモロは最低限の釘を刺すだけに止めた。もし、この後、モロに襲いかかってきたような軽挙を起こして死んだとしても、そこまでは彼女の関知するところではない。あれから何も学べないようならば、どの道長くは生きられまい。
ムックルを見送ると、モロはこれまでの情報の整理に集中するために小屋の影に巨体を寄せた。幾つか、これまでの認識を改めねばならない事柄がある。
ひとつはこの場所についてだ。モロはここが人間たちが大和と呼ぶ地の何処か、もしくは大陸の何処かと考えて――いた。無論、集められた獣たちも、そういった場所から連れて来られたのだと。
しかし、ムックルとモロでは「人間」についての情報に食い違いがあった。
彼の告げた人間たちの個体名の語感から、アシタカと同じく蝦夷と呼ばれる先住民であることは推測できる。しかし、アシタカもそうであるが、彼女の知る人間に尻尾や獣毛に覆われた耳などはない。
彼が奇妙な人間と称したハクオロなる人物の容姿の方が余程モロの知る人間に近い。
ムックルの住むヤマユラという里が蝦夷たちの土地ではなく、大陸の何処かであるとも考えられる。大陸のことなど、モロは知らない。
知らぬが故に、この考えを否定する材料もない。だが、人間には変わらない者たちの姿かたちがこうも異なるなどということがあるだろうか。
もうひとつは、彼女がこの地において決して強者には入らないということだ。
森の頂点に君臨しているのは山犬である。これは覆されることのない事実だ。ましてやモロ一族に刃向えるものなど人間たちを除いてはまずいない。
しかし、先刻の猛禽は違う。やり合えば、十中八九モロの負けだ。空という無限の退路を持っている上に、攻撃のために地上へと舞い降りる必要もない。上空からただ氷柱を打ち込んでいけば事足りる。それに対し、モロには逃げるより他に対抗手段はない。
まるで空を舞う人間だと、モロは鼻面に皺を寄せる。石火矢を持った人間が翼まで備えたとしたら、山犬には滅びの道しか残らないだろう。
いわば相性の問題だが、それを言い訳にしたところで何かが変わるわけでもない。そして、かような技を持つ個体が猛禽一羽だということはないだろう。
また、このことはひとつ目の疑問にも繋がる。無から氷柱を生み出すような鳥獣を、単に大陸という未知の枠に括ってよいものか。
まるで彼女の見知る憂世とは全く別の――。
そこまで考えて、モロは大きく欠伸をした。まだ情報が足りなすぎる。ムックルが持っていた情報で役に立つものは少ない。
母親が蜂蜜好きだとか、母親の姉が「かわいそう」な身体をしているとか、そういった家族に対するものが殆どだった。
別の獣に会う必要がある。ムックルの散歩に付き合うかと、モロは身を起こした。
(二)
「音が止んだ……?」
「そのようだ」
ツネ次郎の顔に馬の鼻息が掛かる。不快感で更に酷くなった頭痛と腹痛に顔を歪ませるものの、ツネ次郎は何も言わなかった。彼は今、目の前に仁王立ちする白馬に参加者紹介名簿を広げている。話によれば、風雲再起というらしい白馬に自分は助けられたらしい。つまり命の借りが出来たわけだが、ツネ次郎の表情に感謝の色は薄い。
何しろ、失神状態から半ば強制的に起こされては外に連れ出され、脅迫気味に協力を促されたのだ。感動など疾うに吹き飛んでいる。貧血で毛並みの乱れた顔は幽鬼のような不安定さを残していた。
「ふむ。これで最後か……もう良い。閉じろ」
不遜な口調で告げる風雲再起に舌打ちをしそうになりながらも、ツネ次郎はその言葉に従った。それは単に、風雲再起がまん丸たちの捜索を了承してくれたからだ。事のついでといった素振りであるが、それでも彼の協力は非常に心強い。
この馬のプロフィールをツネ次郎は脳裏に浮かべる。
