ヒトラー



アドルフ・ヒトラー伍長の戦歴を教えてください。

1914年
オーストリア国籍のままドイツ帝国陸軍に志願、入隊。
第1バイエルン歩兵連隊に配属。
10月
第16予備歩兵連隊に配属、ベルギー/イーブルで英軍、ベルギー軍と戦闘。
砲撃で電話線が破断、伝令として塹壕を行き来する高危険度任務を遂行し、
12月第2級鉄十字章を受賞。

1916年10月
フランス/ソンムにて、砲撃を受け負傷。
1917年 3月
復帰。
1918年5月
連隊賞状を受賞(連隊賞状の詳細は不明)
6月
マルヌで、仏軍伝令兵4人を捕虜とする。
8月
第1級鉄十字章を受賞。通常は将校のみ受賞する。当時、階級は伍長(勤務上等兵)
10月
英軍の毒ガスにより一時失明、入院。
11月
有名なキール軍港の水兵反乱。
1919年
退院。バイエルン第2歩兵連隊へ転属、その後ミュンヘン第7師団に転属。

……専門書のご購入をお勧めします。
(12:877)

ヒトラーがロンメル死後、ロンメルが無実だと思い直したとかいう記録みたいなのは残っていますか?

当のヒトラーは、暗殺事件以降は体調が悪化の一途を辿り、おまけに侍医が怪しげな薬を乱用したせいか、
ロンメルはおろか国防軍の将軍(信じたのはシェルナー元帥位)を信用しなくなります。
45年3月以降はもう国防軍そのものが「裏切り者の集団だ」などどいった
ことを口走る位に信用していなかったので、可能性は皆無だと思います。
(最後にはSSもヒトラーを見限った位ですから、尚更でしょう)
(23:名無し四等陸士)

ヒトラーは国防軍司令官ではありますが、軍人の階級を自らに付しませんでした。これは何かこだわりがあるのでしょうか。

ヒトラーは、第1次世界大戦に授章した鉄十字章しか身につけませんでした。
彼には、将軍や王侯貴族に対する反感があり、そのような部分にも一般大衆の受けが
あったようです。
そこらへんのこだわりかと。
(60:93)
むしろ、階級や徽章をつけない事でヒトラーは自らを神格化したのです。
つけていたのは党章とWW1の時の鉄十字章だけでした。

まわりの党幹部や軍人はさまざまな階級や徽章をヒトラーから貰う事によって
よりヒトラーに近づけるのだ。という思想だったのです。つまり、ヒトラーの
立場は誰かが定義できたり徽章を与えたり出来るものではない。と言う考えなんですな。
(60:103)
村瀬興雄「ヒトラー」中公新書によると、ヒトラーの伍長昇任は
無かった様子。自衛隊みたいに退官時陸士が3曹になるような
こともなかったんじゃないかな。
伍長勤務ではあるけれども。
(60:115)

ヒトラーの言ってた、最も優秀であるという純粋ゲルマン民族とは?

ゲルマン民族自体、古い時代に半農半猟生活を送っていた民族を漠然と言ってるだけ。
純粋なゲルマンって考え方自体が、破綻している。
(69:865)
西ゲルマン語族がゲルマン民族なら、イギリスも含まれるのですが・・・。
それ、ヒトラーの「英独両国民は民族的に近い」の理論的根拠
(69:867)
まあ純粋のアーリア人種とは

ヒトラーのように金髪で
ゲッベルスのように背が高く
ゲーリングのようにスマート

という皮肉があるくらいですからね...
(69:868)
ナチスの提唱していたアーリア人自体、言語学上の概念を民族に
当てはめたナンセンスな概念です。

ナチスの思想の源流の一つとなった人類学者ハンス・ギュンターの説では
「金髪碧眼、長身、スマートな白人」の北方人種が最も優れており、
その純潔性を高めるべきだとしています。あえて言えば北ゲルマン語族でしょうか。

ヘルマン・グラーザーの「ヒトラーとナチス」(社会思想社)などがこの辺に詳しいので、
参考にされると良いと思います。
(69:870)

ユダヤ人「絶滅」に関する「総統命令」は一切存在していないというのはマジ?

ここでいちいち証拠を出すとキリがありませんが、よくある歴史修正主義者です。
「歴史修正主義者」等で検索して、参考文献をご覧になったほうが確実かと。
(80:65)

戦後ヒトラー総統の官邸や地下壕はどうなったんですか?

