「雨迷風影」(2010/11/05 (金) 21:10:31) の最新版変更点
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*雨迷風影 ◆TPKO6O3QOM
保健所らしき建物が見えた。強さを増す風に吹き飛ばされぬよう、マントを抑えながらニャースは叢を駆け抜ける。マントの透明化機能を用いているが、草を踏みつけ走る事象までが消えるわけではない。臭いの道筋が消えるわけではない。
人間はどうでも、獣を誤魔化しきることは難しい代物だ。
殺し合いに乗った獣が今にも飛びかかってくるのではないか。彼の鼻と耳が周囲に誰も居ないことを報せているにも関わらず、視えぬ恐怖に身を縛られていた。
頭を占めるのは墓地に置き去りにしてきたアマテラスのことだ。そして、白毛のライコウのような獣のこと――。
アマテラスは不可思議な技を持っている。充分に勝てるはずだ。だから大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせ続けている。しかし、それを別の思考が両断する。
それならば、なぜアマテラスは追いついてこないのか。
滲みだす涙を振り払い、ニャースは這う這うの体で叢から飛び出した。
入り口の手前でマントを脱ぎ捨て、屋内へと飛び込む。
「オカリナ! プックル! ニャースにゃ! アマ公がっ……」
助けを求めた声は、がらんとした室内の空気の中で萎んでいった。大声で叫んだにも関わらず、誰も出てくる気配はない。冷えた空気が室内に渦を巻き、何処かへと抜けて行く。
誰も居ない。ここで落ち合う約束をしたというにも関わらずだ。
(まさか、ここも襲われたにゃか!?)
その考えに、さぁと血の気が引いていく。しかし、辺りをよく確認してみれば、リノウム張りの床に獣毛が散らばってはいるものの、争ったような痕跡はない。
ただし、何者かの接近に気付いてここを後にした場合も考え得る。
尻尾をせわしなく揺らしながら、ニャースは痕跡を探して玄関ホールを歩き回った。ふと、受付カウンターに紙きれが乗せられていることに気付く。
その紙には綺麗な筆跡で、オカリナとプックルは学校で見つかった人間の男の許に向かったこと、そして楽俊が何者かに襲われたらしいことが書かれていた。
楽俊が襲われた。その記述に、ニャースは頭を殴られたようなショックを受けた。楽俊には襲われても、それに対処する力がない。一度だけ物理的な衝撃を反射すると言う鏡を持っていたが、それがどれほど役に立つだろうか。
もし自分が保健所へと向かうなんて考えを起こさなければ、もしくはもっと強く誘っていればこの事態は避けられたかもしれない。白い猛獣に襲われることは変わらないとしても、三者がばらばらになることは回避できた。
最悪、この地でずっと行動を共にしてきた友人を二人同時に失ったことになる。後悔と孤独に、全身が泡立っていく。
そして何より気に障るのは、オカリナたちが襲われた楽俊よりも、学校に現れたという人間の男を優先したことだ。脱出に繋がるかもしれない光明を見つけ出したのは楽俊だというのに、二匹は彼を見捨てたのだ。
彼女らの選択は、ホテルに向かっているはずのピカチュウを信頼した上でなのかもしれない。冷静に間に合わないと判断したのかもしれない。
しかし、その前に大きな疑問がある。
どうやって彼女らはその情報を知ったのだろうか。
考えられるのは、逃げのびた楽俊から直接連絡を受けたか。それとも、襲われた現場に居合わせたのか。
後者に関しては、何か新たな情報を得た楽俊がオカリナたちに電話でそれを伝えようとする様は容易に想像できる。その最中に楽俊が襲われたのなら充分知り得れる。
どちらにしろ、襲撃を知った時点では手遅れだ。それは分かる。
だから、まだ事態の終わっていない人間のことを選択するのは理にかなっているとも思う。
だが、感情が納得しない。待っていてくれても良かったのにと思ってしまう。
そうであれば、合流した所でアマテラスを援護に行き、ホテルに突入し、そして学校へ向かう。そんな手だって打てたのだ。
けれども、今のニャースにはここでオカリナたちの帰りを待つか、彼女らを追うことの二つの道しか残されていない。楽俊とアマテラスの両方を一時的にしろ見捨てなければならないのだ。
かといって、自分が救援にいったところで足手纏いになるのは明白だ。己の無力さに対し、低い唸り声が喉から洩れる。
ニャースは苛立たしげに床を踏みならし、外へ飛び出した。外にはまだオカリナかプックルのものらしき臭いの道が色濃く残っている。
出ていって間もないということだ。すぐに追いかければ、合流できるかもしれない。
ニャースはマントを拾い上げて頭から被ると、臭いを追いかけ始めた。透明化した上で、北へと続く道を只管に走る。傍から見れば、二つの肉球が地面を叩く音だけが路上に響く奇妙な現象に映ったことだろう。
線路を渡り終わった所で、ぽつぽつと雨粒が地面に落ち始めた。降り出す前に合流したかったのにと、ニャースは足を速めた。途中で何らかのトラブルに見舞われて目的地を変更しないとも限らない。
雨足はどんどん強くなっていく。ニャースは煩わしげに布を内側から払った。
もともとマントのサイズが大きくて引き摺っていたのだが、それに加えて雨にぬれた布はべたべたとニャースの手足や尻尾に絡みついてくる。幾度かは足を取られ、転びそうにすらなった。
風に煽られた雨粒が容赦なくニャースの顔面を叩いていく。
オカリナたちの痕跡はとうに雨に洗い流されてしまっていた。もう、彼女らが学校に向かったのだと信じるしかない。
北へ進むにつれ、突き立った丸太や大きく割られた地面など、異様な光景が目に付くようになった。
戦闘の跡――と判別するには戸惑われるぐらいに破壊されている。この破壊をやってのけるような獣がここに居たのだ。これに巻き込まれたのはオカリナたちなのか。破壊者はまだ近くに居るのか。
思わず立ち止まって周囲を見渡したニャースの目に、大きな影が雨の帳の向こうに佇んでいるのが映る。
マントの機能が働いていることを再確認して、ニャースは影に用心深く近づいた。リザードのような姿をした、とても大きな獣だ。鎧を着こんでいることから見て、獣というよりも楽俊に近い存在なのだろう。
獣人はこれまた大きな剣のようなものを突き立てると、地面から何かを拾い上げた。布のようだ。それを打ち広げ、何度か雨の中で振り回しては泥を払っている。
破壊者は目の前の獣だと、直感がニャースに伝えていた。
(う、迂回せにゃ……東は――ダメにゃから、西の森から……)
首を西に巡らせた時、ニャースは息をのんだ。獣人から十メートルほど離れた所に何かが転がっている。それは獣の死体のように見えた。
この破壊の犠牲者か。これがオカリナたちが学校に向かった後に行われたかどうかが問題だった。もしかすれば、そこに転がっているのがオカリナかプックルなのかもしれない。
布を羽織り直していた獣人が動きを止めた。ゆっくりとニャースの方に目を向ける。
存在がばれたのか。だが、今ニャースは透明になっているのだ。下手に動きさえしなければ、気のせいだと思ってくれるはずだ。
ニャースはじっと息を殺した。ただ視線を向けられているだけなのに、全身に悪寒が奔るのだ。震える足が視界を揺らした。雨とは別に、冷や汗が身体を湿らせていく。
(ここにはにゃんにもいないにゃ。はよぅ、あっち行け。ぜーんぶ、おみゃあの気のせいにゃから!)
胸中で、必死に相手が去ってくれることを願った。しかし、その願いに応えたのは飛沫を上げる踏み込みの音だった。傍らの大剣を引き抜いた獣人が、ニャースの方へと一直線に突進してくる。見えていないはずなのに、その足運びに迷いはない。
(にゃ、にゃして――!?)
ニャースは泡を食って、逃走に移ろうとした。しかし、極度の緊張に痺れた足は言うことを聞かない。無理に動かした足は、あろうことかマントを踏み付け、ニャースは背中から地面に大きく転倒した。
酷く緩慢に視界の風景が曇天へと変わっていく。雨粒がマントを叩く音だけが、やたら大きく聞こえた。
(そうか! 雨ゃ粒で……!)
倒れながら、獣人がニャースの位置を正確に把握していた理由に気付いた。宙で雨粒が弾けていれば、誰だって怪しむだろう。気付いた所で、もう無意味だが――。
目の前を鋼の塊が颶風と共に通り過ぎた。中空にその軌跡が一瞬だけ残るも、すぐに雨粒の幕がそれを覆い隠していく。
転んだ拍子にニャースはマントの加護から抜け出てしまった。宙から浮き出たように、猫の姿が水溜りに現れた。
主を失ったことで、マントもその白い姿を雨雲の下に曝した。泥水で見るも無残に汚れてしまっている。拾う間もなく、マントは太い足に踏みつけられて泥の中へと沈んだ。
ニャースは視線を上げた。
獣人は振り抜いた剣を頭上に掲げ、その棟に左手を添えている。ニャースを見下ろす細い虹彩は、雨よりも冷たく彼を貫いていた。抵抗する僅かな意気地すら打ち砕く、覇者の視線だ。
振り上げられた刃は、ニャースに己の死が不可避であることを如実に語っていた。これは絶対の、王の宣告だ。鋼の上に躍る雨粒の一つ一つがはっきりと見えた。
しかし、死を前にしているというのに、ニャースの心は酷く静かだった。受け入れざるをえない死は、寧ろ生き物を悟りに近い境地へと至らせるのかもしれない。身体から力が抜け、ただ終わりの時を待つ。
生きることを諦めたとき、死は恐怖ではなくなるらしい。
「……おみゃあは何で殺し合いに乗ったのにゃ?」
獣人の視線を真っすぐ見返しながら、ニャースは穏やかに問い掛けた。振り下ろさんと蠢いた獣人の腕がぴたと止まる。
「聞いてどうする? 最後の足掻きを止めはせんが、時間稼ぎなら無駄だと思うぞ」
応える獣人の声は寧ろ優しかった。大きなマントから覗く鎧はボロボロで、手足や顔には幾つものの新しい傷がある。余程の激戦を重ねて来たらしい。しかし、それらの傷は獣人の風格を微塵も殺ぐには至っていない。
ニャースは小さく笑みを零す。
「そういうのじゃにゃい。ただ、自分が死ぬ理由ぐらい知っておきたいにゃろ」
目の前に居る獣人は恐怖に駆られてキュウビの目論見にのるような手合いではない。そんな男が参加者全員と敵対してまで殺し合う理由は何か。
血を好む戦闘狂であるならば、とっくに刃は振り下ろされているだろう。
かといって、時間をかけて嬲ることを楽しむ嗜虐趣味にも見えない。獣人の隻眼にあるのは、獰猛でこそあるものの、とても理知的な光だ。
消去法で、キュウビの齎す賞品が目当てということになる。この覇王のような獣が、数十の命を奪ってまでも叶えたい願いだ。興味がないと言えば嘘になる。
獣人は苦笑を刻んだ。肩に大剣を乗せ、吐息をつく。
「さっさとこの戯れを終わらせるためだ。ロモスの地にて大事な任務があってな、悠長にもしてられん」
「……早く帰りたいだけ、にゃのか?」
「身も蓋もない言い方をすればそうなるな」
獣人はもう終わりだとばかりに、大剣を構え直した。
それを見据えながら、ニャースの思考は再び回転を始めた。
ただ帰りたいだけ――。
胸中でもう一度反駁する。
獣人は誰かを殺してまで叶えたい願いがあったわけではない。元の世界へ戻る最短の手段として、殺し合いに乗ることを選択しただけなのだ。
ただ帰還することが目的ならば、必ずしも殺し合いに乗らねばならないわけではない。殺し以外の代替案を提示できれば――それを相手に納得させられれば、死を免れられるかもしれない。
事態を切りける糸口を見つけたことで、ニャースの中で生への渇望が狂おしいまでに燃え上がっていく――。
「さて、覚悟は――」
「そ、その首輪! 首輪、外したくはにゃいか!?」
ニャースは口早に叫んだ。再び動きを妨げられた獣人の目に苛立ちが灯る。それを無視し、ニャースは続けた。相手が動こうとする前に、舌で攻め切るのだ。
「き、キュウビはこれが呪法と言っていたにゃ! たとえ最後の一匹ににゃれたとしても、無事還してくれるとは限らにゃい。いや、むしろ還さない可能性の方が余っ程高いにゃ! こんにゃ殺し合いを強要する奴を信用するにゃんて、これっぽっちも出来にゃい。そうにゃろ!?」
「……還さぬのならば、あの魔王を後悔させてやるだけだ」
「考えが足らん奴だにゃー。反抗すれば、キュウビは首輪を爆発させるだけにゃ。そうにゃれば、おみゃあは大事な任務とやらには戻れにゃいにゃー」
わざと挑発するような口調で告げる。そうやって自分を鼓舞しなければ、舌が固まってしまいそうだった。膨れ上がる獣人の怒気に竦み上がりながらも、ニャースは言葉を重ねていく。
