「王者の風」(2009/06/16 (火) 21:23:08) の最新版変更点
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*王者の風 ◆TPKO6O3QOM
(一)
景色が後方へと次々に飛び退っていき、木立から漏れる光と影が目まぐるしく入れ替わっていく。ツネ次郎は風雲再起の背に必死でしがみ付きながらも、焦りはますます大きくなるばかりであった。腹の傷までもが疼き、不快感と緊張で吐きそうになる。
ほんの一分遅れが、タヌ太郎の生死を分かつかもしれない。しかし、その不安から風雲再起を急かすことも出来なかった。臍を曲げられては溜まったものではないし、また彼がここで悪戯に手を抜くようなことをする馬ではないことも感じている。
結局、今ツネ次郎に出来ることは風雲再起に振り落とされないようにすることだけだった。
天へと一杯に腕を広げた枝葉の隙間から見える明の空には、ロープウェイの架線が北へと向かって真っすぐに伸びている。
突然風雲再起が急静止し、見上げていたツネ次郎の首に鋭い痛みが走った。
「何か、来るぞ」
首を擦るツネ次郎に、風雲再起が小さく告げた。
耳を澄ますと、北方より、藪や下草を掻きわける音が聞こえてくる。しかも――速い。
モロの話に出た鳥ではない。そんな低空を飛行すれば翼を傷めるだけだ。
それではタヌ太郎だろうか。彼の歩法に似ているような気もする。だが、風と共に流れてくる臭いはタヌ太郎のそれではない。
「タヌ太郎じゃなさそうだ。一先ず隠れて様子を見ようぜ」
「そうしたければそうしろ。流派東方不敗は逃げも隠れもせぬわ」
風雲再起は大きく鼻息を漏らした。確かに、この巨体と白い体では目立つことこの上ない。
それでも一旦身を隠す利点は消えてはいない。一瞬でも補足から免れれば選択肢の種類は増える。戦うという以外の選択肢が。
風雲再起は戦う気だ。戦えば負けはしないだろう。だが、それでは敵が増える一方だ。自分を刺した猫やハヤブサなどといった、真性の危険生物がいることは確かだ。
一方で、分別と戦力を持ち合わせたモロのような存在も、また確かにいるのだ。されど、そんな彼らと殺気と共に相対すれば、それは“敵”となってしまう。手を組める余地があると言うのに、己が為の敵になってしまうのだ。
それに今から来る獣は方角からして、ハヤブサに襲われていたタヌ太郎の動向について知っているかもしれない。
ツネ次郎は一つ深呼吸をした。風雲再起を説得しなければならない。ここから生き延びるためには――まん丸、タヌ太郎と共に脱出するためには。
「それでもさ、一旦身を潜めよう。これは逃げじゃないぜ。このまま待ち受けたら敵対することになる」
「それで隠れると? こそこそ身を潜めて、相手の顔色を窺って胡麻を磨りながら寄ってくるような輩が、見知らぬものたちから真の信を得られるとでも思うておるのか。この阿呆が!」
「単にあんたは殺気が強すぎるんだよ」
耳を抑えながら告げるも、風雲再起は大きく嘶いて一蹴した。
「ワシに気圧されるような臆病者に用はない! 邪魔なだけよ! 怯え狂ってわしに向かってくるなら丁度よいわ! 悪果は今のうちに摘んでくれようぞ!」
「だから、そういう態度が誤解を――って……あれ?」
言い掛けて、ツネ次郎は戸惑いの声を上げた。今まで有ったはずのものがなくなっている。
「……音が消えたようだ。何故か勘付かれたらしい」
「いや何故かもへったくれもなくどう考えても原因はあんただろ!?」
思わず声を荒げたとき、かさりと頭上で枝が軋む音が聞こえた。
「言い争いはやめるんだっ!」
振り仰いだのと同時に、やたらと男らしい声が聞こえた。
「だ、誰だ!?」
声の主はすぐに見つかった。しかし、朝日を背負っているために姿をはっきりとは補足出来ない。
「それは――この、私です」
ゆっくりとした動作で影はポーズを取った。目が慣れ、次第に影の正体が明らかになってくる。
「はっはっはっはっは」
葉っぱの仮面で素顔を隠し――。
「ハーハッハッハッハ……」
片手に鞭を握りしめ、葉っぱを組み合わせた衣のようなものを身に纏い――。
「正義の使者おひさま仮面、ただいま参上!」
「………………」
「………………」
終いにはヒマワリの花を股間に装着した茶色の体毛の獣。一言でいえば――。
(へ、変態だ……)
反応に困って固まっているツネ次郎を、風雲再起が振り返った。声を潜めて告げてくる。
「人間社会には、“変態は馬に蹴られて地獄に落ちても文句は言えない”という法律があったように思うのだが」
「どんな異世界だろうと条文に地獄とか使わないだろ、絶対。何より馬で蹴り殺すとか非効率的だし」
「とはいえ、刃物や銃など無粋なものを使うよりは余程正道よ」
「そこ! なんかこっそりとオレの抹殺計画を練ってないか!?」
半眼で風雲再起を制してから、ひとつ咳払いをする。そして、樹上の変態仮面に目を向けた。
「な、なあ、あんた――」
「“あんた”ではなく、おひさま仮面だ!」
遮ってまで主張してくる変態仮面を面倒くさく思いながら言い直す。タヌ太郎のことを知っているかもしれない相手だ。機嫌を損ねるのは不味い。
「お、おひさま仮面。オレたちは殺し合いには乗ってない。それでさ、幾つか訊きたいことがあるんだ。まず、おひさま仮面の本名を知りたいんだが、教えて貰えないかな?」
「ハッハッハッハ……子ギツネよ。私は正義の使者にして、悪に鉄鞭の裁きを下す太陽の代弁者。おひさま仮面が私の真名であり、それ以外の名前など持ち合わせてはいないのだ! 子ギツネにウマよ。私と共に来るといい。さあ、共に悪漢へ裁きを下しに崖の上へと向かおうぞ! ハーハッハッハッハ」
「………………」
更にもう一つ変態仮面は高笑いをした。それを半眼で見やりながら、ツネ次郎は風雲再起の首を軽く叩いた。
「さっきの、“変態は殺しても構わない”という法律なんだけど――」
「表現がかなり直接的且つ短絡的なものに変わっておるが、そこは気にしないで置いてやろう」
「ありがとう。その法律なんだけど、オレの世界にもあったような気がするんだ。今思い出した」
「ふむ。やはりそうか」
「そこ! なんかもう隠す気もなくオレを亡き者にしようとしていないか!?」
鼻息荒く、地面を蹴り始めた風雲再起に対して、変態仮面が冷や汗を浮かべた。
「この風雲再起の蹄のとがった部分でこめかみの辺りをぐりぐりされたくなかったら、こっちの質問に答えてくれないか? 一先ず、樹から降りような」
それでも変態仮面は渋っていたのだが、どんと一つ風雲再起が地面を蹴り鳴らしたことで観念したらしい。大人しく地面へと降りてきた。心なしか、股間のひまわりも萎れて見える。
ツネ次郎は風雲再起から降りた。着地の際に腹の傷が小さく疼き、顔が歪む。
この獣は489倍バカだが、危険はないだろう。そう判断し、近づいて地面に腰を下ろす。そして、詳細名簿を取り出そうとデイバックを探る。
それを察して、風雲再起が変態仮面に質問した。
「まず、小僧のなまえを聞こうか?」
「フ……名前を聞く方から名乗るのが作法というもの――」
「ツネ次郎、やはり殺そう」
「アライグマです! 他にもオレに答えられることなら何でも訊いてください!」
「素直でいいことだ」
アライグマ。その項目はすぐに見つかった。森のいじめっことだけ記載されている。たしかにそんな顔をしている。そして、どうやら父親もこの殺し合いに参加せられているらしい。
(しかし、そのまんまだな。その森に、こいつら親子以外にアライグマはいないのかな?)
