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れんきんじゅつ?」(2008/08/06 (水) 03:40:45) の最新版変更点

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ヨケルド=ヨケーニョ。 稀代の天才、全ての錬金術師の祖と呼ばれた一人の女性がいた。 彼女が生成に成功したヨケルドの水なくしては、海法よけ藩国の変換プラントのうち錬金工房計画は頓挫していただろう。 数々の栄誉や名声を得た彼女だったが、その素顔を知るものは意外と少ない。 ~ルイド・オカ著「ヨケルドの一生」より抜粋~ /*/ 「ヨケルド様~、いくらなんでもそれは危険ですよぅ~」 海法よけ藩国の首都、人通りの多い賑やかな街角に今日も情けない男の声が響いた。 様付けで呼ばれた少女は無情にもぴしゃりと彼の言葉をぶったぎる。 「セージ、うるさい」 ここはヨケルドが研究のために構えた研究室…もとい、錬金工房。 こういった研究は山奥で人目につかないようにこっそりひっそり行うというイメージがあるのだが、彼女曰く交通の便が悪いところで生活していると日用品を買いに行くにもわざわざ人里に下りなければならず、その分の時間が勿体無いそうだ。 なるほど、言われてみれば合理的な気もしないでもない。 しかし政庁へと繋がるメインストリートの一角に工房を構えられる辺り、彼女の血筋のよさをうかがわせる。 ヨケルドはこの国の中でも古くからある魔法使いの家系なのだ。 魔法使いなのに古くから伝わるってどういうことだと思われるかもしれないがそこはそれ。 代々良心の呵責と周囲からの殺意の混じった視線に耐えながら生きてきたのである。 しかしヨケルドは由緒ある血統にもかかわらず、幼少の頃から自分は錬金術師だと名乗ってきた。 よく言えばまだ誰もやった事の無い事を成功させてやろうという、この国らしいフロンティア精神にあふるる意欲に満ちた前向きな女性。 だが実際はいき遅れなんてごめんだ、なのだった。 彼女ほどの美少女がいき遅れだの婚期を逃しただの言われるのはやはり屈辱なのだろう。 ヨケルド、多感なお年頃なのである。 「だからってそれは混ぜちゃいけない薬品同士だって、取扱説明書にも書いてあるじゃないですか~っ」 「セージ…………」 説得が効いたのか、ヨケルドは神妙な面持ちで手にしていたビーカーを置く…と見せかけ安心してセージが離れた隙に再度錬金窯へ投入し、混ぜ合わせようと試みる。 「だーかーらーーーー!!!!」 それを見たセージがまた慌てて後ろから羽交い絞めにする。 先ほどからこの繰り返しである。 「いいこと、セージ。弾幕に突っ込まなければ、避ける事すら出来ないのよっ!!!」 実は彼女、かなり敬虔な攻的避け思想アインバッハ派なのだ。 後ろから大の男に羽交い絞めされているにもかかわらず、ヨケルドは両手に持ったビーカーを徐々に傾けていきついに混ぜあわせることに成功した。 セージの制止もむなしく見るからに毒々しそうな色をしていたその液体は、錬金窯の中で混ざり合うと怪しい輝きを発し始め… ちゅどーーーーーーーーん 今日もヨケルドの工房からは爆音とカラフルな煙が立ち昇ったのである。 /*/ ヨケルドとセージ。何もかも正反対の二人は近所でも評判のコンビだった。 曰く、兄と妹。女王様と小間使い。見ようによっては恋人同士に見えないでもないのだが、ヨケルドは頑として特に恋人同士の説を否定していた。 彼女に言わせると、セージはただの助手ということになる。 助手と言ってしまうにはいささか使いっ走りをさせすぎだと思わないでもなかったが。 そんな小間使い…もとい、助手のセージは暇そうにしながら声をかけた。 「ヨケルド様、ちょっと聞いてもいいですか?」 「なに」 「錬金術師ってなんですか?」 小難しそうな古い本のページをめくっていた彼女は、あまりにもあんまりな質問に思わずずっこけそうになる。 「あんた…錬金術師の助手やっててその質問はどうなのよ…」 「え、だって、この国には錬金術師って職業はないじゃないですか」 「ないわけじゃないわ」 そう、海法よけ藩国にも少なからず錬金術師は存在する。 