近代


ドイツ第一帝国、第二帝国はどこにあるのですか?

ドイツ第一帝国は神聖ローマ帝国(~1868)、第二帝国はプロイセン帝国から統一
したドイツ帝国(~1918)のこと。
(16:眠い人 ◆ikaJHtf2)

アメリカ南北戦争時の南軍のテーマ曲?って、ヨドバシカメラのCMでバックに流れている曲で合ってますか?

おそらく「リパブリック賛歌」の事ではないかと。
ご質問にもあるとおり、南北戦争時代の曲ですが、南軍の唱歌であったかどうかまではちょっと分かりかねます。

いまでも、アメリカ国民の間では良く歌われているようですね。
先の同時多発テロの追悼式典か何かで歌われていたのを見た記憶があります。
(20:ちゃぎ)
リパブリック賛歌 一応、こっちが北軍の象徴となってるから。
西部劇なんか見てると、南軍のシンボルは「ディキシーランド」だけど、これが軍歌かどうかは分からない。
(20:673)

映画パトリオット(18世紀アメリカ)の兵隊さんは何で撃たれると分かっているのに立ちっ放しなのでしょうか?

18世紀から19世紀にかけてのは部隊ごとに隊列を組み、撃たれても
行進を止めないで集団で前進する戦術が主流でした。
(隊列を組む事で恐怖心をやわらげるという意味もありました)
それが廃れたのは塹壕戦が定着した第一次大戦の頃になってからです。
(28:名無し四等陸士)

清の北洋艦隊という表現がよく出てきますが、南洋艦隊というのはなかったのでしょうか。

清朝の海軍は客家出身の江蘇巡撫丁日昌が1868年に
献策した北洋・南洋・東洋水師(艦隊)の編成案に始まりますが
宮廷の塞防派(恐露派)・海防派(恐英派)の派閥抗争に巻き込まれ、
水師編成が具体化するのは1874年の日本の台湾出兵後からです。

対日用の北洋水師の充実が優先され、1884年には北洋・南洋・
福建・広東の4水師が編成されています。

ただ、これら水師も清朝直轄の北洋水師以外は、太平天国以来
肥大した軍閥のポケットマネーで賄われた私兵海軍で、
清朝の統率下になく日清戦争で戦ったのは北洋水師のみでした。
(清仏戦争期でも福建水師のみが戦い、仏海軍相手に全滅しています)

南洋水師は主に広東方面を担当し、北洋水師に次ぐ兵備を持っていたようです。
(33:147)

第一次世界大戦のロシアは戦車を使わなかったんですか?

使わなかったんじゃない、造れなかったの。
イギリスのMk1戦車が初めて西部戦線に登場したのが1916年で、
それを見て各国が独自の戦車開発に邁進したけど、
ロシアでは1917年に革命がおきちゃったりして、戦車どころではなくなった。
(40:666)
帝政ロシアでは戦車の実用化には到りませんでしたが開発はしていました。
1914~1916年にかけてベッデクホッドやレノ・ルスキーなど試作しています。

革命時(1918年)には英からMk.Vと仏からルノーFTをそれぞれ輸入して使用し、
その多くは1919年にボルシェビキ側に鹵獲されました。
(40:680)

南北戦争(アメリカ)はどうして始まったの?

えー、工業が発達中で保護貿易体制をとりたかった北部エスタブリッシュメント(産業資本家たち)と
主に英仏との交易で利益を得ていたので自由貿易を堅持したかった南部大規模農場主の利害が
決定に対立したからです
(42:62)

列強諸国が戦前、中国での利権を守る為に中国に持っていた河用砲艦について質問します。

欧米など、例えばイギリスとかの場合は矢張り本国でこのような艦を造って現地に派遣するのでしょうか?
またその場合、このような喫水が浅い艦がこのような遠方までの航海に耐えるのでしょうか?
英国のエイフィス級河用砲艦レディバードはツローン造船所で、
(当然回航されたのだろう)
かの有名なパネー号(パーナイ)は江南(キャンナン)船渠上海造船所で建造されています。
(42:390)
基本的には本国で作って分解し、現地で組み立てるパターンが多いです。
また、現地で建造の場合もありますが。
ただ、コロンビアの河用砲艦の様に、本国まで大西洋を横断したものもあります。
それと、このような砲艦を中国に派遣していた国を一通り教えてください。
中国にてこうした河用砲艦を使用していたのは、英国、フランス、日本、アメリカ、
イタリア、ポルトガル、帝政ドイツ、ロシア(ソ連)、勿論中国ですね。
(42:眠い人 ◆ikaJHtf2)

普仏戦争~一次大戦頃の各国の兵役って日本と同じような感じですか?