東方不敗の異名を持つ、世界最高峰の拳法家マスターアジアの、そしてその弟子ドモン・カッシュの愛馬にして、幾つものの修羅場を潜り抜けて来た歴戦の戦馬。荒事は手慣れたものだろう。
「目ぼしいのは居たかい?」
「多少ではあるがな。最優先の捜索対象はアマテラスだ。気になるのは、ザフィーラ、ユーノ、アルフの時空管理局とやらに関する面々。他に役に立ちそうなのは、オーボウ、オカリナ、シエラにコロマル……ワシ達に手を貸しそうなのはこれぐらいか」
お前の仲間を含め、これだけでは予測がつかぬものも多いなと、風雲再起は続けた。
名を呼ばれた獣たちの顔を確認していく。ビデオゲームの世界から飛び出してきたような経歴の持ち主たちに眩暈を覚えそうになる。認めたくないが、風雲再起の「異世界」という推理は的を射ているようだ。
モビルファイターなる代物のことも、風雲再起の言葉だけなら妄言と片付けられたのだが。
ふとツネ次郎は嘆息する。
風雲再起の挙げた獣たちの他は野良犬のボスだったり、海賊だったりと手を組むには物足りないか、リスクの方が高そうな連中ばかりだ。勿論、これだけで判断はできないが、参考にできるものがこれしかない以上確実な対象に絞るのが英断だろう。
風雲再起の尾がぴしりと音を鳴らす。
「で、まだ動けぬのか?」
「もうちょっと寝ていられていたら、もっと回復したんじゃないかとオレ思うんだ」
皮肉を返すが、風雲再起は耳をぴろぴろと動かしただけだ。通じていないらしい。軟弱者めとでも思っているのだろう。
(腹に穴が開いててそう簡単に動けるかよ、6508倍バカ)
碧双珠という碧い玉で痛みは薄められているものの、まだ腹部の傷が塞がった程度だ。皮の突っ張る感触に怖気が走る。
無理に動いて傷口が開こうものなら、多分そのショックで死ぬ。
毒づこうと口を開こうとしたとき、風雲再起の耳が北方にぴくんと向いたのが目に入った。その瞳には凍てつくような驕気が灯る。
「ど、どうしたんだよ?」
「静かにせい。戯けが」
うろたえるツネ次郎にそう言うが早いか、風雲再起は北に向き直った。その逞しい四肢に踏みしめられた地面から水が滲み出す。枝葉の擦れる音がツネ次郎の耳にも届いた。何かが接近している。
蹄を響かせて、純白の馬影が森に躍った。風雲再起の美しい両前足が闇の中へと蹴り込まれる。
そして――。
「ごっはぁ~――ンぶェ!?」
無邪気な声は苦鳴へと変わり、飛び出してきた何かが宙に舞う。見事に中空で二回転した後、鈍重な響きと共に地面へとそれは落下した。
それは何処か見覚えのある白虎であった。
起き上がろうとした虎の顎を、風雲再起の蹄が跳ね上げる。虎の身体が地面を再度離れた。更に風雲再起は身を翻すと、無防備に晒された腹部に後ろ脚を叩き込む。
重苦しい音が森の中に響く。
肉片の混じった反吐を撒き散らしながら、虎は駅舎に叩きつけられた。その衝撃で駅舎の窓ガラスが割れ、騒がしい不協和音が奏でられる。地面に蹲る白虎を、煌めくガラスの薄絹が覆った。
ふと、ツネ次郎の身体に言い知れぬ悪寒が走る。全身の毛を逆立たせる恐ろしいものが――来る。
ツネ次郎は風雲再起に警告しようと口を開いた――。
が、間に合わない。
白虎の頭部を踏み砕かんと伸びあがろうとした風雲再起を白い何かが突き飛ばした。
何メートルか弾き飛ばされるも、風雲再起はどうにか無事に体勢を正した。土埃が夜気に舞う。しかし、その脇腹には赤い筋が滲み出てきている。
「……ツネ次郎、これがモロだな?」
風雲再起は獰猛に歯を剥いた。蹄が興奮を散らすかのように地面を何度も抉る。
白虎と風雲再起の間に着地した白影は、あのモロという犬神であった。そして、先ほどの白虎に記憶が繋がる。あれはモロと大立ち回りを繰り広げた――。
(殺した……わけじゃなかったのか!)