だがそれが正式な職業と認めれられていないのは、単に彼らが成果を挙げていないからだ。 成果を挙げられず、成果を挙げる見込みも見られない、そんな職業。 この国で錬金術師といえば、金持ちの道楽と同義なのである。 「今は認められていなくとも、必ず私が認めさせてみせるわ。私は他の道楽者とは違うの。錬金術をそれだけとして考えてはいないわ。 だからあんたも周りの言うことなんて気にしなくて構わないわよ。お嬢様の気まぐれと陰口を叩かれていようと、私は気にしないから」 「…あ……あはは…。バレてましたか」 「バレバレね。第一セージは周りを気にしすぎ」 「す、すみません…」 先ほどからヨケルドは魔術書に視線を落としたままだが、その声音がほんの少しだけやわらかくなった気がした。 「あ、ついでに他にも聞いてみていいですか?」 「好きになさい」 「さっきヨケルド様は「錬金術をそれだけとして考えていない」とおっしゃってましたけれど、それってどういうことなんです?」 「私は錬金術と魔術の融合を考えているの」 「ゆう、ごう…?」 セージはどうもピンとこなかったようだ。 元々錬金術どころか魔術にも詳しくはない彼には、融合と言われても全く訳のわからない次元の違う世界の話なのだろう。 「元々魔術と錬金術って言うのは全く別のものなのね」 ヨケルドは席を立って部屋の中を歩きながらとつとつと語り始める。 その姿は神秘的な雰囲気も相まって、どこか別の世界の住人のようにも見えた。 「私たちが普段接している魔法って言うのはとても便利な力よ。でも、便利だけれど使っている私たち自身も分かっていないところが多々あるわ。 使用者自身が分かってないから、口で説明するのはちょっと難しいんだけれど…」 そこで一旦言葉を区切ると、彼女は考えをまとめながら話しているのか小首をかしげて言葉を続ける。 「通常目に見えないけれどそこに存在しているリューンという存在にお願いをして、その力を貸してもらっている…と言ったらいいのかしら。 呪文を唱えたり、魔方陣を使っているのはその「お願い」を形にしているの」 「そのお願いはしなきゃいけないんですか?」 「ええ、必ず」 セージの口から出た疑問は、魔法を全く知らない者からしたら至極当然の疑問。 だがそれは、魔法使いにとっては最もしてはならないことだった。 ヨケルドは神妙な面持ちで厳かに告げる。 「誰だって無理やり言うことは聞かされたくないでしょう? 無理に力を使ってリューンを従わせようとすると、手痛いしっぺ返しをくらう事になるわ。 リューンは私たちの家来ではない。そうね…私は友達になりたいと思ってるけれど、なかなか難しいわね。 魔術って言うのはリューンありきなの。そしてとても不安定で不確かで…未知の技術と言ったところかしら。ここまではいい?」 そう言うと、彼女はほんのりと照れくさそうに苦笑いを浮かべた。 そんないつもとは違う雰囲気に見惚れている事を悟られまいとしてか、セージはいつも以上に元気な返事をする。 「はっ、はい、大丈夫ですっ!ちゃんと僕でも理解できましたっ!!」 「そ、ならいいわ。じゃあ次は錬金術ね」 ヨケルドはそんなセージの様子を気に留めることもなく、こほんと一つ咳払いをしてまた説明に戻った。 「錬金術は言ってしまえば化学変化ね。一定の正しい手順を踏めば必ず同じ結果になる。 例えば水を沸騰させたら蒸気になるわよね?これは何度やっても同じ。水を温めて氷になることはないわ。 そうした化学反応に基づく化学変化の積み重ねで様々なものを変化させて作り出そうというのが一般的な錬金術かしら」 「なるほどー。じゃあ、落ち葉を集めてそれをお金にとか…っ!」 「は?あんた何言ってるの。錬金術でそんな事できる訳ないじゃない。どうやったら化学変化で落ち葉を金に変えられるって言うのよ」 ヨケルド、セージのロマンに満ちた意見をばっさりと切り捨てる。容赦がない。彼女は変なところで醒めていた。 セージ、思わずしょぼーんである。 「やっぱり…無理ですよね…」 「確かに無理ね。