「く、首輪を付けられている限り、にゃーたちはキュウビと同じ土俵の上で対峙することすらかにゃわない。帰るために殺し合いに乗るのも結構にゃが、そりゃキュウビの掌で踊っているだけ。さっきの剛毅な言葉も、け、獣が檻の中で勇ましく吼えているような、もんにゃ」
「……貴様ならば、この首輪が外せると?」
「外せるだけの技術と知識は持ってるつもりにゃ。首輪に機械の類が使われていることも、幾つかの情報から確信を以て判断できる域にまできているにゃ。大体、こ、これから、首輪をどこかで手に入れ、研究所で解析する予定にゃった。巻き込まれた獣たちの中で、こういった技術を扱える奴が他にいると思っているのかにゃ!?」
幾つか嘘に近い事実を織り込みながら告げる。獣人が獰猛に歯を剥いた。
「いないとも限らんだろ」
「おみゃあはあの線路を走る車が何ゃにで動いているか、知っているにゃか?」
「……魔法には違いあるまい」
「おみゃあはアホか。ありゃ架線から電力を取り込み、主制御機で電圧を制御された電流をメインエンジンに通して、そこで生まれた動力が歯車を回転させて車軸に力が伝達されることで車輪が動いているんだにゃ。そんにゃことも分かってにゃい癖に、にゃーを殺して首輪を外すチャンスをふいにするんかにゃ!? にゃーを殺して、キュウビに尻尾振ってご機嫌を取る方がいいんにゃか!」
「………………」
沈黙を雨音が埋めて行く。愚弄され、獣人の隻眼は憤怒に染まっている。獣人の中で、ニャースは惨たらしく何十回も殺されていることだろう。
掲げられた両腕は爆発を求め、別種の生き物のように細かく収縮している。いつ両断されてもおかしくない。
それでも殺意の衝動が抑え込まれているのは、獣人が高い知性と理性を有している証拠だ。ニャースの言葉を吟味し、何が一番己の益となるかを考えている。
ニャースは唾を無理やり呑み込んだ。もう一押しで、自分を殺さないだけの価値があると思わせられる。
「首輪が解除出来れば、爆破の心配はにゃくなる。それに首輪を外してやると言われて、嫌がる奴はいにゃいにゃ。生き残った全員の首輪が外されれば、キュウビは何らかの動きを見せる筈にゃ。それが脱出の好機ににゃる」
「………………」
「全員の首輪の解除と、おみゃあが皆殺しを完遂させるのとどっちが早いか分からにゃい。にゃけど――」
「……もういい。分かった」
ニャースの言葉は獣人の苛立った声に遮られた。
構えられていた大剣がゆっくりと地面に下ろされていく。獣人は深く大きく息を吐いた。
「おまえの命、しばし預けよう」
殺意を全身に湛えたまま、獣人は苦々しく告げた。その言葉を聞いた途端に緊張が解け、膝の力が抜ける。前足で身体を支えながら、ニャースは声を絞り出した。
「ほ、ほんとか!?」
「ああ。だが、首輪が解除できないようであれば、その場で殺す」
獣人の大剣の切っ先がニャースの鼻先に向けられる。禍々しい鉄塊の圧力に息が詰まった。剣先はすぐに除けられたが、ニャースの呼吸が再開されるのには数十秒を要した。
殺気だけで心臓を止められそうだ。
こんな相手を自分は挑発を口にし、取引を申し出たのか。今更ながら、己の無謀さに怖気がはしる。
獣人は剣を肩に担ぐと、ニャースに立てと告げた。
「こいつは預かっておく。逃げられちゃ敵わんからな」
獣人は踏みつけていたシルバーケープを拾うと、それを自分のデイバッグへと突っ込んだ。逃がしてくれるのではなかったのだろうかと、ニャースは目を白黒とさせた。
「……もしかして、おみゃあも来る気か?」
「当然だろう。それとも、同行されては不味いわけでもあるのか? あの強きな発言は、やはり嘘か?」
そうであるなら死ねと、獣人の刃が語っていた。ニャースはぶんぶんと首を横に振って立ちあがる。
「そのためには自由にできる首輪が必要だな。付いてこい」
有無を言わさぬ声に、ニャースは黙って従った。獣人が向かった先は、あの死体の許だった。長い犬歯を持つ、大型のペルシアンのような獣が胸部を両断されて絶命している。
断面からは臓器が毀れ、流れ出た血が泥水と混じって周囲に赤黒い池を作っていた。
その遺骸に歩み寄ると、獣人は大剣を振り下ろした。
斬ると言うよりも押し潰すような光景だった。肉と骨が爆ぜる音が雨の中でもはっきりと聞こえた。跳ね飛ばされた頭部が泥水の中を転がる。
獣人がその頭部を拾い上げ、首輪を丁寧に抜いていく。ニャースはというと、膝をついて声もなく嘔吐していた。オカリナらと何事もなく合流していたとしても、似たような光景を目にすることになった筈だが、それでも直視し続けるなど無理だった。
しかも――あれはオカリナかプックルの可能性だってあるのだ。顔を上げて死体を見る。力なく横たわった下半身には毛皮に包まれた睾丸があった。
(あれは……違うにゃ。オカリナはメスにゃし。あの獣の顔は、プックルというよりもゲレゲレという感じにゃ。だから……薄情者の二匹は無事に――)
口の中で弁解を呟いていたニャースの許に首輪が放られた。泥水の中に落ちた首輪には小さな肉片と獣毛がこびりついていた。それを見て、出しつくしたはずの胃液が再び喉を焼く。
その様子を気に掛けることもなく、獣人は大剣についた血脂をマントで拭った。