国によってそのあたりはかなり違ってくるので一概にどうとはいえません。
ただ、日本の徴兵制はドイツを手本にしているので一年志願兵など
ドイツとは似ている点が多いです。
あと日本は基本的には海軍国ですので現役召集率が低いですね。
たとえばフランスなんかは極端な全員兵役で例外はほとんどありません。
(42:744)

リッサ沖海戦でイタリア軍はマヌケなミスをして勝利をみすみす無駄にしたそうですがこのミスって具体的には何だったんですか?

戦闘開始直前にイタリア側の提督が突然に旗艦を変更したことかな?
これを他の艦は知らされていなかったために、イタリア艦隊は
事実上、指揮官不在の状態になってしまった。
(53:510)
旗艦変更による混乱もありますが、まさに上陸攻撃しようとした
瞬間に敵艦隊が現れたこともイタリア軍にとっては不幸だったようです。
(53:516)

米西戦争におけるスペイン艦クリストバル・コロンは主砲の254mmの無いまま戦争に突入したと何かで読んだ記憶があるのですが何故主砲が無かったのですか?

その通りで最初から10inch砲は搭載されていませんでした。

Cristobal Colonは元々イタリアの装甲巡洋艦、Giuseppe Garibaldi(II)として建造
中のものを、米国との戦争が近づいてきたので、戦力増強のために購入したものです。
(我が国の春日、日進と同じパターン)

で、イタリア海軍ではその10inch砲はイタリア独自の砲ではなく、
英国のアームストロング砲の現地生産で賄っていました。
ところが、スペイン海軍の大口径砲として新たにフランスのシュナイダー砲が採用されました。
と言う訳で、Cristobal Colonには、シュナイダー社製の24糎砲が搭載される予定でしたが、
砲の実用化が遅れたため、主砲を搭載することなく出撃することになって仕舞った訳です。
(63:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

米西戦争以降のスペインの海軍政策の変化についておおまかに教えてください。

まず、主力艦は1887年建造のバーベット艦Perayoと、1898年竣工の装甲巡洋艦Emperador Carlos
の2隻のみとなり、建造中だったPrincesa De Asturias級装甲巡洋艦は敗戦後の混乱のため、1902年
まで竣工しませんでした。
1904年に残されたアフリカへ勢力を拡大すべく、フランスと手を結んでモロッコに進出する中で、艦隊の
再建も急務となり、1908年に海軍法が制定され、英国のVickersなどの支援を得て、造船所の増強と
効率化に乗り出します。

これにより、弩級艦3隻、駆逐艦か潜水艇3隻、24隻の魚雷艇、4隻の砲艦の建造が計画され、1913~
順次竣工します。
また、フランスも対抗上、Normanが魚雷艇の技術供与、ドイツが士官教育を行います。

この後、1913年に34cm連装砲4基搭載の21,000t級戦艦3隻が提案されましたが、大戦勃発によって
中止され、1914年海軍法でBirmingham級に準じた巡洋艦1隻(Reina Victoria Eugenia)が計画され、
1923年に竣工、1915年海軍法でC級軽巡に準じた巡洋艦2隻(Mendez Nuez級)が計画され、1925年
に竣工しています。
1915年海軍法では、更に駆逐艦3隻、10隻の魚雷艇と3隻の砲艦が計画されましたが、いずれも
1920年代の竣工です。

スペインは第一次大戦で中立政策を標榜し、日本と同様、好景気に沸きました。
しかし、政治的は極めて不安定で、1917~23年に13回の内閣交代、カタルーニャの自治権拡大運動、
封建支配層と労働者との緊張関係、モロッコでの反乱があり、1923年のプリモ将軍によるクーデターで
一時的に安定を取り戻します。
この間に、8隻の巡洋艦、16隻の駆逐艦、12隻の潜水艦が建造されています。

そして、1930年代初頭にはリベラ将軍失脚、王制の解体、人民戦線の成立、フランコの反乱で、また
スペイン海軍は疲弊していく訳です。
(66:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

17,8世紀の戦闘について質問です。隊列の一番前の列にいる人っていうのはどうやって決まるんですか?