………普通の錬金術じゃ」 「え…普通って?」 「さっき言ったでしょう?魔術と錬金術の融合を考えているって。普通の錬金術じゃそんなことできやしないわ。 でもそこに魔法の力を加えたら?未知の力と合わさったときに何が起こるかは、誰にもわからない」 「じゃあそれで金を作ることも…っ!」 「私が考えてるのは木材から燃料を作ることだけれどね…着眼点も理論も悪くはないと思うわよ」 「へー、凄いんですねーっ!」 「当然よ」 純粋にきらきらと瞳を輝かせながら、セージは称賛の眼差しでヨケルドを見つめた。 ヨケルド、ちょっと嬉しそう。自慢げに無い胸を張っている。 だがそんな微笑ましい空気も、続くセージの言葉で全て台無しになった。 「でも、上手く行ってないんですよね?」 途端室内の温度が下がった。ヨケルドの体から静かな怒りのオーラがこれでもかと噴出しているが、セージは全く気づいていない。 それどころか邪気なく「やっぱりそんな簡単には行きませんよねー」などと笑っていた。 この鈍感さが致命的だった。 ヨケルドの口からドスのきいた低い声が漏れる。 「……………セージ。急にマンドラゴラが必要になったわ。それもこの国に生息する避けマンドラゴラが。えぇ、今すぐ必要よ」 「えーーーーーーっ!!?そんな、どこにあるかも分からないのにー」 セージ、凄く不満そう。そんな事を言っている場合ではないのだが、全く危機感を感じていない。 「よけ森に生えてるはずだから…………多分ね」 「ちょ、その最後にぼそっと付け足した言葉はなんですかっ!!」 「あ、一日一回は瞑想通信で連絡よこしなさいよ。一応あんたは私の助手ってことになってるんだから。私にも監督義務ってものがあるわ」 「いやいやいや、なんかもう僕が取りに行くのが前提みたいに話されてますけれど、そもそもヨケルド様そんなものつかった研究したことないじゃないですかっ!僕見たことありませんよ!?」 「必要なの。使うの。私が使うといったらそれがいるの。だからあなたが取りに行くんでしょ?」 「そんなの無理ですって!あるかすらわからないものを…」 「取りに行ってくれるのよね?」 「あの森の奥はなんか近寄りがたい雰囲気ですしっ、無理ですよ無茶ですよ無謀ですよっ!!」 「取りに行きなさい、セージ」 満面の笑みできっぱりと言い切られる。 その笑顔からは反論を許さない威圧感が漂っている。そもそも顔は笑っているが目の奥はこれっぽっちも笑っていない。 ヨケルドの本気を悟ったセージはがっくりと肩を落として「はい…」と答えるしかなかった。 己が身に降りかかる不幸を呪いながらあるかすら分からない避けマンドラゴラを探しに避け森へと向かった彼からの連絡が途絶えたのは、その直後だった。 三日後にはへろへろになりながらなんとか戻ってきたのだが、迎えたヨケルドは顔を真っ赤にして怒り散らしこってりとしぼられたらしい。 森に入るなり不思議な霧に包まれて瞑想通信を何度送ろうとしても送れなかったといういい訳すら聞いてもらえなかった。 それどころか避けマンドラゴラも持って帰ってこれないとは何たる無能と罵倒されて、反省文を100枚もかかされたそうだ。 泣きっ面に蜂とはまさにこのことである。 だがセージからの連絡が途絶えた三日間、ヨケルドがなぜかそわそわしていたり実験を行えば彼女らしからぬ凡ミスで盛大に失敗しと、ご近所さんからは生温かい目で見られていた事は付記しておこう。 /*/ 「あぁもうどうしてうまく行かないのっ!!」 ガシャーン!! その日、ヨケルドの機嫌は最高に悪かった。 手当たりしだい工房の道具を床に叩きつけ、その後ろをおろおろしながらセージがついていく。勿論ヨケルドに砕かれた道具類を片付けながら、である。 「理論は間違ってないわ!手順も、図面も、展開する魔方陣も完璧!用意した材料だって超一級品だし出来上がった溶液だってこれ以上ないってほどの出来栄えだわ!なのに…なのにどうして結果が出ないのよっ!!」 ヨケルドはたまたま手に触れたフラスコをつかむと、そのまま近くの壁に思い切り投げつける。 