風雲再起には、モロという狼がこの殺し合いに乗っていると伝えてしまっている。
風雲再起はモロとやり合う気だ。彼はツネ次郎に明言していた。
邪魔するものには容赦はしないと。殺し合いに乗ったものは殺す――と。
「不意打ちとはいえ、ワシに一撃を与えよるとは見上げたものよ! 惜しむらくは汚れた魂か。それがワシと同じ毛皮を纏うておるなど笑止千万! その躰、一片たりと残さず朱に染めてくれようぞ!」
風雲再起は甲高く嘶き、隆々たる筋肉がぞわりと蠢く。今にも弾けそうな気配にツネ次郎の髭が震えた。知らぬ間に、ツネ次郎は自身の身体を抱きしめていた。
されど、風雲再起へのモロの返答は大欠伸であった。
「……よく廻る舌だねえ」
モロは小さく鼻を鳴らした。張り詰めていた空気に緩みが生じる。
「何があったかは多少見当がつくが、これ以上は少しばかり大人気がないだろう。あんな図体をしているが、あの猫はまだ子供なのさ。これぐらいで勘弁してやれないものかね?」
モロの背後では猫と称された白虎がのろのろと身を起こし、存外に素早い動作でモロの影に隠れた。今一隠れきれていないが、気付いた様子はない。そこから恐る恐る様子を窺っている。それをモロが吼え付け、白虎が小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。
風雲再起はというと、いなされて困惑したように首を小さく振っていた。ぶるると荒い息を吐く。
「モロよ、己の非礼には触れぬつもりか?」
「掠り傷を根に持つなぞ、器の小さい雄だこと」
「………………」
モロの言葉に風雲再起は二の句が継げないようだ。
この機を逃すまいとツネ次郎は慌てて言葉を紡いだ。
「も、モロ……さん。あんた、この殺し合いには乗っているのかい?」
モロの耳がぴくりと動き、その深い色の瞳がツネ次郎に向けられる。
「乗っているように見えるかい? 小僧」
見える。と口に出そうになるが、そう言うのならば乗っていないということなのだろう。
首を横に振る。それを見てモロは目を細めた。
「好い出会いとは言えないが、丁度いい。わたしもお前たちに幾つか訊ねたいことがある。例えば……何故わたしの名を知っているのか。などね」
ユーモアを含んだモロの眼差しはツネ次郎から風雲再起へと移る。
「若造。この狐の小僧よりも役に立つという自負はあるかい?」
「ワシを二度ならず、三度も虚仮にするか! ……貴様の疑問に全て答えてやろうではないか!」
「その意気だ、若造。狐の小僧、おまえはこの子の袋を開けてあげておくれ」
モロが白虎の尻を口吻で押すのを見ながら、ツネ次郎は首をひねる。
「……あんたが開けてやればいいだろう?」
風雲再起をびくびくと見ながらやってくる白虎を眼の端に捉えながら疑問を口にする。
「無理を言うんでないよ。どうして山犬が人間の道具を扱える?」
「いや、開けてただろ。あんた」
「さて、なんのことだか」
何故だかモロは明後日の方向に顔を逸らした。
更に言葉を重ねる前に、白虎がちょこんとツネ次郎の横に座った。そして顔を近づけ、
「おばーちゃん、これ食べていい?」
「な――!?」
至極無邪気な問いにモロの冷静な声が答える。
「………………。駄目」
「ちょっと待て何だ今の間はぁ!?」
突っ込むが、モロの返答は口端を吊り上げただけだ。う~と不服そうに白虎が呻く。
どさりと音を立て、白虎の首にぶら下がっていたデイバッグが地面に落ちる。
「ムックルのー」
ムックルというのがこの白虎の名前らしい。
頭痛を覚えながら、ツネ次郎はデイバッグに手をつけた。何故かデイバッグはびしょ濡れで、ぬめりとしたものが付着し――ぼろぼろだ。
チャックを開け、ツネ次郎は中身を取り出して行く。品々にムックルが上機嫌な鳴き声を上げる。それを無視し、ツネ次郎は耳だけは風雲再起たちの方へと向け、その会話に神経を集中した。
二匹は簡単に自己紹介をした後、互いの情報を開示に移ったようだ。モビルファイターという風雲再起の口から出た単語にモロは興味を示した。モロがどういった反応をするのか内心楽しみにしながら聞き入ろうとする――も、ぽんぽんと頭を叩かれ中断を余儀なくされる。