東ベルリン側にあった総統地下壕は長らく封鎖されて放置されていたが、ドイツ統一後埋め立てられ現状は何一つ残っていない。
記念として残すべきという意見もあったが、ネオナチの聖地になる可能性が高いということで破壊された。
(310:363)

ヒトラーがユダヤ人を迫害して優秀な学者や技術者がドイツから逃げ出したりしましたが、それで兵器開発に支障が出ることはなかったのでしょうか?

ドイツの原爆開発はその典型?
ドイツが本格的に兵器を開発・生産した時期=ヒトラーが政権を取った時期
ですから兵器の開発・生産・研究に携わる人達の中にユダヤ人はいませんでした
勿論、迫害されたり亡命したユダヤ人の中にはその面で才能のある人もいたでしょうから、
影響が出ていたと言えば出ていたのかも知れません
そういう人達が兵器の生産・開発・研究に携わっていれば史実以上に優れた兵器を大量に
生産していた可能性も無くは無い
(309:259)

ヒトラーは何で主力水上艦は不要だって思想持ったの?

主力水上艦が目に見える戦果をあげなくなったから。
バレンツ海海戦なんかが典型で、
その失敗後に水上部隊派のレーダーが首になって、大型水上艦の解体命令が出されてる。

ただ、その背景には、大型水上艦の喪失を恐れたヒトラーが、
大型水上艦の行動を抑制していたという事情もある。
対等な敵にあったら逃げろといわれてては、逃げ腰にもなるわな。
(547:580)

ヒトラーは兵器一つ一つにコメントしたと聞きましたがそれはどのようなモノだったのでしょうか?

戦車はもっと大きく!装甲厚く強力な主砲を!電動モーター?ナイスじゃないか博士!
ジェットエンジンは爆撃機に!戦闘機!?レプシロで十分だそんなもの!
さっき見せてもらったA4いいね!ただちに兵器として採用し月産二千発を目指すように!これは他の兵器より優先する!
ついでに高圧ポンプ砲も開発を急げ!カレーに並べてロンドン砲撃だ!
やはり基本的に無茶苦茶で夢が先行したものだったんですね。どう転んでも画家は画家という事でしょうか
いや、それが意外と的を射た判断も多かった。
特に戦車開発の前期とV2は電撃戦ドクトリンに並んでかなりの明断。
普通の国なら硬直した思考や人事のしがらみに埋もれて終わりだったろうものに
鋭く目をつけたのはヒトラーの英断だしそれを可能にしたのは独裁政治のフットワークの軽さ。
ただし、それらがデメリットを生んだ事例も当然あるというだけで。
(527:329,336)

ヒトラーと電撃戦の関連は?

電撃戦という軍事教条は1940年の時点で存在していない。
その辺の事情は、レン・デイトンの『電撃戦』で基礎的な情報を仕入れてから、
カール=ハインツ・フリーザー『電撃戦という幻』を読めば、理解できる。

ヒトラーは装甲部隊、自動車化部隊の設立に理解を示したのは確かなのだけど、
それは政治宣伝効果という側面でしかみておらず、グデーリアンらの提唱する
自動車化部隊を用いた新しい戦争の形態に理解と賛意を示したからではないぞ。

グデーリアンら、自動車化推進の将校らが目指した、1940年の対仏戦以降の「電撃戦」は、
1939年時点では、まだ彼ら将校の思念の中にしかなく、
マンシュタインの鎌計画を得て、対仏戦が成功を収めたから、後付けで実体化されたに過ぎない。
(527:344)

ヒトラーは「日本の攻撃がなくてもアメリカとの開戦は時間の問題だった」と語ったというのは本当?

ヒトラーの発言のソースはマルティン・ボルマンがヒトラーの発言を
口述筆記した記録にある。

「日本の参戦は、ルーズヴェルトのために絶好の口実を与え、アメリカ軍を
我々に対して動員するきっかけを作ったとは言え、我々にとっては何らの不
利な結果も伴わなかった。しかしルーズヴェルトは、ユダヤ人にはっぱをか
けられて、日本の参戦がなくても、国家社会主義を殲滅するための戦争を決
意していた。」
http://www.harashobo.co.jp/new/shinkan.cgi?mode=1&isbn=02246-9

同書の中で最終的にアメリカの参戦は避ける方法はなかったことと
日本の参戦はドイツにとって幸運だったことも述べられている。
(615:261)
ヒトラーは米国の参戦が避けられないと判断してたわけね?
しかし対米宣戦すれば100%敗北って火を見るより明らかだと思うんだけど、
開戦前から、アメリカからイギリスへの輸送船団の護衛をアメリカが、イギリスの領海ギリギリまで
行うようになり、ドイツに対して見つけ次第沈めると警告してた。
ドイツ側としては、WW1のこともあり、誤認での攻撃を避けるために攻撃禁止命令が出てたのだが、
そのせいで、撃沈の戦果が上がらず、海軍側から、ヒットラーに対して、撃沈許可の要請がひっきりなしに
上がってた状況なので、ドイツ側の忍耐も限界近かったという状況。
ヒットラーとしてもイギリスへの物資の搬入阻止がイギリスに勝つ条件なので、回避という選択肢はなかった。