首を傾げながら、仮面は外したアライグマを見やる。
「まったく。冗談の通じない大人にはなりたくねえもんだぜ」
どかと腰を下ろしたアライグマの口調は不貞腐れた、子供っぽいものに変わっていた。呼びかけ、注意をこちらに向けさせる。
「なあ、タヌキ見なかったか?」
「オレはタヌキじゃねえ、アライグマだ!」
「おまえのことじゃねえよ。北の崖で無数の氷柱を操るハヤブサに襲われていたタヌキさ。襲われた後どうなったか知らないか? そいつ、友達かもしれないんだ」
タヌキという単語に何か嫌な思い出があるのか、青筋を立てて語気荒く叫んだアライグマを宥めながら問い直す。肩で息をしながら、アライグマは首を横に振った。
「悪いが、見てねえな。そのあたりは一通り探したし。ただ、その氷柱を操るハヤブサってのには心当たりがあるぜ」
「あんたも見たのか?」
「見たどころじゃねえ。オレも襲われたんだ」
タヌ太郎を襲っていたハヤブサはやはり無差別に襲い掛かる輩のようだ。
「よく逃げられたな」
「逃げたんじゃねえ。やっつけたんだ」
鼻息荒くアライグマが訂正した。予想しえない言葉に、一瞬だけ二の句が継げなくなる。口の中の唾液を無理やり飲み込み、質問をする。
「……誰が?」
「オレが」
「いつ?」
「ついさっき」
「マジか?」
「嘘言ってどうなるよ」
「ど、どうやって?」
「これで、休んでたところをな」
アライグマは手に持っていた多頭鞭を示す。
ぽかんと、阿呆のようにツネ次郎は口を開けたままアライグマを見つめた。モロがあえて戦いを避けたハヤブサを、さして強そうにも見えない アライグマが倒したと言う。素直には受け取れない話だ。
首を捻りながら、アライグマの全身を何度も舐めるように見ながら、あることにツネ次郎は気付いた。
モロが見た“タヌキ”とは、このアライグマのことではないだろうか。
見た目は似ているし、ただでさえ遠目で彼女は見ていたのだ。間違えたとしても無理はない。時間的も符合はする。
また、珍妙という表現には二足歩行というだけでなく、この仮装やアライグマとタヌキの相違点などのことも含まれていたのではないだろうか。
身体から力抜け、名簿が手から毀れて地面に広がった。
タヌ太郎でなかったのならば、それは喜ばしいことだ。しかし、それは再会が見送られたということでもある。
「くくく……はぁーっはっはっは!」
安堵と落胆で放心したツネ次郎の横で、風雲再起が溜まらぬと言った様子で哄笑を上げた。
「やはり、あのメスは単なる腰ぬけであったようだ。こんな小僧に不覚を取るような輩が強者なものか!」
「……なんか腹立つな、チクショー」
「気にしないでくれ。ああいう馬なんだ」
口を曲げたアライグマを宥め、ツネ次郎は質問を続けた。
「それより、まん丸には会ってないか? ペンギンなんだけど」
「知らねえよ。おまえこそ、ぼのぼのにクズリの親父、ヒグマの大将、それからオレの親父には会ってねえのか?」
「いや、会ってない。アマテラスってオオカミには?」
腹の傷を服の上から擦りながら訊ねる。風雲再起の哄笑はまだ続いていた。アライグマは首を横に振る。
「ところで、あんたら何か急ぎの用はあるのか? ないなら、オレと一緒に来てくれねえか?」
意を決したようにアライグマが告げた。
「なんのためだ?」
漸く笑いの治まった風雲再起がアライグマに口を近づける。
「オレと一緒に恩人を助けに行って欲しいんだよ」
厭そうに顔をしかめながらアライグマは答えた。
話に依ると、北の崖上で巨大な熊に襲われていたところをオオカミに助けられたのだそうだ。これまでずっと救援を呼びに奔走していたらしい。アライグマを助ける際、オオカミは大怪我を負ったようだ。
その話を聞いても風雲再起は乗り気ではなかったようだが、アライグマの恩人がアルフという名であることを聞いて態度を一変させた。アルフは、確か風雲再起が手を組む有力候補として名の挙げていた獣の一匹だ。
「良かろう。おまえの頼み、聞いてやろうぞ。ツネ次郎、おまえはどうする?」
風雲再起がツネ次郎に鼻先を向けた。本音を言えばすぐにまん丸・タヌ太郎の捜索に向かいたいところだ。ただ、それはここに知り合いがいる誰もがそう思っていることだろう。
しかし、自分はモロとムックルの二匹に捜索を頼んでいる。頼むだけで、自分は誰の頼みも受けないのはあまりにも都合がよすぎる。
アライグマの顔をもう一度見る。最初の威勢は何処にもなく、ひどく弱々しく不安げな様子が顔に表れていた。
それに、北の崖上にまん丸とタヌ太郎がいないとも限らない。
「……行くよ。アルフってオオカミを助けに行こう」
「ほ、ほんとうか!?」
「持ちつ持たれつってやつさ。アルフを助けたら、今度はおまえがオレの友達探しを手伝ってくれよ」
「ああ、勿論だぜ」
余程安心したのか、アライグマの目元にうっすらと涙が滲んでいたが気付かないふりをした。
風雲再起がとんと地面を軽く踏みならした。こちらを見据えて告げる。
「話は決まったな。おまえたちはロープウェイ乗り場まで戻るといい。あの崖、登れぬことはないが、おまえら二匹を振り落とさぬ自信はないのでな。かといって、あの鉄の箱はワシには小さすぎる」
「……わかったよ」
「少し遅れるかもしれん。よって、ワシに構わず先に行っておれ。おまえたちの足になぞ、すぐに追いつける」
ツネ次郎は風雲再起に対しどこか不穏な空気を感じた。風雲再起の瞳に剣呑な光が宿っているようにも見える。
ただツネ次郎はそれを問い質そうとは思わなかった。視線だけを交わし、風雲再起に背を向ける。
別行動を取ることに不安を隠せないアライグマの背を押して、ツネ次郎はロープウェイ乗り場へと足を進めた。
道中、アライグマと少し話をした。彼らの森のこと、自分たちの山のこと。彼の友人たちのこと、自分たちの忍者修業のこと。
アライグマのいる土地はアメリカ大陸に似ていた。ただ、人間を見たことがないということは彼もまた、ツネ次郎とは違う世界の住人なのかもしれない。
また、アライグマに対して親しみのようなものも感じ始めていた。他人とは思えないのだ。タヌ太郎と何処か近しいものを感じたのかもしれない。
「こ、ここに入るのか?」
ロープウェイ乗り場を前にして、アライグマが厭そうに呟いた。唸り声のような作動音が響いてきている。
「入らなきゃ乗れねえよ。怖いのか?」
「こ、怖くなんてねえぞ! ただ臭いが嫌なだけだ」
「ま、そういうことにしておいてやるよ」
「ツネジロー、てめえ信じてねえな!?」
眉間に皺を寄せたアライグマを無視し、扉を開ける。