粉々に砕け散った破片は辺りに飛び散り運の悪いことにそのうちの一つがヨケルドの頬をかすめていった。 これに慌てたのはセージである。彼は血相を変えてヨケルドに詰め寄った。 「だだだ、だ、大丈夫ですかああああああああああっ!!!!!」 「………………うるさい。ちょっとかすめただけよ」 彼女が怪我をしたのは自業自得なのだが、機嫌は坂道を転げ落ちるがごとく悪くなっていく。これがただの八つ当たりだと自覚しているから尚更だ。 セージの慌てぶりに少し落ち着いたのか暴れることはなくなったが、椅子に座ったまま憮然としている。 その雰囲気に気圧されてかセージも口を噤んで所在なさげに部屋の隅で佇んでいた。 二人の間に重い沈黙が下りる。 この空気に耐えられず先に沈黙を破ったのは、意外にもヨケルドの方だった。 「…なんで結果が安定しないのよ…」 彼女は拗ねたようにぽつりとつぶやく。 「木材も、岩石も、腐葉土も、水も、薬草も、全て全国から取り寄せたのに…なんで失敗作しか出来ないのよ」 ふてくされた彼女の視線の先には灰や砂の塊、言葉では言い表せない奇妙な物質、ゲル状の蠢く物体に強烈な異臭を放つものまでさまざまな失敗作が転がっていた。 「燃料を生み出す理論は間違ってないのに…どうしてうまくいかないのよ。練成結果も安定しない…」 独り言のようにぶつぶつと言いながら、ヨケルドはそのまま思考の海へと身を投げる。
ヨケルド=ヨケーニョ。 稀代の天才、全ての錬金術師の祖と呼ばれた一人の女性がいた。 彼女が生成に成功したヨケルドの水なくしては、海法よけ藩国の変換プラントのうち錬金工房計画は頓挫していただろう。 数々の栄誉や名声を得た彼女だったが、その素顔を知るものは意外と少ない。 ~ルイド・オカ著「ヨケルドの一生」より抜粋~ /*/ 「ヨケルド様~、いくらなんでもそれは危険ですよぅ~」 海法よけ藩国の首都、人通りの多い賑やかな街角に今日も情けない男の声が響いた。 様付けで呼ばれた少女は無情にもぴしゃりと彼の言葉をぶったぎる。 「セージ、うるさい」 ここはヨケルドが研究のために構えた研究室…もとい、錬金工房。 こういった研究は山奥で人目につかないようにこっそりひっそり行うというイメージがあるのだが、彼女曰く交通の便が悪いところで生活していると日用品を買いに行くにもわざわざ人里に下りなければならず、その分の時間が勿体無いそうだ。 なるほど、言われてみれば合理的な気もしないでもない。 しかし政庁へと繋がるメインストリートの一角に工房を構えられる辺り、彼女の血筋のよさをうかがわせる。 ヨケルドはこの国の中でも古くからある魔法使いの家系なのだ。 魔法使いなのに古くから伝わるってどういうことだと思われるかもしれないがそこはそれ。 代々良心の呵責と周囲からの殺意の混じった視線に耐えながら生きてきたのである。 しかしヨケルドは由緒ある血統にもかかわらず、幼少の頃から自分は錬金術師だと名乗ってきた。 よく言えばまだ誰もやった事の無い事を成功させてやろうという、この国らしいフロンティア精神にあふるる意欲に満ちた前向きな女性。 だが実際はいき遅れなんてごめんだ、なのだった。 彼女ほどの美少女がいき遅れだの婚期を逃しただの言われるのはやはり屈辱なのだろう。 ヨケルド、多感なお年頃なのである。 「だからってそれは混ぜちゃいけない薬品同士だって、取扱説明書にも書いてあるじゃないですか~っ」 「セージ…………」 説得が効いたのか、ヨケルドは神妙な面持ちで手にしていたビーカーを置く…と見せかけ安心してセージが離れた隙に再度錬金窯へ投入し、混ぜ合わせようと試みる。 「だーかーらーーーー!!!!」 それを見たセージがまた慌てて後ろから羽交い絞めにする。 先ほどからこの繰り返しである。 「いいこと、セージ。弾幕に突っ込まなければ、避ける事すら出来ないのよっ!!!」 実は彼女、かなり敬虔な攻的避け思想アインバッハ派なのだ。 後ろから大の男に羽交い絞めされているにもかかわらず、ヨケルドは両手に持ったビーカーを徐々に傾けていきついに混ぜあわせることに成功した。 