「道具は揃ったな。一度、オレの連れの所へ戻る。それから研究所とやらに行くぞ」
反応しないニャースに、獣人がマントを打ち鳴らす。その音に弾かれたようにニャースは身を起こすと、首輪を拾った。
それを見ることもなく、獣人は踵を返して北の森へと入っていく。ニャースが付いてくるかどうか、確認する素振りすらない。
本当のところ、他者がどう動こうとあの男には関係がないのだ。意に沿わなければ殺すだけ。それを可能とするだけの力は持っている。今ニャースが逃走すれば、すぐさまあの大剣が飛んできて、ニャースの身体を打ち砕くだろう。
それに対して、ニャースには獣人の言葉に従うより他に命を繋ぐ術がない。オカリナたちが人間を優先したように、自分もまた命のために結局楽俊らを見捨てるのだ。
ニャースは顔をしわくちゃにしながら獣人を追い出した。泣いているのか、篠突く雨のせいで自分でも分からない。
風に惑った雨は隔てなく、全てを洗い流そうとしている。
首輪が腕の中でぬちゃぬちゃと音を立てて揺れていた。
【D-2/一日目/正午】
【チーム:主をもつ魔物達】
【共通思考】
1:緑ダルマ(ケロロ)に会ったら『ガンプラ』を取り戻す。
2:仲間になれそうな動物を見つけたら仲間に入れる。敵なら倒す。
3:お城に向かう
4:脱出の手がかりを探す。
【備考】
※互いの知り合い、世界や能力等について情報交換しました。
※それぞれが違う世界から呼ばれたと気付きました。
※ディアルガ、パルキア、セレビィ等のポケモンや、妖精等の次元や時空を操る存在がキュウビによって捕らえられているかもしれないと考えています。
※この会場にいる獣達は全員人間とかかわりをもつ者だと勘違いしています。
※その間違えた前提を元にキュウビの呪法が人間に対してつかわれるものだと推測しています。
※『ガンプラ』が強力な武器だと誤解しています。
※ケロロ(名前は知らない)が怪力の持ち主だと誤解しています
※『世界の民話』に書かれている物語が異世界で実際に起きた出来事なのではと疑っています。ハクオロ@うたわれるもの、ラヴォス@クロノトリガー、野原一家@クレヨンしんちゃん、主人公@ドラゴンクエスト5について書かれていたようです。
【オカリナ@ハーメルンのバイオリン弾き】
【状態】魔力消費(中~大)
【装備】なし
【道具】支給品一式、ミニ八卦炉@東方project、世界の民話、治療用の薬各種、不明支給品0~2個(治療道具ではない)
【思考】
基本:ゲームには載らない。キュウビを倒す……だけどもし――。
1:C-4の学校に向かい重症の男を治療する。
2:そこでニャースとプックルを待つ。
3:オーボウと、ピカチュウの知り合いを探す。
4:できるならミニ八卦炉は使いたくない
※参戦時期は死亡後です。
※自分の制限について勘付きました。
※人間と関係ない参加者もいるのではと思っています。
※ケットシーを危険な獣と判断しました。
※治療用の薬の内訳は後の書き手にお任せします。
※オカリナの考察
・無意味に思えるアイテムを混ぜて、誰かが参加者に何かを知らせようとしているのではないか。
・キュウビ一味は一枚岩ではない。
・縁者を人質にとり、殺し合いを強制してくるのではないか。全員ではないにしても、部外者が拘束されている。
※プックルの反論
・呪法=殺し合いとは限らない
・殺し合いは目くらましかも
【ニャース@ポケットモンスター】
【状態】:健康、疲労(中)、びしょ濡れ
【装備】:キラーパンサーの首輪
【道具】:支給品一式、エルルゥの薬箱@うたわれるもの(1/2ほど消費)、野原ひろしの靴下@クレヨンしんちゃん、麦の入った皮袋@狼と香辛料、アマテラスの支給品一式(食料:ほねっこ)と不明支給品1~3個(確認済)
【思考】
基本:殺し合いからの脱出
1:クロコダインに従う
2:研究所で首輪の解析
3:アマテラスや楽俊、ついでにオカリナたちが心配
[備考]
※異世界の存在について、疑わしいと思いつつも認識しました。
※キュウビや他の参加者をポケモンだと考えていますが、疑い始めています。
※アマテラスが、ただの白いオオカミに見えています。
※ピカチュウたちと情報交換しました。
※楽俊の仮説を知りました。
※この会場にいる獣達は全員人間とかかわりをもつ者だと勘違いしています。
※首輪と死体がプックルのものだと気付いていません
【クロコダイン@ダイの大冒険】
【状態】:疲労(小)、多数の打撲(中。特に腹部)、右目失明(治療済)、多数の浅い裂傷(小。特に右腕)
【装備】:覇陣@うたわれるもの、王者のマント@ドラゴンクエスト5、クロコダインの鎧(腹部と左肩の装甲破損) 、眼帯(ただの布切れ@ドラゴンクエスト5、ビアンカのリボン@ドラゴンクエスト5)
【所持品】クロコダインの支給品一式、シルバーケープ@魔法少女リリカルなのはシリーズ
【思考】
基本:全参加者の殺害。許されるなら戦いを楽しみたい。でも首輪が解除されたのなら……
1:酒場に戻る
2:研究所へニャースを連れて行き、首輪を解除させる。
3:シエラが今のままならば契約は解消する? それとも悩みを聞いてやる?