無人のチケット売り場に、搭乗客の並んでいない階段。購入したチケット切る係員もいない。
吹き込む風とローラーが回転する音だけが反響している。朝だというのに、酷く不気味だった。
操作室の窓は曇りガラスで中は見えず、扉もしっかりと施錠されている。入ったところでやることはないのだが。
ホームまで行き、ゴンドラの到着を待つ。
程なくしてやってきたゴンドラは減速すると、自動で扉が開いた。ゴンドラにしては大分大きめだ。これならアライグマの前で醜態をさらす心配もなさそうだった。
アライグマの背中を押して入り込む。勝手に扉が閉まり、アライグマがびくりと身を震わせた。ずっと響く機械音が気になるのか、しきりに耳を動かしている。
「座ってろよ、アライグマ。地震とか強風とか濃霧とかない限り何も起きないよ」
固いゴム製のクッションに腰を下ろし、腹を擦った。ケットシーから受けた傷はほぼ完治したと言っていいだろう。
到着までの間、詳細名簿を取り出して手を組みたい獣たちと、危険と思われる獣たちのことをアライグマに教える。アライグマたちを襲ったのは赤カブトというツキノワグマのようだ。危険と判断していた獣の一匹だ。
「このアマテラスってオオカミになら会ったぜ。最初の暗い所でだけど。言葉が分かんなかったんだよなあ」
「へえ……」
ポアッとした間抜け面のオオカミを指すアライグマに相槌を打つ。この中にも慣れてきたようだ。
そのとき――。
『さて、素晴らしい闇の時から忌々しい日の出を迎えることになったが……貴様達、それでも獣か?』
ゴンドラに備え付けられたスピーカーからキュウビの声が聞こえ、放送が始まった。
(二)
「始まったか」
風雲再起は独りごちた。どこかにスピーカーでも括りつけられているのだろう。ハウリングする声が少し喧しい。
風雲再起は崖下付近まで来ていた。滔々と流れおちる滝の音に多少放送内容がかき消されている。内容に関してはツネ次郎に聞けばいいだろうと彼は気にしなかった。
首を巡らし、草叢の中に横たわったペット・ショップという名のハヤブサの姿を見つける。
「やはり手緩い。詰めが甘いことよ」
ペット・ショップはぴくりとも動かないが、その胸は小さく上下している。しっかりと息がある。
もし意識を取り戻せば、逃げ場のないゴンドラは格好の的でしかなくなる。
「まったく、手のかかる小僧どもだ」
風雲再起は片足を高く掲げた。
「さて、終わらせるか」
氷を操る生物との手合わせを楽しみにしていたことは事実だが、間抜けを絵に描いたような子供に一本取られるようではたかが知れている。このような雑魚に少しでも期待を抱いてしまったことを彼は悔やんですらいた。
気功を使う必要もない。それすらも勿体ない相手だ。ただ頭を踏み潰してしまえばいい。
『……今見本を見せよう。一瞬であるからな、気を抜くでないぞ?』
キュウビの言葉と同時に辺りを瘴気や邪気に満ちた禍々しい闇が覆い尽くした。
「――!?」
突然の変化に風雲再起は横たわるペット・ショップから一瞬だけ目を離した。敵を前にして犯してはならない愚行の極み。普段であれば、たとえ何が起ころうとも獲物から目を外すことなどせず、目の前の敵を粉砕したことだろう。
風雲再起には敵への侮りがあった。アライグマに負けたという事実で、ただそうだという伝聞のみで相手を判断してしまった。
それは、此処に来て格下の相手にしか出会えなかった故に生まれた驕りであった。それはペット・ショップがアライグマに手痛い敗北をきした原因でもある。
両者の驕りに違いはない。しかし、一方はすでに驕り故の敗北を経験していた。
ペット・ショップは既に失神などしていなかった。近づく足音に気付き、来訪者への攻撃の機会を窺っていたのだ。殺されようとする、その瀬戸際であっても心を乱さなかった。ただ、辛抱強く形成を変える時を待った。
そして、その時が訪れた。ペット・ショップは辺りがタタリ場と化した瞬間も、獲物から目を離さなかった。
「ぐ――っ!?」
風雲再起は衝撃と痛みに己の胸を茫然と見下ろした。純白の毛皮に覆われた胸部に直径10インチはありそうな氷の杭が深々と突き刺さっている。
口腔から溢れる血に息がつまり、風雲再起は小さく咽た。
いつしか辺りを包んでいた闇は霧散し、朝の風景が戻ってきていた。
ペット・ショップは大きく羽ばたき、上空へと身を躍らせた。
それを見上げながら風雲再起は血塊を地面へ吐き溢した。一撃で風雲再起の命が狩り採られなかったのは、タタリ場の魔力によりペット・ショップのスタンドの力が多少なりとも削られてしまったためか。
しかし、氷は溶ける。この杭が溶けきれば、噴き出した鮮血が辺りを朱に染めるだろう。
天高く舞い上がったペット・ショップは、急停止するとそこからまっすぐに風雲再起を見下ろした。嘴の端が歪み、笑みのようなものを浮かべる。
それと同時に風雲再起の周囲の空気が凍り、その四肢を大地に束縛した。
ペット・ショップは羽ばたきを止めると、一直線に風雲再起へと滑空する。鋭い両爪が朝日に照らされ霜刃のごとく光った。スタンドを連続して扱えるほどまでには回復していなかったらしい。
降下してくるペット・ショップを見据えた風雲再起もまた、口元に笑みを浮かべていた。
(そちらから近付いてきてくれるとは有り難い……)
風雲再起の足元の下草はすでに血でねとと濡れていた。
放っておけば死ぬものを、敢えて己から止めを刺しに来るのは慎重さ故か。それとも血に滾ったか。
不覚故に陥った事態ではあるが、どうであれ最期の時を闘いで迎えられることに風雲再起は満足した。
理由は分からないが、この大地は生命の力が薄弱だ。思ったように大地が彼の呼びかけに応えてくれない。これでは最終奥義は使えないだろう。
すうと、彼は呼吸整えた。血が気道を塞ぐも、それは気の流れにとっての壁にはなりえない。胸より零れ出る血を気合いで止め、流れ出る気すらも押し止める。
主たちの、流派東方不敗の訓示を反芻する。
(流派東方不敗は王者の風……)
かつての主、そして、現在の主に想いを馳せる。大地を愛するが故にヒトを憎んだ、今は亡き老戦士と、そのヒトすらも地球と共に愛した若き王者――。
『――外で殺し合うが良い』
気の流れは熱き渦となり、風雲再起の身体を駆け巡る。それが行きつく先はただ一点――。
(全新系烈ッ……天破侠乱!)
迸る熱気によって氷の呪縛が融解を始める。
『――死骸には興味が無くてな』
主の元への帰還叶わぬことを、ただ静かに詫びる。されど、その二人に恥じるような最期は決して迎えない。
(見よ! 東方は紅く――燃えている!!)