ドイツ陸軍アメリカ駐在武官のベティカー中将が
アメリカの戦力・戦争遂行能力について
極めて過小評価した報告書をあげていて
ヒトラーはその報告書に非常に感心をもっていたといわれている。

100%敗北というのは、ようするに後知恵だな。
(615:324-329)

ヒトラーは原稿とか無しで2時間くらい演説ができたっていうのは本当?

その話が本当かどうか知らんが、戦後米陸軍情報部がヒトラーについて調査したことがある。
それによれば頭脳明晰判断能力優等、記憶力は信じがたいほど高かったそうだ。
実際独逸の将軍連が驚くほどの莫大な知識を持ち合わせていた。
それに映像を見る限り、原稿なしで演説している。
さらに精神状態は健康そのもの、異常は全くみられないという結果が出ている。
ヒトラーを狂人に仕立てた歴史家は余り信用しない方がいい。
(288:706)

ベルサイユ条約を破ったときに、軍事制裁されたらドイツは崩壊したはず

じゃ、逆に、なんでヒトラーはそういう状況下で再軍備宣言をしたんだろうかね?
賭けです。
ヒトラーは、イギリスやフランスが攻撃しないだろうと、賭けたのです。
それに勝ちました。

第二次世界大戦後、フランス軍に尋問されたドイツ軍のハインツ・グデーリアン将軍は、
「もし、1936年にフランス軍がラインラントに進軍すれば、我々は敗北し、ヒトラーは失脚していただろう。」と答えた。
またヒトラーもフランスが動かないという確信を持っていたわけではないと後年、以下のように述懐している。
「ラインラントへ兵を進めた後の48時間は私の人生で最も不安なときであった。
もし、フランス軍がラインラントに進軍してきたら、貧弱な軍備のドイツ軍部隊は、
反撃できずに、尻尾を巻いて逃げ出さなければいけなかった。」

(693:霞ヶ浦の住人 ◆1qAMMeUK0I*一部修正)

ヒトラーは占星術などオカルチックな物を好んだそうですが、キリスト教徒ではなかったのでしょうか?

ナチスはその初期の支持団体に北方アーリア(ゲルマン)人種の優越性を唱えるオカルティックな団体であったトゥーレ協会
というものがあった。
しかしヒトラーはナチスの創設期からの党員ではなく、いわれているほどオカルティズムに傾倒しているわけでもなかった。
ナチスの主導権を掌握したあとではむしろオカルト勢力の影響力を排除している。
キリスト教徒が圧倒的多数を占めるドイツで、キリスト教を否定する政治家が支持をえることは難しいのは当然だろう。
ヒトラーの演説においても、神の恩寵や自らの救世主的使命を強調するような発言が多く決して公然とキリスト教を否定することはなかった。
ヒトラーはユダヤ教を母体とするキリスト教に好意を持っていなかったが、同時にキリスト教的な使命感をもっていた。
ちなみにヒトラーは母親を非常に愛していたが、彼女がクリスマスの頃に病死したためこの時期はしばしば憂鬱な感情に捉えられたという。
これが彼のキリスト教に対して好意を抱かなかった遠因ともいわれている。

オカルト的なものへの傾倒や反キリスト教的な性向は、むしろ親衛隊国家指導者であったヒムラーの方が濃厚である。
彼は親衛隊への入隊者に対し教会からの離脱を強要したり、アーネンエルベ(ドイツ先祖遺産協会)という古代ゲルマン民族の優越性を証明する組織を作った。
しかし、親衛隊への教会離脱はしばしば反発を招き、ヒムラーのオカルト趣味はしばしばナチス指導層の間でも失笑の対象になっていたという。

総じて見れば、ヒトラーを含むナチスドイツはオカルト的な性向はあったとはいえ、決してそれのみで動いていたわけではない。
ナチスドイツをオウムのようなオカルト(言い方を換えるとカルト的)団体=国家と見るのは彼らを極端に卑小に、もしくは過大に見てしまうことになる
(101:905)

ヒトラーの家族って戦後どうなったの?