指揮官
(68:615)
横隊の場合単位部隊の指揮官や幹部は
後方か両翼に位置して監視的役割をすることが多いので、最前列に
いることは少ない。分隊長クラスならありえるが
前列はしばしば変更され、罪人や栄誉とはそれほど関係ないと思われ。
というか、歴史的にどんどん横隊は薄くなるので最前列の比率は増えていくし。
(68:713)

米西戦争の時のセルベラ艦隊のテラーって何処行ったんですか?

TerrorはPuerto RicoのSan Juanに残され、彼の地を封鎖する米国の仮装巡洋艦を
1898.6.22に攻撃しています。
その後、損傷して擱座し、San Juanで修理の後、本国に回航されました。

1920年初頭に掃海艇に分類され、1924年に除籍されています。
(73:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツ艦隊が米西戦争に介入しようとしたけど、イギリス艦がそれを阻んだの?

資料を色々当たってはいるのですが、ドイツが米西戦争に介入しようとした
と言う話が無いのですよ。

当時はモロッコの領有と青島の領有で海軍にも余裕はないですし、米国が
装甲巡洋艦を主力としているのに対し、ドイツの東洋艦隊は小型巡洋艦と
通報艦、砲艦程度しかなかったはずです。

米西戦争の戦後処理でドイツがカロリン諸島など旧スペイン領を購入した際
には、巡洋艦が2隻派遣されただけでしたからね。
(76:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ナポレオン当時のフランス陸軍って大陸軍と名乗っていたと思うんですが「大」陸軍 か「大陸」軍どっちなんでしょう?

「la Grande-Armee」のGrandeは「大きい」の他に「偉大な」という意味が
あり英語でいうとgreatの方が適訳でしょう。
だから「大」陸軍が正解。
(76:496)
大陸軍なんて名称がナポレオン的だよね。単純なかっこよさ。
兵士を鼓舞する名言を吐いたり、惹きつける要素をもってる。
一介の前線司令官から皇帝にまで上り詰めた男だし、英雄だよね。
(76:621)

17~18世紀の英国ユニオンジャック誕生の経緯について

転載しますのでどうぞ。

375 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 投稿日:2003/03/02(日) 18:12 ID:???
373
Union Jackは1606/4/12のJamesIの勅状で成立したものです。 
これには、以下のように書かれています。
「海上航行に於いて、南ブリテン(イングランド)と北ブリテン(スコットランド)の余が 
臣民の間にその使用する旗について相違があり、それによって今後係争が発生す
るのを避けるため、余が枢密院の助言に基づき、以下のごとく定むるものとする。 
自今Great Britainの諸島ならびに王国に所属する余が臣民に於いては、そのメイントップ 
に赤い十字、所謂Saint George Crossと、白い十字、所謂Saint Andrew Crossを、紋章官の 
作成する形に従って組み合わせた物を掲げる物とする」

これで作成されたUnion Jackは、今の英国国旗にある赤い×十字はありません。
この赤いX十字は、アイルランドを表していますが、17世紀にはアイルランドは別世界だった
ので適用されませんでした。 
ちなみに、Cromwellの共和制時代は、それが消えたりしています。

376 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 投稿日:2003/03/02(日) 18:33 ID:???
375の補足ですが、

1606年以前は艦尾とメイントップには各国(イングランド、スコットランド)の旗が
掲揚されていました。
1606/4/27~1634/5/5までは、ForeMastに白地に赤十字(Saint George)、Main Mastに
Union Jack、艦尾に赤地に白地で赤いSaint George Crossのカントン(旗の右上1/4に付
けられたデザイン)でした。
1634/5/5~1649/2/23、1660/5/5~1702/2/5、1702/5/6~1707/7/28までは、艦首に、
Union Jack、艦尾に青地に白地で赤いSaint George Crossのカントンでした。
1649/2/23~3/5には艦首が白地に赤十字のSaint George Crossとなり、艦尾は、赤地に
白地で赤いSaint George Crossのカントンに戻りました。
1649/3/5~1648/5/18には共和制のため、艦首はSaint George Crossとアイルランドの
青地に金色の竪琴が半分ずつ描かれたものとなりました(艦尾は同じ)。
1658/5/18~1660/5/5には、艦首のそれは再びUnion Jackになりましたが、中心部に、
アイルランドの青地の楯に金色の竪琴が加わっています。
1702/2/5~5/6にはアイルランドの竪琴が取り払われ、艦尾の旗が変わって、赤白赤の
横三色旗に一番上の赤地に小さなSaint George Crossのカントンが付きました。
1707/7/28~1801/1/1になって、艦尾の旗がまた代わり、赤地一色にカントンがUnion Jack
となっています。
1801/1/1~1864/7/9までは、艦首旗は現在の赤いX十字が付いたUnion Jackとなり、
艦尾は赤地旗が用いられ、1864/7/9~は艦尾旗は白地に赤十字でUnion Jackのカントン 
という、White Ensignになって、現在に至っています。
(79:名無し軍曹)