高まった闘気は目映い光明となって風雲再起の全身を包み込む。それはすなわち、風雲再起の生命の輝き――。
「キョォォォォオオオオオオオオッ!」
殺気のみを込めたペット・ショップの咆哮が大地に響く。
「流派東方不敗が奥義……超級、覇王――!」
ペット・ショップの動きの逐一を双眼に捉える。ただ一撃。それを外せば、今の風雲再起に次はない。ぎりぎりまでペット・ショップを引き付ける必要がある。
『シロ、ヨッ――』
不可避の間合いにペット・ショップが入った。練り上げた闘気を迫りくるペット・ショップに向けて、己の魂を解き――。
「日輪、弾ァァァァアン!」
――放つ。
風雲再起より発せられた太陽が如き奔流が、生命力の瀑布が、朝の森を光の渦の中へと押し流し――そして、消えた。
(三)
辺りを包んでいた息苦しい暗黒が忽然と消えた。ツネ次郎は深く息を吐く。冷たい汗が体毛を濡らしていた。
手もとの地図には立ち入り禁止となったエリアが塗りつぶされている。その一つはロープウェイ乗り場のすぐそばだ。うっかり立ち入らないように注意しないとならないだろう。
「なんだよ!? なんだってんだよ!?」
アライグマはショックが抜けきらないのか、半狂乱に騒いでいる。自分以上にパニックを起こした者がいると平静を保てるという話は本当らしい。
「落ちつけって。あいつが言った場所に足を踏み入れなけりゃ関係のない話だよ」
キュウビの放送は続く。アライグマにスピーカーというものを分からせるのにも時間がかかった。ひとまず、あの中にキュウビが入っていないということだけは納得してくれたらしい。
『――喰われた畜生の名を呼ぶとするか。どうにも死骸には興味が無くてな、我とした事が不覚であった。タヌ太郎――』
「――え?」
名簿を広げようとした手が止まる。滑り落ちたペンが床で跳ね、乾いた音を立てた。
『アルフ、ヒグマの大将――』
「……へ?」
騒いでいたアライグマの動きも止まった。
『シロ、ヨッシー、コ――』
突如、目映い光が目を焼いた。そして少し遅れて振動がゴンドラを襲う。ゴンドラが耳障りな悲鳴を上げた。
「さっきからよぉ! なんなんだよぉ!?」
どてと転ぶ音が聞こえた。自分の足にでも絡まったのだろう。
次第に視力が戻ってきた。振動事態はあまり大きくなかったせいか、ゴンドラは問題なく動いているようだ。アライグマは事態の変化に追いつけなくなったのか、床に座り込んで放心している。
「タヌ太郎……」
出来れば聞き間違いであって欲しかった。だが聞き間違えられるような名は名簿にはない。ツネ次郎は俯き、肩を震わせた。
まん丸と出会うずっと前からタヌ太郎とは一緒にネンガ山で共に過ごしてきたのだ。
親友などでは断じてない。そう言われたらタヌ太郎も、自分自身も否定しただろう。タヌ太郎とは、そんな短い言葉で言い表せないほどの日々と絆を経てきたのだ。
そうだというのに――。
「一人で勝手に……死んじまったってのかよ」
塩の味が口の中にいつの間にか広がっていた。
「お、おい。大丈夫かよ?」
アライグマがツネ次郎の肩をゆすった。顔を上げると、アライグマの心配そうな顔があった。
知り合いが死んだのはアライグマも一緒だ。ヒグマの大将に、これから探しに行くはずだったアルフの二匹。悲しみや喪失感を単純に数値に置き換えられるはずはないが、自分と同等以上のショックを受けていることは確かだ。
「わ、悪い。おまえのこと考えずにか、かってに……おまえも気の毒だったな」
「気の毒って何が?」
きょとんと訊き返すアライグマにツネ次郎は戸惑った。ショックが大きくて記憶でも失ってしまったのではないだろうか。
「いや、その……おまえの知り合いが、さ」
まだアライグマは首を捻っている。しばしして合点が行ったのか、ぽんと手を拳で叩いた。
「キュウビの言ったこと信じてんのかよ。バカだなあ、おまえ」
「ば、ばか?」
オウムのように訊き返したツネ次郎をアライグマが鼻で笑った。
「そうだよ。ヒグマの大将が死ぬわけがねえ。スナドリネコには負けたらしいけど、それでもうちの森の大将さ。あれはオレたちを追い詰めるためのフカシだろうぜ。勝手に死んだことにされて、大将怒ってるに違いねえな」
「おい、現実から目を逸らすなよ!」
危ないと判断し、へらと笑うアライグマの肩を掴んで揺する。アライグマは笑いを消すと、じろりとツネ次郎を睨んだ。
「現実だって? おまえはタヌタローって奴の死体を見たのかよ? ヒグマの大将やアルフの死体を見たのかよ!? 現実ってのは自分の目で見たことだろ。一番信用できねえ奴の言葉をなんで信じられんだよ!?」
「あいつが嘘を吐く理由なんてどこにもないんだよ」
口角泡を飛ばすアライグマが一息つくのを待って、ツネ次郎は噛み砕くように告げた。だが、アライグマはその言葉を振り払った。顔をくしゃと歪めて、アライグマは吼えた。
「なんであいつの心中が分かるんだよ。嘘なんて理由なく吐くもんだろうが。クズリのオヤジなんて、いつもそうだ」
「アラ――」
「とにかく、オレは死体をこの目で見るまで信じねえからな! だから、アルフは生きてる! ヒグマの大将も生きてる! タヌタローって奴だって絶対に生きてる!」
「………………」
ツネ次郎はアライグマから手を離した。あまりにも儚い望みがアライグマを支えている。出来ることなら、ツネ次郎自身もそれを信じたいと思う。だが、そんな幻想に自分までもが沈んでしまえば、アライグマを支えてやる者がいなくなってしまう。
風雲再起はだめだ。彼はただ徒に、アライグマの支えを粉々に粉砕してしまうだろう。
『モウスグB-7駅、B-7駅ダベ。 オ降リノ際ハ 落チ着イテ 速ヤカニ降リルンダベ』
スピーカーからアナウンスが流れ、ゴンドラががたと音を立てた。少し揺れて、扉が開く。言葉もなく、二匹はゴンドラを降りた。さっきと同様、無人の構内を歩いて外に出る。
標高が上がったせいか、すこし肌寒く感じる。風雲再起の姿はない。
「アルフと会ったのはあっちだ。その周辺で休んでるかもしれねえ。あのウマは後から来るんだろ?」
「……そうだ、な。用心して行こうぜ」
「オレの鼻はよく利くんだ。任せとけよ」
自分の鼻を示し、アライグマは笑みを浮かべた。そして北西へと足を踏み出す。
ツネ次郎は一度崖の方を振り返り、アライグマの後を追った。
森の中へ熱を帯びた風が散っていく。
爆撃を受けたように木々が消滅した大地の中心にそれは居た。
白亜の身体を朱に染めながら、悠々と大地に座す姿は王者の威風を死して尚漂わせていた。氷を操る隼の姿は雄々しい白馬の生命の前に、跡形もなく消え去ってしまった。
悪戯心を起こした風がその鬣を揺らしては去っていく。白馬はそんな風に構うこともせず、ただ堂々と、ずっとそこに座り続けていた。
【B-7/一日目/朝】
【ツネ次郎@忍ペンまん丸】
【状態】:腹部に切創(碧双珠で回復中。ほぼ完治)、強い悲しみ
【装備】:印堂帯、碧双珠@十二国記
【道具】:支給品一式、石火矢(弾丸と火薬の予備×10)@もののけ姫 、マハラギストーン×3@真・女神転生if、風雲再起の支給品一式(不明支給品1~3、確認済)、参加者詳細名簿
【思考】
基本:まん丸たちと合流してここから脱出する。
0:タヌ太郎……
1:A-6駅へと向かう
2:風雲再起と合流する
3:まん丸を捜す
【備考】
※参加者の選定には何らかの法則があるのではと推測しています。
※会場と参加者が異世界の住人である可能性を認識しました。
※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。
※死者の情報の一部を聞き逃しました。
【アライグマ@ぼのぼの】
【状態】:全身に擦り傷、疲労(小)、不安、混乱、決意
【装備】:おひさま仮面の衣装(仮面なし)@ぼのぼの、グリンガムのムチ@ドラゴンクエスト5
【所持品】:アルフの支給品一式、ペット・ショップの支給品一式、不明支給品1~3個、スピーダー六個@ポケットモンスター
【思考】
基本:元の世界へ戻る。
0:アルフもヒグマの大将も絶対に生きてる!