4:イギーは今度こそ殺害する
5:シエラとラルクの実力が楽しみ
最終:キュウビの儀式を終わらせ、任務に戻る
【備考】
※クロコダインの参戦時期はハドラーの命を受けてダイを殺しに向かうところからです。
※参加者は全員獣型の魔物だと思っています。
※キュウビを、バーンとは別の勢力の大魔王だと考えています。
※身体能力の制限に気づきました。
※戦闘における距離感を大分取り戻しました。
※しばらくは右腕だけで覇陣を扱うのは難しそうです。
※シルバーケープは泥水で相当汚れていますが、使用に問題はありません。
※D-2の道付近に、三分割されたプックルの死体とデイバッグ{支給品一式×2、柿の葉っぱ@ペルソナ3、きのみセット@ポケットモンスター(クラボのみ、カゴのみ、モモンのみ、チーゴのみ、ナナシのみ、キーのみ)}が落ちています。
炎の爪@ドラゴクエスト5は前足に装着されています。
※D-2の地面は陥没したり丸太が突き刺さっていたりと荒れています。
【柿の葉っぱ@ペルソナ3】
巌戸台駅前商店街にある古本屋「本の虫」の北村老夫妻にとって息子との絆の証ともいえる柿の木の葉っぱ。柿の木は月光館学園の中庭に植えられている。
&color(red){【キラーパンサー@ドラゴンクエスト5 死亡】}
&color(red){【残り25匹】}
*時系列順で読む
Back:[[風は悽愴]] Next:[[黒い牙]]
*投下順で読む
Back:[[風は悽愴]] Next:[[GREN~誤解の手記と鍾乳洞~]]
|084:[[Four Piece of History]]|オカリナ||
|084:[[Four Piece of History]]|&color(red){プックル}|&color(red){死亡}|
|077:[[闇よりほかに聴くものもなし]]|クロコダイン|090:[[SPIRITs away]]|
|071:[[Dances with the Goddess]]|ニャース|090:[[SPIRITs away]]|
*雨迷風影 ◆TPKO6O3QOM
保健所らしき建物が見えた。強さを増す風に吹き飛ばされぬよう、マントを抑えながらニャースは叢を駆け抜ける。マントの透明化機能を用いているが、草を踏みつけ走る事象までが消えるわけではない。臭いの道筋が消えるわけではない。
人間はどうでも、獣を誤魔化しきることは難しい代物だ。
殺し合いに乗った獣が今にも飛びかかってくるのではないか。彼の鼻と耳が周囲に誰も居ないことを報せているにも関わらず、視えぬ恐怖に身を縛られていた。
頭を占めるのは墓地に置き去りにしてきたアマテラスのことだ。そして、白毛のライコウのような獣のこと――。
アマテラスは不可思議な技を持っている。充分に勝てるはずだ。だから大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせ続けている。しかし、それを別の思考が両断する。
それならば、なぜアマテラスは追いついてこないのか。
滲みだす涙を振り払い、ニャースは這う這うの体で叢から飛び出した。
入り口の手前でマントを脱ぎ捨て、屋内へと飛び込む。
「オカリナ! プックル! ニャースにゃ! アマ公がっ……」
助けを求めた声は、がらんとした室内の空気の中で萎んでいった。大声で叫んだにも関わらず、誰も出てくる気配はない。冷えた空気が室内に渦を巻き、何処かへと抜けて行く。
誰も居ない。ここで落ち合う約束をしたというにも関わらずだ。
(まさか、ここも襲われたにゃか!?)
その考えに、さぁと血の気が引いていく。しかし、辺りをよく確認してみれば、リノウム張りの床に獣毛が散らばってはいるものの、争ったような痕跡はない。
ただし、何者かの接近に気付いてここを後にした場合も考え得る。
尻尾をせわしなく揺らしながら、ニャースは痕跡を探して玄関ホールを歩き回った。ふと、受付カウンターに紙きれが乗せられていることに気付く。
その紙には綺麗な筆跡で、オカリナとプックルは学校で見つかった人間の男の許に向かったこと、そして楽俊が何者かに襲われたらしいことが書かれていた。
楽俊が襲われた。その記述に、ニャースは頭を殴られたようなショックを受けた。楽俊には襲われても、それに対処する力がない。一度だけ物理的な衝撃を反射すると言う鏡を持っていたが、それがどれほど役に立つだろうか。
もし自分が保健所へと向かうなんて考えを起こさなければ、もしくはもっと強く誘っていればこの事態は避けられたかもしれない。白い猛獣に襲われることは変わらないとしても、三者がばらばらになることは回避できた。
最悪、この地でずっと行動を共にしてきた友人を二人同時に失ったことになる。後悔と孤独に、全身が泡立っていく。
そして何より気に障るのは、オカリナたちが襲われた楽俊よりも、学校に現れたという人間の男を優先したことだ。脱出に繋がるかもしれない光明を見つけ出したのは楽俊だというのに、二匹は彼を見捨てたのだ。
彼女らの選択は、ホテルに向かっているはずのピカチュウを信頼した上でなのかもしれない。冷静に間に合わないと判断したのかもしれない。
しかし、その前に大きな疑問がある。
どうやって彼女らはその情報を知ったのだろうか。
考えられるのは、逃げのびた楽俊から直接連絡を受けたか。それとも、襲われた現場に居合わせたのか。
後者に関しては、何か新たな情報を得た楽俊がオカリナたちに電話でそれを伝えようとする様は容易に想像できる。その最中に楽俊が襲われたのなら充分知り得れる。
どちらにしろ、襲撃を知った時点では手遅れだ。それは分かる。
だから、まだ事態の終わっていない人間のことを選択するのは理にかなっているとも思う。
だが、感情が納得しない。待っていてくれても良かったのにと思ってしまう。
そうであれば、合流した所でアマテラスを援護に行き、ホテルに突入し、そして学校へ向かう。そんな手だって打てたのだ。
けれども、今のニャースにはここでオカリナたちの帰りを待つか、彼女らを追うことの二つの道しか残されていない。楽俊とアマテラスの両方を一時的にしろ見捨てなければならないのだ。
かといって、自分が救援にいったところで足手纏いになるのは明白だ。己の無力さに対し、低い唸り声が喉から洩れる。
ニャースは苛立たしげに床を踏みならし、外へ飛び出した。外にはまだオカリナかプックルのものらしき臭いの道が色濃く残っている。
出ていって間もないということだ。すぐに追いかければ、合流できるかもしれない。
ニャースはマントを拾い上げて頭から被ると、臭いを追いかけ始めた。透明化した上で、北へと続く道を只管に走る。傍から見れば、二つの肉球が地面を叩く音だけが路上に響く奇妙な現象に映ったことだろう。
線路を渡り終わった所で、ぽつぽつと雨粒が地面に落ち始めた。降り出す前に合流したかったのにと、ニャースは足を速めた。途中で何らかのトラブルに見舞われて目的地を変更しないとも限らない。
雨足はどんどん強くなっていく。ニャースは煩わしげに布を内側から払った。
もともとマントのサイズが大きくて引き摺っていたのだが、それに加えて雨にぬれた布はべたべたとニャースの手足や尻尾に絡みついてくる。幾度かは足を取られ、転びそうにすらなった。
風に煽られた雨粒が容赦なくニャースの顔面を叩いていく。
オカリナたちの痕跡はとうに雨に洗い流されてしまっていた。もう、彼女らが学校に向かったのだと信じるしかない。
北へ進むにつれ、突き立った丸太や大きく割られた地面など、異様な光景が目に付くようになった。
戦闘の跡――と判別するには戸惑われるぐらいに破壊されている。この破壊をやってのけるような獣がここに居たのだ。これに巻き込まれたのはオカリナたちなのか。破壊者はまだ近くに居るのか。
思わず立ち止まって周囲を見渡したニャースの目に、大きな影が雨の帳の向こうに佇んでいるのが映る。
マントの機能が働いていることを再確認して、ニャースは影に用心深く近づいた。リザードのような姿をした、とても大きな獣だ。鎧を着こんでいることから見て、獣というよりも楽俊に近い存在なのだろう。
獣人はこれまた大きな剣のようなものを突き立てると、地面から何かを拾い上げた。布のようだ。それを打ち広げ、何度か雨の中で振り回しては泥を払っている。
破壊者は目の前の獣だと、直感がニャースに伝えていた。
(う、迂回せにゃ……東は――ダメにゃから、西の森から……)
首を西に巡らせた時、ニャースは息をのんだ。獣人から十メートルほど離れた所に何かが転がっている。それは獣の死体のように見えた。
この破壊の犠牲者か。これがオカリナたちが学校に向かった後に行われたかどうかが問題だった。もしかすれば、そこに転がっているのがオカリナかプックルなのかもしれない。
布を羽織り直していた獣人が動きを止めた。ゆっくりとニャースの方に目を向ける。
存在がばれたのか。だが、今ニャースは透明になっているのだ。下手に動きさえしなければ、気のせいだと思ってくれるはずだ。
ニャースはじっと息を殺した。ただ視線を向けられているだけなのに、全身に悪寒が奔るのだ。震える足が視界を揺らした。雨とは別に、冷や汗が身体を湿らせていく。
(ここにはにゃんにもいないにゃ。はよぅ、あっち行け。ぜーんぶ、おみゃあの気のせいにゃから!)