黒船って石炭の補給無しで太平洋を横断できたんですか?

いや、アメリカ渡洋艦隊は石炭補給艦を同行させてきた。
(81:8)
できません。
黒船は大西洋を渡り、アフリカ、インド、シンガポール、中国等を経由する航路で日本に来ました。
(81:9)
当時の情勢はみなもとたろうさんの漫画「風雲児たち 幕末編」なんかが判りやすいですね。

当時の米国の船舶のうち、捕鯨帆船は縦横無尽に太平洋を横断しています。
日本もマグロが豊漁になったり知らず知らずその影響を受けてます。
しかし、蒸気船は大西洋アフリカ周り(スエズ運河は未開通)です。
寄港地(石炭や食料は現金取引)が多くありますからその方がリスクが無かったようです。
また、蒸気船による太平洋横断は、驚いたことに我が国のかんりん丸が最初とされています。(快挙と言うより暴挙らすい。)
(81:21)

プロイセン時代からのドイツ軍将校は、貴族出身が多かったようですが具体的なパーセンテージは分かりますでしょうか。

5%
「ドイツ参謀本部」より
(86:228)

先日ビデオにて「パトリオット」というアメリカ独立戦争の映画を見たのですが、その戦闘シーンが腑に落ちないんです。

両軍の鉄砲隊が横一列に並んで30~50m近くまで接近し、一斉射撃。そして2発目を撃つために両軍そのままお見合い状態のまま必死に弾込め、
先に弾入れたほうが撃つ、という感じでした。見てて非常に間抜けな戦闘方法でした。

あれなら、射撃をした列は直ちに2列目と後退するとか、銃剣突撃するとかのほうが有効だと思うのですが・・・本当にあんな戦闘してたんですか?
してた。何列かで交代はもちろんあった。

遮蔽物はまずい。そのまま出てこなくなったりいなくなったり兵が出るから。
散開して遮蔽とって戦闘するには下級指揮官の質と兵の軍/国家への帰属意識が必要。
(くだらない質問はここに書け!:211)

アメリカの南北戦争の時って、敵対する相手同士一列に並んで、合図と同時に互いに発砲するんですよね。運動会みたいに?

それとWW1当時の塹壕やら鉄条網やらの徹底ぶりの違いに驚きます。この辺の変遷やら背景についてお分かりになる方いらっしゃいますか?

多分、映画「グローリー」とか観たんだろうけど
そんな風に横一列で撃ち合うなんてやってたのは最初だけ。
段々と塹壕や散兵戦術・野戦築城等を活用するようになっていったんだよ。
末期になると本格的な塹壕戦と攻城戦を行うようになった。
(481:682)

この頃から既にライフル銃が出回り始めていて、従来の戦法通り突撃した騎兵やら、
敵横隊前での機動を行ったりした歩兵がばったばった薙ぎ倒された。
前後の戦争と比較して南北戦争の死者が多かった要因の一つ。

この辺りを境にして散兵突撃が用いられるようになった。
もっとも、現代の分隊突撃から比べればまだ詰め込みすぎで、
第一次世界大戦では機関銃の餌食となる羽目になった。
(481:683)

敵対する同士がならんで・・・というのは主にマスケット銃のころの戦い方
南北戦争ではライフル銃が普及しててもやってたので、被害がえらいことに・・・

WW1のころはさらに機関銃などがでてきて、隊列を組んだ歩兵というものが
ただの的になってしまい、塹壕戦になったのです
(481:684)