1:A-6駅に向かう
2:ツネ次郎、風雲再起と一緒にアルフを助ける
3:赤カブトもあわよくばやっつける
【備考】
※人間文明についての説明は受けましたが理解はしていません。
※手を組めそうな動物(アマテラス、ザフィーラ、ユーノ、アルフ、オーボウ、オカリナ、シエラ、コロマル)と危険視される動物の情報を得ました。
※放送内容を信じまいとしています。
※死者の情報の一部を聞き逃しました。
※B-7付近で超級覇王日輪弾による小さな爆発が起きました。その周囲のエリアで閃光や振動、爆音などが響いた可能性があります。
&color(red){【ペット・ショップ@ジョジョの奇妙な冒険 死亡】}
&color(red){【風雲再起@機動武闘伝Gガンダム 死亡】}
&color(red){【残り36匹】}
*時系列順で読む
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|038:[[暁を乱すもの]]|ツネ次郎| |
|042:[[参上!太陽の使者!その名は…]]|アライグマ| |
|042:[[参上!太陽の使者!その名は…]]|&color(red){ペット・ショップ}|&color(red){死亡}|
|038:[[暁を乱すもの]]|&color(red){風雲再起}|&color(red){死亡}|
*王者の風 ◆TPKO6O3QOM
(一)
景色が後方へと次々に飛び退っていき、木立から漏れる光と影が目まぐるしく入れ替わっていく。ツネ次郎は風雲再起の背に必死でしがみ付きながらも、焦りはますます大きくなるばかりであった。腹の傷までもが疼き、不快感と緊張で吐きそうになる。
ほんの一分遅れが、タヌ太郎の生死を分かつかもしれない。しかし、その不安から風雲再起を急かすことも出来なかった。臍を曲げられては溜まったものではないし、また彼がここで悪戯に手を抜くようなことをする馬ではないことも感じている。
結局、今ツネ次郎に出来ることは風雲再起に振り落とされないようにすることだけだった。
天へと一杯に腕を広げた枝葉の隙間から見える明の空には、ロープウェイの架線が北へと向かって真っすぐに伸びている。
突然風雲再起が急静止し、見上げていたツネ次郎の首に鋭い痛みが走った。
「何か、来るぞ」
首を擦るツネ次郎に、風雲再起が小さく告げた。
耳を澄ますと、北方より、藪や下草を掻きわける音が聞こえてくる。しかも――速い。
モロの話に出た鳥ではない。そんな低空を飛行すれば翼を傷めるだけだ。
それではタヌ太郎だろうか。彼の歩法に似ているような気もする。だが、風と共に流れてくる臭いはタヌ太郎のそれではない。
「タヌ太郎じゃなさそうだ。一先ず隠れて様子を見ようぜ」
「そうしたければそうしろ。流派東方不敗は逃げも隠れもせぬわ」
風雲再起は大きく鼻息を漏らした。確かに、この巨体と白い体では目立つことこの上ない。
それでも一旦身を隠す利点は消えてはいない。一瞬でも補足から免れれば選択肢の種類は増える。戦うという以外の選択肢が。
風雲再起は戦う気だ。戦えば負けはしないだろう。だが、それでは敵が増える一方だ。自分を刺した猫やハヤブサなどといった、真性の危険生物がいることは確かだ。
一方で、分別と戦力を持ち合わせたモロのような存在も、また確かにいるのだ。されど、そんな彼らと殺気と共に相対すれば、それは“敵”となってしまう。手を組める余地があると言うのに、己が為の敵になってしまうのだ。
それに今から来る獣は方角からして、ハヤブサに襲われていたタヌ太郎の動向について知っているかもしれない。
ツネ次郎は一つ深呼吸をした。風雲再起を説得しなければならない。ここから生き延びるためには――まん丸、タヌ太郎と共に脱出するためには。
「それでもさ、一旦身を潜めよう。これは逃げじゃないぜ。このまま待ち受けたら敵対することになる」
「それで隠れると? こそこそ身を潜めて、相手の顔色を窺って胡麻を磨りながら寄ってくるような輩が、見知らぬものたちから真の信を得られるとでも思うておるのか。この阿呆が!」
「単にあんたは殺気が強すぎるんだよ」
耳を抑えながら告げるも、風雲再起は大きく嘶いて一蹴した。
「ワシに気圧されるような臆病者に用はない! 邪魔なだけよ! 怯え狂ってわしに向かってくるなら丁度よいわ! 悪果は今のうちに摘んでくれようぞ!」
「だから、そういう態度が誤解を――って……あれ?」
言い掛けて、ツネ次郎は戸惑いの声を上げた。今まで有ったはずのものがなくなっている。
「……音が消えたようだ。何故か勘付かれたらしい」
「いや何故かもへったくれもなくどう考えても原因はあんただろ!?」
思わず声を荒げたとき、かさりと頭上で枝が軋む音が聞こえた。
「言い争いはやめるんだっ!」
振り仰いだのと同時に、やたらと男らしい声が聞こえた。
「だ、誰だ!?」
声の主はすぐに見つかった。しかし、朝日を背負っているために姿をはっきりとは補足出来ない。
「それは――この、私です」
ゆっくりとした動作で影はポーズを取った。目が慣れ、次第に影の正体が明らかになってくる。
「はっはっはっはっは」
葉っぱの仮面で素顔を隠し――。
「ハーハッハッハッハ……」
片手に鞭を握りしめ、葉っぱを組み合わせた衣のようなものを身に纏い――。
「正義の使者おひさま仮面、ただいま参上!」
「………………」
「………………」
終いにはヒマワリの花を股間に装着した茶色の体毛の獣。一言でいえば――。
(へ、変態だ……)
反応に困って固まっているツネ次郎を、風雲再起が振り返った。声を潜めて告げてくる。
「人間社会には、“変態は馬に蹴られて地獄に落ちても文句は言えない”という法律があったように思うのだが」
「どんな異世界だろうと条文に地獄とか使わないだろ、絶対。何より馬で蹴り殺すとか非効率的だし」
「とはいえ、刃物や銃など無粋なものを使うよりは余程正道よ」
「そこ! なんかこっそりとオレの抹殺計画を練ってないか!?」
半眼で風雲再起を制してから、ひとつ咳払いをする。そして、樹上の変態仮面に目を向けた。
「な、なあ、あんた――」
「“あんた”ではなく、おひさま仮面だ!」
遮ってまで主張してくる変態仮面を面倒くさく思いながら言い直す。タヌ太郎のことを知っているかもしれない相手だ。機嫌を損ねるのは不味い。
「お、おひさま仮面。オレたちは殺し合いには乗ってない。それでさ、幾つか訊きたいことがあるんだ。まず、おひさま仮面の本名を知りたいんだが、教えて貰えないかな?」
「ハッハッハッハ……子ギツネよ。私は正義の使者にして、悪に鉄鞭の裁きを下す太陽の代弁者。おひさま仮面が私の真名であり、それ以外の名前など持ち合わせてはいないのだ! 子ギツネにウマよ。私と共に来るといい。さあ、共に悪漢へ裁きを下しに崖の上へと向かおうぞ! ハーハッハッハッハ」
「………………」
更にもう一つ変態仮面は高笑いをした。それを半眼で見やりながら、ツネ次郎は風雲再起の首を軽く叩いた。
「さっきの、“変態は殺しても構わない”という法律なんだけど――」
「表現がかなり直接的且つ短絡的なものに変わっておるが、そこは気にしないで置いてやろう」
「ありがとう。その法律なんだけど、オレの世界にもあったような気がするんだ。今思い出した」
「ふむ。やはりそうか」
「そこ! なんかもう隠す気もなくオレを亡き者にしようとしていないか!?」
鼻息荒く、地面を蹴り始めた風雲再起に対して、変態仮面が冷や汗を浮かべた。
「この風雲再起の蹄のとがった部分でこめかみの辺りをぐりぐりされたくなかったら、こっちの質問に答えてくれないか? 一先ず、樹から降りような」
それでも変態仮面は渋っていたのだが、どんと一つ風雲再起が地面を蹴り鳴らしたことで観念したらしい。大人しく地面へと降りてきた。心なしか、股間のひまわりも萎れて見える。
ツネ次郎は風雲再起から降りた。着地の際に腹の傷が小さく疼き、顔が歪む。
この獣は489倍バカだが、危険はないだろう。そう判断し、近づいて地面に腰を下ろす。そして、詳細名簿を取り出そうとデイバックを探る。
それを察して、風雲再起が変態仮面に質問した。
「まず、小僧のなまえを聞こうか?」
「フ……名前を聞く方から名乗るのが作法というもの――」
「ツネ次郎、やはり殺そう」
「アライグマです! 他にもオレに答えられることなら何でも訊いてください!」
「素直でいいことだ」
アライグマ。その項目はすぐに見つかった。森のいじめっことだけ記載されている。たしかにそんな顔をしている。そして、どうやら父親もこの殺し合いに参加せられているらしい。
(しかし、そのまんまだな。その森に、こいつら親子以外にアライグマはいないのかな?)