「これーこれー」
軽く舌打ちして視線を向ければ、ムックルがデイバッグから取り出された物品のひとつを前足で叩いている。二本の犬歯を模した鋼の塊だ。付属の説明書によると獣の口に嵌めて使う武具らしい。
「付けて欲しいのか?」
ムックルは何度も頷くと、大口を開けた。尻尾が上機嫌に地面を叩いている。
「……そのままバクンとやる気じゃないだろうな?」
「………………」
目を逸らすムックルを半眼で見やりながら、ツネ次郎は鉄製の牙を嵌めてやる。
きゃっほぅと鳴きながら、ムックルは何度も口を閉じたり開けたりを執拗に繰り返していた。噛み合わすたびに鳴る金属音が面白いのかもしれない。
一先ず出てきたものを見る。基本的な支給品の他は、ユニ・チャームの「銀のスプーン(お魚とささみミックスかつおぶし入り)」缶10個とマハラギストーンという石ころ3つだ。ムックルの体躯に対し食料が絶対的に足りないのは、まあそういう意図なのだろう。
「ムックル、これ貰っていいかい?」
石を摘まんで訊く。
「ん。あげる」
上の空な返事が返ってくる。ムックルは新しい玩具で木を削る作業に夢中のようだ。
ツネ次郎は3つとも懐に納め、取り出した支給品を仕舞いながら風雲再起たちの会話に耳を澄ます。
「――持つ猛禽?」
「そう。そいつが先刻の音の正体さ」
「ふん。つまり、そやつから貴様らは逃げ惑うてきたわけか!」
風雲再起の嘲弄が響く。モロが溜息を吐いた。
「……まあ、そうだね。わたしたちはどう足掻いても空は飛べないんだ。どうしようもないだろう。出来ないことを認めず駄々を捏ねるのは人間だけだ」
「空を飛べずとも対抗する手段は幾らでもあるわ。ワシならば、その珍妙なる狸とやらも救うことが出来たぞ」
(狸――!?)
ツネ次郎の動悸が耳朶を打つまでに激しくなる。
「な、なあ! 狸って何だ!?」
渇いた舌を必死で濡らしながらツネ次郎は叫んだ。ずきりと腹の傷が痛むが気にしている場合ではない。
ツネ次郎の割り込みに少し不快そうな息遣いで風雲再起が答えた。
「先まで響いていた音があったろう。あれは氷柱を操る猛禽が狸を襲うておった音だとよ」
「ち、珍妙ってのは?」
少しずつ血の気が下がってきたのが分かる。
今度はモロが答えた。
「人間みたいな二足歩行だったからさ。お前みたいにね。さして珍しいものじゃないのかもしれないねえ」
タヌ太郎だっ。と胸中でツネ次郎は叫んだ。二足歩行の狸などタヌ太郎を除いていないはずだ。
「それで! それで、その狸はどうなったんだ?」
「さてね。見届けはしなかった。……小僧の知り合いか?」
「あ、ああ。多分、それタヌ太郎だ。どの辺だい?」
「……びぃの七だったかね。あの辺は」
地図を引っ張り出し、B-7に印をつける。そして、腹の傷を庇いながらゆっくりとツネ次郎は立ち上がった。
「ツネ次郎、そこへ向かう気か? 気持ちは分からぬでもないが、お前の友が生きておる可能性は低いぞ」
風雲再起が多少優しげな口調で告げる。そんなことは言われずとも分かっている。しかし――。
「ゼロじゃない……だろ? なら行く価値はあるよ」
「腹の傷で動けぬのではなかったか?」
風雲再起が蹄を鳴らす。鈍痛に歪みそうになる顔をどうにか制し、ツネ次郎は笑みを浮かべた。
「あいつが助けを求めてるかもしれないのに気にしてられるわけないじゃんか。それに、遅かれ早かれその猛禽はオレたちの邪魔になる。お灸を据えに行こうぜ。あんたが怖いんじゃなけりゃさ」
「……ふん。ワシの周りには口達者が集うらしいな」
ぶるると風雲再起が鼻を鳴らした。
「されど、サッカー場はよいのか? まん丸はそこへ向かいそうなのだろう?」
「確実な方を取るよ。それに――」
半ば願うような口調でツネ次郎は続けた。
「それにまん丸はオレよりも日頃の行いがいいからさ。誰か信頼できる奴と出会えているよ」
願望にも満たない、ただの楽観視だ。まん丸もまた、今この時ピンチに陥っているかもしれない。だが、風雲再起は追及しなかった。
