中国側


軍閥「張作霖」の兵力や装備は如何程の物だったのでしょうか

海軍は河用砲艦くらいはあったかもしれませんが、英語の中国地名がよく判らんので割愛。

陸軍の戦車はルノーFTが1927年に配備されています。
他の装備は日本のモノを中心に雑多なものだったんじゃないか、と。
日本軍の輸出兵器スレにあったような気もしますが…。

航空兵力としては、これもフランス中心で、ポテ25A2"保貞"が少なくとも15機、
ドボアチーヌD.27C1戦闘機が数機、ユンカースK-53偵察機、K-43爆撃機が数機あったようです。
(34:眠い人 ◆ikaJHtf2)

中国兵は、戦争前半はモーゼル銃,戦争後半はM1を使ってたって感じですかね?

モーゼル銃は日中戦争~太平洋戦争を通じて使われています。

米軍装備は供給されはしていますが、歴戦の師団は前線に出されることが
多く、それらはフォン=ゼークト将軍らの軍事顧問団によって育成されたため
に、ドイツ式の武器体系から米軍式の武器体系に切り替えることが遅れました。
これら精鋭師団に関しては、戦争末期から戦後に掛けて改変が行われましたが、
米軍式装備への習熟度が足りず、為に国共内戦に戦力たり得ず、国民党軍が敗北した原因の一つとなっています。
米軍式装備を配備した師団は後方の師団でそれも精鋭ではありません。
(40:眠い人 ◆ikaJHtf2)

なんで日本の同盟国のドイツの銃を中国人が使ってるんすか?

支那事変時にはまだ独は同盟国ぢゃないよ。

当時の国民党軍には独から軍事顧問が派遣されて居り、
独軍事顧問は独商社HAPROと癒着していたので、
HAPROは各種独製兵器を輸出して中国兵器市場に大きなシェアを誇っていた。
(40:402)

日中戦争時の中国兵って弱いイメージがあるけれど、実際どうなんですか?

士官学校が出来たてな上に、軍閥の跳梁跋扈や日本の侵略により、指揮官を急造せざるを得なかった。
その為、指揮官の能力の低さや損害からの回復能力に問題があったのが原因。
緒戦で一枚看板の精鋭部隊が壊滅した為、戦況が劣勢に陥っている間は、
訓練未了の弱兵、民兵を前線に出さざるを得なかった初期の状況が弱いイメージに繋がっているのだろう。
アメリカの支援の下、ちゃんと訓練をした米式軍隊は北部ビルマや末期の反攻に大いに活躍してる。
(350:658)

蒋介石は北支での停戦が成った後も、第二次上海事変を仕掛けて挑発し、ゼークトラインで殲滅を図ったようだけど、何故こんな行動に出たの?

大軍を動員して補給出来て、日本軍を釣り出せるから。
当時の国民政府は軍閥の連合政権なので、どこでも戦えるわけじゃありません。
補給も御粗末なもので、南京以外では日本軍に立ち向かうための、戦力の集中が不可能。
日本人居留民という人質も選定理由になったでしょう。
(339:73)
何故蒋介石はこの時期を選び、そして何を勝利条件としたのでしょうか?
37年頃と言うと、日独防共協定が結ばれ日本も満州の騒動がタンクー停戦協定で停戦され一息ついたところですよね。
中国国民党も西安事件で統一戦線が築かれたとは言え、共産党の脅威も軍閥の不穏な動きもありました。
また目標ですが、日本軍と対峙するのは必然と長江下流域か北支か満州になるのでこの地域から日本軍を追い出すのは無謀に思います。
蒋介石は最大のライバルだった張作霖がいなくなったおかげで棚ぼた的に
中華民国のトップになったが、内部を完全に統率できていたわけでもなければ
支配する実力もなく、カリスマとしての魅力にも欠けていた(というか、彼には
カリスマの要素がほとんどない)。
その為常に張作霖の息子の張学良に粛清されて蹴落とされる恐怖に怯えていた。

西安事件に乗じて(というか利用して)張学良を逆に粛清し蹴落としたのはいいが、
やはり張学良とその一派に常に逆転される可能性があった。

そんな状況なので、何としても自分が主導した軍事攻勢で大勝利を挙げ、
「さすが蒋介石だ明日の指導者はこの人で決まりだな」
と思わせる必要があったわけ。
(339:184)

国民党軍は各国から援助を受けてたと聞きましたが、日本軍の装備の方が質,量ともに優れていたということなんでしょうか?