首を傾げながら、仮面は外したアライグマを見やる。
「まったく。冗談の通じない大人にはなりたくねえもんだぜ」
どかと腰を下ろしたアライグマの口調は不貞腐れた、子供っぽいものに変わっていた。呼びかけ、注意をこちらに向けさせる。
「なあ、タヌキ見なかったか?」
「オレはタヌキじゃねえ、アライグマだ!」
「おまえのことじゃねえよ。北の崖で無数の氷柱を操るハヤブサに襲われていたタヌキさ。襲われた後どうなったか知らないか? そいつ、友達かもしれないんだ」
タヌキという単語に何か嫌な思い出があるのか、青筋を立てて語気荒く叫んだアライグマを宥めながら問い直す。肩で息をしながら、アライグマは首を横に振った。
「悪いが、見てねえな。そのあたりは一通り探したし。ただ、その氷柱を操るハヤブサってのには心当たりがあるぜ」
「あんたも見たのか?」
「見たどころじゃねえ。オレも襲われたんだ」
タヌ太郎を襲っていたハヤブサはやはり無差別に襲い掛かる輩のようだ。
「よく逃げられたな」
「逃げたんじゃねえ。やっつけたんだ」
鼻息荒くアライグマが訂正した。予想しえない言葉に、一瞬だけ二の句が継げなくなる。口の中の唾液を無理やり飲み込み、質問をする。
「……誰が?」
「オレが」
「いつ?」
「ついさっき」
「マジか?」
「嘘言ってどうなるよ」
「ど、どうやって?」
「これで、休んでたところをな」
アライグマは手に持っていた多頭鞭を示す。
ぽかんと、阿呆のようにツネ次郎は口を開けたままアライグマを見つめた。モロがあえて戦いを避けたハヤブサを、さして強そうにも見えない アライグマが倒したと言う。素直には受け取れない話だ。
首を捻りながら、アライグマの全身を何度も舐めるように見ながら、あることにツネ次郎は気付いた。
モロが見た“タヌキ”とは、このアライグマのことではないだろうか。
見た目は似ているし、ただでさえ遠目で彼女は見ていたのだ。間違えたとしても無理はない。時間的も符合はする。
また、珍妙という表現には二足歩行というだけでなく、この仮装やアライグマとタヌキの相違点などのことも含まれていたのではないだろうか。
身体から力抜け、名簿が手から毀れて地面に広がった。
タヌ太郎でなかったのならば、それは喜ばしいことだ。しかし、それは再会が見送られたということでもある。
「くくく……はぁーっはっはっは!」
安堵と落胆で放心したツネ次郎の横で、風雲再起が溜まらぬと言った様子で哄笑を上げた。
「やはり、あのメスは単なる腰ぬけであったようだ。こんな小僧に不覚を取るような輩が強者なものか!」
「……なんか腹立つな、チクショー」
「気にしないでくれ。ああいう馬なんだ」
口を曲げたアライグマを宥め、ツネ次郎は質問を続けた。
「それより、まん丸には会ってないか? ペンギンなんだけど」
「知らねえよ。おまえこそ、ぼのぼのにクズリの親父、ヒグマの大将、それからオレの親父には会ってねえのか?」
「いや、会ってない。アマテラスってオオカミには?」
腹の傷を服の上から擦りながら訊ねる。風雲再起の哄笑はまだ続いていた。アライグマは首を横に振る。
「ところで、あんたら何か急ぎの用はあるのか? ないなら、オレと一緒に来てくれねえか?」
意を決したようにアライグマが告げた。
「なんのためだ?」
漸く笑いの治まった風雲再起がアライグマに口を近づける。
「オレと一緒に恩人を助けに行って欲しいんだよ」
厭そうに顔をしかめながらアライグマは答えた。
話に依ると、北の崖上で巨大な熊に襲われていたところをオオカミに助けられたのだそうだ。これまでずっと救援を呼びに奔走していたらしい。アライグマを助ける際、オオカミは大怪我を負ったようだ。
その話を聞いても風雲再起は乗り気ではなかったようだが、アライグマの恩人がアルフという名であることを聞いて態度を一変させた。アルフは、確か風雲再起が手を組む有力候補として名の挙げていた獣の一匹だ。
「良かろう。おまえの頼み、聞いてやろうぞ。ツネ次郎、おまえはどうする?」
風雲再起がツネ次郎に鼻先を向けた。本音を言えばすぐにまん丸・タヌ太郎の捜索に向かいたいところだ。ただ、それはここに知り合いがいる誰もがそう思っていることだろう。
しかし、自分はモロとムックルの二匹に捜索を頼んでいる。頼むだけで、自分は誰の頼みも受けないのはあまりにも都合がよすぎる。
アライグマの顔をもう一度見る。最初の威勢は何処にもなく、ひどく弱々しく不安げな様子が顔に表れていた。
それに、北の崖上にまん丸とタヌ太郎がいないとも限らない。
「……行くよ。アルフってオオカミを助けに行こう」
「ほ、ほんとうか!?」
「持ちつ持たれつってやつさ。アルフを助けたら、今度はおまえがオレの友達探しを手伝ってくれよ」
「ああ、勿論だぜ」
余程安心したのか、アライグマの目元にうっすらと涙が滲んでいたが気付かないふりをした。
風雲再起がとんと地面を軽く踏みならした。こちらを見据えて告げる。
「話は決まったな。おまえたちはロープウェイ乗り場まで戻るといい。あの崖、登れぬことはないが、おまえら二匹を振り落とさぬ自信はないのでな。かといって、あの鉄の箱はワシには小さすぎる」
「……わかったよ」
「少し遅れるかもしれん。よって、ワシに構わず先に行っておれ。おまえたちの足になぞ、すぐに追いつける」
ツネ次郎は風雲再起に対しどこか不穏な空気を感じた。風雲再起の瞳に剣呑な光が宿っているようにも見える。
ただツネ次郎はそれを問い質そうとは思わなかった。視線だけを交わし、風雲再起に背を向ける。
別行動を取ることに不安を隠せないアライグマの背を押して、ツネ次郎はロープウェイ乗り場へと足を進めた。
道中、アライグマと少し話をした。彼らの森のこと、自分たちの山のこと。彼の友人たちのこと、自分たちの忍者修業のこと。
アライグマのいる土地はアメリカ大陸に似ていた。ただ、人間を見たことがないということは彼もまた、ツネ次郎とは違う世界の住人なのかもしれない。
また、アライグマに対して親しみのようなものも感じ始めていた。他人とは思えないのだ。タヌ太郎と何処か近しいものを感じたのかもしれない。
「こ、ここに入るのか?」
ロープウェイ乗り場を前にして、アライグマが厭そうに呟いた。唸り声のような作動音が響いてきている。
「入らなきゃ乗れねえよ。怖いのか?」
「こ、怖くなんてねえぞ! ただ臭いが嫌なだけだ」
「ま、そういうことにしておいてやるよ」
「ツネジロー、てめえ信じてねえな!?」
眉間に皺を寄せたアライグマを無視し、扉を開ける。