一列に並んで発砲するのは南北戦争初期の頃。
当時のマスケット銃の射程が短くて命中率が低かったから
ああしないと敵に当たらない。

中期以降になるとライフル銃が使用されるようになって、
射程も長くなって命中率もヤバいくらい上がった。
横一列の隊形なんかとってたら全滅しちゃうので塹壕も掘るし隊を分散して配置するようになった。
(481:688)

近世以降騎兵が最大の戦果もしくは戦略的意義を発揮した会戦名を教えてください。

「最大の」とすると回答が極めて困難(主観による)ので、参考までに有力そうな例をあげますと、
日露戦争の奉天会戦では騎兵が無視できない戦略的意義を発揮しています。
意外な様ですが、日本側で。

会戦に先立ち、日本側は永沼挺身隊をはじめとする複数の騎兵部隊を組織し、ロシア軍の後方攪乱に投入しています。
彼らの規模は、敵手たるロシア軍の騎兵と比べると微々たるものでして、直接的には、戦局に影響する様な戦果は上げていません。
ただし、敵地深くへ潜り込んで破壊活動を行い、一部ではロシア騎兵を蹴散らしたり、となかなか派手に暴れています。

で、彼らにやられたロシア軍将兵が大げさにその脅威を言い立てた結果、ロシア軍司令官クロパトキンは最終的に
「我が軍の後方で日本軍騎兵1万が行動中」(!)
などという途轍もない虚報を受け取ることになります。
この虚報にクロパトキンは深刻に動揺し、奉天会戦での決定的局面において
「鉄嶺に日本軍大騎兵部隊出現、後方遮断の危険あり」
というこれまた虚報を信じ込んで、全軍退却を命じる結果になりました。
これが奉天会戦における日本の勝利に結びつきます。
まあ、あまり華々しくはないのですが、戦略的意義、という点では重要な役割を果たした、と言えるのではないかと考えられます。
(352:9)

ナポレオン戦争など、昔の戦争は概してその期間が長かったのはなぜでしょうか?

年表でも貼っとくか
ナポレオン
1796.3~97.12 イタリア遠征(1年9ヶ月)
1798.5~99.10 エジプト遠征(1年5ヶ月)
1805.8 第3回対仏大同盟
1805.10 トラファルガーの海戦
1805.12 アウステルリッツの三帝会戦
1806.10 イエナの戦い
1807.11 スペイン侵攻
1808.3~14.4 イベリア半島戦争(6年1ヶ月)
1809.5 オーストリア侵攻
1812.5~10 ロシア遠征(5ヶ月)
1813.3 第3回対仏大同盟
1813.10 ライプチヒの戦い
1814.5~15.2 エルバ島配流
1815.6 ワーテルローの戦い
1815.10 セントヘレナ島へ配流
(546:243)

ナポレオンって人はいろいろ軍事の常識を変えた人らしいんですが、どんなところが革新的だったんでしょうか?

歩兵・砲兵・騎兵の連携や輜重を重視したことかな。
輜重の重視によって缶詰ができたしね。
おでん缶ができたのもナポレオンのお陰と思うと、感慨深いよねw

今まで密集隊形しかなかった陣形に、散開した部隊を組み入れたこと。
革命熱で愛国心の高い兵士が多かったので、散開陣形を使っても
兵士がそのまま逃げちゃう危険性が低かったからできた。

あと砲兵の集中使用とか軍全体の機動力の重視、かなあ。
(345:46,49)

フランス革命時、パリに迫ったオーストリア・プロイセン連合軍に対しフランス側の義勇兵が連戦連勝だった、ということが疑問です。

何がフランスにそこまでの力を持たせたのでしょう?
どう考えても、統制の取れた軍隊に対し、士気の高いだけの義勇軍がまともに戦えるとは思えないのですが。
最初のフランス義勇兵は連戦連敗だったが。
途中で徴兵制を採用し、徹底的にカルノーが軍制改革してから連戦連勝できるようになった。
あとまあ、当時の軍隊は傭兵軍で質も士気があまり高くなかったので、
統制のとれたプロの軍隊とは言い難い。
フランス義勇軍も主力は素人だが、元正規兵が多く交じってたし、
指揮官は皆プロの軍人だったので、連合軍と義勇軍の質の差は実はあまりない。

当時の軍人が描いてた陣中日記に
「なんでフランス軍はあんなに兵隊がいるんだ。倒しても倒しても兵士が湧いてくる。
 フランス人はシラミか何かの親戚なのか」
って描写があったり。