胸中で、必死に相手が去ってくれることを願った。しかし、その願いに応えたのは飛沫を上げる踏み込みの音だった。傍らの大剣を引き抜いた獣人が、ニャースの方へと一直線に突進してくる。見えていないはずなのに、その足運びに迷いはない。
(にゃ、にゃして――!?)
ニャースは泡を食って、逃走に移ろうとした。しかし、極度の緊張に痺れた足は言うことを聞かない。無理に動かした足は、あろうことかマントを踏み付け、ニャースは背中から地面に大きく転倒した。
酷く緩慢に視界の風景が曇天へと変わっていく。雨粒がマントを叩く音だけが、やたら大きく聞こえた。
(そうか! 雨ゃ粒で……!)
倒れながら、獣人がニャースの位置を正確に把握していた理由に気付いた。宙で雨粒が弾けていれば、誰だって怪しむだろう。気付いた所で、もう無意味だが――。
目の前を鋼の塊が颶風と共に通り過ぎた。中空にその軌跡が一瞬だけ残るも、すぐに雨粒の幕がそれを覆い隠していく。
転んだ拍子にニャースはマントの加護から抜け出てしまった。宙から浮き出たように、猫の姿が水溜りに現れた。
主を失ったことで、マントもその白い姿を雨雲の下に曝した。泥水で見るも無残に汚れてしまっている。拾う間もなく、マントは太い足に踏みつけられて泥の中へと沈んだ。
ニャースは視線を上げた。
獣人は振り抜いた剣を頭上に掲げ、その棟に左手を添えている。ニャースを見下ろす細い虹彩は、雨よりも冷たく彼を貫いていた。抵抗する僅かな意気地すら打ち砕く、覇者の視線だ。
振り上げられた刃は、ニャースに己の死が不可避であることを如実に語っていた。これは絶対の、王の宣告だ。鋼の上に躍る雨粒の一つ一つがはっきりと見えた。
しかし、死を前にしているというのに、ニャースの心は酷く静かだった。受け入れざるをえない死は、寧ろ生き物を悟りに近い境地へと至らせるのかもしれない。身体から力が抜け、ただ終わりの時を待つ。
生きることを諦めたとき、死は恐怖ではなくなるらしい。
「……おみゃあは何で殺し合いに乗ったのにゃ?」
獣人の視線を真っすぐ見返しながら、ニャースは穏やかに問い掛けた。振り下ろさんと蠢いた獣人の腕がぴたと止まる。
「聞いてどうする? 最後の足掻きを止めはせんが、時間稼ぎなら無駄だと思うぞ」
応える獣人の声は寧ろ優しかった。大きなマントから覗く鎧はボロボロで、手足や顔には幾つものの新しい傷がある。余程の激戦を重ねて来たらしい。しかし、それらの傷は獣人の風格を微塵も殺ぐには至っていない。
ニャースは小さく笑みを零す。
「そういうのじゃにゃい。ただ、自分が死ぬ理由ぐらい知っておきたいにゃろ」
目の前に居る獣人は恐怖に駆られてキュウビの目論見にのるような手合いではない。そんな男が参加者全員と敵対してまで殺し合う理由は何か。
血を好む戦闘狂であるならば、とっくに刃は振り下ろされているだろう。
かといって、時間をかけて嬲ることを楽しむ嗜虐趣味にも見えない。獣人の隻眼にあるのは、獰猛でこそあるものの、とても理知的な光だ。
消去法で、キュウビの齎す賞品が目当てということになる。この覇王のような獣が、数十の命を奪ってまでも叶えたい願いだ。興味がないと言えば嘘になる。
獣人は苦笑を刻んだ。肩に大剣を乗せ、吐息をつく。
「さっさとこの戯れを終わらせるためだ。ロモスの地にて大事な任務があってな、悠長にもしてられん」
「……早く帰りたいだけ、にゃのか?」
「身も蓋もない言い方をすればそうなるな」
獣人はもう終わりだとばかりに、大剣を構え直した。
それを見据えながら、ニャースの思考は再び回転を始めた。
ただ帰りたいだけ――。
胸中でもう一度反駁する。
獣人は誰かを殺してまで叶えたい願いがあったわけではない。元の世界へ戻る最短の手段として、殺し合いに乗ることを選択しただけなのだ。
ただ帰還することが目的ならば、必ずしも殺し合いに乗らねばならないわけではない。殺し以外の代替案を提示できれば――それを相手に納得させられれば、死を免れられるかもしれない。
事態を切りける糸口を見つけたことで、ニャースの中で生への渇望が狂おしいまでに燃え上がっていく――。
「さて、覚悟は――」
「そ、その首輪! 首輪、外したくはにゃいか!?」
ニャースは口早に叫んだ。再び動きを妨げられた獣人の目に苛立ちが灯る。それを無視し、ニャースは続けた。相手が動こうとする前に、舌で攻め切るのだ。
「き、キュウビはこれが呪法と言っていたにゃ! たとえ最後の一匹ににゃれたとしても、無事還してくれるとは限らにゃい。いや、むしろ還さない可能性の方が余っ程高いにゃ! こんにゃ殺し合いを強要する奴を信用するにゃんて、これっぽっちも出来にゃい。そうにゃろ!?」
「……還さぬのならば、あの魔王を後悔させてやるだけだ」
「考えが足らん奴だにゃー。反抗すれば、キュウビは首輪を爆発させるだけにゃ。そうにゃれば、おみゃあは大事な任務とやらには戻れにゃいにゃー」
わざと挑発するような口調で告げる。そうやって自分を鼓舞しなければ、舌が固まってしまいそうだった。膨れ上がる獣人の怒気に竦み上がりながらも、ニャースは言葉を重ねていく。
「く、首輪を付けられている限り、にゃーたちはキュウビと同じ土俵の上で対峙することすらかにゃわない。帰るために殺し合いに乗るのも結構にゃが、そりゃキュウビの掌で踊っているだけ。さっきの剛毅な言葉も、け、獣が檻の中で勇ましく吼えているような、もんにゃ」
「……貴様ならば、この首輪が外せると?」