無人のチケット売り場に、搭乗客の並んでいない階段。購入したチケット切る係員もいない。
吹き込む風とローラーが回転する音だけが反響している。朝だというのに、酷く不気味だった。
操作室の窓は曇りガラスで中は見えず、扉もしっかりと施錠されている。入ったところでやることはないのだが。
ホームまで行き、ゴンドラの到着を待つ。
程なくしてやってきたゴンドラは減速すると、自動で扉が開いた。ゴンドラにしては大分大きめだ。これならアライグマの前で醜態をさらす心配もなさそうだった。
アライグマの背中を押して入り込む。勝手に扉が閉まり、アライグマがびくりと身を震わせた。ずっと響く機械音が気になるのか、しきりに耳を動かしている。
「座ってろよ、アライグマ。地震とか強風とか濃霧とかない限り何も起きないよ」
固いゴム製のクッションに腰を下ろし、腹を擦った。ケットシーから受けた傷はほぼ完治したと言っていいだろう。
到着までの間、詳細名簿を取り出して手を組みたい獣たちと、危険と思われる獣たちのことをアライグマに教える。アライグマたちを襲ったのは赤カブトというツキノワグマのようだ。危険と判断していた獣の一匹だ。
「このアマテラスってオオカミになら会ったぜ。最初の暗い所でだけど。言葉が分かんなかったんだよなあ」
「へえ……」
ポアッとした間抜け面のオオカミを指すアライグマに相槌を打つ。この中にも慣れてきたようだ。
そのとき――。
『さて、素晴らしい闇の時から忌々しい日の出を迎えることになったが……貴様達、それでも獣か?』
ゴンドラに備え付けられたスピーカーからキュウビの声が聞こえ、放送が始まった。
(二)
「始まったか」
風雲再起は独りごちた。どこかにスピーカーでも括りつけられているのだろう。ハウリングする声が少し喧しい。
風雲再起は崖下付近まで来ていた。滔々と流れおちる滝の音に多少放送内容がかき消されている。内容に関してはツネ次郎に聞けばいいだろうと彼は気にしなかった。
首を巡らし、草叢の中に横たわったペット・ショップという名のハヤブサの姿を見つける。
「やはり手緩い。詰めが甘いことよ」
ペット・ショップはぴくりとも動かないが、その胸は小さく上下している。しっかりと息がある。
もし意識を取り戻せば、逃げ場のないゴンドラは格好の的でしかなくなる。
「まったく、手のかかる小僧どもだ」
風雲再起は片足を高く掲げた。
「さて、終わらせるか」
氷を操る生物との手合わせを楽しみにしていたことは事実だが、間抜けを絵に描いたような子供に一本取られるようではたかが知れている。このような雑魚に少しでも期待を抱いてしまったことを彼は悔やんですらいた。
気功を使う必要もない。それすらも勿体ない相手だ。ただ頭を踏み潰してしまえばいい。
『……今見本を見せよう。一瞬であるからな、気を抜くでないぞ?』
キュウビの言葉と同時に辺りを瘴気や邪気に満ちた禍々しい闇が覆い尽くした。
「――!?」
突然の変化に風雲再起は横たわるペット・ショップから一瞬だけ目を離した。敵を前にして犯してはならない愚行の極み。普段であれば、たとえ何が起ころうとも獲物から目を外すことなどせず、目の前の敵を粉砕したことだろう。
風雲再起には敵への侮りがあった。アライグマに負けたという事実で、ただそうだという伝聞のみで相手を判断してしまった。
それは、此処に来て格下の相手にしか出会えなかった故に生まれた驕りであった。それはペット・ショップがアライグマに手痛い敗北をきした原因でもある。
両者の驕りに違いはない。しかし、一方はすでに驕り故の敗北を経験していた。
ペット・ショップは既に失神などしていなかった。近づく足音に気付き、来訪者への攻撃の機会を窺っていたのだ。殺されようとする、その瀬戸際であっても心を乱さなかった。ただ、辛抱強く形成を変える時を待った。
そして、その時が訪れた。ペット・ショップは辺りがタタリ場と化した瞬間も、獲物から目を離さなかった。
「ぐ――っ!?」
風雲再起は衝撃と痛みに己の胸を茫然と見下ろした。純白の毛皮に覆われた胸部に直径10インチはありそうな氷の杭が深々と突き刺さっている。
口腔から溢れる血に息がつまり、風雲再起は小さく咽た。
いつしか辺りを包んでいた闇は霧散し、朝の風景が戻ってきていた。
ペット・ショップは大きく羽ばたき、上空へと身を躍らせた。
それを見上げながら風雲再起は血塊を地面へ吐き溢した。一撃で風雲再起の命が狩り採られなかったのは、タタリ場の魔力によりペット・ショップのスタンドの力が多少なりとも削られてしまったためか。
しかし、氷は溶ける。この杭が溶けきれば、噴き出した鮮血が辺りを朱に染めるだろう。
天高く舞い上がったペット・ショップは、急停止するとそこからまっすぐに風雲再起を見下ろした。嘴の端が歪み、笑みのようなものを浮かべる。
それと同時に風雲再起の周囲の空気が凍り、その四肢を大地に束縛した。
ペット・ショップは羽ばたきを止めると、一直線に風雲再起へと滑空する。鋭い両爪が朝日に照らされ霜刃のごとく光った。スタンドを連続して扱えるほどまでには回復していなかったらしい。
降下してくるペット・ショップを見据えた風雲再起もまた、口元に笑みを浮かべていた。
(そちらから近付いてきてくれるとは有り難い……)
風雲再起の足元の下草はすでに血でねとと濡れていた。
放っておけば死ぬものを、敢えて己から止めを刺しに来るのは慎重さ故か。それとも血に滾ったか。
不覚故に陥った事態ではあるが、どうであれ最期の時を闘いで迎えられることに風雲再起は満足した。
理由は分からないが、この大地は生命の力が薄弱だ。思ったように大地が彼の呼びかけに応えてくれない。これでは最終奥義は使えないだろう。
すうと、彼は呼吸整えた。血が気道を塞ぐも、それは気の流れにとっての壁にはなりえない。胸より零れ出る血を気合いで止め、流れ出る気すらも押し止める。
主たちの、流派東方不敗の訓示を反芻する。
(流派東方不敗は王者の風……)
かつての主、そして、現在の主に想いを馳せる。大地を愛するが故にヒトを憎んだ、今は亡き老戦士と、そのヒトすらも地球と共に愛した若き王者――。
『――外で殺し合うが良い』
気の流れは熱き渦となり、風雲再起の身体を駆け巡る。それが行きつく先はただ一点――。
(全新系烈ッ……天破侠乱!)
迸る熱気によって氷の呪縛が融解を始める。
『――死骸には興味が無くてな』
主の元への帰還叶わぬことを、ただ静かに詫びる。されど、その二人に恥じるような最期は決して迎えない。
(見よ! 東方は紅く――燃えている!!)