元々ヨーロッパの国の中では農業生産力の余裕があったので人口が多いフランスは
その点で有利だった。

初期のフランス義勇兵はとても質が低かったが、士気が無意味に高いので、数の多さと
相まって実際の戦場ではそれなりの力を発揮した。
「仕事」なので戦争に来た。嫌になったり負けそうになったら逃げよ」←「逃げる奴は隊列の両脇に控えた将校下士官がブチ殺すぞ!」
という傭兵と無理やり連れてきた徴集兵の軍隊と
「革命を守れ! 祖国を守れ! 俺は戦場で手柄を立てて故郷に凱旋するんだ!」
という数だけはいるヤル気満々の素人集団だと、後者のほうが強かった。

損害も相当に多かったのだが・・・。
(609:587,594)

近世の西洋で、施条式の火器が普及してからも、騎馬兵士の利用価値はあったのでしょうか?

コテコテに鎧を身に着けた重装騎兵はラヴェンナ会戦(1512)以降、あまり用いられなくなりましたが、軽装騎兵の活躍の場は、まだ残されていました。
ワーテルローにおいても、歩兵と協同しての騎兵突撃は行われています。
高速を活かして、戦線を混乱させ歩兵の突入の隙を作ったり、後方へ迂回して正面以外から攻撃を加えるor退路を断って敵を混乱させたり。
他にも、偵察や哨戒、伝令、出番のない攻城戦のときは、部隊後方で敵の増援を察知するための後方警戒線を張ったり。
使い道はたくさんあります。
銃や銃剣、大砲の登場によって、それ以前より価値は低下しましたが、騎兵は依然として重要な兵科であったことは変わりありません。
主要先進国も、WW1開始直後までは騎兵が前線にいたようですが、機関銃の大量配備により、これ以降は前線における運用は出来なくなりました。
その後はわずか規模・期間ですが、騎兵の機動力を生かして素早く戦場手前まで移動、その後兵隊は馬を下りて、歩兵として戦うという方法が一部で用いられました。

ライフル銃の登場は、騎兵衰退の決定的な要因ではないと思います。
(317:647)

義和団事件で白人兵士が義和団に機関銃をぶっ放している挿絵をよく見ますが、ガトリング機関銃が使用されたんでしょうか?

されたとしたら、日本軍は機関銃の威力を認識しなかったんでしょうか?
使われています。また、日本軍は機関銃の威力を比較的早く認識していました。
日露戦争でも日本軍は積極的に機関銃を使っています(使われてもいますが)。

欧州の観察武官もこれを見ていますが、自国の戦争に取り入れることが遅れ、
特に英国は第一次世界大戦において、自国の兵士の生命という大きな支払いをすることになります。
(304:396)

近世・近代ヨーロッパで騎兵はピストルやライフルなどで武装していますが、馬上で弾を撃つと、そのまま馬上で弾を装填していたのでしょうか?

先込め式しかない時代に、不安定な馬上で弾を装填するのはかなり厄介な気がするのですが。
単発式しかない時代は何丁も予備を持ち歩いてそれを順次使ってた。

隊列の最後尾に戻って再装填→再射撃という「カラコール」戦術というのもあったのですが
そこまで良い戦術でもなかったみたいで、次第に手持ちの分撃ち尽くしたらサーベルで襲撃、
という戦術運動に変わっていきました。
(302:597-603)

シャーマンは南北戦争で、なぜ自軍が制圧した敵地を焦土化したのでしょうか?

現地調達を行う事で補給の軽減を図り柔軟な機動を可能とするため「現地調達」を行った
名目上は住民の協力が得られない場合に報復として個人資産への破壊が容認された。
また、北軍は洋上を支配し河川交通もある程度支配していたので
南軍領を焦土化しながら行軍しアトランタから大西洋岸にたどり着けば補給は確実に受けられた
それゆえ「海への進軍」という。:

大西洋にたどり着けば確実に補給を受けられる
それまでは、敵地で「現地調達」を行い補給負担を軽減し
軍の機動力を確保することで、「敵をジレンマの角に立たせて」
敵を翻弄し自軍の優位を保つことができる。
非戦闘員への戦意喪失も不可欠と考えていたのでは
シャーマンがナッシュビルからアトランタへ進撃した時は
アトランタが目標であること南軍に判断され、
その進撃路に南軍に陣地を構築され抵抗され
その迂回や突破に時間と兵力を要したため