国府軍は開戦初頭の上海決戦で精鋭部隊と教導部隊が壊滅してしまいました。
この手の損害は後から大きく響くのが通例で事実、そこから戦力を回復するのに時間が掛かってしまったからです。
援助も越南ルートが潰され、開戦と共にビルマルートも潰された為、援助経路は効率、量共に
最悪の空路のヒマラヤルートのみになってしまいました。

反攻が可能になったのはインパール作戦の勝利で米式陸軍が支那戦線で使用可能になったのと、
日本軍の弱体化、そして援助のビルマルートが回復したからです。
(333:515)

数で優勢な中国軍が日本軍相手に負け続け、日本軍が一方的に攻め込めた理由は?

当時の中国は国民党と共産党で内戦中の上に、国民党は軍閥ごとに分かれて
全く統一勢力としての団結性がなかったので、「数の優位」がそもそも
ほとんど成立してない。

更に兵隊はごく一部の部隊を除けばその辺から適当に集めたレベルの
烏合の衆だし、これで勝てなきゃウソだろう。

加えて、兵隊が烏合の衆なのに加えて下士官や将校も一部の人を除けば
ちゃんとした軍人としての教育を受けてない素人ばっか。

外国人の軍事顧問がいないと最低限度の指揮統制も出来ないような軍閥の部隊も
いたので正規軍である日本軍が勝てない理由はない。

マトモな部隊もいたけどね。

中華民国には士官学校があり、ちゃんと士官の養成は行なわれていた。
しかし
Chiang Kai-shek's decision to pit all of his crack divisions
to fight in Shanghai caused his elite units to suffer some sixty
percent casualties in the three-month bloodbath. In one single blow,
Chiang also lost some 10,000 of the 25,000 junior officers trained
by the elite Central Military Academy between 1929 and 1937, in addition
to some tens of thousands of potential military officers.
Chiang Kai-shek's Central Army was never to recover from these devastating losses.

「国民党軍が失って苦しんだものは精鋭部隊の60%だけではなく
ただ一度の戦闘により、
国民党軍がエリート養成のために、士官学校設立以来(1929~)教育してきた
25,000人の士官の内、実に約10,000人が失われることになり
蒋介石軍中核は、これら破滅的損害からけして立ち直ることはできなかった。」

ということなんだとか。
全軍の若手エリートの半数近い喪失なんて、ソ連の軍部粛清にも比肩する凄まじさ。
日本軍でいえば昭和20年8月15日に至るまで、ここまでの損害を受けた時期はないな。

第二次上海事変に全てをかけて、軍の中核戦力を悉く投じたのがあだになり
たった一戦で蒋介石が建設してきた軍が実質的にほぼ壊滅したというのに均しかった。
(593:263-272)

日中戦争で日本と戦っていたのは主に蒋介石の率いる「中華民国」軍。
でも「中華民国」はほとんど近代国家としての体を為しておらず、実態は
「武装マフィアの集団」の寄り合い所帯だった(軍閥、というやつね)。

なので誰も蒋介石の元に団結して日本と戦いたいなんて思っておらず、
そんな軍閥を権謀術数で強制的に駆り集めてきて戦わせてたので、マトモな
軍事行動が不可能だった。

更に、蒋介石は実は張作霖(関東軍が暗殺した人ね)に比べて全然人望が無く、
中華民国の支配者という地位だって本来みんなが「正しい後継者」と思ってた
張作霖の息子を陰謀で蹴落として成り上がったにすぎない。
だから軍閥の支配者はみんな利権でなんとなく蒋介石を支持してただけで、
誰も真面目に戦いなどしなかった。