ヒトラーの一族についてはこの本がくわしい
『アドルフ・ヒトラーの一族―独裁者の隠された血筋』

ヒトラーは独裁者には珍しく自分の家族や親族を優遇しなかった、というより政権掌握後は故意に自分から遠ざけようとした。
そのため西側の占領地域にいた者には非ナチ化裁判にかけられたものもいたが、罪に問われたものはなく戦後はひっそりと暮らしている。
ただ東側にいた者の中には、ほとんどヒトラーと面識がなかったにも関わらずソ連に連行され長期間拘留されたり死亡した者もいる。
イギリスに渡ったヒトラーの異母兄アロイスの息子ウィリアム・パトリックは米国に移住して戦時中米海軍に従軍し、
その子供は戦後名を変えてアメリカに住んでいる。
(278:945)

ヒトラーの戦略はどこで間違えたのでしょうか?

略奪的な拡張主義政策が成功を収めていた、という点で言えば、
1938年のミュンヘン会談の結果に便乗し、チェコを併合、ソロバキアを保護国にした時点までは
彼の戦略は当たっていた、と言えるかもしれません。

ただ、一方で参謀本部筋が常に、世界大戦の危機に警鐘を鳴らし、
そうなったらドイツは必敗だと警告し続けていたことにも注目する必要はあるでしょう。

そして、その参謀本部の警鐘・警告が現実のものとなったのが、ポーランド戦のわけです。
当初、ヒトラーとその周辺は、ドイツ本土から東プロイセン間のポーランド領…
いわゆる「ポーランド回廊」の割譲を迫ったわけですが、
ポーランドはその要求を飲む気はさらさらなく、さすがに英仏もこれ以上の妥協と宥和は不可能という態度に転じました。
ヒトラーにしてみれば、前年のミュンヘン会談の再現を狙ったこの要求。
結局、想定もしていなかった第2次世界大戦を引き起こすことになりました。

ポーランド戦および西方戦役の成功は、飽くまでも作戦上の勝利でしかありません。
西方戦役に勝利しても、英国は屈服させることはできず、手詰まり状態。
その後、バルカン戦役、そして対ソ戦へと流れていきますが、これらも、後知恵でみれば戦力の過剰展開でしかありません。

そもそもがヒトラーの膨張主義的な政策が根本から間違っていたと言えるかも知れませんが、
その膨張主義的な政策において決定的な誤りを犯したと言えるのは、やはり1939年ということになるでしょう。
(276:64)

ミュンヘン一揆のあと、首謀者のヒトラーはなんで重刑にもならず、さっさと釈放されたんですか?

あれって内乱罪とか反逆罪で、普通の国家なら死刑になってもおかしくないでしょ?
Bavaria州では既に有名人でしたし、政界、財界、法曹界にも伝手が沢山おり、
各界から圧力を掛けられたので、裁判所は禁固五年に処し、なおかつ最高裁
で釈放命令が九ヶ月で出されています。
当時は共産党など左翼への嫌悪感が強く、社会でも右翼政治家の取るに足ら
ない一揆などは大したこと無い犯罪と捉えたわけです。
しかも、ワイマール共和国自体かなり不安定な政府でしたからね。
(64:眠い人 ◆gQikaJHtf2)
ヒトラーに利用されていたバイエルン総督、グスタフ・フォン・カールは裁判で
「すべてこいつが悪いんです」と事態の責任を全部ヒトラーのせいにした。

実際そのとおりなのだと思うが、カールの態度はあまりにも露骨に責任逃れな上
関係者に圧力を掛けたりして徹底的に不評を買い、かえって
「事態の黒幕はカールでありヒトラーは巻き込まれただけなのにヒトラーに全てを
 押し付けて逃げようとしている」
という印象を強くし、相対的にヒトラーの評価が上がることになった。

結局「ヒトラーと国家社会主義労働党は偶発的事態に巻き込まれただけで、直接的
責任はない」ということになって大した罪にはならなかった。
(616:385)

ヒトラーはソ連に勝ったら後の予定はどうするつもりだったのでしょうか?

ウラル山脈の西側を併合し、ドイツ民族を移住させる予定だった。
ドイツ民族の生存圏(レーベンスラウム)の確率が独ソ戦の目的。
主要都市はアウトバーンで結び、都市の周囲と幹線道路沿いに農場を配置。
ここを予備役のSSに経営させ、スラブ人農民の叛乱の際は要塞とする。
スラブ人は知識階級を絶滅し余剰人口はウラルの東に追放、残りを高度な教育を禁止し農奴化する。
村の行き来を厳しく制限し、教会も村単位で分断して抵抗拠点とならないようにする。
勢力圏下の西欧諸国は傀儡国家化し、特にゲルマン民族系の国家はドイツ化を進める。
その上で大国アメリカと対峙し、その影響を排除する。
一部ヒムラーの構想も混じっているが、こんな感じの国家建設を夢想していたようだ。
(ヒムラーはヒムラーでブルゴーニュ(ブルグント)に純ゲルマンのSS自治国家を作ることも考えていたようだが)
ドイツ本国と黒海沿岸を結ぶ巨大鉄道(確か通常の二倍くらいの超広軌)を建設し、ドイツ人労働者の保養地とするという構想もあった。