「外せるだけの技術と知識は持ってるつもりにゃ。首輪に機械の類が使われていることも、幾つかの情報から確信を以て判断できる域にまできているにゃ。大体、こ、これから、首輪をどこかで手に入れ、研究所で解析する予定にゃった。巻き込まれた獣たちの中で、こういった技術を扱える奴が他にいると思っているのかにゃ!?」
幾つか嘘に近い事実を織り込みながら告げる。獣人が獰猛に歯を剥いた。
「いないとも限らんだろ」
「おみゃあはあの線路を走る車が何ゃにで動いているか、知っているにゃか?」
「……魔法には違いあるまい」
「おみゃあはアホか。ありゃ架線から電力を取り込み、主制御機で電圧を制御された電流をメインエンジンに通して、そこで生まれた動力が歯車を回転させて車軸に力が伝達されることで車輪が動いているんだにゃ。そんにゃことも分かってにゃい癖に、にゃーを殺して首輪を外すチャンスをふいにするんかにゃ!? にゃーを殺して、キュウビに尻尾振ってご機嫌を取る方がいいんにゃか!」
「………………」
沈黙を雨音が埋めて行く。愚弄され、獣人の隻眼は憤怒に染まっている。獣人の中で、ニャースは惨たらしく何十回も殺されていることだろう。
掲げられた両腕は爆発を求め、別種の生き物のように細かく収縮している。いつ両断されてもおかしくない。
それでも殺意の衝動が抑え込まれているのは、獣人が高い知性と理性を有している証拠だ。ニャースの言葉を吟味し、何が一番己の益となるかを考えている。
ニャースは唾を無理やり呑み込んだ。もう一押しで、自分を殺さないだけの価値があると思わせられる。
「首輪が解除出来れば、爆破の心配はにゃくなる。それに首輪を外してやると言われて、嫌がる奴はいにゃいにゃ。生き残った全員の首輪が外されれば、キュウビは何らかの動きを見せる筈にゃ。それが脱出の好機ににゃる」
「………………」
「全員の首輪の解除と、おみゃあが皆殺しを完遂させるのとどっちが早いか分からにゃい。にゃけど――」
「……もういい。分かった」
ニャースの言葉は獣人の苛立った声に遮られた。
構えられていた大剣がゆっくりと地面に下ろされていく。獣人は深く大きく息を吐いた。
「おまえの命、しばし預けよう」
殺意を全身に湛えたまま、獣人は苦々しく告げた。その言葉を聞いた途端に緊張が解け、膝の力が抜ける。前足で身体を支えながら、ニャースは声を絞り出した。
「ほ、ほんとか!?」
「ああ。だが、首輪が解除できないようであれば、その場で殺す」
獣人の大剣の切っ先がニャースの鼻先に向けられる。禍々しい鉄塊の圧力に息が詰まった。剣先はすぐに除けられたが、ニャースの呼吸が再開されるのには数十秒を要した。
殺気だけで心臓を止められそうだ。
こんな相手を自分は挑発を口にし、取引を申し出たのか。今更ながら、己の無謀さに怖気がはしる。
獣人は剣を肩に担ぐと、ニャースに立てと告げた。
「こいつは預かっておく。逃げられちゃ敵わんからな」
獣人は踏みつけていたシルバーケープを拾うと、それを自分のデイバッグへと突っ込んだ。逃がしてくれるのではなかったのだろうかと、ニャースは目を白黒とさせた。
「……もしかして、おみゃあも来る気か?」
「当然だろう。それとも、同行されては不味いわけでもあるのか? あの強きな発言は、やはり嘘か?」
そうであるなら死ねと、獣人の刃が語っていた。ニャースはぶんぶんと首を横に振って立ちあがる。
「そのためには自由にできる首輪が必要だな。付いてこい」
有無を言わさぬ声に、ニャースは黙って従った。獣人が向かった先は、あの死体の許だった。長い犬歯を持つ、大型のペルシアンのような獣が胸部を両断されて絶命している。
断面からは臓器が毀れ、流れ出た血が泥水と混じって周囲に赤黒い池を作っていた。
その遺骸に歩み寄ると、獣人は大剣を振り下ろした。
斬ると言うよりも押し潰すような光景だった。肉と骨が爆ぜる音が雨の中でもはっきりと聞こえた。跳ね飛ばされた頭部が泥水の中を転がる。
獣人がその頭部を拾い上げ、首輪を丁寧に抜いていく。ニャースはというと、膝をついて声もなく嘔吐していた。オカリナらと何事もなく合流していたとしても、似たような光景を目にすることになった筈だが、それでも直視し続けるなど無理だった。
しかも――あれはオカリナかプックルの可能性だってあるのだ。顔を上げて死体を見る。力なく横たわった下半身には毛皮に包まれた睾丸があった。
(あれは……違うにゃ。オカリナはメスにゃし。あの獣の顔は、プックルというよりもゲレゲレという感じにゃ。だから……薄情者の二匹は無事に――)
口の中で弁解を呟いていたニャースの許に首輪が放られた。泥水の中に落ちた首輪には小さな肉片と獣毛がこびりついていた。それを見て、出しつくしたはずの胃液が再び喉を焼く。
その様子を気に掛けることもなく、獣人は大剣についた血脂をマントで拭った。
「道具は揃ったな。一度、オレの連れの所へ戻る。それから研究所とやらに行くぞ」
反応しないニャースに、獣人がマントを打ち鳴らす。その音に弾かれたようにニャースは身を起こすと、首輪を拾った。
それを見ることもなく、獣人は踵を返して北の森へと入っていく。ニャースが付いてくるかどうか、確認する素振りすらない。
本当のところ、他者がどう動こうとあの男には関係がないのだ。意に沿わなければ殺すだけ。それを可能とするだけの力は持っている。今ニャースが逃走すれば、すぐさまあの大剣が飛んできて、ニャースの身体を打ち砕くだろう。
それに対して、ニャースには獣人の言葉に従うより他に命を繋ぐ術がない。オカリナたちが人間を優先したように、自分もまた命のために結局楽俊らを見捨てるのだ。
ニャースは顔をしわくちゃにしながら獣人を追い出した。泣いているのか、篠突く雨のせいで自分でも分からない。
風に惑った雨は隔てなく、全てを洗い流そうとしている。