実際蒋介石は自分が立案した日本への「反攻作戦」を強引に通したのに実際の
攻勢主力に自分の軍を出し惜しみして他閥に押し付け、不利になったらさっさと
逃げたりしてる。

そんな為体なので日本への統合された徹底抗戦など望み様も無かった。
(321:574)
支那事変が始まる前、蒋介石はドイツの支援を受けて
多数のドイツ式装備を備えた師団や機械化部隊を含む直系軍を作り上げました。
さらに新しい軍隊建設の準備として教導総隊なる部隊も設立しました。
これは蒋介石の肝入りで、数千人すべてが新式のドイツ装備を与えられた、国府軍の最精鋭でした。
蒋介石はこの部隊を教導部隊とし、将来の下士官候補として各軍の標準化の基礎とするつもりでした。

ところが、この直系軍と教導総隊が上海から南京までの撤退、攻防戦でほぼ壊滅してしまいました。
日本軍も相応の打撃を受けているので、これらの部隊は実力は確かなものだったと思います。
この戦いで下士官や将校の人的資源が一気に消耗してしまいました。
更には日本がドイツと接近した為にドイツからの支援も途絶え、危機的状況になってしまいました。
その為、国府軍は米国の支援を受けるまで戦力を回復させる事が出来ず、ずるずると内陸に
撤退を繰り返す羽目になってしまいました。

そして日米戦が始まって米国の支援が本格化しましたが、
米軍にとっての支那戦線は日本軍を引き付けておけばそれでOKだったので援助の優先度は低くいものでした。
細々とした支援で戦線を維持するのがやっとで、日本軍が終盤に弱体化した頃にやっと攻勢が掛けられる様になるも、時既に遅しでした。
(321:599)

日中戦争の初期、中国軍機が台湾の日本軍基地を空襲したと聞いたことがあるが、詳しいこと分かりませんか?


中国軍所有のB-26爆撃機が、台北を爆撃しています。
(362:166)

中国的天空 という本に出ている可能性がある。
初期には上海事変などで、日本側が渡洋爆撃をしていたが、これに対して中国側は
迎撃を繰り返している。戦線が進むにつれて爆撃機、戦闘機ともに上海の飛行場などへ
進出していくのだけど。
(362:169)
昭和13年2月23日、台北近郊の松山・新竹の両飛行場に、1~2機の中国軍機による爆撃。
飛行場そのものには被害はなく、飛行場近郊の民家に数名の死傷者が出た。
中国軍の損害は無し。
(362:178)

中国軍が日本本土を空襲したって本当ですか?

昭和13年5月20日、中国空軍のマーチン139WC爆撃機(B-10の輸出型)が、熊本と宮崎一帯に大量の宣伝ビラをばらまいた。
5月30日にも熊本、宮崎、福岡上空に中国空軍機が侵入したらしいが、中国側には該当する記録が無く、日本側の誤認らしい。
(362:184)

日華事変時の中国軍に空軍や海軍は存在したのですか?

日華事変の中国海空軍はしっかり存在します。
日清戦争でやられても、辛亥革命で国が引っ繰り返っても海軍の再建は途上ですが、
行われており、旧式ですが巡洋艦も装備していました。
但し、武漢の戦闘までに主力艦艇が失われ、以後は河用砲艦だけの存在になってしまっ
ています。

空軍は宋美齢を司令官として当初はドイツ、次いで米国、更にソ連の機材を使って整備
されていました。
上海、南京や重慶で日本の陸海軍爆撃機隊が中国空軍に迎撃されて苦戦していますし、
日本海軍の旗艦出雲に爆撃を掛けたり、あまつさえ、本土爆撃までされています。
(316:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

日華事変時の、特に上海攻防戦での蒋介石軍の戦闘機と戦車について教えてください

あと、ドイツは参謀を派遣したりしてますが武器の供与などあったのでしょうか?
戦闘機は米国製Curtiss Hawkシリーズ(後のP-36ではなく、複葉戦闘機)が主力です。
爆撃機は、Curtiss A-12、Chance Vought O2U/V-92C。
戦車は、Vickers6t戦車Mk.EとCarden Loidでしょうが、イタリアのC.V.33も装備しています。

ドイツの関与ですが、清朝時代から関係は深く、小銃や拳銃はMoselが主力ですし、高射砲は
後に日本軍がコピーした88mm高射砲、航空機ではHe-111A爆撃機、Hs-123襲撃機、Fw-44
練習機が売却され、戦車は1号戦車、装甲車としてSdKfz.221を購入しています。
(309:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

大戦時の中国戦線の国民党の米軍式陸軍は強かったのでしょうか?