実際この大帝国ができたとしても、ここまで誇大妄想的なものになったかどうかはわからんが。
(148:753)

国防軍は厳密にヒトラーの指揮下にあったのか。

あった場合に、ヒトラーが「国防軍のせいで負けた」というのはちょっとおかしい気がする。
ヒトラーと国防軍の関係は時代と共に変化している。
とはいえ、あまりにも冒険的な対外政策を掲げ、軍事素人のヒトラーに対して、
国防軍の多くの将軍は冷ややかな態度を取り続けていた。
(もちろん、カイテルほか、ヒトラーと関係の良好な将軍も多数いたが)

ヒトラーの総統という地位は、ドイツの大統領と首相を兼務しているわけで、
その上、1941年末には陸軍総司令官も兼任した。
その意味では、間違いなくヒトラーの指揮下に国防軍はあったわけだが、
潜在的にも、顕在的にも反目関係が絶えずあった。

特に東部戦線の負けが込み始めるに従い、ヒトラーの
前線指揮への介入はどんどん酷くなり、
後退して戦線の整理を望む将軍(特にマンシュタインが代表的)と
占領地の死守を望むヒトラーとの対立は覆うべくもないものとなる。

その過程において、しばしば、ヒトラーは前線の司令官たちへ
責任を転嫁するように、そんな台詞もはくようになった。
(245:105)

ヒトラーは勲章を幾つ貰ったのですか?

第一次大戦の時のことなら
1914年12月 二級鉄十字章
1917年 9月 剣付三級戦功十字章
1918年 5月 傑出した勇敢さに対して連隊賞状
1918年 5月 戦傷者勲章
1918年 8月 一級鉄十字章
1918年 8月 三級服務勲章

ヒトラーは、伝令中に単身で四人のフランス兵を捕虜にした功績に対して与えられた一級鉄十字章を誇りとしていた。
総統となってからも、これだけは必ず総統の制服につけていた。
(183:709)

ヒトラーはなぜ四角いちょび髭を生やしていましたか?

ヒトラーはWW1の戦中はいわゆるカイゼル髭を生やしていました。
彼は敗戦後も軍の情報関係の仕事を続け、激増した新政党の調査を担当していました。
ある日、「ドイツ労働者党」(DAP)の集会に参加、調査をおこなっていたとき、
経済学者のゴットフリート・フェーダーの演説に立ち会いました。
彼は"ちょび髭"を生やしていたのですが、その小さな髭は、彼がしゃべるたびに
形を変えてまるで生き物のように動いているように見えたそうです。

それを見ていたヒトラーは、小さい髭のカッコよさにあこがれ、それまで生やしていた
大きな口髭を剃ってちょび髭にしました。
それ以来ちょび髭はヒトラーのトレードマークになったというわけです。

これを機に彼はDAPに入党して政治家への道を歩むのですが、これはまた別の話。
(191:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

ヒトラーて「伍長勤務上等兵」てかかれてるけど伍長?上等兵??どっちなの?

ヒトラーのWW1時の階級は"Gefreiter"です。
ゲフライターは米英では一応"Lance Corporal"に相当する階級とされています。
これをどう訳すかと言う話になりますが、実はけっこう面倒です。
これ、日本語への訳し方がモノによって伍長、兵長、上等兵とバラバラだったりします。

ドイツ陸軍では兵の階級は(1943年以降)
Grenadier→Obergrenadier→Gefreiter→Obergefreiter→Stabsgefreiter
となってまして、例えばこれを日本軍の階級に当てはめて
二等兵→一等兵→上等兵→伍長勤務上等兵→本部勤務上等兵
と訳すか、翻訳してその意味に近いように
擲弾兵→上級擲弾兵→伍長→上級伍長→本部伍長
と訳すか、"ゲフライター"の解釈によって違ったり。

伍長を下士官と解釈して"Unteroffizier"(下士官の最下級)を当てるか、
逆にウンターオフィツィーアを英語のSergeantと解釈してゲフライターには
伍長(もしくは伍長補)を当てるか…。
なんにせよ、下士官に近いベテランと言う解釈には違いありませんが。
(206:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)


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