首輪が腕の中でぬちゃぬちゃと音を立てて揺れていた。
【D-2/一日目/正午】
【チーム:主をもつ魔物達】
【共通思考】
1:緑ダルマ(ケロロ)に会ったら『ガンプラ』を取り戻す。
2:仲間になれそうな動物を見つけたら仲間に入れる。敵なら倒す。
3:お城に向かう
4:脱出の手がかりを探す。
【備考】
※互いの知り合い、世界や能力等について情報交換しました。
※それぞれが違う世界から呼ばれたと気付きました。
※ディアルガ、パルキア、セレビィ等のポケモンや、妖精等の次元や時空を操る存在がキュウビによって捕らえられているかもしれないと考えています。
※この会場にいる獣達は全員人間とかかわりをもつ者だと勘違いしています。
※その間違えた前提を元にキュウビの呪法が人間に対してつかわれるものだと推測しています。
※『ガンプラ』が強力な武器だと誤解しています。
※ケロロ(名前は知らない)が怪力の持ち主だと誤解しています
※『世界の民話』に書かれている物語が異世界で実際に起きた出来事なのではと疑っています。ハクオロ@うたわれるもの、ラヴォス@クロノトリガー、野原一家@クレヨンしんちゃん、主人公@ドラゴンクエスト5について書かれていたようです。
【オカリナ@ハーメルンのバイオリン弾き】
【状態】魔力消費(中~大)
【装備】なし
【道具】支給品一式、ミニ八卦炉@東方project、世界の民話、治療用の薬各種、不明支給品0~2個(治療道具ではない)
【思考】
基本:ゲームには載らない。キュウビを倒す……だけどもし――。
1:C-4の学校に向かい重症の男を治療する。
2:そこでニャースとプックルを待つ。
3:オーボウと、ピカチュウの知り合いを探す。
4:できるならミニ八卦炉は使いたくない
※参戦時期は死亡後です。
※自分の制限について勘付きました。
※人間と関係ない参加者もいるのではと思っています。
※ケットシーを危険な獣と判断しました。
※治療用の薬の内訳は後の書き手にお任せします。
※オカリナの考察
・無意味に思えるアイテムを混ぜて、誰かが参加者に何かを知らせようとしているのではないか。
・キュウビ一味は一枚岩ではない。
・縁者を人質にとり、殺し合いを強制してくるのではないか。全員ではないにしても、部外者が拘束されている。
※プックルの反論
・呪法=殺し合いとは限らない
・殺し合いは目くらましかも
【ニャース@ポケットモンスター】
【状態】:健康、疲労(中)、びしょ濡れ
【装備】:キラーパンサーの首輪
【道具】:支給品一式、エルルゥの薬箱@うたわれるもの(1/2ほど消費)、野原ひろしの靴下@クレヨンしんちゃん、麦の入った皮袋@狼と香辛料、アマテラスの支給品一式(食料:ほねっこ)と不明支給品1~3個(確認済)
【思考】
基本:殺し合いからの脱出
1:クロコダインに従う
2:研究所で首輪の解析
3:アマテラスや楽俊、ついでにオカリナたちが心配
[備考]
※異世界の存在について、疑わしいと思いつつも認識しました。
※キュウビや他の参加者をポケモンだと考えていますが、疑い始めています。
※アマテラスが、ただの白いオオカミに見えています。
※ピカチュウたちと情報交換しました。
※楽俊の仮説を知りました。
※この会場にいる獣達は全員人間とかかわりをもつ者だと勘違いしています。
※首輪と死体がプックルのものだと気付いていません
【クロコダイン@ダイの大冒険】
【状態】:疲労(小)、多数の打撲(中。特に腹部)、右目失明(治療済)、多数の浅い裂傷(小。特に右腕)
【装備】:覇陣@うたわれるもの、王者のマント@ドラゴンクエスト5、クロコダインの鎧(腹部と左肩の装甲破損) 、眼帯(ただの布切れ@ドラゴンクエスト5、ビアンカのリボン@ドラゴンクエスト5)
【所持品】クロコダインの支給品一式、シルバーケープ@魔法少女リリカルなのはシリーズ
【思考】
基本:全参加者の殺害。許されるなら戦いを楽しみたい。でも首輪が解除されたのなら……
1:酒場に戻る
2:研究所へニャースを連れて行き、首輪を解除させる。
3:シエラが今のままならば契約は解消する? それとも悩みを聞いてやる?
4:イギーは今度こそ殺害する
5:シエラとラルクの実力が楽しみ
最終:キュウビの儀式を終わらせ、任務に戻る
【備考】
※クロコダインの参戦時期はハドラーの命を受けてダイを殺しに向かうところからです。
※参加者は全員獣型の魔物だと思っています。
※キュウビを、バーンとは別の勢力の大魔王だと考えています。
※身体能力の制限に気づきました。
※戦闘における距離感を大分取り戻しました。
※しばらくは右腕だけで覇陣を扱うのは難しそうです。
※シルバーケープは泥水で相当汚れていますが、使用に問題はありません。
※D-2の道付近に、三分割されたプックルの死体とデイバッグ{支給品一式×2、柿の葉っぱ@ペルソナ3、きのみセット@ポケットモンスター(クラボのみ、カゴのみ、モモンのみ、チーゴのみ、ナナシのみ、キーのみ)}が落ちています。
炎の爪@ドラゴクエスト5は前足に装着されています。
※D-2の地面は陥没したり丸太が突き刺さっていたりと荒れています。
【柿の葉っぱ@ペルソナ3】
巌戸台駅前商店街にある古本屋「本の虫」の北村老夫妻にとって息子との絆の証ともいえる柿の木の葉っぱ。柿の木は月光館学園の中庭に植えられている。
&color(red){【キラーパンサー@ドラゴンクエスト5 死亡】}
&color(red){【残り25匹】}
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