※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

陰の天、宙の風  ◆TPKO6O3QOM




 中嶋陽子は自分の置かれた状況に酷く困惑していた。
 もっとも、ケイキ――いや、景麒にこの世界に連れてこられてから困惑しない時などなかったが。
 目の前に立つ二人の男性――精悍な面持ちの武人然とした男が雁国王、金髪の小柄な少年が雁国宰輔だという。
 一方、自分は囚われてもおらず、それどころか上等な絹の衣装を着せられて彼らと同席している。此処は上空を覆う雲海の上、関弓山の頂にある王宮だ。
 そして、何より頭を悩ませているのが――己が慶国の新たな王である、ということだ。
 どうしてこうなってしまったのか。自分にも解りかねていた。
 楽俊を見捨てて、だけれども呵責に耐えかねて午寮の街へと戻った。しかし、楽俊の姿はどこにもなかった。
 見てきてくれた行商の話から少なくとも楽俊が死んではいないらしいことを知った。それだけで十分だった。楽俊は、家に帰ったのだろう。自分は楽俊を見捨てたのだ。それどころか、戻って殺そうかとすら考えたのだ。
 そんな女を、彼が待っている道理はない。
 これでいいのだ。ただ、楽俊に心からの礼を一度も告げていないことだけが心残りではあった。
 二月をかけて阿岸に辿り着き、そこから雁国の烏号へと渡った。
 雁は海客に心易い国だ。三年間だけではあるが、手厚い援助を授けてくれる。その間に身の振り方を考えろということだ。
 街で働く内に、芳陵という郷城に壁落人という海客がいると知った。
 彼を訪ね、これまでの顛末を話した際、陽子を連れてきたのが慶国の麒麟であると告げられたのだ。加えて、麒麟が頭を下げるのは自らの国王だけであると。
 呑み込めない陽子を他所に、壁が宰輔の許に手紙を送り、そして迎えが来た――。

「まだ、信じられないか?」

 雁国王・延に話しかけられ、陽子は目を瞬かせた。

「え、ええ。他人事のような気がしています。御伽噺みたいで」
「まあ、無理もないがな。だが、おまえの持つ水禺刀が何よりの証拠だ。この地で言葉が通じることも併せてな」
「――慶の状況は良くない。景麒を捕えて以降、偽王軍の勢いは大きく増した。麦州が落ちるのも時間の問題だな」

 少々苛立ったように宰輔――延麒が口を挟んだ。
 慶国は先代の王が崩御し、偽王が立っている。しかし、この世界では王を麒麟が選ぶ。王が立たねば、大地は荒れ、妖魔が増え、病が蔓延する。
 覆しようのない封建制に縛られ、管理されているのがこの世界の現状だという。
 しかし――。
 感情が顔に出ていたのだろう。延麒が小さく笑った。

「陽子が家に帰りたいだけってのは分かる。王になりたいわけでもないってこともな。俺は尚隆と違って、陽子に王を強制するつもりはない」
「だが、戴と芳が瓦解し、柳と巧が怪しい今、せめて慶には立ち直って貰いたいことは俺もこいつも変わらん。これ以上、荒民が流れ込めば、我が国も立ち行かなくなる。そうなれば、荒民に対し、無慈悲な決断をしなくてはならん。俺は俺の国の民を守らねばならんからな」
「だから逃げ道を塞ごうとすんなっての。責任を追う覚悟さえあれば、王は何をしたっていいんだ」

 陽子は言葉を発することができなかった。
 自分の肩に全国民の命がかかっている。実感は湧かなかった。あまりに大きすぎて、想像が追いつかない。
 今までは自分の命の心配だけだった。惜しむのは自分のためであった。しかし、そうではない。
 見ず知らずの数多くの命が、己の動向ひとつで失われる。そして、それはそれらの命の贖いなしでは放り出すことすら出来ない。

「ただ、俺の願望を言わせてもらえば、景麒だけは助けてやってほしい。あんな姿はあんまりだ。あいつだけでも、国のために残してやってほしい」
「……そのことは異存ありません」
「今はその返事で充分だ」

 延麒が安堵したような笑みを浮かべた。

「一つ、陽子に伝えておくことがある。これは現存する王と麒麟、全員が知っていることだ。この二月の間、蝕が異様とも言える頻度で起こっている」

 陽子は眉を潜ませた。蝕は海客が起こす。そう詰られ、幾度も命の危険に見舞われてきた。楽俊によると、順番が逆とのことだが。
 蓬莱や崑崙と呼ばれる日本や中国と、この世界が繋がる災害――。
 延麒が延の後を続けた。

「本来交じり合わない二つの世界が強制的に重なって引き起こされるのが蝕だ。有り得ないことだから大きな反発を生み、場合によっては大災害になる。蝕には二通りあるんだ。麒麟が故意に起こすものと、自然災害としての偶発的なものだ。現在、あらゆる場所で蝕が頻発している。王がいない土地は元より、奏や範といった安定した国でもだ。勿論、雁でも。麒麟の仕業じゃない。あまりに多すぎる。同時に三つも起こったことだってある。そして、流れてくるものも常とは違うものが混じってきている。見たこともない獣や呪具とかな。俺はよく蓬莱に行くから分かるけど、あれは蓬莱や崑崙にあるような代物じゃない。どっちかいえば、こっち寄りのもんだ」
「それは……どういうことなんでしょうか?」
「果たして、常世はこの世界だけではなかった……ということらしいな。この世界、蓬莱や崑崙がある世界、そしてそれ以外の世界があるようだ」
「はあ……」

 延を見るが、彼は皮肉気に頬を歪めた。

「それも多数だ。言ってみれば、この世界と向こう側は"近い"世界だったんだろう。だから時折交った。他は、"遠い"から交わることがなかった。だが今、それらが全て"近く"なっている。だから、交わる回数が増え、蝕が頻発する。どうもそういうことらしい。このまま放置すれば融合するのか、ぶつかりあって壊れるのか……どちらだろうな」
「知らせてくれたのは向こう側の人間だ。昔の蓬莱っぽい恰好だったけど、多分違う常世だと思う。半獣というか、達磨というか、珍妙な連中も混じっていたし。この状況に乗じて、どうも妙なことをやってる奴がいるんだとさ。他の世界と組んで、原因究明と事態解決に動いているらしい」
「そちらにも協力するんですか?」

 陽子の言葉に、延は首を横に振った。

「することはするが、積極的なものは無理だ。向こうも軍を出してほしかったらしいが、覿面の罪に符合するかもしれない以上、下手には動かせん。連中も落胆してたな。うちは冬器や騎獣を貸すぐらいだ。漣は、宝重の呉剛環蛇と共に廉麟を渡らせたな。麒麟だけなら、蝕もそこまでの被害は出ない」
「……綱渡りみたいですね」
「偽王討伐も含めてな。ま、こっちはこっちでやらなきゃならないことをやるしかない。陽子、今日はここまでにしよう」

 促され、陽子は席を立った。
 己のこと、国のこと、王のこと、蝕のこと――考えることが多すぎて、寝られそうにはなかった。




サイドストーリー

Back:中つ国異聞 Next:[[]]

投下順で読む





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー