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stray  ◆TPKO6O3QOM



 サッカー場のウォームアップスペースで、イギーは気だるそうに伸びをした。コンクリートで覆われた空間は薄暗く、低い天井には息苦しさのようなものさえ感じられる。グラウンドから射してくる光の帯の中で微細な芥塵がきらきらと舞っていた。

 イギーはくああと声をもらしながら、大きく欠伸をする。

 ピカチュウたちと別れてから、彼はまどろみと束の間の覚醒を繰り返していた。身を休める場所をここに定めたのは、自身の臭いを辿られた場合を考えてのことだ。この空間はグラウンドからは見えづらいが、こちらからはグラウンドの様子がはっきりと確認できる。
 それに、参加者の訪れは風が報せてくれる。また、外部からウォームアップスペースに来るには薄暗く狭い通路を抜けてこなくてはならない。しかも、忍ぶには向かないコンクリートの床がずっと続いているのだ。

 やたらと存在の痕跡を残すピカチュウたちのように能天気な輩ばかりではないだろうが、存在そのものは絶対に消すことはできない。消そうとしても、どこかに綻びは生じてしまうものだ。
 そして何より、それを逃すような鼻と耳は持っていない。
 そうはいっても、これらは相手がスタンド能力等を所持していないことが前提ではあるのだが――。
 しかし、それを心配した所で対応策がないのであれば、考えることは無意味だ。分からないことをうだうだと悩んで歩みを止める愚か者は人間だけで充分である。
 それにドアの一部を壊して逃げ道も作ってある。相手がどちらから来ても、対応は可能だ。
 イギーの背後に覗いている穴は、彼がやっと通り抜けられる程度の大きさであった。その穴に向かってひんやりとした空気が流れて行く。

(……あいつらぁ、ホテルに辿りつけたかね)

 まだ重たい瞼をうっすらと開けながら、イギーは胸中で呟いた。
 まどろんでいる内に空の様相は一変していた。分厚い雲が空一面に垂れさがり、大きな生き物の如く蠢いている。
 その足元に広がる人工芝は、陽光の薄絹を失ったことで更に生命力のないくすんだ色に変わっている。
 雨が来るのか、空気は面倒くさそうに毛皮へ纏わりつき、少し気温も下がったようだ。

(ま、あの妙な板っきれもあるしな。どうとでもなるか。また余計なトラブルに鼻先突っ込んでるかもしれねーが)

 イギーは前足を組み直して、その上に顎を乗せた。嵌めた腕時計が顎に当たり、不機嫌そうに足を少しずらす。
 チョッパーに辛辣な言葉を送り、ピカチュウとは喧嘩別れのような形になったが、イギー自身は然程彼らに腹が立ったわけではない。
 いや、腹が立つほど関心を持っていないと言った方が適当か。

 他者に必要以上の関心を持たない。それが獣だ。
 いつ何時何処で誰が死のうと、己の生には関係のないことだ。

 子が死ねば、新たに孕ませればいい。

 女が死ねば、新たに相手を見つければいい。

 群が減れば、新たに別のものを引き入れればいい。

 失ったそのときは何か――怒りや喪失感などを覚えるかもしれないが、長々と引きずりはしない。
 憶えてはいても、それを理由に行動を変えたりしない――己の命に関わらない限りは。

 だから、あのチョッパーが何処で誰を殺そうが知ったことではなかった。彼が無駄なことを思い悩んでいる様は滑稽でこそあったが、殺しそのものに忌避感はない。殺された奴も、その知り合いも、どうだってよいことだ。

 気に障ったのは――彼らの会話が人間のようだったからだ。
 彼らは獣だ。ここで出会ったのは、野性をどこかに置いてきてしまったような輩ばかりであるが、それでも獣のはずだ。
 その獣が過去をいつまでも悔み、無関係の獣がそのことを言葉によって励まし、慰めようとした。あまつさえ、あのチョッパーは赦しを請おうとさえしていたのだ。

 人間ならば似合いの光景だとイギーは思う。彼らは倫理とやらや法とやらを勝手に作っては世界を狭め、そして勝手に苦しみ嘆いている。そんな有様で、万物の霊長を気取っているのだからお笑い草だ。
 そんな枠組みが無くとも、生命は続いていく。弱きものは強きものの糧となり、強きものは土へと還っていく。幾星霜と繰り返されてきたことだ。大地の理から抜け出したと思い込んでいる人間も例外ではない。
 人間たちがどれほど地球上で荒らし回ろうと、空と大地は変わらない。ただ人間が棲み難くなるだけだ。
 自分の手で首を絞めて、その息苦しさに喘ぎ続ける――それが人間だ。手を放せば楽になることに気付かず、仮令そのことに気付いた所で手を放すことが出来ないと思い込んでいる。舞台が終わったことに気付かない哀れな道化師のようなものだ。
 しかしながら、それが人間の生き方なのだ。途方もなく無意味で愚かな生き方しか人間は出来ない。その生き様を嘲笑いはするが、文句はない。