「ならば、そのサッカー場にはわたしたちが向かおう。ここより南西の方角だったね」
モロはいつの間にかツネ次郎の傍まで移動していた。
「それにお前たちが手を組みたがっていた連中に出会えたらその旨を伝えておこう。詳細名簿とやら、見せておくれ」
風雲再起のデイバッグから名簿を取り出し、まん丸と風雲再起が挙げた参加者の写真を見せてやる。更にケットシー他、危険と判断できる経歴の持ち主の写真も見せながら訊く。
「なあ、あんたたちも一緒に来てくれないか?」
モロの尻尾が二三度揺れた。
モロ自身は応えず、ムックルの方へと首を巡らす。
「ムックル。こやつらと一緒に行くのはどうだね?」
ムックルは背中を地面に擦り付ける一人遊びに興じていた。その体制のまま、しばし思案し、ツネ次郎、風雲再起と目を移す。
「あのウォプタルもどき、嫌い」
「ワシはウォプタルなどという奇天烈な名ではないぃ! 風雲再起という名、憶えておくがいい!」
風雲再起の嘶きにムックルは慌てて飛び上がるとモロの影に隠れた。
「フウウンサイキ、嫌い!」
そして律儀に言い直してくる。風雲再起も満足したらしい。突っ込みたくなるが頭痛が酷くなりそうなので我慢する。
「だ、そうだ。残念だよ」
モロが笑う。ツネ次郎は一つ溜息を吐くと、ムックルのデイバッグから腕時計を取り出した。それをモロの右前足に巻いてやる。ムックル用の特注らしく、モロの足には少し大きい。
「短い方の針が12と6の上に来たら放送がある。最初の放送まではしばらくあるけど、注意しておくのに越したことはないよ。禁止区域の発表もあるわけだしさ」
まだ時刻は4時を回ったばかりだ。白じみ始めた空が夜明けを告げている。
「それと、あんたの支給品返しておくかい?」
時計の臭いを嗅いでいたモロはそのまま首を振る。
「どうせわたしには使えぬ代物さ。小僧が使うといい」
そうかと言い、モロの後ろのムックルを呼ぶ。
とことことやってきたムックルの首に、チャックを開けたままのデイバッグを掛けてやる。
「この中に缶詰が入ってる。おまえが前足を叩きつけりゃ中身が出てくるから、腹が空いたらやりな」
「カンヅメ~? ごはん?」
「そう。ごはん」
「おぉ~」
さっそく取り出そうとするムックルをモロが鼻で押して制止する。
「もう行くよ。世話になったね。縁があったら、また会おう」
モロが南へ向かって森の中に消えていく。ムックルも尻尾を揺らしながら後を追っていこうとするが、ふとこちらを振り向いた。
「ツネジロー、また会う!」
告げると、今度こそ後を追って森の中へと入って行った。
「ワシらも出発するぞ。乗れ、ツネ次郎」
ツネ次郎が背に跨ると、風雲再起は蹄の音も高らかに駆け出した。
夜明けの森に白影が奔る。
【D-6/北部/一日目/早朝】
【風雲再起@機動武闘伝Gガンダム】
【状態】:疲労(小)、腹部に掠り傷、B-7向かって疾走中
【装備】:無し
【道具】:なし
【思考】
基本:キュウビを倒し、主人の元へ帰る
1:B-7へと向かう
2:アマテラスをはじめ、キュウビを知る者と手を組めそうな者と接触、情報を得る
3:邪魔な者は殺す
4:脱出が不可能なら優勝も考える
5:強い者と戦いたい
※会場と参加者が異世界の住人であることを確信しました。
※手を組めると詳細名簿から判断できたのはアマテラス、ザフィーラ、ユーノ、アルフ、オーボウ、オカリナ、シエラ、コロマルです。
※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。
【ツネ次郎@忍ペンまん丸】
【状態】:頭痛、腹部に切創(碧双珠で回復中。大分回復済)、突き指、腰に軽い打撲、不安、風雲再起の背の上
【装備】:印堂帯、碧双珠@十二国記
【道具】:支給品一式、石火矢(弾丸と火薬の予備×10)@もののけ姫 、マハラギストーン×3@真・女神転生if、風雲再起の支給品一式(不明支給品1~3、確認済)、参加者詳細名簿
【思考】
基本:まん丸たちと合流してここから脱出する。
0:無事でいろよ、タヌ太郎!