高まった闘気は目映い光明となって風雲再起の全身を包み込む。それはすなわち、風雲再起の生命の輝き――。
「キョォォォォオオオオオオオオッ!」
殺気のみを込めたペット・ショップの咆哮が大地に響く。
「流派東方不敗が奥義……超級、覇王――!」
ペット・ショップの動きの逐一を双眼に捉える。ただ一撃。それを外せば、今の風雲再起に次はない。ぎりぎりまでペット・ショップを引き付ける必要がある。
『シロ、ヨッ――』
不可避の間合いにペット・ショップが入った。練り上げた闘気を迫りくるペット・ショップに向けて、己の魂を解き――。
「日輪、弾ァァァァアン!」
――放つ。
風雲再起より発せられた太陽が如き奔流が、生命力の瀑布が、朝の森を光の渦の中へと押し流し――そして、消えた。
(三)
辺りを包んでいた息苦しい暗黒が忽然と消えた。ツネ次郎は深く息を吐く。冷たい汗が体毛を濡らしていた。
手もとの地図には立ち入り禁止となったエリアが塗りつぶされている。その一つはロープウェイ乗り場のすぐそばだ。うっかり立ち入らないように注意しないとならないだろう。
「なんだよ!? なんだってんだよ!?」
アライグマはショックが抜けきらないのか、半狂乱に騒いでいる。自分以上にパニックを起こした者がいると平静を保てるという話は本当らしい。
「落ちつけって。あいつが言った場所に足を踏み入れなけりゃ関係のない話だよ」
キュウビの放送は続く。アライグマにスピーカーというものを分からせるのにも時間がかかった。ひとまず、あの中にキュウビが入っていないということだけは納得してくれたらしい。
『――喰われた畜生の名を呼ぶとするか。どうにも死骸には興味が無くてな、我とした事が不覚であった。タヌ太郎――』
「――え?」
名簿を広げようとした手が止まる。滑り落ちたペンが床で跳ね、乾いた音を立てた。
『アルフ、ヒグマの大将――』
「……へ?」
騒いでいたアライグマの動きも止まった。
『シロ、ヨッシー、コ――』
突如、目映い光が目を焼いた。そして少し遅れて振動がゴンドラを襲う。ゴンドラが耳障りな悲鳴を上げた。
「さっきからよぉ! なんなんだよぉ!?」
どてと転ぶ音が聞こえた。自分の足にでも絡まったのだろう。
次第に視力が戻ってきた。振動事態はあまり大きくなかったせいか、ゴンドラは問題なく動いているようだ。アライグマは事態の変化に追いつけなくなったのか、床に座り込んで放心している。
「タヌ太郎……」
出来れば聞き間違いであって欲しかった。だが聞き間違えられるような名は名簿にはない。ツネ次郎は俯き、肩を震わせた。
まん丸と出会うずっと前からタヌ太郎とは一緒にネンガ山で共に過ごしてきたのだ。
親友などでは断じてない。そう言われたらタヌ太郎も、自分自身も否定しただろう。タヌ太郎とは、そんな短い言葉で言い表せないほどの日々と絆を経てきたのだ。
そうだというのに――。
「一人で勝手に……死んじまったってのかよ」
塩の味が口の中にいつの間にか広がっていた。
「お、おい。大丈夫かよ?」
アライグマがツネ次郎の肩をゆすった。顔を上げると、アライグマの心配そうな顔があった。
知り合いが死んだのはアライグマも一緒だ。ヒグマの大将に、これから探しに行くはずだったアルフの二匹。悲しみや喪失感を単純に数値に置き換えられるはずはないが、自分と同等以上のショックを受けていることは確かだ。
「わ、悪い。おまえのこと考えずにか、かってに……おまえも気の毒だったな」
「気の毒って何が?」
きょとんと訊き返すアライグマにツネ次郎は戸惑った。ショックが大きくて記憶でも失ってしまったのではないだろうか。
「いや、その……おまえの知り合いが、さ」
まだアライグマは首を捻っている。しばしして合点が行ったのか、ぽんと手を拳で叩いた。
「キュウビの言ったこと信じてんのかよ。バカだなあ、おまえ」
「ば、ばか?」
オウムのように訊き返したツネ次郎をアライグマが鼻で笑った。
「そうだよ。ヒグマの大将が死ぬわけがねえ。スナドリネコには負けたらしいけど、それでもうちの森の大将さ。あれはオレたちを追い詰めるためのフカシだろうぜ。勝手に死んだことにされて、大将怒ってるに違いねえな」
「おい、現実から目を逸らすなよ!」
危ないと判断し、へらと笑うアライグマの肩を掴んで揺する。アライグマは笑いを消すと、じろりとツネ次郎を睨んだ。
「現実だって? おまえはタヌタローって奴の死体を見たのかよ? ヒグマの大将やアルフの死体を見たのかよ!? 現実ってのは自分の目で見たことだろ。一番信用できねえ奴の言葉をなんで信じられんだよ!?」
「あいつが嘘を吐く理由なんてどこにもないんだよ」
口角泡を飛ばすアライグマが一息つくのを待って、ツネ次郎は噛み砕くように告げた。だが、アライグマはその言葉を振り払った。顔をくしゃと歪めて、アライグマは吼えた。
「なんであいつの心中が分かるんだよ。嘘なんて理由なく吐くもんだろうが。クズリのオヤジなんて、いつもそうだ」
「アラ――」
「とにかく、オレは死体をこの目で見るまで信じねえからな! だから、アルフは生きてる! ヒグマの大将も生きてる! タヌタローって奴だって絶対に生きてる!」
「………………」
ツネ次郎はアライグマから手を離した。あまりにも儚い望みがアライグマを支えている。出来ることなら、ツネ次郎自身もそれを信じたいと思う。だが、そんな幻想に自分までもが沈んでしまえば、アライグマを支えてやる者がいなくなってしまう。
風雲再起はだめだ。彼はただ徒に、アライグマの支えを粉々に粉砕してしまうだろう。
『モウスグB-7駅、B-7駅ダベ。 オ降リノ際ハ 落チ着イテ 速ヤカニ降リルンダベ』
スピーカーからアナウンスが流れ、ゴンドラががたと音を立てた。少し揺れて、扉が開く。言葉もなく、二匹はゴンドラを降りた。さっきと同様、無人の構内を歩いて外に出る。
標高が上がったせいか、すこし肌寒く感じる。風雲再起の姿はない。
「アルフと会ったのはあっちだ。その周辺で休んでるかもしれねえ。あのウマは後から来るんだろ?」
「……そうだ、な。用心して行こうぜ」
「オレの鼻はよく利くんだ。任せとけよ」
自分の鼻を示し、アライグマは笑みを浮かべた。そして北西へと足を踏み出す。
ツネ次郎は一度崖の方を振り返り、アライグマの後を追った。
森の中へ熱を帯びた風が散っていく。
爆撃を受けたように木々が消滅した大地の中心にそれは居た。
白亜の身体を朱に染めながら、悠々と大地に座す姿は王者の威風を死して尚漂わせていた。氷を操る隼の姿は雄々しい白馬の生命の前に、跡形もなく消え去ってしまった。
悪戯心を起こした風がその鬣を揺らしては去っていく。白馬はそんな風に構うこともせず、ただ堂々と、ずっとそこに座り続けていた。
【B-7/一日目/朝】
【ツネ次郎@忍ペンまん丸】
【状態】:腹部に切創(碧双珠で回復中。ほぼ完治)、強い悲しみ
【装備】:印堂帯、碧双珠@十二国記
【道具】:支給品一式、石火矢(弾丸と火薬の予備×10)@もののけ姫 、マハラギストーン×3@真・女神転生if、風雲再起の支給品一式(不明支給品1~3、確認済)、参加者詳細名簿
【思考】
基本:まん丸たちと合流してここから脱出する。
0:タヌ太郎……
1:A-6駅へと向かう
2:風雲再起と合流する
3:まん丸を捜す
【備考】
※参加者の選定には何らかの法則があるのではと推測しています。
※会場と参加者が異世界の住人である可能性を認識しました。
※ペット・ショップの能力の一部と危険性を認識しました。
※死者の情報の一部を聞き逃しました。
【アライグマ@ぼのぼの】
【状態】:全身に擦り傷、疲労(小)、不安、混乱、決意
【装備】:おひさま仮面の衣装(仮面なし)@ぼのぼの、グリンガムのムチ@ドラゴンクエスト5
【所持品】:アルフの支給品一式、ペット・ショップの支給品一式、不明支給品1~3個、スピーダー六個@ポケットモンスター
【思考】
基本:元の世界へ戻る。
0:アルフもヒグマの大将も絶対に生きてる!
1:A-6駅に向かう
2:ツネ次郎、風雲再起と一緒にアルフを助ける
3:赤カブトもあわよくばやっつける
【備考】
※人間文明についての説明は受けましたが理解はしていません。
※手を組めそうな動物(アマテラス、ザフィーラ、ユーノ、アルフ、オーボウ、オカリナ、シエラ、コロマル)と危険視される動物の情報を得ました。
※放送内容を信じまいとしています。
※死者の情報の一部を聞き逃しました。
※B-7付近で超級覇王日輪弾による小さな爆発が起きました。その周囲のエリアで閃光や振動、爆音などが響いた可能性があります。
&color(red){【ペット・ショップ@ジョジョの奇妙な冒険 死亡】}
&color(red){【風雲再起@機動武闘伝Gガンダム 死亡】}
&color(red){【残り36匹】}
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|038:[[暁を乱すもの]]|ツネ次郎|064:[[へんたいトリロジー ~爪とヒマワリの章~]]|
|042:[[参上!太陽の使者!その名は…]]|アライグマ|064:[[へんたいトリロジー ~爪とヒマワリの章~]]|
|042:[[参上!太陽の使者!その名は…]]|&color(red){ペット・ショップ}|&color(red){死亡}|
|038:[[暁を乱すもの]]|&color(red){風雲再起}|&color(red){死亡}|
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