セージの制止もむなしく見るからに毒々しそうな色をしていたその液体は、錬金窯の中で混ざり合うと怪しい輝きを発し始め… ちゅどーーーーーーーーん 今日もヨケルドの工房からは爆音とカラフルな煙が立ち昇ったのである。 /*/ ヨケルドとセージ。何もかも正反対の二人は近所でも評判のコンビだった。 曰く、兄と妹。女王様と小間使い。見ようによっては恋人同士に見えないでもないのだが、ヨケルドは頑として特に恋人同士の説を否定していた。 彼女に言わせると、セージはただの助手ということになる。 助手と言ってしまうにはいささか使いっ走りをさせすぎだと思わないでもなかったが。 そんな小間使い…もとい、助手のセージは暇そうにしながら声をかけた。 「ヨケルド様、ちょっと聞いてもいいですか?」 「なに」 「錬金術師ってなんですか?」 小難しそうな古い本のページをめくっていた彼女は、あまりにもあんまりな質問に思わずずっこけそうになる。 「あんた…錬金術師の助手やっててその質問はどうなのよ…」 「え、だって、この国には錬金術師って職業はないじゃないですか」 「ないわけじゃないわ」 そう、海法よけ藩国にも少なからず錬金術師は存在する。 だがそれが正式な職業と認めれられていないのは、単に彼らが成果を挙げていないからだ。 成果を挙げられず、成果を挙げる見込みも見られない、そんな職業。 この国で錬金術師といえば、金持ちの道楽と同義なのである。 「今は認められていなくとも、必ず私が認めさせてみせるわ。私は他の道楽者とは違うの。錬金術をそれだけとして考えてはいないわ。 だからあんたも周りの言うことなんて気にしなくて構わないわよ。お嬢様の気まぐれと陰口を叩かれていようと、私は気にしないから」 「…あ……あはは…。バレてましたか」 「バレバレね。第一セージは周りを気にしすぎ」 「す、すみません…」 先ほどからヨケルドは魔術書に視線を落としたままだが、その声音がほんの少しだけやわらかくなった気がした。 「あ、ついでに他にも聞いてみていいですか?」 「好きになさい」 「さっきヨケルド様は「錬金術をそれだけとして考えていない」とおっしゃってましたけれど、それってどういうことなんです?」 「私は錬金術と魔術の融合を考えているの」 「ゆう、ごう…?」 セージはどうもピンとこなかったようだ。 元々錬金術どころか魔術にも詳しくはない彼には、融合と言われても全く訳のわからない次元の違う世界の話なのだろう。 「元々魔術と錬金術って言うのは全く別のものなのね」 ヨケルドは席を立って部屋の中を歩きながらとつとつと語り始める。 その姿は神秘的な雰囲気も相まって、どこか別の世界の住人のようにも見えた。 「私たちが普段接している魔法って言うのはとても便利な力よ。でも、便利だけれど使っている私たち自身も分かっていないところが多々あるわ。 使用者自身が分かってないから、口で説明するのはちょっと難しいんだけれど…」 そこで一旦言葉を区切ると、彼女は考えをまとめながら話しているのか小首をかしげて言葉を続ける。 「通常目に見えないけれどそこに存在しているリューンという存在にお願いをして、その力を貸してもらっている…と言ったらいいのかしら。 呪文を唱えたり、魔方陣を使っているのはその「お願い」を形にしているの」 「そのお願いはしなきゃいけないんですか?」 「ええ、必ず」 セージの口から出た疑問は、魔法を全く知らない者からしたら至極当然の疑問。 だがそれは、魔法使いにとっては最もしてはならないことだった。 ヨケルドは神妙な面持ちで厳かに告げる。 「誰だって無理やり言うことは聞かされたくないでしょう? 無理に力を使ってリューンを従わせようとすると、手痛いしっぺ返しをくらう事になるわ。 リューンは私たちの家来ではない。そうね…私は友達になりたいと思ってるけれど、なかなか難しいわね。 魔術って言うのはリューンありきなの。そしてとても不安定で不確かで…未知の技術と言ったところかしら。ここまではいい?」 そう言うと、彼女はほんのりと照れくさそうに苦笑いを浮かべた。 そんないつもとは違う雰囲気に見惚れている事を悟られまいとしてか、セージはいつも以上に元気な返事をする。 