1:B-7へと向かう
2:E-4のサッカー場に向かう
3:まん丸たちを捜す。
【備考】
※参加者の選定には何らかの法則があるのではと推測しています。
※会場と参加者が異世界の住人である可能性を認識しました。
※ペット・ショップに襲われたアライグマをタヌ太郎だと思っています。
※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。
※D-6の駅舎の窓ガラスが割れ、地面に散らばっています
【D-6/南西/1日目/早朝】
【モロ@もののけ姫】
【状態】:鼻面と下顎に打撲(小)、左前足に咬傷(行動に支障はありません)、E-4のサッカー場へと移動中
【装備】:腕時計
【道具】:なし
【思考】
基本:積極的に襲うつもりは無いが、襲ってきた相手には容赦しない。
1:E-4のサッカー場に向かってまん丸がいるか確認する
2:山犬(アマテラス)を探してキュウビについての情報を得る。
3:風雲再起の挙げた獣たちに彼らのことを伝える。
4:機会があればムックルに狩りを教える。
【備考】
※モロの参戦時期はアシタカがシシ神の池でモロを見つける前です。
※キュウビをシシ神と同等の力を持った大陸の神だと考えています。
※会場と参加者が異世界の住人である可能性を理解しました。
※名簿は見ていません。
※地図は暗記しました。しかし、抜けている所もあるかもしれません。
※ムックルの特性と弱点に気付きました。
※ケットシー他、危険な経歴を持つ獣の顔を憶えました。誰を危険としたかはお任せします。
【ムックル@うたわれるもの】
【状態】:腹部にダメージ(中)、精神的疲労(小)、小腹が空いた、E-4のサッカー場へ移動中
【装備】:鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5
【道具】:デイバッグ、支給品一式(時計除く)、ユニ・チャーム「銀のスプーン(お魚とささみミックスかつおぶし入り)」缶×10
【思考】
基本:おかーさん(アルルゥ)のところへ帰りたい。
1:モロに付いて行く。
2:どんなことをしてでも絶対帰る。
【備考】
※ムックルの参戦時期はアニメ第5話で、食料庫に盗み食いに入る直前です。
※ツネ次郎に懐きました。缶詰をツネ次郎がくれたものだと勘違いしたため。
※風雲再起に苦手意識を持っています。
【マハラギストーン@真・女神転生if】
マハラギの力が宿った石。使用すると広範囲に中規模の火炎を起こす。
【鋼鉄の牙@ドラゴンクエスト5】
鋼で作られた犬歯を模した牙。
*時系列順で読む
Back:[[孤鬼]] Next:[[参上!太陽の使者!その名は…]]
*投下順で読む
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|001:[[されど山犬は仔猫と躍る]]|モロ|060:[[残すものは言葉だけとは限らず]]|
|001:[[されど山犬は仔猫と躍る]]|ムックル|060:[[残すものは言葉だけとは限らず]]|
|022:[[未来へのシナリオは]]|風雲再起|058:[[王者の風]]|
|022:[[未来へのシナリオは]]|ツネ次郎|058:[[王者の風]]|
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