 問題は、人間と同じ生き方を獣がしようとすることだ。
 生き物には、その形に依った生き方がある。翼のあるモノは空を舞い、四肢をもつモノは大地を駆け、鰭のあるものは水を掻き――人間は必要以上に無駄なことをする。
 そう在るために、今の姿を持った。ただ在るように在る――それが摂理である。
 その摂理を曲げることは、不自然なことだ。不自然なものは、世界に長くは存在できない。蘇る死者や過ぎた力を得た者と同じだ。
 蘇った死者は結局墓地へと還り、不相応の力をもった者はその力故に身を滅ぼす。
 そして――摂理を超えて人間に近づいた獣には不幸な結末が訪れる。
 人間になどなろうとしなければもっと楽に生きられるのだ。それなのに、ピカチュウたちはわざわざあんなものに成ろうとする。人間に近づこうとする。
 その姿が無性に癇に障った。
 無関係な獣が、勝手に人間に近づこうとしているだけなのに。
 知ったことではなかったはずだ。彼自身、なぜあそこまで腹が立ったのか、あそこまで噛みついたのか判然としていなかった。

 いや――違う。

 薄々理由は勘付いているが、気付いていないふりをしている。
 おそらく、彼らの姿がイギーに、自身の持つ人間に近い一面を思い起こさせたのだ。
 無頼を気取り、人間を嘲っているが、イギー自身にも人間らしさが存在している。
 タヌ太郎の遺言に拘っている様は、まさしく人間ではないか。死者の残した言葉を獣が気にするだろうか。
 そもそも、ここに来る前に人間の子供を助けたことだって、純粋な獣ならやらないことだろう。あの子供が死んだところで、損などなかった。理由を付けているが、あれは人間でいう義侠心のようなものだった。獣が持ち合わせてはいないものだ。
 ただ、それを認めたくはなかった。愚鈍と嘲る対象と同じものが己の身に宿っているなど、屈辱でしかない。
 しかし、傍から見れば死者の言葉に拘るイギーも、過去を悔むチョッパーも、それを慰めるピカチュウも同じものに見えることには間違いない。
 あの二匹の姿は、イギー自身の姿だったのだ。見下す対象に成り下がった自分が、そこにいた。

 だから――チョッパーへの言葉はやつあたりのようなものだ。

 第一、イギーは一度たりとて野生に身を置いたことはない。ニューヨークの町で野良犬の帝王だったとはいえ、食べ物に困ったことはない。人間の町は、人間が作り出した食べ物に溢れている。
 ボストン・テリア自体、人間によって作られた生き物だ。人間に必要とされたが故に生まれ、人間によって守られ養われた。
 イギーは野に逞しく生きる獣ではなく、これから野に出て行こうとも思っていない。
 ずっと人間が作り出した世界の中でのみ生きて来たのだ。

 それが“獣”か。

 イギーには誰にも負けぬと自負するスタンドがある。仮令野に出たとしても、搾取される側になることはないだろう。
 しかし、スタンドが使えた所で、寒暖の変化にも対応できない。短い体毛は暑さにも寒さにも耐えられず、突出した眼球は容易に傷ついてしまう。野で生きようにも、真っ当には生きることは叶わない。

 果たして、それが“獣”か。

 遠い祖先はオオカミだとしても、犬は人間から離れることはできない。人に寄り添ってでしか真っ当に生きることはできない。
 それが犬の形であり、その形に依った生き方だ。
 ならば、それに背を向けようとする自身もまた不自然な生き方なのではないか。

(……だから、どうだってんだ。おれは獣でも人間でもねえ。おれはイギーだ。そんだけのことじゃねえかよ)

 胸中で吐き捨て、イギーは後ろ足で耳の後ろを掻いた。顔を戻した拍子にタヌ太郎に付けた貰った腕時計が目に入り、小さく舌打ちをして目をそらす。
 イギーは耳と鼻を蠢かして誰も来ていないことを再確認すると、またゆっくりと瞼を下ろした。


【E-4 /サッカー場/1日目/正午】

【イギー@ジョジョの奇妙な冒険】
【状態】:全身打撲(小・治療済)、疲労(中)、精神的疲労(中)、睡眠中
【装備】:腕時計
【道具】:支給品一式(食糧:ドライフード)、犬笛
【思考】
基本:面倒なので殺し合いには乗らない。
1:サッカー場でしばらく休んでいく。
2:マンマルとツネジローを探し、タヌタローのことを伝える……
【備考】
※イギーの参戦時期はペット・ショップとの戦闘で、下水道に逃げ込む前後です。
※スタンドの制限に気づきました。
※タヌ太郎に少し心を許しました。
※コロマル、アライグマの父と情報交換をしました。
※ピカチュウたちと情報交換しました。異世界という情報を得ています。
※オーボウ、グレッグル、ミュウツーへの伝言を預かりました。
※ウォームアップスペースの扉の隅に穴が開いています。

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072:赦されざる者 イギー 092:驟り雨




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