「はっ、はい、大丈夫ですっ!ちゃんと僕でも理解できましたっ!!」 「そ、ならいいわ。じゃあ次は錬金術ね」 ヨケルドはそんなセージの様子を気に留めることもなく、こほんと一つ咳払いをしてまた説明に戻った。 「錬金術は言ってしまえば化学変化ね。一定の正しい手順を踏めば必ず同じ結果になる。 例えば水を沸騰させたら蒸気になるわよね?これは何度やっても同じ。水を温めて氷になることはないわ。 そうした化学反応に基づく化学変化の積み重ねで様々なものを変化させて作り出そうというのが一般的な錬金術かしら」 「なるほどー。じゃあ、落ち葉を集めてそれをお金にとか…っ!」 「は?あんた何言ってるの。錬金術でそんな事できる訳ないじゃない。どうやったら化学変化で落ち葉を金に変えられるって言うのよ」 ヨケルド、セージのロマンに満ちた意見をばっさりと切り捨てる。容赦がない。彼女は変なところで醒めていた。 セージ、思わずしょぼーんである。 「やっぱり…無理ですよね…」 「確かに無理ね。………普通の錬金術じゃ」 「え…普通って?」 「さっき言ったでしょう?魔術と錬金術の融合を考えているって。普通の錬金術じゃそんなことできやしないわ。 でもそこに魔法の力を加えたら?未知の力と合わさったときに何が起こるかは、誰にもわからない」 「じゃあそれで金を作ることも…っ!」 「私が考えてるのは木材から燃料を作ることだけれどね…着眼点も理論も悪くはないと思うわよ」 「へー、凄いんですねーっ!」 「当然よ」 純粋にきらきらと瞳を輝かせながら、セージは称賛の眼差しでヨケルドを見つめた。 ヨケルド、ちょっと嬉しそう。自慢げに無い胸を張っている。 だがそんな微笑ましい空気も、続くセージの言葉で全て台無しになった。 「でも、上手く行ってないんですよね?」 途端室内の温度が下がった。ヨケルドの体から静かな怒りのオーラがこれでもかと噴出しているが、セージは全く気づいていない。 それどころか邪気なく「やっぱりそんな簡単には行きませんよねー」などと笑っていた。 この鈍感さが致命的だった。 ヨケルドの口からドスのきいた低い声が漏れる。 「……………セージ。急にマンドラゴラが必要になったわ。それもこの国に生息する避けマンドラゴラが。えぇ、今すぐ必要よ」 「えーーーーーーっ!!?そんな、どこにあるかも分からないのにー」 セージ、凄く不満そう。そんな事を言っている場合ではないのだが、全く危機感を感じていない。 「よけ森に生えてるはずだから…………多分ね」 「ちょ、その最後にぼそっと付け足した言葉はなんですかっ!!」 「あ、一日一回は瞑想通信で連絡よこしなさいよ。一応あんたは私の助手ってことになってるんだから。私にも監督義務ってものがあるわ」 「いやいやいや、なんかもう僕が取りに行くのが前提みたいに話されてますけれど、そもそもヨケルド様そんなものつかった研究したことないじゃないですかっ!僕見たことありませんよ!?」 「必要なの。使うの。私が使うといったらそれがいるの。だからあなたが取りに行くんでしょ?」 「そんなの無理ですって!あるかすらわからないものを…」 「取りに行ってくれるのよね?」 「あの森の奥はなんか近寄りがたい雰囲気ですしっ、無理ですよ無茶ですよ無謀ですよっ!!」 「取りに行きなさい、セージ」 満面の笑みできっぱりと言い切られる。 その笑顔からは反論を許さない威圧感が漂っている。そもそも顔は笑っているが目の奥はこれっぽっちも笑っていない。 ヨケルドの本気を悟ったセージはがっくりと肩を落として「はい…」と答えるしかなかった。 己が身に降りかかる不幸を呪いながらあるかすら分からない避けマンドラゴラを探しに避け森へと向かった彼からの連絡が途絶えたのは、その直後だった。 三日後にはへろへろになりながらなんとか戻ってきたのだが、迎えたヨケルドは顔を真っ赤にして怒り散らしこってりとしぼられたらしい。 森に入るなり不思議な霧に包まれて瞑想通信を何度送ろうとしても送れなかったといういい訳すら聞いてもらえなかった。 それどころか避けマンドラゴラも持って帰ってこれないとは何たる無能と罵倒されて、反省文を100枚もかかされたそうだ。 