強かった。インパール作戦において北部ビルマで日本軍を壊滅に追い込んでいます。
装備は米軍のものだし、訓練は行き届いていて、武器弾薬は豊富だし、
衛生管理、兵站がしっかしている。そして何より給料がしっかり出るで(w
※通常の国府軍の場合は指揮官が給料をピンハネするので、雀の涙の給料でやる気無しだったそうです。

もっとも、最初のうちは蒋介石に自由な指揮権がない上に、
在中米軍司令官のスティルウェルと彼の仲が超絶に悪かったので、
1944年(昭和19年)10月にウェデマイヤーが後任にやって来るまで、
支那大陸では活躍させてもらえませんでした。
支那では自分の指揮下にない軍隊は敵とほぼ同意義なので。
(305:823)

中国戦線で、共産党軍兵士が日本兵あるいは国民党軍兵士の人肉を嗜好品として食べたという逸話は事実ですか?

中国のような東アジアの文化圏においては、仇の肉を食べることで
復讐の意思あるいは自己の野蛮さや強さを示す風習が伝統的にあります。

手近なところでは講談社発行 ユン・チアンの「ワイルド・スワン」において
国共内戦時に復讐のため敵の心臓を食べた兵士について短い記載はありますが
これはあくまでも個人の復讐の意思としか解釈できません。
(296:202)

国民党軍の装備について教えて。

私が知ってる中にはドイツのKar98kやモーゼルC96、ZB26軽機関銃や青龍刀があるのですがこれ以外にもあったのでしょうか?
陸戦兵器なら、光人社から「もう一つの陸軍兵器史」と言う本が出ていますので、そちらに結構な著述があります。
絶版ですが、全体的にはデルタ出版の「中国大陸の機械化戦争と兵器」
航空機ならこれも絶版ですが、産経の「中国的天空」とか、民國の出版物で、「中国軍用飛机」シリーズとかを御覧
頂ければ宜しいか、と。
(296:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

中国って日本との戦争中に独自の兵器を生産していたのですか?

中国で建造された軍艦は存在します。寧海級軽巡洋艦の二番艦「平海」がそれです。

寧海級は中華民国海軍の艦艇として日本で設計が行われ、一番艦「寧海」は
播磨造船所で建造されましたが、「平海」は播磨造船所から派遣された行員の指導のもとに
江南(上海)造船廠で1931年7月起工され、32年9月に進水しました。
その後播磨造船所に回航され、儀装された後に36年6月竣工しています。

この後37年に揚子江沿岸で日本海軍航空隊機の爆撃を受けて浸水擱座しますが、
翌年日本軍が接収して浮揚し佐世保に回航し、しばらく放置された後に
43年末、呉工廠で海防艦への改造工事に着手して、44年11月に二等巡洋艦「八十島」として
再就役します。
その直後フィリピン方面に出動し、11月25日 ルソン島西岸にて米軍機の爆撃を受け沈没しました。
(101:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

自国の陸軍で使用するモーゼル小銃など小火器は国産化していました。
また、150mmの中迫撃砲、240mmの重迫撃砲も確認されています。
陸軍では上海工部局で1915年には急造ながら装甲車の製作を行なっています。
なお、ヴィッカース6t戦車が「国産戦車」として内外に喧伝されたこともありますが、
こちらは国産ではありません。

また、艦船でも小艦艇なら、上海の造船所で建造しています。
船体だけなら、軽巡洋艦(寧海)も建造しています。
航空機も海軍航空廠が上海にあり、1918年以来数種類の水上偵察機を製造
しています。
軽巡洋艦搭載用の偵察機は国産機です。
空軍では広東省に飛行機工場があり、AP-1と言う軽爆撃機を製造しています。

第2次世界大戦中は、Curtiss Hawk75(P-36の輸出簡易型)の製造を企画したほか、
Curtiss WrightのCW-21戦闘機の製造を行なおうとしていました。
(101:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

中国ってちゃんと空襲警報があったんですか?日本の爆撃機が来ると警報してたんですか?