次の作戦では南軍の兵力集中を困難にするために
主目標を明確にせず幅広い進撃路をつくり、その進撃のため
敵地で「現地調達」を行い補給負担を軽減し
軍の機動力を確保することで、「敵をジレンマの角に立たせて」

要するに自軍の主目標を欺瞞するため

シャーマンの考えだけで作戦が実施可能だったわけでも
「南軍を応援する非戦闘員への戦意喪失」だけが目的であったわけではない。
(662:727-765)

アヘン戦争が、ナポレオンのロシア遠征や日中戦争の様に、広大な領土の奥地に引きずり込まれて泥沼化しなかったのは?

清朝が中央集権的な力を失っていたからなんでしょうか?
彼らは中華思想で中央から遠い地域の切捨てをさほど問題視しなかった。そんだけ。
例えばアヘン戦争以前にも属国だった近隣諸国を次々植民地化されても取り替えそうとしていない。

清王朝がまだ強大だったからこそ領土のほんの一部を割譲して、それ以上の損害を防いだ
株の世界でいう損切りみたいなもん
香港をイギリスに割譲されたり、日本に台湾と引き渡した事も清朝にとっては、痛くもかゆくもなかったんですか?
香港は当時、何もない山野にすぎなかったし、台湾にいたっては
政府に反抗を繰り返す蕃族が支配していて、おまけに治療手段が確立されてない熱帯性の悪疫が
はびこる厄介モノにすぎなかった
(294:606-611)

南北戦争について

ゲチスバ-グでの戦闘以降も南軍には残存部隊がまだたくさんあって北軍はてこずってとも聞きました。
また黒人部隊の規模はどれぐらいだったのでしょうか?
この南北戦争の終結により武器が大量に膨れ上がりその兵器は幕末日本へ輸出される
ことになり戊辰戦争の終結にもなった…という話も聞きましたが。
ゲティスバーグの戦いは1863年7月1-3日。
南軍の組織的な抵抗が終わりを告げるのが1865年4月で、
南部連合の大統領ジェファーソン・デイビスの逮捕が同年5月。
ゲティスバーグの戦いは、東部における南軍の攻勢が不可能になった
という点で、転機には違いないんだけどね。
そこから約2年にわたり南軍の抵抗は続いた。

手頃なソースが無かったんでキューバ史の年表で悪いんだが。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/cuba/~1868.htm
この年表の1863年を見ると、
「1.1 リンカーン,奴隷制廃止宣言.以後1年間で北軍に参加した黒人兵は20万人に及ぶ.」
とある。20万人以上が1865年までに参戦した勘定になる。
ウィキぺディアで「南北戦争」の項目を引くと、
「最終的な動員兵力は北軍が156万人、南軍が90万人に達した。」
との記述があるので、ここに関しては大げさ。
ただし、20万人以上の兵力というのは馬鹿にならない数字だと思う。

アメリカが盛んに幕末期の日本へ兵器を輸出したのは本当。
銃砲だけでなく、砲艦「ストーンウォール・ジャクソン」まで売ったほどだ。
南北戦争の余剰兵器も含まれていただろうことも想像に難くない。
ただし、当初のアメリカは幕府にも新政府側にも兵器を売ってるので、
むしろ戊辰戦争の激化に加担したとも言えるw
(279:357)

シベリア出兵で日本は何故ソ連のパルチザンに負けたんですか?

あれは国際状況の変化にともなう自主的な撤退だったはず。
負けてばかりでバイカル湖まで進出できるわけないだろ、と。
(戦争板初質スレ7:415)

ナポレオンはモスクワに侵攻せず、サンクトペテルブルグに侵攻して沿岸部を抑えれば元々の目的であったイギリスの大陸封鎖を達成できたんと思うのですが

その場合、ペテルブルグ占領軍なり、フランスの傀儡政権なりは、南方にいるロシア軍の脅威に晒されるが
脅威を取り除くには、ロシア軍の主力を壊滅させるか、フランス有利の講和条約を押し付けるしかないわけで、
史実同様、モスクワ方面への侵攻が必要になると思うんだ
(俺初質スレ50505:908)
ナポレオンの基本思想は土地の取りあいじゃなくて
主力軍を撃破することによる決戦戦略だから
(俺初質スレ50505:911)



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