泣きっ面に蜂とはまさにこのことである。 だがセージからの連絡が途絶えた三日間、ヨケルドがなぜかそわそわしていたり実験を行えば彼女らしからぬ凡ミスで盛大に失敗しと、ご近所さんからは生温かい目で見られていた事は付記しておこう。 /*/ 「あぁもうどうしてうまく行かないのっ!!」 ガシャーン!! その日、ヨケルドの機嫌は最高に悪かった。 手当たりしだい工房の道具を床に叩きつけ、その後ろをおろおろしながらセージがついていく。勿論ヨケルドに砕かれた道具類を片付けながら、である。 「理論は間違ってないわ!手順も、図面も、展開する魔方陣も完璧!用意した材料だって超一級品だし出来上がった溶液だってこれ以上ないってほどの出来栄えだわ!なのに…なのにどうして結果が出ないのよっ!!」 ヨケルドはたまたま手に触れたフラスコをつかむと、そのまま近くの壁に思い切り投げつける。 粉々に砕け散った破片は辺りに飛び散り運の悪いことにそのうちの一つがヨケルドの頬をかすめていった。 これに慌てたのはセージである。彼は血相を変えてヨケルドに詰め寄った。 「だだだ、だ、大丈夫ですかああああああああああっ!!!!!」 「………………うるさい。ちょっとかすめただけよ」 彼女が怪我をしたのは自業自得なのだが、機嫌は坂道を転げ落ちるがごとく悪くなっていく。これがただの八つ当たりだと自覚しているから尚更だ。 セージの慌てぶりに少し落ち着いたのか暴れることはなくなったが、椅子に座ったまま憮然としている。 その雰囲気に気圧されてかセージも口を噤んで所在なさげに部屋の隅で佇んでいた。 二人の間に重い沈黙が下りる。 この空気に耐えられず先に沈黙を破ったのは、意外にもヨケルドの方だった。 「…なんで結果が安定しないのよ…」 彼女は拗ねたようにぽつりとつぶやく。 「木材も、岩石も、腐葉土も、水も、薬草も、全て全国から取り寄せたのに…なんで失敗作しか出来ないのよ」 ふてくされた彼女の視線の先には灰や砂の塊、言葉では言い表せない奇妙な物質、ゲル状の蠢く物体に強烈な異臭を放つものまでさまざまな失敗作が転がっていた。 「燃料を生み出す理論は間違ってないのに…どうしてうまくいかないのよ。練成結果も安定しない…」 独り言のようにぶつぶつと言いながら、ヨケルドはそのまま思考の海へと身を投げる。 認めたくはないがこの練成は失敗だった。 望むものが出来上がらなくても練成結果が安定していればまだいい。どこで理論と練成が離れていったのか解析が出来る。 解析が出来ればそれをもとに正しい方向へ進むことも出来るし失敗した練成も何か別のことに使えるかもしれない。 だが今回の練成結果はまったく安定しなかった。 今までも黒焦げの物体が出来たり爆発した事は多々あったが、いくら魔術との融合を目指したもうワンステップ上の練成とはいえここまで安定しないのも珍しいだろう。 ヨケルド自身、この試みがそう簡単にうまくいくとは思っていなかったが、これはいくらなんでも予想外だ。 確かに練成途中で失敗するだろうと気づいてはいた。手ごたえが違ったのだ。 一級品を揃えていたし、品質にはなんら問題がない。だが何かが違う。 用意したもの一つ一つがほんの僅かずつずれ、それが致命的な歪へと変貌している。 「はぁ……」 ヨケルドはこの日、何度目かすらわからなくなったため息をこぼした。 「練成は中止ね…」 「中止、ですか…」 その言葉に隅っこにいたセージががっくりと肩を落とす。その様子にヨケルドは思わず苦笑いを浮かべた。 「どうしてあんたが残念そうなのよ」 苦笑いでも笑みにはかわりがない。一度笑って調子を取り戻してきたのか、彼女は勢いをつけて椅子から立ち上がった。 「続けたくても材料がないしね。取り寄せるにしたって時間がかかるし」 「じゃ、じゃあ、この国のもので代用して練成するって言うのはどうでしょうか!それにその、材料をかえることで気分転換になるかもしれませんしっ」

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