初期の漢口、周家口、上海では結構不意打ちを食ったようですが、空襲警報網は
重慶遷都後に初歩的なものが作られていました。

物資の集積状況、基地の整備状況もこういった便衣隊の活動で、一目瞭然であり、
次の空襲時期はいつか、目標はどこかが予め推測可能でした。
後は、その目標近くに迎撃隊を進出させ、早朝から夜間にかけて、数機の哨戒飛行
を行うだけです。

また、日本軍の出撃についても、漢口、運城の基地を日本機が離陸するやいなや、
昼間ならばその機数を電信で重慶に報知され、途中の山々の頂には見張り員がおり、
日本機を認めると、烽火を上げます。
そのリレーで、日本機の来る方角を知らせるわけです。
ちなみに、電信と烽火併用でも、中攻、重爆の巡航速度では十分に迎撃基地に通報が
間に合いました。

こうして、少なくとも空襲の40分から1時間前には爆撃機による空襲警報が発令されます。

防空壕も当然ありますが、重慶爆撃の初期には完成していません。
ただ、重慶だけでなく、広東などにも大規模防空施設がありました。
それも、蛸壺方式のような日本に見られた簡易なものではなく、コンクリートで、
入り口に頑丈な鉄の扉を持つ本格的なものです。
重慶のは、1938年から工事が開始され、こうした大規模防空壕(公共用大隧道)を
始め、会社・個人でも防空壕を整備し、1940年には公私あわせて1,865カ所、収容
人員44万余のものになっていました。

但し、初期の頃は当時の人々は都市空襲というものに慣れていないので、避難も
せず、中国空軍の迎撃戦闘を見物しようと、街路、岸辺、丘の上などに出て、空を
見上げていました。
これによる死者が結構あったようです。

後に、重慶爆撃が本格化し、外交使節のいる周辺以外に全ての爆弾が降るようになって
からは、市民も防空壕に避難することが多かったのですが、1941年6月5日の空襲では、
3万人の市民が避難した大防空壕が酸欠状態となり、ほぼ全員が死亡しました(実際の
死者は992人とも言われる)。

ついでに、蛇足ながら、重慶爆撃の回数は1938年12月から1941年9月まで、
まず、12月22日に陸軍が22機で爆撃をしたのを皮切りに、1月7日、10日、15日と
四回に渡って約30機ずつ、ここまで陸軍が担当しましたが、被害は、1月15日に
死者119名、負傷116名を出しただけに終わります。
次いで海軍に担当が変わり、第二連合航空隊の中攻45機が、1939年5月3日に市街
東部と東南部、4日に27機が北部を爆撃し、3日に死者673名、負傷1,023名、4日は
死者1,973名、負傷3,318名で、これはゲルニカ爆撃を上回るものです。
その後、5月、6月に各2回、7月4回、8月6回、9月4回の出撃を行い、1940年5月から
陸海軍共同で、百一号作戦という重慶爆撃作戦を展開します。
陸軍は山西省運城から重爆54機、海軍は漢口から中攻122機を出撃して9月まで
断続的に空襲を行います。
この空襲では、海軍が延出撃日数32日、陸軍が9日、延攻撃機数は海軍が2,128機、
陸軍が322機、投下爆弾数は海軍が14,228発、1,558t、陸軍は1,344発、142tであり、
これにより、死者4,232名、負傷者5,411名、損壊家屋6,955棟の被害を出しました。

更に41年夏季にも空爆が繰り返され(前述の防空壕での死亡はこの時期のもの)、
死者は前年の6割程度になっています(但し、3万人死亡説が正しければ、この数は
もっと増える)。
最後は、1943年8月で、陸軍が行っていますが、これは在華米軍の補強により効果無く
終わっています。
最終的に、被害は、中国側資料でも死者11,800人、家屋損壊17,600棟となっています。
(138:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

国民党軍が使っていた戦車は一号戦車以外にもありますか?

国民党軍は、一号戦車(ドイツ)以外にも仏・伊・英から機甲車両を購入しています。
もっとも初期に購入したのは仏製ルノーFT軽戦車でした。その他の車両は以下の通り。

  • ルノーNC軽戦車(仏)
  • ルノー1931年式軽戦車(仏)
  • ヴィッカース12トン戦車(英)
  • ヴィッカース6トン軽戦車(英)
  • ヴィッカース水陸両用戦車(英)
  • カーデンロイド豆戦車(英)
  • フィアット アンサルド軽戦車(伊)

また、ソ連より供与されたT-26軽戦車も若干保有していました。
大戦後半になると、米軍から供与されたM3/M5軽戦車やM4中戦車なども保有しています。
(146:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

第1次世界大戦後の戦間期の頃、ドイツと国民党の間には深い繋がりがありますが

武器の販売、ライセンス生産、軍事顧問団の派遣etc…これはどういった経緯で出来上がったのでしょうか
第1次世界大戦前から清国とドイツ帝国との関係は非常に良好でした。
海軍の鎮遠とか…。
陸軍も精鋭軍の装備にはドイツの装備を導入していました(モーゼル小銃なんかもライセンス生産してたり)。

英国、フランス、ロシア、日本は領土的野心を剥き出しにしたのに対して、ドイツは比較的そう言った点では
マシでしたし、ドイツは清国と同じく皇帝を頭に戴く帝政でしたので、関係をすんなり築き易かったところも
ありました。

清帝国が倒れてからは、中華民国となった訳ですが、その軍は従来の軍閥を吸収した格好になっていました
ので、ドイツとの繋がりが切れた訳ではありません。
また、第1次世界大戦後のドイツは市場を欲していました。
オスマントルコが倒れた後、一番市場的に進出しやすいのは中国ですし、Versailles体制の監視の目も届きに
くいことから、中国との関係が強化されていった訳です。
(172:眠い人 ◆gQikaJHtf2)
(172:12)

大戦中の中国側の兵器供給元は何所なのでしょうか?

中国軍の装備は種々雑多で、国民党軍にしても、米国一辺倒ではなく、ソ連、ドイツ、日本の兵器も
満遍なく使用しています。
そもそも、中国軍の軍閥同士の戦いでは、戦闘前に互いの装備を一覧表にして交換し、それを見て
その傘下に入るか、戦うかを決めるものですし…。

それから、清の時代から主力の小銃はドイツのKar-98bと同等の国産品、機関銃はチェコのZB26国産品、手榴弾も
ドイツ型です。
南京に装備されていた高射砲は、ドイツ製のクルップ88mm、スウェーデン製75mmボフォース、英国製76mmヴィッ
カースが用いられています。
迫撃砲は、ラインメタル製の81mm迫撃砲を主軸に、150mm、240mmの国産品が確認されています。

第2次世界大戦末期で、蒋介石直属軍の装備にやっと米軍装備が行き渡り、M1ガーランド小銃、M2重機関銃、バズー
カ砲などが配備されています。

共産党については、ソ連製も多かったですし、日本からの鹵獲品、蒋介石軍から供給されていたものなど
も使用しています。
(178:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

蒋介石は重慶を落とされたら、次はどこに逃げるつもりだったのでしょうか?

蒋介石は雲南の昆明辺りまで退いて抗戦を続けるつもりだったらしい。
ただ雲南省政府主席の竜雲はどちらかと言うと和平派であり、汪兆銘のハノイ脱出を手助けしたりしている。
長期にわたって独立を維持してきた勢力なので、すんなりと蒋介石に協力するかは未知数。
1942年夏頃から重慶・成都を攻略する『五号作戦』が計画・準備されており、
南方での戦況の悪化がなければ、蒋介石の命運も危うかっただろう。
(229:294)


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